焼入れ

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焼入れ(やきいれ、英語: quenching)、焼き入れとは、金属を所定の高温状態から急冷させる熱処理[1]

狭義には、を金属組織がオーステナイト組織になるまで加熱した後、急冷してマルテンサイト組織を得る熱処理を指す[2]。材料を硬くして、耐摩耗性や引張強度、疲労強度の向上を目的とする[3]

広義には、鋼に限らず金属を所定の高温状態から急冷させる操作を行う熱処理を指し[1]、高マンガン鋼などの水じん処理やオーステイナイト系ステンレス鋼の溶体化処理などを含む[4]

本記事では狭義の鋼の焼入れについて主に説明する。

基本原理[編集]

鉄-炭素系平衡状態図(鉄-セメンタイト系)
質量パーセント濃度2%まで

物質は、組成温度圧力の条件により、液体固体などのと呼ばれる物質の形態が変化する[5]。この様子を示したものを状態図と呼ぶ。鋼の場合は、固体の間でも結晶構造の異なる相を持つのが特徴である[6]。このような相の変化を変態と呼ぶ[6]。横軸について炭素質量濃度、縦軸について温度を取り、鋼の相の変化を示した図を、鉄-炭素系平衡状態図と呼ぶ[7]。ここで「平衡」とは、ゆっくり冷却・加熱したときの変化を表している[7]。鉄-炭素系平衡状態図は炭素以外の元素の量によっても変化する[8]。一般に示される鉄-炭素系平衡状態図は、純鉄と純炭素を原料とした合金に基づくものであることが多いので注意が必要である。

純鉄と呼ばれるような炭素濃度0.022%以下の領域を除いて、鉄-炭素系平衡状態図を見ていくと、室温では鋼の相はフェライト相およびセメンタイトで構成される[7]。詳しく見ると、炭素濃度0.77%未満ではフェライト+パーライトで、0.77%丁度ではパーライトのみで、0.77%を超過ではパーライト+セメンタイトで構成される[9]。この0.77%の点を共析点と呼び、共析点未満の炭素濃度の鋼を亜共析鋼、共析点丁度を共析鋼、共析点超過を過共析鋼と呼ぶ[10]硬さに注目すると、フェライトは軟らかく粘りのある組織で、パーライトも比較的柔らかい組織で、セメンタイトは非常に硬いが脆い組織となっている[11][12]

高温域を見ていくと、A1線と呼ばれる727の温度を超えると、亜共析鋼はフェライト+オーステナイトで、共析鋼はオーステナイトのみ、過共析鋼はオーステナイト+セメンタイトとなる。亜共析鋼にはまだフェライトが存在するが、さらに温度を上げてA3線と呼ばれる温度を超えるとオーステナイトのみの相となる[13]。オーステナイトもフェライトに似て軟らかく粘りのある組織であるが、炭素固溶領域が大きい特徴を持つ[11]

オーステナイトあるいはオーステナイト+セメンタイトの高温状態から、逆に冷却していくことを考える。ゆっくり平衡的に冷やしていくと上記で説明した順序を逆にたどって変態が起こるだけだが、冷却速度を上げて冷やすと、パーライトやフェライトに変態する時間が足りず、マルテンサイトと呼ばれる平衡状態図には示されない相が現れる[14]。マルテンサイト組織は、α鉄が過剰に炭素を強制固溶した組織で、非常に硬い性質を持つ[12]。このような、急冷によるマルテンサイト変態を得て鋼を硬くさせる操作が、一般的な鋼の焼入れである[2][15]

焼入れ硬さ[編集]

焼入れ後の最高硬さは、ほぼ炭素含有量によって決定され、他の合金元素の影響は少ない[16]。概算式として、マルテンサイトの含有率に応じた硬さの計算式を示す[17]

  • 90%マルテンサイト焼入れ硬さ
 HRC = 30 + 50C
  • 50%マルテンサイト焼入れ硬さ
 HRC = 20 + 50C
  • 微細パーライト焼入れ硬さ(0%マルテンサイト)
 HRC = 10 + 50C

ここで、HRCロックウェル硬さC炭素質量パーセント濃度 (%) である。ただし、炭素含有量がある程度以上になると硬さの上昇は飽和して変化しなくなり、上記の概算式は成立しなくなる[16]

最高硬さは炭素含有量によって決まるが、どれだけ加工品の内部深くまで硬くなるかは加工品材料の焼入れ性によって大きく影響され、炭素以外のモリブデンなどの合金元素の影響もある[18]

