シンセサイザー
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シンセサイザー(Synthesizer)とは、一般的には主に電子的手法により楽音等を合成(synthesize:シンセサイズ)する楽器「ミュージック・シンセサイザー」の総称。電子楽器、音源、と呼ばれる事もある。
目次 |
[編集] 歴史
[編集] 黎明期 (1897-1920年代)
- 1920年にロシア(ソ連)のレオン・テルミンが開発したテルミン
- 1928年にフランスのモーリス・マルトノが発表した鍵盤楽器オンド・マルトノ
- 1920年にドイツのフリードリッヒ・トラウトヴァインが開発したスライド式楽器トラウトニウム
以上の2~3つを、1970年代の一般書籍では「(アナログ)シンセサイザーの先祖」として紹介している。[1] この他、現代のディジタル・シンセサイザーと縁の深い楽器として、下記も紹介に値するだろう。
[編集] 初期のシンセ (1930-1950年代)
1937年、ドイツのハラルド・ボードは、初期のシンセサイザー「ワーボ・フォルマント・オーゲル 」(Warbo Formant Orgel) を開発、その後1987年まで約50年間にわたり 多数の発明と製品開発 を行い、シンセサイザーの歴史に大きな影響を及ぼした。[2]
1939年、アメリカのハモンドは、全鍵発音のシンセサイザー ノバコードを発売した。この楽器は一台でオーケストラやバンド・サウンドに匹敵する音を出せるという触れ込みの最も初期の電子楽器で、1960年代まで数多くの映画/ラジオ/テレビのサウンドトラックに使用された。[3] [4]。
[編集] モジュラー・シンセの誕生 (1950-1960年代)
1957年(1955年という説もある[1])、アメリカのRCAプリンストン研究所で、ハリー・オルソンとハーバード・ベラーが「ザ・RCA・マークII・エレクトロニック・サウンド・シンセサイザー (RCA Mark II Sound Synthesizer) 」というコンピュータ用音源を開発した。歴史上「シンセサイザー」(合成)という単語が用いられた初めての音響合成機器とされているが、同機の主目的は(音楽の数学的解析結果に基づく)確率的音楽生成の研究にあり、音色合成手法や楽器の確立は目的としていなかった。なお同機の構成図や録音によれば、現在のアナログシンセサイザーの基本要素を備えており、初期DTM音源と同程度の演奏が可能だった事を確認できる。[5] 。
1961年、ハラルド・ボード氏は、トランジスタを使った革新的モジュラー・シンセを論文で提案し[6]、そのアイデアは以降、MoogやBuchlaをはじめとする初期のシンセビルダーの設計指針となった。
1965年、アメリカ・コーネル大学のロバート・モーグ博士は、テルミンのトランジスター化とRCA・マークIIの改良に関する研究を通じて、楽器としての使用に足るシンセサイザーの開発を行い「アナログシンセサイザー」の仕様を確立した[1]。同博士による「モーグ・シンセサイザー」は、CM関係者のアルウィン・ニコラやレコード・エンジニアのウォルター・カルロスに納入された。
同時期には「ブックラ (Buchla)」や「アープ」も独自にシンセサイザーを開発し、製品化している。
[編集] アナログ・シンセの普及と発達 (1960-1970年代)
1968年、ウォルター・カルロスによる「スウィッチト・オン・バッハ (Switched-On Bach) 」は、アメリカ・コロムビア・レコードよりリリースされ、全世界で累計100万枚を売り上げるヒット・アルバムとなった。さらにエマーソン・レイク・アンド・パーマーのキース・エマーソンを初め、1970年代には多くのロック系ミュージシャンに使用され、さらに冨田勲の「月の光」「惑星」などの作品が世界的なヒットをすることによって、一般的にも認知される楽器となった。
70年代には、「EMS」、「イー・ミュー (E-mu Systems)」といった比較的新しいメーカーが参入した。
日本では 1973年3月 コルグがミニコルグ700を発売、同7月 ローランドがSH-1000 (SH-1000)を発売、同時期ヒルウッドもBlue Commets '73を発売、さらに翌1974年にはヤマハがSY-1を発売し、70年代を代表する日本のシンセサイザー・メーカが勢ぞろいした[7][8]。
なお70年代前半までのシンセサイザーは、モノフォニック・シンセと呼ばれる1音しか音の出ないタイプが主流だったが、70年代中期にヤマハやオーバーハイムがポリフォニックシンセサイザーを発売し、さらに70年代後期にはシーケンシャル・サーキットが音色メモリーを搭載したProphet-5を発売、制御部分にデジタル技術が導入され始めた。
[編集] ディジタル・シンセの誕生 (1970年代)
70年代には、海外で多くのディジタル・シンセサイザーが開発・発売され、一足早くディジタル音源時代が開始された。
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- [音源方式] ディジタル加算合成+フィルタ。[9]
- 1975年、ダートマス大で「ダートマス・ディジタル・シンセサイザ」が開発された。
-
- 当初は大型コンピュータを必要としたが、すぐに専用コンピュータが開発され、シンクラビアへと発展した(下記参照)。
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- [音源方式] FM合成と加算合成、後にサンプリングと再合成を追加。1982年Sample-to-Disk機能(DAW機能)をオプション提供[10]
- 同年、オーストラリアのフェアライト社が フェアライトCMIを発売。
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- [音源方式] サンプリングとモデリング合成[11]
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- [音源方式] サンプリング
[編集] ディジタル楽器の普及 (1980-)
他方、国内楽器業界は 有名なディジタルオルガン特許訴訟[12]の影響で、ディジタル音源開発への取り組みが滞りがちだった。そのような中、ヤマハは早くからディジタル音源開発に取り組み、訴訟対策にも万全を期し[13]、更にスタンフォード大学からFM音源のライセンスを取得していた。
1980年代、ヤマハはFM音源方式によるDXシリーズをリリースして大きな脚光を浴びた。このFM音源は周波数変調を用い複雑な倍音を持った金属的な響きを出す事を特徴とし、多くのミュージシャンに多用される事となった。
80年代後半には、完全なディジタル・シンセサイザー や サンプラーが多数、普及価格で発売され、多くの人々が気楽に音楽作成に取り組める環境が整った。
[編集] MIDI規格の誕生 (1981-1983)
1983年、MIDI1.0規格が完成した。それまでシンセサイザーは、各メーカーが独自の方式で各種パラメーター制御を行っていた。そのためシンセサイザー同士を接続した使用には問題が多かった。MIDIは、複数の電子楽器を、異なるメーカー間であっても連動して演奏・操作できるようにする事を目的として、1981年前半Sequential Circuits/Oberheim/Rolandの三社で規格策定を開始、1981年秋には他の日本メーカも参加し規格策定を進めた。その後1982年のMIDI初期規格と仕様検証を経て、1983年にMIDI1.0規格が制定された。[14][15]
[編集] ディジタル技術の発達 (1990-)
90年代に入ると、デジタル技術の発達により実際の楽器の音色をサンプリングしたPCM音源が一般的となり、昔ながらの音を合成する楽器というニュアンスは薄れていった。それでもこの時期にもKORGやYAMAHAなどから物理モデル音源といった新たな音源方式を採用したシンセサイザーも発売されている。
1995年、Clavia DMIがデジタル技術でアナログシンセを再現したNord Leadを発売すると、高価で不安定なヴィンテージ・シンセに変わる新しい楽器として注目を集め、各メーカもこれに続き同様な製品を発売した。
[編集] ソフトウェア音源 (2000年代)
2000年代以降、パーソナルコンピュータの高性能化が進み、DAW環境を安価に安定して実現できるようになると、DAW上で動作するシンセサイザー、いわゆるソフトウェアシンセサイザーが音楽制作現場で使用される事が徐々に増えていった。なおソフトウェアシンセサイザーとは、基本的にこれまでの各方式のシンセサイザーをコンピュータ上に再現したもので、新しい音源方式ではない。ソフトウェアシンセサイザーではコンピュータの記憶容量を利用し利便性の面が拡張されている事が多く、使い勝手の向上をもたらしている。
現在ではコンピュータ上に多くの音源方式がシミュレートされ、手軽に多くのタイプの音源方式にふれられる事から、一時下火となっていたアナログシンセのような、音を合成して音色を作成するような音作りにも目が向けられるようになっている。
