時計じかけのオレンジ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 文学 |
|---|
![]() |
| ポータル |
| 各国の文学 記事総覧 |
| 出版社・文芸雑誌 文学賞 |
| 作家 |
| 詩人・小説家 その他作家 |
| お知らせ |
| このテンプレートの解説ページができました。使用されるべき記事が決まりましたので一度ご確認ください。 |
| 時計じかけのオレンジ A Clockwork Orange |
|
|---|---|
| 監督 | スタンリー・キューブリック |
| 製作 | スタンリー・キューブリック |
| 脚本 | スタンリー・キューブリック |
| 出演者 | マルコム・マクダウェル パトリック・マギー マイケル・ベイツ |
| 音楽 | ウォルター・カーロス |
| 撮影 | ジョン・オルコット |
| 編集 | ビル・バトラー |
| 配給 | ワーナー・ブラザーズ |
| 公開 | 1972年2月2日 1972年4月29日 |
| 上映時間 | 136分 |
| 製作国 | イギリス |
| 言語 | 英語 |
| 制作費 | $2,200,000 |
| allcinema | |
| キネマ旬報 | |
| allmovie | |
| IMDb | |
『時計じかけのオレンジ』(A Clockwork Orange)は、イギリスの小説家アンソニー・バージェスによるディストピア小説。1962年発表。又は、アンソニー・バージェスの原作からスタンリー・キューブリックにより映画化されたイギリス映画。1971年公開。日本での公開は1972年4月。本項では主に映画について記す。
暴力やセックスなど、欲望の限りを尽くす荒廃した自由放任と、管理された全体主義社会とのジレンマを描いた、サタイア(風刺)的作品。説話上は近未来を舞台設定にしているが、あくまでも普遍的な社会をモチーフにしており、キューブリックの大胆さと繊細さによって、人間の持つ非人間性を悪の舞踊劇ともいうべき作品に昇華させている。原作同様、映画も主人公である不良少年の一人称の物語であり、ロシア語と英語のスラングで組み合わされた「ナッドサット言葉」が使用されている。
皮肉の利いた鮮烈なサタイア(風刺)だが、一部には暴力を誘発する作品であるという見解もある。
目次 |
[編集] スタッフ
- 製作・監督・脚本:スタンリー・キューブリック
- 撮影:ジョン・オルコット
- プロダクション・デザイン:ジョン・バリー
[編集] 出演
- マルコム・マクダウェル:アレックス・デラージ
- パトリック・マギー:ミスター・アレクサンダー
- マイケル・ベイツ:看守長
- アドリエンヌ・コリ:ミセス・アレクサンダー
- ウォーレン・クラーク:ディム
- ジェームズ・マーカス:ジョージー
- マイケル・ターン:ピート
- ミリアム・カーリン:キャットレディ
- スティーヴン・バーコフ:トム
[編集] ストーリー
注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。
- 以下の文章の中で二重括弧で表記されている言葉は、この小説に登場するナッドサット言葉である。
共産主義に支配された近未来のロンドン。クラシック音楽、中でもベートーベンをこよなく愛する15歳のアレックス・デラージ (Alex DeLarge) をリーダーとする少年4人組"ドルーグ"は、今夜もコロヴァ・ミルク・バーでドラッグ入りミルク"ミルク・プラス"を飲みながら無軌道的な暴力行為"ウルトラヴァイオレンス"の計画をたて、夜の世界に繰り出しては浮浪者狩りに興じていた。労働の担い手とならない老人は街中にゴミのように打ち捨てられホームレスとなり、快楽的袋叩きにあう。他の不良グループ(ビリーボーイズ)は"デボチカ"少女を"フィリー"強姦すべく、廃墟に連れ込み集団レイプを働こうと血気盛んに衣服を剥ぎ取りベッドに押し倒した。