スズキ (企業)

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スズキ株式会社
SUZUKI MOTOR CORPORATION
Suzuki Motor Corporation logo.svg
SUZUKI-Motor.jpg
スズキ本社
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7269 1949年5月上場
名証1部 7269 1949年5月 - 2003年5月
大証1部(廃止) 7269 1949年5月 - 2003年5月
福証 7269 1954年5月 - 2002年8月
本社所在地 日本の旗 日本
432-8611
静岡県浜松市南区高塚町300
設立 1920年3月15日
(鈴木式織機株式会社として設立。創業は1909年10月に鈴木式織機製作所として)
業種 輸送用機器
事業内容 自動車製造など(車種一覧を参照)
代表者 代表取締役会長社長 鈴木修
代表取締役副社長 田村実
代表取締役副社長 本田治
代表取締役副社長 鈴木俊宏
代表取締役副社長 原山保人
資本金 1,380億1,400万円
(2013年3月31日現在)
発行済株式総数 5億6,104万7,304株
(2013年3月31日現在)
売上高 連結:2兆5,783億1,700万円
単体:1兆4,225億9,500万円
(2013年3月期)
営業利益 連結:1,445億6,400万円
単体:764億3,100万円
(2013年3月期)
純利益 連結:803億8,900万円
単体:364億500万円
(2013年3月期)
純資産 連結:1兆2,985億5,300万円
単体:7,613億5,300万円
(2013年3月期)
総資産 連結:2兆4,876万3,500万円
単体:1兆6,417億円
(2013年3月期)
従業員数 連結:5万2,731名、単体:1万4,532名(2011年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 ドイツの旗 フォルクスワーゲン:19.89%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口):4.55%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口):3.70%
東京海上日動火災保険:3.44%
(2011年9月30日現在)
主要子会社 スズキ自販東京:100%
スズキ自販浜松:100%
スズキ自販近畿:100%
スズキ二輪:100%など
(いずれも連結子会社
関係する人物 鈴木道雄(創業者)
外部リンク スズキ株式会社
特記事項:1954年6月に鈴木式織機株式会社から鈴木自動車工業株式会社へ商号変更。1990年10月に鈴木自動車工業株式会社からスズキ株式会社へ商号変更。
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スズキ株式会社英語SUZUKI MOTOR CORPORATION)は、日本の四輪車二輪車の国内屈指のメーカーである。本社は静岡県浜松市南区に所在し、日本市場においては軽自動車の販売台数で1位を競っている。

概要[編集]

大工から身を起こした鈴木道雄により、1909年織機メーカーとして創業。当初の木製織機からのちには金属製自動織機の生産へ移行し、企業規模を拡大すると共に、精密機械の加工ノウハウを蓄積した。しかし、近代化された力織機はいったん織物工場に納入されると長年月の稼働が可能な耐久商品で代替需要が小さく、将来の販路飽和が予見されたことから、機械技術を活かした多角化策として、早くから自動車産業への進出検討を始めていた。

戦前から自動車開発の企図を持ち、オースチン・セブンのコピー車製作などを試みていたものの、本格的な参入は1950年代初頭の自転車補助エンジンブームを機にオートバイ開発に乗り出した1952年からである。更に1955年には四輪軽自動車分野にも進出し、以後、小型オートバイと軽自動車分野をメインに、日本の小型自動車業界での地歩を築いた。

四輪車は軽自動車が主力だが、小型、普通車とも、躍進が著しい。自動車以外ではモーターサイクルモーターボートスズキマリン)、船外機発電機リース/クレジット事業(スズキファイナンス)、住宅(スズキハウス)、ワインはちみつ保険の販売やカー用品事業(オートリメッサ)、ガソリンスタンドゴルフ場の経営なども手がける(これらのほとんどは関連会社のスズキビジネスが担当)。

軽自動車では1973年 - 2006年の34年間連続で日本No.1であるとともに、日産自動車マツダへのOEM供給も行っている。社団法人全国軽自動車協会連合会の発表した2006年度(2006年4月 - 2007年3月)軽四輪車新車販売台数速報[1]によれば、長年競い合ってきたダイハツ工業(61万6206台)に1位の座を譲り、2位(60万5486台)となった。スズキは2006年にスイフトやSX4などの小型車の強化を表明しており、生産能力確保の為には軽No.1にはもはやこだわらず、軽生産の縮小も辞さないという姿勢を打ち出している。