[編集] 音源方式の種別
減算方式・乗算方式・加算方式・符号化方式、またはそれらの複合型など多数の方式が存在している。アナログシンセサイザーの時代は減算方式が主流だったが、その後、ディジタル技術の発展により、サンプリングしたデータを元に音を構築する符号化方式が主流となった。
| 音源の名称 | 概要 |
|---|---|
| アナログ音源 | VCOで基本的な波形を合成し、VCFで波形の倍音をカットして音色を加工する方式。 |
| PCM音源 | サンプリングした波形を基本音色として利用する方式。その一種として波形メモリ音源が存在する。 |
| FM音源 | フリケンシー・モジュレーション音源。波形を波形そのもので変調する方式。 |
| LA音源 | Linear Arithmeticの略。線形演算式デジタル音源。 |
| 倍音加算方式音源 | フーリエシンセシス。周波数の異なる正弦波の集合体だけで音色を形成する方式。 |
| PSG | |
| 物理モデル音源 | 楽器の発音構造や共鳴構造の物理モデルをDSPでシミュレートする方式 |
| バーチャルアナログ音源 | 物理モデル音源の一種。アナログシンセサイザーの音色をDSPでシミュレートする方式。 |
[編集] 演奏方式の種別
当初はキーボード (楽器)の一種として分類されていたが、その後、ギター型や笛型、打楽器型のコントローラーを備えたシンセサイザーが登場した。さらに演奏用のインターフェイスを外部に依存するシンセサイザーモジュールと呼ばれる機材も登場している。
| 演奏情報入力方式 | 概要 |
|---|---|
| 鍵盤 | 1960年代にモーグ・シンセサイザーが登場した時点で採用された方式。 |
| ギター | 1977年、ローランドのGR-500が製品として初めてリリースされた。 |
| ドラムス (Electronic drum) | 1970年代前半よりモーグ等が開発していた。シモンズ(Simmons)の製品などが有名。 |
| ウインドシンセサイザー | 管楽器式のインターフェイス。 |
[編集] おもな機種、型番
[編集] 日本国内のメーカー
| メーカー | 代表的な機種 [16] |
|---|---|
| アカイ | AX80、AX60、AX73、VX90(アナログ/ポリフォニック)、VX600(アナログ/ウィンドシンセ接続可能)、MINIAK(ヴァーチャルアナログ/ヴォコーダ内蔵)[18] |
| AMDEK [19] (Roland DG) |
AMDEK: COMPU MUSIC CMU-800(PC用アナログシンセI/F、簡易音源)、 Percussion Synthesizer PCK-100(シンセドラム、組立キット)、Hand Clapper HCK-100(ハンドクラップ、組立キット) |
| WAVE KIT [20] | Micro Wave Synthesizer SA12 [21]、SA-13 [22](アナログ/モノフォニック、自作キット) Micro Wave Guitar Synthesizer(ギターシンセ)、Micro Wave Surf Synthesizer(環境音発生器)[23] |
| 東洋楽器 | ULT-SOUND DS-4(シンセドラム) |
| ACE TONE (エース電子) [24], |
ACE TONE: Multistrings SY-5 [27](アナログ/アンサンブル)、
SH-3 [28]、AP-100、SY 100 [29]、 PS-1000 [30](アナログ/モノフォニック)、 |
| カシオ | CZ-101、CZ-1000、CZ-230s、CZ-3000、CZ-2000S、CZ-5000、CZ-1(PD音源)、 FZ-1、FZ-10M(サンプリング)、HZ-600(SD音源)、VZ-1、VZ-10M、VZ-8M(iPD音源) |
| 学研[32] | テルミンmini [33]、SX-150 [34] |
| コルグ[35] | miniKORG 700 [17]、miniKORG 700S、770(アナログ/モノフォニック)、MaxiKORG 800DV(アナログ/デュオ)、MS-10、MS-20、MS-50(アナログ/パッチ)、900PS、M-500(SP)、Σ(アナログ/プリセット)、 PS-3100、PS-3300、PS-3200、Δ、λ(アナログ/全音ポリフォニック)、MONO/POLY、PolySix、Poly-61、Poly-800、Trident、Trident mkII(アナログ/ポリフォニック)、DW-6000、DW-8000(DWGS音源)、DSS-1、DSM-1(サンプリング)、DS-8、707(FM)、 |
| Seekers [37] | SMS1000 [38](開発停止) |
| セイコー | DS-101、DS-202、DS-310 [39]、DS-250 [40](ディジタル加算型/ポリフォニック) |
| TAMA (星野楽器) [41] |
DS200 Snyper (シンセドラム) |
| Technics (松下) |
SY-1010(アナログ/モノフォニック)[42] |
| テスコ[43], | TEISCO: S60P、S100P(アナログ/プリセット)、S60F、S110F [45](アナログ/モノフォニック)、SX-400(アナログ/ポリフォニック)[46] TEISCO/KAWAI: S100F(アナログ/モノフォニック)、SX-210、SX-240(アナログ/ポリフォニック) |
| パール [47] | ポリセンサー PK-801、PK-701(DWS-II/ポリフォニック)[48] Syncussion SY-1、SC-2(アナログ/シンセドラム)、Syncussion-X SC-20、SC40(ハイブリッド/シンセドラム) |
| PAX ELECTRONICA[49] | Micro PAX [50]、SYGNUS-1、SYGNUS-8 [51](アナログ/モノフォニック)、SYGNUS-4(ディジタルシーケンサ) |
| I.G.S. BIAS (石橋楽器) |
BS-1、BS-2(シンセドラム)、CLAPPY(ハンドクラップ) |
| ヒルウッド, ファーストマン [52], |
Hillwood: Blue Comets 73 [17]、SY-1800(アナログMMSS方式/モノフォニック)、SY-2100(アナログ/デュオ)、SY-2500(アナログ/アンサンブル)、Basky、BaskyII(ベースシンセ) FIRSTMAN: SQ-01(音源付きシーケンサ)、SQ-10(シーケンサ)、FS-10C(プログラマブル音源/モノフォニック)、FS-4V、PS-86(アナログ/ポリフォニック)、BS-999 (ベースシンセ)、Synpuls SD-1(シンセドラム) |
| ヤマハ[55] | SY-1、SY-2 [16]、CS01、CS-5、CS-10、CS-15、CS-20、CS-20M、CS-30、CS-30L(アナログ/モノフォニック)、CS-40M(アナログ/デュオ)、 GX-1、CS-80、CS-70M、CS-60、CS-50(アナログ/ポリフォニック)、AN1x(アナログ・フィジカル・モデリング)、 |
| REON [57] | DRIFT BOX-S(アナログ/モノフォニック)、
リズムシンセサイザー、ヴォコーダー、シーケンサー、エフェクト(開発中)、 |
| Lo-D(日立)[58] | Memory Synthesizer HMS-30[59](アナログ/モノフォニック、シーケンサ内蔵) |
| ローランド | SH-1000 [17]、SH-2000、SH-3(A)、SH-5、SH-1、SH-09、SH-2、Promars(アナログ/モノフォニック)、SH-7(アナログ/デュオ)、System 100、System 100M、System 700(アナログ/モジュラ)、 Jupiter-4/8/6、JUNO-6/60/106(S)、JX-3P/8P/10、αJUNO、αJUNO2(アナログ/ポリフォニック)、 |
[編集] 海外のメーカー
| メーカー | 代表的な機種 |
|---|---|
| アクセス | Virus A、Virus B /Classic/Indigo、Virus C /Indigo II、Virus TI /Polar |
| Alesis | Quadra Synth、QS6/QS6.1、QS7/QS8、QS6.2/QS8.2、A6 Andromeda、ion、micron |
| アープ | Arp2500、Arp2600、ArpOdyssey、Quadra、Omni、Axxe |
| クラビア | Nord Lead |
| DOEPFER | A-100BS/2、MS-404 |
| DSI | Prophet'08、Evolver、Poly Evolver |
| EDP | Wasp、Gnat、Spider |
| EMS | VCS3、Synthi A、AKS |
