スージー・クアトロ

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スージー・クアトロ
Suzi Quatro
オーストラリア・キャンベラのAISアリーナにて、2007年9月26日
基本情報
出生名 スーザン・ケイ・クアトロッチオ
出生 1950年6月3日(62歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト
ジャンル ハードロック
グラムロック
職業 シンガーソングライターベーシスト音楽プロデューサー女優ラジオパーソナリティ
担当楽器 ボーカルエレクトリックベースピアノ
活動期間 1964–現在 (歌手)
レーベル RAKレコード (en
EMI Int'l
EMI
Bgo - Beat Goes On
Disky Records
Razor & Tie (en
共同作業者 クリス・ノーマン (en
公式サイト Official Website

スージー・クアトロSuzi Quatro, 1950年6月3日 - )は、アメリカ合衆国のロック・ミュージシャンベーシストDJ俳優。女性ロッカーの先駆者。

目次

プロフィール [編集]

スーザン・ケイ・クアトロッチオ(Susan Kay Quatrocchio)としてミシガン州デトロイトで生まれる。父親アート・クアトロッチオはイタリア系であり、母親のヘレン・レベルはハンガリー系であった。

1965年、3人の姉とThe Pleasure Seekersを結成しアメリカ各地やベトナムをツアー。1969年に独立してLAでCradleを結成。1970年6月にデトロイトで歌っている際、ジェフ・ベックのモータウン・スタジオでのレコーディングのために同地に来ていた音楽プロデューサーのミッキー・モストによって高い評価を受ける。1971年末、ミッキーを頼って渡英。

72年7月、ミッキー自身のレーベルRAKレコードからUKにおけるファースト・シングル「Rolling Stone」を発表。フォークソング調の曲でさほど売れなかった。

73年に入ってからハードロック路線へのイメージチェンジのためソングライティングチームにニッキー・チンとマイク・チャップマンを迎え、芸名もSuzie QuatroからSuzi Quatroに変わった。セカンドシングルの「Can the Can」はUKを含むヨーロッパ及びオーストラリアでナンバーワン・ヒットを記録する。続いてリリースされた三枚、「48 Crash」(1973、UKチャート3位)、「Daytona Demon」(1973、UKチャート14位)も大ヒット。この年のUKのBest Selling Artist/Female/Singleの第1位となった。

74年にも「Devil Gate Drive(悪魔とドライブ)」(UKチャート1位)、「Too Big」(UKチャート14位)、「Wild One」(UKチャート7位)が英国で大ヒットした。彼女のファースト及びセカンド・アルバムはヨーロッパとオーストラリアで大成功を収めた。日本でも70年代の終わりまで大変な人気があり、77年には大都市だけではなく中都市も回る大規模な日本ツアーを成功させ、日本でのライブアルバムも発表している。

Suzi Quatro at AIS Arena 02.jpg

しかしながら母国のアメリカにおいては、1970年代中頃にアリス・クーパーと共にツアーを行うなどの努力をしたにもかかわらず、それほどヒットしなかった。1975年以降彼女のヘビーで妖しい魅力を伴ったスタイルは受け入れられなくなっていった。人気は1978年まで好転しなかった。78年に「If You Can't Give Me Love」がリリースされると、同作はイギリスとオーストラリアでトップ10ヒットを記録する。アメリカでは引き続いて成功はしなかったが、1979年に「スモーキー」のクリス・ノーマンと共に「Stumblin' In」(邦題・メロウな二人)をRSOレコードからリリースすると、同作は4位とアメリカで初の大ヒットを記録することとなる。この成功は短期間のものであった。彼女の最後の(オーストラリアでのみの)ヒットは1981年前半にリリースされた「Rock Hard」であった。

1987年には日本のロックバンドBOØWYのシングル曲「Marionette」のB面曲として「THE WILD ONE」をBOØWYのボーカリスト氷室京介とデュエットしたバージョンを発表。しかし、同時にレコーディングした訳ではなく日本で録音したオケをイギリスに送りスージーに歌わせ、その後日本に送り返しミキシングすると言う手法で作られた。

Suzi Quatro at AIS Arena 03.jpg

1978年に長年バック・ギタリストを務めていたレン・タッキーと結婚した。二人の子供(ローラ(1982年生)およびリチャード・レナード(1984年生))がいたが、1992年に離婚した。

現在イギリスドイツで暮らし、BBCラジオ2で毎週ロック・プログラムのDJを務める。さらにミュージシャンとしてのツアーも継続している。

2006年2月、アルバム『Back To The Drive』をスウィートのギタリスト、アンディー・スコットのプロデュースでリリースした。アルバムのタイトル・トラックはマイク・チャップマンによって書かれたものである。

ディスコグラフィ [編集]

主なシングル [編集]

  • 1973 Rolling Stone/Brain Confusion
  • 1973 Can The Can/Ain't Ya Somethin' Honey
  • 1973 48 Crash/Little Bitch Blue
  • 1973 Daytona Demon/Roman Fingers
  • 1974 Devil Gate Drive/In the Morning
  • 1974 The Wild One/Shake My Sugar
  • 1974 Too Big/I Wanna Be Free
  • 1975 Your Mama Won't Like Me/Peter, Peter
  • 1975 I Bit Off More Than I Could Chew/Red Hot Rosie
  • 1975 I May Be Too Young/Don´t Mess Around
  • 1977 Roxy Roller/It'll Grow On You
  • 1977 Tear Me Apart/Close Enough To Rock'n'Roll
  • 1978 If You Can't Give Me Love/Cream Dream
  • 1979 She's In Love With You/Space Cadets
  • 1979 Stumblin' In/A Stranger To Paradise
  • 1980 Mama's Boy/Mind Demons
  • 1980 I've Never Been In Love/Starlight Lady
  • 1980 Rock Hard/State Of Mind

アルバム [編集]

  • 1973 Suzi Quatro (Can The Can in Australia)
  • 1974 Quatro
  • 1975 Your Mama Won't Like Me
  • 1977 Aggro Phobia
  • 1978 If You Knew Suzi
  • 1979 Suzi...And Other Four Letter Words
  • 1980 Rock Hard
  • 1982 Main Attraction
  • 1991 Oh Suzi Q
  • 1996 What Goes Around
  • 2006 Back To The Drive

縁戚 [編集]

女優シェリリン・フェンのおばである。

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]