キヤノン

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キヤノン株式会社
Canon Inc.
Canon wordmark.svg
Canon(1).jpg
本社社屋
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7751 1949年5月16日上場
大証1部 7751 1953年12月8日上場
名証1部 7751
福証 7751
札証 7751
NYSE CAJ
本社所在地 日本の旗 日本
146-8501
東京都大田区下丸子三丁目30番2号
設立 1937年昭和12年)8月10日
(精機光学工業株式会社)
業種 電気機器
事業内容 電子部品
光学機器
OA
半導体
代表者 御手洗冨士夫代表取締役会長社長
資本金 1747億62百万円
(2011年12月現在)
売上高 連結:3兆5574億円
単独:2兆1607億円
国内:6944億円
米州:9619億円
欧州:1兆1130億円
アジア・オセアニア:7879億円
(2011年12月期)
営業利益 連結:2170億円
単独:977億円
(2011年12月期)
純利益 連結:2486億円
単独:1732億円
(2011年12月期)
純資産 連結:2兆8794億円
単独:1兆8127億円
(2009年12月末現在)
総資産 連結:3兆9307億円
(2011年12月末現在)
単独:2兆5511億円
(2009年12月末現在)
従業員数 連結:19万8307人
(2011年12月末現在)
決算期 12月31日
主要株主 キヤノン株式会社 55.1%
キヤノンマーケティングジャパングループ社員持株会 5.2%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 2.5%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 2.1%
(2012年6月30日現在)
主要子会社 主な連結子会社を参照
連結子会社数277社(2011年12月期)
関係する人物 吉田五郎
御手洗毅
外部リンク http://canon.jp/ (日本語)
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キヤノン株式会社Canon Inc. 、読みは“キャノン”)は、カメラビデオをはじめとする映像機器、プリンタ複写機をはじめとする事務機器、デジタルマルチメディア機器や半導体露光装置(ステッパー)などを製造する[1][2][3]日本を代表する電気機器メーカーである[4]

芙蓉グループ東証一部及びニューヨーク証券取引所(ティッカー:CAJ)上場企業である。特許戦略は世界的に定評[5][6][7][8]。製販が分離しており、マーケティング・販売業務は、地域統括販売会社(キヤノンMJ (CMJ)、キヤノンUSAキヤノンヨーロッパキヤノン中国キヤノンオーストラリア)を中心に展開されている。

目次


会社の概要 [編集]

社名の由来 [編集]

キヤノンの前身は、1933年に創立された精機光学研究所[9]観音菩薩の慈悲にあやかりたいという気持ちから、同年発売予定の精密小型カメラを「KWANON」(カンノン)[10]、そのレンズを「KASYAPA」(カサパ)と命名した。KASYAPAは、釈迦の弟子のひとりである迦葉に由来している。なお「性能が良すぎて、光だけでなく音まで観える」という意味も兼ねている。

1935年、世界で通用するカメラのブランド名として、Canon(キヤノン)が採用された[10]。「聖典」「規範」「標準」という意味を持ち[11]正確を基本とする精密工業の商標にふさわしいことと、KWANONに発音が似ていることが、この名称を採用した理由とされている。

正式な表記 [編集]

日本語における正式な表記は、「キノン」であり、小字を用いた「キノン」ではない。かつては当たり前だった表記法だが、なぜ現在でもこの表記を続けるのかというと、「キャノン」では、「ャ」の上に空白が出来てしまい、穴が空いたように感じてしまうので、それを避けたためとしている[12]

事業所 [編集]

