ゲームミュージック

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ゲームミュージックは、コンピュータゲームに付随する音楽のことである。ゲーム音楽ビデオゲームミュージックとも呼ばれている。

目次

概要 [編集]

「ゲームミュージック」という言葉には、単にゲームに付随する音楽という意味合いしかなく、その実態は非常に多岐にわたる。 映画のサウンドトラックと同様に、音楽ジャンルの一種として括られることがあるが、黎明期のビープ音で作られた短いメロディから、昨今の他の音楽と変わらないものまで含まれる。

1980年代から1990年代までは、PCやゲーム機で用いられた音声処理チップ(PSGFM音源波形メモリ音源SIDなど)を制御演奏したものが主流だったが、2000年前後を境にCD-DAPCMによるストリーム再生方式が主流となっていった。

その一方、2000年代はゲームミュージックの変遷とは異なる別のムーブメントが起こった。音楽レーベルによる過去のゲーム音楽の再録盤の発売、ゲームミュージック愛好家による自主録音音源の動画サイトへのアップロード、1990年代まで主流だったチップ音源を自由な解釈で演奏するチップチューンブームなどが生じた。[1]

歴史 [編集]

1970年代頃 [編集]

ゲームミュージックの起源は、どこまでを「音楽」と解釈するかにもよるが、サウンド発生機構を備えたコンピューターゲームの出現と時期を同一にすると考えられる。

ゲームの開始時や合間などに短いメロディを演奏する事で、初めて有名になったゲームは、Exidy社が1977年に発表した『サーカス』であると考えられる。このゲームはその音楽も手伝って評判となり、日本でもクローンゲームなどが多数出回った。しかしこの頃はまだ、ゲームの動きと演奏を両方処理する余裕が無かったのか、演奏時には画面の動きは止まっていた。

歴史に残る大ヒットとなった『スペースインベーダー』でも、音響は抵抗器を使った8種類のサウンドのみであり、音楽と呼べるものにはなっていなかった。ただし多数作られたコピーゲームの内、任天堂レジャーシステムの『スペースフィーバー』と、サンリツの『メロディーパート3』は、特定のフィーチャー(シチュエーション)で音楽が鳴り、当時のプレイヤーに印象を残している。

この時代のゲームミュージックはハードウェア上の制約が厳しく楽曲を流すこと自体が困難だったと考えられる。またこの頃はプログラマーや音楽を専門としないゲーム会社の社員が作曲を行っていた事が多い。

1970年代にはテクノポップ(Technopop/Techno Pop)という、シンセサイザー・シーケンサー・ヴォコーダーなどの電子楽器を使ったポピュラー音楽が流行するが、日本でも1979年から1981年にかけて、Yellow Magic Orchestra(YMO)がブームとなりそれと並行するかたちでゲームセンタ-及び、家庭用ゲーム機ブームとなった、日本産のゲームミュージック(特にシューティングゲーム)はこのテクノポップとの相互の影響を指摘する見方もある。

1980年代前半 [編集]

1980年代、音源上で和音の生成が出来るようになるとともに数多くのゲームBGMが登場し始める。また音楽知識や作曲スキルを持つスタッフがゲームの音を担当するようになった。

本格的なゲームBGMが登場したのは1980年代初期、ナムコの『ラリーX』で「ゲーム中にBGMが常に鳴り続け、BGMが止まることなく効果音が同時発音される」ゲームが実現する。そのBGMはごく単調かつ単音の旋律だったが、その改良作である『ニューラリーX』では2和音の旋律となり、よりメロディアスなBGMが流れるようになった。その他『ドンキーコング(任天堂)』の「ハンマーのテーマ[2]」などが初期のゲームBGMとして知られている。この1980年代に登場した「ゲーム中にBGMを流し、聴き手にイメージを抱かせる手法」は当時の日本で生まれ発達したものである[3]

