南海本線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
南海電気鉄道 南海本線
特急「サザン」(今宮戎)
特急「サザン」(今宮戎
路線総延長 64.2 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式直流
最高速度 110 km/h

南海本線(なんかいほんせん)は、大阪府大阪市中央区難波駅から和歌山県和歌山市和歌山市駅までを結ぶ南海電気鉄道鉄道路線

「本線」という路線名ではなく、社名略称を冠した「南海本線」が正式な路線名である。南海本線自体を指して、または南海本線に接続する各路線(高野線・汐見橋線空港線をのぞく)を含めて通称南海線と呼称される。路線シンボルマークは、波しぶきをイメージしたもので、ラインカラーは青。

概要[編集]

大阪府 - 和歌山県北部間の都市間輸送と関西国際空港四国徳島県へのアクセスを担っている路線。JR阪和線とほぼ平行して海側に沿って路線が延びているが、府県境付近の経路は大きく異なっており、距離は短くなるが山岳区間が長い雄ノ山峠越えの阪和線に対して、南海本線は距離は長くなるが山岳区間が短い孝子峠越えで和歌山市へ至る。

全線でPiTaPaおよびICOCAなどPiTaPaと相互利用可能なIC乗車カードが利用できる。ただし、乗車回数に応じて割引が適用されるサービスはPiTaPaのみが対象となる。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):難波駅 - 和歌山市駅間 64.2km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:42駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:
    • 複々線:難波駅 - 住ノ江駅間(難波駅 - 岸里玉出駅間では高野線との線路別複々線)
    • 複線:住ノ江駅 - 和歌山市駅間
  • 電化区間:全線電化(直流1500V)
  • 閉塞方式:自動閉塞式
  • 最高速度:110km/h

沿線概況[編集]

難波駅 - 住ノ江駅間は複々線で、難波駅 - 岸里玉出駅間の東側2線は高野線の列車が使用している。今宮戎駅萩ノ茶屋駅は西側2線にホームがなく、南海本線の列車はすべてこの2駅を通過する。そのため、高野線の最下位種別の列車は「各駅停車」と呼ぶのに対し、南海本線の最下位種別の列車は「普通」と呼んでいる(普通の解説も参照)。

立体交差化については、難波駅 - 石津川間、松ノ浜駅 - 大津川間、岸和田駅周辺、貝塚駅 - 二色浜駅間の近木川周辺、泉佐野駅周辺で既に高架化が完成しており、現在も石津川 - 高石駅間で高架化事業が進捗中である。高野線や、併走するJR阪和線と比較しても相当進んでおり、いわゆる「開かずの踏切」の問題や、それに起因する交通渋滞についても、先述の周辺路線と比べてかなり解消されてきている。

以下に示す記述はすべて難波→和歌山市方向における記述であり、逆方向に関しては順序が逆で、その風景が見える方向も左右逆となる。

難波駅 - 泉佐野駅[編集]

9面8線の構造をもつ始発の難波駅を出てすぐ右にカーブし、右手になんばパークス(旧大阪球場跡地)、ヤマダ電機なんばLABI、左手に今宮戎神社を見ながら、阪神高速1号環状線をくぐって、高野線の各駅停車のみが停車する今宮戎駅を通過し、国道25号を乗り越え、左手に通天閣が見えると程なくJRとの接続駅である新今宮駅に着く。この駅の下を通るJRの大阪環状線関西本線(いずれも高架線)を高々架で跨ぎ、左右に釜ヶ崎あるいはあいりん地区と称されるドヤ街を、また左手遠方には高さ日本一のビル・あべのハルカスなどの高層ビル群を見ながらやはり高野線の各駅停車のみが停車する萩ノ茶屋駅を通過すると天下茶屋駅。かつてはこの駅から天王寺支線が分岐していたが、現在は大阪市営地下鉄堺筋線の一部区間が代わってその役割を担っている。1980年までは南海の車両工場もあったが、現在は高野線千代田に移転し、跡地には大阪フィルハーモニー交響楽団の練習場やスーパーマーケットが建っている。天下茶屋を出て高野線の事実上の本線が左に別れると同時に、右側から「汐見橋線」と通称される同線の事実上の支線が近づいてくると岸里玉出駅。この駅を境に線路は線路別複々線から方向別複々線となり、緩急分離運転が行われる。粉浜駅を過ぎて左側に住吉大社の社地が、右側に住吉公園が見えると住吉大社駅国道479号(大阪内環状線)を乗り越えながら右にカーブをすると右側に住ノ江検車区を併設する住ノ江駅。複々線区間はここで終了し、右から近づいてくる阪神高速15号堺線を斜めにくぐりながら大和川橋りょうを渡って堺市に入り、右にカーブをすると七道駅に至る。駅周辺の広大な空き地はダイセル化学工業本社・大阪製造所堺工場の跡地であり、敷地を含む周辺では阪神高速6号大和川線の建設が進んでいる。七道を出て、ほぼ直線状にしばらく進むと最初の緩急接続駅である堺駅に着く。

堺駅を過ぎると周辺には住宅地や商業地のほかに、阪神高速4号湾岸線や、堺泉北臨海工業地帯の工場群が右側の車窓に近づいてくる。堺市の目抜き通りの一つであるフェニックス通り国道26号大阪中央環状線とも重複)を乗り越えた後、湊駅石津川駅を過ぎて石津川を渡ると、線路は難波からここまで続いてきた高架を下りて地上に移る。上下ホームが千鳥式に配置された諏訪ノ森駅に近づく頃から、あたかも阪神間モダニズムを想わせるような高級住宅街が線路の周辺に見え始める。右側に浜寺公園が見えると阪堺電気軌道阪堺線をくぐって浜寺公園駅。この駅と諏訪ノ森駅上りホームの駅舎は国の登録有形文化財に登録されている。線路は高石市に入り、程なく高師浜線・JR羽衣線(阪和線支線)との乗り換え駅である羽衣駅に着く。この駅手前左側の高架上に、JR羽衣線の東羽衣駅がある。かつてこの周辺が海水浴場などを有する行楽地であったことから、1990年代まで、羽衣駅の周辺には大規模な観光旅館がいくつか存在したが、現在はいずれも廃業し、姿を消している。またこの駅付近の踏切は、JR阪和線を建設した阪和電気鉄道と南海との熾烈な競争の象徴でもあったが、南海の連続立体交差事業に伴い、廃止されることになっている。

高師浜線の線路はしばらく右側を並走するが、やがて同線は高架に上がりながら右側に別れる。新興住宅街の間をしばらく進むと待避線のある高石駅堺泉北有料道路をくぐると線路は泉大津市に入って北助松駅府道富田林泉大津線の跨線橋をくぐった後すぐに高架に上がり、松ノ浜駅泉大津駅に至る。泉大津駅は急行以下の種別の停車駅であるが、例年夏期に周辺で大規模な野外ロック・フェスティバルが開かれるため、当日には一部の特急列車が臨時停車するほどの賑わいを見せる。

泉大津を出ると線路は左にカーブをする。大津川を渡ると線路は地上に下り、忠岡町に入ると同町唯一の駅である忠岡駅に達する。すぐに岸和田市に入り、府道岸和田牛滝山貝塚線の跨線橋をくぐりながら右にカーブをすると、右側に岸和田競輪場が見えて春木駅に至る。かつて春木駅は春木競馬場の最寄り駅でもあったが、現在は岸和田市中央公園となっている。和泉大宮駅を過ぎて高架を上がり、右にカーブをすると、岸和田だんじり祭の時期に大きな賑わいを見せる岸和田駅に着く。

岸和田を出ると再び右にカーブをして、右側に岸和田城を見ながら高架を下りると蛸地蔵駅、さらにカーブを繰り返しながら貝塚市に入ると、水間鉄道水間線との乗り換え駅である貝塚駅に至る。水間線が左に別れた後、南海の線路はやがて高架に上がるが、府道岸和田牛滝山貝塚線を乗り越えて左右にカーブをすると程なく地上に下りる。このあたりから徐々に住宅地のほかに田園地帯が広がり始める。二色浜駅を過ぎると線路はその後しばらくの間ほぼ直線状になり、関西国際空港の玄関口である泉佐野市に入って鶴原駅井原里駅と続く。その間に、右前方にはりんくうゲートタワービルりんくうプレジャータウンSEACLEの大観覧車が見え始める。線路は程なく高架を上がり、右にカーブをすると、空港線との乗り換え駅であり、また大阪市内駅をのぞく南海本線唯一の全種別停車駅でもある泉佐野駅に着く。この駅は待避設備のほかに乗り換え専用ホームを有する島式3面4線の構造となっており、ダイヤ上も和歌山市方面と関西空港方面の列車が容易に対面乗り換えできるように配慮されている。

