西本智実
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| クラシック音楽 |
![]() |
| 作曲家 |
| ア-カ-サ-タ-ナ ハ-マ-ヤ-ラ-ワ |
| 音楽史 |
| 古代 - 中世 ルネサンス - バロック 古典派 - ロマン派 近代 - 現代 |
| 楽器 |
| 鍵盤楽器 - 弦楽器 木管楽器 - 金管楽器 打楽器 - 声楽 |
| 一覧 |
| 作曲家 - 曲名 交響曲 - ピアノ協奏曲 ピアノソナタ ヴァイオリン協奏曲 ヴァイオリンソナタ チェロ協奏曲 弦楽四重奏曲 - オペラ 指揮者 - 演奏家 オーケストラ - 室内楽団 |
| 音楽理論/用語 |
| 音楽理論 - 演奏記号 |
| 演奏形態 |
| 器楽 - 声楽 宗教音楽 |
| イベント |
| 音楽祭 |
| メタ |
| ポータル - プロジェクト カテゴリ |
西本 智実(にしもと ともみ、1970年4月22日 -)は大阪府大阪市出身の女性指揮者。
目次 |
人物
- 幼少よりピアノ・クラシックバレエを学ぶ。大阪音楽大学作曲科卒業後、国立サンクトペテルブルク音楽院に留学。イリヤ・ムーシン、ヴィクトル・フェドートフに師事。
- 2006年にチャイコフスキー未完の交響曲[1]を「2006年度版」として初演した際、公演の広告等では『誰も聴いたことのないチャイコフスキーが世界で初めて西本智実の手によって甦る!』などと華々しく煽られた。しかし西本自身は作品に後世の人間が補筆し発表することに強い抵抗を覚えつつも、「研究的見地から価値あるもの」と、この交響曲初演を冷静に捉えていた[要出典](とあるインタビュアーからの「これは西本さんの指揮者人生にとって大きな出来事ですね!」との趣旨の問いかけに対し、西本は苦笑と共に「まだまだです」と答えている)。
- 日本でのオーケストラのリハーサルでは、演奏者を「ヴァイオリンさん」「ホルンさん」というように「楽器名」+「さん」で呼ぶ。
エピソード
- 指揮台での美しい姿から、西本の公演チケットはPブロック(バックステージ側)から売れてゆくと言われる。デビュー当時のインタビューでは、女性であることや若さや容姿をもてはやされる事に関して「今は『それどころじゃない!』という感じ」と答えた。
- 指揮者ヴァレリー・ゲルギエフは、同じイリヤ・ムーシン門下生で兄弟子にあたる。西本が携帯している手帳の1ページ目には、『栄光(成功)へ!』という、ゲルギエフからの激励の言葉が記されている。西本は彼の精力的な仕事ぶりを「(ゲルギエフ)1人で10人くらい居るんちゃうんか、と思うくらい」と評した。これに対しゲルギエフは「ニシモトも3人くらい居る気がするよ(笑)」と語っている[要出典]。
- 中学の同級生に、毎日放送アナウンサーの松井愛がいる。松井は西本について「中学の頃はぽっちゃりとしていて苗字も違っていたため、『女性指揮者の西本智実』が同級生の『智実ちゃん』と同一人物とは気付かなかった」と語る。
- 小学校の頃、すでに卒業アルバムには「指揮者か作曲家になりたい」と記している。中学・高校の頃は現実的になり学者や検事を目指すことも考えたという。
- 指揮棒へのこだわりは特に無し。西本「別に無ければ無くてもいいし、編み物の棒でもいいし、ようは伝わればいいと思ってます」。
- 指揮服はコード刺繍が印象的な、特注の女性用燕尾服を着用。2000年頃は詰襟タイプの燕尾[2]を主に着用していた。この詰襟には首を支える役目もあった。2004年頃からは、スタンドカラーのホワイトシャツ&オフホワイトのベストに、ジャケットタイプの燕尾を着るスタイルが多い。全身オフホワイトの白燕尾もある。これは2005年のクリスマスコンサートで初めて着用して以降はほとんど着ておらず、ステージで見ることはまれである[3]。
- 長身と容貌から「男装の麗人」「宝塚の男役スターのよう」と形容され、熱狂的な女性ファンも多い。「クラシック界のオスカル様(ベルサイユのばら)」と揶揄されることもある。テレビ番組「題名のない音楽会」でオスカルのコスプレをした一件について、後に本意ではなかったことを明かしている(このとき舞台の袖で落ち込む西本を励まし、元気づけていたのが羽田健太郎)。
年譜