1983年には任天堂のファミリーコンピュータが爆発的な人気を博し、ゲームミュージックの認知度は一気に上昇した。また同年レーザーディスクを使用したゲームが登場する。映像に付随するサウンドトラックを再生できる為、生演奏を録音しゲームBGMとして用いることが出来た最初の環境である(代表作『ドラゴンズレア』、『スペースエース』、『サンダーストーム』、『ロードブラスター』、『宇宙戦艦ヤマト』等)。しかしLDゲーム機の制作・運営コストが高い事もあり当時主流ではなかった。

1984年にゲームミュージックの消費形態を大きく変える出来事が起こる。細野晴臣プロデュースのアルバム「ビデオ・ゲーム・ミュージック」にて、『ゼビウス』などのゲームミュージックが初めてレコードとしてリリース。翌年にはアルファレコード内に、ゲームミュージック専門のレーベル・G.M.O.レコードが発足。今までゲームをプレイしている時だけしか聴けなかった[4]ゲームミュージックを単体の音源として楽しむことが可能になり、ゲームミュージックのサウンドトラック市場が形成され始めた。

1985年には『戦場の狼』を皮切りにFM音源がアーケードゲーム機に取り入れられ、音源チップ演奏における表現の幅が広まった。

この時期に作曲された『スーパーマリオブラザーズ』における一連のBGM、『ドラゴンクエスト』のテーマ曲およびBGMなどはゲーム外の場面で使用されることもあり、ゲームを全くやらない人にも一定の知名度を持っている。

この頃のゲーム音楽が特に評価される理由 [編集]

この頃の音源および楽曲は音色・楽曲的な特徴とコンシューマー向けゲーム機が初めて一般家庭に普及したという時代背景が相まって、21世紀初頭現在でも一定の人気がある。高性能なゲームハードであえて意図的にこの頃の音色を用いることがあるほか、ゲームとは独立してこのような音色を使って観賞用の音楽を制作するチップチューンというムーブメントにもそれが表れている。

これらはまた、この時代のコンピュータが主に8ビット処理系であったことから「8ビット音源」「8ビット音楽」などと呼ばれることがある[5]。さらにもっとも普及し知名度が高いハードウェアが任天堂ファミリーコンピュータであったことから「ファミコン音源」「ファミコン音楽」などとも俗称される。

この頃は音源の表現の幅が狭く、プログラム容量も少ない状況で楽曲や効果音を作らなければならなかった為、分かりやすく短い旋律で作られた物が多い。それらはゲームセンターなど高域の雑音が大量に発生する環境でも聴き取りやすく覚えやすい音構成でもあった。そのため、この頃のゲームミュージックのメロディを今でもはっきり覚えているという人は多い。

それら独特な音の源となる音声処理系の種類はPSGおよびその亜流が主で、音色は矩形波正弦波のこぎり波などといった単純な波形やノイズ、同時発音数は3和音前後が一般的であった。1980年代中頃にさしかかる頃には短周期波形メモリ音源(1周期当たりのサンプル数が8~32と極端に少なく最大8ビットレートのPCM的音源)が用いられるようになる。この音源は幅広い音色表現が可能で、主にナムココナミの業務用基板やPCエンジン内蔵音源、MSX用拡張音源として使われている。これらの音源において『パックマン』のパワーアップシーンのような効果音的演出や『ドラゴンクエストIII』の戦闘シーンなど同時発音数の制約から広域の和音を分散和音で代用するなどのハードウェアの制約から生まれる独特の表現技法や、あるいは初期のシューティングゲームなどSF的世界の表現に多く見られた音階に制限されない自由なチューニングやグリッサンドなど、既存の音楽の枠からはみ出した斬新な表現が多く見られる点も特徴的である。

既に幾度か行われてきたクラシック音楽からの引用はこの頃にも多く見られた。複数のゲームで聴くことが出来た有名な曲としては、葬送行進曲(『サーカス』、『メロディーパート3』、『リバーパトロール』、『きこりの与作』)、カルメン(『クレイジーバルーン』、『ルート16』)、交響曲第9番(『スペースフィーバー』、『ペンゴ』)などが挙げられる。ただし、これらは復刻発売されたものでは、音楽が差し替えられている場合もある。

1980年代後半・1990年代前半 [編集]

