大阪駅

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大阪駅
大阪ステーションシティ(五代目大阪駅)
大阪ステーションシティ
(五代目大阪駅)
おおさか - Ōsaka
所在地 大阪市北区梅田三丁目1-1
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 オサ
駅構造 高架駅
ホーム 6面11線
乗車人員
-統計年度-
413,614人/日(降車客含まず)
-2012年-
開業年月日 1874年明治7年)5月11日
乗入路線 3 路線
所属路線 東海道本線
 (JR京都線JR神戸線JR宝塚線
キロ程 556.4km(東京起点)
京都から42.8km
*新大阪 (3.8km)
(3.4km) 塚本*
所属路線 大阪環状線
キロ程 0.0km(大阪起点)
天満 (1.6km)
(1.0km) 福島
乗換 梅田駅
- 阪神本線
- 阪急京都本線神戸本線宝塚本線
- 地下鉄御堂筋線
西梅田駅地下鉄四つ橋線
東梅田駅地下鉄谷町線
北新地駅JR東西線
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
阪 大阪市内駅(中心駅)
* 新大阪方面はJR京都線
* 塚本方面はJR神戸線・JR宝塚線
当駅を発着する運転系統

大阪駅(おおさかえき)は、大阪府大阪市北区梅田三丁目にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)のである。

概要[編集]

大阪府の代表駅(府庁所在地駅)として第1回近畿の駅百選にも選定されている西日本最大の駅。駅長が配置された直営駅であり、管理駅として東海道本線の塚本駅を管轄している。JRの特定都区市内制度における「大阪市内」に属する駅であり、運賃計算の中心駅となる。また、アーバンネットワークの運行の要衝となる駅で、運行系統の軸をなしている。

大阪市街の北玄関である梅田に位置し、駅前や駅の東側・南側を中心に繁華街が広がっている。

東京山陽九州方面への長距離列車については、1964年開業の新大阪駅を発着する東海道・山陽新幹線に地位を譲ったものの、当駅は現在でも北陸方面との特急の始発・終着駅であり、新快速を始めとする京阪神の都市間連絡列車や、信州北近畿山陰方面との特急、東京駅札幌駅発着の寝台特急などの在来線特急が発着している。

乗り入れ・接続路線[編集]

東海道本線所属線として[1]大阪環状線を加えた2路線が乗り入れている。また東海道本線尼崎駅を起点とする福知山線に直通する列車も乗り入れており、普通のみ東海道本線京都方面との相互直通運転を行っている。

JR西日本による独自の愛称路線名として、東海道本線京都方面には「JR京都線」、東海道本線神戸方面には「JR神戸線」、福知山線宝塚方面には「JR宝塚線」がそれぞれ設定されている。これらの路線について、JR西日本の旅客案内では正式名称である「東海道本線」「福知山線」などではなく愛称路線名が使用されている。

このほか、大阪環状線を経由して桜島線(JRゆめ咲線)・関西本線大和路線)・阪和線に直通する列車も当駅を発着する。

付近には地下鉄や私鉄があるが、大阪駅と名乗っているのはJRのみで、それぞれ次の駅が近接して設けられており、乗り換えることができる。

歴史[編集]

初代駅舎 構内(1870年代)
初代駅舎(1874年 - 1899年)
二代目駅舎
二代目駅舎 東から(大正期)
地上駅最終日の二代目駅舎構内 奥は阪急百貨店
(1934年5月31日)
未完成のまま使用中の三代目駅舎 左奥は大阪中央郵便局(1940年頃)
北口(現在の御堂筋北口、1944年頃)
空襲で焼け野原と化した大阪駅前(1945年)
三代目駅舎(1950年頃)
大規模改修前の四代目大阪駅「アクティ大阪」(2008年)
現在の「サウスゲートビルディング」(旧アクティ大阪)(2011年)

場所決定の背景[編集]

1874年(明治7年)に大阪駅 - 神戸駅間の鉄道開業と共に開業した。当時の駅舎はゴシック風の赤煉瓦造り2階建てで現在地より西の大阪中央郵便局付近に当たる場所にあり、周辺は民家がわずかにあるだけで田圃が広がっていた。駅のある場所は1889年(明治22年)の市制施行時における大阪市域にも含まれず、1897年(明治30年)まで西成郡曽根崎村に属していた。

当初の計画では市街地に近い堂島付近に頭端式で建設される予定であったが、上述の通り設置場所は曽根崎村の梅田に変更された。

堂島から梅田へ設置箇所が変更されたのは、将来東へ線路が延伸された際に京都駅 - 神戸駅間の直通運転に都合が良いよう、従前の日本のターミナル駅のような頭端式を採らず、通過式の駅構造にするためだと言われている。鉄道黎明期に頭端式ホームを採用した横浜駅がその後の時勢変化で二度移転を強いられたことからしても、折り返しを要さない東西直通運転を可能にしつつ市街地に駅をできるだけ近づけさせる構造にした大阪駅には、先見の明があったといわれることもある[2]。それは、明治末期に山陽鉄道九州鉄道といった大私鉄が国有化された後、西日本各地から東京への直通運転の実現が容易となり、利便性を高めたという点でも大いに役立つこととなった。

開業後の推移[編集]