- 1994年 大阪音楽大学作曲科卒業。
- 1996年 ロシア国立サンクトペテルブルク音楽院研修生。
- 1998年 京都市交響楽団を指揮して国内デビュー。
- 1999年 「出光音楽賞」受賞。
- 2000年 「咲くやこの花賞」受賞。
- 2002年 ロシア・ボリショイ交響楽団ミレニウム[4]首席指揮者に就任。毎日放送「情熱大陸」で紹介され大きな反響を呼んだ。[2]
- 2004年〜2007年 チャイコフスキー記念財団ロシア交響楽団 芸術監督兼首席指揮者。
- 2004年〜2006年 ムソルグスキー記念サンクトペテルブルク国立アカデミック・オペラ・バレエ劇場 首席客演指揮者。[3]
- 2006年 母校大阪府立今宮高等学校の創立100周年記念式典で大阪フィルハーモニー交響楽団を指揮。
- 2007年 ダボス会議を主催する世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダー2007」の一人に選出される。[4]
- 2008年 モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団と来日公演を行う。
作品・出版物
CD
- 「ロミオとジュリエット」(2000年4月11~13日録音) チャイコフスキーおよびプロコフィエフの同名作品
- チャイコフスキー「交響曲第6番~悲愴~」(2002年1月5日~10日録音)
- バレエ音楽「白鳥の湖/くるみ割り人形」(2002年1月5日~10日録音)
- 「革命&1812」(2003年1月28日~2月2日録音)
- 「BOLERO」(2003年1月28日~2月2日録音)
- 「ニューイヤーコンサート2004 イン・モスクワ」(2004年1月2日ライブ録音)
- 「ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」」(2008年3月28日~30日録音)
- 「チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」作品71(全曲)」(2008年8月18日~20日録音)
DVD
- 「ボレロ 火の鳥&展覧会の絵」(2003年5月15日収録)
- 「New Year Moscow 2004」(2004年1月2日収録)
- 西本智実指揮 チェコ・ナショナル交響楽団「幻想交響曲」(2005年8月6日収録)
- 『チャイコフスキー未完成交響曲「ジーズニ」』(2006年6月5日収録)
- 『チャイコフスキー:交響曲第5番&第6番「悲愴」』(2006年6月5日~6日収録)
- 『西本智実の新世界交響曲:ライヴ・イン・ブダペスト』(2008年10月21日ハンガリー国立歌劇場にて収録)
書籍
- 公演プログラム写真集『西本智実・31歳の新星~日本とロシアと~』(2002年10月1日)
- 著者:伊東雨音、撮影:塩澤秀樹
- 『西本智実 私の中のロシア』(2004年12月20日)
- 編著:伊東雨音、写真:中島正之
CM
- ミーレジャパン(2002年)
- IBM(スチル)(2002年)
- 公共広告機構(現:ACジャパン) 関西活性化「指揮者篇」(2002年)
- 日立製作所(2004年 - 2007年3月)
- 阪神百貨店(スチル)(2005年)
- スズキ「SX4」(2007年)
- 大和証券(2007年)
関連項目
脚注
- ^ 交響曲第7番『人生(ジーズニ)』。西本による2006年の日本初演の前にロシアで別の指揮者によって世界初演されている。また、今回の補筆版より50年前に別の補筆版が作成され、演奏・録音されている。詳しくは[1]を参照。
- ^ 2002年発売の公演プログラム写真集『西本智実・31歳の新星~日本とロシアと~』で着用しているもの。
- ^ 2007年のスズキ「SX4」テレビCM「モルダウ編」にてこの白燕尾を着用している。
- ^ (ロシア・ボリショイ交響楽団は2002年7月にモスクワとサンクトペテルブルクにて行われた第10回全ロシア音楽文化祭のために、サンクトペテルブルク300年祭を主催する中央連邦管区文化局によって招集・設立された臨時的なオーケストラである。その後も、期間限定的に招集され、国家の記念式典等に登場している。)