この時期は、技術の発展に伴って様々な音声処理系が登場した時期であり、その中心となったのは正弦波を基に乗算を含めた複雑な演算で波形を合成するFM音源や、任意の波形を使用できるPCMであった。このFM音源はセガ・マークIIIで初めて採用され、別売りのFMサウンドユニットを装備することでFM音源を鳴らす事が出来た。PCMはファミリーコンピュータにも搭載されていた例があるように1980年代前半にも見られたものであるが、記憶容量・処理速度的に本格的な実用段階に達したのがこの時代である。同時発音数も増加し、10音を越えるものも珍しくなくなった。こうした高性能な音源によって、音の自由度が格段に増し、ピアノやトランペット等実際の楽器に近い音を出すことも可能になった。とは言え、当時はまだ発展途上の部分も多く、そのためこれら新音源と従来のPSGの組み合わせで各々の弱点をカバーし合う処理系なども多く見られた。

家庭用ゲーム機やパソコンでは、PCエンジンCD-ROM²メガドライブメガCDなど、ディスクメディアを採用した一部のゲームにおいて、CD-DAトラックとして音楽を収録する手法[6]も用いられた。かつてゲームセンターのLDゲーム機で行われた表現手法が一般家庭でも手軽に楽しめるようになった。

この頃の楽曲の特徴としては、音声処理系の向上によって得られた新しい音色やアンサンブル方法に主眼が置かれていることが多いという点が挙げられる。いかにサウンドを豪華にしようとしても限界があった1980年代前半とも、誰でも簡単に高音質を手に入れられる現在とも異なり、この時期は音源性能やサウンドプログラマの技量が大いにサウンドの質に反映され得る状況にあり、そのためサウンドにこだわりのある制作者達がより高品質なミックスを目指してしのぎを削っていったのである。その結果、1980年代前半と大差ないサウンドのゲームもあった一方で、優れたサウンドプログラミングによってオーケストラに迫る様な曲も作り出された。例えば古代祐三は『イース』の頃よりFM音源を駆使しその性能を余すことなく使ったBGMを作成した。また後年古代によるスーパーファミコンで発売された『アクトレイザー』はオーケストラを髣髴とさせる高品質なもので、その当時の水準とは比べものにならないレベルの高さに『ファイナルファンタジーIV』の開発スタッフは衝撃を受けたという[7]

その音源構成はゲームセンターで聴き取れる音にも大きく変化を与える。FM音源は金属的な音を発音可能だが多用すると曲全体の中域が薄くなる。またPCMで人声を発音させる使い方も増え、「人声を目立たせBGMは脇役に回る」音響手法がカプコンストリートファイターII』の大ヒット以降対戦格闘ゲームを中心に多用され、それとともに業務用ゲームでのBGMの多くは影が薄れていった。しかしそのような状況の中でもFM・PCM音源を用いてメロディーを聴かせる既存の手法で作った曲も少なからず存在した(ナムコ『ワルキューレの伝説』『コズモギャングス』シリーズ他、タイトー『ダライアス』『ガンフロンティア』各シリーズ他など)。

制作体勢も細分化され始め、PCMを中心に用いる楽曲制作現場においては、音素材データと曲(譜面)データが独立してきたために、作曲家とは別に音素材を担当する役職も登場した。「サウンドエンジニア」などと呼ばれる。この役職は作曲家に代わりハード上で鳴る音素材の作成を行う。作曲者がゲームハード外の環境(シンセサイザなど)で作成した音素材をもとにする場合と、エンジニアがあらかじめ音素材を用意しておく場合がある。サウンドプログラマがこの役割をかねている場合もある。

また、冒頭やエンディングにおいてビデオクリップと共に主題歌を挿入する演出が取り入れられ始めたのもこの頃である。メガCDの『ゆみみみっくす』、『ソニック・ザ・ヘッジホッグCD』、『LUNAR ザ・シルバースター』、『LUNAR ETERNAL BLUE』、『ヘブンリーシンフォニー』 とPCエンジン CD-ROM²の『天外魔境』シリーズ、『ときめきメモリアル』などは特にその主題歌も多くのファンに受け入れられた。詳しくは下記主題歌の欄を参照。

