四日市市

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よっかいちし
四日市市
Flag of Yokkaichi, Mie.svg
四日市市旗
Yokkaichi Mie chapter.svg
四日市市章
1897年8月1日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方東海地方
都道府県 三重県
団体コード 24202-1
面積 205.58km²
総人口 306,009
推計人口、2014年5月1日)
人口密度 1,490人/km²
隣接自治体 桑名市鈴鹿市いなべ市
三重郡朝日町川越町菰野町
員弁郡東員町
滋賀県甲賀市
市の木 クスノキ
市の花 サルビア
市の鳥 ユリカモメ
四日市市役所
市長 田中俊行
所在地 510-8601
三重県四日市市諏訪町1番5号
北緯34度57分54.1秒東経136度37分27.9秒
四日市市役所
外部リンク 四日市市

四日市市位置図

― 市 / ― 町

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四日市市(よっかいちし)は、三重県北部に位置する県北部の中心都市で、国から特例市保健所政令市の指定を受けている。

三重県の県庁所在地津市を上回る、三重県下最大の人口を擁し、都市雇用圏東海地方名古屋市浜松市静岡市岐阜市に次ぐ規模を有している。

目次

概要[編集]

近鉄四日市駅前ふれあいモール

四日市市は、中京工業地帯の代表的な工業都市である。近鉄名古屋線などが通ることから名古屋市への通勤・通学者がおり、日系ブラジル人が多く居住をする笹川団地(四郷地区)は市内南部にあり、名古屋のベッドタウン化している郊外の団地は昭和の大合併で編入された地域で、三重団地(三重地区)、桜台(桜地区)、三滝台(川島地区)、あかつき台(八郷地区)など、市内西部に位置する地域が多い。一方、三重県北勢地域の中心都市である為三重郡の各町、桑名市鈴鹿市亀山市など近隣の市町から当市へ通勤・通学する者も多く、昼夜間人口比率は100%を超えている。

2000年(平成12年)11月1日の制度運用開始とともに特例市に指定されている。2005年(平成17年)2月7日に隣接する三重郡楠町平成の大合併による市町村合併で編入したことで人口が30万人を超えたため中核市移行を目指しているが、大矢知地区の産業廃棄物問題が解決しないため移行の目途が立っていない。中核市移行の準備段階として、2008年(平成20年)4月1日保健所政令市に指定された。

古くは、東海道宿駅(→四日市宿)で、伊勢神宮への分岐点が日永地区に追分という地名として残っている。市名は四のつく日に市がたったことに由来し、現在も各地で市が開かれている。四日市中心部は江戸時代天領になっており、伊勢国北部の北勢地域では行政の中心地であった。

1960年代から1970年代にかけて工場の排煙による大気汚染により四日市ぜんそくの発生地として悪名を轟かせていたが、現在は法整備や汚染防止技術向上などの対策が格段に進み、工業地帯周辺の大気状態も良好になっている。

郊外には田園や茶畑が広がる豊かな自然が望める。また、江戸時代から蜃気楼が見られたことでも知られている。

地理[編集]

四日市港ポートビルから眺めた四日市市の風景
四日市市中心部周辺の空中写真。1987年撮影の24枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

三重県北部に位置し、市域は伊勢湾から鈴鹿山系にまで及ぶ。市制施行までは、県名の由来である三重郡に所属。

自然[編集]

気候[編集]

  • 気温 - 最高38.8℃(1994年(平成6年)8月5日)、最低-6.3℃(2012年(平成24年)2月19日
  • 最大降水量 - 295ミリ(2000年(平成12年)9月11日)→東海豪雨による最大降水量
  • 最小湿度 - 8%(2006年(平成18年)3月25日
  • 最大瞬間風速 - 49.4メートル(1998年(平成10年)9月22日
  • 最深積雪 - 53センチ(1995年(平成7年)12月26日
  • 夏日最多日数 - 137日(2004年(平成16年))
  • 真夏日最多日数 - 72日(1994年(平成6年))
  • 酷暑日最多日数 - 13日(1995年(平成7年))
  • 熱帯夜最多日数 - 25日(1994年(平成6年))
四日市の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 8.6
(47.5)
9.5
(49.1)
12.3
(54.1)
18.3
(64.9)
22.5
(72.5)
25.7
(78.3)
29.4
(84.9)
30.9
(87.6)
27.3
(81.1)
22.0
(71.6)
16.7
(62.1)
11.3
(52.3)
19.54
(67.17)
平均最低気温 °C (°F) −0.3
(31.5)
−0.3
(31.5)
2.6
(36.7)
7.7
(45.9)
12.8
(55)
17.6
(63.7)
21.7
(71.1)
22.8
(73)
19.2
(66.6)
12.3
(54.1)
6.8
(44.2)
1.8
(35.2)
10.39
(50.71)
降水量 mm (inch) 47.9
(1.886)
65.9
(2.594)
122.1
(4.807)
145.5
(5.728)
197.5
(7.776)
254.7
(10.028)
212.0
(8.346)
147.1
(5.791)
256.5
(10.098)
148.2
(5.835)
90.5
(3.563)
46.5
(1.831)
1,734.4
(68.283)
平均降水日数 (≥ 1.0 mm) 5.7 7.2 9.7 9.1 10.3 12.4 11.9 8.5 11.2 9.0 6.2 5.8 107
平均月間日照時間 152.1 146.0 173.3 185.3 190.4 148.7 158.9 189.2 146.3 156.4 156.6 157.2 1,960.4
出典: 気象庁
四日市市
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
48
 