泉佐野駅 - 和歌山市駅[編集]

泉佐野駅を出ると、空港線としばらく線路を共用するが、左にカーブするとすぐに空港線は右側に別れる。高々架のJR関西空港線関西空港自動車道、地上を通る国道481号と立体交差すると線路は地上に下り、羽倉崎検車区を併設する羽倉崎駅。ここからはラッシュ時を中心に本数が減少する。左側には同検車区、右側にはかつての巨大な紡績工場(阪本紡績)の跡地に建つ高層マンション群や商業地を見ながら田尻町に入る。泉佐野岩出線と重複する堺阪南線(旧国道26号)の跨線橋をくぐると吉見ノ里駅。樫井川を渡り泉南市に入ると岡田浦駅。ここから樽井駅までの区間はかつて右側の車窓から大阪湾を間近で見ることができたが、現在は埋め立てが進み、りんくうタウンが造成され、車窓からはイオンモールりんくう泉南などの商業施設やいくつかの工場などが見えるようになっている。2か所の道路橋をくぐり、樽井駅を過ぎて泉佐野岩出線のバイパスの跨線橋をくぐってから男里川を渡ると阪南市に入り、同市の中心駅で特急サザンも停車する尾崎駅に着く。

尾崎を出て左右にカーブし、鳥取ノ荘駅を過ぎると右側の車窓に大阪湾の海岸線が間近に迫り、遠くには関西国際空港や空港連絡橋も望むことができる。また左側には国道26号の旧路線も並走する。一旦海岸線から離れ、阪南スカイタウンなど周辺の住宅開発がめざましい箱作駅に至る。ここから先はカーブの連続区間となり、優等列車も若干速度を落として運転を行う。再び海岸線が見え始め、箱作海水浴場(ぴちぴちビーチ)やせんなん里海公園が連なる。途中、階段を併設した歩行者専用の踏切があるが、これはかつて計画されていた箱の浦駅の建設を途中で断念した名残である。再び海岸線から離れると線路は岬町に入り、周辺に古墳が点在する淡輪駅を過ぎると、右前方に遊園地「みさき公園」のアトラクションが見え始め、程なく同遊園地の最寄り駅であり、また多奈川線の乗り換え駅でもあるみさき公園駅に着く。日中のほとんどの区間急行がこの駅で折り返すため、この駅から和歌山市側は列車の本数が急減するようになる。

みさき公園駅は、盛土上にホームをもつ構造となっており、その直下を国道26号がアンダークロスする。多奈川線は同駅を出た後しばらく右側を並走するが、やがて同線が大きく右に別れると同時に南海本線も大きく左にカーブをする。ここからは雰囲気が一変して山間の区間となって駅間距離も長くなり、国道26号がすぐ右側を並走するようになる。途中、右側の車窓から煉瓦造の建造物(深日変電所)が見えるが、この場所にはかつて深日駅があった(1944年休止、1958年廃止。現在もホームの跡が残る)。いくつかのカーブを経て孝子駅を過ぎるといよいよ上りの急勾配区間に差し掛かり、孝子峠を越える孝子トンネル内で大阪府和歌山県の府県境を通過し、同県和歌山市に入る。トンネルを抜け下り勾配をしばらく進むと、南海で最も新しい駅で「ふじと台」の副駅名を持つ和歌山大学前駅に着く。沿線は徐々に開けてきて、左側にふじと台の住宅地、右側にはノーリツ鋼機本社などの工場を見ることができる。やがて2本の短いトンネルをくぐりながら大きく左にカーブをして国道26号と別れ、住宅地の中を通りながら県道粉河加太線の跨線橋をくぐると、右側から加太線が近づいてきて、同線との乗り換え駅である紀ノ川駅に至る。ゆるやかに右にカーブしながらさらにしばらく進むと、紀の川に架かる紀ノ川橋梁を渡り、築堤を下りながら右にカーブをする。右側に和歌山競輪場が見え、左側から近づいてくるJR紀勢本線と並走を始めると、右側に和歌山検車区を併設する終点の和歌山市駅に到着する。同駅は和歌山駅と並び、和歌山市を代表する駅の一つである。和歌山市駅の手前には非電化の国社分岐線があり、かつてはこの分岐線を通って紀勢本線への直通列車が走っていた。線路は一部ののりばをのぞいて、その先にある単線の和歌山港線へと続いていく。

運行形態[編集]

都市間および四国連絡特急として難波駅 - 和歌山市駅・和歌山港駅間で特急「サザン」が運転されているほか、関西国際空港が開港した1994年からは空港線に直通する空港アクセス列車として難波駅 - 関西空港駅間に特急「ラピート」および空港急行が運転されている。

このほか、急行・空港急行・区間急行準急普通が運転されている。以下に「ラピート」「サザン」をのぞいた種別の運行概況を示す。「ラピート」および「サザン」については当該項目を参照。また各種別の現行の停車駅は下図および「駅一覧」を参照。

停車駅表

列車種別[編集]

急行[編集]

平日の早朝から朝ラッシュ時・夕ラッシュ時と、土曜・休日の朝に、難波駅 - 和歌山市駅・和歌山港駅間で運転されている。6両編成と8両編成の運用があり、朝ラッシュ時の8両編成の上り列車に限り、和歌山市駅 → 天下茶屋駅間で、難波寄りから4両目には女性専用車両になる。現在、女性専用車両は2000系以外の車両に設定している(1000系は2010年1月より一時的ではあるが設定されていた)。

2005年11月27日のダイヤ改正で昼間・土休日の列車が実質上特急に格上げされ、泉佐野駅以北の急行停車駅の乗客の輸送は空港急行と区間急行が毎時2本ずつ交互に担うこととなった。また、平日夕方ラッシュ時以降の一部列車は区間急行に格下げ、あるいは特急「サザン」に格上げされた。そのため、泉佐野以南では特急「サザン」と停車駅が全く同一である[1]。かつては終日運転で、2001年3月23日以前は日中に毎時3本、それ以降は毎時2本設定されていた。白地幕時代の車両の種別方向幕には「」と表示されていた。現行のダイヤでは下りは朝ラッシュ時を除いて特急に追い抜かれる列車はない。上りは岸和田駅で「ラピート」に抜かれる列車がある。関西国際空港開港時の1994年9月4日のダイヤ改正時では日中時間帯に岸和田駅または泉大津駅で「ラピートα」の通過待ちを行う列車もあった。2012年4月のダイヤ改正まで深夜時間帯(始発駅22時台の列車、下り(平日のみ)は区間急行に格下げ、上りは特急「サザン」に格上げ)での運転が存在した。

初代1000系の現役時代は、特急列車と同じく急行にも運用されていたが、現在は原則として特急用車両での急行の運用はない。ただ、2004年1月に人身事故の発生でダイヤが乱れた影響により、特急「サザン」(一部指定)を急行に変更のうえ10000系で運用したことがある(種別表示は前面が白線急行、側面が非表示だった)[2]

英語表記は、"Express"。

空港急行[編集]

終日、空港線に直通して難波駅 - 関西空港駅間で、日中は毎時4本運転されている。急行の停車駅(泉佐野駅以北)に春木駅が追加されている。後述の春木駅停車の急行(白線急行)を前身とした種別であり、1994年6月18日の空港線開業と同時に新設された。空港線内は各駅停車で、泉佐野駅を境に各駅停車となる点で、実質停車駅は区間急行と同じである。6両編成の運用と8両編成の運用があり、朝ラッシュ時の8両編成の上り列車に限り、関西空港駅 - 天下茶屋駅間で、難波寄りから4両目には女性専用車両になる。現在、女性専用車両は2000系以外の車両に設定している。