開業当初、大阪駅は「梅田駅」「梅田ステーション」「梅田すてんしょ」などと呼ばれていたが、阪神・阪急や貨物駅の梅田駅が開業すると、次第に大阪駅のことを「梅田駅」などと呼ぶことはなくなった。

当初は貨物輸送の比重が大きく、水運の便を図るため堂島川から駅の南西まで梅田入堀川(堂島堀割川)が開削された。しかし、旅客輸送が次第に増大すると入堀のある狭小な駅前では手狭となり、大阪市電の乗り入れ計画に合わせて十分な駅前広場を確保すべく1905年7月に現在地へ移転された。なお、貨物の取扱いに関しては後に梅田貨物駅が設置された際に全面移管され、梅田入堀川も北東へ延伸された。

1906年に公布された鉄道国有法に基づき主要私鉄が国有化される前は、当駅に官営鉄道(国鉄)の列車のほか、山陽鉄道(今の山陽本線)・阪鶴鉄道(同じく福知山線)・西成鉄道大阪環状線桜島線)・関西鉄道関西本線・大阪環状線など)・南海鉄道南海本線)といった5つもの私鉄の列車が乗り入れていたことがあった。南海鉄道の列車は、1984年と1993年の2段階で廃止された天王寺線経由で関西鉄道線に乗り入れる形で、山陽鉄道と阪鶴鉄道の列車は官営鉄道へ乗り入れて当駅に達していた。

1934年には大阪市街の踏切の撤去を目的とし、城東線(のちの大阪環状線)と共に大阪駅の高架工事が実施されるが、それに先駆けて1926年に阪神急行電鉄(現在の阪急電鉄)が大阪市街の高架化工事を実施し、同社線起点の梅田駅も東海道本線・城東線をまたぐ形で仮設の高架駅となっていたため、高架化に際しては阪急梅田駅を地上駅にする工事も同時に行う必要があり、結果として路線の上下を同時に入れ替えるという大工事を、5月31日から6月1日にかけての一夜で実施することになった(工事についての詳細は阪神急行電鉄#梅田駅付近の変遷を参照)。なおこのとき地上駅となった阪急梅田駅は、後に北へ移設して再び高架駅に戻っている。

1964年に東海道新幹線が開通した際には、既に梅田地区には新たに新幹線用の施設を設けるだけの土地の余裕がほとんどなかったことや(北は阪急梅田駅や梅田貨物駅、南は阪神百貨店など)、将来の山陽新幹線建設を考慮した際に北方貨物線の上の用地を使えるようにした方がいいと考えられたため、大阪の市街地から3kmほど離れた新大阪駅をターミナルとした。

その後、梅田貨物線を使用して京都駅・新大阪駅から和歌山関西国際空港への直通列車を走らせることになった際には、当駅はそのルート上に駅を設けるには大きく離れていたため通過扱いとなった。将来的な計画としては梅田貨物駅(梅田北ヤード)の再開発に合わせて梅田貨物線のルートを変更した上で地下化し、大阪駅付近に新駅(仮称北梅田駅)を設置するというものがある。

年表[編集]

