山手線

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この項目では、東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線である山手線(やまのてせん)について説明しています。

山手線
山手線の主力車両、E231系500番台
山手線の主力車両、E231系500番台
路線総延長 品川 - 新宿 - 田端間:20.6 km
一周:34.5 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式 (直流)
最高速度 90 km/h
東京 有楽町 新橋 浜松町 田町 品川 大崎 五反田 目黒 恵比寿 渋谷 原宿 代々木 新宿 新大久保 高田馬場 目白 池袋 大塚 巣鴨 駒込 田端 西日暮里 日暮里 鶯谷 上野 御徒町 秋葉原 神田鉄道路線図 詳細 JR山手線.svg
画像の詳細

山手線(やまのてせん)とは、東日本旅客鉄道(JR東日本)が運営する鉄道路線幹線)の名称、もしくは同線を含み東京23区内で環状運転する列車の運転系統の呼称である。

「山手線」という呼称が指す意味(区間)には後述のようにいくつかあるが、本項において特記のない場合は、運転系統としての山手線を指すものとする。

目次

[編集] 「山手線」の呼称の意味

「山手線」には、次の5つの意味合いがある。旅客案内および運行管理上は3.が多用される。

  1. 路線名称としての「山手線」:東京都港区品川駅を起点に、渋谷駅新宿駅池袋駅を経由して北区田端駅を結ぶ全長20.6kmの路線の名称[1]東海道本線の支線。
  2. 鉄道要覧』における「山手線」:上記1.から、中央本線と重複する代々木 - 新宿間が除外されている。
  3. 運転系統としての「山手線」:上記1.に東海道本線の一部および東北本線の一部区間を合わせて東京都区内で環状運転を行う近距離列車の運転系統。実際には同運転系統のみが使用する専用の線路があり、それを「山手線」と呼ぶ。
  4. マルスのシステム上の経路表示における「山手線」:上記2.に加えて田端 - 日暮里間を含む(代々木 - 新宿間は「中央東線」と表示される)。
  5. 運賃計算上の「東京山手線内」:東京駅からの営業キロ程が100km超200km以内の範囲に所在する駅に発着する乗車券に表示されることがある運賃計算上の名称。上記3.の区間に加え、環状線内側にある中央本線神田 - 代々木間および総武本線秋葉原 - 御茶ノ水間を含む。また、この区間内相互の近距離運賃は区間外よりも低額に設定されている。

[編集] 概要

山手線は、日本の首都である東京の都心部で環状運転を行い、多くの駅で都心から各方面へと伸びるJR(在来線新幹線)や私鉄各社の放射路線に接続している。1周の長さは34.5km。ラインカラー1963年登場の103系電車の車体の色に使用されたウグイス色、国鉄黄緑6号)であり、以降登場したステンレス車両の帯の色や旅客案内(路線図・サインシステムなど)にも使用されている。

私鉄は地下鉄ならば東京地下鉄道東京高速鉄道のように東京15区内に路線を敷設することができたが、地上線は東京15区内が東京市電の縄張りだったこともあり、敷設するのが難しかったため、私鉄各社は山手線の各駅に隣接して都心側のターミナル駅を設置した。戦後も引き続き山手線内に新設する路線はすべて地下鉄が条件となったため、私鉄の資本力では山手線内を貫通することは現実的に不可能となった。山手線の各駅は都内交通への乗り継ぎ・中継地となり、やがて各私鉄が自力で都心延伸するよりもターミナルに自社の商業施設を集中した方が利益になると判断し始め、渋谷新宿池袋は3大副都心として発展を遂げていく。

こうした新都心を相互に連結する山手線は、東京の交通網の基本路線として機能しており、戦後、私鉄が営団地下鉄(現:東京地下鉄〈東京メトロ〉)や都営地下鉄相互直通運転を開始し、郊外から電車が直接都心に乗り入れるようになっても、東京の交通網における山手線の地位は揺らぐことなく、むしろ重要性を増している。一方で、地下鉄網の発達や並行する山手貨物線の旅客化、山手線自身の6ドア車導入による11両化により、以前よりも混雑がかなり緩和されているのも事実である(田端 - 品川間で併走する京浜東北線も近年混雑が緩和されている)。現在の朝ラッシュ時最混雑区間は外回りの上野御徒町間で、これも東北縦貫線(東北本線の上野 - 東京間列車線延伸)の開業で緩和される見通しである。

平均駅間距離はJR東日本管内の路線では最も短く、JR全体でも大阪環状線に次いで2番目に短い。

[編集] 路線データ

  • 路線距離:34.5km(1周)
    • 東海道本線(東京 - 品川)[1]:6.8km
    • 山手線(品川 - 新宿 - 田端):20.6km[1]
    • 東北本線(田端 - 東京)[1]:7.1km
  • 駅数:29駅(1周)
  • 1周所要時間:最速59分、平均64分
  • 軌間:1067mm
  • 複線区間:全線
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 運転方式:ATC方式(貨物線は自動閉塞式)
  • 運転指令所:東京総合指令室
  • 保安装置:D-ATCATS-P(貨物線)
  • ピーク時混雑率
    • 外回り:205%(上野→御徒町)
    • 内回り:178%(新大久保→新宿)
  • 編成:1編成11車両
  • 担当乗務員区(双方とも2008年12月14日に発足)

全線が東京支社の管轄である。

[編集] 運行形態

環状運転時の205系側面方向幕

山手線は、首都から放射状に伸びる鉄道網の起終点となる主要ターミナル駅を結ぶ首都内完結路線として、通勤・通学時間帯を中心にビジネス需要と生活需要に応える設備・運転体系を採って運行されている。

環状運転を行うため、運行方向は旅客案内上上り下りではなく外回り内回りという表現が用いられる。複線のうち、環状線の外側の線路を時計回り(品川→渋谷→新宿→池袋→上野→東京→品川)に運行するものが外回り、内側の線路を反時計回りに運行するものが内回りである。