9
-0
 
 
66
 
10
-0
 
 
122
 
12
3
 
 
146
 
18
8
 
 
200
 
23
13
 
 
255
 
26
18
 
 
212
 
30
22
 
 
147
 
31
23
 
 
247
 
27
19
 
 
148
 
22
12
 
 
91
 
17
7
 
 
47
 
11
2
気温(°C
総降水量(mm)
出典:気象庁

隣接している自治体[編集]

歴史[編集]

古くはヤマトタケルノミコトが東征の帰途に通過したという伝説が残る。古墳時代から栄え、市内には土器窯や土器片出土地が分布する。また、飛鳥時代には壬申の乱大海人皇子が兵を集めたと言われる。

現在の四日市市街にあたる地域は、平安時代後期まではごく小規模な集落が存在するのみであった。しかし鎌倉時代から室町時代にかけて建立された寺が多いことから、その頃に発展を始めたものと考えられる。平安時代になり平安京が都となると、千草峠八風街道から鈴鹿山脈を越えて近江・京都方面との往来が盛んとなり、伊勢商人近江商人が峠越えをして活発に商いを行った。

安土桃山時代:天然の良港によって回船業が発達し、市場が出来る。市場は『四』の付く日に開かれたため、これが『四日市』の由来になったとされる。本能寺の変では逃亡する徳川家康を四日市の回船問屋が手助けし、その恩として幕府の直轄領(天領)になったとされている。実際は家康自身が陸海の要地であると認めたためと考えられる。江戸時代:天領である四日市に、四日市陣屋(代官所)や高札場ができ、北勢の行政・商業の中心地となる。東海道東海道五十三次)の主要宿場(四日市宿)として本陣宿駅も設置される。日永追分も現在の四日市市内にある。江戸末期、安政の大地震によって港が壊滅し、回船業が衰退していく。また四日市は尾張の宮宿(熱田)と十里の渡しで繋がり、東海道や伊勢参りの旅人に多く利用された。

市内の至る所で湧き水が出ていたため古来より「泗水」と呼ばれる。「三重郡の泗水」ということからこの周辺を「三泗地区」と呼ぶ。現在では湧き水の場所も所在が不明になり、僅かながら井戸が残っている程度である。

現在の港の基礎は、幕末から明治初期に回船問屋稲葉三右衛門1837年天保8年)-1914年大正3年))が私財を投じて整備した。周辺住民の反対など様々な困難があったが、現在の四日市港の礎を造った偉人として、JR四日市駅前に銅像が建てられている。

近代以降の沿革[編集]

行政区画の変遷[編集]

人口[編集]

Demography24202.svg
四日市市と全国の年齢別人口分布(2005年) 四日市市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 四日市市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
四日市市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 241,405人
1975年 258,887人
1980年 266,756人
1985年 273,827人
1990年 285,015人
1995年 296,623人
2000年 302,102人
2005年 303,845人
2010年 307,807人
総務省統計局 国勢調査より

ドーナツ化現象の発生[編集]

人口移動に関しては、沿岸部諸地区の人口が減少する半面、内陸部の地区の人口が上昇傾向にあり、各所でドーナツ化現象がみられる。[3]。 四日市市内は中心部・南部・北部・西部の地区に区分される。中心市街地のある橋北地区・中部地区の中心部と南部の塩浜地区ではドーナツ化現象と公害の影響で人口が減少している。四日市ぜんそくの影響が続き、人口の流出があった。北部地域の富田地区・富洲原地区でも人口が減少した。伊勢湾台風などの水害被害からの内陸部への避難や平田紡績東洋紡績富田工場などの繊維企業が撤退したり富田駅前商店街・富田中央通り商店街・富田中町商店街・東洋町商店街・西元町商店街・住吉町風俗街などの商店街が衰退したことが原因である。一方、市街地の周辺地域と旧三重郡の四日市市西部地域(桜地区・県地区・神前地区・川島地区・四郷地区・三重地区・常盤地区・日永地区・内部地区・保々地区・下野地区・八郷地区・大矢知地区・海蔵地区・羽津地区)では人口が増加している。四日市市コンビナート企業に勤務する労働者や名古屋圏からの住民が流入して宅地開発が進んだことが原因である。

外国人人口の割合[編集]

2010年(平成22年)の四日市市の公式ホームページの人口統計では以下となっている。

人口構造[編集]