  • 1874年明治7年)
    • 5月11日:国有鉄道(官設鉄道)の駅として当駅 - 神戸駅間の鉄道開通と同時に開業。旅客取扱のみ。
    • 12月1日:貨物取扱を開始。
  • 1876年(明治9年)7月26日向日町駅 - 当駅間が開業し、途中駅となる。
  • 1889年(明治22年)7月1日:東京駅 - 神戸駅間全通により、東京までの直通運転が行われるようになる。
  • 1895年(明治28年)10月17日大阪鉄道玉造駅 - 梅田駅間が延伸開業。その終着駅として同線の梅田駅が開業。
  • 1898年(明治31年)4月5日西成鉄道が当駅 - 安治川口駅間を開業させ当駅に乗り入れ。
  • 1900年(明治33年)6月6日関西鉄道による大阪鉄道線承継に合わせ、旧大阪鉄道の梅田駅が当駅に統合。当駅は国有鉄道・関西鉄道・西成鉄道の駅になる。
  • 1901年(明治34年)7月:ゴシック風石造りの二代目駅舎完成。最初の駅舎の位置から東の、現在地に移転。
  • 1906年(明治39年)12月1日:西成鉄道が国有化され、当駅は国有鉄道と関西鉄道の駅になる。
  • 1907年(明治40年)
    • 5月31日 18時ごろ、西第一踏切(昭和初期に廃止)で踏切番をしていた駅員の清水太右衛門が踏切内に入った幼女を救ったが、太右衛門は列車に接触し殉職する事故が起こった。太右衛門の功績をたたえるため、同年10月に碑が立てられた(1945年の大阪大空襲により碑は破壊され、1956年に再建。2011年1月にノースゲートビルディングと立体駐車場をつなぐ通路に碑を移設した[3])。
    • 10月1日:関西鉄道が国有化、当駅は国有鉄道の単独駅になる。
  • 1908年(明治41年)8月1日大阪市電気局大阪市電梅田(大阪駅前)停留場開業。
  • 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により、東京駅 - 神戸駅間は東海道本線、旧大阪鉄道線は城東線、旧西成鉄道の区間は西成線になる。
  • 1928年昭和3年)12月1日:貨物取扱業務が新設された梅田駅に移管。
  • 1934年(昭和9年)
    • 6月1日:高架化。軟弱地盤に対処するため鉄筋コンクリート製の杭を打ったものの、まもなく地盤沈下が始まり、戦争直後には大規模な基礎工事をせざるを得なくなった。
    • 7月20日:当駅を含む吹田駅 - 須磨駅間で電車運転を開始。
  • 1935年(昭和10年):二代目駅舎が解体され、仮駅舎建設。
  • 1940年(昭和15年)6月:三代目駅舎が2階まで完成し供用開始。当初の予定では5階建てのインターナショナルスタイルの四角いビルであり、中央に5階分の高さの吹き抜けを設け、上層階は1940年東京オリンピックに合わせて鉄道ホテルとして供用される予定だった
  • 1943年(昭和18年):三代目駅舎完成(3階建てコンクリート造り)。中央の吹き抜け部分を除き、4・5階部分の鉄骨は切断し軍に供出。
  • 1945年(昭和20年)6月1日6月7日大阪大空襲により機銃掃射、焼夷弾、爆弾の直撃被害を受け、当分営業を休止する。仮復旧時は上り電車は東構内、下り電車は西構内で折り返し運転を行い、旅客は高架軌道を歩き急造の梯子で電車に乗車した[4]
  • 1953年(昭和28年)9月1日大阪市営トロリーバス、大阪駅前 - 神崎橋間開業。
  • 1957年(昭和32年)3月21日:券売機が設置される[5]
  • 1959年(昭和34年)12月21日:0番のりばが使用開始[6]
  • 1960年(昭和35年)2月1日:座席予約端末装置(マルス1)使用開始[7]
  • 1961年(昭和36年)4月25日:城東線全線と西成線西九条駅 - 当駅間が大阪環状線として開業。
  • 1962年(昭和37年)10月1日:11番のりばが使用開始[8]
  • 1966年(昭和41年)7月1日:大阪市電 大阪駅前停留場廃止(大阪市電の全廃は1969年)。
  • 1969年(昭和44年)10月1日:大阪市営トロリーバス、大阪駅前より撤退(大阪駅前 - 神崎橋、大阪駅前 - 森小路一丁目間廃止)。
  • 1970年(昭和45年)3月12日:大阪環状線ホーム(環状1番・環状2番のりば)が使用開始[9]
  • 1979年(昭和54年)12月18日:四代目駅舎の北駅ビル完成[10]
  • 1982年(昭和57年)3月1日:大阪環状線ホームが環状1番・環状2番のりばから、環状内回り・環状外回りのりばに変更[11]
  • 1983年(昭和58年)
    • 2月15日:自動放送装置使用開始[12]
    • 4月27日:大阪ターミナルビル「アクティ大阪」開業。
  • 1987年(昭和62年)4月1日国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 1991年平成3年)4月23日:改装が完成。待ち合わせスポット「旅立ちの鐘」除幕。東口を御堂筋口、北口を御堂筋北口、西口を桜橋口と命名。駅ナカ施設「ギャレ大阪」開業
  • 1997年(平成9年):自動改札機が設置される。
  • 2003年(平成15年)
    • 4月23日:中央コンコース南側に設置された「砂時計」除幕。8月に「サンドファンタジー」と命名。
    • 11月1日:ICカード「ICOCA」供用開始[13]
  • 2005年(平成17年)
  • 2006年(平成18年)10月16日:改良工事が本格開始[16]
  • 2011年(平成23年)
    • 3月31日:「ギャレ大阪」が閉館
    • 5月4日:五代目駅舎と大阪ステーションシティが開業。
    • 5月24日・6月1日:バスターミナルが北口に集約される(大阪市営バスは5月21日から、西日本JRバスは6月1日から)
    • 6月16日:ギャレ大阪西館跡地に「ALBi」が開業。
  • 2012年(平成24年)
    • 6月30日:「フロートコート」が閉鎖。
    • 10月31日:「エキマルシェ大阪」が開業。
    • 「トラベルコート」が閉鎖。
  • 2014年(平成26年)

その他[編集]

初代大阪駅舎の駅前には高さ10メートルの時鐘台があり、発車5分前になると鐘を鳴らしていた。この鐘は駅が二代目に改築された時に行方が分からなくなったが、三代目が建築された頃に保線区で逆さ向きにして手洗い鉢にされているのが発見され、急遽回収されたという逸話が残っている。その後、1960年日本国有鉄道により鉄道記念物に指定され、今は交通科学博物館に保存展示されている。重さ約100kg。 後に大阪駅でもう一つの鐘(重さ28kg)が保管されている事が発覚し、時鐘は二つあったと推測されている[18]

この鐘は1980年5月から大阪駅北ビルで「旅立ちの鐘」として展示されたが、駅改良工事に伴い2010年11月に撤去された[19]

1901年の二代目大阪駅舎建設時、正面玄関の左右に銅像の「噴水小僧」が2体設置された。1体は三代目駅舎建設時に移転する際に行方不明になり、もう1体が中央コンコースの人工池に展示され待ち合わせ場所として親しまれていたが、五代目大阪駅舎に引き継がれることなく、駅改良工事に伴い2004年3月に撤去された[19]

駅構造[編集]

ホーム・線路は、高架上に東西に伸びている。以前は7面13線のホームがあったが、2004年より行われている再開発工事に伴い一時期5面10線にまで縮小した後、2009年12月20日より新11番のりばの供用を開始して以降は6面11線となって現在に至る[20]

