インディー・ロック
| インディペンデント・ロック | |
|---|---|
| 様式的起源 | オルタナティヴ・ロック、 ポスト・ハードコア、 ガレージ・ロック |
| 文化的起源 | 1980年代初期、イギリス、アメリカ、カナダにて。 |
| 使用楽器 | ギター・ベース・ドラム・キーボード |
| サブジャンル | |
| ガレージ・パンク、 ライオット・ガール、 ティー・ポップ、 エモ、 グランジ、 ポスト・パンク、 ノイズロック、 ダンス・パンク、 New Weird America、 Baroque pop、 new prog、 ガレージロック・リバイバル、 ローファイ、 sadcore、 C86、 math rock、 シューゲイザー | |
| 地域的なスタイル | |
| 世界中で多様なスタイルがみられる。イギリス(アイルランド・スコットランド・ウェールズ)・アメリカ合衆国・カナダ・スウェーデン・日本 | |
インディー・ロック (Indie rock) 、正式名称インディペンデント・ロック(Independent rock)は、オルタナティヴ・ロックから派生したロックの形態の一種である。
目次 |
概要 [編集]
反産業ロックとしてのオルタナティブやインディーという考え方は、1970年代の末から発生していた。
いずれの時代においても「流行からはかけ離れた、独特な音楽性をもったバンド/音楽」を指して使われる言葉である。ムーヴメント発生当時は流行歌を好む音楽ファンからは、その音楽性は理解しにくいものが多かった。
1980年代当時、多くの大学のコミュニティFM局で、R.E.M.等が大流行した。そのため、別名「カレッジ・ロック(大学のロック)」と呼ばれることもある[1]。
精神 [編集]
ムーヴメント発生当時の80年代から、多くのインディー・ロックバンドは、たとえ人気が出たとしても、敢えてメジャーレーベルと契約を結ばずに、インディーズレーベルでの活動を貫いてきた。
しかし1990年代になって、多くのインディー・ロックバンドが、メジャーレーベルと契約を結び大成功を収めるようになってきた。そんな彼らも、一貫して「大衆音楽とはかけ離れた、独創的な音楽性(インディー・ロックサウンド)」を鳴らしていることから、一般的にインディー・ロックバンドに分類されているのである。その為、必ずしも「インディーズ・レーベルと契約を結んでいなければ、インディー・ロックバンドではない」という訳ではなくなってきている。80年代-90年代辺りまでは、そのような概念がファンやバンドの間でも大切なものとなっていたが、2000年代の傾向を踏まえると、あくまで「そういうアティテュードをとるバンドが多い」という風に解釈した方が良い。それからというもの、広い意味で用いられる様になった「インディー・ロック」という言葉だが、それを名乗る時に絶対に切り離せない要素が一つだけある。それは、「どの時代でも、決して流行の波に飲まれずに、自分たちが良いと思う独創的な音楽性を、強い意志を持って貫いていく」ということである。
大半のインディー・ロックバンドは日の目を浴びる事なく、アンダーグラウンドでの活動を主としている。その為「生活費を稼ぐのがやっと」というバンドが多い。そのことを気遣ってか、違法ダウンロード等を介さない正式な音源の購入はもちろんのこと、お気に入りのインディー・ロックバンドを友人に熱心にプッシュするファンが多い。それによって「一日も早く人気が出て欲しい、もっと多くの人に聴いてもらいたい」という思いを、バンドとファンが共有することに繋がるのである。
歴史 [編集]
1980年代:アメリカでのオルタナティブ・ロックの隆盛と、イギリスでのザ・スミス、ストーン・ローゼズの活躍 [編集]
1980年代初頭、アメリカでは大学のカレッジラジオで取り上げられていたREM等の音楽シーンの主流から外れたバンドが活躍しており、この潮流がオルタナティブ・ロックを形成していった。イギリスではマンチェスターにて、ザ・スミスやストーン・ローゼズ等のバンドが登場した。彼等はセールスや名声よりも自由な音楽作りを求め続け、常に斬新なサウンドを発表、ロックの歴史にその名を刻んだ。ザ・スミスは、「80年代で最も偉大なバンド」として讃えられるようになる。
1990年代:アメリカでのグランジの隆盛と、イギリスでのブリットポップの隆盛 [編集]
1990年代、アメリカではニルヴァーナなどのオルタナティヴ・ロックが、インディーから越境し音楽シーンを席巻していった(参照:グランジ)。そして、それらアメリカのロックへの反動として、ブリット・ロックへの原点回帰的サウンドともいえるブリットポップムーブメントがイギリスにて発生。その流れにのる形で、オアシスやブラーなどのモンスターバンドが登場する。特に、労働者階級出身だったオアシスは、若者の気持ちを等身大で歌い、世界中の若者たちから圧倒的な支持を得た。その後も、レディオヘッド等が世界的成功を収めていき、次第にインディー・ロックが世界的流行の兆しを見せ始めるようになる。
2000年- [編集]
2000年以降になると、R&BやHIPHOPが世界を席巻するようになり、次第にロックの勢いが失われてくる。しかし、そこに登場したのが、ザ・ストロークスやザ・リバティーンズを始めとする、新鋭インディー・ロック勢である。彼等の影響で、音楽シーンにて、「ガレージロック・リバイバル」と名付けられたロック復権の動きが起こるようになる。
その後も、80年代のニューウェイヴやポストパンクから影響を受けた、アークティック・モンキーズやフランツ・フェルディナンドの登場によって、インディー・ロックが更に盛り上がりを見せるようになる。
サウンドの多様化 [編集]
1990年代以降になると、ペイヴメントなどの音質の悪いサウンドを鳴らすバンドは「ローファイ」、デヴェンドラ・バンハートなどのフォーク・ロックに近いサウンドを鳴らしたものは「freak folk」、ベル・アンド・セバスチャンなどのノリの良いアコースティックサウンドを鳴らすバンドは「twee pop」、モグワイなどのインストゥルメンタルが主体のバンドは「ポストロック」、フガジなどの攻撃的なサウンドを鳴らすバンドは「ポスト・ハードコア」、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインなどのノイジーなギターサウンドを鳴らすバンドは「シューゲイザー」などインディー・ロックから派生する形で様々ジャンルが登場した。
ファッション性 [編集]
多くのインディー・ロックバンドや、それらのファンは非常に個性的なファッション性や外見をもっていることで知られている。また、それらを総称して「ヒップスターズ文化(Hipsters)」と呼ばれているが、「そのあまりにも流行からかけ離れた、個性的すぎるファッション性」は、それらを理解できない人々からは冷めた目で見られることが多い[2]。
分類されるアーティスト [編集]
「Category:インディー・ロック・ミュージシャン」を参照