あけぼの (列車)

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EF81形電気機関車の牽引による走行 - 2007年6月、高崎線(新町駅 - 神保原駅間)で撮影
EF64形電気機関車(1000番台)の牽引による走行 - 2009年5月、東北本線(鴬谷駅 - 日暮里駅間)で撮影
最後尾 - 2006年12月、上野駅で撮影
ヘッドマーク

あけぼのとは東日本旅客鉄道(JR東日本)が上野駅 - 青森駅間を東北本線高崎線上越線信越本線羽越本線奥羽本線を経由して運転する寝台特急列車

目次

[編集] 概要

上野駅 - 青森駅間を1日1往復、約13時間かけて運転している。

東北新幹線八戸延伸がなった2002年平成14年)12月1日以降は、東京都東北地方を結ぶ唯一の定期夜行列車となっている。

[編集] 停車駅

( )は、上り列車のみ停車。<>は、運転停車

[編集] 担当車掌区

(上下)

[編集] 使用車両

牽引機関車
  • EF81形電気機関車
    青森車両センター所属の車両が用いられるが、点検・配給列車への充当などにより稀に田端運転所所属のEF81形が使用されることがある。
    • 2009年3月14日に実施されたダイヤ改正より、上越線での空転が多い上、高崎・上越線の乗務運転士が運転しにくいという理由のため、EF81形は長岡駅 - 青森駅間に短縮、上野駅 - 長岡駅間は上越線での走行のために設計されたとも言える長岡車両センター所属のEF64形電気機関車の牽引に変更された。[1]
「あけぼの」編成図
上野方
青森方
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12  
禁煙車 喫煙車 禁煙車 禁煙車
L B B B B1 B1 A1 G B B B B EG/C
凡例 
詳細は下記の「客室概要」を参照されたい。
客車・編成
青森車両センターに所属する24系客車が使用される。
1980年に20系客車を置き換えた際に「あけぼの」に投入された車両は24系24形であったが、1982年の「ゆうづる」削減に伴う「あけぼの」増便(2往復から3往復に増便)により「あけぼの3・4号」(上野 - 青森間)に24系25形編成が投入され、「北斗星」が登場する1988年3月まで使用された。2002年の「はくつる」廃止以降は、同列車に使用されていた3本金帯を巻いたオハネフ25形及びオハネ25形が編成に組み込まれることが多くなっており、白帯の24系24形、金帯の24系24形および25形の混成編成で運行されている。

[編集] かつて使用された車両

客車 
20系客車
客車 
14系客車
電車 
583系電車(臨時)
かつて牽引した機関車
形式 牽引区間 備考
EF65形1000番台 東北本線 上野 - 黒磯間  
EF71形ED78形 奥羽本線 福島 - 山形間 山形新幹線工事に伴う福島駅構内工事の関係で極短期間上り列車を郡山まで直通牽引した。
ED75形 東北本線 黒磯 - 福島間  
奥羽本線 山形 - 秋田間  
奥羽本線 秋田 - 青森間  
東北本線 黒磯 - 小牛田間  
DD51形 奥羽本線 山形 - 青森間 電化前
北上線 北上 - 横手間 国鉄時代・奥羽本線内の工事時のみ
陸羽西線 - 羽越本線 新庄 - 秋田間 1974年に院内峠で起こった土砂崩壊による迂回運転時に牽引。
DE10形 陸羽東線 小牛田 - 新庄間  
C58形 陸羽東線への迂回運転時に臨時的に使用した機関車[2]