改札口は、御堂筋口・南口・中央口・桜橋口・連絡橋口の5か所がある。中央口と桜橋口は、改札内の大半が中2階の乗り換え通路になっている。御堂筋口・中央口・連絡橋口には南北を結ぶ改札外のコンコースがあり、両端に駅の出入口がある。御堂筋南口・御堂筋北口・中央南口・桜橋口には地下街や阪急・阪神・地下鉄の梅田駅につながる階段やエスカレーターがある。

2010年11月1日より橋上駅舎3階の乗り換え専用通路の使用が開始され[21]2011年4月11日には新しい改札口「連絡橋口」の供用が開始された[22]

駅ビル
駅南側に27階建て、高さ122.3mの駅ビル「アクティ大阪」から改称した「サウスゲートビルディング」があり、大丸梅田店ホテルグランヴィア大阪が入居している。また駅北側には大阪駅開発プロジェクトに基づいて建設されたされた「ノースゲートビルディング」があり、西側の高層棟(28階建て・高さ約150m)と東側の低層棟(13階建て・高さ約78m)から構成され、百貨店のJR大阪三越伊勢丹やファッションビル「ルクア」(LUCUA)、シネコンの「大阪ステーションシティシネマ」やスポーツクラブ、オフィスなのが入居している。サウスゲートビルの東側に、再開発工事に伴い駅内の商業施設を移設した、2012年までの期間限定の仮施設である「フロートコート」と、ビルの西側に同じく期間限定の仮施設「トラベルコート」があったが、フロートコートは先行して2012年6月30日をもって閉鎖された。北側にはかつて低層の駅ビル(北ビル)があり飲食店などが入っていたが、ノースゲートビル建設工事のため解体された。
駅ナカ
御堂筋口には「イーストコートミドー」(EAST COURT mido) があり、高級スーパーのいかりスーパー、カフェのデリカフェ (DELI CAFE) などがある。中央口には「セントラルコート」(CENTRAL COURT) があり、コンビニのデイリーイン・土産物店・飲食店などが並ぶ。改札内にはキヨスクのほか、中央口と桜橋口を結ぶ連絡通路などに、ベーグル店 (BAGEL & BAGEL)、ロールケーキ店(クリオネ)、喫茶店やハートインがある。かつて中央口西側に専門店街「ギャレ大阪」(GARE) があったが、大阪ステーションシティの開業による商業施設の再編により2011年3月31日で閉館し、ギャレ大阪の西館は、2011年6月16日に新商業施設「ALBi」として再オープン。本館は2012年10月31日に「エキマルシェ大阪」としてオープンした[23]
地下街
大規模な地下街が展開する梅田にありながら、地下が存在するエリアは限られている。地下が存在するのはアクティ大阪(大丸梅田店)とそれに沿って東西に延びる専門店街「クロスト」(crost) のみである。南北に駅を横断する地下通路や地下改札は設置されておらず、現在行われている再開発工事でも設置されない。これは軟弱な地盤と、地下水くみ上げによる地盤沈下対策として、1952年(昭和27年)から1964年(昭和39年)に、度重なる改良工事がアンダーピニング工法などにより行われた結果、地下深くの天満層まで200本を超える杭が埋まっているからである[24]

のりば[編集]

のりば番号[25] 路線 方向 行先
1 大阪環状線 内回り 西九条弁天町天王寺方面
JRゆめ咲線 ユニバーサルシティ方面
大和路線 王寺奈良方面
阪和線 和歌山方面
関西空港線 関西空港方面
2 大阪環状線 外回り 京橋鶴橋・天王寺方面
3 JR宝塚線・福知山線 下り 宝塚新三田篠山口福知山方面
特急「こうのとり 福知山・城崎温泉方面
特急「スーパーはくと 鳥取倉吉方面
JR神戸線 三ノ宮明石姫路方面
4 JR宝塚線・福知山線 宝塚・新三田・篠山口・福知山方面
特急「こうのとり」 福知山・城崎温泉方面
JR神戸線 三ノ宮・明石・姫路方面
特急「はまかぜ 城崎温泉・浜坂方面
5 JR神戸線 三ノ宮・明石・姫路方面
6 JR宝塚線 普通 宝塚・新三田方面
JR神戸線 三ノ宮・明石・姫路方面
7・8・9 JR京都線 上り 新大阪高槻京都方面
10 JR京都線
特急「びわこエクスプレス[26] 米原方面
寝台特急「トワイライトエクスプレス[27] 札幌方面
11 特急「サンダーバード 金沢富山方面
特急「しなの[28] 松本長野方面
特急「ひだ[29] 高山方面
寝台特急「サンライズ瀬戸サンライズ出雲[30] 東京方面

ダイヤ[編集]

近距離列車[編集]

JR神戸線・京都線
日中は1時間あたり新快速・快速がそれぞれ4本と普通が8本発着する。朝ラッシュ時は新快速・快速(当駅止まり含む)がそれぞれ8分間隔と普通が4分間隔で到着する。夕方は新快速が当駅始発を含めて7分半間隔で発車する。
JR宝塚線
日中は1時間あたり快速(丹波路快速を含む)・普通(JR京都線直通)がそれぞれ4本発着する[31]。朝晩は本数が多くなり、福知山駅発着の快速も設定されている。当駅始発の普通は塚本駅を通過する。
大阪環状線
日中時間帯は1時間あたり大阪環状線を一周する普通・大和路快速・関空/紀州路快速がそれぞれ4本発着する[31]。朝晩は本数が多くなる。JRゆめ咲線直通は日中とラッシュ時を除く時間帯に運行されている。