運転頻度は都心部の旅客需要を満たすため非常に高くなっており、平日は朝が約2分30秒間隔、日中が約4分間隔、夕方が約3分間隔、土曜・休日は終日約3分間隔で次々に電車が来る。非常に高頻度のダイヤとなっているが、平日朝の本数は中央線快速よりも少ない。これは、新宿駅での乗降に時間を要するため、山手線の運転間隔を詰められないことによる。中央線快速でも同駅では乗降に時間がかかっているが、一方向につき1面2線のホームを設け、先行列車の乗降に時間がかかっても後続列車がもう一方のホームに入って来られるようにしてあるのに対し、山手線ではこれができないのである。

山手線には列車種別設定がなく、すべての電車で停車駅パターンは一定で、総合的に見て非常に単調な運転を行なっている。1周34.5kmにかかる時間は日中(b速)の場合は59分(起・終点駅での停車時間を除く)である。ただ、山手線自体には列車種別設定がないものの、京浜東北線が快速運転する時間帯には並行区間において山手線が緩行の役割となる、事実上の緩急運転が実施されている。快速停車駅間、特に田端 - 上野以遠間、上野 - 東京以遠間、秋葉原 - 浜松町以遠間、東京 - 浜松町以遠間の各区間乗車の場合、おおむね京浜東北線快速を利用した方が速い。同様の環状運転を行う大阪環状線とは異なり、直接他線区から乗り入れ種別が変わったり、途中駅で折り返して反対方向に運転する列車はない。

一度運用に就いた電車は、基本的には終日同方向への環状運転をし続ける。途中駅止まりの列車は、朝ラッシュ終了後(平日のみ)と夕方ラッシュ終了後から終電にかけて(毎日)のみである。また、途中駅始発の列車は、初電からラッシュ開始前にかけて(毎日)と、夕方ラッシュ前(平日のみ)となっている。

列車番号は、ダイヤ上の分界駅である大崎を基準としている。外回りは奇数、内回りは偶数[2]で、「大崎駅発時(24時間)」+「当該編成の当日の運用番号」として、末尾に「G」を付けている。したがって、山手線を約1時間かけて1周した列車は、大崎終着でなければ同駅で列車番号の「大崎駅発時」部分を変えて引き続き運転される。なお、他の駅始発列車で大崎を00分以前に発車する列車については「始発駅発時(24時間)」を-1する。

東京駅の発着本数(平日朝)の比較
時間帯 山手線 中央線快速
内回り 外回り 東京発着
7時台 21本 19本 17本
8時台 23本 24本 28本
9時台 21本 22本 23本
山手線 始発・終着電車数 各駅・各時間帯別の内訳(2007年3月18日改正)





平日ダイヤ 土曜・休日ダイヤ
内回り 外回り 内回り 外回り
始発 終着 始発 終着 始発 終着 始発 終着
大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川 大崎 池袋 田町 大崎 池袋 品川
4-5 7 2 0 0 0 0 4 1 2 0 0 0 6 2 0 0 0 0 3 1 2 0 0 0
6-7 8 5 2 0 0 0 17 0 1 0 0 0 3 2 0 0 0 0 5 0 1 0 0 0
8-10 0 0 0 7 2 0 0 0 0 8 2 0 2 2 2 0 0 0 7 0 0 0 0 0
11-14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
15-17 3 2 0 0 0 0 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
18-22 0 0 0 7 0 0 0 0 0 3 1 0 0 0 0 7 3 0 0 0 0 7 0 0
23-1 0 0 0 6 2 5 0 0 0 7 4 5 0 0 0 3 1 5 0 0 0 4 3 5
小計 18 9 2 20 4 5 25 2 3 18 7 5 11 6 2 10 4 5 15 1 3 11 3 5
29 29 30 30 19 19 19 19

例外的な運用として、前述のリフレッシュ工事の日で田端 - 田町間を京浜東北線と線路を共有する時間帯については、同区間の本数を削減するために池袋と大崎の間を往復する電車が5本に1本程度設定される。このため、大崎 - 田町間および池袋 - 田端間は運転間隔が少し長くなる。また、昭和30年代の一時期、車庫の収容能力が不足したために、一部電車を京浜東北線の蒲田電車区下十条電車区に留置させる必要が生じ、京浜東北線へ乗り入れる蒲田行や東十条行として運転した上で入庫させたことがあった。

なお、毎年10月の休日(大抵の場合は体育の日)に途中無停車の団体専用臨時列車が運行されている。これは大崎周辺まちづくり協議会主催によるイベント「しながわ夢さん橋」の企画として運行されるもので、大崎駅から出発し山手線を1周して同駅に戻ってくるものである。2006年までは内回り方向、2007年以降は外回り方向で走っている。

また、大晦日から元旦にかけての終夜運転は、外回りが10分間隔、内回りが12分間隔で運転される。

[編集] 設備

山手線は、運転系統の全線にわたって専用の複線を有し、接続・並行する他系統から直接この複線に乗り入れる電車も存在しないため、列車の運行は他線区と完全に隔絶された独立のものとなっている。また、他系統の線路が多数併設されており、実質的に山手線が緩行線、並行する他系統が快速線として機能している。多いところでは、鶯谷 - 上野間で山手線も合わせて6複線(12線)が並行するが、田端 - 東京 - 田町間で京浜東北線と方向別運転になる以外は線路別の運転である(「複々線」も参照されたい)。なお、純粋な山手線の複線のみの区間は駒込 - 田端間のみである。

並行する独立した線路を有する運転系統と区間(区間表記の括弧内の駅は、山手線と並行するものの連絡する駅施設がない駅)

  • 京浜東北線 - 田端 - 東京 - 品川 -
    • このうち、田端 - 田町間は京浜東北線と山手線は各駅において同一ホーム上で同一方向の電車が発着する方向別配線となっており、京浜東北線が外側、山手線が内側である。両線が緩行運転する時間帯は同一ホーム上での先発列車乗車が可能である。また、京浜東北線が快速運転する時間帯では緩行の山手線との同一ホーム上での緩急乗り換えが可能である。なお、品川駅は配線の都合上山手線と京浜東北線のホームがそれぞれ独立しているため、京浜東北線の快速は隣の田町駅にも停車して便宜を図り、また乗り換えの案内も田町と品川の両方でなされる。
  • 東北本線宇都宮線高崎線)(4線) 上野 - (日暮里) -
  • 常磐線 上野 - 日暮里 -
  • 東北新幹線 東京 - 上野 - (田端) -
  • 中央線 東京 - 神田 -
  • 東海道線 東京 - 新橋 - 品川 -
  • 横須賀線総武快速線 - 東京 - 新橋 - 品川 -
  • 東海道新幹線 東京 - 品川 -
  • (通称)山手貨物線 - 品川 - 新宿 - 池袋 - (田端) -
  • 中央線快速 - (代々木) - 新宿 -
  • 中央・総武緩行線 - 代々木 - 新宿 -