事業所は関東地方に集中しており、とりわけ神奈川県に多い。関東地方以外では、大分県、静岡県に事業所がある。

本社社屋遠景
ガス橋からのぞむキヤノン本社
  • 本社・下丸子別館(東京都 大田区下丸子多摩川
  • 矢向事業所(神奈川県 川崎市幸区塚越)
    • JR南武線「矢向駅」より、徒歩約7分
    • JR横須賀線「新川崎駅」より、徒歩約17分
    • 川崎市営バス「塚越」「東小倉」(川55・川63・川64・川66・川83系統)下車
    • 臨港バス「神田」(川56・57・61・69系統)下車
    • 臨港バス「塚越」(川60系統)下車
  • 川崎事業所(神奈川県 川崎市幸区柳町)
    • JR京浜東北線、東海道線「川崎駅(西口)」より、徒歩約10分
    • 京急本線、大師線「京急川崎駅」より、徒歩約15分
    • JR南武線「尻手駅」より、徒歩約8分
  • 玉川事業所(神奈川県 川崎市高津区
    • 川崎市営バス「下野毛」(溝05系統)下車
    • 東急バス「下野毛」(溝02・溝03・川31系統)下車
    • JR南武線「武蔵新城駅」下車 徒歩22分
  • 小杉事業所(神奈川県 川崎市中原区今井上町
    • JR南武線・東急東横線、目黒線「武蔵小杉駅」(北口またはJR乗換口)より、徒歩約15分
    • JR南武線「武蔵中原駅」(改札を出て階段下、右)より、徒歩約15分
    • 川崎市営バス 「今井上町」(鷺02・杉10・溝04系統)下車
    • 東急バス「今井上町」(溝02・鷺02・杉06・09系統)下車
    • 東急バス「川崎営業所」(溝02・鷺02・川31・川33系統)下車
  • 平塚事業所(神奈川県 平塚市
    • 新宿より 小田急線小田原方面行き「本厚木駅」下車(急行で約50分)→路線バス 南口乗場13番線より、「平塚駅行」、「農協神田支所前」下車(約25分)→徒歩約5分
    • 横浜より JR東海道線小田原方面行「平塚駅」下車(約35分)→路線バス 北口バスターミナル6番線より、本厚木駅行「農協神田支所前」下車(約20分)→徒歩約5分
    • 車 東名高速「厚木IC」より、平塚方面へ約15分
  • 綾瀬事業所(神奈川県 綾瀬市
    • 新宿より 小田急線小田原方面行き「海老名駅」下車(急行で約45分)→タクシー約15分
    • 横浜より 相鉄線海老名行「海老名駅」下車(急行で約35分)→タクシー約15分
  • 富士裾野リサーチパーク(静岡県 裾野市
    • JR御殿場線「岩波駅」下車→タクシー約5分
    • JR東海道線・東海道新幹線「三島駅」下車→タクシー約25分
    • 車 東名高速道路「裾野IC」より、約10分
  • 宇都宮事業所(栃木県 宇都宮市
    • 車 東北自動車道:宇都宮ICへ18km、鹿沼ICへ18km、国道:新4号国道へ4km、国道123号線へ0.4km
    • 鉄道 JR宇都宮駅へ8km
  • 取手事業所(茨城県 取手市白山)
    • JR常磐線「取手駅」より、徒歩約19分、または西口より関東鉄道バス、守谷駅東口行・谷田部車庫行・みらい平駅行・伊奈中央行、「キヤノン前」下車
    • 関東鉄道「西取手駅」より、徒歩約10分、「寺原駅」より徒歩約16分
    • 車 常磐・東北自動車道「谷和原IC」(守谷・取手方面)より、約10km(約15分)
  • 阿見事業所(茨城県 稲敷郡阿見町
    • JR常磐線「荒川沖駅」下車 東口(ドン・キホーテ側)より、タクシー約15分、または、ドン・キホーテ駐車場前より 通勤バス約15分
    • 車 圏央道「牛久阿見IC」より、約5km
  • 茂原事業所(千葉県 茂原市早野)
    • JR外房線「茂原駅」下車 南口より 徒歩約15分
  • 溝の口研修センター(神奈川県 川崎市高津区)
  • Canon Global Management Institute(CGMI)(東京都 目黒区中根)
  • 上里事業所(埼玉県 児玉郡上里町)
    • JR高崎線「本庄駅(南口)」よりタクシーで約10分、または、バス鬼石行き「京塚」下車 徒歩約3分
    • 上越新幹線「本庄早稲田駅」より、タクシー約10分
    • 車 関越自動車道「本庄児玉IC」より2km
  • 大分事業所(大分県大分市丹生)
    • JR日豊本線「鶴崎駅」または「大在駅」より、タクシー約10分
    • 車 東九州自動車道「大分宮河内IC」より約10分、国道197号線「志村交差点」より、約2分
  • 大分ものづくり人材育成センター(大分県 大分市 角子原)
    • JR日豊本線「鶴崎駅」または「大在駅」より、徒歩約18分