| Kurzweil | 250(K250)、K1000、K1200、K2000、K2000VP、K2VX、K2500/K2500X/K2500AES、K2600/K2600X、K2661 |
| モーグ | MiniMoog、Polymoog、Moog IIIc、TheSource、PRODIGY、MemoryMoog、 |
| Oberheim | 8VOICE、OB-X、OB-8、OB-1、Expander、Matrix12、Matrix6、Matrix1000、OB-MX |
| シーケンシャル・サーキット | プロフェット5、Prophet-10、Prophet-T8、ProphetVS、Prophet600、sixtrack、MultiTrack |
| Waldorf | Pulse、The Wave、Microwave、Microwave II、Microwave XT / XTk、Q、Q+、Micro Q、Rack Attack、Blofeld、 |
| E-mu | Modular Systems、Audity |
| CHROMA | RHDEOSクローマ、クローマPolaris、クローマPolarisII |
| PPG | WAVE2.2、WAVE2.3 |
| ensoniq | ESQ-1、ESQ-m、SQ-80、VFX、TS-10 |
[編集] 主なアーティスト
ここではシンセサイザーそのものに関する任意の業績があると評される者のみを、その業績も含めて列記している。
[編集] 邦楽
| 名前 | シンセサイザーに関する主な業績(詳細は各アーティストの項目を参照) |
|---|---|
| 冨田勲 | 1974年、RCAレコードより「月の光」をリリース。同作が米ビルボード(クラシカル・チャート)で2位を獲得し、グラミー賞にもノミネートされる。続く「展覧会の絵」はビルボードで1位を獲得。それ以降もクラシックの名曲を次々とシンセサイザー音楽化した。 |
| 深町純 | 「プロユース・シリーズ・深町純」等、1970年代からシンセサイザーを多用したアルバムを発表している。洗足学園大学音楽学部にシンセサイザー専攻科を設立。FM放送でシンセサイザーの解説も手がけていた。 |
| ミッキー吉野 | ゴダイゴで、モンキーマジック等シンセサイザーを多用したヒット曲を発表している。ローランドのアドバイサーとしてシンセサイザーの開発にも参加している。 |
| 喜多郎 | 1980年、NHK特集のシルクロードの音楽を担当。ヒーリング音楽を数多く手がける。 |
| 姫神 | 1981年、「姫神せんせいしょん」としてアルバム「奥の細道」をリリース。日本の民謡を取り入れたシンセサイザー音楽を発表。1984年に星吉昭のソロユニットとなる。 |
| YMO/坂本龍一/松武秀樹 | 1978年にアルバムデビュー。日本における商業的な成功を遂げた初のテクノ・ポップ・バンドとされている。坂本龍一はキーボード/作曲/アレンジを担当、松武秀樹はシンセサイザー/シーケンサーのプログラミングを担当。 |
| 向谷実 | 1979年よりCASIOPEAのメンバーとしてレコードデビュー。日本シンセサイザープログラマー協会の名誉会員であるほか、日本のフュージョンシーンを牽引したグループの一員として、音楽と鉄道の融合を図るなど新たな試みを行っている。 |
| TM NETWORK/小室哲哉 | Get Wild等、シンセサイザーを多用した曲がヒットした。小室哲哉は同グループでシンセサイザーを担当。1990年代には「小室ファミリー」と称される一連のミュージシャン達が、シンセサイザーを多用した数々のヒット曲を発表した。 |
| 浅倉大介 | 高校在学時よりヤマハに出入りし、同社のシンセサイザーDX7IIFDやEOS B500の音色作成、マニュアル執筆等で開発に携わる。ミュージシャンとしては、自身の参加するユニットaccess、Icemanでの楽曲はオケのほとんどが浅倉の演奏(打ち込み)による多重録音で作られており、その時代時代での先鋭的な音楽を表現している。また、プロデューサーとしてもT.M.Revolutionなどのアーティストを手がけている。 |
| 電気グルーヴ/石野卓球 | 1990年アルバムデビュー。主にサンプリング技法を使用して数々の作品を発表した。 |
[編集] 洋楽
| 名前 | シンセサイザーに関する主な業績(詳細は各アーティストの項目を参照) |
|---|---|
| キース・エマーソン | ELPでシンセサイザーを多用した作品を発表。ミニ・モーグの開発に参加。 |
| ヴァンゲリス | オリジナル作品及び「ブレードランナー」や「南極物語」等の映画音楽でシンセサイザーを多用した作品を発表。2002年にはFIFAワールドカップの公式アンセムを担当。 |
| ジャン・ミッシェル・ジャール | 1976年(世界発売は翌年)に発表されたアルバム「幻想惑星」を初め数多くのシンセサイザー音楽を発表。実験性を排除した聞きやすいシンセサイザー音楽の確立に寄与したとされている。 |
| クラフトワーク | アルバム「ヨーロッパ特急」や「人間解体」などで「テクノ・ポップ」の先駆的存在と評されている。 |
| タンジェリン・ドリーム | アルバム「フェードラ」や「ルビコン」などでシーケンサーの反復演奏機能を活用した「ミニマル・ミュージック」をヒットさせた。 |
| リック・ウェイクマン | イエスを初め数多くの活動を手がける。「マルチ・キーボード」の使い手の代表的な存在。 |
| ジョー・ザヴィヌル | ジャズ・フュージョングループウェザー・リポート(1971-1986)においてその初期からシンセサイザーによるオーケストレイションを多用した作品を発表。また解散後はMIDIシステムを用いソロツアーも敢行。即興性が重視されるジャンルとしては珍しいシーケンサー多用派。ヤマハのGX-1ユーザ。 |
| スティーヴィー・ワンダー | 「迷信」など、モータウン系でシンセサイザーを多用した作品を発表。 |
[編集] その他
- 日本においては、シンセサイザーに関わりを持つ人々の団体「日本シンセサイザープログラマー協会(JSPA)」(松武秀樹会長)がある。
- NHKの「みんなのうた」で1980年10月 - 11月に放映された曲の中に『ミスター・シンセサイザー』という作品がある。歌詞は地球にやってきた「ミスター・シンセサイザー」という宇宙人について歌っている。放映時はタモリが歌唱を担当していた。ただし現在リリースされているCDは、水木一郎(初出はルディ・マスヤーニのシングル『ふたごのオオカミ大冒険』B面)その他による歌唱版が収録されている。
[編集] 関連項目
[編集] 機能・仕様
- ADSR
- MIDI
- 音源モジュール
- エンベロープ
- ミュージックシーケンサー
- アナログシンセサイザー
- デジタルシンセサイザー
- OpenSound Control
- ソフトウェアシンセサイザー
- モノフォニックシンセサイザー
- ポリフォニックシンセサイザー
[編集] その他
[編集] 脚注
- ^ a b c シンコーミュージック刊「スーパーロックマルチ・キーボードの全貌」(1976年発行/0073-61024-3129)より。
- ^ 120 Years of Electronic Music - The "Warbo Formant Orgel" (1937), The "Melodium" (1938), The "Melochord" (1947-9), Bode Sound Co (1963 -)
- ^ HammondWiki - Hammond Novachord
- ^ Novachord use in movies and TV
- ^ 120years.net: The RCA Synthesiser I & II
- ^ H. Bode, "European electronic Music Instrument Design" , journal of the audio engineering society, ix (1961), 267
- ^ リットーミュージックの雑誌『キーボードマガジン』記事 ([1])
- ^ 誠文堂新光社刊「シンセサイザーと電子楽器のすべて(1980年)より
- ^ Synthmuseum.com: Rocky Mount Instruments (RMI) Harmonic Synthesizer
- ^ SYNCLAVIER EARLY HISTORY
- ^ フェアライト社: - フェアライトの歩み 誕生から現在、そして明日へ -
- ^ fundinguniverse.com: Allen Organ Company - 1970年代にアーレンオルガンが引き起こしたディジタルオルガン特許訴訟の記述がある。
- ^ 永井洋平(楽器創造館), 「ディジタル電子楽器の黎明期と特許係争」, ミュージックトレード 2005年7月号
- ^ Joseph Rothstein, Midi: A Comprehensive Introduction (Computer Music and Digital Audio Series), A-R Editions; 2 Sub edition (January 1995)
