上野駅

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上野駅
JR・正面玄関口
JR・正面玄関口
うえの - Ueno
所在地 東京都台東区
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細
東京地下鉄駅詳細

上野駅(うえのえき)は、東京都台東区上野七丁目(JR東日本)・東上野三丁目(東京メトロ)にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京地下鉄(東京メトロ)のである。東京地下鉄の駅番号は銀座線がG 16、日比谷線がH 17

北関東東京を結ぶJR各線中距離電車東京特別区を走る各通勤電車の北の結節点であり、また東北、上信越方面の各新幹線、その他在来線各線の優等列車が発着する東京の「北の玄関口」である。

目次

[編集] 利用可能な鉄道路線

[編集] 備考

[編集] 駅構造

[編集] JR東日本

JR 上野駅
広小路口コンコース(2006年3月26日撮影)
広小路口コンコース(2006年3月26日撮影)
うえの - Ueno
所在地 東京都台東区上野七丁目1-1
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
電報略号 ウエ
駅構造 地下駅(新幹線)
高架駅地上駅(在来線)
ホーム 2面4線(新幹線)
6面12線(在来線・高架)
3面5線(在来線・地上)
乗車人員
-統計年度-
181,244人/日(降車客含まず)
-2008年-
開業年月日 1883年明治16年)7月28日
乗入路線 11 (2) 路線
所属路線 東北新幹線
山形新幹線
秋田新幹線
上越新幹線
長野新幹線北陸新幹線
キロ程 3.6km(東京起点)
東京 (3.6km)
(26.7km) 大宮
所属路線 宇都宮線
高崎線直通含む)
キロ程 3.6km(東京起点)
(4.8km) 尾久
所属路線 常磐線
常磐快速線
キロ程 東北本線 - 3.6km(東京起点)
(2.2km) 日暮里
所属路線 山手線
京浜東北線
キロ程 東北本線 - 3.6km(東京起点)
御徒町 (0.6km)
(1.1km) 鶯谷
備考 みどりの窓口
山区 東京山手線内東京都区内
当駅に乗り入れるJR線は正式には東北新幹線東北本線のみである
山形新幹線は正式には 福島起点
秋田新幹線は正式には 盛岡起点
上越新幹線は正式には 大宮起点
長野新幹線は正式には 高崎起点
高崎線は正式には 大宮起点
常磐線は正式には 日暮里起点
山手線は正式には 品川 - 田端間(新宿経由)

コンコースは、地上、3階の公園口通路、大連絡橋、新幹線地下コンコースがある。改札は地上の中央改札、中2階の不忍改札、3階コンコースの公園改札と入谷改札の計4か所である。新幹線コンコースへは中央改札を入って右側の新幹線改札を利用する。

出口は中央改札正面の広小路口・正面玄関口や同左手の浅草口、不忍改札からは不忍口・西郷口・山下口、3階の入谷改札からは東上野口・パンダ橋口・入谷口などが利用できる。同じく3階の公園改札からは公園口に直結していて、上野恩賜公園へはここを利用するのが近い。正面玄関口および広小路口の出口からは、国道4号(日光街道)などを跨ぐ歩道橋が利用できる。また駅を跨ぐようにパンダ橋が架かっており、自由に歩くことができる。パンダ像は二つあり、実物の倍の大きさはある巨大なジャイアントパンダ像はパンダ橋口を出たところに、もう一つの小パンダ像は、大連絡橋コンコースにある。

京成電鉄京成上野駅へは不忍口を経るよう案内サインがあるが、地下鉄構内および京成線連絡通路で両駅が屋内・地下経由でつながっていることはあまり強調されていない(JRと京成線の連絡駅は、山手線・京浜東北線で北側に2駅進んだ日暮里駅が指定されている)。

2009年3月16日、上野中央通り地下駐車場および周辺8駅(JR上野駅、同御徒町駅、東京メトロ銀座線上野駅、同上野広小路駅、同日比谷線上野駅、同仲御徒町駅京成上野駅、都営大江戸線上野御徒町駅)を結ぶ地下通路が東京都により整備され供用開始された。

新幹線開業以降、JR上野駅内部の改装工事が始まり、1990年代後半には改札内部に「ディラ上野」(駅ナカ)が完成した。その後、JR東日本ステーションルネッサンスと称し中央改札・不忍改札側の駅舎内部も改装され、東西自由通路「パンダ橋」や正面玄関「レトロ館」の「Breakステーションギャラリー」、中央改札の「グランドコンコース」、ショッピングセンター「七番街(アトレ上野)」などが整備され、2002年3月にグランドオープンした。

