ブルートレイン (日本)

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ブルートレイン

ブルートレイン「はやぶさ」・「富士」(14系
東京駅に到着した「はやぶさ」・「富士」(2009年撮影)
ブルートレイン色(青15号クリーム1号
ブルートレインを象徴する車体色。ブルトレ色とも称す。

日本におけるブルートレイン英語表記:Blue Train)は、客車を使用した寝台列車を指す愛称である。ただし、「あさかぜ」などといった「列車愛称」とは異なる、包括的な列車の愛称である。ブルトレとも略称される。

一般には、1958年昭和33年)に登場した国鉄20系客車(以後「20系」と略す)以降の、青い車体色(実際は藍色に近い、青15号cf. 国鉄色#特急車両の塗色)で特徴付けられた固定編成専用寝台客車を使用した特急列車を指す。その創始は、同年10月に車両が旧形のものから20系に置き換えられた「あさかぜ」である。

概要[編集]

「あさかぜ」以降の、20系14系14形・15形寝台車24系24形・25形で編成される寝台列車がこの名で呼ばれる。しかし、座席車が半数以上連結される列車でも「ブルートレイン」と称される事例も見られた。北海道では、1982年に在来形客車の代替車両として14系客車が用いられたこともあり、当時の夜行列車である「利尻」・「まりも」・「大雪」も「ブルートレイン」と称された。

逆に、寝台列車ではあっても、電車である581・583系を使用した「ゆうづる」・「はくつる」「月光」・「きりしま」・「明星」・「彗星」などは、「ブルートレイン」と称せなかった。

このため、285系「サンライズエクスプレス」への移行や、気動車に寝台客車を併結する形になった「利尻」・「おおぞら13・14号」→「まりも」なども、同様にブルートレインと称していない。

昼行列車では、20系客車が登場した1958年から運行開始した上野駅 - 青森駅間の昼行特急列車「はつかり」の車両に、20系と同様の青を基調とした車体色が用いられた。しかし、「はつかり」は2年後の1960年にはキハ81系気動車によりディーゼル列車化され、これ以降、客車による昼行特急が定期列車に設定されることはなかった。それゆえ、客車昼行特急列車を「ブルートレイン」と呼ぶ習慣は成立しなかった。

しかし、1970年代以降臨時列車で運行された「つばさ51号」など、1214系座席車を用いた列車を「ブルートレイン」と紹介する例もあるが、一般的ではない。

ブルートレインの商標権[編集]

2007年11月現在『ブルートレイン』の商標権はイトーキタカラトミー東日本旅客鉄道サンリオコナミデジタルエンタテインメント小杉産業が保有している。

ブルートレインブームの際、ヘッドマークをあしらった商品が各社から多数発売されたが、これらの商品について、国鉄の監修ならびに使用料などの関わりは一切ない。これは、公共企業体であった国鉄が商標権を保有できなかった間隙を突いたものであり、現在においても、国鉄時代にデザインされた車両やヘッドマークは、日本国民の共有財産であって、現在のJRグループ各社に独占的権利はない。

沿革[編集]

国鉄20系客車の登場と名称の起こり[編集]

日本のブルートレインの元祖

国鉄20系客車 ナハネフ22 1
鎌倉総合車両センターにて2004年撮影(※現在は鉄道博物館にて保存・展示の車両)。

1956年東京駅 - 博多駅間で運行を開始した「あさかぜ」は、京阪神を深夜に通過するダイヤ設定で関西からの反発はあったものの、乗車率は好調であった[1]。しかし、現行のA寝台に相当する二等寝台車として、戦前製造のツーリスト式寝台車を使用したり、列車によっては、急行列車に用いられる車両を使用したため、特急列車に見合う車両が求められるようになる。