なお、種別を表す色は急行は方向幕が全面朱色、行先案内表示機がオレンジ色であるのに対し、空港急行は黒地に朱色またはオレンジ色のアンダーラインが入り(日本語部分が黒地で朱色部分に「Airport Exp.」の英語表記種別が入る。なお、8000系フルカラーLED表示では日本語では普通と同じく灰色に白字、英字ではオレンジ色に白字で表示)、また日本語部分に少々小さい上付き文字で「空港」の文字が入った「空港急行」という表記となっているなどの違いがあり、急行とは区別された扱いとなっている。また、関西空港行に限り種別・行先が一体となった幕式では朱色のアンダーラインの左側に、種別・行先幕が別々の1000系では行先幕の灰色のアンダーラインの左側に、8000系では種別と行き先の間に飛行機マーク(TRON 9-9145.gif)がある。

2005年11月27日のダイヤ改正で日中1時間3本から2本に、また夕方以降においても減便されたが、代わりに関西空港発着の普通が毎時2本新設され、夕方においては和歌山市駅発着の区間急行が泉佐野駅で関西空港駅発着の普通と接続を取ってフォローしている。また日中(土休日は終日)は泉佐野駅で和歌山市駅行きの普通と相互接続していて、泉佐野駅以南での特急「サザン」や区間急行の補完的役割も担っている。2014年10月18日のダイヤ変更では昼間のみさき公園駅(一部和歌山市駅始終着)の区間急行が空港急行に変更になり、更にはそれまで日中を中心に上下ともに行われていた岸和田駅での特急「サザン」の待避がなくなった。

関西国際空港への空港連絡列車であるため、長期休暇期間・大型連休・盆・正月など、日本の海外・国内旅行シーズンの利用客が特に多い傾向がある。空港に接続する特急「ラピート」の補完にもなっている。ただ泉佐野駅 - 関西空港駅間に限れば朝の上り、夜間の下りはほぼ空気輸送状態になっている。

英語表記は、"Airport Express"。

区間急行[編集]

朝と夕方以降に難波駅 - 羽倉崎駅・樽井駅・みさき公園駅・和歌山市駅間で運転されている。難波駅 - 泉佐野駅間は空港急行と同じ停車駅で、泉佐野駅 - 和歌山市駅間は各駅に停車する。朝ラッシュ時や、深夜(深夜は下りのみ)には羽倉崎始終着のものもあり、羽倉崎検車区への引き上げも兼ねた存在の優等種別といえる。平日夕方ラッシュ時には泉大津駅・泉佐野駅・尾崎駅・みさき公園駅のいずれかで特急「ラピート」「サザン」、急行に追い抜かれることが多く、終着駅まで先着する列車は少ない。羽倉崎駅以南(特急・急行停車駅をのぞく)のホーム有効長から原則として6両編成で運転されるが、羽倉崎駅発着の列車は8両編成で運転される列車もある。案内放送では「区間急行」であるが、時刻表や案内板の表記は「区急」である。

かつては朝と深夜のみの運転であったが、2005年11月のダイヤ改正より泉佐野駅以南の乗客減に伴い、大半の急行が特急に格上げされたために日中にも難波駅 - みさき公園駅間で運転され、急行の代替的な役割も担った。これにより泉佐野駅以南の急行通過駅でも利便性が向上し、泉佐野駅で難波駅 - 関西空港駅間の普通と接続することにより、空港輸送もフォローした。しかし、2014年10月18日のダイヤ変更で昼間の列車が空港急行に変更され、同時間帯の泉佐野駅以南では特急「サザン」と全区間通しの普通車のみになり、日中の運転は空港急行に置き換えられた。更に上り(難波行き)に関しては朝と平日の夕方時間帯のみとなり、大幅に減少している。

関西国際空港開港以前は区間急行は高野線のみに存在する種別であったが開港時のダイヤ改正で種別変更等により本線にも登場した。種別色は高野線では長らく赤であったが本線では当初から緑色である。英語表記は“Sub Express”。

準急行[編集]

平日朝ラッシュ時の上りのみ運転されており、羽倉崎発が2本、春木発が1本設定されている。羽倉崎駅 - 堺駅間は各駅に停車する。なお、構内アナウンスや車掌放送では「準急行」と案内されるが、時刻表や案内板の表記は「準急」である。南海線では最も本数の少ない種別である。6両編成で運転され、すべての列車が泉大津駅で急行系と接続し、浜寺公園駅で後続の急行(または特急)の通過待ちを行う。そのため、泉大津駅と浜寺公園駅の3番線に停車する準急は存在しない。

2005年11月26日以前は高石発の上り難波行もあった。2001年のダイヤ改正までは岸和田駅発難波行きならびに下りに難波発高石行の設定もあった。2005年11月26日ダイヤ改正から2009年10月3日までは4本(羽倉崎駅から3本、春木駅から1本)あった。

英語表記は“Semi Express”。

普通[編集]

終日、難波駅 - 和歌山市駅間(区間運転あり)と空港線直通の難波駅 - 関西空港駅間で運転されている。駅の放送では「普通車」と案内されている。高野線の「各駅停車」と名称を区別しているのは、南海線用のホームのない今宮戎駅と萩ノ茶屋駅に停車しないためである。駅での停車駅の表示は難波発が「新今宮・天下茶屋 以遠各駅(難波駅の場合)」「天下茶屋 以遠各駅にとまります(新今宮駅の場合)」、難波行が「天下茶屋までの各駅・新今宮」となっている。なお、かつては岸ノ里駅・玉出駅・粉浜駅も通過していて、現在の準急に近いような停車駅であった(当時は岸ノ里駅と玉出駅が統合されて岸里玉出駅となる前)。この3駅には普通とは別に1970年11月22日まで難波駅 - 住吉公園駅(現在の住吉大社駅)間に運転されていた岸ノ里駅まで現在高野線専用の東側2線を経由し今宮戎駅・萩ノ茶屋駅にも停車する「各駅停車」が停車した。

日中は和歌山市発着系統が毎時4本運転される。ラッシュ時、夜間には関西空港駅や羽倉崎駅・樽井駅・みさき公園駅で折り返す列車もある。また早朝には初発列車として泉佐野発和歌山市行と高石駅(かつては浜寺公園駅発だった)・住ノ江駅発難波行きが、深夜には和歌山市発泉佐野行きや羽倉崎行きの列車も存在する。いずれも上り列車では唯一の存在であり、泉佐野行きは泉佐野駅で関西空港駅発の最終の難波駅行きに接続する。過去には昼間時間帯でも高石駅で折り返す列車があったり、早朝のみだが住ノ江発の下り泉佐野行き(のちに関西空港行き)も存在していた。また2005年11月のダイヤ改正までは関西空港始発の普通車は原則としてなかった。 下り列車では泉佐野駅発車後4本のうち2本が和歌山市駅まで先着している。2014年10月のダイヤ改正以降、日中の列車は堺駅・高石駅・岸和田駅・尾崎駅(毎時2本のみ)で特急と、堺駅・泉大津駅・泉佐野駅で空港急行と、それぞれ接続または待避を行う。ラッシュ時は貝塚駅、みさき公園駅(下りのみ)での接続や、岸里玉出駅(上りのみ)、粉浜駅 - 住ノ江駅間、浜寺公園駅で待避する列車も存在する。

ほとんどは、4両または6両編成で運行されているが、土休日は6両編成での運用が多くなる[3]。6両編成で運用される列車は朝または夕方に一部の区間急行・空港急行運用に入るものが多いのに対し、4両編成は普通列車限定運用である[4]。また朝には8両編成で運行される泉佐野発関西空港行きもある。2007年8月11日のダイヤ変更から2000系(ズームカー)の運用も始まった。なおズームカーの運用は繁忙期(正月三が日や岸和田だんじり祭春木だんじり祭の開催日など)には通常の20m車での運用に変更される。

英語表記は各駅停車と同じく“Local”である。

運行本数[編集]

なお、日中の1時間毎の運行本数(岸里玉出駅以北の高野線列車は除外、空港線を含む)をまとめると以下のようになる。

日中の運行パターン
種別\駅名 難波 泉佐野 関西空港 みさき公園 紀ノ川 和歌山市
運行本数 ラピートβ 2本      
特急サザン 2本 2本
空港急行 4本      
普通 4本 4本
普通(加太線直通)         2本

各駅とも何らかの形で1時間あたり4本以上の本数が確保されている。なお、粉浜駅 - 住ノ江駅間の4駅は、日中1時間あたり4本と大阪市内の駅としては本数の最も少ない部類にあたる。また泉佐野駅では関西空港方面の列車と和歌山市方面の列車が相互接続を行っている。

