ミシン

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家庭用ミシンを使用する様子

ミシン織物)、などを糸で縫い合わせるのに用いられる機械[1]

概要[編集]

本国シンガー製ミシンSinger Symphonie 300

日本語表記は、英語のsewing machine(ソーイング・マシン)の「machine」の音[2]を示したもの。「裁縫ミシン」[3][4]の略が一般化した。種類は多く、布などを縫うミシンの他に、布の端を始末するロックミシン、を縫うミシン、しるし付け用ミシン、縫い糸を使用せずに高熱で溶接する高周波ミシンなど、多種多様となっている。

動力源としては、1960年代までは足踏み式や手回し式が主流であったが、近年では電気電動機)を動力源とするミシンが主流となっている。足踏み式ミシンとは、踏板、ピットマン棒、ピットマンクランクなどにより、人の足の上下反復運動を回転運動へと変換する仕組みを動力源として持つミシンである。(フットスイッチでオン・オフする電動ミシンではない。)

一般に、電気で動くミシンは、電動ミシン、電子ミシン(電子速度制御ミシン)、コンピューターミシンなどに大別されている。その他にも、ハンドミシンといわれるステープラーのような形をした小型のミシンがある。

先進国ではほとんど使用されなくなった足踏み式のミシンだが、電気が不要なことが発展途上国内の電力供給のない地域での使用に有効なことから、NGOの努力などにより収集され、通常は無償で譲渡されている。

原理[編集]

家庭用ミシンの針周辺のクローズアップ

ミシン針は手縫い用の針と異なり、針の先端付近に針穴がある。まず針穴に糸(上糸)を通した状態で針が布を貫通する。次に針が布から抜かれるが、このとき針・糸間の摩擦力よりも糸・布間の摩擦力の方が大きいため、糸は布の下面にループの形で余った状態になる。このループに下糸等を通して上に抜けないようにすることで糸が抜けない縫い目が形成される。

代表的な縫い方式を示す。

  • 本縫い
  • 単環縫い
  • 二重環縫い
  • 縁かがり縫い
  • 扁平縫い
  • 安全縫い(インターロック)


本縫い[編集]

本縫いの糸の動き

本縫いは上糸のループに下糸をくぐらせる方式である。解けにくく強度に優れる。伸縮性は乏しい。

通常の家庭用ミシン(本縫い&下送り)の場合、布の上から、穴のあいたミシン針の穴に通された糸(上糸)が、針ごと布を貫通する。布の下には別に下糸があり、貫通した際に2つの糸を交差させ、縫い目をつくる。ミシン針が上に戻った際に、布をわずかにずらし、再び布に針を刺す。この動作を機械により連続的に行うことにより、縫い目が作成される。各部品には釜、天秤、送り歯、など独特の名前が付けられている。

上糸が下糸の入ったボビンを回る必要があるため、連続して縫える量はボビンに格納できる下糸の量によって決まる。

単環縫い[編集]

単環縫いの糸の動き

一本の針と一本の糸で縫う方式。糸が切れた場合に連続して解けやすい。

一つ前の縫い目のループの中に次の縫い目のループを通すことにより、糸の抜けを阻止する。

歴史[編集]

1589年イギリスで、ウイリアム・リーが編み機を発明する。

1755年、イギリスのワイゼンソール(Charles Weisenthal)が、1790年、同じくイギリスのトーマス・セント(Thomas Saint)がそれぞれ別の仕組みのミシンを発明。ただし、どちらも量産はされなかった。

1810年、ドイツの靴職人クレムス(B. Krems)が針先端付近に針穴がついたミシン針を発明。近代ミシンの原理の基礎となる。

この後、フランスのバーシレミー・シモニア(Barthelemy Thimonnier)が1830年特許をとったミシンが、軍服を縫う目的で1840年に80台生産されたが、失業を恐れた他の仕立て屋によって破壊されたという有名なエピソードが伝わっている。

アメリカ人のウォルター・ハントは、現在のミシンとほぼ同じ構造の、ミシン針の先端に穴があいていてそこに上糸を通すしくみのミシンを1830年代はじめに発明したが、特許をとらなかったため、この後、複数の業者による特許紛争の原因になった。ハントとほぼ同じ構造のものが、ハントの発明の後に同じアメリカのエリアス・ハウによって特許がとられている。

1850年アイザック・メリット・シンガーは現在とほぼ同じ構造のミシンを発明。翌年特許をとり、I. M. シンガー社(のちのシンガー社)をつくった。

日本のミシン[編集]