- ^ 社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)、平成8年度「電子化文書の動向に関する調査報告書」、第6章 (公開許可を受けた写し)
- ^ a b 日本国内メーカーの初期製品については、“おとなのためのアナログシンセ秘密基地計画”の「シンセ年表」をリファレンスとし、その他 SYNRISE、Synthemuseum.com、Vintage Synth Explorer、Sequencer.de、The Audio Playground Synthesizer Museum を補助資料として、製品、品名、年代の確認を行った。
- ^ a b c d 国内各社のシンセサイザ製品第1号モデル:
- 1973/3: コルグ miniKORG 700 [2]
- 1973/7: ローランド SH-1000 †
- 1973: ヒルウッド Blue Comets 73
- 1974: ヤマハ SY-1
- 1974: エース電子/ACE TONE AP-100/SY 100
- 1974/5: ローランド SH-3 *†
- 1975: 日本ハモンド Model 102200
- 1976/10: エース電子/ACE TONE PS-1000 *†
- 1977: カワイ/テスコ S100F, 松下/Technics SY-1010
- 1978: 日立/Lo-D HMS-30, PAX ELECTRONICA Sygnus
- 1979: (パール SYS-950), (カシオ VL-Tone VL-1)
- 1982: パール Polysensor PK-801/701*
- 1983: セイコー DS-101/202/310/320
- 1984: アカイ AX80, カシオ CZ-101*
- 2008: 学研 SX-150
- 2009: REON DRAFT BOX-S
- †印の発売年月は リットーミュージックの雑誌「キーボードマガジン」記事に基づいた. ([3])
- ^ AKAI professional MINIAK
- ^ AMDEK (1983年ローランド ディー. ジー.に社名変更)はローランドの関連会社で、設立当初には 電子楽器組立キット や PC用アナログシンセ・インタフェース(CV/GATE規格) CMU-800、CMU-810 等を扱っていた。現在はコンピュータ周辺機器(大型カラープリンタ、カッティングマシン、3Dスキャナ/3Dプロッタ等)を扱っている。
- ^ WAVE KITとは、1975,6年頃秋葉原にあったシンセサイザー自作キット専門店の名前だと言われている[4]。 製品名に関し、基板に記された型番と名称は今までほとんど参照されておらず、店頭や通販広告等では “Micro Wave Synthesizer” の呼称が一般的だったので、ここではそれを採用した。後にドイツで登場したPPG WAVEや Waldorf MicroWaveを連想させる呼称だが、残念ながら波形テーブルは搭載していない。ドイツのSYNRISEデータベースには「情報源は日本語サイトしかない」と書かれており、おそらく国内でのみ流通した製品だと推定される。
当時は他にも 伸光電子のアドニス・シリーズ、ハヤマ技研 SK307[5]、エグモント 100 [6][7] といった自作キットが販売されていた。 - ^ WAVE KIT SA12 “synth 01 (アナログシンセやテルミンなど自作電子楽器)”
- ^ WAVE KIT SA-13 “WAVEKIT アナログシンセのレストア”
- ^ Surf Synthesizer (環境音発生器)とは、海の波のようにゆったりとした周期的効果音を出す装置で、当時の怪し気な宣伝文句によれば「脳波を波の周期に引き込み、α波へと誘導して深い瞑想状態(リラックス)を得る」、という触れ込みのエレクトロニック・ガジェットだった。1970年代初頭に有名なエレクトロニクス・ホビー雑誌の記事(*)で好事家の知るところとなり、以降、各種ホビー雑誌や自作キット(WAVE KIT)、電子ブロック回路集等でバリエーションが繰り返し紹介された。
- * Popular Electronics誌 1972年2月号, John S. Simntonの記事
- Triadex Muse (1971年)
- つまみ操作で14兆パターンの音楽フレーズを生成する自動演奏装置。
- 人工知能の父マービン・ミンスキー教授とその弟子エドワード・フレドキンが開発、一般販売された。完全ディジタル構成で音色とフレーズの自由度を備えたこの製品は、ディジタル・シンセサイザーとしてもディジタル・シーケンサとしても世界最初の製品と言われており[8][9]、歴史年表を作る上で非常に扱いに困る逸品である。
- IoniCamera (1970年代)
- 広告によると、音に反応して画像パターンが変化しつづける一種のヴィデオ・シンセサイザ。
- EMSの米国代理店Ionic Industriesの製品。同社はEMS VCS3互換のシンセionic performerも発売していた。
- EMS REHBERG VIDEOSIZER-L1 (1979年前後)
- EMSのドイツの関連会社EMS REHBERGのミュージック・ビデオ・シンセサイザー。
1979年の第1回ars electronicaのポスターは同製品の生成画像らしい。
- ^ エース電子工業は、1960年梯郁太郎氏が当時の阪田商会社長の深い理解を得て、阪田商会 他の出資に基づいて設立した電子楽器メーカで[10]、ACE TONE (エーストーン)は その製品ブランドだった。主力製品は電子オルガン、リズムマシン、ギターアンプ/エフェクタ。海外輸出も行い、一部はOEM供給していた。また1972年の梯氏退社以降少なくとも2つのシンセサイザーを発売した。しかしシンセやOEMの詳細は、不思議なほど情報が少ない。海外コレクターがたびたび指摘するローランドからの製品供給の可能性も含め、今後の解明が期待される。
エース電子工業の最初の製品、1962年の Ace Tone Canary S-2 (キャナリーS-2)は真空管式で単音の電子オルガンだった。[11] しかし当初は充分な販路が得られず、阪田商会のつてで松下電器(現パナソニック)のOEM供給を行い、1963年テクニトーン初代機種SX-601[12]が発売された。
1963年にはギター・アンプの製造販売を開始、後にエフェクター(FUZZ MASTER)も発売し、ビートルズやグループサウンズのブームで国内で知名度を高めた。[13]
1964年には手動ボタン式の電子パーカッション楽器 R1 Rhythm Ace (R1 リズムエース)を開発し、Canary S-2と共に シカゴSummer NAMM 1964に出品している。[14][15] ただしR-1は、先行他社リズムボックス(Wurlitzer SideMan/KORG Donca Matic/Seaburg rhythm unit等)の主要機能であるプリセット・リズムは一切備えておらず、製品化もされなかった。[16]
梯氏の著書 “I believe in music” には、出展が決まり急遽初渡米し、NAMM会場(ホテル居室)に展示ブースを設置した様子や、最初の訪問者としてチャーミングだけど目的不明な謎カップル(著書に「ダーマ&グレッグ」の登場人物風の写真がある)が現れ、梯氏が戸惑いながら対応した様子(氏一流のセールストークだけは決して忘れずに…「これははじめてトランジスタ化されたリズムボックスです」…と説明したが、名刺を貰い忘れた)がユーモラスに描写されている。この他著書には、NAMM参加の大きな収穫として、アメリカの楽器卸売会社 Peter Sorkin Music Company (以降Sorkin Music)の Saltzman氏と出会った事も明記されている。Sorkin Musicはその後、エース電子工業やローランドの初期の米国代理店として、約10年にわたり氏の重要なビジネスパートナーとなった。
1965年にはACE TONEブランドのコンボオルガンTOP-3を発売、以降シリーズ製品としてTOP-5/TOP-7/TOP-8、1968年にはTOP-1/TOP-9、その後 TOP-6、と相次いで新モデルを投入し、輸出も行うようになった[17][18]。この他海外では、家庭用小型電子オルガン(ACE TONE B-422, その他 [19][20])の存在も確認されている。
また1967年前後にリズムマシンの電子化に必須のダイオード・マトリックス回路を独自開発、同社初のプリセット・リズム付きリズムマシンRhythm Ace FR-1を発売した。FR-1は後発製品ではあったが市場に好意的に受け入れられ、1967年アメリカのハモンド・オルガンの製品オプションに採用されるに至り、ついにACE TONEの黄金期が始まった。