なおサウンドトラックにおいては、ゲーム基板から直接曲を収録したオリジナルバージョンの他、曲を他の楽器などで再構成する「アレンジバージョン」が同時に収録されるようになる。初期はMIDI音源を用いた、デスクトップミュージック(DTM)に類するものが多かったが、ギターなどの生楽器の導入を経て、各メーカーがアレンジ専門のバンドを有するまでに至る。1990年に入ると、ゲームミュージックフェスティバルというライブイベントが毎年開催され、最盛期には日本青年館2DAYSで6組のバンド・ユニットがライブを繰り広げた。

1990年代後半・2000年代 [編集]

セガサターンプレイステーションの頃から、ディスクメディアが主流になっていった(但し、NINTENDO64はディスクメディアを使用せず、ROMカセットを使用。)。メディアの大容量化、ハードの高性能化により、「限られた音色で多くの曲を鳴らす」という制約が大幅に緩和され、さまざまなジャンル(ロックアンビエント映画音楽ヒップホップテクノイージーリスニングジャズ等さまざま)の音楽が取り入れられるようになった。また、録音済みの音楽をストリーミングで流すという方法もしばしば登場するようになった。その結果ゲームミュージックは鑑賞用に販売されている通常の音楽CDと同等の品質を獲得するに至り、21世紀初頭現在の主なゲーム機の音声処理系はPCM系の録音済み波形を用いる方式が主流になっている。

一方かつて主流だったPSGやFM音源のような単純な波形を合成する処理系を用いるものは減少した。わずかにレトロゲーム復刻作品や『グラディウス外伝』等では(音源チップ相当の波形演算を行うことにより)この方式が用いられている。またNintendo DSはPSGとPCMを併装しており部分的に用いられている場合もある。

表現の可能性はハードウェアの制約から解放され、黄金期・発展期に見られた「ハードの制約と、それに対するアーティストの挑戦」から、ゲームの魅力を最大に引き出す名脇役としていかにプレイヤーの耳を楽しませるかという内容そのものの魅力で勝負する時代となってきている。また、プレイヤー操作と音との連携による新たな感覚の追求というインタラクティブアートとしての側面も注目されてきている。

サウンド環境およびその他処理性能の充実から「音楽自体をゲームにする」という発想も登場した。1996年の『パラッパラッパー』、続く1997年の『beatmania』などが先駆けとなりいずれも大ヒットを記録、音楽ゲームという一つのジャンルを形成するに至った。

機能上の分類 [編集]

テーマ曲 [編集]

ゲームの顔となる曲で、ゲームソフト起動時やプレイ開始時など、プレイヤーの注意が高まっており、かつ、操作に集中する必要がない場面で鳴らされることが多い。曲が短い場合などは、これを聞かせるために操作を受け付けないこともある。このテーマ曲を基にBGMや、後に続く連作のテーマ曲などが作られることがある(後述)。

主題歌 [編集]

役割自体はテーマ曲とやや類似しているが、ゲームから切り離しても成り立つような歌謡作品を初めから意識して制作するという点が異なる。したがって、その捉えられ方もアニメソングなどの延長線上として、歌手や演奏グループなどのアーティストに焦点が当たる傾向がある。有名アーティストとタイアップし、注目を集められる効果もある。

アニメの場合その主題歌は放送上の都合として90秒に制限されることが多いが、ゲームの場合はそれに捉われないため、120秒を超える主題歌も多く見られる。そのようなゲームがアニメ化された場合(『To Heart』や『AIR』など)、元の主題歌を使いつつもそれらを一部カットする場合もある。また、上記テーマ曲と同様、主題歌のメロディを元にしたBGMへの編曲も良く用いられる手段である。下記常套句の使用の欄も参照。

BGM [編集]

プレイヤーがゲームのため操作や思考に集中する必要がある場面において、場面の雰囲気を盛り上げたり状況をより印象付けるために流される音楽。長時間繰り返して流されることになるため、プレイヤーの記憶に非常に残りやすい。多くの場合は十数秒単位或いは1-2分程度の楽曲を延々とループさせて演奏する。

