蓄音機

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円筒式蓄音機
Graphpphone
1897年Columbia Phonograph 社から発表された家庭用蓄音機の広告。聴診器のようなイアホンを用いて回転する円筒に記録された擦過音を直接聴く機構。

蓄音機(ちくおんき/英: Phonograph)は、言葉の意味は録音機であるが、レコードプレーヤーの前身。

[編集] 概要

1875年、フランス人エドワード=レオン・スコット(Edouard-Leon Scott)が発明したフォノトグラフが蓄音機およびレコードプレーヤーの前身である[1]。ただし、スコットのフォノトグラフは音を紙の上に図形として記録する器械であり、再生機能を持たなかった[2]ため、通常の意味での蓄音機ではなかった。

トーマス・エジソンが発明した、箔を巻いた円筒式レコードが、後に蝋(ろう)管式になった。1889年頃にエミール・ベルリナーにより円盤式レコードへと改良された。

日本ビクターや英国EMIのロゴマーク「His Master's Voice」(HMV)で、ニッパー (犬)君が耳を傾けている蓄音機はラッパ状のホーンを用いているが、後期の蓄音機は、より大型の箱型筐体そのものにホーン構造を収めた内蔵ホーン型が主流を占めた。有名な製品に米ビクター(後のRCA)のビクトローラ等がある。

エジソン時代から長らく針の動きを機械的に振動板(ダイヤフラム)に伝達して音響に変換し、ホーン(直径が指数関数的に拡大する導管)により音を拡大する機械的再生機として用いられたが、真空管の小型化と性能向上に伴い、レコード針の動きを電気信号に変換して増幅し、スピーカーを鳴らす「電気式蓄音機」すなわち「電蓄」が登場した。

LPレコードは、レコードの溝が細かくなったことから、電気式蓄音機でないと再生できない。また、ステレオレコードに至っては、事実上電気信号を用いる方式でしか再生できなくなった。この時代以降、ハイファイ(Hi-Fi:「High Fidelity」の略語)という和製英語が生まれ、後に英語圏にも取り入れられた。再生機はステレオ、レコードに刻まれた音溝を電気信号に変換する機能はレコードプレーヤーと呼ばれるようになった。

日本では、1910年(明治43年)、日本発の国産蓄音機ニッポンノホンが発売された。これには、軍艦行進曲などが収録されたレコードが付属していた。

日本独自の装置として、1937年(昭和12年)日本フィルモン社が長さ13m、幅35mmのセルロイド系素材のベルトの両端を接続してエンドレスにし、そこに音溝を刻んだフィルモン音帯からレコード針で音を再生する装置を売り出している。

[編集] 脚注

  1. ^ 2008年、レコーディング・エンジニアのデビッド・ジョバンノーニ(David Giovannoni)によって明らかとなった。蓄音機の発明者はエジソンではなかった、エジソンの発明以前に録音された音楽が発見
  2. ^ 現在ではコンピューター技術によってフォノトグラフに記録された音を再生しようとする研究が行われている。

[編集] 外部リンク