  • 繊維産業が盛んだった昭和20年代までは若い女性人口が多かった。戦後は四日市ぜんそくの発生などの四日市公害の影響で昭和40年代には全国平均より平均寿命が短く、乳児死亡率も全国平均が1000人に対して18.1人であるのに対し、四日市市全体で25.6人、塩浜地区は36.1人、と高く、また、自殺率が高かった。[5]現在は環境汚染による健康被害が改善されたが、塩浜地区は現在でも、平均寿命や乳児死亡率が悪い傾向である。[6]

行政[編集]

歴代市長[編集]

官選市長
公選市長

市議会[編集]

  • 議員定数は36人。任期:平成27年4月30日まで
  • 議長:土井 数馬 就任:平成25年5月15日
  • 副議長:竹野 兼主 就任:平成25年5月15日

構成:平成25年5月16日現在

会派名 議員数
政友クラブ 11
リベラル21 10
公明党 5
市民会議 4
創四会 3
日本共産党 2
無会派 1
欠員 0

※なお、衆議院議員選挙の選挙区は北部地域が「三重県第3区」・南部地域が「三重県第2区[7]、三重県議会議員選挙の選挙区は「四日市市選挙区」(定数:7)[8]、となっており、同一市町村内で複数の衆議院議員選挙区を有するのは三重県内ではこの四日市市と津市が該当する。

人権施設[編集]

  • 人権センター(中部地区)
  • 人権プラザ赤堀(常盤地区)
  • 人権プラザ天白(日永地区)
  • 人権プラザ神前(神前地区)
  • 人権プラザ小牧(保々地区)

警察[編集]

四日市南警察署
  • 三重県警察四日市北警察署
    四日市市北部(富洲原地区・富田地区・大矢知地区・八郷地区・下野地区・羽津地区・海蔵地区・三重地区)、川越町朝日町
  • 三重県警察四日市南警察署
    四日市市中部・南部(中部地区・橋北地区・常盤地区・塩浜地区・日永地区・内部地区・河原田地区・四郷地区・神前地区・川島地区・小山田地区・楠地区(旧三重郡楠町))
  • 三重県警察四日市西警察署
    四日市市西部(水沢地区・桜地区・県地区・保々地区)、菰野町

消防[編集]

四日市中消防署

四日市中消防署(中部地区・常磐地区・海蔵地区・三重地区)

  • 中央分署(四日市市神前地区・川島地区)
  • 西分署(四日市市県地区・桜地区)
  • 港分署(四日市橋北地区)

四日市北消防署(富田地区・富洲原地区・羽津地区・大矢知地区・八郷地区・下野地区)

  • 北西出張所(保々地区・下野地区の四日市市北西部)
  • 朝日川越分署(三重郡朝日町・三重郡川越町)

四日市南消防署(塩浜地区・日永地区・楠地区・河原田地区・内部地区・四郷地区・水沢地区)

  • 南西出張所(四日市市小山田地区)

総合病院[編集]

その他[編集]

  • 税務署:名古屋国税局四日市税務署が管轄する。
  • 年金事務所:四日市年金事務所が管轄する。

国の行政機関[編集]

  • 法務省
    • 津保護観察所四日市駐在官事務所

経済[編集]

明治以降、日本の近代化の歩みとともに四日市港を中心に商工業都市に進展。特に高度経済成長期に石油化学系企業が多数立地して、三重県下最大の工業都市、商業都市に発展している。又、伊藤伝七が操業した三重紡績を前身とする東洋紡績四日市岡田家の家業から発展したイオングループなどの発祥の地でもある。

商業[編集]

本市はイオン発祥の地ということもあり、市内にはイオンタウンやイオンモールなどのイオン系SCが多く出店している。また地場系SCとしてスーパーサンシ一号舘など市内に本社を置くスーパーマーケットがある。

四日市市(中心部)[編集]

近鉄四日市駅西口方面
近鉄四日市駅東口方面

富田地区(北部)[編集]

  • 富田地区の中心駅である近鉄富田駅は単体の駅としては三重県で近鉄四日市駅、近鉄津駅に次ぎ第3位の規模を持ち、四日市市の副都心計画の一つになっている。
  • 東洋紡績富田工場などの紡績工場や百五銀行などの銀行は、富田地区以外の富洲原地区や大矢知地区に立地していても「富田店」や「富田工場」と命名されていた。東洋紡績富田工場付近に東洋町商店街や西元町商店街が形成された。東洋紡績富田工場跡地にイオンモール四日市北が立地している。
  • 川越町富洲原駅が立地した事から、川越町と富洲原地区との間に川越町南部で使用されている「富洲原店」や「富洲原駅」の名称問題が発生した。
  • 近鉄富田駅付近に近鉄富田駅前商店街と接続する中央通り商店街とJR富田駅に接続する通路の通りとして富田中町商店街が形成された。駅の西側の茂福地区や西冨田町の三幸毛糸紡績富田工場の社宅跡地に、商業施設のスーパーマーケットである四日市富田フランテ館や100円ショップのフレスポ四日市富田やマンションのライオンズマンションの四日市富田マークレジデンスが建設されて、西富田地区の商業化と宅地化が進んだ。大矢知地区から富田地区に富田栄町が編入された。富田西町連合自治会を中心とする富田高地区では宅地化が進み、富田地区の再開発計画によって高層マンションが建設された。