2002年2月22日開店のアトレ上野は、「FUSION SQUARE 人が集まるeki融合空間」をコンセプトに、駅周辺にない飲食・食物販・ファッション・雑貨など54店舗を、「レトロ館・ガレリア」、「グランドコンコース」、「七番街」の3ゾーンに配置した。20 - 39歳の女性をターゲットに新たなエキナカショッピングシーンを演出した。2007年4月から9月まで3段階でリニューアルする。第1弾リニューアルのコンセプトは「FAVORITE SQUARE お気に入りの、素敵空間」、スイーツ・デリ・ファッション雑貨を中心に、「ゴディバ」、「日本橋屋長兵衛」、「アール・エフ・ワン」、「ベーグルアンドベーグル」、「ジンズ グローバル スタンダード」、「サマンサタバサ プチチョイス」など10ショップを2007年4月から6月までに開設。既存9ショップの改装も行なわれる。東京圏駅ビル開発は、同年8月に浅草口地下でカフェ・雑貨ショップなどを配置した新フロア「レトロゲート」を開設。同年9月にはフロアリニューアルを行い、グランドオープンした。

2005年春に全体のリニューアル工事が完成し、全面白で統一された外観となった。完工時には「上野駅リニューアルキャンペーン」が開催され、JR東日本のイメージキャラクターであり、このイベントのCFにも登場した女優の国分佐智子を招いてのオープニングセレモニーが行われた。

当駅の大改装は品川駅大宮駅などで展開されているいわゆる「駅ナカ」の模範となっている。しかし、「かつての薄暗いイメージはなくなったものの、逆に上野駅らしさがなくなった」とする意見もある。

1997年、長野新幹線が開業して在来線経由の信越特急「あさま」が廃止となった。これにより、当駅を発着する特急列車は、最盛期の3分の2にあたる列車が削減されるに至り、当時おもに特急・急行発着ホームとして利用されていた16 - 18番線に余裕ができたため、うち18番線が1999年9月に廃止となった。18番線ホームの跡地と東上野口・入谷口には、2006年7月19日からフィットネスクラブが入居している。

東北・上越新幹線開業前は、都内の北へのターミナル駅として、東北信越北陸方面へ向かう東北本線奥羽本線上越線信越本線羽越本線の各特急急行など長距離優等列車が数多く発着していた。しかし、新幹線開業のため地上ホームの数は削減され、新幹線ホームに向かうコンコースに変更された。その後は中距離電車が増発され、現在は全列車の大半が宇都宮線・高崎線・常磐線の北関東方面へ向かう近郊・中距離電車となっている。当初は地平ホームからの発車が殆どであった宇都宮・高崎線列車も、現在は高架ホーム(後述)からの発着にシフトされている。

当初、高架ホームは常磐線各列車主体に使用され、高架ホームを発着する東北・上信越方面各列車はごく一部であった。逆に地平ホームを発着する常磐線列車は皆無で、地平ホームは東北・上信越方面各列車の専用ホームであった。その後、特急・急行列車の増発に伴って、また中距離通勤客の増加に伴い、地上ホームは特急・急行中心、地平ホームは各線普通列車中心で運用されるようになり、現在は宇都宮線・高崎線の普通列車は5 - 8番線の地平ホームと13 - 15番線の地上ホームのいずれかに発着する。常磐線(常磐快速線)は9 - 12番線に発着するが、9番線は一部の宇都宮・高崎各線も発着する。

新幹線ホームの発車標は、2007年3月にフルカラーLED式に置き換えられた。 また、ATOS導入以降は発車標もATOSに準じたものに変更されている。また、2008年8月には、5~17番線の先発列車発車標に路線名が表示される仕様になった。