泉佐野駅 - 和歌山市駅間では本数がやや少なくなるものの、阪和線の日根野駅 - 和歌山駅間ほど運転間隔がいびつなダイヤにはなっていない。しかし朝夕ラッシュ時の区間急行や、全日を通して普通が泉佐野駅か尾崎駅で列車の待避のために長時間(5 - 10分程度)停車する列車も多く、所要時間の面でやや格差がついている。もっとも、阪和線では2011年のダイヤ改正で日根野駅 - 和歌山駅間は昼間時は紀州路快速のみとなり15分間隔となっている。一方で、同区間が各駅停車となったため所要時間の格差は小さくなっている。

年末年始[編集]

毎年大晦日から元日早朝にかけて難波駅 - 住ノ江駅間が15分間隔、住ノ江駅 - 羽倉崎駅間が30分間隔で、普通のみの終夜運転が行われている。なお、羽倉崎駅 - 和歌山市駅間は終夜運転を行わない。関西国際空港開港後数年間は難波駅 - 関西空港駅間で終夜運転を行っていた時期があった。

正月三が日は原則として土休日ダイヤで運転され、空港急行と区間急行が昼間時間帯に住吉大社駅に臨時停車する。そのため2 - 3分ほど運転時分がずれる。2004年度(2005年正月)までは急行と空港急行が停車し、2005年度(2006年正月)から2007年度(2008年正月)までは「ラピート」以外の全列車が停車していたが、2008年度(2009年正月)以降は再び特急「サザン」・自由席特急は通過となる。臨時列車は運転されないが普通列車は2ドア車が運用から外れ4ドア車による代走となる。また、一部の列車では編成両数が変更される。

関西国際空港開港以前は、昼間の急行(和歌山市行き・泉佐野または羽倉崎行き)・普通の本数が必ず6本となり、昼間のみ正月ダイヤを組んでいた経緯がある。また大晦日の深夜には住吉大社の参拝客のために住ノ江検車区への入庫回送列車を臨時の普通に仕立てて運転していた時期もあった。また、1998年の明石海峡大橋開通以前には、四国方面の帰省ラッシュ対策で急行が和歌山港駅まで臨時延長運転されたり、臨時の自由席特急が運転される時期もあった。

過去の種別[編集]

特急(自由席特急)[編集]

2012年3月31日まで、特急「サザン」「ラピート」とは別に、全車自由席で座席指定料金不要で乗車券のみで乗ることができる特急が設定されていた。停車駅パターンは「サザン」と同一であるが、全車自由席のため、「サザン」の愛称はなく、車両の種別表示幕では「特急」とのみ記載されていた。すべて6両編成で、通称「自由席特急」とも呼ばれている。

2005年11月27日のダイヤ改正前は朝のみ数本の運転であった。同改正で日中に運転されるようになったが、2009年10月4日のダイヤ改正以降は平日・土休日とも難波発14時15分、16時45分と和歌山市発13時、15時30分の2往復しか運転されておらず、残りはすべて一部座席指定特急「サザン」として運転されていた。難波駅 - 和歌山港駅間往復に必要な所要本数は6本で、「サザン」用編成は7本、うち1本が予備編成となっているが、フェリーとの連絡の都合上昼間に和歌山港駅で停泊する編成が1編成生じてしまう。自由席特急はこれを補完するために運転されていた。

1968年3月から1985年10月までの間は、新今宮駅・堺駅・岸和田駅の3駅のみ停車の速達性を重視した列車でさらには四国徳島港接続や、南紀(紀勢本線)直通といった長距離輸送の役割も担っていた(詳細は「歴史」の節を参照)。1968年3月以前の和歌山市駅発着の特急は泉佐野駅以北が現在の急行に近く、堺駅 - 泉佐野駅間は現在の急行停車駅から羽衣駅を除いたものと同じであったが、逆に泉佐野駅 - 和歌山市駅はノンストップであった。これは、1954年の登場時に市制を施行していた沿線の7市に1駅ずつ停車するパターンである。なお、末期の1966年には新今宮駅に停車するようになったが、同年に市制を施行した高石市の羽衣駅に停車することはなかった。2005年11月のダイヤ改正で昼間時間帯(土休日は一部時間帯をのぞく終日)において急行停車駅(羽衣駅・泉大津駅・貝塚駅)から和歌山市駅へ行く優等列車がなくなった。このため前述の3駅から和歌山市駅へ行くには岸和田駅かみさき公園駅での乗り継ぎが強いられている。

1968年3月に特急は四国連絡・南紀直通だけとなって泉大津駅・貝塚駅・泉佐野駅の3駅は通過となり、1973年に和歌山市駅発着の自由席特急が復活した後も、停車駅は当時の「四国号」と同じであった。その後の度重なる停車駅の追加により、現在では泉佐野駅を境に、北部は特急、南部はかつての急行の役割を担う性格の列車となっており、難波駅 - 和歌山市駅間で最も速い急行との所要時間差は3分程度でしかなくなっていた(一部自由席連結の「サザン」も同様である)。

2012年の7月2日から9月7日まで夏季の電力事情に対応するため、お盆期間(8月13日-15日)をのぞく平日の日中に特急「サザン」4本を自由席特急に変更して運行した。一時的であるが、同年3月に廃止されて以来約3か月ぶりに復活した[5]

なお、事故などでダイヤが乱れた場合に、「サザン」が自由席特急に差し替えられる場合がある。

英語表記は、"Ltd. Express"。

春木駅停車急行(─急行─・白線急行)[編集]

1994年以前に運転されていた、通常の急行停車駅に加え春木駅に停車する急行。車両の種別表示幕に、朱地に白線を加えた白文字で「─急行─」(旧式の表示幕の場合は「 - 急 - 」)と記載されていたために、鉄道ファンなどの間では「白線急行」または「春木ライン」と形容されていた。定期列車としては空港急行および羽倉崎駅発着の区間急行の事実上の前身で、難波駅 - 泉佐野駅・羽倉崎駅間で運転されていた。また、難波駅 - 多奈川駅間で運転された多奈川線直通の淡路航路連絡急行「淡路号」もこれに含まれていた。春秋の行楽シーズンや夏の海水浴シーズンには和歌山市駅まで延長運転され、盆や年末年始の帰省シーズンには特急運転時間帯以外に和歌山港駅まで延長運転された。なお、単なる「急行」として運転される春木駅通過の和歌山市駅発着の急行は、岸和田競輪開催時には春木駅に臨時停車するが「─急行─」としては運転されず、あくまで春木駅に臨時停車する「急行」として運転された。

1993年に多奈川直通急行が廃止。1994年6月の空港線開業に伴う種別整理により「空港急行」に名称を変更して運行区間を現在の難波駅 - 関西空港駅間に変更、その後9月の関西国際空港開港に伴うダイヤ改正で羽倉崎駅発着(車庫引き上げをかねて運転されるもの)は区間急行に統合され、定期列車としての運転は消滅。その後は岸和田競輪開催時の春木駅臨時停車の急行が「─急行─」表示を掲げ運転されていたが、それも2005年の昼間時の急行廃止により姿を消した。ただし、その後岸和田競輪開催による春木発の臨時急行が運転されたため復活している。また空港急行が強風などの影響により空港線に入線できず泉佐野止まりとなった場合は白線急行(「─急行─ 泉佐野」表示)となることもある。

なお、車両に種別表示幕が装備される以前は、先頭車に掲出されていた種別表示の丸い標識板が赤色で縁取りされたものであったため「赤丸急行」とも呼ばれていた。ちなみに空港急行がこの急行を継承した列車であるため、方向幕故障時などに使われる「空港急 難波 - 関西空港」の標識板にも同様に赤い縁取りが施されている。

準急行(赤準急)[編集]

1994年以前は現行の停車駅の準急(当時は難波駅 - 高石駅・岸和田駅間で運転)に加え、朝ラッシュ時や早朝・深夜を中心に樽井駅・みさき公園駅・和歌山市駅発着の準急もあった。1968年に列車系統が再編されるまでは日中にも和歌山市駅発着の準急が運転されていた。これは現在の区間急行の前身にあたり、停車駅も設定当初の区間急行と全く同じであった(天下茶屋駅は通過)。また、種別表示幕が赤で「準急」となっており、「赤準急」とも呼ばれた(ただし特急に使われている「赤色」よりはむしろ「朱色」に近い。停車駅案内表では急行と同じオレンジ)。なお、青で「準急」と表示されている現行の停車駅の準急は「青準急」と呼ばれていた。両者を区別する必要がなくなった現在でもこの青準急は、車内放送で「堺まで各駅停車の準急行」と案内されることがある。