過去 [編集]

  • 新宿本社(東京都新宿区西新宿)
  • 目黒事業所(東京都目黒区中根)
  • 新川崎事業所(神奈川県川崎市幸区鹿島田)
  • 中央研究所(神奈川県厚木市森の里)
  • エコロジー研究所(京都府相楽郡木津町)

歴史 [編集]

ライカが輸入され初めて間もない1932年吉田五郎はライカII型を購入しそのコピー品を製作した。1933年10月にそれを持って義弟であった内田三郎の元を訪ね、ライカに匹敵する高級カメラ製造事業化を熱心に勧めたが、この時点で内田三郎は山一証券の外務員として法人相手の大口証券取引を扱っておりカメラ製造には全く興味を示さなかった。しかし証券売買で知り合った鮎川義介の事業観「資源が少ない我が邦では、材料の原価に占める割合が少なく、例えば光学精密機械とか純度の高い化学工業が有望である」に接して一転カメラ製造を決意し、3年の研究期間を設定し1933年11月研究所を立ち上げた。この研究所がキヤノンのルーツで、吉田五郎の発案で「精機光学研究所」という名称が決められた。場所は吉田五郎が乃木坂の自宅から歩いて数分の場所であった東京市麻布区六本木町62番、2012年現在ホテルアイビス六本木が建っている場所に存在した新築洋風三階建ての「竹皮屋ビル」を見つけて来てその一角を借りた。竹皮屋とは、オーナーの家系が江戸時代から竹の皮で被り笠を編んでいたことに由来する。日本光学工業(現ニコン)から精度にうるさい金子富太郎、型削り盤を扱う油山が移って来、また腕が悪くて困り者であった旋盤工の加藤が最初期の従業員であった。そのうち外装部品の調達や金銭管理が必要になり、内田三郎が山一証券から部下であった前田武男を連れて来た。

カメラ開発は吉田五郎に一任され、内田三郎は言われるまま金を工面した。部品の外注は吉田五郎がトーキー製造をしていた頃に親しくなった一の橋の和田兄弟がやっていた機械工場や、狸穴の坂口時計歯車店に依頼していたが、図面で渡すより現物渡しで依頼した方が却ってうまく行ったという。1933年、国産で初めての35ミリフォーカルプレーンシャッターカメラ「Kwanon(カンノン)」を試作した。開発は難航し吉田五郎在職中に1台も販売できていないが、アサヒカメラ1934年6月号には有名な「潜水艦ハ伊號 飛行機ハ九二式 カメラハKWANON 皆世界一」というコピーで広告を出した。7月号、8月号、9月号にも広告を出したがカメラの仕様が吉田五郎の試作機に対応して少しずつ変わっている。

吉田五郎がこだわった、コンタックスI型のようなボディー前面巻き上げ方式はベベルギアが必要になるが、坂口時計歯車店では歯切り機が良くなくうまく切れなかった。吉田五郎が夏の暑い日にフォーカルプレーンシャッター幕のべとつきで苦労していると、内田三郎は知人で第一師団麻布歩兵第一連隊中隊長だった山口一太郎大尉を連れて来て、山口一太郎は輸入物で軍用航空写真機用ゴム引き布幕を1反程持って来た。この布幕について小倉磐夫は小西六(コニカを経て現コニカミノルタホールディングス)から持って来たと推定している。その他にも連動距離計、撮影レンズ、ヘリコイドの工作と問題山積の1934年11月、経理担当の前田が5000円の使途不明金があった旨内田三郎に告げ、吉田五郎は濡れ衣を着せられて退職した。吉田五郎の退職と前後し内田三郎は山口一太郎の指導を受け、手作りによる試行錯誤の手法から脱し設計図に従って試作し改良する手法へと転換した。光学系も日本光学工業の監督官をしていた次兄内田亮之輔のつてで日本光学工業の取締役顧問であった堀豊太郎を紹介してもらい、1934年9月内田三郎と前田武男は日本光学工業を訪れてレンズと距離計を依頼した。営業課課長山本茂治と民需品担当の浜島昇係長が応対してこれを引き受け、レンズ設計者の砂山角野を電話で呼んだ。軍需製品では実際の設計者の功績は明らかにされず軍人が評価されることが多いことに不満を感じていた砂山角野も乗り気となり、1935年始めにはニッコール50mmF3.5とニッコール50mmF4.5が完成した。