優等列車[編集]

当駅は北陸や北日本方面への特急の始発・終着駅として機能している。西行きの特急は「はまかぜ」のみが当駅始発で、それ以外の列車は新幹線への連絡を考慮して新大阪駅や京都駅まで直通する。米原駅草津駅・京都駅 - 関西空港駅間の特急「はるか」や、京都駅・新大阪駅 - 和歌山駅・海南駅・紀伊田辺駅・白浜駅・新宮駅間の特急「くろしお」および快速は梅田貨物線を経由するため、当駅には停車しない。また、貨物列車は当駅を通らず北方貨物線や梅田貨物線を経由するが北ヤードの再開発とともに新線に移設し地下に北梅田駅(仮称)を設置する予定である。

引き上げ線[編集]

引き上げ線が大阪環状線ホームの西に2線、東海道本線ホームの東と西にそれぞれ1線ずつ設置されている。大阪環状線の引き上げ線は、当駅止まりの列車の折り返しなどに使用され、東海道本線の引き上げ線はJR京都線の4時台の始発列車および、その次の列車が宮原総合運転所から回送されてくる時と、1時到着の最終列車が宮原総合運転所へ回送される際に、西引き上げ線で折り返す。

ホームの使い分け[編集]

JR神戸・京都線については、基本的に普通が6・7番のりば、快速と新快速が5・8番のりばに停車する。ただし、平日朝と夕方のラッシュ時以降は新快速の停車ホームが3・4番のりばと9・10番のりばに変わり、平日朝は快速も3番のりばと9・10番のりばを使用する。日中時間帯は、JR宝塚線直通の普通と新快速、神戸方面発着の普通と快速という組み合わせで緩急接続が行われる。

東海道本線上り方面へ向かう特急列車のうち、新大阪行き・京都行き・米原行きの特急(一部)が9・10番のりばを、平日朝のこうのとり2号(新大阪行き)は8番のりばを使用する。北陸方面、東京方面の特急(「サンライズ瀬戸・出雲」号)は11番のりばから発車する。 京都方面からの当駅止まりの特急列車は原則として3・4番のりばに到着するが、夕方ラッシュ時には5番のりばに到着する列車もある。

大阪駅開発プロジェクト[編集]

ホーム上屋交換前

2004年より、大規模改良・再開発事業である「大阪駅開発プロジェクト」が行われている。

再開発エリアは「大阪ステーションシティ」(OSAKA STATION CITY) と名付けられ[32]、広場・通路の整備、ノースゲートビルディングの建設、「アクティ大阪」から改称したサウスゲートビルディングの増築が行われている。店舗面積(三越伊勢丹・大丸・ルクアを合算)で134,000㎡と大規模なものとなり、ららぽーとTOKYO-BAY(千葉県船橋市、115000m²)を抜いて西日本最大、日本第2位の規模を誇る商業施設となる。2011年5月4日にグランドオープンした。

プラットホーム中央部を覆うように弧を描く巨大な片流れの大屋根が設置された。東西長約180m、南北長約100mで、高さは最も高い地点で約50mに達する。一部にガラスが使われ、自然光が差し込む作りである。これに伴って既存のホーム屋根は端部を残して撤去される予定だったが、風に飛ばされた雨が屋根の横から吹き込むことが判明したため[33]、透明なガラス製の屋根を設置することとなった[34]

また、駅改良工事としてホーム上に建設された人工地盤に新しく橋上駅舎が設置されると共に、8番のりばなどの拡幅による混雑緩和や御堂筋口の中2階通路の廃止によるコンコースのフラット化やエスカレーター増設などのバリアフリー化も図られた。橋上駅舎には新しい改札口「連絡橋口」が設置され、2010年11月1日から暫定的に乗り換え専用通路として使用し[20]、2011年4月11日に供用を開始している[22]

総事業費は2,100億円に及ぶ[35]。現在の当駅の平均乗降客数は85万人だが、JR西日本では大阪ステーションシティの開業で91万人にまで増えると想定している。また、開業後の当駅の増収効果を鉄道業や流通業、ビルのテナント料収入などで年間725億円と試算され、開業当初は減価償却費などがかさむが、5 - 6年後には利益を生み始めると見積もられている[36]

ホームの変更[編集]

工事中当時の11番のりば
旧6番のりばと旧7番のりばに存在した留置線跡。非常に急な曲線を描き7番ホームに列車は入線する。

新北ビルの建設用地を捻出するため、ホームの削減工事が行われた。削減に伴い、7面13線から6面11線となっている。ホーム数削減工事は、2004年5月16日に福知山線方面への快速列車・特急列車の発車や北陸方面からの特急列車が到着していた旧1・2番のりば(現在の3・4番のりば)の使用を停止し、同ホームの工事が行われた[16]。2005年2月27日から同ホームは3・4番のりばに改められると同時に、「環状内回りのりば」「環状外回りのりば」と割り振られていた大阪環状線のホームは1・2番のりばに変更された[14]。その後も順次、各ホームごとに10番のりばまで工事が行われ、一時は5面10線まで縮小された。また、旧6番のりばと旧7番のりばの間にあった留置用の中線は撤去されている。