日永地区(南部)[編集]

三重地区(生桑)[編集]

  • 国道365号三重県道622号小牧小杉線が交差する生桑の交差点付近から南や南東の方向へ四日市中心部に向かう道路沿いに商店が集結している。三重地区を中心に面する生桑地区一帯は四日市市内の中央部分であり、三重地区は田園地帯だったが三重団地(1970年代に建設された)・坂部団地(昭和43年に建設された)・大谷台団地(1970年代に建設された)に造成されるなど市内西部の複数の住宅団地があり、昭和40年代から平成時代初期にかけて人口は3倍に倍増して、商店数は4倍近くになり、飲食店は2軒から70軒に急増して四日市市西部からの買い物客が多い。南側は近鉄湯の山線沿いの常盤地区・川島地区・神前地区・桜地区と接続しており、西側は県地区と接続していて、北側は旧朝明郡地域の大矢知地区・八郷地区・下野地区・保々地区と接続しており、東側は海蔵地区と接続しており、四日市市内の各地域からの道路網がある交通の拠点となっている。[10]
  • マックスバリュケーズデンキスーパーサンシ三洋堂書店などの大型商業施設や自動車客向けの店が多数立ち並んでいて飲食店街や坂部温泉やユラックスなどの温泉施設もある。県道8号を南へ進むとイオン四日市尾平ショッピングセンターが立地している。
  • 周辺は鉄道網が無く、三重交通などのバス交通網がある。

市内の大型商業施設[編集]

市民公園(奥がララスクエア四日市、都ホテル)

市内に本社を置く主要企業[編集]

三重銀行本店ビル(西新地)

市内発祥の主要企業[編集]

  • 東洋紡績(現在は東洋紡テクノウール株式会社)の東洋紡績三重工場・東洋紡績楠工場が立地している。かつては東洋紡績富田工場(跡地がイオンモール四日市北となった)が富洲原地区に立地していて、東洋紡績塩浜工場(跡地が東洋紡グループの関連企業であるコスモ電子株式会社となった)が立地していて、東洋紡績四日市工場(跡地が北条町の四日市市営グランドとなった)が中部地区に立地していた。
  • イオングループは(天領四日市宿であった三重郡四日市町が発祥地)である。岡田屋→ジャスコとなった流通企業で四日市岡田家が創業家であり、岡田卓也が創業者である。
  • Oak(オークキャピタル)初代平田佐次郎が創業者である。富洲原地区が発祥地であり、旧企業名が(平田紡績株式会社)である。

市内に工場のある主要企業[編集]

市内に本社を置く企業は除く。

農業[編集]

自然環境に恵まれており農業が盛んな一面もあり、代表的な地区別の生産分布では以下のようになっている。

  • 伊勢茶(水沢地区・小山田地区・川島地区)
  • (県地区・下野地区)
  • ハクサイキャベツトマトなど)の野菜(県地区・内部地区・神前地区・四郷地区)
  • メロン(県地区)
  • 大豆枝豆など)の豆類(県地区・内部地区・保々地区)
  • イチゴ(小山田地区・内部地区・神前地区)
  • みかん(河原田地区・神前地区)
  • 園芸(県地区・水沢地区・川島地区・神前地区・保々地区・羽津地区・楠地区)
  • 畜産(県地区・水沢地区・桜地区・保々地区・神前地区)
  • 稲作(中部地区以外のほとんどの地区に農地があり、四日市市全般で行われる。特に保々地区・県地区・神前地区・楠地区には、広大な田んぼがあり米作りが盛んである。富洲原地区・常盤地区・日永地区・橋北地区・塩浜地区では農地が一部しかなく、田んぼがわずかである。)
三重北農業協同組合
  • 「四日市浜田地区」本店[11][12]

漁業[編集]

  • 四日市コンビナートの誘致後に、コンビナートから排出された工場排水によって伊勢湾の海水汚染が進行した。大気汚染による四日市ぜんそく以外に同じ公害の影響で伊勢湾で盛んな漁業が消滅して、四日市市内の漁師町であった(富洲原地区・富田地区・塩浜地区・楠地区)の漁業が衰退した。企業や地方自治体との間で漁業補償問題が発生した。現在でも四日市市内に小さな漁港が存在しており、(富洲原漁港・富田漁港・塩浜地区の磯津漁港・楠漁港)で小規模ながら漁業が行われている。

四日市市漁協

  • 四日市市漁協 漁業協同組合
  • 四日市市漁協 四日市支所 漁業協同組合
  • 富洲原漁協 共同販売所 漁業協同組合
  • 四日市市漁協 富洲原支所 漁業協同組合
  • 四日市市漁協 富田支所 漁業協同組合
  • 楠町漁協 漁業協同組合

日本郵政グループ[編集]

四日市郵便局
四日市西郵便局

地域[編集]