そのために設計・製造された車両が20系である(詳細は国鉄20系客車)。日本の客車としては初となる「固定編成」の考えに基づき、初めて全車両に空調設備を設け、食堂車で電気レンジを調理に用いるなど、編成内のすべてのサービス電源を編成端の電源車で賄う「完全電化」された車両となった。また、塗色は、同じ1958年に登場した昼行特急列車用の電車である20系電車(のちに称号改正で151系電車→181系)が、クリーム(クリーム4号)と赤(赤2号)の明るい塗色を採用したのに対し、ヨーロッパの寝台車に多く用いられていた青(青15号)が選ばれ、屋根以外を青色にし、クリーム(クリーム1号)の細いラインを車両側面の上部・中央・下部の3か所に入れたものとした。

当初20系は、(東京対)九州方面の寝台特急列車のみに充当されたため、この車両を用いた列車は「九州特急」などと呼ばれ、その車両は固定編成客車と呼ばれた。しかし1964年からは、東京から北へ向かう「はくつる」に充当されるようになったことから、「九州特急」の呼称は不適切なものになった。その結果、ジャズナンバーの一つにもあり、国際寝台車会社の夜行列車「ル・トラン・ブルー(青列車)」にあやかった「ブルートレイン」の呼称が普及したと見られる[要出典]。 1965年頃からは、趣味誌において「ブルー・トレーン」という表現が使われ始めている[2] 。国鉄文書での最初の使用は、PR誌『国鉄通信』1966年8月22日号である[3]が、国鉄関係者執筆の文書による使用は『運転協会誌』1966年8月号で既に使われている[4]。このように、元々は非公式な俗称であったが、1965年ごろから1970年代にかけて以下の施策も相まって、国鉄当局によって盛んに用いられるようになったと考えられる[要出典]

ニューブルートレインの登場[編集]

1970年日本万国博覧会(いわゆる「大阪万博」)の開催に伴う輸送力確保のため、座席車として12系が製造される。この車両は、室内の冷暖房用として大容量のディーゼル発電機が採用されたが、臨時列車や団体専用列車に充当される前提のため、編成中の緩急車から供給する分散電源方式となった。また当時、既に20系以外の一部客車の塗色にも青15号の車両が存在したことへの差別化と、新幹線連絡のイメージから、車体色には0系電車と同じ、より鮮やかな青(青20号)の地色に、アイボリーホワイト(クリーム10号)の2条の帯が採用された。

この12系の設計をもとに新製された寝台車である14系は、20系車両までのB寝台の寝台幅52cmを踏襲せず、581・583系の寝台幅に合わせ、70cmが採用された。これにより20系との差別化が図られ、登場当時は"ニューブルートレイン"とも称された。外観も12系の塗色が引き継がれ、青20号にクリーム10号の帯2条となった。

以降、20系と同じく集中電源方式を採用した24系も、14系と同様の設計で製造される。またB寝台が2段化された24系25形、14系15形では、塗色は単に青1色となるが、白帯(クリーム10号)の替わりにステンレス製の帯が巻かれ、保守の面では一層の省力化が図られる。なお初期の14系と24系も、24系25形や14系15形と同様に2段式寝台に改修が行われるが、寝台の変更のみで更衣室が残るなどの差違が見られるものの、運用面での差違は(特にJRになってからは)少なくなっている。

この14系と24系は、車両構造においてサービス電源の方式以外は設計上類似した部分が多いことから、1980年代半ば以降より個室寝台などに改造を行うにあたり、14系と24系との間で車種変更が行われる事例が頻繁に見られるようになった。

ブルトレブーム[編集]

これら"ニューブルートレイン"が登場した1970年代、とりわけ後半から、国鉄の運賃・料金の値上げと航空機新幹線高速バスの普及などによる寝台列車自体の衰退が始まっており、国鉄が、居住性を改善した新形式車の周知を図るため、「星の寝台特急」と称したPR作戦を行った。