1935年(昭和10年)には「キヤノン」「Canon」を商標登録し[13]、無名でかつ販売ルートを持たないため近江屋写真用品と独占販売契約を結んでそのブランドであるハンザを冠し最初のカメラ製品、ハンザキヤノン標準型ニッコール50mmF3.5付きを1936年2月発売したが、ちょうどその時目の前の第一師団麻布歩兵第一連隊も舞台の一つとして二・二六事件が起こり、山口一太郎も収監された。驚いた精機光学は1936年6月目黒区中根町に移転した。

歴代社長 [編集]

氏名 在任期間
初代 御手洗毅[13] 1942年 - 1975年
二代 前田武男[14] 1975年 - 1977年
三代 賀来龍三郎[16] 1977年 - 1989年
四代 山路敬三[17] 1989年 - 1993年
五代 御手洗肇[17] 1993年 - 1995年
六代 御手洗冨士夫[17] 1995年 - 2006年
七代 内田恒二[15] 2006年 - 2012年
八代 御手洗冨士夫[15] 2012年 -

主な事業・製品 [編集]

EOS-1DsマークIII
EF135mmF2Lと24-70mmF2.8L

2004年平成16年)末現在では総売上の大半を事務機器部門が上げている。また、カメラ事業においては一時縮小傾向にあったが、『IXYデジタル』の発売以降デジタルカメラの売上げが好調な事からここ10年では毎年増加の傾向にあり、2004年末時点で総売上の4分の1強を占めている。

映像機器 [編集]

原点である銀塩カメラデジタルカメラ写真レンズを中心に、デジタルビデオカメラ双眼鏡液晶プロジェクターなどを加えた映像機器の開発・製造・発売を手がけている。デジタル一眼レフ市場ではシェア1位の地位を時にニコンに逆転されるなど、熾烈な戦いが展開されている。

放送・業務用ビデオカメラ用レンズ分野では世界トップシェアを誇り、一時参入していたニコンの追随を許さなかったほどである。その他にも業務用として、XL-H1シリーズを始めとしたHDVカメラや監視カメラ用のCCTVレンズ、ネットワークカメラでも高いシェアを誇っている。

近年ではディスプレイ事業への進出を目指し、SED有機EL、薄型リアプロジェクションテレビの開発も行っている。このほか、中小型有機ELメーカーの日立ディスプレイズに出資している。

事務機器 [編集]

各種プリンター (PIXUS、Satera、imagePROGRAF、SELPHY) や複写機/複合機(PIXUS、Color imageRUNNER、imageRUNNER、ファミリーコピア、ミニコピア、Satera MULTI FUNCTION PRINTER、imagePRESS)、イメージスキャナ/ドキュメントスキャナ (CanoScan、imageFORMULA)、プロジェクターファクシミリ(キヤノフアクス)等といったOA機器やコンピュータ用周辺機器、関連ソフトウェアを開発・製造・発売している。なおファクシミリについては個人用を2006年12月に販売終了し、現在は業務用のみとなっている。

複写機・レーザープリンター [編集]

オフィス向け複合機 iR2270

1960年代に複写機の開発を開始。それまで米・ゼロックスが特許を盾に市場を独占していたがゼロックスの特許を全く使わずに、独自の電子写真方式「NP方式」の開発に成功、1969年に初の製品を発売した[18]。以後複写機の分野ではゼロックスと並ぶシェアを占めた。