四日市市合併・編入前の町村の範囲を区域として「xx地区」(xx:旧町村名)と呼ばれている。各地区ごとに「地区市民センター」が設置されている。旧町村の範囲を基本としているが、大規模団地造成等のため地区割が変更されているケースが一部存在する。

富洲原地区[編集]

富田地区[編集]

富田地区の中心である近鉄富田駅

大矢知地区[編集]

八郷地区[編集]

下野地区[編集]

  • 読み方:しもの
  • 朝明郡下野村が1889年(明治22年)に成立→三重郡下野村が1896年(明治29年)に成立→1954年(昭和29年)の昭和の大合併で四日市市に編入された。
  • 山城駅付近に「あさけが丘団地」と「八千代台」が造成された。朝明川沿いの農業地区で大正時代に始まった特産物として有名なの生産が盛んである。
  • 朝明郡に存在した中世期の霜野郷が地名の由来である。1889年(明治22年)にが旧6村が合併した際に、大地主であった下田家と野呂家から一字をとり下野村となった説がある。条里制奈良時代遺跡があり、大鐘町の南に「五の坪」という地名が残っている。平安時代に下野荘と東大鐘村と八郷地区の萱生村・平津村・中村村を合わせて大金郷と呼ばれていて、の生産が盛んだった。1889年(明治22年)に、山城村、中里村(現在の朝明町)、北山村、西大鐘村、東大鐘村(現在は大鐘町)、札場新田(現在の札場町)が合併して下野村となった。
  • 面積は7.57k㎡

保々地区[編集]

羽津地区[編集]

垂坂公園より撮影

橋北地区[編集]

  • 読み方:きょうほく
  • 三重郡浜一色村から→1889年(明治22年)に三重郡四日市町の一部となる→1897年(明治30年)に四日市市制が施行されて橋北地区となる。
  • 市制施行当時の四日市市の一部にあたる。海蔵川三滝川に挟まれた砂地で海蔵地区と並び萬古焼工場が多い。
  • 白浜で青松があった牛起地区沿岸は海水浴であったが、埋め立てられて、四日市市営住宅と分譲住宅が(東橋北地区)に建設された。牛起地区の埋め立て事業は、1957年(昭和32年)に田中覚三重県知事によって計画と立案がされて、四日市市長の吉田千九郎中部電力の井上五郎・中山善郎の下の名前の文字に郎が付く3人の男が協力したのが理由で、田中知事が埋め立て地に「三郎町」というユニーク(洒落ている)地名命名した。第2四日市コンビナート中部電力四日市火力発電所が立地。
  • 自治会の対立で東西に分かれていて、東橋北小学校区(市内で児童数最小)と西橋北小学校区がある。
  • 面積は2.62k㎡

海蔵地区[編集]

海蔵川
  • 読み方:かいぞう
  • 三重郡海蔵村が1889年(明治22年)に成立→1930年(昭和5年)に四日市市に編入された。
  • 地区内に海蔵川が流れる。古来は川沿いに「海蔵(あくら)」とよばれる倉庫群があった。地区内の阿倉川町はその「あくら」に由来。海蔵川の氾濫の為に農作が不向きな土地であった。また川沿いの桜並木は春に賑わいをみせる。
  • 1875年(明治8年 )海蔵学校が創立(海蔵小学校)された。 1889年(明治22年) 三重郡東阿倉川村・西阿倉川村・末永村・野田村の4か村が合併して、三重郡海蔵村が成立した。海蔵地区の人口は約1万3000人まで増加をして、マンションや団地の建設で海蔵小学校の児童数が三重県有数の数になっている
  • 橋北地区と並び万古焼が発達した。江戸時代後期の1829年文政12年)に製陶業の田端教正・上島庄助によって 「四日市万古焼」が築かれた。中世期は伊勢神宮領。江戸時代初期は桑名藩領・紀州藩領・天領。江戸時代後期は八田藩領・西条藩領であり、菜種油和紙の生産が盛んであった。万古焼は明治から大正にかけて発達をして、昭和初期には万古焼の中小工場が急増して全盛期であった。
  • 「万古町」は東阿倉川町の一部から独立した地名で、万古焼の工場が多数あった事から「万古町」と命名された。
  • 面積は3.65k㎡

三重地区[編集]

  • 読み方:みえ
  • 三重郡三重村が1889年(明治22年)に成立→1954年(昭和29年)の昭和の大合併で四日市市に編入された。
  • 坂部団地、三重団地など市内屈指の住宅地区。また国内有数の半導体製造拠点として東芝四日市工場がある。
  • 古事記』によればヤマトタケルが伊吹山より落ち延び、疲労から「わが足三重の勾(まか)りなして、いと疲れたり」と洩らした地とされる。
  • 面積は11.83k㎡

県地区[編集]

