アキハバラデパート

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アキハバラデパート
アキハバラデパート(2006年12月13日)
アキハバラデパート(2006年12月13日)
店舗概要
所在地 101-0021
東京都千代田区外神田一丁目17番6号
北緯35度41分53.99秒 東経139度46分20.87秒 / 北緯35.6983306度 東経139.7724639度 / 35.6983306; 139.7724639座標: 北緯35度41分53.99秒 東経139度46分20.87秒 / 北緯35.6983306度 東経139.7724639度 / 35.6983306; 139.7724639
開業日 1951年11月
閉店日 2006年12月31日
営業時間 10:00〜21:00(1〜3階)
10:00〜22:00(2階レストラン)
10:00〜19:30(1階実演販売)

アキハバラデパートは、かつて東京都千代田区秋葉原地区に存在した鉄道駅併設型の商業施設である。秋葉原駅の駅ビル内にあった。現在は、改築した同地にアトレ秋葉原1が存在している。

概要[編集]

1951年11月、泰道グループ株式会社秋葉原会館(当時)によって、国鉄秋葉原駅高架下に闇市を纏めたマーケット(駅ビル)として開店。当初から55年ほどは泰道グループが、2005年からはJR東日本の子会社の東京圏駅ビル開発(現・株式会社アトレ)が運営を行っていた。

3階建てで、1階が秋葉原駅の電気街口に隣接していた他、3階に総武線ホームと直結した「デパート口」という改札口があった(同じ構造の接続で現在は「アトレ1改札口」がある)。

2006年12月31日に、駅ビルは立て替えを目的として閉店。但し、駅ビル閉店後も、東西自由通路にあるアキバセレクト館は営業を続けた。

フロア構成[編集]

下記は閉店当時のもの。

3階
書店(アキハバラブックセンター)、おもちゃ、衣料品(ユニクロ)、靴、ファーストフード、デパート口改札 など
2階
生活雑貨、レストラン(中華・洋食)、靴 など
1階
フードコート、和洋菓子、実演販売(建物外)
3階 デパート口

デパート口[編集]

3階の「デパート口」という改札口から直接秋葉原駅(総武線ホーム)に出入りできる、国鉄の「民衆駅」の典型的な形態を踏襲していた。このデパート口は長らく委託駅員が常駐しており、山手線内の駅改札の中では自動改札機の設置が非常に遅かった。

2006年12月31日のアキハバラデパート閉店と共に、連絡通路ごと閉鎖された。その後、駅ビルの建て替えとアトレ秋葉原1の開業に合わせ、2010年11月19日から同じ場所に「アトレ秋葉原1改札口」として再設置されている。

アキバセレクト館[編集]

電気街口と中央改札口を結ぶ高架下の東西自由通路にあり、2005年10月25日に開店。アトレ秋葉原1開業以降も引き続き営業していたが、2011年2月28日をもって閉店した。

閉店時点でインポートBOX、キャンドゥマクドナルドがあった。なお、インポートBOXの取り扱い品目は定期的に変化し、最終的には全国各地の物産品を扱う店と、紳士服を扱う店があった。

その他、2006年11月まではマクドナルドの入っている位置に食品専門の100円ショップ「ハンドレッド」が、また2009年8月までは紳士用品店と洋酒販売店があった。

閉店後はマクドナルドが継続営業し、キャンドゥは同じ場所に同年4月4日に新装開店、インポートBOXがあった場所にはバンダイコレクターズ事業部の製品(ROBOT魂大人の超合金Figuartsシリーズ等)のショールームである「魂ネイションズ AKIBAショールーム」が同年4月29日に開業している。2012年4月にキャンドゥが中央通り沿いに移転、その後にドラッグ・イン キムラヤが同年6月22日に開店している。

歴史[編集]

庶民のデパート[編集]

開店当時の秋葉原は青果市場や貨物駅のある街で、アキハバラデパートは近隣住民や市場に通う客を対象とした、日用品販売店や手軽な飲食店が入店していた。その後、秋葉原が電気街として発展しても傾向は変わらず、地域住民や固定客層に重宝がられてきた。庶民のデパートと言う意味では北隣駅の御徒町駅前にある「吉池」と傾向が似ているが、アキハバラデパートは市場や電気街に通う30代以降の男性客が多かった事から、紳士用品等男性向け商品の扱いが多い事が特徴だった。

その一方で、当時3階にあった書店ではコンピュータやマンガ・アニメ関連の書籍や雑誌の品揃えが豊富だった。1994年に昭和通り沿いに書泉ブックタワーがオープンするまでは、秋葉原のみならず近隣の街にもこれらのジャンルに強い書店がまだ少数であり、貴重な存在だった。この様に、庶民のデパートでありながら、同時に秋葉原らしさも持ち合わせていた。

また、南側屋外ではアキハバラデパートの名物である実演販売が行われ、マーフィー岡田一門を始めとする実演販売人の「腕試しの場」となっていた。

アキデパ フジヤマ[編集]

つくばエクスプレスの開業を控えて秋葉原が大きく変貌するにあたり、アキハバラデパートも変わる必要に迫られていた。しかし、経営する泰道グループバブル崩壊後の痛手から抜けられず、リニューアルのための資金を用意できなかった。一方、駅での店舗ビジネスを展開するJR東日本は秋葉原の市場性に注目、改装資金を出す代わりに経営権の譲渡を申し入れた。

双方の思惑が一致し、2002年に同デパートの経営権が泰道グループからJR東日本に移った。同時に店舗をオタク向けに改装する「アキデパ フジヤマ」計画が実行され、2階の約半分と3階のほぼ全フロアが同年1月26日に閉鎖した(当時、「撤退」と表現された)。