1994年の空港線開通に伴う種別整理の際に、「青準急」との区別を明確にするため、羽倉崎発着の「─急行─」を統合した上で「区間急行」に名称を変更した。

各駅停車[編集]

かつては「普通」とは別に、難波駅 - 住吉公園駅(現在の住吉大社駅)間に、現在は高野線専用となっている東線を走行し、今宮戎駅・萩ノ茶屋駅にも停車する「各駅停車」が運転されていた。一方、高野線の難波駅発着列車は、堺東折り返しの列車が「各駅停車」(ただし岸ノ里駅は配線上の都合で通過)として、それ以南に直通する列車が今宮戎駅・萩ノ茶屋駅を通過する「普通」として運転され、さらに汐見橋発の「各駅停車」も住吉東駅まで直通していた。その後、泉北高速鉄道の開業を控え、高野線の線路容量を確保するため、岸ノ里駅の高野線と連絡線との合流点上にホームが設けられ、高野線の「普通」を「各駅停車」に一本化したため、1970年11月23日の改正で廃止された。

使用車両[編集]

電車

過去の使用車両[編集]

電車
気動車
客車

乗務員[編集]

  • ほとんどの列車では、始発駅から終着駅まで乗り通しであるが、泉佐野駅や堺駅で乗務員交代が行われていることがしばしばある。
  • 本線において全席指定の特急電車運転士は、選抜された運転士が担当し、特急乗務員になると「特急系統」と呼ばれる専用乗務行路が与えられ、同時に所属も南海線列車区堺支区となる。また全席指定の特急には業務委託先の「アバン」に所属する女性車掌が乗務する。なお、一部座席指定の特急列車の場合は、特急系統乗務員(運転士・「アバン」所属の女性車掌)と一般系統乗務員(運転士・車掌)とで運行し、全席自由席の特急(※2013年9月の時点では定期列車での設定は無し)の場合は一般系統の乗務員が担当する。なお、この仕組みは1985年(昭和60年)11月1日のダイヤ改正による特急「サザン」運転開始からで、それまでは全乗務員が特急乗務を行っていた。
    • ただし、同年3月14日のダイヤ改正で廃止された国鉄紀勢本線直通の気動車急行「きのくに」に至っては、当時の列車区長たちの推薦によって選ばれた運転士が、研修を受けた上で乗務していた。
    • なお、「アバン」所属の女性車掌は全席指定の特急に限らず、急行・空港急行・区間急行や普通など一般電車にも乗務している。
  • 優等列車が春木駅天下茶屋駅に到着する数十秒前に、運転士が停車駅を失念して冒進することを防ぐ目的で、車掌が電鈴を1打鳴らすことがある(それに対する運転士の返事も同じく電鈴1打である)。これは、列車種別選別装置更新前からの伝統である(現在は上記の駅に接近すると装置から警報が鳴るが、1打合図も併用している)。
  • 普通列車が優等列車の通過待ちの時、普通列車乗務員は必ずホームに立ち通過監視を行う。その時運転士はブレーキハンドルを常用ブレーキ最大位置にセットし、リバースハンドル(主幹制御器に取り付ける前進・後進の切り替えハンドル)を所持してホームに立つ。なお、固定式ツーハンドル列車の場合、リバースハンドルの代わりにマスコンキー(固定式ハンドルを動かすために使う鍵)を所持し、運転時計(懐中時計)も所持してホームに立つ。
  • 終着駅到着後、車掌が降車側の扉を開ける。その後運転士は車掌スイッチの切り換えを行い、切り換え完了後、乗車側の扉を開扉する。その後、降車側扉は車掌によって閉扉される。
  • 始発駅で電鈴鳴動確認を行う(本線のみ)
  • 加太線は全列車がワンマン運転であるが、南海本線区間の紀ノ川駅 - 和歌山市駅間では後部乗務員室に列車防護員が乗務する。

歴史[編集]

難波駅 - 堺駅間は、1885年に難波駅 - 大和川駅(のちに廃止)間を開業した阪堺鉄道が開通させたもの、堺駅 - 和歌山市駅間は南海鉄道が開通させたものである。阪堺鉄道は1898年に南海鉄道に事業を譲渡した。

阪堺鉄道は、1883年に廃止された工部省釜石鉱山鉄道の車両やレールの払い下げを受けて建設されたため、開業当初は838mmという日本では特異な軌間の鉄道であった。

また鉄道国有化前は、1984年 - 1993年に順次廃止された天王寺支線(天下茶屋駅 - 天王寺駅)を用いて、大阪鉄道(初代) - 関西鉄道の保有する今の大阪環状線に乗り入れ、大阪駅 - 住吉駅間の直通運転を行っていたこともあった。

大和田建樹作詞の鉄道唱歌第五集で当路線が歌われている(和歌山北口駅 - 難波駅)。当時は民鉄が多かったが、鉄道唱歌に登場する路線で国有化されず民営のままなのは南海本線のみである。

1929年から1930年に当路線全線と並行して阪和電気鉄道が開通すると、南海鉄道との間で列車のスピードアップや割引切符による運賃のダンピングなど、激しい競争が繰りひろげられることになる。対抗のため、日本初の冷房電車(2001形を参照)を1936年から1937年まで走らせたりした。同社は1940年に南海へ合併して山手線となり、1944年には戦時買収によって国有化され、阪和線となった。

また1934年には、競合する阪和電気鉄道とともに「黒潮号」・「土曜列車」など紀勢西線(現在の紀勢本線)への直通運転も開始し、1940年から1951年の中断期を経て、1985年の紀勢本線における急行列車廃止に伴う「きのくに」消滅まで続けられた。末期の「きのくに」に使用されていた車両は自社所有の気動車(キハ5501、キハ5551形)で、和歌山市駅から紀勢本線に乗り入れ(紀和駅にも停車)、和歌山駅で天王寺駅発着の「きのくに」と分割・併合を行っていた。なお、種別は紀勢本線直通の急行であったが南海本線内の停車駅は当時の特急と同じ新今宮駅(1966年12月1日より)・堺駅・岸和田駅の3駅に絞られていた(1968年9月30日までは泉大津駅・貝塚駅・泉佐野駅にも停車)。旅客案内上は誤乗車を避けるため南海線内においては「特急」と案内されていた。

2005年11月のダイヤ改正以降の運行本数は日中・土日においては関西空港開業直後のダイヤと比べて約2割削減されている(基本・優等列車9本→8本、普通6本→4本)。

年表[編集]