[編集] 客室概要

下段(1階)ソロ
上段(2階)ソロ
ゴロンとシート
  • シングルデラックス
A寝台「シングルデラックス」(7号車)は、全11室の1人用個室である。室内にはテレビや、BGMを流す装置があり、テレビではビデオが放映されている。基本的には映画が放映されており、2つのチャンネルから選べるようになっている。
このシングルデラックスは、家族向けでの利用を考慮し、補助ベッドを設け2名で使用することが可能である。また、トイレ側1室を除いてベッドと反対側の壁の仕切(コネクトドア)が開閉できるようになっており、1番個室以外は最大4名で利用することができる。
(2番&3番/4番&5番/6番&7番/8番&9番/10番&11番)
  • ソロ
B寝台個室「ソロ」は、5・6号車にそれぞれ28部屋。2段構造で、寝台定員は1名。補助ベッドはない。
個室番号は、1階が1・3・5 - 25・27番(奇数番)、2階が2・4・6 - 26・28番(偶数番)となる。
個室の扉にはテンキー式の錠が設置されており、利用する旅客が任意の暗証番号を設定して使用する。
北斗星」・「北陸」などと異なり、通路が車両中央にあるタイプ。上段の個室へ登る階段は個室の外にあるため、下段の個室内への張り出しはほとんどないが、上・下段とも個室内で着替えなどのために直立することができる場所はない。また、上・下段とも寝台使用中は床が露出せず(折りたたみ式の座面を展開するとその下に隠れる)、特に寝台使用中は寝台以外の空間がなくなってしまう。しかし、開放式B寝台と同額で個室を利用できるので、非常に人気が高い。なお、上段は曲面のスライド式窓カーテンとなっており晴れている日であれば寝台使用中に満天の星空を満喫できるが、座席として使用する際の足をつけるスペースが極めて狭いという難点がある。対して下段は地面に足をつけるスペースが上段よりも比較的広くて落ち着ける空間となっている。また、下段の個室は乗車時既に寝台が展開された状態になっておりシーツも敷いてあるが、上段の個室は旅客自身で座面を展開して寝台を構成しシーツを敷く必要がある。これは上段の個室で寝台を構成すると、個室への出入りが非常に困難になる(座面を展開すると入口のおよそ半分を支障する)という構造上の問題もある。
  • 開放式B寝台
開放式B寝台は、2 - 4号車と9 - 12号車にある。
なお、下り羽後本荘駅 - 青森駅間は立席特急券で、上り青森駅 - 羽後本荘駅間は指定席特急券で利用できる。ただし利用できる車両は上りは4号車のみであるため繁忙期には満席であることが多い。下りは羽後本荘駅 - 大館駅間は4号車のみ、大館駅 - 青森駅間は3・4号車となっている。
  • ゴロンとシート
「ゴロンとシート」(禁煙席)・「レディースゴロンとシート」(女性専用席・禁煙席)は簡易寝台。浴衣、枕、掛け布団、シーツは一切ないが、設備そのものは通常の2段式(開放式)B寝台をそのまま使用する。(通常と同じく一人用の寝台を一人で使用する)指定券の券面の列車名は、ゴロンとシートが「あけぼの(ゴロンと)」、レディースゴロンとシートが「あけぼの(レディゴロ)」と表記される。
サンライズ瀬戸出雲の「ノビノビ座席」同様、特急料金だけで横になって眠ることが出来るため、連休など(特に三連休パス利用期間)は10時発売と同時に満席になることが多い。なお、年末年始・お盆の多客期に「ふるさとゴロンと号」が臨時運転されたこともある。

[編集] 車内販売

秋田~青森 青森~秋田 における車内販売は、2009年3月をもって取りやめとなった。

[編集] 沿革

[編集] 奥羽本線・羽越本線経由東京 - 東北間夜行列車の系譜

(上越線の列車の沿革に関しては、とき (列車)も参照)

[編集] 黎明期から昭和初期

  • 1922年(大正11年)3月:上野 - 青森間を東北本線奥羽本線経由で結ぶ夜行急行701・702列車が夜行普通703・704・705・706列車とともに新設される。701・702列車は二・三等車および和食堂を連結していた。
  • 1926年(大正15年)8月:東北本線・奥羽本線夜行急行701・702列車(上野 - 青森)の列車番号が401・402列車に変更される。同じく、703・704・705・706列車は403・404・405・406列車となる。この頃から401-406列車に二等寝台車が連結される。
  • 1931年(昭和6年)9月:上越線が全通し、上越線・羽越本線経由で上野 - 秋田間を結ぶ夜行普通703・704列車が二等寝台車連結で新設される。
  • 1940年(昭和15年)10月:東北本線・奥羽本線夜行急行401・402列車の運転区間が上野 - 秋田間に短縮される。403・404・405・406列車は上野 - 青森間のまま。
  • 1943年(昭和18年)4月:東北本線・奥羽本線夜行普通405・406列車への二等寝台車の連結が無くなる。
  • 1943年(昭和18年)10月:東北本線・奥羽本線夜行急行401・402列車が普通列車に格下げとなり、夜行普通403・404列車の筋が廃止され405・406列車が403・404列車となる。

