指揮者

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指揮者(しきしゃ)は、合奏合唱指揮する人物を指す[1]英語では、コンダクターConductor)という[1]

指揮者の役割[編集]

楽団を指揮するロリン・マゼール

指揮者は、主にオーケストラ吹奏楽合唱ビッグバンド等で、各パートの演奏をまとめる役割を担う。だが、小編成のアンサンブルでは、演奏者たちが同じ拍子で演奏し、音楽的表現についても話し合いや、リーダーを兼ねる奏者の率先で改善していくことが可能で、現代音楽以外では指揮者をたてないこともある。

また、ポピュラー音楽でも大編成のオーケストラを伴う場合は指揮者を必要とする。

指揮をする楽曲のスコア、関連する音楽史上の文献などを読んで構造などを把握し、表情づけの方法などを検討し、練習の手順を計画する。例えば小澤征爾は一度勉強した曲を自ら白紙の五線譜に書き写し、さらに作者の意思を追求し楽曲の理解を深めるなどの練習方法を取っており、「勉強してきてない指揮者ほど使えないものはありませんから」と語っている[2]。練習に際しては、音楽的表現全体を考えて音程・音量・音色・奏法や歌唱法・パートの音量バランス・テンポ等を指導し、ミスやずれを修正して、演奏の完成度を上げていく。そして演奏会本番でそれをまとめ上げる。その他にも選曲や人間関係の問題解決等を行う。また、個性の強い指揮者の場合、リハーサルの細かい指導とは別に本番で直に楽団の演奏能力が大きく引き出されるケースもある[3]

クラシック音楽では、指揮者は尊敬を込めてマエストロ(元々の語源は経験を積んだ専門家の敬称)と呼ばれることもある。また、専任の場合は常任指揮者、演奏会やツアーのために呼ばれた場合は客演指揮者と呼ばれる。オーケストラオペラ団の方針に影響を与える常任指揮者は、音楽監督を兼任することもある。

現代音楽の中での指揮者[編集]

クラシック音楽において、指揮者は不可欠な存在というわけではない。指揮者の急病や負傷で、あるいは指揮者が亡くなった際の追悼のために、指揮者なしで管弦楽曲が演奏されることもある。

しかしながら、指揮者の存在を楽譜に明示し、彼に音楽をまとめること以外の役割を与える作品も登場している。例えば、指揮者の身振りに何らかの指示を与えたり、指揮者自身が発声、ないしは楽器を鳴らすといったことである。具体例は以下の通り。

  • マウリシオ・カーゲル「フィナーレ」 - 指揮者が演奏途中で倒れるように指示されている。
  • ディーター・シュネーベル「ノスタルジー」 - 一人の指揮者(楽器奏者がいない)のための作品。彼の身振りによる視覚的要素を強調したもの。
  • 湯浅譲二「問い」 - 指揮者が聴衆に向かって語る。
  • 権代敦彦「Agnus Dei/Anus Mundi I」 - 指揮者がホイッスルを鳴らす。
  • 北方寛丈菅原拓馬 - 「コラーゲンII」 - 当該記事を参照。
  • 井上道義 - 「メモリー・コンクリート(2004年)」 - 指揮者井上道義の自伝的作品。曲中に「指揮者のためのカデンツァ」があり、小太鼓のリズムに乗って指揮者がパフォーマンスを繰り広げる。井上自身の演奏の一例では、礼服を脱ぎ捨ててトレーナー姿になり、王冠風の帽子をかぶってタップダンスを踊った。
  • 小杉武久 - 「革命のための音楽」 - 演奏開始と同時に演奏者の片を摘出し、5年後にもう片方も摘出する(このため演奏されたことはない)。演奏時間の長い曲でもある。

指揮者の養成[編集]