方法[編集]

加熱[編集]

982℃まで加熱された炉中の様子

鋼の組織がオーステイナイトになるまで加工物を炉などで加熱する。亜共析鋼ではA3線から30 - 50℃高い温度で保持し、共析鋼・過共析鋼ではA1線から30 - 50℃高い温度で保持する[3]。30 - 50℃高く設定する理由は十分均一なオーステイナイトを得る確実性を上げるためである[14]。この均一なオーステイナイトを得るために加熱保持する温度を焼入れ温度あるいはオーステナイト化温度と呼ぶ[15]焼なましの一種である完全焼なましとほぼ同じ加熱温度でもある[19]

亜共析鋼の場合、もし焼入れ温度がA3線より低かった場合は、A3線以下ではフェライトが析出しているので、焼入れ後組織にもフェライトが含まれるようになり十分な硬度が得られない[20]。このような、何らかの原因によりマルテンサイトのみでない組織となった焼入れを不完全焼入れ甘焼きと呼ぶ[21][22]。これに対して、完全マルテンサイト組織が得られた焼入れを完全焼入れと呼ぶ[23][注 1]。逆に焼入れ温度が高過ぎると、結晶粒が粗大化して焼入れ後の機械的性質が劣るようになる[24]。また、焼割れや変形の原因にもなる[24]

共析鋼・過共析鋼の場合、Acm線以上まで加熱すれば全ての組織がオーステナイト化されるが、この温度から焼入れしても焼割れや残留オーステナイトの増加などが発生して上手く焼入れできない[25]。これは鉄中への炭素の固溶濃度が大きくなり過ぎることが原因で、このため、焼入れ温度をA1線直上に設定する[25]

保持[編集]

焼入れ温度に保持してセメンタイトをオーステナイト中に固溶させる操作を、固溶化熱処理オーステナイト化処理とよぶ[26]。必要な保持時間は、昇温速度、加工品の大きさ、化学成分や加熱前の組織状態によって変わる[27][28]

A3線またはA1線を超えると昇温がゆっくりでもオーステナイト変態が進行するので、徐々に加熱した場合は保持時間は短くてもよく、急速に加熱した場合は長くする必要がある[28]。 また、過熱するとき加工品の表層温度が焼入れ温度に達しても内部・中心温度は遅れて昇温し、加工品の形状が大きくなるほど全体が均一温度になるのに時間がかかる[29]。表層温度が焼入れ温度に達してから中心部温度が0.25%以内で表層温度と均一になる時間の概算式として、加工品が丸棒形状・低炭素鋼とした場合で次式がある[29]

t = d^2 / 200

ここで、tは均一に要する時間 (h)、dは直径 (inch) である。高合金鋼の場合は熱伝導率が悪くなり、均一に要する時間は上式よりも長くなる[29]

冷却[編集]

TTT図(S曲線、恒温変態曲線)
V1の冷却曲線がパーライト変態を免れている
AISI4140鋼の油焼入れによるマルテンサイト組織の拡大写真

必要な加熱・保持後に加工品の冷却を行う。焼入れに必要な冷却速度は大体160℃/秒以上とされる[30]。冷却速度を下げていくと、マルテンサイト変態の前にパーライト変態が発生するようになり、冷却後の組織にパーライトが混入し始める[31]。このパーライト変態が発生するようになる限界の冷却速度を上部臨界冷却速度、あるいは単に臨界冷却速度と呼び[32]、完全焼入れになる限界速度でもある[28]

上部臨界冷却速度からさらに冷却速度を下げていくと、パーライト変態が多くなりマルテンサイト変態の比率が下がっていき、遂にはパーライト変態しか発生しなくなる。この限界の冷却速度を下部臨界冷却速度と呼び[33]、不完全焼入れになる下限速度でもある[31]。さらに冷却速度を遅くすると(亜共析鋼の場合は)焼ならしに、もっと遅くすると完全焼なましとなる[31]

焼入れ温度から約550℃までを臨界区域と呼ぶ。これはTTT図でみると、オーステナイトからパーライトあるいはベイナイトへの変態開始曲線の左に張り出した鼻のような部分がこの約550℃に相当する[34]。この鼻の部分がパーライトあるいはベイナイトへの変態が最も起きやすい[35]。逆にこれを避けると、変態開始曲線はS字状になっているため、ベイナイトへの変態開始点は長時間側へ逃げていく[35]。つまり、この臨界区域の温度をできるだけ早く冷却することが、完全焼入れを行うために重要となる。