なお、各駅で連絡する鉄道路線については、本項には記さない。各駅の記事を参照されたい。

1988年3月13日に京浜東北線で日中に快速運転が開始されるまでは、田端 - 東京 - 田町間(厳密には田端駅南側の渡り線と田町駅北側の渡り線との間)で日中の閑散時間帯に同線の列車と交互に同一の線路を走行させ、使っていない側の線路はその時間を利用して保守工事が行われていた。使用する線路は1か月ごとに交代していた。中間の各駅では、例えば、当時存在していたホームの路線名案内看板の番線表示が「[3]←|[3]←」「[3]←|→[4]」「→[4]|→[4]」のように矢印付きで切り替え可能(島式ホームの反対側に矢印を向けられる)になっていて、時間帯や月によって表示する番線を変えていた。その後も年に数日程度「リフレッシュ工事」と称してこの区間の保守点検作業を日中10 - 16時頃の間に行うことがあり、その間は京浜東北線も各駅停車で運転して、山手線と京浜東北線が同一の線路を走行する。そのために、山手線11両編成化後、この区間では京浜東北線ホームも11両対応に改修された。なお、両線の転線は現在でも田端・田町両駅のポイントで行われている。

各駅には乗車位置の案内が掲示されている。東京の路線の乗車位置案内は東京メトロ都営地下鉄では駅に多数掲示されているが、JR東日本では珍しい例となった。その後、ドア幅より長い乗車位置テープが設置され、京浜東北線など他路線でも色違いの同型が採用された。

なお、JR東日本は2008年3月31日に発表された「グループ経営ビジョン2020 -挑む-」(PDF)と称した方針の中で、乗客のホームから線路への転落事故を防止するため、JRの在来線としては初となる可動式ホーム柵(ホームドア)の導入を明らかにしている。2017年度までに全29駅での設置を目指す。このことに関して、2008年6月3日の定例会見において、ホームの改良がしやすい恵比寿目黒の両駅に先行設置し、2010年度にホームドアを使用開始することも明らかになった。なお、東北縦貫線の完成による混雑率の低下および西日暮里 - 浜松町間で乗り入れる可能性がある京浜東北線の電車との関係で現在の6ドア車を4ドア車に置き換える予定となっており、両駅の6ドア車に該当する停車位置へのホームドア設置は当面行われない[3]。これに合わせて、現在E231系500番台の床下にホームドア対応機器の設置を進めている。

また、各駅のホームには時刻表が掲示されているが、深夜やラッシュ後に運行される池袋・大崎・品川止まりの列車以外はすべて内回りか外回り列車の到着時刻が掲載されている。また、早朝や深夜以外は運転間隔が短いので、LED発車標はホーム以外に設置されていない駅が多い。

踏切は、田端 - 駒込間の「第二中里踏切」が現在では唯一のものである。なお、2005年1月12日までは池袋 - 目白間に「長崎道踏切」が、さらにその前には「第一中里踏切」が第二中里踏切の駒込寄りに存在していた。跨線橋は、アメリカ橋(恵比寿南橋)などがある。

トンネルは、貨物線の駒込 - 田端操駅間にある中里トンネルが現在では唯一のものである。ただし、駒込 - 田端間はかつて現在の富士見橋の下を掘割ではなく、トンネルで通過していたが、電車線増設と貨物線の中里トンネルへの移設により廃棄され、戦後に瓦礫で埋め立てられたという。トンネルの東側出口のポータルの角が埋めきれずに富士見橋の東側の現内回り線のさらに内側に飛び出している。


[編集] 利用状況

山手線の最混雑区間は外回りの上野御徒町間で、この区間の朝ラッシュ時間帯の混雑率は205%に達する(2007年度)。これは日本の鉄道路線としては2番目に高い数字である。この区間が最も混雑する背景として、栃木群馬埼玉千葉北部・茨城と都心を結ぶ路線である宇都宮線高崎線常磐線の終点が上野駅となっており、これらの路線利用者が、東京駅方面へ向かうJR路線である山手線外回り(および京浜東北線南行)に集中すること、などが挙げられる。現在、JR東日本はこの状況を重く見て、宇都宮・高崎・常磐各線の東京駅延伸構想を計画中である(東北縦貫線計画)。

なお、各種データは 輸送データ(PDFファイル) を参考のこと。

[編集] 使用車両

[編集] 現在の車両

JR東日本E231系電車500番台
東京総合車両センターに所属するE231系電車500番台が使用されている。車両はウグイス色()の帯が巻かれており、11両編成で統一されている。2002年4月21日に順次営業運転を開始し、2005年4月17日までに全編成が出揃った。
7・10号車は片側が6ドアの車両で、平日の始発から朝10時までは混雑緩和のため座席が収納され使用できないが、朝10時を過ぎた時点で座席を使用することができるようになる。なお、前述のホームドアの設置に伴い、6ドア車の4ドア車への置き換えとホームドア対応機器の設置が予定されている。
各ドア上部には液晶ディスプレイ(LCD)が2つずつ設置されている。右側の画面は次駅案内や所要時間(半周分のみ、目安30分以内)、近隣自社および主要他社・局路線の遅延状況、工事予告などが表示される。左側の画面は、ニュース天気予報CMナイター速報、エンターテインメント情報が流れる(トレインチャンネルを参照のこと)。なお、遅延状況が複数件ある場合は表組みで、件数が多い場合は複数ページにわたって表示される。以前は駅に近づいて駅名表示に変わる時はページ番号がリセットされて次はまた1ページ目から表示されていたが、台風などで広範囲にダイヤが乱れた時は表示する前に駅に近づいてページ番号がリセットされてしまい後ろのページが全く表示されないという問題があった。しかし、2006年頃にプログラムが改善され、現在はページ番号がリセットされないようになっている。[要出典]