1968年エース電子工業はハモンドと資本提携し、伝説的な国際販売組織ハモンド・インターナショナル・カンパニー(H.I.C.)との合弁会社「ハモンド・インターナショナル・ジャパン」(H.I.J.)を設立、ハモンドの日本総代理店を開始した[21]。なお1970年には主要株主 阪田商会もハモンドと提携して合弁会社「日本ハモンド」を設立、H.I.J.の業務を引き継いぐとともに、電子オルガン製品のOEM製造・輸出を活発化した。[22]
Sound on Sound 2002年11月記事によれば、ハモンド製造元のハモンド・オルガン・カンパニー(H.O.C.)はエース電子工業に対し、伝統と定評あるトーンホイール式ドローバー・オルガンHammond B-3とその派生機種の製造・供給を委託する提案をした。しかし梯氏は同方式の衰退傾向とコスト上昇を理由に提案を断ったと言う。また一説には、梯氏はハモンドのために苦労して電子オルガン用オシレータを開発したが、結局ハモンドはそれを採用せず、代わりに自社で製品化したという。
いずれにせよエース電子工業は、電子方式でハモンド伝統スタイルとその課題(可搬性)に挑戦し、1971年ドローバー・タイプの本格的コンボオルガン ACE TONE GT-7 [23][24]、GT-5 を発売した。これらの製品は「Hammond Porta-B (軽量版B-3) へのACE TONEの回答」としてユーザに好意的に受け止められ[25]、後のハモンド・ポータブル製品(Hammond X-5, X-2, B-200等)へと繋がった。
しかし1972年、出資者で主要株主だった阪田商会が経営悪化して住友化学系列となり、エース電子工業の出資比率も変動し、意思決定をめぐる衝突が発生した。よき理解者を失った梯氏は、自ら創業したエース電子工業を3月に去り、1972年4月18日ローランドを設立した。なお当時両社はわずか数百メートルしか離れておらず、何名もの技術者が同時に移籍、製品ノウハウや重要な海外取引先(Peter Sorkin Music等)を持ち去る徹底ぶりだった。
ローランドの突然の独立と、非公式な経営資源移行の結果、両社製品は過渡的に類似した。1972年ローランドは最初の製品として3つのリズムマシン TR-77/TR-55/TR-33 を発売したが、その最上位機種TR-77は以前ACE TONEが発売したRhythm Producer FR-7Lと酷似していた。一連の騒動は海外取引先/OEM先にも少なからぬ混乱を引き起こした。もともとACE TONEの公式OEM先だったハモンドは、製造元の違いを知ってか知らずか、それまで通りラベルを"HAMMOND"に貼り替えて出荷していたという。[26] また1964年以来エース電子工業の米国代理店として米国進出を担ってきたSorkin Musicは、梯氏の勧めに従いローランド米国代理店へと鞍替えした。しかしその後、1970年代中盤にローランドは世界各地で既存代理店の権益を切り崩す過酷な販売計画を実施し、Sorkin Musicに事前通告なしで商圏侵害を繰り返すようになり、両社の協力関係は完全に終了した。そしてSorkin Music子会社MULTIVOXは新しいOEM供給元を、当時日本で創業したばかりのヒルウッドへと変更した。
一方 ハモンド・オルガン・カンパニーは、1974年 Hammond B-3製造終了をもってトーンホイール方式を全て終了し[27]、かねてより採用を進めてきたLSI技術で B-3を再現したHammond B-3000(1976年)や、Acetone GT-7の流れを継ぐコンボオルガン Hammond X-5, X-2 (1975年), B-200 を発売した。
後者(X-5, X-2)の開発製造は、エース電子工業の再編に伴って製造販売部門を吸収した日本ハモンド自身が担当したと推測されているが、正確な経緯は判っていない。[28] その後エース電子工業の名は市場から急速に消え、日本ハモンドがACE TONEブランドの製品を販売していた事が確認されている。[29][30][31][32][33]
主要出典: “The History of Roland Part I (1930-1978)”, Sound on Sound, Nov. 2002
「エーストーン/日本ハモンド (ACE TONE/NIHON HAMMOND)」, Suminoe Sounds - ^ 日本ハモンドは、1970年にハモンドと阪田商会(海外事業部門)の提携により設立された合弁会社で、ヨーロッパの多くの地域と極東地域へのアメリカ製ハモンド製品供給と、日本製ハモンドOEM製品の製造/販売/輸出を行った[34][35]。
また1972年の梯氏退社後、70年代のある時期エース電子工業の再編に伴い製造販売部門を日本ハモンドが引き継いだと考えられており[36]、以降日本ハモンドはACE TONEブランドの製造・販売も行うようになった。[37][38]
1970年代末にはコンパクトエフェクター Big Jam シリーズを発売した。この製品は同時期に発売されたローランドのBOSSシリーズの対抗製品と考えられ、アメリカのMULTIVOX(Sorkin Music)にもOEM供給されたが[39][40]、結局2~3年で消えたという。[41]
その後1970年代末、ACE TONEブランドの後に新ブランドJugg Box(海外ではSAKATA)が登場し、真空管式ギター・アンプstuffシリーズ[42]や、日本最初期のPCMドラムマシンDPM-48 といった特徴ある製品を発売した。[43][44]
以上のように、日本ハモンドの主力はあくまでオルガン製品であり、ギターアンプ/エフェクタは70年代末期の追加、シンセ/ドラムマシンの発売はどちらかと言うと例外的だった事がわかる。なお1980年代にはイタリアCRUMAR社の高価なディジタルシンセ DK SYNERGYの輸入販売も行っていた。[45]
以降の経緯は、阪田商会の脚注を参照。 - ^ 阪田商会(現サカタインクス)は、1896年大阪で創業した印刷用インキ大手メーカ。
同社はエース電子工業と日本ハモンドの出資者であり、両社製品の輸出入業務は 同社海外事業部門が担当した。 輸出品の製造プレートには「SAKATA SHOKAI」の文字が記されたので、海外ユーザはその製造元をエース電子工業ではなく阪田商会だと理解している。[46] また後期製品の一部(例えばJugg Box DPM-48等)は、実際に海外でSAKATAブランドで販売された[47][48]。
(1980年代には外国ブランド・シンセ(Oberheim/Ensoniq/Kurzweil(以上鈴木ハモンド), Chroma Polaris II(FenderJapan&エルク電子), SCI(モリダイラ楽器), ...等)の国内生産が急速に開始され海外輸出も行われた。この時期、日本製のOberheim/Ensoniqの輸出版製造プレートにも「SAKATA SHOKAI」の文字が確認されている [49][50][51])
このように一見ミステリアスな「SAKATA SHOKAI」の目的と役割は、同社海外事業部門(現シークス)の創業50年史を参照。同資料に拠れば、年代を経るにつれ事業領域が下記のように変化・拡大していった事が確認できる。- 1958年 大手インク会社貿易部の輸出係として誕生
- 1960年代 電子部品貿易(エース電子工業への出資と輸出)
- 1970年代 OEM事業(日本ハモンド)、他社の海外工場設立等
- 1980年代 自社ブランド試行(SAKATAブランド)→EMS(委託生産事業)の本格化
- 1985,6年頃 ハモンド・オルガン・カンパニーが経営終息 (詳細不明)
- 1991年 鈴木楽器が買収しHammond復活
- 1992年 サカタインクス(旧:阪田商会)海外事業部門がサカタインクスインターナショナル(現シークス)として分社独立
総じて日本ハモンド/阪田商会/エース電子工業/ローランドの活動は、ハモンドの命運と市場に大きな影響を及ぼした。- OEMビジネスによる 出荷数/モデル/価格レンジの拡大
- トーンホイール方式終了の追認(OEM生産拒絶)と後押し(電子オルガン開発)
- クローン・ホイール電子オルガン市場の立ち上げと、市場競争の激化
(ACE TONE GT-7/GT-5, Hammond X-5/X-2/B-200, Roland VK-9/VK-6, KORG BX-3/CX-3, etc)
- ^ Multistrings SY-5は、有名なAudio Play Ground Museumに展示があり、また国内でも運がよければヴィンテージショップ店頭で現物を確認できる(数年前FiveGで遭遇)。しかしネット上では、例えば安西氏のシンセ年表にも、PSE免除のヴィンテージ・リストにも記載が無い。発売時期も詳細仕様もほとんど知られておらず、極めて謎の多い製品と言える。
製品名や写真から観察できる範囲では、おそらく2系統のアンサンブル音源(中央部、プリセット型ポリシンセ)を中心に、オルガンまたは簡単なソロシンセ(右側緑四角の下の多数のノブ)、モジュレーション系エフェクタ、幾つかのコントローラと入力(左端ジョイスティック) を備えた3系統複合キーボードと推定される。またデザイン的特徴として、筐体上面にARP製品と同様なブロックダイアグラムが印刷されている。