乗車案内として、下り新幹線ホームの19・20番線に、LED式乗車位置案内表示器が設置されている。

[編集] のりば

同一駅に3種類のホームがある。

高架ホーム
1 - 12番線山手線京浜東北線宇都宮線高崎線常磐線
緩斜面に建設された一部高架の6面12線の島式ホーム
宇都宮線と高崎線、常磐線の列車が当駅に到着する際、「高いホーム」または「高架ホーム」と呼ばれる。
コンコースとのアクセスになるエスカレーターおよび階段の一部は、9・10/11・12番線ホームを貫いて直接13/14・15番線ホームに向かうものがある。
常磐線の案内は中距離列車は青快速電車は緑で表記されている。一部列車を除き、基本的に案内の色と同じ色の列車がホームに入線する。
当駅に到着する際の山手線・京浜東北線の車内LCDにおける常磐線のラインカラーは特急列車や土浦・水戸方面へ向かう列車への乗り継ぎを意識してか青色となっている。
地平ホーム
13 - 17番線(宇都宮線・高崎線・常磐線)
地平にある3面5線の櫛形ホームで、ヨーロッパのターミナル駅の風情を漂わせている。
到着の際は「低いホーム」または「地平ホーム」と呼称される。13 - 15番線は普通列車用ホームで宇都宮線・高崎線列車が着発するほか、常磐線の列車も1本のみ到着扱いがある(回送となるため、発車はない)。
13番線の傍には、寝台列車待ちの際に休憩所として利用できる「五つ星広場」が、また特急専用ホームの16・17番線には有人の中間改札口がある。
かつて地平ホームには18 - 20番線が存在し、新幹線開業まではいずれも上野発着の優等列車が数多く発着していた。その後、新幹線ホーム建設のために19・20番線が使用中止(後に廃止)となったほか、主に常磐線特急のホームとして用いられた18番線は長野新幹線の開業に伴い、信越方面への特急「あさま」・「白山」が廃止され特急・急行用ホームの16 - 18番線に余裕ができたためホームが集約され、不要となり廃止(そのまま欠番とされた)された。2008年現在、18番線の日暮里寄りにはわずかながら線路跡が残る。
「北斗星」などの客車列車の場合、機関車の付け替えができないため、車両基地である尾久車両センターとの間は機関車を後部にした状態で回送運転する。こちらを参照。
当駅折り返しの宇都宮線・高崎線・常磐線中距離電車は当駅に到着し、乗客が降りた後に車内清掃を行う。また、当駅に平日18時台に到着する常磐線快速電車では、整列乗車を行っている。
新幹線ホーム改札の隣には寝台特急「カシオペア」に使用されているE26系の模型が置かれている。
新幹線地下ホーム
19 - 22番線東北山形秋田上越長野新幹線)
地下5階にある2面4線のホーム。
上下線で番線をある程度明確に割り振ってはいるが、上野始発の下り新幹線は全ホームを使用する。この他に、東京駅発の臨時列車が19・22番線で定期列車の待避をする場合がある。また、この駅の北側に行くと、新幹線の車両基地がある。(在来線でいうと京浜東北線の上中里駅田端駅に隣接)
1 京浜東北線 王子赤羽大宮方面
2 山手線 田端池袋新宿方面
3 山手線 東京品川目黒方面
4 京浜東北線 東京・品川・横浜大船方面
5 - 9 宇都宮線 赤羽・大宮・小山宇都宮黒磯方面
高崎線・上越線両毛線 赤羽・大宮・熊谷高崎前橋方面
9・10 常磐線 取手土浦水戸勝田高萩方面
勝田行き最終列車は11番線から発車)
11・12 常磐線(快速)・成田線 松戸我孫子・取手・成田方面
13 - 15 宇都宮線 赤羽・大宮・小山・宇都宮・黒磯方面
高崎線 赤羽・大宮・熊谷・高崎・前橋方面
13 寝台特急「北斗星」「カシオペア」「あけぼの」「北陸 札幌函館秋田青森金沢方面
16・17 特急「水上」「草津」「あかぎ」 急行「能登 水上万座・鹿沢口・前橋・金沢方面
特急「スーパーひたち・フレッシュひたち 土浦・水戸・勝田・日立・いわき原ノ町仙台方面
19 上越・長野新幹線 高崎・長岡新潟長野方面
20 東北・山形・秋田新幹線 仙台・盛岡八戸山形新庄・秋田方面
上越・長野新幹線 高崎・長岡・新潟・長野方面
21 新幹線 東京行
22 新幹線 臨時使用(一部定期列車の発着あり)

[編集] 配線

在来線の上野駅から北方向には、西から順に京浜東北線山手線の方向別複々線(山手線が内側)、東北本線列車線(宇都宮線高崎線)の複々線(高架ホーム発が外側、地上ホーム発が内側の方向別)、常磐線の複線の計10本の線路が並行する。このうち東北本線列車線と常磐線からは高架ホーム、地平ホームのほぼ全てへの発着が可能である。このためシングルスリップスイッチやダブルスリップスイッチを用いた複雑な配線となっている[1]。常磐線の高架線と地平線の分岐・合流点は隣の鶯谷駅付近となるが、これは1968年に立体交差化されたものである。