[編集] 過去の車両

[編集] 歴史

1925年に環状運転を開始した時の山手線
1988年まで使用されていた103系電車(1985年3月3日、有楽町駅)

元は日本鉄道が現在の東北本線および東海道本線を連絡するために品川 - 赤羽間の山の手に敷設した線路であるが、東京市街地の拡大に伴い、市街を巡る大都市の基幹交通路線に性格を変えていった。電車が運行を開始したのは1909年、現在のように環状運転が実施されるようになったのは1925年のことである。

日本鉄道品川線と呼ばれたこの路線は、当時上野駅止まりだった日本鉄道本線(現在の東北本線)と、新橋駅止まりだった官設鉄道(現在の東海道本線)とを連絡するために品川 - 赤羽間(現在の山手線品川 - 池袋間と赤羽線池袋 - 赤羽間)に建設された。上野 - 新橋間を結べば距離は短いが、すでにその沿線は住宅密集地域だったので建設を断念。南豊島郡北豊島郡を通すのは遠回りになるが、当時は民家がほとんどなく林と草原が広がっていた武蔵野台地東端の山の手側なら、蒸気機関車の煙などの苦情もなく建設できると判断した。

その後、同じ日本鉄道の路線である海岸線(現在の常磐線)との連絡線の建設も行うことになった。常磐線は当時、田端 - 三河島間が本線だった(そのため、現在も日暮里 - 三河島間には急カーブが残っている)ので、池袋駅(新設)から田端駅までの路線(豊島線)の建設を行った。ちなみに、当時は分岐点を目白駅にする予定だったが、同駅周辺で十分な用地の確保が困難だったため、新設の池袋駅へ変更した。駒込 - 巣鴨間で線路が南西を向いているのは、駒込からそのまま目白駅に向かう予定だったからである。

国鉄買収後、品川 - 赤羽間にはこの区間を単純往復する列車が運行されていた。また、各鉄道路線に路線名を与えることとなり、品川 - 赤羽間は豊島線と合わせて東北線の部 山手線となった。この当時は、池袋駅より北側は現在の赤羽線を経由して赤羽駅までが山手線本線、旧豊島線区間は山手線の枝線であった。その後、現在の新橋 - 新宿 - 上野間が電化され、電車の運転が開始された。この時、品川 - 烏森間は京浜線(現:京浜東北線)に乗り入れる形を採っていた。東海道線が東京駅まで延伸開業し、中央線も同駅まで延伸されると、中央線と山手線を接続し、中野 - 新宿 - 東京 - 品川 - 新宿 - 田端 - 上野間の「の」の字運転が開始され、この頃から現在の赤羽線区間が山手線枝線の運行形態になった。1925年に東北線の上野 - 神田間が完成すると中央線への乗り入れは中止され、環状運転が開始された。この時に同じ線路を走る京浜線も東京駅から上野駅まで延伸され、東北線田端 - 赤羽間が電化された1928年には京浜線が東北線に乗り入れて赤羽駅まで延伸され「京浜・東北線」と呼ばれるようになった。そして1956年に山手線と京浜東北線が分離された。

1972年にはそれまで山手線として扱われて来た赤羽駅 - 池袋駅間が赤羽線として名実ともに分離された。元々山手線と同一路線だったため、池袋駅では10両編成化に伴う新ホーム設置(2007年現行3・4番線)までは山手線外回り始発列車ホーム(2007年現行8番線)を発着していた。ラインカラーも当時山手線で使われていた「カナリア(黄色)」が、山手線が「ウグイス(黄緑色)」に塗装変更された後も使われ続けた。

その後、新型車両の導入や6扉車の導入などがあったが、路線自体は特に大きな改造などはなされていない。昭和の終わりから平成の初めにかけてのいわゆるバブルの時代に、駅周辺施設の再開発に絡んで、JR東日本の幹部の見解として、今後少なくとも100年くらいは山手線が線路として活用され続けることが想定でき、列車の運行の妨げにならないということを優先して考えると、線路の上の空間を直接に高度利用することは考えにくい、ということが語られたことがある。