2002年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグ(現・マルチ・スズキ・インディア)を子会社化し、連結経常利益の4割を占める。また、インドにおける自動車シェアの(年間販売シェアのうち)54%はスズキが占めている。

メーカー出資の子会社ディーラーは「スズキ自販○○」(○○には都道府県名が入る。例:スズキ自販東京)という社名になっているケースがほとんどである。

OEM供給をしている日産自動車との提携を開始し、2002年4月からMRワゴンを日産・モコとしてOEM供給を開始したことを皮切りに、2007年1月には6代目アルトを日産・ピノ(2010年1月まで販売)として、2009年12月にはパレットを日産・ルークス(2013年3月まで販売)として、2013年12月には2代目エブリイワゴン/5代目エブリイ/12代目キャリイを2代目日産・NV100クリッパーリオ/NV100クリッパー/NT100クリッパーとしてそれぞれOEM供給が行われている。反対に、日産自動車からミニバンの日産・セレナ(3代目以降)のOEM供給を受け、ランディとして販売されている。また、北米市場においては2008年末から日産・フロンティアイクエーターとしてOEM供給を受け、2012年まで販売された。

更に、2011年3月からは三菱自動車工業へのOEM供給を開始し、3代目ソリオを三菱・デリカD:2としてOEM供給が行われている。

取引銀行は、三菱東京UFJ銀行静岡銀行りそな銀行である。

2014年3月現在の本社所在地である静岡県浜松市南区高塚町300番地は、1991年5月1日の自治体合併前まで浜名郡可美村であったが、各種広報では「浜松市外高塚」と記していた。

GMとの提携

1981年8月にはゼネラルモーターズ (GM) と提携を開始した。スズキの鈴木修会長は記者会見において、GMに吸収されるのではないかとの懸念について、「GMは鯨、スズキは蚊。鯨に飲み込まれずに高く舞い上がれる」とコメントし話題となった[2]カルタスエスクードを北米ではシボレージオブランドでOEM供給していた。1988年から1993年までは日本においてシボレーやポンティアックの輸入を行った。2003年から2006年には再びシボレー車の輸入を行っていた。

スズキは同じGMグループの富士重工業スバル)やいすゞ自動車と部品の共通化などをすすめていたが、GMは2005年に富士重工株、2006年にいすゞ株をトヨタ自動車に売却した。

財務体質が悪化したGMは2006年に保有していたスズキ株式20%のうち17%を売却し、それをスズキが自己資金で買い戻した。さらにGMの急激な業績悪化と世界金融危機による資金繰りの悪化により、2008年11月17日付けで保有していた残り3%(1641万株)のスズキ株を223億円でスズキに売却した。これによって日本からGMの資本はすべて引き上げられ、GMグループに属する自動車製造会社はなくなった。

スズキはGMとの提携関係を継続するとして今後の新型車に搭載するハイブリッドエンジンを共同開発する方針を示していたが、2009年12月にはカナダの生産拠点であるCAMIオートモーティブの全株式をGMに売却するなど[3]、提携解消に向けた動きが順次進められている。スズキ会長兼社長の鈴木修は同年12月16日に行われた新型アルトの発表会の席上で「GMには28年間本当にお世話になった。小学校を卒業して中学校に入る際に先生が変わった、そんな気持ちだ」と関係を表現している[4]

VWとの提携

2009年12月にはフォルクスワーゲン(以下『VW』)との包括的提携を発表した[5]。VW側はスズキの発行済株式の19.89%を24億ドルで取得する一方で[6]、スズキ側もVW株を「VWがスズキ株式の取得に投じた金額の2分の1を限度として」取得するほか、ハイブリッド車等の開発でも提携するとしていた[7]。 2011年3月に発表されたVWの年次決算報告書の中でVWはスズキを「財務・経営面で重大な影響を及ぼせる会社」にあげた。スズキの鈴木修会長兼社長は提携時に両社は対等な関係を維持することを約束したはずだとしてVWに対して不快感をしめした[8]。 6月にスズキがフィアットからディーゼルエンジンの供給を受けることが発表されると、VWは提携合意に違反するとして抗議を行った。 スズキは、技術的支援が受けられなかったことや、VWがスズキを「財務的、経営方針上、重大な影響を与えることができる」会社とみなしたことを理由として、2011年9月12日にVWとの提携を解消すると発表した[9]。互いに購入した株式については売却を求めるとした。VWは2011年10月27日発表の決算報告書ではスズキを持ち分法適用会社から除外した。[10]スズキは提携の解消を求め国際仲裁裁判所に調停を依頼している[11]