  1. 北野町(旧北野村)
  2. 江村町(旧江村村)
  3. 黒田町(旧黒田村)
  4. 平尾町(旧平尾村)
  5. 赤水町(旧赤水村)
  6. 上海老原町(旧上海老原村)
  7. 下海老原町(旧下海老原村)
  • 旧三重郡県村時代から農村部の7地区以外に新興住宅団地のあがたが丘団地もあるが、多くは農業地区であり、地区内でナシ栽培などが盛んに行われている。
  • 赤水学校+垣内学校+三滝学校の3つの学校が合併して研精学校が創立された。その後の県小学校が創立された。
  • 1889年(明治22年)に、北野村・江村村・黒田村・平尾村・赤水村・上海老原村・下海老原村の7か村が合併して三重郡県村が成立した。県は漢字では縣村とも表記された。
  • 面積は11.25k㎡

中部地区[編集]

近鉄四日市駅東の西新地(夜) 四日市一番街入り口(夜)
近鉄四日市駅東の西新地(夜)
四日市一番街入り口(夜)
  • 読み方:ちゅうぶ
  • 三重郡四日市町と三重郡浜田村が存在した→三重郡四日市町が1889年(明治22年)に成立→1897年(明治30年)に四日市市制が施行される。
  • 稲葉三右衛門が築港した四日市港(旧港と呼ばれている稲葉町・高砂町周辺)の納屋地区にJR四日市駅があり、戦前までは、四日市の交通網の拠点であった。戦後に近鉄四日市駅が設置されて、交通網の拠点となる。市役所などの行政機関を擁す四日市の中心地である。市制施行当時の四日市市にあたる。地名としては諏訪、諏訪栄町、浜田、納屋、鵜の森、西浦などがある。行政地区として共同地区・同和地区・中央地区・港地区・浜田地区がある。小学校区は中部西小学校区、納屋小学校と中部東小学校が統合された中央小学校区、浜田小学校区、三浜小学校区の一部に区分されている。
  • 近鉄四日市駅を中心に諏訪地区商店街が栄えていたが、大型郊外店のイオングループに押されて衰退。現在は都市型マンション(高層マンション)の新規建設が著しい。
  • 近鉄四日市駅西は昼の街、東は夜の街というイメージがあるように、西はララスクエア四日市などのショッピング施設などが多いが、東は居酒屋、カラオケ、風俗店が多く立地している。
  • 面積は6.54k㎡

常磐地区[編集]

  • 読み方:ときわ
  • 三重郡常磐村が1889年(明治22年)に成立→1941年(昭和16年)に四日市市に編入される。
  • 江戸時代は「赤堀村」は忍藩領。「中川原村」・「久保田村」・「伊倉村」・「大井手村」は久居藩領。「芝田村」は加納藩領。「松本村」は津藩領であった。1889年(明治22年)(赤堀村・中川原村・芝田村・伊倉村・久保田村・大井手村・松本村の)7ヶ村が合併して三重郡常磐村になった。昭和になって、四日市周辺地域として宅地化・工業化が進み、昭和10年に(株式会社三重製絨)合併をして、その後の東洋紡績三重工場(現在の東洋紡テクノウール)が設立された。
  • 北側に三滝川が流れ、南側に鹿化川に囲まれている。南東部の内部線沿いに赤堀駅が立地している。東海道沿いの「赤堀地区」付近は古い町並みである。東部は中心部に隣接するため、近鉄湯の山線沿いの中川原駅周辺にかけて市街地化した。西部は伊勢松本駅付近の「松本地区」と新興団地の「青葉台」などが住宅街となった。
  • 面積は4.89k㎡

神前地区[編集]

川島地区[編集]

  • 読み方:かわしま
  • 三重郡川島村が1889年(明治22年)に成立→1954年(昭和29年)の昭和の大合併で四日市市に編入される。
  • 古くは、茶の栽培などが行われ、たけのこの産地としても有名であった。
  • 1965年(昭和40年)頃から近鉄湯の山線沿線の開発によって「三滝台」・「かわしま園」などの住宅団地が開発された。
  • 鹿化川では、毎年5月後半から6月中旬までの間、蛍が見られる。地域住民の団結で綺麗な川となったためである。
  • 面積は7.89k㎡

桜地区[編集]

塩浜地区[編集]

  • 読み方:しおはま
  • 三重郡塩浜村が1889年(明治22年)に成立→1930年(昭和5年)に四日市市に編入される。
  • 市内南部の伊勢湾沿岸部の総称である。地名の由来は、古代から製塩が盛んな村であった事。製塩は近世初期が全盛期であった。古くは鈴鹿川沿いに(磯津漁港)がある漁村だった。しかし、四日市コンビナートの建設を契機とする急速な工業化の結果、四日市ぜんそくの被害地区となった。近鉄塩浜駅は急行停車駅である。
  • 北部の海山道駅周辺は(旧・三浜小学校区)で、付近に海山道稲荷神社がある。南部は(塩浜小学校区)で公害四日市ぜんそく)対策で、小学校と中学校が移転した。塩浜地区出身の田中覚(三重県知事)を由来とする新しい町が戦後になって造成された。「三重田中覚」の意味で(三田町)と命名された。
  • 面積は7.44k㎡

日永地区[編集]

四郷地区[編集]