以上より、製品の機能や世代は Roland RS-505 Paraphonic Synth(1979年)[53][54]や、Roland VP-330(1979年,前期型)[55][56]に近いと推測される。しかし機能ブロックの複雑さやノブの多さ、そして何よりデザインは、ARP Quadra(1978年)[57] や Roland Jupiter-8(1981年) に通じるものがある。今後のACE TONE Multistrings SY-5の解明に期待したい。
(追記: Guy-Lian氏のシンセ紹介ページに短い説明が存在) - ^ ACE TONE SH-3とは、1974年Roland SH-3 のロゴが ACE TONEに張り替えられたという説[58]に基づく製品名である。なおRoland SH-3は、Moog特許のMoogフィルター回路を無断コピーして問題となり、すぐに回路変更後のRoland SH-3Aに入れ替わったため、Roland SH-3自体存在が稀である。ドイツのシンセ・データベース SYRISEには「ACE TONE SH-3 (1974年): ブランド・ロゴ以外完全にRoland SH-3と同一」という記述があるが、写真証拠や出典の記載は一切ない。またSound On Sound 2004年11月の記事"The History of Roland Part1: 1930-1978"に「Roland SH-3と類似したACE TONE SH-3」の記述がある。なお同誌記事は読み物として非常に興味深いものの、ストーリー構築や取材源の都合に応じ時として未検証情報を交える傾向があり、デザインや仕様の若干異なるACE TONE PS-1000を取り違えたのではないかとする説[59]もある。上記2件以外に ACE TONE SH-3の存在を示す出典は見つかっていない。
- ^ この他1974年にACE TONEがシンセを発売したとする別の2つの説がある。
一つ目のAP-100は、2006年前後PSE問題(2001年電気用品安全法(PSE法)の施行後2006年の猶予期限切れに伴い、国内のヴィンテージ機器流通に大きな支障が生じかけた問題)で、適用免除申請(特別承認)で提出され受理されたいわゆる公認ヴィンテージ・リストに記載のある型番である。有名なシンセシスト安西史孝氏のシンセ年表には、1974年の発売リストに記載がある。しかしこの2件以外、ネット上に製品情報は見当たらない。なおPSEの免除申請に、業者によっては大量の対象外製品を申請してしまった経緯もあり、必ずしもPSEのリストが100%の信頼性を持っているとは限らない。一つの可能性として、存在確認されている製品"AP-1000"の型番を誤って"AP-100"として申請し、そのまま免除対象となった可能性も否めない。
二つ目のSY 100は、ドイツのSYNRISEデータベース に記載されている型番で、記述によれば登場時期と仕様は「1974年登場したステージ用モノフォニックシンセ(49鍵)。このアナログシンセは、シンセの全基本機能に加え、リングモジュレータとハイパスVCFを備えている。キーボードは上下1oct.のオクターブ・トランスポーズが可能」という事である。ただしこちらも、これ以外に製品情報がネット上に一切見当たらない。一つの可能性として、関連会社日本ハモンドのHammond Model 102200 (と同じ外観の製品)を、Hammond SY-100と誤表記している例があり、何らかの関係があるかもしれない。 また別の可能性として、広く存在確認済みの製品"Multistrings SY-5"と関係のある製品なのかもしれない。ただしSY-5は名称や画面からポリフォニック複合キーボードと推定され、上記仕様とは異なる。またSY-5の発売時期は確認できていないが、他社の同様な複合キーボード(Roland RS-505(1978)、Multivox MX-3000(1978)、YAMAHA SKシリーズ(1979-1981)、KORG Trident(1980,8voice/メモリ付き)、)は70年代末~80年代初頭に登場しており、仮に"SY 100"と"SY-5"に関係があるとしても、製品世代は大きく異なる可能性が高い。 - ^ Ace Tone PS-1000 [60]の発売は1976年だが、その4年前創立者梯氏が退社し設立したローランドの製品と、仕様やデザイン面で深いつながりを感じさせる不思議な製品である。PS-1000の仕様や機能は、1974年発売のRoland SH-3(A)とほぼ同一だった。操作パネルのデザイン「黒地に白印刷でロゴはオレンジ」は、1975年頃までMultivoxにOEM供給していた製品(Rhythm Ace FR-4, FR-6M, FR-8L)[61] と共通しており、1978年~1981年にはローランドがその主力製品で同じデザインを多用している(CR-78 , CSQ-600, SPV-355, SVC-350, TR-808, Jupiter-8)。1980年Roland TR-808の発売当時、店頭にTR-808と同期可能なシーケンサCSQ-600/CSQ-100と共に、発売時期の古いPS-1000を並べて展示した楽器店もあり、創立者が同じなら製品が似ても当然だと当時は受け止められていた。
- ^ HAMMOND MODEL 102200 [62]は、1975年日本ハモンドが発売したシンセサイザー。[63] 生産台数は200台程度とされるが[64]、その根拠は不明である。 音色はプリセット6種類とユーザ音色を選択可能で、 音作りは「オートパッチ方式」を採用、7×7=49個のプッシュボタン[65]で行う。 この方式では、ボタン上に音色シート[66]をかぶせる事で、シンセに不慣れなオルガン奏者でも素早い音色変更が可能だった。 このような楽器デザインは、同時期の国産シンセやACE TONE PS-1000とは大きく異なっており[67]、むしろハモンド コードオルガンと同様な設計思想が感じられる[68][69]。 (実際Model 102200は、Hammond SY-100コードオルガンとよく混同されている[70]。実際のSY-100はHammond S6コードオルガンの1バリエーションであり、外観はModel 102200と全く異なる [71][72])
この他Hammond 102100 と呼ばれる、100番違いで外観がほぼ同じモデルが存在し[73]、動画が公開され[74][75][76]、また業者からサービスマニュアルや回路図の入手も可能である[77][78]。しかし現時点ではこのモデルの製造元や、モデル間の関係/相違点等は一切不明なままである。 - ^ 学研『大人の科学マガジン』ラインナップ一覧
- ^ 『大人の科学マガジン No.17』、学研、2007年
- ^ 『別冊大人の科学マガジン - シンセサイザークロニクル』、学研、2008年
- ^ 株式会社コルグ: http://www.korg.co.jp/
- コルグ・ミュージアム: http://www.korg.co.jp/SoundMakeup/Museum/
- ^ KORG X-013とは、1997年頃マックワールドエクスポに展示されていたKORG のプロトタイプ機種(1997?)。Macと連携して使うDSP内蔵キーボードで、タッチパネル型液晶を装備しており、OASYSの祖先と推定される。 当時の配布資料によればこの他、[システム2]と呼ばれるMac用NuBus拡張ボードAudioMediaカードを併用するタイプも存在した。このカードの発音数は1枚あたり1音だったがMac内完結処理が可能であり、OASYS PCIの祖先にあたると推定される。
拡張性については、キーボード型ではDSP追加、カード型ではカード増設で、発音数や処理機能の拡張(複雑なアルゴリズム等)が可能だった。
Mac側ソフトは「音源/エフェクトアルゴリズムツール Synthkit Pro」と呼ばれ、MAX/MSPのように機能ブロックを配線してDSPアルゴリズムを開発できた。[システム1]はX-013+Mac用ソフトのモデルで、開発中の音色はMIDIもしくはFD経由でX-013へ転送して試奏するタイプ、[システム2]は前述のようにMac用NuBus拡張ボードを追加したモデルで、Mac内完結処理が可能な他、X-013本体では未対応の外部オーディオ入力が可能だった。
出典: "珍品、名品?" - ^ Seekers (シーカーズ)とは、1990年代後半に突如登場した日本の電子楽器メーカ。 SysEX対応の高機能MIDIコントローラ UMC1688、アナログ12バンド・ヴォコーダ VoiceSpectraといった特徴ある製品を発売し、またReBirth用コントローラの試作や、アナログシンセサイザー SMS-1000の企画・開発を行っていたが、後に倒産した。
出典: Seekers元開発者Kirikax氏のSeekers製品情報ページ