南方向には京浜東北線、山手線の複々線のほか、その東側に留置線群とそれらをつなぐ通路線が秋葉原駅まで続いている。これはかつて東京駅まで繋がっていた回送線の跡であり、将来は縦貫線として再び東京駅と結ばれる予定である[2]。なおこれらの線路に繋がっているのは5番線から9番線までであり、10番線から12番線と地平ホームの各線は行き止まりである。

東北新幹線上野駅開業時(1985年)の在来線の配線図を以下に示す。1999年に18番線が廃止されたのを除いて、現在でも基本的にはこの配線が踏襲されている。


東北新幹線開業時の上野駅在来線配線略図

東京方面
東北新幹線開業時の上野駅在来線配線略図
大宮、水戸方面
凡例
出典:祖田(2006) 52ページ
水色 : 京浜東北線
黄緑 : 山手線
橙 : 東北本線列車線(高崎線、上信越方面を含む)
青 : 常磐線



[編集] 発車ベル・メロディ

16・17番線で発車メロディを使用するほかは発車ベルである。山手線で発車ベルを使用している駅は当駅と新大久保駅のみである。これは、地方から東京に来た乗客が聞きなれないメロディで混乱しないように、あえてベルのまま残したというのが理由とされている。5 - 10番線(以前は地平ホームでも)では発車ベルの後に客扱終了合図のブザーが鳴動する。

2005年1月まで5 - 17番線では『アルプスの少女ハイジ』などのナレーションを担当した沢田敏子の声による自動案内放送を使用していたが、構内のATOS導入によりATOS型放送に変更された。この関係で特急・急行列車が到着する際の「うえのー、うえのー、うえのー、終点です」、普通列車到着の際の「うえの、うえの、終点です」のアナウンスも消滅した。

[編集] 五ツ星広場

五ツ星広場の壁部分

寝台特急列車が発着する13番線の傍には、寝台特急が到着するまでの待ち時間の際に休憩所として利用できる「五ツ星広場」がある。壁は13番線から発着する「カシオペア」で使用されるE26系の車体を意識して作られており、E26系の車体に配されているものと同一の5色のラインが配されている。

[編集] 東京地下鉄

東京地下鉄 上野駅
東京メトロ・JR側の出入口(2005年4月6日撮影)
東京メトロ・JR側の出入口(2005年4月6日撮影)
うえの - Ueno
所在地 東京都台東区東上野三丁目19-6
所属事業者 東京地下鉄(東京メトロ)
駅構造 地下駅
ホーム 各2面2線(計4面4線)
乗降人員
-統計年度-
211,749人/日
-2007年-
開業年月日 1927年昭和2年)12月30日
乗入路線 2 路線
所属路線 銀座線
駅番号 G 16
キロ程 2.2km(浅草起点)
◄G 15 上野広小路 (0.6km)
(0.7km) 稲荷町 G 17►
所属路線 日比谷線
駅番号 H 17
キロ程 5.3km(北千住起点)
◄H 16 仲御徒町 (0.5km)
(1.2km) 入谷 H 18►

銀座線は相対式ホーム2面2線の地下駅。ホームから改札口までのエレベーターはホームの浅草方の端に設置されており、また浅草側に改札口からJR連絡階へ通じるエレベーターがある。

銀座線には駅の至近に上野検車区があるため、ラッシュ時には当駅を始発・終着とする電車がある。

日比谷線は相対式ホーム2面2線の地下駅。出口階段はホームの前後にあるが、ホームから改札口へ通じるエレベーターは中目黒方面が中央に、北千住方面が仲御徒町寄りにある。また、中目黒方面には別に改札口が設置されている。また、中目黒寄りには、非常時用の渡り線が設けてある。

銀座線の渋谷側改札口から地下の連絡通路を経由して、京成電鉄の京成上野駅に連絡している。

普通乗車券や回数券で銀座線と日比谷線を乗り換える際には、一旦乗車券が回収されずに出口に戻る、乗り換え専用のオレンジ色の改札を出る必要がある。

従来あった駅ナカ商業施設「メトロピア」は改装され、「エチカフィット上野」として2009年2月20日に開業した。

[編集] のりば

銀座線と日比谷線の番線表示は続き番号ではなく、両線ともに1、2番線である。

銀座線ホーム
1 銀座線 銀座赤坂見附表参道渋谷方面
2 銀座線 浅草方面
日比谷線ホーム
1 日比谷線 日比谷六本木中目黒菊名方面
2 日比谷線 南千住北千住東武動物公園方面

