ワールドミュージック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ワールドミュージック (World music) は、クラシック音楽ポピュラー音楽ジャズロック、etc)のように、世界的に広く愛聴されている音楽に対して、地域(あるいは民族)的に愛聴されているが、世界的に愛好者・演奏者が広まっているわけでもない多くの音楽を総称して指す言葉である。特定の音楽のジャンルを指す言葉ではない。

目次

[編集] 由来

「ワールド・ミュージック」という語が、今日のような用法で使われた最初の例と考えられているのは、1982年6月にフランスで開催された音楽フェスティバルの名称「Fête de la Musique」の訳語としてである。その後、このフェスティバルはヨーロッパ各国で開催されるようになり、英語名としての「World Music Day」が広く使われるようになった。

[編集] 「ワールド・ミュージック」の歴史

1960年代、あるいは1970年代初頭までの日本で上記のような意味合いの音楽といえば、戦後に一世を風靡した、ルンバチャチャチャタンゴといったラテン音楽、あるいは、1970年代にサイモン・アンド・ガーファンクルによって、「コンドルは飛んでゆく」が大ヒットしたフォルクローレとほぼ同義語であったが、この同じく1970年代のビートルズローリング・ストーンズレッド・ツェッペリンをはじめとするロック・ミュージシャン達のインド音楽や中近東音楽への傾倒、1980年代のポール・サイモンの「グレイスランド」の世界的ヒットなどの影響を受けて、日本でも、1980年代に入ってから、アジアやアフリカの音楽のレコードが発売されたり、コンサートが行われる機会が増えた。

1982年には、前述のように「ワールド・ミュージック」の語が誕生した。また同年ピーター・ガブリエル が主宰したウォーマッド (WOMAD, World of Music, Arts and Dance) フェスティバルがヨーロッパで大成功をおさめたこともあり、ブルガリアン・ボイスレディスミス・ブラック・マンバーゾマドレデウスなども日本で話題となり、CMなどにも登場した。これらの勢いに乗って、ウォーマッドは日本でも開催されている。

折しも、1980年代後半から1990年代は日本ではバブル経済期に当たったため、この種の音楽家の公演に企業スポンサーがつきやすかったという事情もあり、この時期は、無名時代のアストル・ピアソラシエラ・マエストラを含め、かなりの数の音楽家が日本公演を行っている。また日本の音楽グループで、ワールドミュージック風の楽曲を演奏するグループも登場した。

[編集] ワールド・ミュージックの現在

グローバル化が進んだ現在、ワールド・ミュージックの市場は拡大しつつある。最近では、ブエナビスタ・ソシアル・クラブの世界的なヒットにより、舞台となったキューバへのメディア取材や日本から同国への観光客が激増するなど、マイナーとは言い切れない社会現象的な側面も出てきている。

ヨーロッパでは、夏場のバカンスシーズンに、各地(多くの場合、リゾート地)で、ワールドミュージックのフェスティバルが開催されている。

もっとも、ワールドミュージックがメジャー化するにつれ、いわゆる「仕掛けられたもの」すなわち、西洋音楽を基礎として、味付けに、西洋音楽以外の民俗音楽、伝統音楽を換骨奪胎して(西洋音楽の楽典に強制的にあわせて)使っているもの、現地では存在しない過度なエスニック風味の味付けや物語性をほどこしたものも見受けられる。

[編集] 日本における「ワールド・ミュージック」という語の用法

日本でこの言葉が使用される際には、民謡や演歌は定義に合致するものの、通常はワールドミュージックに含めることはない(ただし、世界的には、ワールドミュージックには日本の邦楽も含まれる)。とはいえ、琉球音楽については含まれることも珍しくない。

[編集] 「民族音楽」と「ワールド・ミュージック」

比較音楽学者の柘植元一は、「民族音楽」「エスノミュージック」という言葉のもつ弊害を憂慮し、これを「世界音楽(ワールドミュージック)」と総称したらどうかという提案をしたことがあったが、広まらず、かえってその弊害を増長するような意味において使われることとなってしまっている。

[編集] 特に有名な「ワールド・ミュージック」一覧

[編集] ラテンアメリカ

[編集] カリブ海

*英語圏によるもの

[編集] アメリカ

[編集] アジア

[編集] 東南アジア

[編集] 南アジア

[編集] 西アジア

[編集] 東アジア

[編集] オセアニア

[編集] アフリカ

[編集] ヨーロッパ

[編集] 関連項目