1854年ペリーが2度目の来航をしたときに、将軍家にミシンを送った、というものがもっとも古い記録である。この後、1860年にはジョン万次郎がアメリカからミシンを持ち帰っている。ちなみに、日本で最初にミシンを扱ったのは、天璋院だといわれている。

ミシンが普及をはじめるのは明治期になってからである。初期は輸入のみで、修理などを通じて技術を取得した技術者によって、徐々に国内生産が開始された。最初の製造業者は、江戸時代までは大砲職人であった左口鉄造であるとされ、1881年に東京で開かれた第2回内国勧業博覧会に国産ミシン第1号として展示された。

日本のミシン製造の量産は、1921年に創業したパイン裁縫機械製作所(旧シンガー日鋼)によってはじめられた。このころ(大正時代)から、日本でもミシンの量産がはじまった。ただし、量・質ともに、シンガーなどの輸入品にはかなわなかった。

しかし、外国製品は故障が多く、加えて品質が安定していない点に、ミシンの修理で生計を立てていた安井正義、實一兄弟(ブラザー工業創始者)が着目。彼らは、性能の良い国産ミシンは売れると確信し、製造に着手した。1928年(昭和3年)に「麦藁帽子製造用環縫ミシン」を発表し、販売し始める。発表年に因んで「昭三式ミシン」と呼ばれ、全く壊れないと大評判となり注文が殺到し、安井兄弟のミシンは瞬く間に広がった。耐久性の秘密はその「造り」にあると云われ、針があたっても壊れないよう「糸受け」を硬く加工しながらも内部に柔らかさを残す為、「浸炭焼入れ技術」という独自の方法を採用した。

第二次世界大戦が始まると家庭用ミシンの製造は禁止され、戦時中、ミシンは軍用ミシンのみ製作されることになる。

1945年に終戦を迎えると、ミシンの需要が飛躍的に増大した。これは、繊維製品(アパレル)が日本の主な輸出品になったことが大きい。1947年、家庭用ミシンの規格が統一され、1948年から規格に基づいた製品の出荷が始まった。また、国内販売分だけでなく、ミシンそのものも重要な日本の輸出品となった。ミシンは工業用のほか、家庭用が多く作られた。当時、日本の女性は、結婚後は家庭外で労働しなかったため、内職に使用でき、副収入を得やすいミシンが嫁入り道具として多く使われたことも大きい。ただし、国内ミシンメーカーの家庭用ミシンの工場が、1970年あたりを境として中国台湾などに移転し始め、現在は高級機種等を除き、国内では家庭用ミシンは殆ど製造されていない。さらに、近年、工業用ミシンも低コスト化やアパレル産業の海外への移管などもあって、海外製造にシフトし始め減少傾向にあるが、ミシンは精密機械であるため、高精度の金属加工技術が要求され、部品の多くは依然日本で製造されている面もある。 しかし、近年はコストダウンのため海外(特に中国)で精密部品を生産することが主流である。

ミシンの種類[編集]

L-Naehmaschine2.png

家庭用ミシン[編集]

家庭の部屋に置ける大きさで、現代のものは通常、電気を動力源としている。古くは足踏み式や手回し式のものが多く使われ、直線縫いしか出来なかった。電気式のものは足元のフットコントローラーあるいは手元のパネルを用いて調節しながら駆動する。

家庭用ミシンは直線縫いの他に、多種類の模様縫いやボタン穴かがり刺繍などのできる機能もある。模様縫いは、かつては「カム交換式」であったが、現在は「カム内蔵式(ダイヤルで切り換え)」か「コンピューター式(ボタンで選択)」となっている。最近のものは、一般に持ち運びでき、水平釜で自動糸調子や自動糸切り機能を搭載しているものも多く、使い勝手を中心に改良されている。ミシンを使うハードルが下がってきて、誰でも簡単に使えるようになってきた。

縫い速度はそれほど速くない(最高約700~1000針/分)。

しかし、縫い模様の多種類化・使い勝手・機能面を優先してきたため、プラスチックの多用・電子回路の採用・機構の複雑化を招いている。そのため耐用年数(耐久性)の減少や、複雑化多様化によるメンテナンスや整備の困難さの原因となっている。また、戦後にごく一般的に使われていた黒い家庭用ミシンは、JIS規格によって寸法や材質などが定められており、使われている部品にはある程度の汎用性があった。一方、現在の多様化したミシンにおいては、メーカーが各自独自に製造しており、メーカーはいつまでも過去のミシン部品を製造しないため、数年以上前のミシンでは既に部品が無くなっているケースも多い。さらに現在の電子化・複雑化・多様化したミシンでは自分で修理することは困難であり、メーカーに高額な修理費用を払って修理を依頼せざるを得ない状況があり、1台のミシンの使用年数低下に拍車をかけている面がある。