[編集] 年表

山手線の歴史

*が付いている駅は、後に路線分離により赤羽線の駅となった駅。

  • 1872年明治5年)6月12日官設鉄道 品川 - 横浜間鉄道仮営業。品川駅開業
    • 10月14日:新橋 - 横浜間本開業。新橋駅(初代)開業
  • 1883年(明治16年)7月28日日本鉄道 上野 - 熊谷間開業。上野駅開業
  • 1885年(明治18年)3月1日:日本鉄道品川線 品川 - 赤羽間(12M75C50L≒20.83km)開業。渋谷駅、新宿駅、*板橋駅開業
    • 3月16日:日本鉄道品川線 目黒駅、目白駅開業
  • 1890年(明治23年)1月25日:MCL表示からMC表示に簡略化(12M75C50L→12M76C)
    • 11月1日:日本鉄道 上野 - 秋葉原間貨物線開通。秋葉原駅(貨物駅)開業
  • 1894年(明治27年)8月:後の大井聯絡所と後の大崎駅を結ぶ軍用線が竣工開業(1901年貨物線となる)
  • 1896年(明治29年)4月1日:日本鉄道 田端駅開業
  • 1901年(明治34年)8月8日:日本鉄道が定款を変更し、品川線(品川 - 赤羽間)と豊島線(池袋 - 田端間、この時未開業)を統合し山手線とする[4]
    • 2月25日:日本鉄道山手線 大崎駅、恵比寿駅(貨物駅)開業
    • 3月15日:官設鉄道 大井聯絡所 - 大崎間で貨物列車運行開始
    • 8月1日:官設鉄道 大井聯絡所 - 大崎間(72C≒1.45km)が正式に開業
  • 1902年(明治35年)5月10日:日本鉄道山手線 目白 - 板橋間に池袋信号所を開設
    • 11月12日:MC表示からマイル表示に簡略化(品川 - 赤羽間 12M76C→13.0M、大井 - 大崎間 72C→0.9M)
  • 1903年(明治36年)4月1日:日本鉄道山手線 池袋 - 田端間(3.3M≒5.31km)開業(複線)。池袋信号所を駅に変更し池袋駅開業。大塚駅、巣鴨駅開業
  • 1904年(明治37年)11月:日本鉄道山手線 新宿 - 池袋間複線化
  • 1905年(明治38年)4月1日:日本鉄道 日暮里駅開業
    • 6月10日:日本鉄道山手線 赤羽 - 板橋間に十条駅(貨物駅)開業
    • 10月:日本鉄道山手線 渋谷 - 新宿間複線化
  • 1906年(明治39年)2月7日:日本鉄道山手線 十条駅(貨物駅)廃止
    • 9月23日:甲武鉄道 代々木駅開業(山手線には駅が設置されず通過。10月1日国有化)
    • 10月:日本鉄道山手線 大崎 - 渋谷間複線化
    • 10月30日:日本鉄道山手線 原宿駅開業。恵比寿駅が旅客営業開始
    • 11月1日:日本鉄道が国有化
  • 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定、赤羽 - 品川間、池袋 - 田端間、貨物支線 大崎 - 大井聯絡所間が山手線(東北線の部)となる
    • 11月30日:大崎 - 品川間複線化
    • 12月16日:東海道本線 品川 - 烏森(現在の新橋)間開業。山手線 田端 - 池袋間、赤羽 - 品川間電化。上野 - 新宿 - 品川 - 烏森、赤羽 - 池袋間に電車運転開始。代々木駅停車開始(中央本線の駅として1906年に既に開業)
  • 1910年(明治43年)4月1日:田端 - 池袋間複線化
    • 6月25日:東海道本線 烏森 - 有楽町間開業
    • 9月15日:山手線 高田馬場駅開業。東海道本線 有楽町 - 呉服橋間開業。
    • 11月1日:*十条駅開業
    • 11月15日:駒込駅開業
  • 1911年(明治44年)10月15日:五反田駅開業
  • 1912年(明治45年)7月11日:鶯谷駅開業
  • 1914年大正3年)5月24日:葬場殿仮停車場を開設、原宿 - 葬場殿間(0.4M≒0.64km)開業(同月26日廃止)。代々木公園昭憲皇太后の大葬が行われた
    • 11月15日:新大久保駅開業
    • 12月20日:東海道本線 東京駅開業。大井聯絡所を駅に変更し大井町駅開業。新橋駅を汐留駅と改称し、烏森駅を新橋駅とする。
  • 1916年(大正5年)4月16日:貨物支線 大崎 - 大井町間(0.9M≒1.45km)廃止
  • 1918年(大正7年)12月20日:品川 - 大崎間複々線開通、山手線複々線化の開始
  • 1919年(大正8年)3月1日:中央本線と接続し中野 - 東京 - 品川 - 池袋 - 上野間で「『の』の字運転」開始。神田駅開業
    • 3月10日: 五反田 - 目黒間に上大崎仮信号所を開設
  • 1922年(大正11年)4月1日:信号所を信号場に変更
  • 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災で有楽町駅、新橋駅、浜松町駅、鶯谷駅、上野駅焼失
    • 平常時の運転に復旧(東京駅への乗り入れは1924年1月13日以降)
  • 1925年(大正14年)3月28日:品川 - 池袋 - 田端間の電車専用線複線化完成(客貨分離)
    • 4月26日:山手線複々線開業式、新宿駅新駅舎落成式挙行
    • 11月1日:東北本線 神田 - 上野間開業。秋葉原駅が旅客営業開始。御徒町駅開業。環状運転開始
  • 1927年昭和2年)2月25日:山手線電車区間(池袋 - 赤羽間は除く)荷物専用電車運転開始
    • 4月20日:高田馬場 - 新大久保間に戸山ヶ原信号場開設
  • 1929年(昭和4年)8月21日:品川 - 大崎間に目黒川信号場を開設
  • 1930年(昭和5年)4月1日:マイル表示からメートル表示に変更(赤羽 - 品川間 13.0M→20.9km、池袋 - 田端間 3.3M→5.2km)
  • 1935年(昭和10年)11月1日:上大崎仮信号場廃止
    • 11月15日: 戸山ヶ原信号場廃止
  • 1945年(昭和20年)4月13日:空爆により田端、鶯谷、駒込、高田馬場、池袋などの駅と池袋電車区焼失
    • 5月24日:空爆により五反田駅、恵比寿駅など焼失
    • 5月25日:空爆により東京駅など焼失。山手線全線不通
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道発足
  • 1956年(昭和31年)11月19日:田端 - 田町間線増完成。京浜東北線と分離運転開始(ただし早朝・深夜と日中は同一線路を共用)
  • 1961年(昭和36年)9月:101系を投入。車体色はカナリア・イエロー
  • 1963年(昭和38年)12月:103系を投入。車体色をウグイスに変更
  • 1965年(昭和40年)7月:目黒川信号場廃止
  • 1968年(昭和43年)10月1日:10両編成運転開始
  • 1969年(昭和44年)4月:車体をウグイス色に統一
  • 1970年(昭和45年)7月31日:国電山手線初の103系冷房車運行開始
  • 1971年(昭和46年)3月7日:路線名の読みを「やまてせん」から「やまのてせん」に統一[1](後述)
    • 4月20日:西日暮里駅開業。10両編成に統一
  • 1972年(昭和47年)7月15日:山手線を東北線の部から東海道線の部に移し、区間表示を品川 - 新宿 - 田端間 (20.6km) に変更。池袋 - 赤羽間 (5.5km) は赤羽線として分離
  • 1981年(昭和56年)12月6日ATC列車無線使用開始
  • 1985年(昭和60年)3月25日:国電初のステンレス通勤型車両205系山手線で使用開始
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道が承継
  • 1988年(昭和63年)3月13日:京浜東北線で日中の快速運転を開始。京浜東北線と終日分離運転
    • 6月26日: 205系増備完了に従い、103系が山手線での使用終了。さよならイベントを品川電車区で実施
  • 1990年平成2年)3月10日:6扉車サハ204形900番台試作車を1編成に2か所連結。6扉車は平日の朝10時まで座席を収納
  • 1990年(平成2年)6月8日:6扉車で文字放送サービス開始
    205系ADトレイン(2003年8月3日、高田馬場駅)
    • この年、山手線で初めて車内広告が1社で統一されるADトレイン運転開始(先頭車の正面にヘッドマークを掲出)。1995年に2編成あるうちの1編成のヘッドマークを変更(後に再変更)。205系のADトレインの歴代ヘッドマーク4個はすべて消滅
    • 10月20日:国際鉄道安全会議を記念して「TECH TRAIN」を11月4日までの土・日曜日に運転。1日3往復で、運転終了後は池袋駅で展示された。使用車両は103系で、先頭車は京浜東北線から、中間車は埼京線からの車両を組み込んだ編成で運転された。車内にはJR東日本の安全への取り組みや鉄道に関する資料や模型などが展示された。なお、この時は山手線はすべて205系で運転していたため、2年4か月ぶりに山手線に103系が運転されることになる
  • 1991年(平成3年)12月1日:6扉車サハ204形0番台量産車の10号車への連結を開始し、一週間ほどで全編成が11両編成となる。11両化された編成の先頭車前面には「11CARS」のステッカーが貼り付けられたが、ステッカーは1997年までに全編成から取り外された
  • 1998年(平成10年)7月4日ATOS使用開始
    原宿→代々木間をゆく205系(1998年夏)
  • 2000年(平成12年)12月31日20世紀から21世紀へのカウントダウンとして臨時列車「21GO」を翌年1月1日まで運転。使用車両は列車名にちなみ215系
  • 2001年(平成13年)3月21日:みんなの地球をみんなで考えるエコロジーキャンペーンの一環として「エコトレイン2001」を通常はADトレインで使用されている48番編成で4月20日まで運転。両端の車両全面にステッカー貼付
  • 2002年(平成14年)4月21日E231系500番台が山手線で使用開始
  • 2005年(平成17年)4月17日:E231系500番台増備完了に従い、205系が山手線での使用終了
  • 2006年(平成18年)7月30日D-ATC使用開始
  • 2007年(平成19年)3月18日:D-ATC化後初のダイヤ改正で、1周最速59分(起終点駅での停車時間を除く)に所要時間短縮。朝ラッシュピークに外回りを1本増発。平日日中の本数を4分おきにするなど、全体的に運転間隔を見直し。また、この日のダイヤ改正から山手線各駅ホーム上の時刻表フォーマットが4 - 6時台と23 - 1時台のみの表記になり、それ以外の時間帯(7 - 22時台)の部分は全面的に省略された。余った部分は、列車停車・乗り換え位置などの案内になった(ただし、大崎駅の2・4番線は従来通り全列車の時刻表である)
旧型国電を模したラッピング(2009年10月7日、秋葉原駅)
    • 8月26日: JRの在来線として初めてとなるデジタル列車無線を導入
  • 2009年(平成21年)9月7日 - 12月4日:「山手線」の命名100周年[5]を記念して、E231系500番台トウ502編成に、昭和30年代に運転されていた旧型国電カラーリング(ぶどう色2号)を模したラッピング編成が登場した。
  • 2010年(平成22年)度 - 恵比寿駅と目黒駅でホームドア稼働予定
  • 2017年(平成29年)度 - 全駅にホームドア設置完了予定

