甲武鉄道
甲武鉄道
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甲武鉄道(こうぶてつどう)は、明治時代に日本に存在していた鉄道事業者である。
目次 |
[編集] 会社概要
東京市内の御茶ノ水を起点に、飯田町、新宿 を経由、多摩郡を横断し八王子に至る鉄道(動力=蒸気のち一部区間は電気を併用、軌間=1067mm)を保有・運営した。 1906年(明治39年)公布の鉄道国有法により同年10月1日に国有化され、中央本線の一部となった。
もともとは、1870年に開業したものの、2年後に廃止された玉川上水の船運の代わりに、その堤防沿いに新宿 - 羽村に馬車鉄道(甲武馬車鉄道)の敷設を企画したことにはじまる。1886年にはこれを東京市内 - 八王子の蒸気鉄道に変更して出願、翌1887年には設立が認められた。以降、1889年4月に新宿 - 立川、8月には 立川 - 八王子を開業した。
新宿から東京市内への路線延長は、当初は甲州街道沿いが計画されたが、青山練兵場や三崎町の工廠の後押しもあり、1889年5月に申請、7月に仮免状が下付されたもので、1894年10月には新宿 - 牛込が、1895年4月に牛込 - 飯田町が開業している。これは更なる延長が計画され、1890年に飯田町 - 万世橋を出願、1900年には当時計画中の東京縦貫高架鉄道(現在の上野 - 新橋のJR鉄道路線)の接続を条件に免許状が下付され、このうち1904年12月に御茶ノ水までの延長が完成した。
開業から1891年までは新宿で路線が接続し、また創立委員長の奈良原繁が社長を務めた日本鉄道が営業管理を行っていた。
また、東京市内区間での旅客が増えたことから1904年8月21日に飯田町 - 中野間を電化し、日本の普通鉄道では初めて電車運転を行った。車体長10mほどの二軸車ではあったが、総括制御を採用し重連運転も可能で、郊外電車として十分な性能を備えていた。詳しくは甲武鉄道の電車を参照されたい。この電車運転区間は複線化されていた。
なお、柏木(現在の東中野)-立川付近の一直線の線形に特徴がある。これは、第二次大戦後「甲州街道および青梅街道沿いの敷設を予定していたが、住民の反対運動により田園・林野地域を通した」といわれてきたが、近年の研究で確たる証拠がないことから否定されつつある。
[編集] 関連する路線
現在の西武国分寺線および新宿線の東村山 - 本川越である川越鉄道、および青梅線である青梅鉄道は、甲武鉄道の支線にあたる。
いずれも甲武鉄道が東京市内への延長線建設に追われていたため、地元の資本を利用して設立したもので、その株主は甲武鉄道の主要株主と沿線在住者で構成されていた。特に、軌間が同じである川越鉄道とは、直通運転などが実施されていた。
[編集] 駅一覧
- 御茶ノ水-八王子間(27.8哩)
- 御茶ノ水駅 -(0.5哩)- 水道橋駅 -(0.3哩)- 飯田町駅 -(0.5哩)- 牛込駅 -(0.7哩)- 市ヶ谷駅 -(0.5哩)- 四ツ谷駅 -(0.8哩)- 信濃町駅 -(0.4哩)- 千駄ケ谷駅 -(0.6哩)- 代々木駅 -(0.5哩)- 新宿駅 -(0.9哩)- 大久保駅 -(0.6哩)- 柏木駅 -(1.3哩)- 中野駅 -(2.5哩)- 荻窪駅 -(2.3哩)- 吉祥寺駅 -(2.0哩)- 境駅 -(3.5哩)- 国分寺駅 -(3.8哩)- 立川駅 -(2.1哩)- 日野駅 -(1.4哩)- 豊田駅 -(2.6哩)- 八王子駅
[編集] 車両
[編集] 蒸気機関車
- K1形 (1, 2, 4, 5, 8, 9)
- 英ナスミス・ウィルソン社製・軸配置2-4-2 (1B1) タンク機→鉄道院600形 (622 - 627)
- 192→3
- 英ニールソン社製・軸配置4-4-0 (2B) テンダ機→1897年鉄道作業局に返還。のち鉄道院5400形 (5406)
- K2形 (6, 7)
- 独クラウス社製・軸配置0-4-0 (B) タンク機→鉄道院10形 (12, 13)
- K3形 (10-12)
- 米ブルックス社製・軸配置2-6-2 (1C1) タンク機→鉄道院3020形 (3020 - 3022)
- K4形 (13, 14)
- 独クラウス社製・軸配置0-6-0 (C) タンク機→鉄道院1550形 (1550, 1551)
- K5形 (15-17)
- 独クラウス社製・軸配置0-6-0 (C) タンク機(買収後に落成)→鉄道院2060形 (2060 - 2062)
[編集] 電車
東京市街線電化用として1904年に製造された、全長10mあまりの二軸電車。買収によって官設鉄道籍となり、「国電」の元祖として知られる。
「甲武鉄道の電車」を参照
[編集] 参考文献
- 『多摩の鉄道百年』 野田正穂・原田勝正・青木栄一・老川慶喜、日本経済評論社、1993年。
[編集] 関連項目
- 雨宮敬次郎(筆頭株主)
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