このホーム数の削減に合わせてホームの改修工事が行われた。主な工事内容は次の通り。

  • 御堂筋口の中2階通路の撤去
  • エスカレーターの新設
  • 階段の改良
  • 上屋改良
  • 床の張替え(タイルへの変更)
  • 橋上駅舎新設の準備工事


のりば表記と各ホームの切替日
ホーム 改良工事前 2004年5月16日 2005年2月27日 2005年10月16日 2006年7月30日 2007年4月8日 2009年12月22日
環状線ホーム 内回り
西九条・天王寺方面
内回り
西九条・天王寺方面
1
西九条・天王寺方面
外回り
京橋・鶴橋方面
外回り
京橋・鶴橋方面
2
京橋・鶴橋方面
1号ホーム 1・2
JR宝塚線・山陰方面特急
使用停止 3・4
JR宝塚線・山陰方面特急
JR神戸線 姫路方面
2号ホーム 3・4
JR神戸線 姫路方面
3・4
JR宝塚線・山陰方面特急
JR神戸線 姫路方面
使用停止 5・6
JR神戸線 姫路方面
JR宝塚線 普通
3号ホーム 5・6
JR神戸線 姫路方面
JR宝塚線 普通
5・6
JR神戸線 姫路方面
JR宝塚線 普通
使用停止 7・8
JR京都線 京都方面
4号ホーム 7・8
JR京都線 京都方面
7・8
JR京都線 京都方面
使用停止 9・10
JR京都線 京都方面
北陸方面特急
9・10
JR京都線 京都方面
5号ホーム 9・10
JR京都線 京都方面
9・10
JR京都線 京都方面
使用停止 11
北陸方面特急
6号ホーム 11
北陸方面特急
11
北陸方面特急
撤去(駐車場連絡通路、タクシー乗り場転用)

旧11番のりばのうち約100mほどは立体駐車場への連絡通路へと転用されたが、ホーム時代の屋根等がほぼ廃止時のままの形で再利用されており往年の面影を残している。[37]

またホームの改良工事にあわせて、3・4番のりばとホーム前後のポイント改良工事により速度制限が緩和され(30→60km/h)、同様に10番のりば神戸側は50km制限へ、9・11番のりば神戸側も60km/h制限へと緩和された。

平日ラッシュ時はJR神戸線の新快速とJR宝塚線の当駅始発の列車(特急・快速)が同じホームに停車するため、この時間帯の北陸方面からの「サンダーバード」は比較的余裕のある5・6番のりばに到着することが多くなる。

案内サイン[編集]

大阪駅の案内サインはJR西日本の標準的な色分けで原則として青地に白抜き文字であったが、改良工事にあわせて変更されている。御堂筋口を中心に黒地に白抜き文字に変更されたが、中央口・桜橋口の中2階からホームに上がる階段の案内は赤茶色地になった。ホームへの階段、エスカレーター脇の案内は、従来よりもかなり大きなものが設置されており、遠くからものりば番号が把握しやすくなっている。2010年11月1日より使用できるようになった橋上駅舎では、のりば番号の下にラインカラーが併用されている。また、御堂筋口・中央口を皮切りに日本語・英語・中国語・韓国語の4カ国語表示に切り替えられ、ユニバーサルデザインのピクトグラムも導入されている。また橋上駅舎の完成後は全面的に案内板などでLED照明が採用されている。このような案内サインは大阪駅のほかにも2013年現在、大規模な改良工事が行われている新大阪駅、天王寺駅でも随時導入が行われている。

駅弁[編集]

主な駅弁は下記の通り[38]。現在では淡路屋が駅弁の販売を担当している。

  • こだわりおにぎり
  • 京風幕の内弁当
  • ひっぱりだこ飯
  • こてまり
  • 京洛紀行
  • かぐやの里
  • 神戸のステーキ弁当
  • あっちっち大阪鶴橋風焼肉重

利用状況[編集]

2012年(平成24年)度の一日平均乗車人員413,614人である[39]。この数字はJR西日本管内の駅で最大であり、京阪神および西日本で最多の利用客を誇る。

1987年度から1995年度にかけての8年間で乗車人員は16万人以上増加して47万人を越えたが、その後は利用者数が減少し、2010年度に40万人を割り込んだ。その結果、同年度はJR各社の乗車人員の比較において、以前は大阪駅よりも下位であった横浜駅(JR東日本)に次ぐ第5位となったが、2011年度に大阪ステーションシティが開業したことで、JR大阪駅の利用者が前年同期比で14%増加したと発表[40]したほか、大阪駅のリニューアル効果によりお盆期間中の利用が前年比で7%増加した[41]。これにより、2012年度はJR各社の乗車人員の比較において、横浜駅および渋谷駅(JR東日本)を上回る第3位となった。