例えば、24系25形寝台車登場以降、扉上部に星の数を表示し、それによるB寝台の区分(下表)を行った。

B寝台の区分
表示 寝台内容 該当車両
3段式寝台客車 20系客車
未改修の14・24系寝台客車
★★ 3段式寝台電車 581・583系
★★★ 2段式寝台客車 新製車両としては14系15形・24系25形が該当
14・24系でも2段式に改修された車両
★★★★ 4人個室寝台
「カルテット」
(1984年登場)
オハネ14形700番台、オハネ24形700番台
寝台特急「はやぶさ」のテールマーク/左端に「流れ星」のマークが用いられている。
ブルートレインのヘッドマーク
Blue train フェスティバル(品川駅)

また、このキャンペーンによって、寝台専用列車を表す「流れ星」のマークが登場している。

編成最後部でも方向幕を採用した14・24系では、"テールマーク"として図案化し、列車毎に使用することで差別化を図った。 この施策は、同時期に種別・列車名幕を設置した電車による昼行列車で採用された、「絵入りヘッドマーク」と並行して行われた。これは、従来は牽引する機関車や最後部車両にヘッドマークを取り付けていたが、このヘッドマークの取り付けが、東海道・山陽本線区間を牽引する電気機関車群を除き、保守の省力化に伴い1970年代までに事実上廃止されていたため[注釈 1]、これを簡易的な形ではあるが復活させる意味合いもあったとされる[要出典]。このため、寝台特急列車のうち「安芸」「いなば」は、ヘッドマークも絵入りテールマークも設定されなかった。この図案化したテールマークはおおむね好評だったことから、定期列車として運用されていた20系客車でも用いられた事例もある。

これらの施策により、1976年ごろから1980年代前半までは、鉄道ファンを中心にブルートレインの撮影が流行した。こういった一連の施策とファン達の動きは「ブルートレイン(略してブルトレ)ブーム」と称された。

1986年には、翌1987年に控えた国鉄分割民営化へ向けたダイヤ改正による個室寝台の増加もあり、B寝台の星による区分を廃したものの、施策自体はJR各社に継承される。

JRに継承された施策としては、1988年に開業した青函トンネルを経由して運行される列車の運行と、瀬戸大橋を経由して運行される列車の運行がある。このうち前者にあたる「北斗星」は、個室寝台を中心にした編成、専用色とした「青に3条の金帯」への塗色変更、食堂車の時間指定を行うなど、従来の列車とは著しく異なった列車として紹介され、当時のバブル景気の風潮に乗った豪華列車として成功した例となり、「トワイライトエクスプレス」や「カシオペア」などに繋がるものとなった。このため、以降青函トンネルを通過するため運行経路・経由地から"青函ブルトレ"と通称されることとなったが、「トワイライトエクスプレス」以降、車両塗色が青を基調としないものとなった関係で、これ以降「寝台列車」=「ブルートレイン」の構図は崩れた格好となる。なお、「北斗星」に続き、「あさかぜ1・4号」(運行当時)など、東海道・山陽本線経由の寝台特急でも列車のグレードアップが試行されたが、14系・24系客車の老朽化もあり、1990年代半ば以降、前記施策の継承は、ほとんど見られなくなった。

1990年代以降の動向[編集]

全車寝台車の急行列車は走行距離が600km以内と比較的短く、多くは東北上越新幹線の開業で存在価値を失ったこともあって、「銀河」を除き、JR移行前に全廃されている。また、急行列車「銀河」も2008年3月15日のダイヤ改正で廃止された。

特急列車についても1990年代半ばごろから縮小の方向へと向かっていく。 "九州ブルトレ"については、まず1993年3月18日のダイヤ改正で食堂車の営業が中止され、その後1994年12月3日のダイヤ改正で歴史ある「あさかぜ1・4号」と「みずほ」が臨時列車に格下げ(その後いずれも廃止)となったのを皮切りに、運行区間の短縮や複数列車の併結化による運行本数の削減が進められた。2000年代後半からは"九州ブルトレ"だけでなく関西 - 九州間や東京 - 中国地方間のブルトレについても急速に縮減が進められた。