現在ではほとんどの製品がデジタル複合機に移行し、「imageRUNNER(イメージランナー、iR(カラーはiRC))」「imagePRESS(イメージプレス)」のブランドで発売している。また、電子写真技術をもとにレーザープリンター (LBP) を開発し、かつては「LASER SHOT(レーザショット)」、現在では「Satera(サテラ)」のブランドで発売している。なお、レーザープリンター商品はオンデマンド定着式[1]を採用しており省エネに貢献している。

これら製品に関連し、文書管理やプリンター管理、帳票設計などのソフトウエア製品群を、「imageWARE(イメージウェア、iW)」ブランドで開発・販売している。

インクジェットプリンター [編集]

キヤノンインクジェットプリンターピクサス560i
キヤノンインクジェット複合機 MP600のモニター

1980年代にインクノズル内のヒーターを加熱して発生させた泡(バブル)の圧力によりインクを噴出させることにより精密なイメージを印刷可能にした「バブルジェット方式」(サーマル方式インクジェット)を開発、1985年からこの方式を採用した「BJプリンタ」を発売。オフィスから家庭まで幅広く普及し、現在のキヤノンの売上げの大きな核となった。

現在ではピクサスブランドで展開、日本市場ではセイコーエプソンカラリオと激しいトップシェア争いを繰り広げている。また現在では、PictBridgeなどに対応し、カメラからのダイレクトプリントも可能なものがある。なお、この技術の基本特許の大半はキヤノンが保有しており、他社へライセンスを供給する形となっている[要出典]。なるべく独自技術の特許を他社に開放せず、技術を囲い込む戦術はキヤノンの特徴的なマーケティング戦略であると言える。また、ポスター等の印刷を行う大判プリンターは「imagePROGRAF」ブランドとして販売している。imagePROGRAFは、「綴プロジェクト」の出力機器として使用されている。

産業機器 [編集]

製造機器分野では、半導体露光装置(ステッパーなど)および液晶基板露光装置の開発・製造を手掛けており、キヤノンの半導体製造装置は世界の企業の 半導体・製造装置メーカー売上高ランキングで08年度は6位につけている。

医療機器 [編集]

医療機器分野では、眼科用測定機器(眼底カメラ)、X線写真撮影機器、医療画像記録機器の開発・製造を手がけている。写真用カメラEOS-5で世界初の「視線入力(見た所にピントが合う)オートフォーカス」を開発・搭載したが、眼球をセンサーが追うという技術や特許を有し、その技術を応用したことによって実現した機能といえる。

その他の事業 [編集]

光学コンポーネントを開発・製造・販売している。また、バーチャルリアリティ技術の一種である拡張現実/複合現実en:Mixed reality)を実現する機器(ヘッドマウントディスプレイ)やプラットフォームを開発している。[2]

関連会社の事業 [編集]

キヤノン株式会社からの事業移管、あるいはグループ会社の自主事業として、関連領域のビジネスを展開している。

情報機器 [編集]

キヤノンが世界で初めてテンキー式入力の電卓の製品化に成功した。現在は、キヤノン電子が、ハンディターミナルを、キヤノン電産香港有限公司電卓電子辞書などのパーソナル情報機器を、キヤノンファインテックおよびニスカRFIDカードプリンターを、それぞれ開発・製造・販売している。電子辞書はwordtank(ワードタンク)シリーズとして好評を博している。

ITサービス [編集]

キヤノンMJグループ をはじめ、キヤノン電子グループ、Canon Information and Imaging Solutions(キヤノンUSAグループ)などの関係会社が、インターネットサービスやSI、各種ソフトウェアの販売、エンベデッドBPOなどのITサービス事業を展開している。また、画像処理やネットワーク接続技術(BluetoothやIEEE.802.11)を得意とするキヤノンアイテックおよびキヤノンイメージングシステムズでもエンベデット事業を手掛けているほか、キヤノン製品の開発関連会社[3]にも、ソフトウエア開発に携わる企業が多くある。

製造装置 [編集]

真空技術やメカトロ技術をコアに、半導体をはじめディスプレイや太陽電池、ストレージなどのさまざまな製造装置を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、キヤノンマシナリーキヤノンアネルバトッキの各社が中心となって展開されており、キヤノングループの生産自動化や内製化の推進にも貢献している。また、キヤノンMJ では、RAVE社やmattoson、Zygoなどの日本国外メーカーの関連装置を輸入・販売している。