一般的には、曲が途切れないように曲を終端で終止させず、先頭部分と音楽的につながるように作曲することが多い。しかし、CD-DAにより1つの連続した録音済み波形をCDから読み込みながらBGMとして使用する場合などは、先頭への復帰時にCDのシーク動作のための空隙が発生するというハード上の制約があるため、曲を終端であえて終止させ、シーク動作の間を挟んでから先頭へ戻るという形式が採られることもある。

なお、メモリ容量が増加している21世紀初頭現在は、同様に録音済み波形をそのままBGMとして用いる場合でも、メモリに波形全体を読み込むことでシーク動作を排除し、連続ループ再生するケースも現れている。

ジングル類 [編集]

ステージクリアやミス時、あるいはアイテム取得時など、場面の区切りやイベントが発生したときに流れる短い曲。前述の黎明期のゲームでは、ほぼこうした曲しか存在しなかった。

ゲームミュージックによく見られる楽曲の着想方法 [編集]

楽曲の派生 [編集]

映画などと同様に、ゲーム全体に統一感が必要な場合や、シリーズ化された一連のゲームの関連を印象付けることが必要な場合には、すべての楽曲を独立に作らずに、何かから派生してゆく方が良い場合が多い。以下にその具体例を述べる。

続編ゲームにおけるテーマ曲の派生
あるゲームの続編・シリーズが作られた場合にテーマ曲を共通して用いる事がよくある。その際に全く共通して同じ音楽を用いることもあるが、多くの場合は何らかの編曲を伴う形で用いられる。『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』など人気の高いシリーズでは、そのテーマ音楽がシリーズの顔ともなっている。
続編ゲームの共通BGM
テーマ曲以外にも、共通するBGMを若干のアレンジ変更などで派生させ、前のゲームの音楽を連想させる既聴感を与えるものがある。『グラディウスシリーズ』におけるビッグコアのBGM「Aircraft Carrier」はその代表例である。ゲーム内容に関連するより高度な用い方として、『ドラゴンクエストIII』では、第1作目と共通の世界観を持つために第1作目の楽曲をアレンジした楽曲を登場させたり、その中のモチーフを別の曲内で用いている。これはゲームの進行させていったある地点、「第1作目と繋がっていると判明する時点」より前から登場しており、その既聴感は効果的に働き、また楽曲自体が「世界観が繋がっている」ことの伏線になっているといえる。また『ToHeart2』のように、前作『To Heart』で用いられたBGMの多くを編曲して用い、それぞれの場面ごとに共通する音楽で前作を想起させる例もある。
ゲームオリジナルの主題歌を元にした派生
ゲームに主題歌が含まれるようになって以降、多く用いられる手段である。オルゴールやピアノなどの音色を多用した落ち着いた雰囲気の編曲が多く、ドラマの効果をあげたい部分に用いられることが多い。特に美少女ゲーム女性向けゲームの分野に多く見られる。
いくつかのテーマ曲から派生曲を作る
映画音楽では常套手段である。例として『サガ フロンティア2』『英雄伝説シリーズ』『CROSS†CHANNEL』などが挙げられる。特に日本ファルコム製作の『英雄伝説VI 空の軌跡』ではこの手法が豊富に使われている。
全曲を一つのテーマ曲で統一する
ゲーム全体が一つの統一されたイメージを持つことができる。これも珍しい例と言える。例としては『スーパーマリオワールド』『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』『レイディアントシルバーガン』など。

常套句の使用 [編集]

一部のジャンルのゲーム音楽には常套句がある。例えば美少女ゲームの多くは、主題歌のオルゴールないしピアノのアレンジ曲を含む。またアダルトゲームでは主に合意的な性描写シーンにおいて、ピアノやハープあるいはそれらを模した減衰音が好んで使われるなど。

これらの常套句に沿った音楽を使用することで、プレーヤーに既聴感を与え、シーンの解釈を補助する役割がある。一方で、過度にこれらの常套句に頼り過ぎると音楽が説明的となることもある。