また、近年は既製服の値段も非常に廉価になり、その為需要が減少している上に、また家庭用ミシンは一般の家庭で使う事を念頭に置いている為、一般の人が購入出来ない様な価格帯に上げる事も出来ず、その上で職業用や工業用と異なり、一台でオールマイティな使い方が出来なければならないという板挟みとなっている。この為、経営を成り立たせるのが非常に難しい商品であると言われている。大手メーカーでも家庭用ミシン関連部門は非常に厳しい経営状況であり存続が常に問題視されている。

職業用ミシン[編集]

仕立て屋やミシンの使用頻度の高い(洋裁をするような)個人向けの直線縫い専用ミシン。工業用ほどは巨大ではなく、特に最近のポータブル型職業用ミシンは軽金属を用い、持ち運びも出来るようになった。家庭用で使われる2倍程度の速度(最高約1500針/分)で縫う事が出来、直線しか縫えないので構造が比較的簡単で、その分故障も発生しにくい。工業用ミシンほどではないが、各種業務にも使われるので高精度のミシン製造・金属加工技術が要求され、直線縫いだけにも関わらず比較的高価である。また、豊富な工業用アタッチメントの一部や工業用ミシン針が利用出来る。ジーンズなどの厚物でも、家庭用ミシンより綺麗に縫製出来る。

過去にはジグザグミシンもあった。

ハンドミシン[編集]

片手で布地を挟んで縫い合わせるミシン[1]。小型で容易に持ち運びができる[1]

(小型)ロックミシン[編集]

裁ち目かがり(布の裁断面を、ほつれないよう包み込むように縫う)専用のミシン。ロックとは布の端をロックする(閉じる)の意味。通常のミシンのような直線縫いはできず、布の端のみを縫うことができる。仕様によって糸を2本、3本、4本、5本使うものがある。小型ロックミシンは職業用的に使われていたが、洋裁をする人を中心に普及しつつある。最近は、「カット アンド ソー」といって、ニット地の縫い合わせにも使われる。

また、家庭用ミシンと同じように樹脂部品も多くなり、便利さでは難しいルーパー糸通しまで自動的にできる機種も出て来ている。しかし、それ以外も含めて構造がかなり複雑になっている。便利さなどを優先していくのと、メンテナンス性や耐久性とは、トレ-ドオフの関係である。

(小型)ロックミシンは、主にオーバーロック専用機を指すことが多いようであるがカバーステッチ専用機もある。またオーバーロックおよびカバーステッチの両方が可能な複合機もある。

工業用ミシン(産業用ミシン)[編集]

主に縫製(アパレル)工場に備え付けられたもので、直線縫い、かがり縫い、ボタン付け用など用途ごとに専用ミシンがある[1]。大型で重いために移動はきわめて困難である。各縫製工程を綺麗に便利に高速に縫うことが出来るように特化しているために、1台でただ1種類の動作しか行うことができない。高速対応性は、針熱対策や自動給油システムや太い軸径、適した釜方式等の多く要素によって支えられている。また、低速な工業用ミシンもある。工業用ミシンの具体的な種類には、直線縫い専用ミシン、ボタン穴かがり専用ミシン、刺繍専用ミシン、すくい縫いミシン、インターロックミシン、オーバーロックミシンなどがある。

ミシン目[編集]

ミシンを使って縫った「縫い目の形」を「ミシン目」と呼ぶ。また、紙などに空けた「切り取り用の破線状の孔」も同じような形をしていることから、「ミシン目」と一般に呼ばれるようになった。これは短縮されて単に「ミシン」と呼ぶ場合がある。さらに、破線そのものを指して「ミシン目」と呼ぶ場合もある。

日本の主なミシン製造業者[編集]

海外の主なミシン製造業者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 意匠分類定義カード(K5) 特許庁
  2. ^ マシンがなぜミシンか? エッセイ《英語と日本語のふしぎな関係》(11) 山川学而
  3. ^ 和洋裁縫ミシン裁断教授書 魚住清記著 一書堂書店 大正5年
  4. ^ 裁縫ミシン 吉田元著 家政教育社 1965年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]