マーシャル (アンプ)

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マーシャルのギターアンプ、アンプヘッドとAキャビネットの2段スタック
ジェフ・ハンネマン(スレイヤー)のマーシャル・ウォール (3段×6列のキャビネット)

マーシャル (Marshall) は、イギリスのマーシャル・アンプリフィケーション (Marshall Amplification) 社が保有する、エレクトリックギターベースアンプなどのブランド。

創業者ジム・マーシャル英語版にちなむ。イーリング・ロンドン特別区ハンウェルで創業、現在の本社および工場の所在はバッキンガムシャーミルトン・キーンズ

特徴[編集]

プロ向けからアマチュア向けと、幅広い価格帯と用途に合わせたアンプを製造している。特に2段・3段に積み上げられたセパレート式大型アンプ(スタックアンプ)の製造メーカーとして知られている。セパレート式アンプの他にも、コンボ式アンプ、エフェクターも製造している。

アンプの特徴としては、真空管を利用した暖かみのあるディストーション系の歪みが得意。また、高音と低音に伸びがあり、中域が豊かな傾向がある。大音量アンプの代名詞的存在で、多くのミュージシャンに愛用されている。

歴史[編集]

ジム・マーシャル自身もミュージシャンであり、戦後間もないロンドンでドラマー兼ヴォーカリストとして活躍した。その後自身のドラム教室を開き、多くの生徒を集め人気を博していた[1]。その生徒達の要望に応える形で、1960年に小売店「マーシャル・ショップ」を開業。当初はドラム専門のショップであったが、生徒達が今度はドラマー以外のバンドメイトも連れてくるようになった[2]。更に彼らの要望に応えるため、アンプも取り扱う事となったが、当時のアンプは故障が多く修理対応に追われた。これならば自分でより安く良いものが作れると考えたマーシャルは、1962年にフェンダー・ベースマン(英語版)を手本にして最初の自社製作アンプ「JTM45」を開発し、アーティスト達の注目を浴びる。

その後、ロックミュージックの大衆化によってアンプの大音量、大型化の要求が強まった。特に熱心だったのが、ザ・フーピート・タウンゼントで、彼は最初、100Wの特注アンプ(JTM45/100)と共に、直径12インチ(約30cm)のスピーカーを8個入れた縦長のキャビネットの製作を提案した。しかし、それは重量が重く大型のため、機材の運搬に手間が掛かり[3]、不評であった。その解決策として、マーシャル社は12インチスピーカーを4個入れたキャビネットを2台重ねて使うことを発案する。これにより、同等の効果が得られ、運搬や設置の労力も減らされることとなった。さらに、その上にアンプ部を重ね、3段積みとした独特のスタイル[4]は「マーシャル・スタック」とも呼ばれ、自社のトレードマークになった。

その後、ジミ・ヘンドリックスエリック・クラプトンジミー・ペイジリッチー・ブラックモアなど、著名なミュージシャンが次々とマーシャル社のアンプを使用し、ステージ後方に壁のように置かれたアンプ・キャビネット群は、「マーシャル・ウォール」、「マーシャルの壁」などと呼ばれ、ロックバンドの一つのスタイルとして定着した。

マーシャル氏は1984年に過去3年間の輸出産業への貢献を称えられ、エリザベス2世より顕彰された("Queen's Award for Export")[5]。1985年には"Rock and Roll Walk of Fame"(日本では「ハリウッド・ロックウォーク」として知られる)にて顕彰された[6]2012年4月5日に88歳で死去した。

主なアンプ機種[編集]