一般的に理想的な冷却の仕方は、焼入れ温度から臨界区域を過ぎて後述のマルテンサイト変態開始温度(Ms点)手前まで出来るだけ早く均一に冷やし、焼割れを発生させないためにMs点以下の危険区域はゆっくり冷やすとされる[36]。このような冷やし方を実現するため、冷却剤と加工品の温度が平衡になるまで放置せずに、温度低下の途中でMs点前で引き上げて空冷などのゆっくりとした冷却する方法が取られる[31]。このような冷却を二段冷却などと呼び[37]、焼入れを二段焼入れ、あるいは引上げ焼入れ中断焼入れ階段焼入れ、などと呼ぶ[31][1]。また、二段焼入れを、冷却剤へ漬けた瞬間からの時間を数えて引き上げる方法で実現する方法を、時間焼入れと呼ぶ。時間焼入れの場合の目安としては、水焼入れは肉厚3mm当たり1秒、油焼入れは同肉厚当たり3秒で引き上げるのが良いとされる[31]。時間に拠らない場合の目安としては、加工品の振動や水鳴が止んだときに引き上げるのが良いとされる[31]。ただし冷却時間を誤ると、極端に短いときは全く焼きが入らない、短いときは表面は焼きが入るが中心部との温度差で中間部が変態膨張して焼割れが起こる、長すぎると危険区域を通過して同じく焼割れが起こるなどの難しさがある[38]

二段焼入れに対して、Ms点を通過して常温まで冷却する方法を連続冷却と呼び[37]普通焼入れと呼ぶ[24][注 2]。また、冷却の途中で一定時間等温に保ち、その後また冷却する方法を等温冷却と呼び[37]、焼入れを等温焼入れ恒温焼入れなどと呼び、後述のマルテンパやオーステンパなどで利用される[39]

マルテンサイト変態[編集]

冷却中のマルテンサイト変態開始温度をMs点、マルテンサイト変態終了温度をMf点と呼ぶ[40]。Ms点とMf点の間では、時間によらず瞬間的にマルテンサイト変態が発生するが、冷却が進むことがマルテンサイト変態が進む条件となる[41]。つまり、Ms点を通過しても冷却を一端停止させると変態の進行も停止する[40]

Ms点は鋼の化学成分とオーステナイト化温度によって決まる[31]。化学成分量から、鋼のMs点を予測する実験式は数多く提案されている[42]。以下に例を示す。

ここで各記号は、MsはMs点 (℃)、各化学成分はC:炭素Mn:マンガンV:バナジウムCr:クロムNi:ニッケルCu:Mo:モリブデンW:タングステンCo:コバルトAl:アルミニウムSi:ケイ素で単位は質量パーセント濃度 (%) である。共析鋼の場合でMs点は約260℃程度である[40]

Ms点が高くなるとMf点も高くなり、低くなる場合も同様に低くなる傾向を持つ[45]炭素鋼の場合で、Ms点からMf点までは200 - 300℃程度の温度幅である[40]。上式にも示されるように炭素濃度が上がるとMs点は低くなるので、高炭素鋼の場合はMf点は室温よりも低くなる[45]。そのため、室温まで冷却が完了してもオーステナイトが変態しきれず、焼入れ後組織中に残留オーステナイトとして残ることになる[45]。残留オーステナイトは放置しておくと、室温でも時間が経過するに連れて自然にマルテンサイト変態を起こす[46]。このマルテンサイト変態による体積膨張で、最終製品の寸法変化が生じてしまう[46]。これを避けるために、高炭素鋼を用いた製品、特に寸法の経年変化を嫌う精密部品では、焼入れ後直ちに0℃以下に冷却するサブゼロ処理を実施して、残留オーステナイトをマルテンサイト化させる[47]

Ms点以下になるとマルテンサイトが発生し始めるが、オーステナイトからマルテンサイトへ変態すると大きな体積膨張が起こる[48]。Ms点以下になるとき、温度が不均一だと、上記の膨張発生と冷却による体積縮小の部分的ばらつきにより内部応力が発生して、内部応力が引張強さを超えると割れが発生する[31]。そのためMs点以下の温度域を危険区域と呼び、ゆっくり均一に冷やすことが良いとされる[49]。このため、上記で説明した二段焼入れや等温焼入れなどの手法がある。

焼戻し[編集]

