グラムロック

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グラムロック(glam rock)は、主にイギリスで1970年代前半から中盤にかけて流行した、ロック・スタイル。由来は、魅惑的であることを意味する英語の"glamorous"から来ている。日本のロックやファッションシーンにも影響を与えた。

スタイルの特徴[編集]

一概には言えないが、男性でも濃い(時には装飾的な)メイクを施し、煌びやかで(けばけばしい)、古い映画やSFをモデルにしたような、懐古趣味的な[1]衣装をまとうのが特徴である。キャンプ 的であるともいわれる[2]。また宇宙趣味、未来趣味も混在している。

主に男性的な力強さや激しさを表現するハードロックや、演奏技術や楽曲の構成力を強調していたプログレッシブ・ロックが主流だった70年代において、それらとは異なった中性的なファッションや振る舞いを施し、単純で原始的なビートやキャッチーなサウンドをみせていたのがグラムロックのミュージシャンたちであった(この傾向が、後のパンク・ロックの出現に大きく影響することになる)。また、サックスリフを刻むことが多いことも、グラムの特徴の1つである。

ただ、ジャンルとしてはルックスやステージングなどの面で区別されることが多いため、サウンドや楽曲の作風、音楽的志向などは、かなり異なり、大きな共通性はない。このような経緯から、クイーンも登場当初はグラムロックバンドと見る者もいた。

歴史[編集]

マーク・ボランデヴィッド・ボウイロキシー・ミュージックを代表格とするが、とりわけマーク・ボランは、グラムロックの流行と自身の音楽活動がもっとも共振しており、グラム・ロックの衰退を象徴するかのように、1977年マーク・ボランは交通事故により29歳で没した。それに対してデヴィッド・ボウイはグラムロック衰退以降も多様な音楽活動を展開した、とはいえ、ボウイも映画『地球に落ちてきた男』や、またその舞台パフォーマンスの絶頂期はこの1970年代前半のものであった。ボウイはモット・ザ・フープルの「すべての若き野郎ども」を作曲している。ボランに対抗してボウイがジギー・スターダストというキャラクターを作った際には、スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』や『2001年宇宙の旅』をモデルにした。またボウイはこの頃、ザ・ストゥージズの『ロー・パワー』やルー・リードの『トランスフォーマー』などのプロデュースにも携わっていた。他にも、シルヴァーヘッドホークウィンドなどがグラムロック系のバンドとされている。

ブームを作ったアーティストたちの音楽的な変化や、パンク・ロックの盛り上がりや1970年代末のニュー・ウェイヴ・ブームの勃興により、グラム・ロックという名称は自然消滅することとなった。

時代背景[編集]

時代背景としては、それまでのヒッピーウッドストックなどに代表される自然回帰運動への反動として、「人工的なもの」への志向が生じたのではないかとする説もある[3]アンディ・ウォーホールのPorkという映画・舞台がグラム発生に決定的な影響を与えたともいわれる。ウォーホールは異性装(トランスヴェスチズム)を好んでおり、またアンディ・ウォーホルの映画に数多く出演していたイーディ・セジウィックも中性的なイメージを持っていた。

また、1960年代後半のロンドンのアンダーグランド・シーンの影響も見られる。ナイトクラブでの演奏を通じて、メジャー・シーンへと進出を果たしたアーティストも多い。中でも、シド・バレットピンク・フロイド)の存在は大きく、デヴィッド・ボウイマーク・ボランに多大な影響を与えた。

影響[編集]

影響を受けたローリング・ストーンズも当時は濃いメイクをしていた。ヴィジュアル面では80年代前半に起こったニューロマンティックLAメタル、日本のヴィジュアル系の先駆けとなったという見方もあるが、音楽的にはむしろその直後のパンク・ロックへの影響が大きい。なお、オーストラリア出身のハードロックバンドAC/DCのボーカリスト、ブライアン・ジョンソンは、イギリスのグラムロックバンド・ジョーディ(Geordie)に所属していた。

アメリカのグラムロック[編集]

アメリカにおいて、グラムロックでの商業的な成功を納めたのはアリス・クーパーだった。さらに1973年にはニューヨークドールズがデビュ-し、ルー・リードやイギー・ポップなどもグラムロックに影響されたステージを見せた。ほかにはキッスジーン・シモンズが、スレイドからの影響を公言している。

日本への影響[編集]

国内では、70年代の日本からの最も早い回答である沢田研二忌野清志郎サディスティック・ミカ・バンドがいた。また80年代前半には、土屋昌巳の一風堂が登場し、80年代後半には、本田恭章中川勝彦などがいた。しかし、いずれも「グラム・ロック」と呼ばれることはなく、90年代以降の「ヴィジュアル系」バンドの登場によって、初めてジャンルとしてカテゴライズされるようになる。90年代以降のバンドとしては、マルコシアス・バンプROLLY率いるすかんち毛皮のマリーズX JAPANなどがいた。

なお、秋間経夫らの発案により、毎年マーク・ボランの命日である9月16日に「マーク・ボラン追悼~グラムロックイースター」というイベントが行われる。常連参加者には、頭脳警察にいたPANTA、ROLLY、マルコシアス・バンプの旧メンバーなどがいる。

グラムロックアーティスト[編集]

映画[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 英語版参照
  2. ^ キャンプ 参照
  3. ^ 英語版参照