ピアノソナタ

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ピアノソナタとは、ピアノ独奏によるソナタのこと。原則として3ないし4楽章から成り、第1楽章はソナタ形式である。ただし、この原則から外れる作品も多く、楽章数のより少ないもの、ソナタ形式を第1楽章に持たずに他の楽章に持つもの、中にはソナタ形式の楽章を全く持たないものもある。

ソナタの小規模のものを(ピアノのための)ソナチネと呼ぶ。ソナタ形式の代わりにその簡略型であるソナチネ形式が使われることがあり、2楽章から3楽章で構成される。1楽章あたりの演奏時間も短めで、ピアノ初心者の練習用に用いられることもあるが、シベリウスのソナチネのように高度の演奏技術を要するものもある。

歴史[編集]

現在ピアノソナタとして演奏される作品には、ピアノの前身であるチェンバロなどの楽器を前提に作曲されたものも多い。モーツァルトの作品の初期のものまではそうである。ハイドンがピアノソナタの父として知られ、ドメニコ・スカルラッティは、(ピアノ)ソナタの初期の作品の大家として知られる。

ベートーヴェンは、第14番で第1楽章に緩徐楽章をおくなど更なる多様な試みを行い、古典派ピアノ・ソナタの最大の完成者として、そのピアノ・ソナタ集は「ピアノの新約聖書」として知られており、音楽学生にとっては世界的に避けて通れないレパートリーとなっている。

ロマン派音楽の時代である19世紀においては、ショパンリストの一連の作品に見られるように小品集・演奏会用練習曲など他の形式の方が目立つようになった。ソナタの多くはベートーヴェンの系譜を継ぐ古典的な形式だが、リストのソナタ ロ短調は単一楽章による革新的な形式を用いた。[1]

19世紀末から20世紀初頭、後期ロマン派から近代音楽初期においては、古典的な形式への懐疑からかピアノソナタはさらに重視されなくなった。協奏曲弦楽四重奏曲などと比べてもこの時代のピアノソナタは少ない。サティドビュッシーラヴェルラフマニノフら名ピアノ曲を多く残した作曲家が小品集などの形式を好んだのが一因であろう。

その中でスクリャービンは10曲のピアノソナタを発表し、ロマン派を脱した第5番以降は単一楽章で独自の境地に到達した。顧みられることは少ないがメトネルは14曲を、ミャスコフスキーは9曲を残している。

その後新古典主義音楽の時代になると、古典的形式が再び見直され、古典派時代ほどではないにせよ、ピアノソナタという形式も顧みられるようになった。9曲を書いたプロコフィエフはこの世代のピアノソナタの大家である。

主な作曲家と作品[編集]

生年順に並べてある。

バロック時代[編集]

古典派[編集]

古典派ピアノソナタの名曲を難易度別に集めたピアノの教材、ソナチネアルバムソナタアルバムは有名。

ロマン派[編集]

近代[編集]

現代[編集]

あまりにも数が多いので、重要な作曲家名をあげることが不可能なくらいである。記念碑的な1948年のブーレーズピアノソナタ第2番、1952年に完成したバラケのピアノソナタの2作品以後には前衛の時代がはじまり、「伝統的形式の打破」を目的に「ピアノソナタ」という曲名で自作を発表することは「交響曲」と同じく「時代遅れ」のレッテルを貼られ、一部の保守派の作曲家によって細々とこのジャンルが延命されていた。

1970年代に入り、前衛の価値観に疑問符がつけられると、主に新ロマン主義者の中から「ピアノソナタ」の題名をストレートにつける作曲家も少しずつ現れだした。最初の出現は1970年に書かれたジュゼッペ・シノーポリの「ピアノソナタ」だと言われているが一時的な現象に過ぎない。現在では、保守的や革新的と言った立場を問わず、「ピアノソナタ」という作品名をつける作曲家が見られるが、割合的には保守派のほうが圧倒的に多い。それ以外は音楽大学の入試のための習作で作曲する学生も多い。

類似の形式を持つ楽曲[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 作曲された当時、有力な音楽評論家のエドゥアルト・ハンスリックによって「ロ短調ソナタは、いつもむなしく動いている天才の蒸気製粉機である。ほとんど演奏不可能な、音楽の暴力である。私はいまだかつて、支離滅裂な要素がこれほど抜け目なく厚かましくつなぎ合わされたものを聴いたことがなかった。…この作品を聴いて、しかもなかなかの曲だと思うような人は、もうどうすることもできない。」と新聞で酷評された。(Neue freie Presse 1881年2月28日付)

関連項目[編集]