沿革[編集]

生産拠点[編集]

四輪[編集]

  ジムニー/マツダ・AZ-オフロード、エスクード

二輪[編集]

  • 豊川工場(愛知県豊川市)(スクーターから大型バイク全般)
  • 高塚工場(静岡県浜松市)(二輪車エンジン製造)
  • 台鈴工業股份有限公司(台湾) - アドレスV125シリーズなど
  • 常州豪爵鈴木摩托車有限公司(中華人民共和国) - GSR250など
  • タイスズキモーター社(タイ) - バーグマン200など
  • カンボジアスズキモーター社(カンボジア
  • スズキフィリピン社(フィリピン

船外機[編集]

  • 豊川工場(愛知県豊川市) - 二輪車と同工場
  • タイスズキモーター社(タイ)

研究所[編集]

  • 開発部横浜研究室

テストコース[編集]

  • 竜洋コース(静岡県磐田市) スズキのメインテストコース。周回路の他モトクロス用ダートや各種試験設備を備える。
  • 下川コース(北海道上川郡下川町) 冬季の寒冷地試験コース。
  • 相良コース(静岡県牧之原市)ここの周回試験路の内側にスズキ相良工場と、スズキ納整センター相良納整センター[15]がある。

スズキの車種一覧[編集]

製品の特徴[編集]

「人と同じ事はやらない。やるなら世界一を目指すのがスズキ」の企業風土がある[16][17]

二輪車の分野では1980年代に爆発的な人気となったレーサーレプリカの第1号としてRG250ガンマ(2サイクル)を発売した。

50ccのレーサーミニとしてGAG(4サイクル)を発売した(ジョーク・バイクとして発売されたGAGの後追いとして他社から出たものは、完全な「レーサーミニレプリカ」として発売されたため、レーサーミニの第1号であるGAGは短命に終わる)。

今日、特に欧州で人気の400ccや650ccのビッグスクーターの第一号もスズキによって発売された。それ以前にも250ccのスクーターはホンダなどにより既に発売されていたが、それはあくまで(高速道路も走る事ができる、50ccや125ccの標準的な排気量のスクーターから見れば)「巨大化したスクーター」としてのみ認知されていた。それをスクーターとしては異例な400ccの大排気量エンジンを搭載し、さらに巨大な650cc(スクーターとしては、発売当時世界最大の排気量であった)というエンジンを載せてビッグスクーター=プレミアム・スクーター(高価格ではあるが、四輪車の十分な代用となり高性能である、といったような複合的要素)という図式を作り上げた。これによりビッグ・スクーターは上記の80年代のレーサーレプリカと同じように人気となる。

馬力競争にも積極的に参加し、スズキの車種の出力が後の業界自主規制値の発端となった例も多い。例として、二輪車250ccクラスの45馬力(RG250ガンマ)、同400ccクラスの59馬力(GSX-R)、軽自動車の64馬力(アルト・ワークス)が挙げられる。

その一方でジムニーキャリイの各2サイクルエンジンを1980年代中半頃まで使用し続けたり、Keiは登場から11年間程発売され、ジムニーは登場から10年程経過した車種でありながら改良を重ねつつ生産・発売し続けたり、ソリオ(旧・ワゴンR+ → ワゴンRソリオ)は2010年にフルモデルチェンジされるまで11年間も生産・販売し、ワゴンRは3代続いてキープコンセプトであるなど、4輪に関しては保守的な面もある。しかし、初代ワゴンRのスタイルが登場したその軽トールワゴンというコンセプトは当時は非常に革新的で、軽トールワゴンという新たなジャンルを開拓した。

博物館[編集]

コーポレートスローガン[編集]

  • 価値ある製品づくりをめざす鈴木自動車
  • もっと個性的に、もっとあなたらしく Personal Best1987年 - 1997年
  • 小さなクルマ、大きな未来。1998年- )

4輪販売チャネル[編集]