  • 読み方:よごう
  • 三重郡四郷村が1889年(明治22年)に成立→1943年(昭和18年)に四日市市に編入される。
  • 四郷地区・笹川地区・高花平地区の3地区があり、(四郷小学校区・笹川東小学校区・笹川西小学校区・高花平小学校区)で構成されている。市内最大の笹川団地や高花平を抱えていて団地内には日系ブラジル人などの外国人の住民が多くてポルトガル語スペイン語に対応した授業が小中学校で行われていて、人口は市内随一。美しい緑も多数残る。四日市四郷高校がある。
  • 主な町名は、近鉄八王子線が開通している東日野町(東日野駅が立地していた)→西日野町(西日野駅が立地)→室山町(室山駅が立地していた)→八王子町(伊勢八王子駅が立地していた)と高花平(住宅団地)、小林町(古い村落)などがある。
  • 地区の中心には、旧四郷村役場を利用した郷土資料館や、郷土の偉人の伊藤小左衛門(5世)や十代目伊藤伝七の活躍で創設された三重紡績の前進となった製糸工場、酒蔵などが立地し明治時代から昭和初期の建物が多く残る。
  • 面積は8.40k㎡

小山田地区[編集]

  • 読み方:おやまだ
  • 三重郡小山田村が1889年(明治22年)に成立→1954年(昭和29年)の昭和の大合併で四日市市に編入される。
  • 水沢地区と同じく、伊勢茶の栽培を中心とした農業地帯。
  • 面積は18.83k㎡

水沢地区[編集]

  • 読み方:すいざわ
  • 三重郡水沢村が1889年(明治22年)に成立→1957年(昭和32年)に四日市市に編入される。
  • 鈴鹿山脈の麓で伊勢茶の栽培が盛ん、地域内は茶畑が多い。酪農も盛んで、市営のふれあい牧場もある。
  • 紅葉の名所として宮妻峡、もみじ谷があり、夏場は鈴鹿山脈の山々への登山口として賑わう。
  • 面積は19.83k㎡

河原田地区[編集]

鈴鹿川

内部地区[編集]

  • 読み方:うつべ
  • 三重郡内部村が1889年(明治22年)に成立→1943年(昭和18年)に四日市市に編入される。
  • 鈴鹿郡久間田村→鈴鹿郡三鈴村1956年(昭和31年)→1957年(昭和32年)四日市市と鈴鹿市に分割編入
  • 内部川の河川にはトマト等野菜の畑が広がっている。
  • 平成に入ってから山間部の住宅地が進み、鈴鹿市境界部までニュータウンが形成された。
  • 古来ヤマトタケルが杖を突いて登ったとされる、旧東海道の難所・杖衝坂が残る。
  • 面積は12.31k㎡

楠地区[編集]

教育[編集]

大学[編集]

短期大学[編集]

専修学校[編集]

高校[編集]

県立

私立

中学校[編集]

市立

  • 三重平中学校
  • 三滝中学校
  • 山手中学校
  • 港中学校
  • 南中学校
  • 楠中学校

私立

小学校[編集]

市立

  • 富田小学校
  • 西橋北小学校
  • 羽津北小学校
  • 羽津小学校
  • 浜田小学校
  • 東橋北小学校
  • 日永小学校
  • 保々小学校

私立

特別支援学校[編集]

姉妹都市・提携都市[編集]

海外[編集]

交通[編集]

四日市市の中心 近鉄四日市駅

鉄道[編集]

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道[編集]

路線バス[編集]

高速バス[編集]

一般路線バス[編集]

近鉄四日市駅西バスのりば

船舶航路[編集]

過去路線[編集]

地場産業[編集]

  1. 朝明川流域の富洲原地区の天ヶ須賀地域に3酒造がある。
  2. 三滝川流域の桜地区に4酒造と川島地区に2酒造と室山地区に3酒造がある。
  3. 鈴鹿川流域の楠地区に宝酒造など2酒造がある。

四日市名物[編集]

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

朝市・市場[編集]

市内各地に午前中を中心として市場が立つ。近隣農家が市価より安く作物を販売している。農作物以外にも個人商店が鮮魚、衣料、生花、菓子などを並べている。

  • 西浦即売場: 1,6,3,8のつく日。
  • 慈善橋即売場: 2,7,5,0のつく日。
  • 阿倉川四・九の市: 4,9のつく日。
  • 日永朝市マーケット: 偶数日
  • 塩浜市場: 1,3,6,8のつく日。
  • 笹川市場: 1,6のつく日。午後開催。
  • 富洲原四九の市(しくのいち): 4,9のつく日 午前中。

主な名所・旧跡等[編集]

日永追分 左が伊勢街道、右が東海道京・大坂方面、手前が東海道江戸方面


観光スポット[編集]

祭り[編集]