[編集] 戦後の展開

  • 1946年(昭和21年)11月:上野 - 秋田間を東北本線・奥羽本線経由で運転する夜行405・406列車が準急列車として運転を再開。
    • 実際は当時の石炭事情の悪化から401・404列車の上野駅 - 山形駅間、準急405・406列車の山形駅 - 秋田駅間を運休し、準急405 - 401・404 - 準急406列車として通し運転した。
  • 1947年(昭和22年)6月:東北本線・奥羽本線夜行準急405・406列車が格上げされ急行列車となる。
  • 1948年(昭和23年)7月:ダイヤ改正で東北本線・奥羽本線夜行急行405・406列車の列車番号を401・402に変更。同じく夜行普通列車の列車番号を411・412列車に変更。また、戦時中に廃止されていた上野 - 秋田間を上越線・羽越本線経由で結ぶ夜行列車(上野 - 新潟間は毎日運転の定夜行期急行701・702列車)が不定期ながら急行列車として運転再開(2701・2702列車)。
  • 1950年(昭和25年)12月:上野 - 秋田間を東北本線・奥羽本線経由で運転する夜行急行401・402列車に「鳥海」(ちょうかい)の愛称が付けられる。
  • 1954年(昭和29年)10月:上野 - 青森間を東北本線・奥羽本線経由で結ぶ夜行普通413・414列車が新設される(二・三等車連結)。同じく、同区間を上越線・羽越本線経由で結ぶ不定期の急行列車津軽(つがる)が新設される(2801・2802列車)。
  • 1956年(昭和31年)11月:急行「鳥海」は運転区間を青森駅まで延長し、「津軽」と改称。それまでの「津軽」は「羽黒」(はぐろ)と改められ、上野 - 秋田間の運転となった上で定期列車となる(801・802列車)。新しい「津軽」は東京から秋田県・青森県へ向かう唯一の優等列車となったため、帰省者などが多く利用しいつしか「出世列車」と呼ばれる。
  • 1959年(昭和34年)6月:急行「津軽」の米沢駅 - 秋田駅間をC51形蒸気機関車からDF50形ディーゼル機関車牽引に置き換えし無煙化。
  • 1960年(昭和35年)6月:上野 - 新庄間を東北本線・奥羽本線経由で結ぶ毎日運転の不定期夜行準急列車「出羽」(でわ)が新設される(1409・1410列車)。なお、年末の下り便は品川 - 横手間に運転区間を延長して運行された。
  • 1961年(昭和36年)6月:秋田 - 青森間もDF50形ディーゼル機関車に置き換え。
  • 1961年(昭和36年)10月:このときのダイヤ改正により以下のように変更
    1. 上野 - 青森間を東北本線・奥羽本線経由で結ぶ夜行普通列車の上野 - 秋田間を分離。急行に格上げし、「男鹿」(おが)の愛称が付される。
    2. 上野 - 新庄間の不定期夜行準急「出羽」が急行に格上げされる。
  • 1963年(昭和38年)6月:上野駅 - 新潟駅間に夜行急行列車「天の川」(あまのがわ)運転開始。
  • 1963年10月:このときのダイヤ改正により以下の様に変更。
    1. 「男鹿」の名称を平仮名の「おが」に変更。また、東北本線・奥羽本線経由上野 - 青森間の夜行普通列車(411・412列車)の上野 - 秋田間が急行に格上げされ、「おが」は計2往復となる。
    2. 「出羽」を気動車に置き換えの上運転区間を延長し陸羽西線経由酒田発着となる。
  • 1965年(昭和40年)10月:東北本線・奥羽本線経由の急行「おが」1往復を青森駅まで延長し「津軽」に名称変更。「津軽」は2往復、「おが」は1往復の運転となる(1405・1406列車)。
  • 1967年10月:上越線・羽越本線経由「羽黒」季節列車1往復を増発。
  • 1968年(昭和43年)10月:「ヨンサントオ」と称されるダイヤ改正に際して、以下のように変更。
    1. 「羽黒」の名称を同じ区間を運行する昼行急行列車の名称であった「鳥海」に統合。旧「羽黒」は(上下列車とも)「鳥海2号(定期列車)・3号(季節列車)」に改称。
    2. 夜行急行「おが」は上野 - 秋田間(定期列車、403・404列車)および上野 - 大館間(6401・6402列車)の2往復となる
      • なお、昼行のディーゼル急行を合わせると「おが」は3往復となった。