この他 2006年頃から海外で Seekers SMS2000のプロトタイプと称する写真やビデオが話題となっているが[79]、元開発者氏はその存在を知らないとしている。 - ^ Seekers SMS-1000は当初予告された製品仕様によれば、プログラムメモリー付きでパッチ可能なアナログシンセで、MIDIや外部信号入力に対応し、波形スコープを備えた製品となる予定だった。Seekers元開発者氏[80]がMATRIXSYNTHに提供した資料によれば、正式名称は"ELEBUS-1" [81]で、構造的には 本体EB-1のバス上にボイスカードVB-1を追加する形[82]を予定していたという。しかし諸般の事情で開発は停止してSeekersは倒産し、開発再開の目処は立っていないという。
- ^ SEIKO DS-101、DS-202は1983年発売の拡張可能なディジタル・キーボード。倍音加算型ディジタル・シンセサイザ(プログラマ) DS-310 [83][84]や、ディジタル・シーケンサ DS-320を合体させて機能拡張するデザインだった[85]。
- ^ SEIKO DS-250は1985年発売のディジタル・キーボード。前機種と比較して、音色のレイヤーやキー・スプリットの追加、カートリッジによる音色追加、ピッチベンド・ホイールの追加、という特徴があった。[86][87]
- ^ TAMA (星野楽器)のシンセ一覧: SYNRISE http://www.synrise.de/docs/types/t/tama.htm (ドイツ語)
- ^ synthmaster.de: Technics SY-1010
- ^ テスコ (TEISCO) の起源は1946年設立の独立系楽器メーカ「アヲイ音波研究所」で、初期の主力製品はハワイアンギター(電気スティールギター)と楽器アンプだった。1950年代にはエレキギターの製造を開始し[88]、1956年に社名を「日本音波工業」へ変更、1958年には真空管式の単音電子オルガン「スーパーエレガン」(TEISCO Super Elegan)を発売した[89]。
1960年代には世界的エレキギター・ブームの波に乗って輸出や国内販売を伸ばし、1963年子会社テスコ弦楽器の設立を経て、当時の日本の代表的エレキギターブランドへと成長した。その勢いは、1965年エレキ内製直前のヤマハが「ヤマハが選んだベストブランド」と記した[90]を製作して、自社販売網でテスコ製品を販売する程だった。(当時大量に輸出された日本製エレキギターは、デヴィッド・リンドレー氏をはじめとするコレクターに再評価され、90年代ビザールギター・ブームへとつながった[91])
電子楽器分野では、主要取引先河合楽器製作所(カワイ)の電子楽器開発・製造に深く関わり、1960年カワイ初の電子オルガン「ドリマトーン」と、自社製品「テスコP-1」を開発した。その後、自社ブランドのコンボオルガン「テスコード」(TEISCO Teischord) を発売、海外へも自社ブランドTeiscoや、KAWAI/Kingstonブランド、あるいは各種OEMブランド(Nomad/Cretone, WEM, Bauer)で輸出した。海外で確認されているモデルは以下の通りである。 しかし1966年、国内で第一次エレキブームが一段落するとテスコは経営危機に陥り、同年末カワイに吸収合併された。
出典: リットーミュージック刊「bizzarre guitars」(1993年)
「テスコ株式会社 カタログ」(1974年5月)
Teisco timeline - ^ 河合楽器製作所(カワイ)の電子楽器開発・製造は、1960年頃 製造下請けテスコとの共同開発体制に移行し、同年カワイ初の電子オルガン「ドリマトーン」を完成した。
その後1966年エレキブームの谷間でテスコは経営危機に陥り、同年末カワイが吸収合併、テスコ本体はカワイの電子楽器製造部門(の一部)となった。ただしTEISCOブランドは当時とても知名度が高かったので、ブランド名と独自製品系列が存続され、関連会社(テスコ商事,テスコ弦楽器)が企画・開発した独自製品や、吸収合併でカワイ製になったテスコ電子オルガン「テスコード」(Teischord)が引き続き販売された。[92] またテスコードはKAWAI/Kingstonブランドでも輸出された(時期不詳)。
しかしGSブームが収束し世の関心がフォークギターに移行し始めた1969年、モリダイラ楽器独立と長野楽器倒産に端を発して、資本関係のあったテスコ弦楽器とその取引先が次々と連鎖倒産し(1969年のいわゆるエレキギター連鎖倒産)[93]、 更に1970年代前半にはテスコ商事も解散した。この結果、1974年テスコ(株)のカタログではTEISCOブランドの電子鍵盤楽器が消滅し、代わりにイタリアFIRFISAのコンボオルガンVIPシリーズが掲載された。[94]
その後シンセブーム全盛の1977年、KAWAI/TEISCO最初のシンセ Synthrsizer-100F (S100F)の登場時にTEISCOブランドの電子鍵盤楽器が一時復活したが、ハイブリッドシンセ K3 の発売時に、KAWAIブランドに統一された。以降TEISCOブランドの製品は登場していない。(両ブランド並存が確認されている製品: Kawai/KingstonとTeischord、S100f、SX-210、SX-240) - ^ TEISCO Synthesizer 110F http://s110f.at.infoseek.co.jp/
- ^ TEISCO / KAWAI のシンセは、海外有名サイト vintagesynth.com や synthesizer.de等でその大半の機種を確認できる。当時のカタログ[95][96]に掲載されていた残りの機種のうち、"S100P"はTeisco synthesizers websiteで、また"S60P"はハンガリーのサイトvintagesynth.hu (セキュリティ注意!)で、それぞれの画像を確認できる。
- ^ パール楽器製造のシンセ一覧: SYNRISE http://www.synrise.de/docs/types/p/pearl.htm (ドイツ語)
- ^ パール ポリセンサー (PEARL POLYSENSOR)は、ドラムセットで有名なパール楽器製造が1982年発売したタッチレスポンス付き8音ポリフォニック・シンセサイザー。DWS-II音源方式とは、2系統Dynamic Wave Shaper (もしくは2系統Digital Wave Shaper)の略。従来のアナログシンセのフィルターとは異なり、波形を直接変形(wave shaping)して音色を変化させるので、よりリアルな音が得られるという。
- ^ PAX ELECTRONICA (パックス・エレクトロニカ)とは、1978年東京に設立されたハードウェア・メーカ Pax Electronica Japan (パックス・エレクトロニカ・ジャパン)の略称。シンセサイザー製品の開発/製造の他、Apple II互換製品/PC互換製品/PCクローン機を主に手がけ[97]、後の音楽関連製品として 2種類のNEC PC-8001用サウンドアダプタ(PSG音源)とその専用ソフト(ルンルンシンセ、テクノシンセ)の存在が確認されている[98][99]。
- ^ Micro PAX: Synthmuseum.com http://www.synthmuseum.com/
- ^ SYGNUSシリーズは、Roland System 100と同様、ユニット単位で機能拡張するシステム製品で、メインユニットSYGNUS-1、キーボードユニットSYGNUS-2、ディジタルシーケンサSYGNUS-4、エキスパンダーSYGNUS-8 が基本セット構成だった。 出典: http://homepage1.nifty.com/ENTARO-KOYA/sygnus.htm
- ^ ヒルウッド (Hillwood) と ファーストマン (FIRSTMAN)は、楽器設計者で創業者の 森岡一夫氏の名前にちなんで名付けられた楽器メーカ。ブルーコメッツをはじめとするグループ・サウンズ時代の楽器や、モズライトギターの国内生産品(モズライト・アベンジャー)、80年代初頭の中学生テクノ・バンド コズミック・インベンション の使用機材でその名を知られている。海外ではアメリカのMULTIVOX(ローランドの元米国代理店Sorkin Musicの関連会社)や、Pulser(SOLTONが流通)のOEM供給元として知られている。この他ドイツではTechnics関連のTAIYOがFIRSTMAN製品を扱っていた。
森岡氏はその後、アカイのスタジオ機器進出に協力し、AKAI professional最初のアナログシンセ AX80 や12トラックMTR MG1212 を開発した。またSOLTONのコンサルティングや、ホーナーのアレンジャー・キーボードHohner PK250の開発、ドラムメーカSONORのディジタルドラム開発にも携わった。
特にHohner PK250は、シンセと演奏支援を統合した簡易ワークステーションとして海外で人気を呼び、その後、他メーカも同種の製品を発売して、現在のアレンジャー市場が確立する一つのきっかけとなった。