焼入れにより鋼の硬さを増大させることができるが、靭性が低下して非常に脆い状態となる[50]。このため、粘り強さを得るために、焼入れ後には焼戻しを行うのが一般的である[50]。焼入れと焼戻しをまとめて焼入焼戻し(quenching and tempering)と呼び[51]、特に高温焼戻しによってソルバイトを得る焼入焼戻しを調質(thermal refining)と呼ぶ[50]

冷却剤[編集]

加熱保持後に冷却するために冷却剤が必要になる[52]。焼入れに用いられる冷却剤としては、

などがある[53]。慣習として、使用する冷却剤の名前を冠して○○焼入れなどと呼ぶ。例えば水中で冷却する焼入れは水焼入れ、油中で冷却する焼入れは油焼入れなどと呼ぶ[1]。また、液体に浸漬させて焼入れする方法をズブ焼入れ、液体を吹きつけて焼入れする方法をスプレー焼入れなどと呼ぶ[54]

冷却剤の種類の他に、流体の場合は撹拌の程度が冷却の強さに大きく影響する[55]。これは、加工品を水や油の冷却液につけると、すぐに加工品表面に蒸気膜が発生して冷却をゆるやかにするためである[53]。一般に、実際に冷却剤を使用する上で必要な管理項目は、温度、撹拌、異物混入防止、冷却剤の品質・寿命が挙げられる[52]

冷却剤の冷却の強さを表す指標を冷却能と呼び、次式で示すH値が使用される[55]

 H = \frac{\alpha}{2 \lambda}

ここで、αは加工品から冷却剤への熱伝達率λ熱伝導率である。Hは (m-1) の次元を持つ。

各種冷却材の冷却能H[cm-1]の例[53]
撹拌 空気 食塩水 塩浴(204℃)
静止 0.008 0.098 - 0.118 0.354 - 0.394 0.79 0.197 - 0.315
わずかに撹拌 - 0.118 - 0.138 0.394 - 0.433 0.79 - 0.87 -
ゆるやかに撹拌 - 0.138 - 0.157 0.472 - 0.512 - -
中程度の撹拌 - 0.157 - 0.197 0.551 - 0.591 - -
強い撹拌 0.020 0.197 - 0.315 0.630 - 0.787 - -
強烈な撹拌 - 0.315 - 0.433 1.58 1.97 -
ジョミニー試験 - - 2.17 - -

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水による冷却は、冷却剤の中でも冷却速度が大きく[56]、コストが安く、どこでも手に入りやすいという利点がある[52]。しかし、Ms点を過ぎた危険区域温度でも急冷してしまうので、焼割れや変形の不具合の可能性が高い[56]

水温が30℃を超えると冷却能が大きく低下するので、30℃以下に保った使用が推奨される[57]。冷た過ぎても冷却効果が悪くなるので、焼入れを開始するときの水温は、15℃程度が適当とされる[52]。約60℃くらいでは油と同程度の冷却速度となので、油焼入れの代わりに使用される場合もある[58][59]

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油による冷却は、均一な冷却ができ、危険区域でもゆっくり冷却できるので焼割れや変形の危険が少ないという利点がある[59]。一方、冷却速度が水の約1/3遅く、臨界区域での冷却が遅い点、火災や環境汚染に注意する必要がある点などの欠点がある[60][59]。焼入れ用に調整された油を焼入油と呼び、鉱油が広く使用されている[61]

油の場合は、油温を上げると粘度が小さくなり、結果として冷却が早くなる[60]。そのため油の冷却能は60 - 80℃で最も大きくなる[57]。加工品によって冷却油自身も温度上昇することを考えて、焼入れを開始するときの油温は、50 - 70℃程度が適当とされる[52]。さらに温度を上げて後述のマルテンパなどにも使用される。

水溶液[編集]

水溶性の物質を水に溶かして冷却剤として使用するもの。苛性ソーダ、炭酸ソーダ、食塩などは、蒸気幕が発生している時間を短縮できるので水の冷却能を高めることができる[56]

近年では、ポリマーを利用したポリマー焼入液が実用化されている[59]ポリビニルアルコールポリエチレングリコールポリアクリル酸ナトリウム、ポリアルキレングリコールなどを利用したものがある[62]。液濃度に応じて冷却能が変わり、高濃度では油寄り、低濃度では水寄りになる[59]。油のように危険区域での冷却速度を落とすことができ、水のように火災の恐れが無いという利点がある[63]

塩浴[編集]