[編集] 寝台特急「あけぼの」の登場とその後

EF65形1000番台牽引時代の「あけぼの」
  • 1970年(昭和45年)7月1日:上野 - 秋田間に臨時寝台特急ブルートレイン「あけぼの」1往復を新設。9月30日まで毎日運転。この期間は、同じ区間を走る急行「おが」の夜行列車を運休とした。なお、お盆の最混雑期間中の下り列車は品川始発で運転。
    • この臨時運転は、同年10月の運行開始に合わせて落成した「あけぼの」専用20系客車のお披露目を兼ねたものだった。
  • 1970年(昭和45年)10月1日:定期夜行急行「おが」(上野 - 大館)を特急に格上げして臨時寝台特急「あけぼの」を定期化、運転区間を上野 - 青森間とする。これに伴い急行「おが」は定期昼行1往復(気動車)と季節臨時夜行1往復(座席のみの在来形客車、グリーン車連結)となる。
    • 「あけぼの」新設当初は1往復のみ。「あけぼの」は深夜時間帯に停車する駅での客扱いを行わない初めての措置をとり、後に深夜の長区間通過扱いが当たり前となっていく寝台特急ダイヤ設定のモデルケースとなった。
    • 上野 - 黒磯間ではEF65形1000番台(PF型)が、最初にブルートレイン牽引の定期運用実施。これが、同形式機関車使用の初例となる。なお、同区間では一時期EF58形も使用した。
  • 1972年(昭和47年)3月15日このときのダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 急行「天の川」が寝台急行列車となり、運転区間を上野 - 新潟 - 秋田間(上越線・白新線・羽越本線経由)に変更。
    2. 夜行「鳥海」の季節列車を廃止。昼行列車も10月1日に廃止され、「鳥海」は1往復のみとなる。
    3. 座席車のみの編成だった季節夜行急行「おが」にA寝台B寝台各1両を連結。
  • 1973年(昭和48年)10月:特急「あけぼの」、秋田駅発着列車を増発。2往復となる。
  • 1976年(昭和51年)9月27日:急行「天の川」が20系客車による運転開始。
  • 1978年(昭和53年)10月1日:急行「津軽」の普通座席車を12系客車に置き換え。翌年9月グリーン車の連結廃止。
  • 1980年(昭和55年)10月 このときのダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 「あけぼの」24系客車に置換。20系客車使用終了する。この時点で定期寝台特急から20系は完全に撤退。
    2. 季節夜行急行「おが」を座席のみ14系客車に変更。

