ザ・ストゥージズ

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ザ・ストゥージズ
ザ・ストゥージズ(2006年)}
ザ・ストゥージズ(2006年)
基本情報
別名 イギー・アンド・ザ・ストゥージズ
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミシガン州アナーバー
ジャンル プロト・パンク、ガレージロックハードロックパンク・ロック
活動期間 1967年-1974年、2003年-
レーベル エレクトラ・レコード
コロムビア・レコード
ヴァージン・レコード
公式サイト www.iggyandthestoogesmusic.com
メンバー
イギー・ポップ
ジェームズ・ウィリアムソン
スティーヴ・マッケイ
マイク・ワット
旧メンバー
ロン・アシュトン
スコット・アシュトン
デイヴ・アレクサンダー
ビリー・チータム
ジミー・レッカ
ジーク・ゼトナー
スコット・サーストン
ボブ・シェフ

ストゥージズ(The Stooges)は、イギー・ポップを中心とするアメリカのロック・バンドである。1967年から1974年まで活動し3枚のアルバムをリリース。2003年に再結成

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第78位に選出。

来歴[編集]

デビューからセカンド・アルバムまで

1967年、ボーカルのイギー・ポップ(Iggy Pop)、ギタリストのロン・アシュトン(Ron Asheton)およびドラマーのスコット・アシュトン(Scott Asheton、ロン・アシュトンの弟)のアシュトン兄弟、そしてベーシストのデイヴ・アレクサンダー(Dave Alexander)によって結成される。初期はサイケデリック・ストゥージズとして活動していたが[1]、後にザ・ストゥージズに名乗りを変える。"stooge"とは、「ぼけ役」、「まぬけ」といった意味。

1969年、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドジョン・ケイルのプロデュースにより、デビュー・アルバム『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』(The Stooges)を発表。全米最高106位と商業的には成功しなかったが、同じエレクトラ・レコードに所属するMC5と並んでガレージ・ロックオリジナル・パンク)の代表的存在と目される。

フロントマンのイギーは、客の注目を惹くためステージダイブをしたり[2]ピーナッツバターを体中に塗ったり、ステージに散りばめたガラスの破片の上を転がるなど[3]、身体を張ったパフォーマンスを展開した。

1970年には、セカンド・アルバム『ファン・ハウス』(Fun House)を発表。同作では新たにサックスを加え、スティーヴ・マッケイ(Steve MacKay)が参加している。ところが、売上は前作より伸び悩み、チャートインすら果たせず、エレクトラとの契約も打ち切られる。さらに、アルコール中毒になっていたデイヴが解雇され、ベーシストはジーク・ゼトナー(Zeke Zettner)、ジミー・レッカ(Jimmy Recca)と目まぐるしく入れ替わった。また、イギーを筆頭にロンを除くメンバーはヘロインに溺れ、活動休止状態に陥ってしまう。

ボウイとの出会い、ロー・パワー、終焉

1971年、イギーはデヴィッド・ボウイに出会い、ボウイの協力の下でアルバムの制作を開始する。当初はギタリストのジェームズ・ウィリアムソン(James Williamson)に新たなリズム隊を加えた編成となる予定だったが、結局アシュトン兄弟を呼び寄せることとなった。ギターはジェームズが弾くことになったため、ロンはベースに転向した[4]

1973年、『ロー・パワー』(Raw Power、邦題は『淫力魔人』)を「イギー・アンド・ザ・ストゥージズ」の名義でコロムビア・レコードから発表。ボウイがミキシングを担当した。しかし、全米182位に留まり、ツアーの途中でコロンビアはレコード契約を解除。ボウイの所属するメインマン・マネージメントからも見放された。

1974年2月、イギーのヘロイン中毒、活動の行き詰まりなどが原因でストゥージーズは解散した。

解散中の出来事

解散中の1975年にイギーはジェームズとともにレコーディングを行い、これは1977年にイギー・ポップとウィリアムソンの共同名義で『キルシティ』というタイトルでリリースされた[5]