  • 1885年(明治18年)12月29日[6]:阪堺鉄道 難波駅 - 大和川駅間が開業。軌間838mm。
  • 1888年(明治21年)5月15日:阪堺鉄道 大和川駅 - 堺駅(吾妻橋)間が開業。大和川駅が廃止。
  • 1892年(明治25年)12月29日:阪堺鉄道 難波駅 - 住吉駅間が複線化[7]
  • 1897年(明治30年)
    • 10月1日:南海鉄道 堺駅 - 佐野駅(現在の泉佐野駅)間が開業。
    • 11月9日:南海鉄道 佐野駅 - 尾崎駅間が開業。
    • 12月15日:阪堺鉄道 難波駅 - 堺駅間が1067mm軌間に改軌。住吉駅 - 堺駅間が複線化[7]。難波駅 - 尾崎駅間で直通運転開始。
  • 1898年(明治31年)
    • 10月1日:阪堺鉄道が南海鉄道に事業を譲渡。
    • 10月22日:尾崎駅 - 和歌山北口駅間が開業。
  • 1899年(明治32年)4月1日:住吉駅 - 堺駅間に大和川駅(2代目)が開業。
  • 1901年(明治34年)
    • 4月13日:葛葉駅(現在の高石駅)が開業[8]
    • 10月5日:天下茶屋駅 - 住吉駅間が3線化。
  • 1903年(明治36年)
    • 2月25日:難波駅 - 天下茶屋駅間に(仮)博覧会門前駅が開業[9]。8月31日まで営業。第5回内国勧業博覧会開催のため。
    • 3月21日紀ノ川橋梁が開通し紀ノ川駅 - 和歌山市駅間が開業、難波駅 - 和歌山市駅間が全通。和歌山北口駅が廃止。和歌山市駅 - 紀和連絡点および紀和鉄道和歌山駅(現在の紀和駅) - 南海連絡点の紀和連絡線が開業。
  • 1906年(明治39年)
    • 8月15日:淡輪駅が開業。
    • 4月23日:急行「浪速号」「和歌号」が運転開始。蒸気列車内で食堂の経営を行う。現存する大手私鉄においては、珍しい試みであった。
  • 1907年(明治40年)
    • 7月5日:堺駅 - 浜寺駅(現在の浜寺公園駅)間が複線化[7]
    • 8月20日:浜寺駅を浜寺公園駅に改称。
    • 8月21日:難波駅 - 浜寺公園駅間が電化。住ノ江駅が開業。
    • 10月5日:恵美須駅(現在の今宮戎駅)が開業[10]
    • 10月26日:玉出駅(現在の岸里玉出駅)が開業[10]
    • 11月11日:堺 - 湊間に大浜駅が開業(廃止日不明)[11]
    • 12月20日:萩ノ茶屋駅・北浜寺駅(現在の諏訪ノ森駅)開業[12]
  • 1908年(明治41年)12月1日:大浜駅を芦原駅に、北浜寺駅を諏訪ノ森駅に改称[13]
  • 1910年(明治43年):(臨)孝子駅が開業[14]
  • 1911年(明治44年)
    • 4月15日:浜寺公園駅 - 葛葉駅(現在の高石駅)間が電化・複線化[15][7]
    • 5月17日:葛葉駅 - 大津駅(現在の泉大津駅)間が複線化[7]
    • 7月1日:葛葉駅 - 大津駅間が電化[15]
    • 8月31日:大津駅 - 貝塚駅間が複線化[7]
    • 9月1日:大津駅 - 貝塚駅間が電化[15]
    • 10月16日:貝塚駅 - 佐野駅(現在の泉佐野駅)間が複線化[7]
    • 11月21日:貝塚駅 - 和歌山市駅間が電化。全線電化完成[15]
  • 1912年(明治45年)
    • 2月17日:住吉公園駅(現在の住吉大社駅)が開業[16]
    • 3月1日:羽衣駅・高師ノ浜駅が開業。
    • 7月20日:芦原駅を大浜駅に改称[10]
  • 1912年(大正元年)12月20日:龍神駅が開業[17]
  • 1913年(大正2年)7月25日:岸ノ里駅(現在の岸里玉出駅)が開業。
  • 1914年(大正3年)
    • 4月1日:蛸地蔵駅が開業。
    • 10月18日:春木駅が開業。
    • 12月10日:助松駅(現在の松ノ浜駅)が開業。
  • 1915年(大正4年)
    • 4月11日:深日駅 - 孝子駅間が複線化[7]。孝子駅が常設駅として開業。
    • 7月1日:恵美須駅を今宮戎駅に改称[18]
    • 10月1日:吉見ノ里駅が開業。
    • 11月1日:岡田浦駅が開業。
  • 1916年(大正5年)
    • 5月15日:鶴原駅が開業。
    • 12月15日:住ノ江駅が廃止。大浜駅の旅客営業が廃止[19]
  • 1917年(大正6年)
    • 4月21日:住吉駅が廃止、粉浜駅が開業、大和川駅を移転し七道駅に改称[20]
    • 11月1日:佐野駅 - 吉見ノ里駅間が複線化[7]
  • 1918年(大正7年)
    • 6月1日:吉見ノ里駅 - 尾崎駅間が複線化[7]
    • 10月2日:羽衣駅 - 葛葉駅間の高師ノ浜駅が廃止。
    • 12月27日:尾崎駅 - 箱作駅間が複線化[7]
  • 1919年(大正8年)
    • 3月1日:鳥取ノ荘駅が開業。
    • 6月1日:石津川駅が開業。
    • 8月16日:箱作駅 - 淡輪駅間が複線化[7]
    • 9月8日:淡輪駅 - 深日駅間が複線化[7]
  • 1922年(大正11年)
    • 9月9日:紀ノ川駅 - 和歌山市駅間が複線化[7]
    • 12月2日:孝子駅 - 紀ノ川駅間が複線化[7]され、全線複線化完成。
  • 1924年(大正13年)7月26日電7系による特等車・喫茶室連結の電車急行列車が運転開始。
  • 1925年(大正14年)
    • 3月15日:岸ノ里駅に高野線との東連絡線が開設。高野線の列車が難波駅乗り入れ開始。
    • 7月11日:忠岡駅開業。
  • 1926年(大正15年)12月3日:天下茶屋駅 - 粉浜駅間が複々線化。岸ノ里駅東連絡線が複線化。西連絡線が開設。
  • 1928年(昭和3年)2月5日:住ノ江駅が再開業[10]
  • 1929年(昭和4年)11月:高野線の全列車が難波駅発着になる。
  • 1931年(昭和6年)12月19日:粉浜駅 - 住吉公園駅(現在の住吉大社駅)間が複々線化。
  • 1934年(昭和9年)11月17日:国鉄紀勢西線(現在の紀勢本線)との直通列車「黒潮号」を運転開始。
  • 1937年(昭和12年)
    • 4月10日:和泉大宮駅が開業。
    • 11月1日:難波駅 - 天下茶屋駅間が高架化。複々線化完成は翌年。
    • 12月:「黒潮号」を廃止。しかし直通運転自体は継続。
  • 1938年(昭和13年)
    • 7月23日:南淡輪駅(現在のみさき公園駅)が開業。
    • 9月10日:難波駅 - 天下茶屋駅間が高架複々線化。新設の西側2線は住ノ江駅以南発着の列車が使用し、既設の東側2線は住吉公園行き各駅停車と高野線の列車が使用。
    • 10月1日:二色浜駅が開業。
  • 1940年(昭和15年)8月:この年12月の阪和電気鉄道合併を控えて、一元化のため国鉄紀勢西線との直通列車を全廃。
  • 1941年(昭和16年)8月1日:葛葉駅を高石町駅に改称。
  • 1942年(昭和17年)
    • 2月1日:羽倉崎駅が開業。
    • 7月1日:大津駅を泉大津駅に改称。
  • 1944年(昭和19年)6月1日:会社合併により近畿日本鉄道の路線となる。深日駅の旅客営業廃止。
  • 1945年(昭和20年)
    • 6月11日:南淡輪駅 - 孝子駅間の深日駅が休止。
    • 7月10日:堺駅の旅客営業廃止。
  • 1947年(昭和22年)6月1日:近畿日本鉄道から分離、南海電気鉄道に譲渡。
  • 1948年(昭和23年)4月1日:佐野駅を泉佐野駅に改称。
  • 1951年(昭和26年)4月6日:国鉄紀勢西線との直通運転再開。
  • 1952年(昭和27年)4月1日:井原里駅が開業。
  • 1955年(昭和30年)4月21日:堺駅 - 湊駅間の龍神駅廃止のうえ堺駅に統合、堺駅の旅客営業再開。
  • 1957年(昭和32年)
    • 1月1日:南淡輪駅をみさき公園駅に改称。
    • 12月28日:北助松駅が開業。
  • 1958年(昭和33年)4月1日:深日駅を正式に廃止。
  • 1960年(昭和35年)12月15日:助松駅を松ノ浜駅に改称。
  • 1966年(昭和41年)12月1日:新今宮駅が開業[21]。高石町駅を高石駅に改称。
  • 1967年(昭和42年)
    • 4月1日:樽井駅 - 尾崎駅間の踏切で立ち往生していた大型トラックに和歌山市行き急行が衝突し、男里川橋梁から電車が転落、5名死亡。事故編成の運転士が事故直前まで、自分の息子を運転室内に入れていたことが発覚し、問題化(男里川橋梁列車脱線転落事故)。
    • 7月24日:箱作駅構内で入れ換え中の貨物列車に、和歌山市行き急行列車が衝突。93名重軽傷。
  • 1968年(昭和43年)1月18日:天下茶屋駅構内で春木発難波行き急行が信号冒進し正面衝突、296名負傷(天下茶屋駅列車衝突事故)。相次ぐ事故で、猛烈な批判を受ける。
  • 1970年(昭和45年)11月23日:泉北高速鉄道の開業を前に、岸ノ里駅に高野線(難波駅直通列車用)ホームが設置されたことに伴い、高野線の運行系統を大幅に変更。南海本線は、難波駅 - 住吉公園駅間の各駅停車(東線各駅停車)を廃止し、難波駅 - 岸ノ里駅間では、全列車が西線を運転するようになる。各駅に停車する列車は普通(今宮戎駅・萩ノ茶屋駅通過)に一本化。
  • 1973年(昭和48年)10月10日:架線電圧を600Vから1500Vに昇圧。
  • 1977年(昭和52年)4月10日:玉出駅 - 住ノ江駅(大和川北岸)間外側2線高架化。
  • 1979年(昭和54年)5月9日:住吉公園駅を住吉大社駅に改称。
  • 1980年(昭和55年)
    • 6月15日:玉出駅 - 住ノ江駅(大和川北岸)間の高架複々線化が完成。
    • 11月21日:難波駅改良工事完成(23日)に伴い、起点を0.2km和歌山市駅寄りに変更。
  • 1985年(昭和60年)
    • 3月14日:急行「きのくに」を最後に、国鉄紀勢本線との直通運転を廃止。
    • 5月7日:七道駅(大和川南岸) - 石津川駅間の高架化完成。
    • 11月1日:特急「サザン」が運転開始(指定席用の車両として10000系を新製投入)。
  • 1992年(平成4年)7月1日:1000系(2代目)運転開始。
  • 1993年(平成5年)
    • 4月18日:萩ノ茶屋駅 - 岸里玉出駅間の西側2線高架化。岸ノ里駅と玉出駅が統合し岸里玉出駅になる。全線通しの急行と普通を毎時3本ずつに増発した反面、難波駅発着の普通を毎時6本から毎時5本に減便。
    • 12月25日:羽倉崎検車区内で、回送列車が車止めを突破し道路を横切った上、向かいの店舗に衝突する脱線事故。検車係員のわき見とスピード超過が原因。
  • 1994年(平成6年)
    • 6月18日:空港線の暫定開業で空港急行が運転開始。
    • 6月27日:泉佐野駅 - 羽倉崎駅間にある南海本線と空港線の分岐付近で、みさき公園発難波行きの普通列車が脱線。ポイント手動切替の作業ミスが原因。
    • 7月6日:和泉大宮駅 - 蛸地蔵駅間の高架化完成。
    • 9月4日:関西国際空港が開港。50000系による特急「ラピート」が運転開始。みさき公園駅が特急の停車駅になる。泉佐野駅以南各駅停車の準急と羽倉崎駅折り返しでかつ春木駅に停車する急行を区間急行に種別変更。難波駅発着の普通も毎時6本に戻る。
  • 1995年(平成7年)11月1日:萩ノ茶屋駅 - 岸里玉出駅間の高架化完成。東側2線(高野線)を高架化[22]
  • 1996年(平成9年)10月24日:天下茶屋駅が特急「ラピートβ」・空港急行・区間急行・準急の停車駅になる。
  • 2000年(平成12年)7月8日:住ノ江検車区内で回送列車が脱線。電車が停止する前に運転士がATSを解除したり、ブレーキハンドルを抜き取るなど、基本動作を順守しなかった違反行為が発覚。
  • 2001年(平成13年)3月24日:一部の「ラピートα」を除き天下茶屋駅が全列車停車駅となる。昼間の急行・普通が減便され、尾崎駅が特急停車駅になる。
  • 2003年(平成15年)2月22日:新今宮駅・天下茶屋駅・泉佐野駅が全列車停車駅になる。平日朝の上り急行で女性専用車両導入[23]
  • 2005年(平成17年)11月27日:泉佐野駅付近高架化完成。同時にダイヤ改正を実施し、全線通しの急行は早朝から朝ラッシュと夕方ラッシュから深夜のみとなる。昼間時は特急に格上げ(または区間急行に格下げ)、空港線普通も終日運転化。終日にわたりほぼ分かりよいダイヤとなる。土休日の「サザン」の全車座席指定での運転を終了。
  • 2007年(平成19年)8月11日:普通の一部に2000系を使用開始。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月26日:8000系(2代目)運転が開始。
    • 6月7日:忠岡駅 - 北助松駅間の上り線高架化完成。
  • 2009年(平成21年)10月2日:翌々日実施されたダイヤ変更に伴い、この日をもって「サザン」の全車両座席指定での運転を終了。
  • 2011年(平成23年)9月1日:特急全車両禁煙化。特急「サザン」で12000系運転開始。
  • 2012年(平成24年)
    • 4月1日和歌山大学前駅が開業。自由席特急廃止。
    • 7月2日 - 9月7日夏季の電力事情に対応するため、お盆期間(8月13日-15日)をのぞく平日の日中に通常8両で運行する空港急行4本について6両に減車して運行。また、通常8両で運行する特急「サザン」4本については全席自由席の特急に変更したうえで6両に減車して運行[5]
    • 8月4日:忠岡駅 - 北助松駅間の下り線高架化完成、これに合わせて松ノ浜駅のキロ程が難波起点19.4 kmから19.5 kmに変更[24]
  • 2014年(平成26年)
    • 3月18日;和歌山大学前駅の近辺にイオンモール和歌山が開業したことに伴い、土休日昼間時間帯のみさき公園駅折り返しの区間急行の一部列車が和歌山市駅まで延長運転を行う。
    • 10月18日:ダイヤ変更を実施。以下の通りに変更[25]
      • 昼間時の空港急行を1時間2本から4本へ増発、所要時間を短縮。
      • 昼間時の和歌山市駅発着の普通を1時間2本から4本へ増発。
      • 特急「ラピート」β(7本)をαに変更、所要時間を短縮。
      • 特急「サザン」の停車駅に和歌山大学前駅を追加。
      • 関西空港発難波行き普通を最終空港急行の後に1本増発。(関西空港駅 - 新今宮駅間では実質最終電車の発車時刻を繰り下げ)
      • 23時台に和歌山市発泉佐野行き普通を追加。泉佐野駅で関西空港発最終の難波行き普通に接続するので、実質難波まで行く最終電車の発車時刻繰り下げ