[編集] 路線名の読み方について

山手線の読み方は「やまのてせん」であるが、戦後長らく「やまてせん」と呼ばれた時期が続いた。

これは、終戦直後連合国軍最高司令官総司令部 (SCAP) の指示により、鉄道施設や道路標識などにローマ字併記が進められた際、山手線には国鉄部内での通称だった「ヤマテ」につられて「YAMATE」とローマ字を振ってしまったことがきっかけとなり、その後「やまてせん」という読み方が一般に定着したことによる。このため、「やまのてせん」という読み方は死語と化しており、戦前は「やまのてせん」と読んでいたという事実は戦後も雑学知識としては知られていたが、実際に日常会話で「やまのてせん」と言うと冷やかしの対象になるほどだった。

やまのてせん」という読み方を復活させたのは、群馬県内の吾妻線(あがつません)開通に起因する。吾妻線が「あづません」と読まれないようにするため、国鉄では全路線の線路名称にふりがなを付することを決定。山手線には「やまてせん」ではなく「やまのてせん」というふりがなを振り、吾妻線開通の1971年3月7日から実施した。

国鉄当局が「やまてせん」ではなく「やまのてせん」を選択し復活させた理由は、線名の由来・発祥からして、「やまのてせん」の方が伝統的に正しいことと、根岸線山手駅(やまてえき 1964年5月開業)が存在していたことによる混同を避けるためである。

これに伴い、その趣旨を徹底させるため、電車に掲出される方向幕の行先表示は、漢字表記は「山手」を「山手線」に、ローマ字表記は「YAMATE」を「YAMANOTE LINE」に改めることとなった。

これに関連したこととして、ヨドバシカメラCM曲1990年代初めまで「やまてせん」の歌詞だったが、客から「やまのてせんでないのは何故か?」と指摘があり、その部分を差し替えた。現在テレビCMや店内放送で流れているのは「やまのてせん」バージョンである。

日本語入力システムの一部には「やまのてせん」と入力すると「山の手線」とだけ変換され、「山手線」と変換するためには「やまてせん」と入力しなければならないものが比較的最近まで存在した。

[編集] 駅一覧

  • 正式名称の山手線の起点である品川駅から終点方向に田端駅まで並べ、その後そのままの方向に運転系統上の山手線の区間を品川駅まで記した。運転系統上の起終点は大崎駅である。
    • 外回り:品川駅→新宿駅→池袋駅→田端駅→上野駅→東京駅→品川駅方面
    • 内回り:品川駅→東京駅→上野駅→田端駅→池袋駅→新宿駅→品川駅方面
  • 全駅東京都特別区に所在、特定都区市内のうち「東京都区内」(区)に属している。また、山手線は運賃計算上においても特殊な路線で、特定都区市内の「東京山手線内」(山)の指定も受けており、山手線内の駅を発着する場合、運賃計算上の特例の恩恵を受けることも多い。
  • 運転系統上の山手線は、全列車各駅に停車する。
  • 接続路線欄の東日本旅客鉄道の路線名は、旅客列車の運転系統上の名称である。
凡例
接続路線 … *:日中運行される京浜東北線快速電車と対面乗り換えで連絡が可能、※:連絡運輸なし、#:定期券のみ連絡運輸あり
正式路線名 駅名 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 所在地
山手線 品川駅 田町
から

