イサーク・アルベニス
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| イサーク・アルベニス Isaac Albéniz |
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|---|---|
1901年
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| 基本情報 | |
| 出生 | 1860年5月29日 |
| 死没 | 1909年5月19日(満48歳没) |
| 職業 | 作曲家、ピアニスト |
| クラシック音楽 |
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| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
イサーク・マヌエル・フランシスコ・アルベニス(Isaac Manuel Francisco Albéniz, 1860年5月29日 - 1909年5月19日)はスペインの作曲家・ピアニストであり、スペイン民族音楽の影響を受けたピアノ音楽の作曲で知られる。
カタルーニャのカンプロドンで生まれ、4歳の時にピアノ演奏をするほどの天才児だった。ライプツィヒの音楽院で短期間学んだ後、1876年にブリュッセルで学ぶ。1880年にブダペストに赴いてフランツ・リストに師事しようとしたが、当時リストはヴァイマルにいたため会えなかった。なお、少年時代についてはこれまで世界を股に翔けた冒険物語として伝記等で知られてきたが、これらはアルベニス自身の話を書き留めたものでほとんどが嘘である事が判明している。最近、徹底的な取材による新しい伝記が出版された(詳細は下記リンクを参照)。
1883年、教師で作曲家のフェリペ・ペドレルに会い、「スペイン組曲 作品47」などのスペイン音楽の作曲を勧められる。
1890年代にはロンドンとパリに住み、主として劇場作品を作曲した。
1900年、腎臓病を患い、ピアノ曲の作曲に戻った。1905年から1909年の間に、最も良く知られた作品「イベリア」(1906年から1909年にかけて作曲)および12のピアノによる「印象」を書いた。これはスペイン音楽としてだけではなく、古今のピアノ作品の中でも傑作として演奏会でも取り上げられる機会の多い作品集である。なお、これらはギター用に編曲・演奏される機会が多い。
1909年、フランスのピレネー山中のカンボ・レ・バンで亡くなり、バルセロナのCementeri del Sudoestに埋葬された。
フランス大統領ニコラ・サルコジの前夫人(2度目の夫人)セシリアは、アルベニスのひ孫である。
目次 |
[編集] 作品
[編集] 管弦楽曲
- 狂詩曲「カタルーニャ」
[編集] 協奏曲
- ピアノ協奏曲イ短調
- スペイン狂詩曲(管弦楽パート紛失)
[編集] ピアノ曲
- 古風な組曲
- マズルカ
- スペイン舞曲
- 舟歌
- 組曲「スペイン」全6曲。第2曲「タンゴ」が有名
- 組曲「イベリア」全12曲
- ピアノソナタ(6?曲、一部紛失)
- ラ・ベーガ
- アスレホス(グラナドス補筆完成)
- ナバーラ(セヴラック補筆完成。ウィリアム・ボルコムによる補筆版もあり)
- スペインの歌
- アストゥリアス(伝説)
[編集] 歌曲
- 6つのバラード
- ベッケルの詩
[編集] オペラ
- ペピータ・ヒメーナス
- マーリン
[編集] 関連項目
- マヌエル・デ・ファリャ
- エンリケ・グラナドス
- フェデリコ・モンポウ
- アルベニス (小惑星) - イサーク・アルベニスに因んで命名された
[編集] 外部リンク
- アルベニス作品表
- More About Isaac Albeniz - 最新の伝記についての解説。
- IMSLP - International Music Score Library Project 内のイサーク・アルベニスのページ。無料で楽譜PDFが入手可能。