アニメ主題歌の引用 [編集]

アニメを基にゲーム化した作品(いわゆるキャラクターゲーム)では、そのアニメの主題歌をそのままあるいはアレンジしてゲームミュージックに用いることが多い。

ファミコン初期においてはバンダイの『オバケのQ太郎 ワンワンパニック』のタイトル画面や『ゲゲゲの鬼太郎 妖怪大魔境』のマップ選択画面はアニメ主題歌の特徴的なフレーズ(冒頭やサビ)をそのまま引用している。1990年代以降はアニメとゲームそれぞれの制作会社のタイアップ関係も深いので、主題歌はもちろんBGMもアニメ作品から直接引用したものをゲーム内でも用いる例もある(バンダイの『美少女戦士セーラームーンR』(SFC版)など)。

通常はこのように主題歌を正式な形で引用することが多いが、ファミコン初期においては、はっきりと引用と言い切れないような微妙な引用も見られた。例えば、ハドソンの『忍者ハットリくん』や『ドラえもん』などでは、曲の途中で突如数音単位で主題歌を連想させるフレーズが現れ、すぐにオリジナルの音楽(ハットリくんの場合はクラシック音楽)に移行するようになっている。これらの引用は、耳ざといプレーヤーがやっとアニメ主題歌だと気づく程度の短さであり、公的にこれが引用であると証明することは恐らく困難を極める。何故このように微妙な形での引用がなされているかの理由は不明であるが、制作費の都合により著作権使用料を払う余裕がなかった、作曲者等からの使用許諾が得られなかった、あるいはゲーム内における著作物の使用についての見解(演奏に該当するのか/新たな録音物の作成に該当するのか、ゲームソフト1本ごとに使用料が発生するのか/楽曲1演奏ごとに使用料が発生するのか等)が一定していなかったり、そうした見解の整合を億劫がって適当に言い逃れできそうな形に収めた、等の理由が推察できる。

クラシック音楽の引用 [編集]

クラシック音楽の多くは著作権が切れており、また人口に膾炙していることからゲーム中でよく使われる。特に初期のビデオゲームはPSGなどの内蔵音源でそれらのクラシック音楽を鳴らすため、普段のクラシック音楽の場面ではまずありえないような音色でそれらの曲を聞くことができる。それらは曲調や調性が原曲とかけ離れてアレンジされていることも少なくない。最初期の例では『マリオブラザーズ』のゲーム開始音に使われるモーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」や、『けっきょく南極大冒険』でのワルトトイフェルの「スケートをする人々(スケーターズ・ワルツ)」などが挙げられる。また、あえて作品中の大半のBGMをクラシック音楽の曲に同社の他ゲームのBGMとの掛け合わせのアレンジを施した楽曲でまとめた『パロディウス』シリーズなどもある。

一般リスナーへの浸透 [編集]

ゲームミュージックの認知と評価が高まるまでには、作曲家すぎやまこういちが作曲を担当した『ドラゴンクエストシリーズ』がヒットし、その音楽が一般にも知られるようになったことが、大きな転機となった。一部のゲームソフトメーカーのカリスマ的な人気を持つサウンドコンポーザーが一定の評価を得ているほか、自らライブなどのパフォーマンスやフルオーケストラへの編曲を行うチームもある。

演奏会活動も行われることとなり、過去にはゲームミュージックコンサートが行われたほか、毎年夏頃に行われるファミリークラシックコンサート(指揮:すぎやまこういち)には、多くの家族連れなどで賑わっている。また、アマチュアオーケストラ団体であるリトルジャックオーケストラも毎年ドラゴンクエスト、ファイナルファンタジーをメインとしたゲーム音楽をフルオーケストラで演奏している。

元々ゲームのBGMとして作成されているためテレビ番組などでBGMや効果音として使われることも多く[8]、それと気付かずにゲームミュージックを聴く機会も増えた。21世紀初頭現在ではコンピュータゲーム全般において、ゲームミュージックはゲームを楽しみ評価するための要素の一つとなっており、多くのファンや愛好家が存在する市場・ジャンルとなっている。