しかし、見計らったかのようにアレックスたちが現れ叩きのめす。乱闘中サイレンが近づきアレックスたちは逃走する。興奮冷めない一行は、盗んだ車で郊外へ走り、困窮を装い助けを求め、親切心から開いた作家宅の扉にマスクを被って押し入り『雨に唄えば』を歌いながら暴れ作家の妻を輪姦した。翌日、学校をサボった彼は、レコード店で引っかけた女の子2人と自宅でセックスをする。その夜、一軒家に侵入したときに男性器をかたどったオブジェで老婦人を"トルチョック"し撲殺した後、仲間の裏切りに遭ったアレックスは、反社会的行為の末、1人警察に逮捕され、懲役14年の実刑判決(浮浪者の件は追及されていない)が下った。
収監されて2年。牧師と懇意になるような模範囚を装っていたアレックスは、内務大臣にキリスト教への信仰心とクラシック音楽の趣向を見出され、さらに犯罪暦から野心を気に入られ、「ルドヴィコ療法(the Ludovico technique)」の被験者となることと引き換えに刑期の短縮の機会を得る。12年の獄中生活から逃れるためアレックスは志願した。
治療のためアレックスは施設に移送された。治療の実施は被験者に投薬を行った上で拘束服で椅子に縛り付け、"リドロック"のクリップで見開いた状態にまぶたを固定し、眼球に目薬を差されながら残虐描写に満ち満ちた映像をただじっと鑑賞しつづけるというものだった。投薬によって引き起こされる吐き気や嫌悪感と、鑑賞中の暴力的映像を被験者が「連係」する事で、暴力や性行為に生理的拒絶反応を引き起こす様に暗示するのである。映像のBGMに使われていたのは、偶然にも彼が好んで聴いていたベートーヴェンの第九であった。これによりアレックスは、最も敬愛する第九を聴くと、吐き気に襲われ倒れてしまう身体となる。
治療は成功し、以後彼は性行為や暴力行為に及ぼうとすると吐き気を催すほどの嫌悪感を覚え、何もできなくなってしまう。それは、犯罪に向かう暴力の根本的解決ではなかった。そして出所前に催されたデモンストレーションは医師たちの立会いのもと、政府高官や関係者の前で治療の効果が証明された。一同が生まれ変わったアレックスを目の当たりにし喜ぶなか、刑務所でアレックスと親しかった教戒師は彼が行っているのは苦痛からの逃避であり、自ら選択して行った善ではないことを指摘する。アレックスは、暴力に対して無防備となりそれに抗う事を選択する能力のない存在となった。それはまるで中身が機械でできている人間、『時計じかけの"オレンジ"』のようである。
暴力に対して無防備な人となって出所、帰宅した。両親のもとにはアレックスと風貌の似た男が居候し親子同然の関係を築いていた。居場所なく家出してみるとホームレスの老人が"カッター銭"を求めて来た。自分の境遇に通ずるものを感じポケットから出して与えると、老人はまるで死人でもみるかのような驚きの表情となり、人相を確認し始めた。アレックスは以前リンチした老人に追われ逃げ出したが他のホームレス老人と一緒に周りを囲まれてリンチされる事になった。反抗しようとするが暴力にたいし抵抗できない。彼は助けを求めるが、やって来たのは警官に就職したかつての仲間やビリーボーイズたちであった。アレックスは郊外に連れ去られ、警官たちから容赦のない暴力を受け放置される。 惨憺たる様態のアレックスはそれとは知らず、見覚えのある建物に助けを求める。見知らぬ筋肉質の男に抱きかかえられ中に入れられると、車椅子生活を送る作家の前に出た。婦人はすでに病死し、筋肉質の男は作家の世話係だった。人道主義的信条にあるこの作家は、被害者となった妻の死は、暴力事件を生み出した社会にあると考え、打倒に憑かれていた。
そして作家は人生を破壊されたアレックスに同情し、悪政の横暴が施した治療の実態に大きなショックを受けるが、一方で興奮していた。そしてマスメディアを利用し世間に公表する事で政権を覆そうと考えた。作家は入浴を勧め、アレックスが入浴している間に電話で要人と熱心に打ち合わせをはじめた。安堵感に浸るアレックスは『雨に唄えば』を歌いはじめた。作家はこの歌声を以前どこで聴いたかと考えた。そして、かつて自分達夫婦を襲ったマスクの少年が彼であると気付き、方向転換する。