[編集] 東北・上越新幹線開業以降

  • 1982年(昭和57年)11月15日東北上越新幹線開業によるダイヤ改正により、以下のように変更。
    1. 12系客車に従来型客車(A寝台+B寝台)を連結した座席車主体の夜行急行「津軽」2往復を24系25形客車編成と20系客車編成に置換、前者を寝台特急「あけぼの」として格上げ、「あけぼの」計3往復とする。また後者は引き続き夜行急行「津軽」として運行。
    2. 東北本線奥羽本線陸羽西線経由の夜行気動車急行「出羽」(上野 - 酒田)と東北本線・高崎線上越線信越本線羽越本線経由の夜行客車急行「鳥海」(上野 - 秋田)を統合、旧「鳥海」の経路を踏襲し所要時間を短縮した寝台特急「出羽」(上野 - 秋田、24系客車)を新設する。
    3. 昼行特急列車いなほの上野駅発着便の名称を「鳥海」に変更。
  • 1983年(昭和58年)7月1日:季節夜行急行「おが」の使用客車(14系、全車座席車)と定期夜行急行「津軽」の使用客車(20系)を入れ替え。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:夜行急行「津軽」の座席車の一部をB寝台車に置換。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:東北・上越新幹線上野駅乗り入れに伴うダイヤ改正により、以下の様に変更。
    1. 昼行特急「鳥海」1往復、定期昼行気動車急行「おが」1往復を廃止。
    2. 季節夜行急行「おが」1往復を廃止。ただしこの後も多客期の指定日に、全車客車3段式寝台車の臨時寝台急行(20系、その後2段式寝台を連結した14系に変更)として上野 - 秋田間(同経路)で運行された。
    3. 定期寝台急行「天の川」を廃止。ただしこの後も多客期の指定日に、全車座席車の臨時夜行急行(14系)として上野 - 酒田間(同経路)で運行された。
    4. 「津軽」を全車座席車に変更。
「出羽」 - 1989年頃撮影
  • 1988年(昭和63年)3月:秋田駅発着の寝台特急「あけぼの」1往復を廃止。「あけぼの」は2往復に。
    北斗星」運転開始に伴う車両捻出とされている。
  • 1990年(平成2年)9月:山形新幹線工事に伴い、以下のように変更。
    1. 「あけぼの」運転経路を変更。
      1. 1往復を東北本線・陸羽東線・奥羽本線経由に変更し、列車名を「あけぼの」とする。
      2. 1往復を高崎線・上越線・信越本線・羽越本線・奥羽本線経由に変更し、列車名を「鳥海」とする。
    2. 「津軽」を583系化し、東北本線・仙山線・奥羽本線経由に変更。
    3. 臨時寝台急行「おが」を東北本線・北上線・奥羽本線経由に変更。
  • 1990年(平成2年)12月 新宿駅 - 秋田駅間を奥羽本線経由で運転する臨時夜行急行「あきた」を14系客車(座席車および寝台車の混成)で運転開始。
  • 1991年(平成3年)10月:臨時急行「あきた」を陸羽東線経由に変更。
DE10形牽引迂回運転時代
  • 1992年(平成4年)7月:「津軽」を485系電車に変更。
  • 1992年(平成4年)12月:20系客車の老朽化に伴い、臨時寝台急行「おが」の使用車両を20系客車(全車3段式B寝台車)から14系客車(2段式B寝台車連結)へ変更。また、臨時急行「あきた」は運転を終了。
  • 1993年(平成5年)12月:寝台特急「出羽」(上野 - 秋田)は「鳥海」(上野 - 青森)に統合されて消滅。夜行急行「津軽」を臨時列車に格下げ。「津軽」は臨時格下げに先立ち、583系電車に再び変更。
  • 1994年(平成6年):季節臨時夜行急行「天の川」(全車座席車)、「おが」(2段式B寝台車連結)廃止。
  • 1996年(平成8年):上野駅 - 秋田駅間を上越線・羽越本線経由で運転する臨時急行列車「うえつ」が運行される。
  • 1997年(平成9年)1月:臨時夜行急行「津軽」を廃止。

[編集] 秋田新幹線開業以降

  • 1997年(平成9年)3月:寝台特急「鳥海」は「あけぼの」に統合されて消滅。「あけぼの」は「鳥海」の運行経路を踏襲。
  • 2002年(平成14年)12月1日:東北新幹線八戸駅延伸に伴い、東北本線経由の寝台特急「はくつる」廃止。これにより「あけぼの」は東京対北東北の唯一の直通夜行列車となる。
  • 2003年(平成15年)1月:上野駅 - 弘前駅間を運行する臨時夜行特急列車「特急583系ゴロンと号」が運行される。
    583系電車を使用するが、普通車は寝台をセットしたまま座席として使用する「ゴロンとシート」として運転。なお、上りは浪岡駅始発とし、浪岡駅→弘前駅間は快速列車扱いとした。
  • 2003年12月:「583系ゴロンと号」列車名を「ふるさとゴロンと号」に変更する。
  • 2004年(平成16年)10月23日 - 2005年(平成17年)3月24日新潟県中越地震による上越線不通の影響により、上野駅 - 秋田駅間区間運休。秋田駅 - 青森駅間に関しては臨時特急かもしか91・92号」が、全車自由席で「あけぼの」の現行ダイヤと同時刻で振替輸送。但し、車両運用の関係で一時期、ディーゼル車による快速列車として運転。
    年末年始に運転が予定されていた臨時特急「ふるさとゴロンと号」は運休となる。
  • 2005年3月25日:中越地震の影響により運休していた上野駅 - 秋田駅間が運転再開。
  • 2005年12月25日 - 2006年(平成18年)1月18日JR羽越本線特急脱線事故による影響で、「日本海」・「トワイライトエクスプレス」とともに「あけぼの」運休。なお、年末年始に運転が予定されていた臨時特急「ふるさとゴロンと号」は、2年連続で運休。
  • 2006年7月13日 - 8月8日:羽越本線土砂崩れの影響により「あけぼの」、海の日を含む3連休は東北本線北上線経由の迂回運転を行い、その後は運休。
  • 2006年12月29日・2007年(平成19年)1月4日:上野駅 - 青森駅間を運転する臨時夜行特急列車として「ふるさとゴロンと号」が運転。2003年12月 - 2004年1月以来、3年ぶりの運転となる。なお、12月29日は下り、1月4日は上りのみの運転。
  • 2007年12月29日・2008年(平成20年)1月2日 :上野駅 - 青森駅間を運転する臨時夜行特急列車として「ふるさとゴロンと号」が運転。また、オリジナルの方向幕も用意された。
  • 2009年(平成21年)3月14日:運行の定時性を保つためと、EF81の老朽化により上野~長岡間はEF64の牽引となる。なお、長岡~青森間は引き続きEF81が使用される。