出典: "Kazzy Firstman & Mosrite Story" - ^ MULTIVOX Corporation of America(マルチボックス)は、1948年頃~1984年まで存在していたアメリカの楽器メーカ[100]。エース電子工業 や ヒルウッド/ファーストマンの米国OEM先として知られており、この他日本ハモンドのBig Jam や、ローランドの一部製品 (DC-50 [101][102][103]等) もOEM供給されていた形跡がある。([104], [105], [106])
親会社のPeter Sorkin Music Company (以降 Sorkin Music)は、1948年Peter Sorkin氏がニューヨークに設立した楽器卸売会社。複数のギターブランドを持ち(Belltone, Marvel, MULTIVOX/Premier, Royce, Strad-O-Lin)、主に他社によるOEM製品を扱っていた。 その製造/OEM供給元は、50~60年代初頭はアメリカ製(NYの自社工房製と、Jersy CityのUnited Guitar Company製OEM)、1960年代にはイタリアや日本のOEM(部品OEM含む)、1970年代は日本製OEMだった。また1960年代にはホーナー米国独占代理店[107]、1964年エース電子工業の米国代理店[108]、1972年ローランドの米国代理店となっており、各社の初期の米国進出に大きな役割を果たした。しかし1970年代半ばローランドの販売政策転換で大きなダメージを蒙り、1975年Sorkin Musicは廃業した。当時のオーナSaltzman氏は、元関連会社のMULTIVOXに活動の場を移し、日本メーカのOEM供給による電子楽器/エフェクタ製品を市場に供給した。
MULTIVOXは、1948年頃創業間もないSorkin Musicの楽器アンプ製造子会社として設立された。初期には真空管式楽器アンプ(Model 50, Model 110, Premier 66, Premier 120)を製造し、"Organ-Tone Tremolo"を始め多数の特許を生み出した。その後トランジスタ式楽器アンプも手がけるようになり、1984年の会社終了までアンプ製造(もしくはOEM)を続けたと言われている。[109]
この他MULTIVOXは、Sorkin Musicの関連会社/ブランドとして、ギターを始め他の製品にも関わっている。ギター関連では、Sorkin Musicが50年代に買収した弦楽器工房 Strad-O-Lin の製品[110][111]や、1956年頃登場したSorkin Musicの Premierブランドのギター[112][113][114]のメーカーとして知られているが、Premierに関しては60年代にイタリア製OEM、70年代に日本製OEMに移行した。[115] Premierブランドについて、ヴィンテージ・ギターのマニア達は「1956年GibsonがNYのライバル会社Epiphoneを買収し、Gibsonの本拠地カラマズーに移転した時に、一緒について行かなかった一群のエンジニアが起源」という説を語っているが[116]、その正確な出典は不明である。
また1960年代~1970年代前半のある時期には、Sokin Musicが米国代理店をしていたエース電子工業からリズムマシンRhythm Aceシリーズ(FR-3S/FR-4/FR-6M/FR-7M/FR-8L等)のOEM供給を受け、MULTIVOXブランドで発売した[117]。その後1972年ローランド設立に伴いSorkin Musicがその米国代理店になってから、1975年Sorkin Musicが廃業するまでの間、MULTIVOXへのOEM供給状況は不明となっている。
いずれにせよ1976年前後、新たなOEM供給元として当時創立間もない日本のヒルウッドが選ばれた[118]。当初はSaltzman氏指定機種の生産も一部求められたが、すぐにヒルウッドのオリジナル製品がMULTIVOXブランドとして登場するようになった(MX-20/MX-28/MX-30(ピアノ), MX-57 Electro-Snare, MX-150 BaskyII, MX-S100 Sequencer、FIRSTMAN SQ-01等)。
中でも1978年発売の複合キーボード MX-3000 は、ベース(ペダル対応)/リード/ポリフォニック(ベロシティ対応)の3つのシンセをバランス良くコンパクトにまとめており、同年発売のARP Quadraと並ぶ名機として現在も高い評価を得ている[119]。ドイツのSYNRISEデータベースでは「KORG Trident(1980年発売)より優れた機能をコンパクトにまとめたバランスの良い製品」という実に良い評価を下している。
また回転スピーカエフェクトを最初に電子化した製品の一つ[120]「LD-2 Little David」もMULTIVOXの名機と呼べるだろう[121]。この製品はヒルウッドが持つ特許に基づいて開発した「FR-2 フルロータ」[122][123]を、特殊な小型木製ケースに収めた製品である。レスリーをそのままミニチュアにしたユニークな外観[124]と、リアルな音響効果を持ち、「この小さな箱の中で超小型回転スピーカが回っている?」という妙な錯覚を起こさせるギミックたっぷりの製品だった。
なおMULTIVOXのシンセ製品MX-75は、ヨーロッパのPulserブランドでも販売されたが(ドイツではSOLTONが流通)、このブランドとMULTIVOX/Sorkin Musicの関係は不明である。
1970年代末には、日本ハモンドが発売したコンパクトエフェクター・シリーズ Big Jam が、海外でMULTIVOXブランドで発売されていた事が確認されており[125][126]、SAKATAブランド開始前の日本ハモンド/阪田商会(もしくは第三のメーカ)がOEM供給を行った可能性がある。なおBig Jamは、同時期にローランドが発売したBOSSのコンパクトエフェクター・シリーズの対抗製品だったが、2~3年で市場から消えたという。
しかし1981年、国内楽器業界の内紛で ヒルウッド/ファーストマンが出資者経由の圧力を受けて生産設備を失い、さらに債務放棄の条件として楽器製造に関与できなくなるという何とも大人気ない事件が発生し、同社からのOEM供給は完全にストップした。その後MULTIVOXは、ホーナー製品の輸入やアンプ製造を続けたが、1984年に会社を閉じた。
約20年の長きに渡り日本の3つの電子楽器メーカ(エース電子工業、ローランド、ヒルウッド/ファーストマン)と深く関わったユダヤ人楽器卸売商 Saltzman氏は、「ローランドの梯氏はユダヤの商人気質を持っており、ヒルウッドの森岡氏はユダヤの芸術家気質を持っている」という愛情溢れる言葉を残している。 - ^ Pulser M75の写真: http://www.flickr.com/photos/bdu/47557993/in/set-1036641/
- ^ ヤマハ株式会社: http://www.yamaha.co.jp/
- 歴史年表: http://www.yamaha.co.jp/about/corporate/history/
- 電子楽器年表(抜粋): http://www.yamaha.co.jp/manual/japan/chron.php
- 製品情報(音楽製作): http://www.yamaha.co.jp/product/syndtm/p/
- 製品情報サイト(音楽製作機器): http://yamaha.jp/product/music-production/
- ヤマハのデザイン: http://www.yamaha.co.jp/design/index.html
- ^ GS-1音色作成用コンピュータ: 当時、ヤマハ本社のある浜松に音色作成用のコンピュータ(YIS系)があり、公演で来日したTOTOのメンバーは浜松で追加パッチを作成した。
出典: プレイヤー・コーポレーションの雑誌『Player』の1980年代前半の記事(掲載年月不詳) - ^ REON(レオン)は、2009年大阪に登場したシンセメーカー。現在、最初のシンセDRIFT BOX-Sを発売し、以降シーケンサ/リズムシンセ/エフェクト/ボコーダ等の製品を開発中との事。(2009年6月11日更新情報)。
- ^ Lo-D(ローディー)は、日立製作所が1960年代後半から使っていた高級オーディオブランドで、Technicsと同様にオーディオ関連製品としてアナログシンセを発売していた。この他、日立製小型電子オルガン「HMO-5 エレクトリックオルガン」が最近再発見されている。
- ^ Lo-D Memory Synthesizer HMS-30は1978年発売のアナログシンセサイザーで、内蔵ディジタルシーケンサによる演奏データの記録と、テープIF経由のデータ保存が可能だった。
出典: MATRIXSYNTH: HITACHI Lo-D HMS-30 (国内Yahoo!オークション出品の引用記事)
[編集] 外部リンク
- 日本シンセサイザープログラマー協会(JSPA)
- moogmusic.com
- シンセサイザー - Wikizic 日本:シンセサイザー - 音楽機材