駅一覧[編集]

  •  特急 (左欄):特急サザン
  •  特急 (右欄):特急ラピート
  • 今宮戎駅・萩ノ茶屋駅には高野線の各駅停車が停車
凡例
●:全列車停車、▲:「ラピートβ」のみ停車、◆:正月三が日の昼間時に臨時停車、|:全列車通過、↑:通過(矢印の方向のみ運転)
駅番号 駅名 駅間キロ 営業キロ 普通 準急 区間急行 空港急行 急行 特急 特急 接続路線・備考 所在地
NK01 難波駅 - 0.0 大阪市営地下鉄■ 御堂筋線 (M20) ・■ 千日前線 (S16) ・■ 四つ橋線 (Y15)
近畿日本鉄道難波線大阪難波駅
阪神電気鉄道阪神なんば線(大阪難波駅)(HS 41)
西日本旅客鉄道関西本線大和路線)(JR難波駅
大阪府 大阪市 中央区
NK02 今宮戎駅 0.9 0.9   浪速区
NK03 新今宮駅 0.5 1.4 西日本旅客鉄道:大阪環状線・関西本線(大和路線)
大阪市営地下鉄:■ 御堂筋線(動物園前駅:M22)・■ 堺筋線(動物園前駅:K19)
阪堺電気軌道阪堺線南霞町停留場:HN52)
西成区
NK04 萩ノ茶屋駅 0.6 2.0  
NK05 天下茶屋駅 1.0 3.0 大阪市営地下鉄:■ 堺筋線 (K20)
NK06 岸里玉出駅 0.9 3.9 南海電気鉄道高野線汐見橋線
NK07 粉浜駅 1.2 5.1   住吉区
NK08 住吉大社駅 0.6 5.7 阪堺電気軌道:上町線住吉公園駅:HN11)、阪堺線(住吉鳥居前停留場:HN12)
NK09 住ノ江駅 1.0 6.7   住之江区
NK10 七道駅 1.5 8.2   堺市 堺区
NK11 堺駅 1.6 9.8  
NK12 湊駅 1.4 11.2  
NK13 石津川駅 1.5 12.7   西区
NK14 諏訪ノ森駅 1.1 13.8  
NK15 浜寺公園駅 1.0 14.8 阪堺電気軌道:阪堺線(浜寺駅前停留場:HN31)
NK16 羽衣駅 0.7 15.5 南海電気鉄道:高師浜線
西日本旅客鉄道:阪和線東羽衣駅
高石市
NK17 高石駅 1.9 17.4  
NK18 北助松駅 1.1 18.5   泉大津市
NK19 松ノ浜駅 1.0 19.5  
NK20 泉大津駅 0.9 20.4  
NK21 忠岡駅 1.9 22.3   泉北郡
忠岡町
NK22 春木駅 1.4 23.7   岸和田市
NK23 和泉大宮駅 1.3 25.0  
NK24 岸和田駅 1.0 26.0  
NK25 蛸地蔵駅 0.9 26.9  
NK26 貝塚駅 1.7 28.6 水間鉄道水間線 貝塚市
NK27 二色浜駅 1.8 30.4  
NK28 鶴原駅 0.9 31.3   泉佐野市
NK29 井原里駅 1.1 32.4  
NK30 泉佐野駅 1.6 34.0 南海電気鉄道:空港線(一部直通運転:下記参照)
NK33 羽倉崎駅 2.1 36.1      
NK34 吉見ノ里駅 1.3 37.4         泉南郡
田尻町
NK35 岡田浦駅 1.4 38.8         泉南市
NK36 樽井駅 1.8 40.6        
NK37 尾崎駅 2.5 43.1         阪南市
NK38 鳥取ノ荘駅 1.5 44.6        
NK39 箱作駅 2.0 46.6        
NK40 淡輪駅 3.6 50.2         泉南郡
岬町
NK41 みさき公園駅 1.7 51.9       南海電気鉄道:多奈川線
NK42 孝子駅 4.4 56.3        
NK43 和歌山大学前駅
ふじと台
1.7 58.0         和歌山県
和歌山市
NK44 紀ノ川駅 3.6 61.6       南海電気鉄道:加太線
NK45 和歌山市駅 2.6 64.2       南海電気鉄道:和歌山港線(一部直通運転:下記参照)
西日本旅客鉄道:紀勢本線
直通運転区間 泉佐野駅から
○普通・空港急行・特急…空港線関西空港駅まで
和歌山市駅から
○急行・特急…和歌山港線和歌山港駅まで(急行は平日のみ)