膨大な量のスコア指揮棒

19世紀半ば以降、指揮者の専門職化が進んだ。現在では、音楽大学の指揮科で養成されることが多い。歴史的にみると、指揮者は専門職ではなく、楽団のリーダーである楽器奏者や声楽家、作曲家などが、まとめ役として担っていたポジションである。作曲家として知られているフェリックス・メンデルスゾーングスタフ・マーラーなども指揮者として活躍していた。現在でも、クア・オーケストラのように指揮を専門としない音楽家が指揮をすることもしばしば行われている。また、後述のように、専ら指揮者として活躍する音楽家の中に、器楽奏者、声楽家、作曲家などから転身した者も少なくない。特殊な例では、王侯貴族(デンマーク国王フレゼリク9世)、政治家英国エドワード・ヒース元首相など)や会社社長(ソニー大賀典雄など。ただし大賀はもともと声楽家であり、正規の音楽教育を受けている)、著名な音楽評論家が指揮台に立つ例もある。

一般的には、指揮の練習や楽曲の予習にはピアノなどの鍵盤楽器を使う。ブルーノ・ワルターダニエル・バレンボイムクリストフ・エッシェンバッハ等のようにピアニストとしてデビューし、後に指揮者に転じた者もいる。また、他の楽器についても演奏経験があれば役に立つ。アルトゥーロ・トスカニーニスカラ座のチェロ奏者)やシャルル・ミュンシュライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のヴァイオリン奏者、コンサート・マスター)、ルドルフ・ケンペチューリヒ・トーンハレ管弦楽団のオーボエ奏者)、ネヴィル・マリナーフィルハーモニア管弦楽団のヴァイオリン奏者)など、指揮者の中にはキャリアを楽器奏者から始めた者も少なくない。

また、特に現在では、さまざまな地域で作曲された楽曲を演奏し、さまざまな国の楽団を指揮する機会が大幅に増えており、スコアの原語での読み込みを始め、リハーサルで細かなニュアンスを伝えるためには、英語フランス語ドイツ語イタリア語ロシア語など、複数の外国語の能力も欠かせなくなってきている。特に、世界最多の歌劇場とオーケストラを持ち各国から無料の音楽留学を受け入れているドイツ及びオーストリアの公用語であるドイツ語と、話者人口の多い英語は重要である。また、欧米で指揮者の仕事の半分を占めるオペラにおいて歌詞のニュアンスを十全に理解する必要性もある。

このように幅広い知識、能力が必要な上に、最終的には大勢の人間に自らの意思を伝え、音楽的表現を作り上げていく能力が重要であることから、指揮者となるためには実践的訓練が重要となる。例えばウィーンの音楽大学ではほぼ毎日、午前中はピアノを用いた指揮法のレッスンと楽曲分析(アナリーゼ)の授業、午後は実際に学生オーケストラを振らせるといった教育システムが取られている。

大楽団を率いる指揮者。メルボルン交響楽団

数多くの知識、能力、そしてそのための絶え間ない訓練を要求されるという点、そして、限られたポストをめぐって他者と争わなければならない点から、指揮者になるのはとても難しいといわれる[要出典]。身体を使う仕事であるにもかかわらず、大器晩成的な性格もある。たとえば、日本で初の指揮者名鑑であるレコード芸術付録『指揮者WHO'S WHO』(1976)では、当時40台後半のカルロス・クライバーハインツ・レーグナーが「若手」「未来株」と記述されている。また、同書で「これといったセールス・ポイントがない」が「安定株ではある」と記された当時63歳のギュンター・ヴァントは、80歳近くなってカリスマ化して世界中で熱狂的人気を集めた。70歳を過ぎて新ポストに就任することも珍しくなく、ロリン・マゼールが80歳でミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の新音楽監督として3年契約を交わす等の例がある。

指揮者一覧[編集]

クラシック音楽の指揮者はクラシック音楽の指揮者一覧を参照。

脚注[編集]

  1. ^ a b 指揮者デジタル大辞泉コトバンク、2012年5月23日閲覧。
  2. ^ NHK「小澤征爾 魂の響きを伝える」2002年
  3. ^ フルート奏者の吉田雅夫は、NHK交響楽団在籍中カラヤンの指揮を受けた際、リハーサルで要求される音が出ないために降板を申し入れたが、私の目を見て演奏しろの一言で却下され、本番中は眼光一睨みで音が出た例を語っている(『世界のオーケストラ』音楽之友社、1977年)。

関連項目[編集]