JTM45
初期型。オリジナルは45Wの設計。設計の手本としたフェンダー社のアンプに近い音で、以後のマーシャルのような歪みは得られない。
1968年製Plexi
1959
上記ピート・タウンゼンドの発案による「マーシャル・スタック」のスタイルはこの機種で一般化された。一時期プレキシグラスのパネルが使用された事から「Plexi」の愛称がある。100W。Super Leadと冠されたモデルが初登場したが、これはPAベース用でなくリードギタリスト向けという意。
1987
50Wモデル。JTM50 MK IIとも。小音量でも適度な歪みが得られる為、ジェフ・ベックら50Wモデルに拘るギタリストも多い。ジム・マーシャル自身もこの仕様を最も好んだ。
1962および1961
アンプ・スピーカー一体型のコンボ式。「Blues Breaker」の愛称があるが、これはジョン・メイオール同名アルバム(1966年作、Beano Albumという呼び方もある)でエリック・クラプトンギブソン・レスポールと当アンプのコンビネーションを使用、これが後のロック・サウンドのお手本となった為。
1971年製Major
Major
もしくは200とも。200Wの超・大音量仕様。独特の見た目から「Pig」の愛称がある。リッチー・ブラックモアが使用。ブラックモアは2つのインプットを直列に繋ぎ、本来各チャンネル別となっていたヴォリュームの片方をマスターヴォリューム的に使用する「たすき掛け」「チャンネルリンク」もしくは「カスケード」と呼ばれる接続法を使った事でも有名。
MV
その名の通りマスターヴォリューム(Master Volume)搭載モデル。これから転じてこれ以前のモデルを「non-Masterモデル」と総称する事がある。上述の「たすき掛け」テクニックが多用されていた事に対する回答。背面の印字からJMP(Jim Marshall Products)とも。
JCM800
Rose-Morris社(後述)との契約が終了した1981年に新時代モデルとして発表。マーシャル最大のヒット作。スラッシュザック・ワイルドらが使用。これ以後のシリーズに付されるDSL, TSLとはそれぞれ"Dual Super Lead", "Triple Super Lead"の略で、リードギタリスト用2チャンネル/3チャンネルモデルの意。
Silver Jubilee
1987年の創立25周年を記念した限定モデル。モデルナンバーは2555。ジョン・フルシアンテらが使用。後にスラッシュのシグネチャーモデルとしてほぼ同仕様で復刻された(2555SL)。
JCM900
後期型のJCM800に「ハイ・ゲイン回路」を追加した後継モデル。これはユーザの間でJCM800をハイ・ゲイン仕様に改造する事、もしくは前段にオーバードライヴ・ペダルを咬ます事が流行していた事に対する回答。あくまで「回路」の追加であり、アンプの増幅機構そのものがハイ・ゲイン化されたわけではない。1999年まで製造。
JCM2000
1997年発表のJCM後継モデル。
JVM
2007年発表の現行フラッグシップモデル。
Vintage Modern
JVMと同時期発表の現行モデル。1チャンネルのみの仕様で、構造・操作方法共によりシンプルな形となっている。ポール・ギルバートらが使用。

国際展開[編集]

マーシャル社は1966年よりRose-Morris社との15年間の販売代理店契約を結んだ。この時期イギリス国外ではマーシャル製品は非常に高価だったが、これはこの会社が自社マージンのために55%も価格に上乗せをした為であった。また当時「Unit 1」、「Unit 2」、「Unit 3」と言った呼び名で販売されたが、これはアンプヘッドとキャビネットの組み合わせセットに対して命名されたもの。

日本における輸入代理店は、株式会社ヤマハミュージックジャパン(会社サイト日本語版マーシャルサイト)。マーシャル社公認の博物館「マーシャル・ミュージアム・ジャパン」(公式サイト)が山口県に2012年5月3日開館した。

エピソード[編集]

