タッピング奏法

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

タッピング奏法ギターの奏法の一つ。指板上のを指で叩き付けたりそのまま横に弾いたりして音を出す。

タッピング奏法
タッピング奏法

ギターにはフィンガリングを行う指で弦を指板に叩き突けるように勢い良く押下するハンマリング・オンと、押弦している指を弦に引っ掻けるようにして離脱させる事で発音させるプリング・オフの二つの奏法がある。基本的にこのふたつを間断なく繰り返して2音を反復することをトリル奏法と呼ぶ。そしてこのトリル奏法を拡張したのがタッピング奏法である。また、日本では、現在ではタッピング奏法とライトハンド奏法がほぼ同意義で使用されていることが多いが、以前はタッピング奏法と呼ばれるものはハンマリング・オンのみで音を奏でる奏法を指し、そこからプリング・オフするか、しないかは問わない。一方、ライトハンド奏法と呼ばれる物は、ハンマリング・オンプリング・オフを繰り返して音を奏でる奏法のみを指した。そのためハンマリング・オンのみで音を出した場合、それをタッピング奏法と呼ぶことはできたが、ライトハンド奏法と呼ぶことはできなかった

目次

[編集] 片手タッピング

2音間に留まらず、3音以上の旋律をハンマリングとプリングで行う奏法。レガートな音になるため、ピッキング奏法と合わせて速弾きに表情を付けられる。

[編集] 両手タッピング

両手タッピングは上述のトリル奏法を拡張したもので、文字通り両手でハンマリングとプリングを行う奏法。この奏法により指板を広く使う音域の広い旋律を演奏できるようになり、鍵盤楽器向けの楽曲もギターで演奏できるようになる。

特にチャップマン・スティックの演奏はこの奏法が基本となっている。

[編集] 歴史

[編集] ライトハンド奏法

エリック・モングレイン - タッピング奏法
エリック・モングレイン - タッピング奏法

「ライトハンド奏法」は日本独自の古い呼称であり、此れ自体をさして現在ではタッピングと言う定義が一般的である。以前ニュースステーションにエディーが出演した際、「ライトハンド奏法を見せてください」といわれ、通訳がそのまま訳さず話したのか、右手のオルタネイトピッキング奏法を披露したことがあり、「ライトハンド」では日本以外は通じにくい。エドワード・ヴァン・ヘイレン登場当時はいわゆる「ライトハンド奏法」として華々しくギター雑誌等で紹介されたため、「ライトハンド奏法」はヴァン・ヘイレンエドワード・ヴァン・ヘイレンが作った奏法という説が広く流布してしまっているが、それ以前にジェネシススティーヴ・ハケットが既にタッピングによる奏法を行っており、クイーンブライアン・メイも右手でハーモニクス・ポイントに触れて倍音を出すタッチ・ハーモニクス奏法(「タッチ・ハーモニクス奏法」もエドワード・ヴァン・ヘイレンの発明とされるのは虚偽である(この奏法はクラシックギターの技法でフラジオレットと呼ばれるものと同じだと思われる。))と併せて行なっていたり(ブライアン・メイの場合、年代、交友関係から考えてスティーブ・ハケットが右手も使っているのを見て参考にしたものと思われる。)、ゴング時代からアラン・ホールズワースも行なっていた。またJAZZギターではタッチと呼ばれて比較的よく使われる技法でもあった。(タッチ自体はトリルに応用されるテクニックではない。)エレクトリック・ベースにおいても、ビリー・シーンはタラスに在籍していた時代から既に行っていた。エドワード・ヴァン・ヘイレンはアラン・ホールズワースのフォロワーであり、時期的にもスティーヴ・ハケット、ブライアン・メイ、アラン・ホールズワースが音楽活動をし始めたのが多少前後はあるが1970年代初頭、ヴァン・ヘイレンがデビューするのが1970年代中盤であるので、アラン・ホールズワースからインスパイアされたものをエドワード・ヴァン・ヘイレンがロック的で派手な奏法として徹底的に進化させたのだと考えるのが妥当であろう。その中には、タッピングを大きくフィーチャーし、一つの楽曲内でより連続した音符や音階で演奏、間奏において長時間行った、その奏法の為の楽曲も作り上げたという意味合いはある。1970年代に於いて、ロックギタリストに対するより派手な印象を、聴く者に与えたなどの功績はあったといえる。

左手とともに右手も押弦に使用することは誰でも思い付き得ることで、以前に誰かが思い付いて実行していたと考えてもよい。ライトハンド奏法が独立した奏法として扱われるに至った理由はいくつか考えられる。主なものは弦の太さとディストーション・サウンドの普及である。

エレクトリックギターに於いてはライトゲージと呼ばれる細めの弦が好んで用いられる。ジミ・ヘンドリックスエリック・クラプトン登場以来ロック・ギターに於いてはチョーキングを多用するのが当たり前となったことで、よりチョーキングのしやすい細い弦が好まれるようになっていたのだと考えられる。(ジミ・ヘンドリックスは、実際には.013から始まるような太いゲージを張っていた。しかし半音下げチューニングでトーンの変更、張力のドロップは行っていたようで、このようなセッテイングは後のブルース系ギタリストの標準と成る。若しくは以前からこのようなスタイルが存在していたということも考慮に入れられるだろう。)実際、今でもチョーキングをあまりしないオーソドックスなジャズ・ミュージシャンの多くは太いゲージの弦を使っている。これは、歪ませないギター・サウンドに於いてはその方がコードバッキングの際にリッチなサウンドになるからである。一方、フォークギタークラシックギターは太い弦を用いるのが普通であり、特にフォークギターは張力も強いため、指板上で指を叩き付ける程度の力では大きな音を出しにくい。

また同じくジミ・ヘンドリックスエリック・クラプトンらによって「ロック・ギター=ディストーション・サウンド」という定式が確立された事も影響していると思われる。強く歪ませると小さな音でも拾われやすいため、ピッキングとハンマリング・プリングの音量差が出にくくなり、奏法として使いやすくなる。

ただ改めて記すると、エドワード・ヴァン・ヘイレン以前のものは、明らかに「ピッキングによるハッキリしたアタック音を避けて柔らかい、または優しい音色を出したい意図」で用いられていたのが殆どだった(唯一の例外と云って良いのがスティーヴ・ハケットで、彼のものはその後のシンセ・サウンドを先取りしていたと言える自然界には存在しない特殊音的アプローチであった)。 これを「より攻撃的」で「より現代的」な音色提示手法として、またステージ・パフォーマンスの栄える(ロック的)奏法として強くアピールした用い方をしたのはエドワード・ヴァン・ヘイレンが元祖であると特筆しておくべきであろう。また、音楽シンセサイザーの登場に拠り、輪郭のクッキリしたリリース音の長い持続性のある音色が「斬新なサウンド」と受け取られる時代であった事も「ライトハンド奏法」の成立に大きく寄与しているものと考えられる。

なお、左利きの奏者が(楽器を右利き用とは逆に構えて)行う際に半ば冗談で「レフトハンド奏法」と称されることがあるが、奏法としては同じものである。

[編集] 関連項目