絶対音感
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絶対音感(ぜったいおんかん、英 absolute pitch, perfect pitch)とは、基準となる他の音の助けを借りずに音の高さ(音高)を音名で把握することのできる感覚である。別名として「絶対的音感」、「絶対的音高感」などがある。
ある程度音楽を学習したり体験したりした者は、2音間の音の高さの違いの大きさ(音程)に対して一定の感覚を保持する。普通、これを相対音感という。一般にはこれは一方の音に比べて他方の音がどの程度高いか低いかという相対的な音感であるが、これに対して音高自体に対する直接的な認識力を持つ場合、特に「絶対音感」と呼ぶ。
この直接的な認識力についてもいろいろなケースがあるが、狭義には、音高感と音名との対応付けが強く、ある楽音を聞いたときに即座に音名が浮かぶ場合に「絶対音感がある」と言う。現在、主にマスメディアなどで使われる「絶対音感」はこの意味である(後述)。
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[編集] 概要
絶対音感(音高感)は、音高に対する一生にわたる長期記憶と言い換えることもできる。 その意味では絶対音感はその「有無」で語られるべきものではなく、能力としての優劣、強弱で評価されるものである[要出典]。 例えばソプラノ歌手の歌声が高い、コントラバスの音が低い、というようなおおざっぱな高い、低いについてはだれでも言い当てることができるのであって、そういう意味の「絶対的音感」は程度の差はあれ誰もが持っている。ただし、この程度のものは「絶対音感」と呼ばれることはない。
一方で、マスメディアや一般人の間で持て囃される「絶対音感」は、特に「音高を音名で言い当てる能力」の意味に限定して捉えられている[要出典](この場合、西洋音楽でかつ十二平均律による音高ということが暗黙の前提となっている)。また、音楽家や、音楽を学ぶ者の間でも、「絶対音感」という言葉はそのような意味合いで用いられることが多い。ただし、その場合も必ずしも機械のように「完全」な精度を持っているとは限らず、その能力の範囲に当てはまる絶対音感保有者の中でも高精度な者も、より精度が落ちる絶対音感保有者もおり、精度そのものは個人差がある。
絶対音感の習得には臨界期があり、3歳~5歳くらいの間に意識的に訓練をするとかなりの確率で身につけることができるが、それを過ぎると習得は困難である。このころからピアノを習っているような児童であれば、ピアノの白鍵に相当するところだけの絶対音感を持っている人も珍しくないが、これは、そのころの教則本が白鍵のみで弾ける曲ばかりであるので、白鍵のみにつき絶対音感が養われるためである。このような人は、黒鍵をたくさん弾かなくてはならない調になればなるほど、演奏に困難を覚えるし、黒鍵の「音当て」では、半音間違えてしまうことが多い。12音すべてに完全に対等な絶対音感を身につけた人は、どの調性を弾くときも同じ難易度に感じられる。
この能力がある人は、日常生活において耳にするサイレンやクラクションなども音高を(CDE、ドレミ…などの音名で)認知できるが、その場合、現在の一般的な基準ピッチであるA=440~442Hzによる十二平均律の半音階に含まれない音高については、上記白鍵だけの絶対音感保持者と同様に、最も近そうな半音階の音名に引き寄せて(あるいは、その音名が示す音高の範囲内の音であると[1])認識したり、そのまま、半音階の音以外の何かしらの音高の音だと認識したりする。また、周期性の弱い雑音、倍音構成がいわゆる楽音から遠く音程の認識が困難な噪音などについても、最も近そうな音名の音として認識したり、そのまま、雑音、噪音であると認識したりする。
イ音(A音)=440ヘルツと定義されたのは1939年5月にロンドンで開催された標準高度の国際会議であり、それ以前は各国によって基準となる音高は一定していなかった。また同じ国でも時代によってチューニングは変わっており、18~19世紀頃は概ね422~445ヘルツと大雑把なものであった。 現代においては、1939年に基準とされたよりもやや高いA=442~444ヘルツで演奏されることが多い。20世紀初めの古い録音では標準音が435ヘルツのオーケストラもあった[2]。 (詳しくは音高#演奏会におけるピッチを参照)
あるとき、カール・ベームが、ニュルンベルクのマイスタージンガーを当時広まりはじめた高めのピッチで演奏した際、それを聴いていたリヒャルト・シュトラウスは、「あなたは何故あの前奏曲をハ長調でなく嬰ハ長調で演奏したのですか?」と述べた、という話が伝わっている[3]。
[編集] 「絶対音感」を持つ人は