2.2
0.0 港区
大崎駅 2.0 2.0 東日本旅客鉄道:埼京線湘南新宿ライン
東京臨海高速鉄道りんかい線
品川区
五反田駅 0.9 2.9 東京急行電鉄池上線
都営地下鉄浅草線浅草線 (A-05)
目黒駅 1.2 4.1 東京急行電鉄:目黒線
東京地下鉄南北線南北線 (N-01)
都営地下鉄:三田線三田線 (I-01)
恵比寿駅 1.5 5.6 東日本旅客鉄道:埼京線・湘南新宿ライン
東京地下鉄:日比谷線日比谷線 (H-02)
渋谷区
渋谷駅 1.6 7.2 東日本旅客鉄道:埼京線・湘南新宿ライン
東京急行電鉄:東横線田園都市線
京王電鉄井の頭線
東京地下鉄:銀座線銀座線 (G-01)・半蔵門線半蔵門線 (Z-01)・副都心線副都心線 (F-16)
原宿駅 1.2 8.4 東京地下鉄:千代田線千代田線明治神宮前駅:C-03)、副都心線副都心線(明治神宮前駅:F-15)
代々木駅 1.5 9.9 東日本旅客鉄道:中央総武線(各駅停車)
都営地下鉄:大江戸線大江戸線 (E-26)
新宿駅 0.7 10.6 東日本旅客鉄道:埼京線・湘南新宿ライン・中央本線(特急)・中央線(快速)・中央総武線(各駅停車)
小田急電鉄小田原線
京王電鉄:京王線京王新線新線新宿駅
東京地下鉄:丸ノ内線丸ノ内線 (M-08)
都営地下鉄:新宿線新宿線(S-01)、大江戸線大江戸線(新宿駅:E-27、新宿西口駅:E-01)
西武鉄道新宿線西武新宿駅)#
新宿区
新大久保駅 1.3 11.9  
高田馬場駅 1.4 13.3 西武鉄道:新宿線
東京地下鉄:東西線東西線 (T-03)
目白駅 0.9 14.2   豊島区
池袋駅 1.2 15.4 東日本旅客鉄道:埼京線・湘南新宿ライン
西武鉄道:池袋線
東武鉄道東上線
東京地下鉄:丸ノ内線丸ノ内線 (M-25)・有楽町線有楽町線 (Y-09)・副都心線副都心線 (F-09)
大塚駅 1.8 17.2 東京都交通局都電荒川線大塚駅前
巣鴨駅 1.1 18.3 都営地下鉄:三田線三田線 (I-15)
駒込駅 0.7 19.0 東京地下鉄:南北線南北線 (N-14)
田端駅 1.6 20.6 東日本旅客鉄道:京浜東北線* 北区
東北本線
西日暮里駅 0.8 21.4 東日本旅客鉄道:京浜東北線
東京地下鉄:千代田線千代田線 (C-16)
東京都交通局:日暮里舎人ライナー
荒川区
日暮里駅 0.5 21.9 東日本旅客鉄道:京浜東北線・常磐線常磐線(快速)
京成電鉄本線
東京都交通局:日暮里舎人ライナー
鶯谷駅 1.1 23.0 東日本旅客鉄道:京浜東北線 台東区
上野駅 1.1 24.1 東日本旅客鉄道:東北新幹線山形新幹線秋田新幹線上越新幹線北陸新幹線長野新幹線)・京浜東北線*・高崎線東北本線宇都宮線)・常磐線・常磐線(快速)
京成電鉄:本線(京成上野駅
東京地下鉄:銀座線銀座線 (G-16)・日比谷線日比谷線 (H-17)
御徒町駅 0.6 24.7 東日本旅客鉄道:京浜東北線
東京地下鉄:銀座線銀座線(上野広小路駅:G-15)、日比谷線日比谷線(仲御徒町駅:H-16)
都営地下鉄:大江戸線大江戸線(上野御徒町駅:E-09)
秋葉原駅 1.0 25.7 東日本旅客鉄道:京浜東北線*・総武線(各駅停車)
首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス (01)
東京地下鉄:日比谷線日比谷線 (H-15)
都営地下鉄:新宿線新宿線(岩本町駅:S-08)#
千代田区
神田駅 0.7 26.4 東日本旅客鉄道:京浜東北線・中央線
東京地下鉄:銀座線銀座線 (G-13)、千代田線千代田線(新御茶ノ水駅:C-12)※
都営地下鉄:新宿線新宿線(小川町駅:S-07)※
東京駅 1.3 27.7 東日本旅客鉄道:東北新幹線・山形新幹線・秋田新幹線・上越新幹線・北陸新幹線(長野新幹線)・京浜東北線*・中央線・東海道線・総武線(快速)・横須賀線・京葉線
東海旅客鉄道:東海道新幹線
東京地下鉄:丸ノ内線丸ノ内線 (M-17)、東西線東西線(大手町駅:T-09)#、千代田線千代田線(二重橋前駅:C-10)※
東海道本線
有楽町駅 0.8 28.5 東日本旅客鉄道:京浜東北線
東京地下鉄:有楽町線有楽町線 (Y-18)、日比谷線日比谷線(日比谷駅:H-07)※・千代田線千代田線(日比谷駅:C-09)※
都営地下鉄:三田線三田線(日比谷駅:I-08)#
地下通路で銀座駅東銀座駅に連絡※
新橋駅 1.1 29.6 東日本旅客鉄道:京浜東北線・東海道線・横須賀線
ゆりかもめ東京臨海新交通臨海線 (U-01)
東京地下鉄:銀座線銀座線 (G-08)
都営地下鉄:浅草線浅草線 (A-10)
港区
浜松町駅 1.2 30.8 東日本旅客鉄道:京浜東北線*
東京モノレール東京モノレール羽田線モノレール浜松町駅
都営地下鉄:浅草線浅草線(大門駅:A-09)※・大江戸線大江戸線(大門駅:E-20)#
田町駅 1.5 32.3 東日本旅客鉄道:京浜東北線*
都営地下鉄:浅草線浅草線(三田駅:A-08)※・三田線三田線(三田駅:I-04)#
品川駅 2.2 34.5 上記を参照)