2005年3月1日のダイヤ改正で「さくら」「あさかぜ」が、同年10月1日には「彗星」が廃止され、翌2006年3月18日のダイヤ改正では「出雲」が廃止された。2008年3月15日のダイヤ改正では「なは」「あかつき」が廃止され、関西 - 九州間のブルトレが消滅した。

2009年3月14日のダイヤ改正では、「はやぶさ」と「富士」が廃止されたことにより、東京駅発着の元祖「ブルートレイン」は全廃となり、東海道本線(山科-大阪間を除く)、山陽本線および九州島内からブルートレインが消滅した。牽引機であるEF65形EF66形などといった電気機関車も、旅客列車の定期運用がすべて消滅している。

JR東日本の調査によると、2005年における東京から西へ向かうブルートレイン運行路線全体の利用状況は、JR発足年である1987年の利用者数と比較すると、21%にまで落ち込んでいた[5]

東北方面でも、山形秋田新幹線開業を機に廃止や統合が相次いだ。2002年12月1日東北新幹線延長により「はくつる」が廃止となる。2008年3月15日のダイヤ改正では「北斗星」、「日本海」が減便された。2010年3月13日のダイヤ改正では、「北陸」が廃止となった[注釈 2]

さらに2012年3月17日のダイヤ改正では「日本海」が繁忙期のみ運行の臨時列車となった[6][7]

一方で2009年より、「北斗星」「カシオペア」等の牽引用として、EF510形電気機関車(500番台)が新造されている(詳細は該当記事を参照)。

2014年3月15日のダイヤ改正では、「あけぼの」が定期列車としては廃止され、臨時列車に格下げされた。これにより、臨時列車を除き、日本に残るブルートレインは「北斗星」のみになった。

今後の動向[編集]

現時点で運行されている列車についても、車両の老朽化や乗客減少などにより2015年までに全面廃止する方向で検討されている[8]

一方で、イベント等で臨時運行されるブルートレインはおおむね盛況である。例えば、JR東日本やJR九州が運行した「リバイバルトレイン」には抽選になるほどの応募が寄せられ、運行日には満員の客を乗せて運行した。また、ブルートレインの存続を望む意見もあった。例えば、北海道と青森、岩手両県は、2016年春の北海道新幹線の開業後も「北斗星」を存続させるよう要望した[9]。過去の事例として「出雲」でも同様の意見があった[10]が、結局廃止された。

ブルートレインの運行を全廃したJR九州が、九州を一周する豪華寝台列車「ななつ星in九州」を2013年10月15日から運行を開始した。同様の列車はJR東日本でも2016年度の運行開始が計画されているほか[11]、JR西日本でも2017年度運行開始予定と報じられている[12]

運行区間による俗称[編集]

「はくつる」の運行開始以降、発着地および経由地により"○○ブルトレ"という俗称が使用された。これらを以下に示す。

  • 九州ブルトレ:おもに東京九州各地発着の寝台特急列車。「あさかぜ」以来の「九州特急」がこれにあたる。最後まで残った「富士」・「はやぶさ」が2009年3月13日の運行を最後に廃止され、九州ブルトレはその歴史に幕を閉じた。
  • 関西ブルトレ:おもに京都新大阪大阪発着の寝台特急列車。1965年の「あかつき」の運行開始以降。2008年3月14日、「なは」・「あかつき」の廃止により九州方面のものは全廃。最後まで残った日本海縦貫線の「日本海」も2012年3月16日をもって廃止され、関西発着のブルトレもその歴史に幕を閉じた。
  • 東北ブルトレ:おもに上野東北各地発着の寝台特急列車。「はくつる」の運行開始以降。2002年以降では「あけぼの」が唯一該当する。
  • 山陰ブルトレ1972年、「出雲」が特急列車に昇格した際に用いられた。なおこれは、「九州ブルトレ」や「関西ブルトレ」との区別する意味合いと、一時期、出雲が「出雲」と「いなば」の2つの列車愛称を用いたことによる。2011年現在、山陰地方発着の寝台特急列車は「サンライズ出雲」のみになっているが、285系電車を使用しているため、ブルートレインとは言わない。
  • 青函ブルトレ青函トンネルを経由して、本州対北海道間を運行する寝台特急列車。1988年、上野駅 - 札幌駅間運行の「北斗星」の運行開始と、2006年3月まで、大阪 - 青森駅間運行の「日本海1・4号」(運行当時)が函館駅まで乗り入れたことから用いられる。

