パリ万国博覧会 (1900年)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
1900年のパリ万国博覧会(せんきゅうひゃくねんのパリばんこくはくらんかい, Exposition Universelle de Paris 1900, Expo 1900)は、1900年4月15日から11月5日まで、フランスのパリで開催された国際博覧会である。
概要[編集]
19世紀最後の年を飾る国際博覧会であるが、新世紀の幕開けを祝う意味も込められており、過去最大のおよそ4700万人が入場した。また、パリオリンピック(第2回近代オリンピック)に合わせての開催でもある。1855年以後、パリで開催された国際博覧会では5回目となる。前回のパリ万博に引き続きくじ付き前売入場券を販売し、開催予算1億フランの6割をまかなった(4割はフランス政府とパリ市が折半)。
会場として、グラン・パレとプティ・パレが建てられ、ロシア皇帝ニコライ2世の寄付によりセーヌ川両岸を結ぶアレクサンドル3世橋が架けられた。また、動く歩道や1889年の第4回パリ万博に合わせて建設されたエッフェル塔にエスカレーターが設置されて話題となった。ちなみに、アメリカの発明家チャールズ・シーバーガーがオーチス・エレベータ・カンパニーと組み、"escalator"の商標で今回の万博に出展して1等賞を獲得、それを機にエスカレーターの普及が始まったといわれている[1]。
会場の一つであるグラン・パレでは、今回の万博の企画展として『フランス美術100年展』が開催され、新古典主義から印象派までの19世紀のフランス美術を代表する約3000点の作品(絵画・彫刻など)が展示された。今回の万博のテーマは「過去を振り返り20世紀を展望する」ことであり、それに合わせた展示物も多く出品されている。
日本との関わり[編集]
- 日本政府は法隆寺金堂風の日本館を建設し、御物を含む古美術品を出展した。
- 海外公演中の川上音二郎・貞奴夫妻はこの万博にも来演し大人気となった。
- 夏目漱石はロンドン留学の途上、この万博会場を訪問している。
- 日本画家の大橋翠石は『猛虎の図』を出展して優等金牌を受賞している。
- 日本は芸者を出展したところ、一目惚れした青年がプロポーズを申し出たり、着物を譲って欲しいと願い出た女性の存在の記録もあると言う。