駅間距離は、日暮里 - 西日暮里間が山手線では最も短く、およそ500mである。日暮里駅から西日暮里駅のホームを視認することができる。

[編集] 廃止区間

貨物支線・1916年廃止
大崎駅(0.00km) - 大井町駅(1.45km)
※廃止当時はマイル表記だった。

[編集] 廃止信号場

品川 - 池袋 - 田端間にあった信号場。括弧内は品川駅起点の営業キロ。

  • 目黒川信号場1965年廃止、品川 - 大崎間 (1.3km)
  • 上大崎信号場 : 1935年廃止、五反田 - 目黒間の貨物線上 (3.6km)
  • 戸山ヶ原信号場 : 1935年廃止、新大久保 - 高田馬場間 (12.4km)

[編集] 山手貨物線

山手線の品川 - 田端間(新宿経由)を並行して走る複線の通称である。略称は山貨(やまか)。旅客輸送の増大から大正期に主に電車線を増設する形で複々線化が行われて成立した。田端駅では東北本線の貨物線、大崎駅では品鶴線大崎支線)とつながっている。各線から流入する貨物を別の線に中継する役目を果たした。1960年代に輸送力が限界に近付いたため計画された外環状線は、1973年に大部分を占める武蔵野線が開業した。そのため山手貨物線の役割は薄くなり、特に埼京線湘南新宿ライン運転開始以後は日中のほとんどの列車がこの2系統で占められ、貨物線としての役割はかなり低くなっている。

現在運行されている貨物列車は、新鶴見信号場を発着し田端操駅を通り東北本線などへ直通するものと、田端操駅から隅田川駅へ向かうもののみである。高速貨物列車は下り列車(田端操方面)が1日6本(うち隅田川行が3本)、上り列車(大崎方面)が4本、専用貨物列車は下り列車が2本、上り列車が1本運行されている。高速貨物列車の上下1本を除き、深夜または旅客列車の本数が少ない時間帯に運行されている。

また、天皇の行幸に際して原宿駅を発着する「お召し列車」が通る線路でもある。

[編集] 主な乗り入れ路線・列車

参考:品川 - 新宿 - 田端間の各系統別の停車駅比較表

  • 直通先は正式路線名。
  • ●:全列車停車、▲:特別快速は通過、━:全列車通過、※:列車は経由しないが、運賃計算上は経由するものとして扱う
系統 走行線路 直通先 品川駅 大崎駅 五反田駅 目黒駅 恵比寿駅 渋谷駅 原宿駅
々木駅
新宿駅 新大久保駅 高田馬場駅 目白駅 池袋駅 大塚駅 巣鴨駅 駒込駅 田端駅 直通先
山手線 旅客線 東海道本線
(田町方面)
東北本線
(日暮里方面)
埼京線 貨物線 りんかい線   板橋駅方面 赤羽線
湘南新宿
ライン
東海道本線
(西大井方面)
東北本線(※赤羽線)
(赤羽方面)

[編集] 歴史

  • 1918年大正7年)12月20日 品川 - 大崎間開業。この区間は貨物線の増設
  • 1919年(大正8年)1月28日 大崎 - 恵比寿間開業(大崎 - 田端間は電車線を増設)
  • 1921年(大正10年)7月15日 恵比寿 - 渋谷間開業
  • 1922年(大正11年)7月25日 渋谷 - 原宿間開業
  • 1924年(大正13年)12月5日 原宿 - 新大久保間開業
  • 1925年(大正14年)3月28日 巣鴨 - 田端間開業。同時に駒込 - 田端間貨物線を中里トンネル経由に付け替え。元々の本線は放棄

[編集] 山手線内の最高峰

山手線内の最高峰は箱根山海抜44.6m)である。築山だが、の名称にて親しまれている。最低峰は愛宕山(海抜25.7m)であり、愛宕神社境内に三角点がある。

[編集] 山手線を題材にした作品

  • 落語『恋の山手線』- 落語家四代目柳亭痴楽による新作落語
    • 上野から内回りで山手線の駅名を織り込み、歌い調子で聴かせる人気演目。当初は開業前の西日暮里は含まれていなかったが、開業後に追加して完成させた。次項の小林旭の歌(作詞:小島貞二)の元ネタとなった。
  • 『恋の山手線(やまてせん)』 - 歌:小林旭、作詞:小島貞二、作曲:浜口庫之助
    • 山手線の駅名を上野から内回りで歌詞に折り込んでいる。痴楽の落語からインスパイアされているが、歌詞そのものは別物。当時未開業だった西日暮里や新大久保・浜松町は入っていない。後にモダンチョキチョキズもカバーしている。
    • 最近では通信カラオケシステムDAMの背景映像で205系時代の山手線の映像が映し出されることがある。
  • 『恋の山手線』 - 目白花子の漫画
    • 山手線の各駅を舞台とした恋愛を描く。題名の由来は小林旭の歌から。
  • 『MOTER MAN 山手線 "Loop Complete!"』 - [[SUPER BELLZ]]
    • 山手線の車内放送、駅の情景などをラップ調に歌ったアルバム。秋葉原から外回りで一周し、秋葉原に戻って来た後、大崎駅で終点となるまでの内容。全18曲。
  • 『MOTER MAN 山手Go・Go!』 - SUPER BELL"Z
    • 各駅の発車メロディのアレンジを中心に車内放送などをラジオ番組風に歌った曲。アルバム『MOTOR MANでGO!』内に「MOTOR MAN 山手Go・Go! R」(大崎 - 東京 - 田端)と「MOTOR MAN 山手Go・Go! L」(駒込 - 新宿 - 大崎)の2曲が通しで収録されている。
  • 『山手線上のアリア』 - 杉ちゃん&鉄平
    • G線上のアリア』に各駅の発車メロディをアレンジした曲。アルバム『電クラ』にはオリジナル版と立川真司が駅アナウンスで参加しているバージョンが、『電クラ2』には「English Virsion」として実際に車内アナウンスを担当しているクリステル・チアリが参加している。
  • 城の崎にて』 - 志賀直哉
    • 山手線にはねられ怪我を負った「私」が城の崎で療養生活に入る。
  • 『鉄道唱歌 山手線』 - NHK教育テレビクインテット
  • ボボボーボ・ボーボボ』 -