「ブルートレイン」一覧[編集]

「ブルートレイン」は厳密に定義されているわけではない。本章では、20系・14系・24系寝台車で編成された、「定期列車」かつ「寝台列車(寝台特急・寝台急行など)」を記載する。

なお、列車名のみであれば「夜行列車#日本の夜行列車」も参照のこと。

運行中の列車[編集]

寝台列車ではない急行「はまなす」(青森駅 - 札幌駅間)や臨時列車である「カシオペア」(上野駅 - 札幌駅間)「トワイライトエクスプレス」(大阪駅 - 札幌駅間)はブルートレインに含めていない。

列車名 運行区間 運行本数
(1日あたり)
備考
北斗星 上野駅 - 札幌駅間 1往復 A寝台個室・B寝台個室・食堂車連結

過去に運行された列車[編集]

列車種別・列車名・運行区間などは、直近の廃止時のものとする。

列車種別 列車名 最終運行区間・経由路線 廃止日・車両変更日 廃止事由など
寝台特急 安芸 新大阪駅 - 下関駅
呉線経由)
1978年10月1日 利用者減少
いなば 東京駅 - 米子駅 1978年10月1日 運行区間延長に伴い、「出雲」に統合
北星 上野駅 - 盛岡駅
東北本線経由)
1982年11月15日 東北新幹線開業に伴う運行系統再編
紀伊 東京駅 - 紀伊勝浦駅
関西本線紀勢本線経由)
1984年1月31日 利用者減少
明星 新大阪駅 - 西鹿児島駅[* 1]
鹿児島本線経由)
1986年11月1日(定期) 利用者減少に伴い、「なは」に統合
ゆうづる 上野駅 - 青森駅間
常磐線経由)
1988年3月13日 「北斗星」運行開始に伴う車両・ダイヤ確保。
電車寝台特急として存続(1993年11月30日運行終了)
出羽 上野駅 - 秋田駅間
(上越線・羽越本線・奥羽本線経由)
1993年12月1日 利用者減少に伴い、「鳥海」に統合
みずほ 東京駅 - 熊本駅・長崎駅間 1994年12月2日(定期)
1996年12月(臨時)
利用者減少
つるぎ 大阪駅 - 新潟駅 1994年12月2日(定期)
1996年12月(臨時)
利用者減少
鳥海 上野駅 - 青森駅間
(上越線・羽越本線・奥羽本線経由)
1997年3月22日 「あけぼの」に統合
瀬戸 東京駅 - 高松駅 1998年7月10日 使用車種の変更
現:「サンライズ瀬戸
はくつる 上野駅 - 青森駅間
(東北本線経由)
2002年11月30日 東北新幹線八戸延伸に伴う、
東北本線の並行在来線区間の青い森鉄道IGRいわて銀河鉄道への転換
ならびに在来線の運行系統再編[* 2]
あさかぜ 東京駅 - 下関駅間 2005年3月1日 利用者減少および車両老朽化
さくら 東京駅 - 長崎駅 2005年3月1日 利用者減少および車両老朽化
彗星 京都駅 - 南宮崎駅 2005年10月1日 利用者減少
出雲 東京駅 - 出雲市駅
山陽本線伯備線経由)
2006年3月17日 利用者減少および客車の老朽化
現:「サンライズ出雲[* 3]
あかつき 京都駅 - 長崎駅 2008年3月15日 利用者減少および車両老朽化
なは 京都駅 - 熊本駅 2008年3月15日 利用者減少および車両老朽化
はやぶさ 東京駅 - 熊本駅間 2009年3月14日 利用者減少および車両老朽化
富士 東京駅 - 大分駅 2009年3月14日 利用者減少および車両老朽化
北陸 上野駅 - 金沢駅
上越線経由)
2010年3月13日 利用者減少および車両老朽化
日本海 大阪駅 - 青森駅間 2012年3月17日(定期) 利用者減少
あけぼの 上野駅 - 青森駅間
上越線羽越本線経由)
2014年3月15日(定期) 利用者減少
寝台急行 新星 上野駅 - 仙台駅
(東北本線経由)
1982年11月15日 東北新幹線開業に伴う運行系統再編
十和田2号