入浴を終えアレックスは食事にありつくが、作家の様子に違和感を覚えた。要人が到着し治療の詳細への取材に応じた。「第九」を聞くと死にたくなるということを聞き出したところでアレックスは、薬物の効果で意識を失う。意識を取り戻すとアレックスは部屋の中に監禁されていた。そこに作家は大音量で「第九」を鳴り響かせた。アレックスは激しい嫌悪感に襲われ、死ぬつもりで窓から飛び降りる。暴力に対して過剰な嫌悪反応を植え付けられたが自己に対する暴力の手段が残っていた。自殺に追い込みメディアを利用して政府打倒を目論む作家の企てであった。
目覚めると、包帯を巻かれて病院のベッドに横たわっていた。回復していくアレックスは、精神科医からシチュエーションに相応したセリフについて答えるテストを受ける。アレックスの受け答えは性行為や暴力行為にもはや何の抵抗もなかった。
特別な個室に移されたある日、治療実施をアレックスに決めた内務大臣が訪れ、治療が原因の自殺未遂事件で下がった政府の支持率回復のため、世間に対し、今度は治療から完治したデモンストレーションを披露して欲しい、と言葉を濁しながら頼む。アレックスは野心的に快諾すると、大臣は友好の証としてプレゼントがあると応じた。商談成立とともに待機していた大勢のカメラマン達が入室し、仲睦まじそうに手を取り合う両人の撮影を始め、2台の大きなスピーカーが運び込まれた。大音量で鳴り響く「第九」のなかアレックスは恍惚の表情を浮かべていた。
彼は回復した。
[編集] 削除された章
小説は21章から構成されるが、アメリカ合衆国で最初に出版された際、バージェスの意図に反し最終章である第21章が削除されて出版され、キューブリックによる映画も本来的の最終章を削除された版を元に作られた。映画化に際して一部のエピソードを省略したり複数のエピソードをまとめたりすることはよくあることだが、第21章があるか否かにより小説の印象は相当異なる。このため、映画版は原作者であるバージェスが意図しない終わり方をしている。
その後、アメリカでも第21章は復活して出版されるようになった。日本語翻訳版では1980年発行の、アントニイ・バージェス全集二巻で見ることができたが現在は絶版。だが2008年9月10日、早川書房から第21章を含む「完全版」(ISBN 4151200525)が発売された。
第21章では、元に戻ったアレックスが再び新しい仲間たちと集う生活に戻るが、ある日かつての仲間の一人と再会し、結婚して子供も生まれたことを聞く。アレックスは自分も18歳になったので、そろそろ女でも作って落ち着こうと考え、暴力から卒業しようと決意する。しかし一方で、かつて犯した犯罪は全部若気の至りだと総括し、子供時代にはだれでも避けられない道だろう、俺の子供にもいつか若い頃の話をするだろうが暴力の道に進むことを止めることはできないだろう、とうそぶく。
以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。
[編集] 暴力の連鎖
この作品を見て犯罪を犯した者がいた。この映画が公開された1972年、アメリカ人のアーサー・ブレマーという男は5月15日に民主党から大統領選挙出馬を狙っていたアラバマ州知事ジョージ・ウォレスの暗殺を図り、逮捕された。ブレマーは自らの日記に「『時計じかけのオレンジ』を見てずっとウォレスを殺すことを考えていた」と書いていた。
ブレマーの日記は後に出版され、日記を読んだ一人にポール・シュレイダーがいた。シュレイダーはブレマーの日記をモチーフに映画「タクシードライバー(マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デ・ニーロ主演)」の脚本を書いた。「タクシードライバー」はスコセッシの代表作であり世界的に高い評価を受ける名作となった。しかしこの映画に影響され、新たな事件を起こした男がいた。その男、ジョン・ヒンクリーは映画に出演していた当時13歳のジョディ・フォスターに偏執的な憧れをもっていた。フォスターの気を引こうとしたヒンクリーは、レーガン大統領暗殺未遂事件を起こす。