ゲームミュージックに関連する音楽作品 [編集]

ゲームミュージックに関連して、ゲームへの内蔵以外のメディアとして製作・販売されている音楽作品としては、ゲーム中の楽曲を通常の楽器演奏などで再構成したもの、ゲームそのものの内容に関連するイメージソング、ゲームのサウンドを取り入れた全く別の楽曲などがある。

アレンジ(サウンドトラック・リミックス) [編集]

ゲームミュージックそのものにファンがつくに従って、一度ゲームミュージックとして作曲された曲を、オリジナル音声そのものとしてレコード・CD化して発売するようになった(ゲームミュージックをサウンドトラックとして再供給)。

後に音源の性能の良いプロユースのシンセサイザー、或いはピアノやオーケストラなどの生楽器にアレンジして新たな音楽アルバムの形でリリースされていた(「サウンドトラック」という言葉が一部のアルバム名に含まれていたが本来の意味とは異なる)

初期には上述の『ドラゴンクエスト』シリーズのほか、コナミの『グラディウス』シリーズや、日本ファルコムの『イース』シリーズ、セガの『ソニックシリーズ』などのアレンジCDが挙げられる。ただし、上述した技術進歩により音が生の楽器の音に近づいたことによってアレンジは行われなくなっていく(『ファイナルファンタジーVI#FFシリーズの音楽について』も参照)。

さらに『F/A』『リッジレーサー』などクラブ系ダンスミュージックがゲームBGMに取り入れられてからは『リミックス』(「サンプリングしたオリジナル音源を楽曲の1楽音として用いる点が従来のアレンジと異なる)手法によるアルバムもリリースされている。

キャラクターのイメージソング [編集]

主に人気のある美少女ゲームや女性向けゲームにおいて、そのゲームに登場する各キャラクターを演ずる各声優が新たな歌やショートドラマを収録し、CDにして発売するもの。この際主役級ではないキャラクターは、そのキャラクターに最も良く使われたBGM(多くの場合そのキャラクターごとのテーマ曲)が編曲・あるいは新規に製作されて歌になることが多い。

ゲームミュージックを取り入れたポピュラー作品 [編集]

イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)は1stアルバムで『サーカスのテーマ』、『インベーダーのテーマ』という曲を発表している。ゲームミュージック専門のアルバムは同じくYMOの細野晴臣がプロデュースして、ナムコのゲームから『ゼビウス』、『リブルラブル』、『ギャラガ』などのサウンドを収録した『VIDEO GAME MUSIC』が元祖だった。21世紀初頭現在でも『スーパーマリオブラザーズ』の曲をサンプリングしたトンガリキッズの『B-DASH』などがある。


脚注 [編集]

  1. ^ 効果音との兼ね合いや音響特性(ゲームセンターや家庭用テレビ等における聴感)をゲームミュージックで考慮する事が多いが、演奏を主目的とするチップチューンでそれらが考慮される事は少ない。
  2. ^ 作曲:兼岡行男。ゲームの主人公がハンマーを振り回している時だけ演奏される短いフレーズのBGMで、後に大乱闘スマッシュブラザーズで再登場するなどしている。
  3. ^ 当時の海外ビデオゲームは効果音に力を入れ臨場感を重視していた。
  4. ^ 業務用ゲーム基板のサウンドテスト機能でも聴くことが出来たが、メーカー・ゲームセンター関係者・基板所有者などごく限られた人しかその音を耳にすることが出来なかった。
  5. ^ サンプリングの量子化ビット数を基にした「16ビット音質」「24ビットマスタリング」等々の呼称とは由来が異なる。
  6. ^ ディスクをCDプレイヤーで再生すると音楽トラックとして聞ける。
  7. ^ 「ファミ通PRESENTS PRESS START 2007-SYMPHONY OF GAMES」(2007年9月17日開催 パシフィコ横浜国立大ホールにて植松伸夫が発言
  8. ^ テレビ番組で使用されたゲームミュージック&効果音の記録

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]