廃駅[編集]

駅名は最終のもの。住吉駅・大和川駅は阪堺電気軌道、高師ノ浜駅は高師浜線の駅とは別の駅。

  • 博覧会門前駅(今宮戎駅 - 新今宮駅間、1903年2月25日開業、1903年9月1日廃止)
  • 玉出駅(岸里玉出駅 - 粉浜駅間、1907年10月26日開業、1993年4月18日廃止、岸ノ里駅に統合し岸里玉出駅に)
  • 住吉駅(粉浜駅 - 住吉大社駅間、1885年12月29日開業、1917年4月21日廃止)
  • 大和川駅(住ノ江駅 - 七道駅間、初代:1885年12月29日開業、1885年5月15日廃止、2代:1899年4月1日開業、1917年4月21日移転して七道駅に改称[20]
  • 龍神駅(堺駅 - 大浜駅間、1912年12月20日開業、1955年4月21日廃止、堺駅に統合)
  • 大浜駅(龍神駅 - 湊駅間、1907年11月11日開業、廃止日不明)
  • 高師ノ浜駅(羽衣駅 - 高石駅間、1912年3月1日開業、1918年10月2日廃止)
  • 深日駅(みさき公園駅 - 孝子駅間、1898年10月22日開業、1955年6月11日休止、1958年廃止)

過去の接続路線[編集]

  • 天下茶屋駅:南海天王寺支線 - 1984年11月18日まで
  • 龍神駅(廃止駅):南海大浜支線 - 1945年運休、1949年正式休止、1980年廃止
  • 和歌山市駅:
    • 南海和歌山軌道線 - 1971年3月31日まで
    • 南海加太線(廃止区間)※ - 1950年不通、1953年正式休止、1955年廃止

※:路線自体は接続しなくなったものの、加太線の列車は紀ノ川駅から南海本線を経由して和歌山市駅に乗り入れるため、実質的には現在も接続している。

脚注[編集]

[ヘルプ]

特記なき外部リンクは国立国会図書館近代デジタルライブラリー

  1. ^ 2012年4月1日の和歌山大学前駅開業後は同駅に停車するか否かしかなかったが、2014年10月18日のダイヤ変更で特急が同駅に停車するようになったため再び同一となった。
  2. ^ Photo Topics 2004 - Dear NANKAI 南海電鉄ファンサイト『2004年1月15日発信 10000系使用急行走る』
  3. ^ 南海本線土休日運用表 (PDF)
  4. ^ 南海本線平日運用表 (PDF)
  5. ^ a b 今夏の節電に対する取組みについて - 南海電気鉄道、2012年9月7日閲覧。
  6. ^ 南海電気鉄道車両部・井上広和「日本の私鉄9 南海」、保育社1981年などでは12月27日としているが、鉄道省 『日本鉄道史』上編、1921年p. 762によると12月27日は開業式を行った日で、営業開始は12月29日からとある。『鉄道要覧』では12月29日が運輸開始年月日となっている。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 佐藤・浅香 (1986) p. 74
  8. ^ 鉄道省『鉄道停車場一覧 昭和2年版』(国立国会図書館デジタルコレクション)による。南海電気鉄道『ハンドブック南海』 (PDF) では3月1日。
  9. ^ 「仮停車場設置」『官報』1903年3月6日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  10. ^ a b c d 今尾 (2008) p. 35
  11. ^ 今尾 (2008) p. 35では開業時芦原駅とあるが、「電車運転開始並停車場設置」『官報』1907年11月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)によれば開業時は大浜駅。
  12. ^ 「停車場設置」『官報』1907年12月25日(国立国会図書館デジタルコレクション)によれば開業時北浜寺駅(1908年諏訪ノ森駅に改称)。
  13. ^ 「停車場改称」『官報』1908年11月18日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  14. ^ 大阪府統計書』明治43年、p.147。
  15. ^ a b c d 鉄道省 『日本鉄道史』下編、1921年、p.553。
  16. ^ 鉄道省『鉄道停車場一覧 昭和2年版』や、今尾 (2008)では1912年2月17日とあるが、「私設鉄道停車場使用開始」『官報』1912年1月13日(国立国会図書館デジタルコレクション)によれば「昨四十四年十二月十五日南海鉄道住吉公園停車場使用開始ヲ許可セシニ同十七日ヨリ使用開始の旨…」とあり1911年12月17日開業。
  17. ^ 日付は宮脇俊三(編著) 『鉄道廃線跡を歩く』5、JTB、1998年、p.174。 大阪府統計書』大正元年、p.246。に駅名あり。
  18. ^ 「停車場名改称」『官報』1915年7月2日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  19. ^ 「私設鉄道停車場廃止」「私設鉄道停車場旅客取扱廃止」『官報』1916年12月22日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  20. ^ a b 「私設鉄道停車場廃止設置並名称及位置変更」『官報』1917年4月27日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  21. ^ 国鉄新今宮駅は1964年開業
  22. ^ 南海本線(天下茶屋駅〜住ノ江駅)連続立体交差事業 - 踏切すいすい大作戦
  23. ^ 外山勝彦「鉄道記録帳2003年2月」、『RAIL FAN』第50巻第5号、鉄道友の会、2003年5月1日、 21頁。
  24. ^ 交通新聞2012年8月8日
  25. ^ 10月18日(土)から南海本線・空港線のダイヤを変更します (PDF) - 南海電気鉄道、2014年9月2日

参考文献[編集]

  • 「特集:南海電気鉄道」、『鉄道ピクトリアル』増刊、電気車研究会、2008年8月。
  • 南海電気鉄道車両部・井上広和 『日本の私鉄9 南海』 保育社〈カラーブックス 547〉、1981年
  • 南海電気鉄道車両部・諸河久・岩堀春夫 『日本の私鉄11 南海』 保育社〈カラーブックス 811〉、1991年
  • 佐藤博之・浅香勝輔 『民営鉄道の歴史がある景観』I、古今書院1986年
  • 国土交通省鉄道局(監修) 『鉄道要覧』平成十八年度版、電気車研究会。
  • 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳 - 全線・全駅・全廃線』8 関西1、新潮社2008年ISBN 978-4-10-790026-5

関連項目[編集]

外部リンク[編集]