3月18日にリニューアルオープンし、同月21日にはフジヤマの象徴となるコスプレ喫茶「アキバカフェ」がオープン。他にもガンダムやフィギュア、映像ソフトなどの売場も設置され、時流に乗った転換として当時注目された。

しかし、いずれも専門性が中途半端だった事に加え、店員が改装前に紳士服や酒類を扱っていた者で商品知識もなかった事などから売上げが伸び悩み、在庫処分を繰り返すなど、運営は軌道に乗らなかった。フジヤマの象徴のはずだったアキバカフェはわずか8ヶ月で閉店し、公式ウェブサイトや通販ページも相次いで閉鎖され、その他の店舗も1年足らずで一般店舗へと再改装することとなった。

駅ナカ[編集]

JR東日本はフジヤマの失敗を収拾するため、他駅で展開している駅ナカと同様の再改装を実施し、ユニクロマツモトキヨシなどどこの駅前にもある様な店舗を並べたものの、もはや以前の様な庶民派デパートとはかけ離れた存在となってしまった。また、一連の改装でフジヤマ以前からの顧客も失ってしまった。

再改装後に揃えた店舗は、ヨドバシAkibaを始めとする秋葉原の「新名所」にも同じような店舗が入居していたことで、アキハバラデパートはもはや駅ナカという立地頼みの存在でしかなかった。フジヤマによる改装を逃れた1階のフードコートも、周辺ビルにレストラン街が乱立したことで存在価値が希薄になり、売り上げが落ち込んでいった。

加えて建物自体も老朽化が進んでいたため、建て替え計画が浮上。2006年12月31日をもって駅ナカ部分が閉店、建物は解体された。

一方で、2005年6月には昭和通り口にレストランを主体としたアトレの新ブランド1号店「アトレヴィ秋葉原」(現・アトレ秋葉原2)が開業している。

アトレ秋葉原[編集]

2008年1月頃に建物に掲示された建設計画によると、新駅ビルは地上7階建て、高さ30.452m、延べ面積9393.76平方m、用途は「店舗・駅舎」とされており、2010年夏に完成する予定とされた。また、JR東日本「グループ経営ビジョン2020-挑む-」の説明会資料の「生活サービス事業の展開・充実」に秋葉原デパートの記述があった[1]

2009年12月には、2010年11〜12月頃の開業を目指すとし、運営はアトレが担当、総武線の線路の南側に7階、北側に4階建てのビルを建設、延べ床面積は約8400平方mとする概要が改めて発表された[2]

2010年5月には、新しい駅ビルが「アトレ秋葉原」として開業する事が東京都への届出などで判明[3]。同年7月22日には初冬に開業する事が[4]9月3日には11月中旬開業予定であることが、それぞれ発表された[5]11月1日に、同月19日に全46店舗が入居して「アトレ秋葉原1」としてオープンする事が発表された[6]

2010年11月19日に「アトレ秋葉原1」がオープンし、各階には、

が入居している。3階部分にはアトレ秋葉原1改札口として総武線ホームへの改札口が復活している。

「アトレ秋葉原1」のオープンに併せて、アトレヴィ秋葉原も「アトレ秋葉原2」に名称変更している。

沿革[編集]

  • 1月26日 - 2階飲食店街及び1階フードコートを除いて閉店。
  • 3月18日 - 3階をオタク向けショップを主軸に据えた『アキハバラデパート フジヤマ』としてリニューアルオープン。
  • 2003年(平成15年)頃 - オタク向けショップが次々縮小・撤退。1年程で元の業態に戻る。
  • 2005年(平成17年)
  • 6月 - 昭和通り口にアトレヴィ秋葉原が開店。
  • 10月25日 - 東西自由通路にアキバセレクト館が開店。
  • 2006年(平成18年)12月31日 - 16時をもって閉店。アキバセレクト館は引き続き営業を継続。
  • 2010年(平成22年)11月19日 - 新駅ビルが竣工し、アトレ秋葉原1としてリニューアル開業。同時にアトレヴィ秋葉原をアトレ秋葉原2に名称変更。
  • 2011年(平成23年)2月28日 - アキバセレクト館が閉店、アキハバラデパートが名実ともに消滅した。

その他[編集]

  • キヤノンのルーツである精機光学研究所の設立者の一人である吉田五郎は、戦後秋葉原デパートで外商の売掛金の集金係として晩年まで働いていた。当時、吉田は青果市場はじめ地域の人々に慕われたが、カメラのことは口にしなかったという。[7]
  • パフォーマンスユニットの「FICE」はアキバカフェの店員だった。同店の閉店後、「アキバカフェの自力復活を目指す」としていたが、現在も復活を考えているかは不明である。
  • フードコートで販売されていた「亀屋総本舗」の「あきどら」は長らく秋葉原の名物として知られていたが、デパートの閉店と共に消滅した。

脚注[編集]

  1. ^ JR東日本「グループ経営ビジョン2020-挑む-」 (PDF)
  2. ^ Yomiuri Online(読売新聞)2009年12月12日
  3. ^ 秋葉原駅ビルは「アトレ秋葉原」に、3F改札も復活へ 店舗面積は1.5倍 - AKIBA PC Hotline!
  4. ^ 2010年初冬『アトレ秋葉原1』OPEN! (PDF) 株式会社アトレ・プレスリリース2010年7月21日
  5. ^ 『アトレ秋葉原1』2010年11月中旬グランドオープン! (PDF) 株式会社アトレ・プレスリリース2010年9月3日
  6. ^ 『アトレ秋葉原1』2010年11月19日AM10:00グランドオープン予定 (PDF) 株式会社アトレ・プレスリリース2010年11月1日
  7. ^ 小倉磐夫『国産カメラ開発物語』p. 44

外部リンク[編集]