コンポーネント機器 [編集]

モータ、TMFセンサ、産業用磁気ヘッド、コンタクトイメージセンサ、電子回路などのコンポーネント製品を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、キヤノン電子キヤノンプレシジョンキヤノン・コンポーネンツニスカなどが展開している。

医療機器 [編集]

眼科機器や遺伝子診断機器、血圧計などの医療機器を開発・製造・販売している。これらのビジネスは、OPTOPOL Technology S.A.やU.S Life Science、Virtual Imaging、エルクコーポレーションエルクエストなどが展開している。また、キヤノンMJがフィリップス社製AEDの販売を行っている。

その他 [編集]

イオンビーム (IBE) 関連装置、業務用生ごみ処理装置、スピーカーなどの開発・製造・販売を行っている。

撤退した事業 [編集]

コーポレート・ステートメント [編集]

  • make it possible with canon(日本)
  • Delighting You Always 感动常在(アジア,日本のほか)
  • image ANYWARE(北アメリカおよび南アメリカ)
  • you can(ヨーロッパ)
  • advanced simplicity(オセアニア)

過去 [編集]

  • 光と電子を未来に結ぶ
  • 映像ワンダーランド
  • 世界のブランド

スポーツ [編集]

主な連結子会社 [編集]

開発・生産・販売 [編集]

生産 [編集]

販売 [編集]

サービス [編集]

提供番組 [編集]

現在 [編集]

※ 2013年4月現在

過去 [編集]

日本テレビ

フジテレビ

TBS

テレビ朝日

テレビ東京

その他

CM出演者 [編集]

キヤノンではCMイメージキャラクターを「コミュニケーションパートナー」という名称で呼んでいる。

現在 [編集]

過去 [編集]

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

CMソング [編集]

※現在放映されているPIXUSのCM曲は「Q Department」というクリエイター集団作曲のオリジナル曲を使っている(未音源化)。

契約スポンサー [編集]

過去 [編集]

その他 [編集]

脚注 [編集]

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  1. ^ インダストリー製品 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  2. ^ ビジネス製品 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  3. ^ パーソナル製品 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  4. ^ ニコン、キヤノンが激突 デジカメ一眼のシェア争い激化 Asahi.com 09-10-17閲覧
  5. ^ デジタル・カメラの特許出願件数、キヤノンが首位 BPnet 09-10-17閲覧
  6. ^ 太陽電池の特許出願件数、トップ3はシャープ、キヤノン、京セラ IPnext 09-10-17閲覧
  7. ^ 1998 - 2007年米国特許登録件数上位10社(米国商務省発表による) (PDF)”. キヤノン. pp. 5/24ページ. 2009年10月17日閲覧。
  8. ^ 田浪和生 (2008年11月). “キヤノンの知財戦略 (PDF)”. 大阪府工業会. 2009年10月14日閲覧。
  9. ^ キヤノンのいまができるまで キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  10. ^ a b ロゴの由来 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  11. ^ 英語のcanonの意味三省堂提供英和辞典
  12. ^ キヤノンの「ヤ」の字は何故大きいのでしょうか? キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  13. ^ a b c d e 誕生から創業 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  14. ^ a b 第一次5カ年計画を策定 キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  15. ^ a b c d 「グローバル優良企業グループ構想」スタート キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  16. ^ 第一次優良企業構想スタート キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  17. ^ a b c グローバル企業構想(5カ年)スタート キヤノン公式ページ 09-10-17閲覧
  18. ^ このときの田中宏、丸島儀一を中心とした攻防がプロジェクトX〜挑戦者たち〜NHK)、「キヤノン特許部隊」(光文社新書・丸島儀一(著))で紹介された。

外部リンク [編集]

参考文献 [編集]

  • 小倉磐夫『カメラと戦争 光学技術者たちの挑戦』朝日新聞社 ISBN4-02-330311-9
  • 小倉磐夫『国産カメラ開発物語』朝日新聞社 ISBN4-02-259784-4