塩浴、あるいはソルトバスは、塩類を浴に満たして加熱して液体化したもの。熱処理塩浴剤をソルトと総称する。150 - 500℃に加熱して使用する[63][64]。後述のマルテンパ、オーステンパに使用される。150℃程度の塩浴は、50℃程度の油と同程度の冷却能となる[65]

塩類としては、塩化カリウム食塩硝酸ナトリウム亜硝酸ナトリウムなどが使用される[65]。均一な冷却ができ、焼むらや焼割れが少ないなど利点がある一方、塩浴のコストが掛るなどの欠点がある [66]

加圧ガス[編集]

水素ガスや窒素ガス、ヘリウムガスなどを加圧して吹きつけ、焼入れの冷却剤として利用する[53]。 真空加熱炉と併用して、表面を酸化させない光輝焼入れに利用される[54]

0.1 - 0.6 MPa程度の加圧ガスで、焼入れ性の良い高合金鋼に対して行われるのが一般的である。[67]。0.5 - 4 MPaまで加圧して低合金鋼へ適用する例もある[67]。ただし、日本国内では1 MPa以上では高圧ガス保安法で規制されるため採用が難しく、ガスを高速循環させて冷却速度を向上させる方法などが開発されている[68]。ガス焼入れの欠点としては、設備にコストがかかることなどである[67]

空気[編集]

通常、空冷は焼ならしに使用される。冷却速度が遅いので普通は焼入れには使用しないが、冷間加工用工具鋼は、焼入れ性が大きいこともあり、変形を嫌う場合は空冷で焼入れする場合もある[69]

焼入れの種類[編集]

TTT図上に重ねた等温焼入れ
(1):マルクエンチ
(2):マルテンパ
(3):オーステンパ
Ps:パーライト変態開始線
Ps:パーライト変態終了線
Bs:ベイナイト変態開始線
Bf:ベイナイト変態終了線
Ms:マルテンサイト変態開始線
Mf:マルテンサイト変態終了線

マルクエンチ[編集]

マルクエンチ(marquench)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点直上の200 - 300℃の温度で停止させ、加工品全体の温度が均一になるまで一定時間温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[39]。Ms点以下の危険区域をゆっくり均一に冷却させることで焼割れ、ひずみを防止することを目的とする[39]。マルクエンチ後は普通の焼入れ同様に焼戻しが必要とされる[70]

焼入れ温度からの最初の冷却剤としては、停止させたい温度に加熱してある塩浴や油浴を使用する。このような浴を熱浴と呼ぶ[63]。途中の冷却停止時間が長すぎると等温変態が開始して、マルテンサイトが得られなくなる注意点がある[39]

後述のマルテンパと特に呼び分けしない場合も多い[71][72][73]

マルテンパ[編集]

マルテンパ(martemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中にMs点・Mf点間の100 - 200℃の温度で停止させ、等温変態が完了するまでそのまま温度保持し、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[39][74][75]。得られる組織は、マルテンサイトとベイナイトの混合組織で硬くて靱性がある[39][74][76]。マルクエンチ以上にひずみ、焼割れの危険性が小さくなる[74]

一方で、等温変態が完了するまでの時間がかかり過ぎるという欠点がある[39]。オーダーとして時間 (h) 単位でかかる場合もある[38]。そのため、マルクエンチの方が多用され[39]、等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法もある[74]。マルクエンチと同じく熱浴を利用して行われるが[63]、停止温度が低い分油浴が利用しやすい[71]

前述のマルクエンチと特に呼び分けしない場合も多い[71][72][73]。または、上記の等温変態が完了する前に再冷却を開始する方法をマルテンパと呼ぶ場合もある[77]

オーステンパ[編集]

下部ベイナイト組織の拡大写真

オーステンパ(austemper)は、等温焼入れの一種で、焼入れ温度からの急冷途中に300 - 500℃の温度で停止させ、等温変態が完了したら、再び空冷などのゆっくりとした冷却に切り替えて焼入れを完了させる方法である[71]。焼入れ後に得られる組織はベイナイトで、そのためベイナイト焼入れとも呼ぶ[71]

ベイナイトは硬さと靱性が高い組織で、オーステンパ後は焼戻しを必ずしも必要としない利点がある[36]。また、高温域で変態が徐々に進行するので、マルクエンチ、マルテンパ以上に、ひずみ、焼割れの危険性は小さくなる[38]。同じベイナイトでも、高めの温度で等温変態させることで靱性が高い上部ベイナイトとなり、低めの温度で硬めの下部ベイナイトとなる[71]。境目の温度は約350℃である[78]。硬さ調整のため、オーステンパ後も焼戻しすることはある[79]