暴力を暴力で風刺したこの作品は、新たな暴力を生んでしまった。
[編集] 映画の中で用いられる音楽
映画では、クラシック好きのアレックスの設定を存分に生かした選曲がなされている。音楽を担当したのはウォルター・カーロス(現:ウェンディ・カーロス)で、シンセサイザーを用いたベートーヴェンの『交響曲第9番』の演奏にヴォコーダーで加工した合唱が加わる斬新なものと、オーケストラの演奏による同曲、エルガーの『威風堂々』、ロッシーニの『泥棒かささぎ』など両方がふんだんに使われている。 また、冒頭のレイプシーンでは、ジーン・ケリーの『雨に唄えば』を高らかに歌いながらのレイプがきわめて印象的である。
なお、タイトル音楽として使われている楽曲は、カーロスのオリジナルと誤解されることがあるが、原曲は、ヘンリー・パーセル作曲の『メアリー女王の葬送音楽』である。(編曲に織り交ぜられたグレゴリオ聖歌「怒りの日」は同監督の『シャイニング』にも登場する)
使用された音楽は以下のとおり。
- 交響曲第9番ニ短調(作曲:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)
- 『泥棒かささぎ』序曲、『ウィリアム・テル』序曲(作曲:ジョアキーノ・ロッシーニ)
- 『威風堂々』第1番、第4番(作曲:エドワード・エルガー)
- 『メアリー女王の葬送音楽』(作曲=ヘンリー・パーセル)
- 『太陽への序曲』(作曲=テリー・タッカー)
- 『灯台守と結婚したい』(作曲=エリカ・エイゲン)
- 『雨に唄えば』(作詞=ナシオ・ハーブ・ブラウン、作曲=アーサー・フリード、歌=ジーン・ケリー)
- 『シェヘラザード』(作曲=ニコライ・リムスキー=コルサコフ)
電子音楽作曲・編曲・演奏=ウォルター・カーロス(後にウェンディ・カーロス)
[編集] 特記事項
- 映画中にある新療法の実験シーンの際、アレックス役のマルコム・マクダウェルが装置でまぶたを固定される場面があるが、撮影中にこの装置の位置がずれて目の中に直接入り、失明しかけたと言われている。
- 『雨に唄えば』が印象的な挿入歌として用いられているが、これはマルコム・マグダウェルがそらで歌えるのがこの曲だけだったため。
- この映画は、史上初めてドルビー研究所が開発したドルビーノイズリダクションシステムを使用し、ステレオ録音された映画である(但し劇場公開用のフィルムはモノラルである)。キューブリックが次にステレオ音響を使ったのは意外にも遺作となった『アイズ ワイド シャット』である。
- 英国では1973年キューブリックの強い意向もあり、全ての上映が禁止された。英国での再上映が始まったのは、キューブリックの死後1999年になってからである。
- アレックスが二度目に作家の家を訪れたときに登場するマッチョな男は、ダース・ベイダーの中身を演じたデヴィッド・プラウズである。
- 本作はキューブリックが事前に鑑賞していた松本俊夫監督の映画『薔薇の葬列』に大きく影響されており、作中では酷似した演出(クラシック音楽と共に、映像を早送りで再生する)が見られる。
[編集] サッカーにおける『時計じかけのオレンジ』
1974年のワールドカップ西ドイツ大会において、名将リヌス・ミケルス率いるヨハン・クライフを中心とするオランダ代表は、完成度の非常に高いトータルフットボールを用いて準優勝を果たした。その時計の歯車を思わせる正確無比なプレーとオレンジ色のユニフォームを本項の映画の題名とひっかけ、このチームは『時計じかけのオレンジ』と呼ばれて称えられた。
| 星雲賞映画演劇部門 |
||||||||||||||
|
|
|
||||||||||||
|
|||||