[編集] 北上線を中心とした優等列車、「あけぼの」・「きたかみ」の名称の変遷

  • 1962年(昭和37年)7月:仙台駅 - 青森駅間を東北本線・北上線・奥羽本線経由で運転する急行列車「あけぼの」運転開始。
  • 1968年(昭和43年)10月:仙台駅 - 青森駅間急行「あけぼの」、「きたかみ」に名称変更。
  • 1971年(昭和46年)3月20日:仙台駅 - 秋田駅に東北本線・北上線・奥羽本線経由で運転する特急列車「あおば」運転開始。
    181系特急気動車で運転されたが、これは上野駅 - 秋田駅間特急「つばさ」の間合い運用であり、また当初は臨時列車で、市販の各時刻表には「当分の間運転」と記載された上で、1年後の定期化まで運転が継続された。なお、半年間は普通車のみの編成であったが、10月にはグリーン車食堂車を連結した編成とする。
  • 1972年(昭和47年)3月:特急「あおば」、定期列車に格上げ。
  • 1975年(昭和50年)11月:特急「つばさ」の電車化に伴い、車両運用の都合上「あおば」廃止。急行「きたかみ」に格下げ。
    1980年(昭和55年)9月当時の時刻表による、急行「きたかみ」の北上線内における運転概況は以下の通りとなる。
    • 線内を3往復運転。仙台駅 - 秋田駅間が2往復(1,2,5,6号)、青森発着は1往復(3,4号)。
    • 停車駅は陸中川尻駅(現・ほっとゆだ駅)のみ
    • 横手駅 - 北上駅間を1時間8分 - 1時間20分かけて走破。
  • 1982年(昭和57年)11月:東北新幹線開業に伴い、急行「きたかみ」を快速に格下げ、奥羽本線湯沢駅 - 北上駅間の新幹線接続快速となる。
  • 1996年(平成8年)3月30日:北上駅 - 秋田駅間を北上線・奥羽本線経由で運転する特急列車秋田リレー運行開始。秋田新幹線工事での田沢湖線全面運休による代替特急で、1年間の時限運運。
  • 1997年(平成9年)3月21日:特急「秋田リレー」廃止。
  • 2002年(平成14年)12月:快速「きたかみ」、名称廃止。

(なお「きたかみ」は、かつて東北本線を走る急行列車の名前でもあった。詳しくは東北本線優等列車沿革を参照。)

[編集] 並行する高速バス

[編集] 登場した映画・テレビドラマ

[編集] 脚注

[ヘルプ]
  1. ^鉄道ダイヤ情報」2009年2月号
  2. ^ C58形牽引は1973年4月に1日だけ行われた迂回運転であり、国鉄線内で蒸気機関車が定期特急列車を牽引した最後の事例と長い間伝えられてきたが、近年これ以後に日豊本線内でC57形が寝台特急「彗星」を牽引していたことが判明した。[要出典]

[編集] 関連項目

  • 津軽海峡・冬景色 - 冒頭で、上野始発の夜行列車が青森駅に到着した様子が歌われている。

[編集] 外部リンク

他の言語