1977年、イギーは再びボウイと組んでソロ・デビュー。バンドでは得られなかった商業的成功を手にする。

1997年、イギーがミックスをやり直した『ロー・パワー』が新たにリリースされた。これはボウイによるミックスに対する不満の声に応えたもので、イギー自身が「どの曲も音が全部振り切れるくらいボリュームをあげて、すごい激しいミックスになった」と語る仕上がりになっている[6]

再結成

2003年、イギーとロン、スコットの3人に、元ミニットメンのマイク・ワットをベーシストとして加え、実に29年ぶりに再結成。後に、スティーヴも参加した。2007年には、ニュー・アルバム『ザ・ウィヤードネス』(The Weirdness)を発表。

2009年1月6日、ロンが自宅で死亡しているのが発見された。数日前に心臓発作で斃れたものと推定された[7]

2010年ロックの殿堂入りを果たす。授賞式でのプレゼンターはグリーン・デイビリー・ジョー・アームストロングが務めた。

2013年4月、6年ぶりの新作『レディ・トゥ・ダイ』を発表。亡くなったロンに代わりジェームズがギターを担当した[8]

2014年3月16日、スコットの訃報がイギーによってFacebookで伝えられた。

メンバー[編集]

現在のメンバー
元メンバー
  • ロン・アシュトン - リードギター (1967年–1971年, 2003年–2009年), ベース (1972年–1974年; 2009年死去)
  • スコット・アシュトン - ドラムス (1967年–1974年, 2003年–2014年; 2014年死去)
  • デイヴ・アレクサンダー - ベース (1967年–1970年; 1975年死去)
  • ジミー・レッカ - ベース (1970年–1971年)
  • ジーク・ゼトナー - ベース (1971年; 1973年死去)
  • ビリー・チータム - ギター (1970年)

影響[編集]

「ローリング・ストーン誌の選ぶオールタイム・ベスト・アルバム500」に於いて、『ファン・ハウス』が191位[9]、『ロー・パワー』は128位[10]にランクイン。特に『イギー・ポップ・アンド・ストゥージズ』は、「オールタイム・ベスト・デビュー・アルバム100」と共に、それぞれ185位[11]と66位[12]にランクイン。

セックス・ピストルズダムドピート・ドハーティスレイヤーデフ・レパードガンズ・アンド・ローゼズレッド・ホット・チリ・ペッパーズサウンドガーデンレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンなど、後世の名立たるバンドやミュージシャンに影響を与え、彼らにこぞってカヴァーされている。特にジャック・ホワイトは『ファン・ハウス』、ジョン・ライドンカート・コバーンは『ロー・パワー』をベスト・アルバムに挙げている。

ディスコグラフィー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ザ・ストゥージズのギタリスト、亡くなる barks 2009年1月7日
  2. ^ イギー・ポップ、トレードマークのステージ・ダイブを語る barks 2013年7月4日
  3. ^ イギー・ポップ、“MTVの『Jackass』に影響を与えたのは俺だ” barks 2001年7月22日
  4. ^ イギー・ポップ、亡くなったスコット・アシュトンとの思い出を語る ro69.jp 2014年3月21日
  5. ^ ザ・ストゥージズに黄金期のギタリストが復帰 ro69.jp 2009年9月7日
  6. ^ 淫力魔人(ロー・パワー) Sony Music
  7. ^ ザ・ストゥージズのギタリスト ロン・アシュトンが死亡 イギー・ポップが追悼コメント ro69.jp 2009年1月8日
  8. ^ イギー・アンド・ザ・ストゥージズ、6年ぶりの新作『Ready to Die』を4月30日にリリース ro69.jp 2013年2月26日
  9. ^ 500 Greatest Albums of All Time: The Stooges, 'Fun House' | Rolling Stone
  10. ^ 500 Greatest Albums of All Time: Iggy and the Stooges, 'Raw Power' | Rolling Stone
  11. ^ 500 Greatest Albums of All Time: The Stooges, 'The Stooges' | Rolling Stone
  12. ^ The 100 Best Debut Albums of All Time: The Stooges, 'The Stooges' | Rolling Stone

外部リンク[編集]