加工品が大形品だと内部でパーライト変態が発生する場合があり[39]、加工品の大きさに制限がある[71][36]。一次冷却を行う熱浴には、塩浴の他に金属浴を使用する場合もある[71]

オースフォーミング[編集]

オースフォーミング(ausforming)は、塑性加工と熱処理を組み合わせた加工熱処理(thermo-mechanical treatment:TMT)の一種[80]。焼入れ温度からの急冷途中に鋼の再結晶温度以下Ms点以上の温度で停止させ、準安定オーステナイト領域で圧延鍛造、押出しなどの塑性加工を加えて、再冷却して焼入れを完了させる方法である[80]。通常、オースフォーミング後は焼戻しも必要とされる[80]。オースフォーミング後の機械的性質は、強度向上が大きく、靱性はほとんど低下しないという長所を持つ[81]

表面硬化焼入れ[編集]

加工品全体ではなく表面の硬化を狙った熱処理を表面硬化処理(surface hardening treatment)と呼ぶ[82]。焼入れを利用した表面硬化処理として、浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れ、高周波焼入れ、火炎焼入れがある[82]。表面硬化処理には、鋼表面の化学成分を変化させる化学的表面硬化法と、化学成分を特に変化させずに行う物理的表面硬化法がある[83]。浸炭焼入れ、浸炭窒化焼入れが化学的表面硬化法に相当し、高周波焼入れ、火炎焼入れが物理的表面硬化法に相当する。

派生語[編集]

  • 焼入れした刃(は)を「焼き刃(やきば)」と呼ぶ[84]。この「焼き刃」から転じて「刃(やいば)」と呼ぶ[85]
  • 俗語として、人に制裁を加える、日焼けをすることなどの意味で「焼きを入れる」と言う[86]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 100%のマルテンサイトを得ることは困難なので、およそ90%程度で実用上は完全焼入れと見なされる[17]
  2. ^ 冷却方法ではなく、高周波焼入れのような表面焼入れなどと区別して普通焼入れとも呼ぶ

出典[編集]

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  75. ^ 絵とき熱処理の実務 p.69
  76. ^ 絵とき熱処理の実務 p.70
  77. ^ 機械材料学 p.97
  78. ^ 機械材料学 p.96
  79. ^ 熱処理技術マニュアル p.46
  80. ^ a b c 機械工作法Ⅰ p.188
  81. ^ 機械材料学 p.98
  82. ^ a b 熱処理ガイドブック p.146
  83. ^ 熱処理技術マニュアル p.57
  84. ^ 焼き刃・焼刃とは”. コトバンク. 朝日新聞社、VOYAGE GROUP. 2014年8月9日閲覧。
  85. ^ 刃とは”. コトバンク. 朝日新聞社、VOYAGE GROUP. 2014年8月9日閲覧。
  86. ^ 『焼きを入れる(やきをいれる)』の意味”. 日本語俗語辞書. ルックバイス. 2014年8月9日閲覧。

参考文献[編集]

  • 日本工業標準調査会(編)、1995、『JIS B 6905 金属製品熱処理用語』
  • 大和久重雄、2008、『熱処理技術マニュアル』増補改訂版、 日本規格協会
  • 大和久重雄、2006、『熱処理のおはなし』訂正版、 日本規格協会
  • 日本熱処理技術協会(編)、2013、『熱処理ガイドブック』4版、 大河出版
  • 朝倉健二・橋本文雄、2002、『機械工作法Ⅰ』改訂版、 共立出版 ISBN 4-320-08105-6
  • 不二越熱処理研究会、2001、『新・知りたい熱処理』初版、 ジャパンマシニスト社 ISBN 4-88049-035-0
  • 山方三郎、2009、『図解入門 よくわかる最新熱処理技術の基本と仕組み』第1版、 秀和システム
  • 坂本卓、2007、『絵とき 熱処理の実務 ―作業の勘どころとトラブル対策―』初版、 日刊工業新聞社
  • 坂本卓、2009、『絵とき「熱処理」基礎のきそ』初版、 日刊工業新聞社
  • 平川賢爾・大谷泰夫・遠藤正浩・坂本東男、2004、『機械材料学』第1版、 朝倉書店

関連項目[編集]