日本国内の自動車の販売網は「スズキ店」と、小型車をメインに扱う「スズキアリーナ店」(2000年4月より発足)の2ディーラー体制であり、更にその下に「副代理店」「業販店」というサブディーラーが存在している。

日本国内のサブディーラーは各地域ごとの「スズキ自販」会社が統括しており、日本に5万店ある「業販店」の中でも販売実績の多い店を「副代理店」としている。スズキでは、それらサブディーラーの販売比率が7割以上を占めている。各地域ごとの「スズキ自販」会社は、一般顧客向けの販売と同時にサブディーラーへの卸会社としての機能も持っている。

販売店は、町の自動車整備工場や中古車販売店が大部分を占めている。

関連企業[編集]

日本国内[編集]

モータースポーツ部門を取り扱う。
ハンガリー製トカイワインの輸入も行っている。
オートリメッサ - カー&バイク用品店
スズキハウス

日本国外[編集]

主な提供番組[編集]

2014年4月現在[編集]

☆印は60秒提供。

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

過去[編集]

文言[編集]

かつての提供番組での文言は1987年9月までは「価値ある製品づくりをめざす 鈴木自動車」だったが、1987年10月以降から1998年9月まで「もっと個性的に、もっとあなたらしく Personal BestのSUZUKI」となり、1998年10月以降から現在まで「小さなクルマ、大きな未来。SUZUKI」が使用されている。
2009年の一時期、提供読みを「おかげさまで発売30周年のアルトのSUZUKI」として紹介された。ちなみに福山雅治のTALKING F.M.では通常は福山本人が提供読みをするが、その時に限ってはTOKYO FMのアナウンサーが担当した。

備考[編集]

TBSテレビでのレギュラー番組でのスポンサーは2009年9月「水曜劇場」が最後になっており、また同年に駅伝の車両スポンサーも撤退したが、2012年夏以降にSUZUKIのCMが再開した。8月2日の「ロンドンオリンピック中継」(17:25 - 21:00 テレビ埼玉でも同時ネット)では久々の同局での1分提供を務めた。ロンドンオリンピック閉会以降はPT扱いで「はなまるマーケット」などで流れている。
フジテレビでのレギュラー番組は2012年3月の「ザ・ベストハウス123」までは1分提供があったが、2012年4月からは30秒提供に分離して「VS嵐」「土曜プレミアム」の提供となり、同局の1分提供は、7月21日の「FNS27時間テレビ」(18:30 - 20:45のパート)まで待つことになる。

脚注[編集]

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  1. ^ 社団法人全国軽自動車協会連合会の該当ページ
  2. ^ http://www.news-postseven.com/archives/20130528_190558.html
  3. ^ 【カナダ―生産】GM、スズキとのCAMI合弁工場を完全子会社化 - 国際自動車ニュース・2009年12月7日
  4. ^ スズキの原点、新型「アルト」発表会 - CAR Watch・2009年12月16日
  5. ^ スズキとVW 包括的提携に基本合意(2009年12月9日)
  6. ^ http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE8BA04F20121211
  7. ^ 【スズキ・VW会見】(1) 鈴木会長「環境技術で助け借りたい」 - MSN産経ニュース・2009年12月9日
  8. ^ http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20111027-OYT1T00390.htm?from=main4
  9. ^ VWAGとの提携関係に関するお知らせ(2011年9月12日)
  10. ^ http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011102701001055.html
  11. ^ http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD250SI_V20C13A4TJ0000/
  12. ^ スズキ、米の車販売から撤退 現地販社を法的整理 日本経済新聞 2012年11月6日
  13. ^ 日産自動車、スズキと軽商用車のOEM供給につき基本合意 - 日産自動車プレスリリース 2013年8月29日
  14. ^ 三菱自動車、スズキからのガソリン軽商用車のOEM供給受けについて - 三菱自動車工業プレスリリース 2013年8月29日
  15. ^ 各販売代理店に替わって新車の納車前整備や付属品等の取付を一括集中して行う施設で、当センターは東京都・埼玉県・神奈川県・山梨県・静岡県の販売代理店向けの納車前整備等を行っている。
  16. ^ http://core-room.sblo.jp/article/48031222.html
  17. ^ http://www.echirashi.com/column/html_columns/momo135.htm

関連項目[編集]

外部リンク[編集]