12音につき鋭敏な絶対音感を持つ人は、次のことが、基準音を与えられずにできる。
- さまざまな楽音やそれに近い一般の音に対して音名を答える。
- 和音の構成音に対して音名を答える。
また、絶対音感保持者は、次のようなことをする際にも、絶対音感を保持しない人より容易にできる。
- 耳で知っているだけの曲を楽譜なしで正確に楽器で再現する。
- 任意の曲を任意の調に即座に移調して演奏する。
- 早く12音音楽や無調音楽などのソルフェージュする。
- 無調の聴音で一個ぐらいずれてもすぐに途中から正しい音高に持っていく。
一方で、人によっては次のような不便さを感じる場合がある。
- 移調楽器や現在の基準音(A=440~442)に設定されていない楽器(古楽器等)を演奏する場合、鳴っている音と譜面の音が一致していないと感じてしまい、演奏に抵抗を感じることがある。
- 移動ド唱法で歌うことや移調して歌うことを苦手とする場合がある。
[編集] 「絶対音感」の有益性
絶対音感を身につけると、音楽を学ぶ際や作曲の際に有利である、と言われることがある。 実際、記譜や楽曲の記憶には、便利である。絶対音感保持者の方が、非保持者よりも、曲の途中で音程が下がらないように保つことが容易である。 合奏、合唱など、複数の人間がかかわる場合、演奏者・歌唱者・指揮者が絶対音感を持っていれば、音程を保ったり、全体のバランスの不備などを修正するのに役立つ。
ただし、絶対音感の有無は音楽的能力全体から見ればごく一部の現象であり、音楽性や芸術性とはとくに関係はなく、作曲家や演奏家として一流になるために必須の能力ではない。
一方で、限定的な「絶対音感」、すなわち現行の基準音A=440~442Hzに依る音高の把握ばかりが勝ってしまうと、上述したように、基準音の異なる楽器との演奏に支障をきたすなど、弊害も生じる。また、十二平均律による絶対音感に感覚が固定されていて融通が利かないと、純正律の演奏を聴いたときに不快感を覚えることもある。また、BGM・チャイム・駅の発車の音楽などがすべて音名で耳に飛び込んでくるので聞き流すことができない、など日常生活での不便が生じることもある。(融通さえ利けば、音名で聞こえても聞き流したり、むしろ楽しんだりできる。)
ここで「限定的」な絶対音感というのは、「本来」の絶対音感、すなわち「基準音を与えられずに、あらゆる楽音(噪音はふくまない)の音高(=ヘルツ数)を把握できる能力」(つまり「絶対色感」が「基準の色を与えられずに、あらゆる色の明度と彩度を把握できる能力」を意味するように)ではなく、この項で定義されている、「西洋音楽の音階の制度、とくに十二平均律にそくして音高を理解する能力」のことである。
ヴァイオリニストの千住真理子は、基準音が440Hzでも445Hzでも違和感や不快感を覚えたことはなく、また、無伴奏で演奏する際は作曲者によって基準音を使い分け、重音を弾く際には3度音程の取り方を平均律とは変えていると証言している。これは、幼い頃から基準音は必ずしも一種類に固定されてはいないこと、平均律のみが正しいわけではないことを教えられてきたから可能なのではないかと推測されている[4]。
[編集] 絶対音感を持っていると思われる著名人
代表例として、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがよく挙げられる。幼い頃より厳しい音楽教育を受けており、14歳の頃、二度聴いただけの門外不出のグレゴリオ・アレグリの《ミゼレーレ》を正確に楽譜に書き起こしたことから、絶対音感があったのではないかといわれている。しかし、モーツァルトの時代には既に精度の高い音叉は存在していたものの、基準ピッチが各地方、各家でまちまちであった。実際に彼の音感がどういった精度や性質のものであったかは定かではない。
[編集] 日本における西洋音楽演奏者と絶対音感
日本において、絶対音感の強い者の多くは、固定ド唱法(調にかかわらず「ド」をCまたはC#、C♭に固定して歌う音名唱法。調の主音を「ド」とする(長調の場合)のが移動ド唱法である)で旋律を捉えることが多い。 ただし、絶対音感保有者の中でも得手不得手の音高、音域、楽器の種類など様々なタイプが存在する。
[編集] 日本での受容
昭和8年、園田清秀がピアノで小児への早期教育を実施、昭和14年頃ピアニスト笈田光吉の呼びかけに軍人が全国民が飛行機など機械音に敏感になるため普及活動を展開。一部の音楽家は反対するも大日本帝国海軍の対潜水艦教育、大日本帝国陸軍の防空教育で採用されたが昭和19年には中止されたという。
[編集] 参考図書
- 最相葉月『絶対音感』(小学館 2002年 ISBN 4094030662)
- 堀内敬三『音楽五十年史(下)』講談社学術文庫139、1977年6月