各年度の一日平均乗車人員は下表のとおり。

年度 1日平均 乗車人員 出典
総数 定期
1984年(昭和59年) 286,677 [42]
1985年(昭和60年) 292,556 [43]
1986年(昭和61年)
1987年(昭和62年) 316,334 [44]
1988年(昭和63年) 326,138 206,793 [45]
1989年(平成元年) 368,203 215,637 [46]
1990年(平成02年) 400,043 228,789 [47]
1991年(平成03年) 414,234 239,115 [48]
1992年(平成04年) 430,109 249,674 [49]
1993年(平成05年) 437,581 255,136 [50]
1994年(平成06年) 444,277 259,803 [51]
1995年(平成07年) 477,918 275,651 [52]
1996年(平成08年) 475,887 274,959 [53]
1997年(平成09年) 439,302 256,473 [54]
1998年(平成10年) 429,719 248,451 [55]
1999年(平成11年) 425,461 243,474 [56]
2000年(平成12年) 424,259 241,612 [57]
2001年(平成13年) 430,995 241,777 [58]
2002年(平成14年) 419,770 239,208 [59]
2003年(平成15年) 425,876 240,172 [60]
2004年(平成16年) 426,348 240,511 [61]
2005年(平成17年) 425,197 239,462 [62]
2006年(平成18年) 423,454 237,654 [63]
2007年(平成19年) 425,010 236,289 [64]
2008年(平成20年) 422,429 233,298 [65]
2009年(平成21年) 401,485 225,260 [66]
2010年(平成22年) 394,503 220,602 [67]
2011年(平成23年) 406,576 220,755 [68]
2012年(平成24年) 413,614 221,325 [39]

駅周辺[編集]

1985年当時の大阪駅付近。大阪駅は画面下。右上は阪急梅田駅、左上は梅田貨物駅。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅周辺は西日本最大の繁華街、オフィス街となっている。

改札を出てすぐの駅構内に、土産物屋やショッピングモール、観光案内所があり、利用者の便宜が図られている。高速バス乗り場やタクシー乗り場、ビジネス街も近いところから、近隣の交通や経済の要となっている駅である。リッツ・カールトンヒルトンなどの有名ホテルも近い。

北側には梅田貨物駅があったが、2013年4月1日に廃止された(貨物駅機能は百済貨物ターミナル駅吹田貨物ターミナル駅に移転)。跡地(大阪駅北地区)は再開発が計画されている。そのうち東側の一部は貨物駅廃止以前に先行して再開発が進められ、2013年4月にグランフロント大阪として開業した。

バス[編集]

乗車制度の特例[編集]

JRの乗り換え駅である北新地駅とは別の駅であるが、JR東西線の京橋駅 - 北新地駅間、または北新地駅 - 尼崎駅間に有効な定期券回数券では、北新地駅と同一駅扱いとして当駅でも乗り降りできる。また普通乗車券においては、大阪市内発着となる長距離券による両駅間の乗り換えが認められており、尼崎駅以遠(塚口立花方面)各駅から相互発着となる近距離切符の場合は、当駅からの営業・運賃計算キロで計算する特例がある。

隣の駅[編集]

※特急・急行列車の停車駅は各列車記事を参照のこと。

西日本旅客鉄道
JR京都線・JR神戸線・JR宝塚線(東海道本線)
新快速・丹波路快速[69]快速[70]
新大阪駅 - 大阪駅 - 尼崎駅
普通
新大阪駅 - 大阪駅 - 塚本駅(JR宝塚線、福知山線直通大阪駅始発普通は尼崎駅)
大阪環状線
大和路快速・区間快速・関空快速・紀州路快速・快速・直通快速(外回りのみ運行)・普通
天満駅 - 大阪駅 - 福島駅