  • ジム・マーシャルの店にまだ無名のジミ・ヘンドリクスが初めて来た際、ヘンドリクスは「俺はこれからスターになるんだ」と自己紹介した。マーシャルは「やれやれ、また無料で商品を欲しがる若いアメリカ人がやって来た」程度にしか思わなかったが、ヘンドリクスが求めたのは商品の無償提供ではなくツアー先等でのしっかりとしたアフターサポート体制であり、同時に3台のアンプを購入したため大変驚いたという。ヘンドリクスはその後も通常仕様の商品を実際に金を払って買い続け、カスタムメイドその他の特典を受ける事は生涯無かった[7]
  • 1978年作のヴァン・ヘイレン炎の導火線』のギターサウンドは「ブラウンサウンド」と呼ばれ多くのファンが真似をしようとした。エディ・ヴァン・ヘイレンはVariac社の可変トランス(Variable transformerもしくはAutotransformer)を使いマーシャルの電圧を下げてレコーディング等に使ったがインタビューでは140ボルトに「上げて」使ったと述べた。これは天邪鬼なエディが自分の機材についてファンやメディアに余りに頻繁に訊かれる為、それをからかう意図からであった(他にもギターのヴォリュームにトーンと書いたノブをはめている事や「古くなった弦を鍋で煮ると良い音になる」等といった発言がある)。しかし、これを真に受けて電圧を上げたファンの中には、高価なアンプ(特に内部の真空管)を壊してしまった者も相当数いたと思われる。後にエディはこれは彼が言った嘘の中でも最悪のものだったと認め、謝罪している[8]
  • 1983年8月24日、ALFEE(現在のTHE ALFEE)の初の日本武道館公演で、ステージバックにマーシャル・ウォールを構築した際には、日本中の楽器店からマーシャルのキャビネットが消えたと言われた。ライブの模様は、ライブDVDや書籍にて確認することができる。
  • 1984年のロック・コメディ映画『スパイナル・タップ』では「ボリュームの目盛りが11まであるアンプ」が登場し、ナイジェル・タフネルという主人公が「俺のマーシャルは特注で他のより1目盛り分ボリュームが大きい」と自慢する。記者から「そもそもの設計でボリュームの10を大きい音にするのとどう違いがあるんだ?」とツッコミを入れられ、返答に窮するというシーンがあり、英語圏では「弾かなくても永遠にサステインするレスポール」ギャグ、「タグ付き・未使用・フェンダー・ベースVI」ギャグと共に非常に有名。

参考文献[編集]

  • デイヴ・ハンター『真空管ギター・アンプ実用バイブル ベスト・サウンドを手に入れるために 歴史と仕組み、選び方と作り方』(DU BOOKS、2014年)ISBN 978-4-925064-73-6
  • 『MARSHALL CHRONICLE 50th Anniversary Edition』(シンコーミュージック、2012年) ISBN 978-4401637690

脚注・出典[編集]

  1. ^ ロックンロールを教える教室は少なかったため。教え子にミッチ・ミッチェル等がいる。
  2. ^ この中にはリッチー・ブラックモアピート・タウンゼンドらも含まれた。これも同じく当時のロンドンはジャズ・ビッグバンドが主流で、ロックンロールを演奏する非常に若くて所持金の少ないミュージシャン達を殆どの店が冷遇した為。
  3. ^ 大人二人がかりでようやく動かせるかどうか、という重さであった。
  4. ^ 上から順にアンプヘッド、Aキャビ(Angled Cabinet)、Bキャビ(Base Cabinet)と呼ばれる。"Angled Cabinet"とはその名の通り、前面に角度が付けられており、横から見た際にヘッドに向かって細くなっていくというデザイン。当初は見た目を重視した為の設計だったが、Aキャビ上部のスピーカー2個がわずかに上を向く為、客席後部まで音が届くという利点が得られた。
  5. ^ The Jim Marshall Story. MarshallArts.org. Retrieved 5 April 2012
  6. ^ Marshall Amps Founder Jim Marshall Dies. Planet Rock. Retrieved 5 April 2012
  7. ^ Player別冊 『The Guitar 7』収録 ジム・マーシャルインタビュー (1995年)
  8. ^ http://ultimateclassicrock.com/eddie-van-halen-reveals-his-biggest-lie/

外部リンク[編集]