  • 四日市祭(10月の第一日曜とその前日)
    旧四日市地区の氏神諏訪神社の祭礼。市民祭である「大四日市まつり」と区別して「秋の四日市祭」とも呼ばれる。邌物(ねりもの)と呼ばれる日本一大きいからくり人形を載せた山車大入道山車」(県指定有形民俗文化財)をはじめ、「鯨船(捕鯨のサマを表す豪華な船山車・県指定有形民俗文化財)」「大名行列(宿場町の名残を残す行列・市指定無形民俗文化財)」「富士の巻狩り(ハリボテの大猪を煌びやかな衣装をつけた子ども武者が射止める仮装行列・市指定無形民俗文化財)」「菅公(文字書きのからくり人形山車)」「岩戸山(アメノウズメノミコトに化けていた狸が正体を現すからくり人形山車)」「甕破り(司馬温公の故事にちなんだからくり人形山車)」などの奉納演技が行なわれる。
  • 大四日市まつり(8月第一土日)
    市中心部。昭和39年から始まった市民祭。市民参加の踊りフェスタなどを開催。市内に残る伝統的な祭礼行事もゲスト出演する。
  • 東富田どんど祭り(1月14日)
    国道23号線沿いに、高い山を15基建てて盛大に燃やす。
  • 海山道稲荷神社・狐の嫁入り(2月3日)
    市内海山道神社
  • 万古祭り(5月第二土日)
    市内川原町駅周辺。萬古焼を売る露店が数多く出店する。
  • 松原の石取祭(7月第三土日前後)
    松原公園向かいの聖武天皇社に奉納する祭。
  • 松寺の石取祭(7月後半)
  • 天ヶ須賀の石取祭(8月中旬)
  • 富田の石取祭(8月中旬)
  • 鳥出神社富田の鯨船行事(8月14・15日)
    富田地区の氏神鳥出神社の祭礼。捕鯨をモチーフにした祭。重要無形民俗文化財
  • 富田一色けんか祭(8月14・15日)
    富田一色地区

出身人物[編集]

公人[編集]

文化人[編集]

芸能人[編集]

スポーツ選手[編集]

地域史功績人[編集]

  

政財界人[編集]

教育者[編集]

その他[編集]

放送局[編集]

  • 主に四日市市を拠点とするマスコミは、シー・ティー・ワイエフエムよっかいちがあるほか、タウン情報誌「くじら」がある。
    • 大手マスコミは県庁所在地の津市に支社・支局を置くことが多いが、新聞社、東海テレビ放送NHK津は支局・報道室を置いている。なお東海テレビは、四日市市政記者クラブに三重支社として加盟しているため、おそらく[要出典]営業拠点として置いている。

広報媒体[編集]

広報よっかいち

  • 日本語版とポルトガル版がある。なお日本語版に関しては、上旬号と下旬号の月2回発行している。

ちゃんねるよっかいち

  • ケーブルテレビCTYのコミュニティチャンネルで放送されている。案内役は定期募集で採用された『市民レポーター』と呼ばれる人達(担当は週替わり1人ずつ登場する)。

丸ごとよっかいちニュース、サンデーメッセージ、ALO!YOKKAICHI!(アロー-)、人権を確かめあう日特集(毎月22日に放送)

脚注[編集]

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  1. ^ 図典 日本の市町村章 p143
  2. ^ 商工春秋長期連載の集録四日市歴史浪漫紀行時代を生きた群像の軌跡72頁~73頁
  3. ^ 四日市市史(第19巻・通史編・現代)巻末付表の74ページ地区別の人口と世帯数の推移。昭和30年~平成7年
  4. ^ homepage.nifty.com/tanimurasakaei/miekenn.htm三重県外国人登録者数の統計
  5. ^ www.yokkaichi-kougai.sakura.ne.jp/.../lucha%20de%20blanc... 平均寿命と乳児死亡率の自殺率の悪さの項目。公害ホームページの白い霧との闘い
  6. ^ 四日市市立富洲原小学校創立100年記念誌の198ページ世帯数および人口の項目
  7. ^ 衆議院小選挙区図 (PDF) 三重県選挙管理委員会
  8. ^ 県議会議員の選挙区と定数 三重県選挙管理委員会
  9. ^ 「駅周辺型商業集積地区」年間商品販売額 経済産業省 2007年 http://www.meti.go.jp/
  10. ^ 四日市市第5巻史料編民俗661ページ~662ページ
  11. ^ [1][リンク切れ]
  12. ^ (JA三重四日市のホームページを参考)
  13. ^ 新編楠町史四日市市楠総合支所 2005年253頁
  14. ^ パイオニアレッドウィングス"No.5 服部 晃佳 - パイオニア"(2014年2月27日閲覧。)

参考文献[編集]

  • 四日市市史(第18巻・通史編・近代)。
  • 四日市市史(第19巻・通史編・現代)。
  • 四日市市史功績人の項目。四日市市制111周年記念出版本「四日市の礎111人のドラマとその横顔」。
  • 四日市ぜんそくの項目。『「四日市公害」市民運動記録集 1971-1982 全4巻』日本図書センター、2007年。ISBN 978-4-284-40051-0
  • 四日市市史(第14巻)史料編現代Ⅰ。 
  • 四日市市史(第15巻)史料編現代Ⅱ。
  • (人口統計・各地区の項目・歴代市長・四日市市の歴史の出典)四日市市公式ホームページ。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政
立法
観光