(上下とも)
上野駅 - 青森駅間
(常磐線経由)
1982年11月15日 特急「ゆうづる」に昇格
天の川 上野駅 - 秋田駅
(上越線・白新線・羽越本線経由)
1985年3月14日(定期) 東北・上越新幹線上野乗り入れに伴う運転系統再編
銀河 東京駅 - 大阪駅 2008年3月15日 利用者減少と客車の老朽化
客車急行
[* 4]
さんべ5・6号 米子駅 - 博多駅[* 5] 1984年2月1日(定期) 利用者減少
きたぐに 大阪駅 - 新潟駅 1985年3月14日 使用車種の変更
津軽 上野駅 - 青森駅間
(奥羽本線経由)
1985年3月14日 寝台車連結廃止
1993年12月1日に定期運行終了
1998年の年始を最後に臨時運行終了
妙高 上野駅 - 直江津駅[* 6]
(信越本線経由)
1985年3月14日 使用車種の変更
1993年3月18日に運行終了
利尻 札幌駅 - 稚内駅 1991年3月16日 共通運用を行う昼行列車の速達化に伴う、座席車の車種変更。
大雪 札幌駅 - 網走駅 1992年3月15日 使用車種の変更に伴い、気動車特急「オホーツク」に昇格
2008年3月16日発をもって夜行「オホーツク」廃止。
かいもん 門司港駅 - 西鹿児島駅間[* 1][* 7]
(鹿児島本線経由)
1993年3月18日 使用車種の変更に伴い、特急「ドリームつばめ」に昇格
2004年3月13日に「ドリームつばめ」廃止
日南 博多駅 - 西鹿児島駅[* 1][* 8]
日豊本線経由)
1993年3月18日 使用車種の変更に伴い、特急「ドリームにちりん」に昇格
2011年3月12日に「ドリームにちりん」廃止
能登 上野駅 - 金沢駅
(信越本線経由)
1993年3月18日 使用車種の変更
まりも 札幌駅 - 釧路駅 1993年3月18日 使用車種の変更に伴い、気動車特急「おおぞら13・14号」に昇格
2001年7月1日に特急「まりも」に再改称
2008年8月31日発をもって「まりも」廃止。
ちくま 長野駅 - 大阪駅間 1997年10月1日 使用車種の変更に伴い、寝台車連結廃止
2003年10月1日に定期運行終了
2005年10月7日に臨時運行終了
だいせん 大阪駅 - 出雲市駅間
福知山線・山陰本線経由)
1999年10月2日 使用車種の変更に伴い、寝台車連結廃止。
2004年10月16日に運行終了
  1. ^ a b c 現・鹿児島中央駅。
  2. ^ 「はくつる」は、登場時より1968年10月実施のダイヤ改正まで、および1994年12月実施のダイヤ改正から廃止まで客車列車であったが、1968年10月から1994年12月まで583系を用いていた事から、ブルトレブームの時代とされる昭和50年代には「過去のブルートレイン」として紹介された。
  3. ^ ただし、「出雲」は京都駅 - 米子駅間の運行経路が山陰本線鳥取駅経由だったのに対し、現在の「サンライズ出雲」は山陽本線・伯備線経由であるため、完全に代替しているわけではない。
  4. ^ ここでは、20系・14系・24系客車を用いた夜行客車列車を指す。
  5. ^ 6号のみ松江駅→米子駅間普通列車。
  6. ^ 長野駅 - 直江津駅間普通列車。
  7. ^ 門司港駅 - 小倉駅間普通列車。
  8. ^ 宮崎駅 - 西鹿児島駅間普通列車。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 当時は国労・動労など労働組合の力が強く、あらゆる面において手のかかる面倒な作業を忌避する傾向が強かったことも一因であった。
  2. ^ 「北陸」に使用された車両の一部は、フィリピン国鉄に譲渡され、南方線の夜行列車としてマニラ(トゥトゥバン駅) - ナガ駅間を運行している。