脚注[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年 ISBN 978-4533029806
  2. ^ 「鉄道 歴史・地理なるほど探検ガイド」(川島令三岡田直 2002年 PHP研究所
  3. ^ 朝日新聞2011年5月31日「104年前殉職駅員の碑に新入社員ら献花 JR大阪駅」
  4. ^ 「旧国鉄大阪駅学徒報国隊『あゝ紅の血は燃ゆる』学徒動員の思い出」p.95「6月1日、7日の大空襲」※復旧の日時は不明
  5. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.362。
  6. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.47。
  7. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.364。
  8. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.366。
  9. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.110。
  10. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.180。
  11. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.379。
  12. ^ 『近畿地方の日本国有鉄道-大阪・天王寺・福知山鉄道局史』大阪・天王寺・福知山鉄道局史編集委員会、2004年、p.210。
  13. ^ 「ICOCA」いよいよデビュー! 〜 平成15年11月1日(土)よりサービス開始いたします 〜(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2003年8月30日
  14. ^ a b 2005年1月定例社長会見(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2005年1月19日
  15. ^ a b 2005年2月定例社長会見(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2005年2月17日
  16. ^ a b 大阪駅改良工事の本体工事着手のおしらせ(インターネット・アーカイブ)- 西日本旅客鉄道プレスリリース 2004年4月19日
  17. ^ 大阪駅の発車メロディ やしきたかじんさん「やっぱ好きやねん」に決定! - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2014年3月31日
  18. ^ 時鐘に関しては「大阪駅物語」P187-191
  19. ^ a b 「噴水小僧」「旅立ちの鐘」 新装大阪駅に居場所なく - 朝日新聞 2011年4月30日
  20. ^ a b 大阪駅 新5号ホーム(11番のりば)の使用開始について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2009年11月19日(2009年11月22日時点のアーカイブ
  21. ^ 2010年9月定例社長会見 - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年9月15日(2010年9月19日時点のアーカイブ
  22. ^ a b 2011年1月定例社長会見 - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2011年1月19日(2011年1月24日時点のアーカイブ
  23. ^ 大阪駅「ギャレ大阪」跡地の開発について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2012年5月23日(2012年5月26日時点のアーカイブ
  24. ^ 地盤沈下の名残は現在も駅構内にある。線路にまで段差ができてしまったため、「国鉄で最も急な勾配がある駅」とまで言われたこともある。
  25. ^ 大阪駅|構内図:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  26. ^ 列車詳細情報|駅時刻表:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  27. ^ 列車詳細情報|駅時刻表:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  28. ^ 列車詳細情報|駅時刻表:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  29. ^ 列車詳細情報|駅時刻表:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  30. ^ 列車詳細情報|駅時刻表:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道、2012年5月17日閲覧。
  31. ^ a b 平成23年春ダイヤ改正について (PDF) - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年12月17日
  32. ^ 大阪駅開発プロジェクトの開発エリアおよびビルの名称・ロゴ決定について - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2010年1月22日(2010年1月26日時点のアーカイブ
  33. ^ “JR大阪駅、古い屋根外せず 新装大屋根、雨吹き込む”. asahi.com (朝日新聞社). (2011年5月19日). オリジナル2011年5月20日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110520055044/http://www.asahi.com/national/update/0519/OSK201105190031.html 
  34. ^ 大阪駅ホーム屋根に関わる工事計画などについて - 西日本旅客鉄道プレスリリース 2011年7月1日(2011年7月5日時点のアーカイブ
  35. ^ “ドームと空中回廊の玄関駅、名称「大阪ステーションシティ」”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年1月15日). http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100125/biz1001250948001-n1.htm [リンク切れ]
  36. ^ “JR大阪駅改修で乗降客数は6万人増の91万人へ”. イザ! (産経デジタル). (2010年9月23日). オリジナル2010年11月30日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20101130010511/http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/other/443133/ 
  37. ^ “通路として残った!郷愁の大阪駅旧11番ホーム”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2011年5月19日). http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110518-OYT1T00854.htm [リンク切れ]
  38. ^ 『JR時刻表』2010年8月号、交通新聞社、p.241。
  39. ^ a b 大阪府統計年鑑(平成25年)JR各駅別乗車人員
  40. ^ “JR大阪駅の利用者14%増 商業施設は一日37万人 JR西日本・佐々木社長”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2011年5月20日). オリジナル2011年5月23日時点によるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20110523060103/http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110520/biz11052023020070-n1.htm 
  41. ^ “お盆期間、JR西日本利用は前年比7%増”. 神戸新聞NEWS (神戸新聞社). (2011年8月19日). http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004385474.shtml [リンク切れ]
  42. ^ 昭和61年度大阪府統計年鑑(昭和62年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.210
  43. ^ 昭和61年度大阪府統計年鑑(昭和62年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.210
  44. ^ 『'88 JR西日本』西日本旅客鉄道、1988年、p.20。
  45. ^ 平成2年度大阪府統計年鑑(平成3年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.212
  46. ^ 平成2年度大阪府統計年鑑(平成3年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.212
  47. ^ 平成3年度大阪府統計年鑑(平成4年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.212
  48. ^ 平成4年度大阪府統計年鑑(平成5年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.212
  49. ^ 平成5年度大阪府統計年鑑(平成6年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.194
  50. ^ 平成6年度大阪府統計年鑑(平成7年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.192
  51. ^ 平成7年度大阪府統計年鑑(平成8年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.194
  52. ^ 平成8年度大阪府統計年鑑(平成9年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.190
  53. ^ 平成9年度大阪府統計年鑑(平成10年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.194
  54. ^ 平成10年度大阪府統計年鑑(平成11年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.194
  55. ^ 平成11年度大阪府統計年鑑(平成12年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.194
  56. ^ 平成12年度大阪府統計年鑑(平成13年3月刊行)運輸及び通信 (PDF) - 大阪府 p.206
  57. ^ 大阪府統計年鑑(平成14年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  58. ^ 大阪府統計年鑑(平成15年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  59. ^ 大阪府統計年鑑(平成16年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  60. ^ 大阪府統計年鑑(平成17年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  61. ^ 大阪府統計年鑑(平成18年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  62. ^ 大阪府統計年鑑(平成19年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  63. ^ 大阪府統計年鑑(平成20年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  64. ^ 大阪府統計年鑑(平成21年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  65. ^ 大阪府統計年鑑(平成22年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  66. ^ 大阪府統計年鑑(平成23年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  67. ^ 大阪府統計年鑑(平成24年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  68. ^ 大阪府統計年鑑(平成25年3月刊行)JR各駅別乗車人員 (Excel) - 大阪府
  69. ^ 丹波路快速はJR京都線と直通運転しない。
  70. ^ JR宝塚線の快速はJR京都線と直通運転しない。

参考文献[編集]

  • 『大阪駅物語』朝日新聞大阪本社社会編、弘済出版社、1980年。
  • 『大阪駅の歴史』大阪ターミナルビル株式会社、2003年。
  • 「旧国鉄大阪駅学徒報国隊『あゝ紅の血は燃ゆる』学徒動員の思い出」旧国鉄大阪駅学徒報国隊合同懇親会編、1993年(関西大学図書館、立命館大学国際平和ミュージアム所蔵)。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]