タンゴ

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タンゴアルゼンチンブエノスアイレスウルグアイモンテビデオダンスおよび音楽

目次

[編集] 概要

ポピュラー音楽及びダンスの一形態で、カンドンベミロンガハバネラなど複数の音楽が混ざり合って19世紀半ばにブエノスアイレス近辺のラ・プラタ川流域でで生まれたとされる。

日本では、タンゴがヨーロッパに渡って変化したものをコンチネンタル・タンゴ(コンチネンタル=大陸の=ヨーロッパの)ないし「ヨーロッパ・タンゴ」と呼び、それに対して元来のものをアルゼンチン・タンゴと呼んで区別することがある。

[編集] リズムの特徴

全般的に鋭いスタカートを多用する。2/4拍子ないし4/8拍子で、後年4/4拍子でも書かれる。以下4/4拍子で説明する。

  • 第一拍のアウフタクトに深い「溜め」をおく。
  • 第一拍、第三拍に強烈なスタッカートをおく。これを徹底するとオスヴァルド・プグリエーセの『ラ・ジュンバ』になる。
  • アバネラ (Habanera) のリズムも用いられる。
  • これらを滑らかにスピードアップすると、アストル・ピアソラの3, 3, 2のリズムに違和感なく到達する。

このように強靱なリズム体の上に、ロマンティックな、時としてメランコリックな主旋律が泣くのがタンゴの魅力である。

[編集] 演奏形態

[編集] アルゼンチン・タンゴの演奏形態

バンドネオンが用いられる事が特徴である。また、非常に鋭いスタカートでリズムを刻むにも関わらず打楽器を欠く。

アストル・ピアソラの作品のように、クラシック音楽の演奏家により、クラシック音楽のスタイルで演奏されるものもある。

[編集] コンチネンタル・タンゴの演奏形態

バンドネオンの代わりにアコーディオンが用いられることが多く、楽器編成も通常のポピュラー音楽での管弦楽編成に近い。ムード音楽的演奏から、マランドのように歯切れの良いリズムを重視したアルゼンチンスタイルに近い演奏までさまざまである。

[編集] ダンスの歴史

タンゴは、今から約130年前に、アルゼンチン首都ブエノスアイレス港町ラ・ボカ地区から始まった。スペインイタリアからの貧しい移民のフラストレーションのはけ口としてボカ地区の酒場で、生まれたダンスといわれる。日頃の不満を歌にし、最初は単身赴任の男性達が酒場で荒々しく男性同士で踊ったとも、娼婦を相手に踊られるようになったともいわれる。 しかし、実際には記録はほとんど残っていないため、正しいことはわかっていない。ただ、リズムに関してはキューバのハバネラ、ヨーロッパ伝来のワルツやポルカ、アフリカ起源のカンドンベ、アルゼンチンのパンパで生まれたミロンガなどが初期のタンゴに影響を与えたとされる。

  • 1880年 現在譜面の残る最初のタンゴ「バルトーロ」が出版される。(これにも諸説がある)
  • 1910年、「エル・カチャファス」が最初のタンゴ学校を開く。後にカチャファスは、アメリカヨーロッパに渡りタンゴの普及に努めた。
  • 同時期、アルゼンチン上流階層の芸術家によりヨーロッパに紹介、カトリック教会が禁止令を出さねばならぬほどパリで大流行。
  • 1917年頃、“タンゴの神様”と言われる歌手「カルロス・ガルデル」ブエノスアイレスに現れる。
  • 1920年代、踊りのためのタンゴバンド大人気(代表的指揮者:ダリエンソ)。
  • 1940年代、アルゼンチン経済繁栄、タンゴ黄金時代。ペロン大統領の労働者保護政策で大衆化。
  • 1950年代、日本でもタンゴ流行、国内に20を超えるタンゴバンドが存在。
  • 1954年 ピアソラ、パリに留学。以降次々と新しいスタイルのタンゴを発表する。
  • 1983年、パリで「タンゴアルヘンティーノ」初演され大人気となる。
  • 1985年 「タンゴ・アルヘンティーノ」のブロードウェイ公演成功。
  • ブロードウェイで「フォーエバータンゴ」が成功。
  • 2003年8月、第1回アルゼンチン・タンゴ・ダンス世界大会がブエノスアイレスで開催される。
  • 2004年6月、第1回アルゼンチン・タンゴ・ダンスアジア大会が東京で開催される。

[編集] 作曲家

[編集] 演奏家

[編集] 作品

[編集] 関連項目

[編集] 豆知識