出典[編集]

  1. ^ 雑誌『鉄道ファン』 2009年3月号 Vol.49 No.575 P37
  2. ^ 竹本紀元「北の流れ星」 『鉄道ファン』 1965年1月号(通巻第43号)、交友社、15頁。
  3. ^ 山田亮「ブルートレイン熱狂時代」 『鉄道ピクトリアル』 2007年8月号(通巻第792号)、鉄道図書刊行会、10-15頁。
  4. ^ 海老原浩一(国鉄四国支社列車課長)「ブルートレーンの歴史」『運転協会誌』1966年8月号、pp.30 - 31。
  5. ^ “東京駅発、消えゆくブルトレ「銀河」「富士」「はやぶさ」…利用客減、廃止の方向”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2007年11月26日). http://www.asahi.com/edu/nie/kiji/kiji/TKY200711260090.html 2014年12月5日閲覧。 
  6. ^ “2012年3月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2011年12月16日), http://www.jreast.co.jp/press/2011/20111211.pdf 2014年9月10日閲覧。 
  7. ^ “平成24年春ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2011年12月16日), http://www.westjr.co.jp/press/article/items/20111216_honsya.pdf 2014年12月5日閲覧。 
  8. ^ “「ブルートレイン」全面廃止へ 「あけぼの」来春「北斗星」も”. 47NEWS(共同通信) (全国新聞ネット(共同通信社)). (2013年11月7日). http://www.47news.jp/CN/201311/CN2013110601002308.html 2014年12月5日閲覧。 
  9. ^ “3道県、寝台特急「北斗星」の存続要請 国交省などに”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2014年8月19日). http://www.nikkei.com/article/DGXLASFC19H0G_Z10C14A8L41000/ 2014年9月28日閲覧。 
  10. ^ 平成17年11月定例会 議員提出議案第9号 寝台特急「出雲」の運行の継続を求める決議”. 鳥取県議会 (2005年12月16日). 2014年9月28日閲覧。
  11. ^ “「日本を楽しむあなただけの上質な体験」を感じる旅が始まります。〜 クルーズトレインの新造について 〜” (PDF) (プレスリリース), 東日本旅客鉄道, (2013年6月4日), http://www.jreast.co.jp/press/2013/20130603.pdf 2014年12月5日閲覧。 
  12. ^ “【鉄道】豪華寝台列車で巡る世界遺産…JR西日本が計画”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2013年5月4日). オリジナル2013年5月6日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130506005120/http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20130504-OYT1T00543.htm 2013年5月6日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 関崇博諸河久 『ブルートレイン』 保育社〈カラーブックス〉、1979年12月[1]ISBN未設定。
  • 関崇博、諸河久 『ブル-トレイン'85』 保育社〈カラーブックス〉、1985年8月ISBN 4-586-50689-XISBN-13 978-4-586-50689-7。

関連項目[編集]