[編集] 詳細

当駅は、東京と行き来する東北地方北信越地方の人々にとって長らく東京の表玄関の役割を果たして来た。そのために文学歌謡曲の分野で当駅を扱った有名な作品がいくつかある。石川啄木の『故郷の訛り懐かし停車場』で始まる短歌は有名である。また、井沢八郎が歌った『あゝ上野駅』の歌碑が広小路口にある。1999年に使用を停止した後に線路を撤去した18番線は、集団就職で「金の卵」ともてはやされた東北地方からの若者を乗せた上京列車の到着ホームの一つでもあった。

中央改札上には、1951年(昭和26年)展示の、猪熊弦一郎作の壁画『自由』が掲げられていて、当駅を代表する光景ともなっている。その下にはLED列車案内表示器が設置されているが、かつては、東北・奥羽・磐越西線は緑(杜の都・仙台をイメージ)、高崎・上越線は黄(越後平野稲穂をイメージ)、高崎・信越線はピンク(信州りんごをイメージ)、常磐線は青(太平洋の海をイメージ)、東北新幹線大宮開業時に設定された「新幹線リレー号」はクリーム色と、方面別に色分けされた木製の案内板が使用されていた。

グランドコンコースには朝倉文夫作のブロンズ像『つばさの像』、広小路口には『三相』がある。『つばさの像』は1958年、初の東北特急「はつかり」運転開始と当駅開業75周年を記念して台東区が寄贈し、当初は広小路口に設置された。

バブル期に磯崎新設計による地上300mの超高層駅ビルに建て替える構想があったが、その後のバブル崩壊と東北・上越新幹線の東京駅延伸による乗降客の減少などから、現在は立ち消えになっている。

南満州鉄道大連駅函館本線小樽駅、および樺太庁鉄道(のち樺太西線)の真岡駅は当駅を模したとされる。

戦後、周辺地域で地下水を汲み上げ過ぎたために地盤沈下が発生し、周辺の地下水利用が制限されている。そのため、逆に地下水が余剰となってしまい、床下等に合計3万トンものを設置し、浮き上がりによる駅構造の変形を防いでいる。

[編集] 利用状況

  • JR東日本 - 2008年度の乗車人員は1日平均181,244人である。JR東日本の駅の中では川崎駅に次いで第13位。
  • 東京地下鉄 - 2007年度の乗降人員は1日平均211,749人である。東京地下鉄の駅の中では新橋駅に次いで第8位。

当駅は埼玉県・千葉県北西部・関東北部方面に直通する主要鉄道路線のターミナル駅である割りには比較的低順位となっている。これは、改札を通らない乗換客は乗降人員には計上されないため、宇都宮線・高崎線・常磐線からの利用者がそのまま山手線や京浜東北線に乗り換えて都心各方面に向かっていることの表れとも言える。なお、上位3位に入る新宿・池袋・渋谷は駅周辺に国内随一の繁華街を抱えることから、この繁華街への利用客が多いことに加え、改札が別となる幾多の鉄道事業者私鉄地下鉄)の路線が発着するため、他社線乗換えのみを目的とする旅客も利用者としてカウントされている。

JR東日本が提供している乗車人員ランクでは年度のたびに順位を落としているが[3]、これは湘南新宿ライン開設や東武伊勢崎線-東京メトロ半蔵門線相互直通化、つくばエクスプレス線開業など新ルートの開設に伴う当駅発着列車の利用者減少、ならびに東京駅新幹線ホーム20 - 23番線の利用形態改善による上野駅始発終着新幹線列車の解消に伴う利用者減少を反映したものとも言えよう。

平日朝は当駅止まりの宇都宮線・高崎線・常磐線方面から降車後に3・4番線ホームに流れる人の波が絶えず続き、同ホームを発着する山手線・京浜東北線電車に一斉に乗り込む(中央乗換通路の御徒町側にあるエスカレータには、駅員による整列の上、同ホームへ昇るための行列が作られる)。この影響で、山手線と京浜東北線の上野 - 御徒町間は平均乗車率215%という日本一の混雑区間である。だが、2013年度開業予定の東北縦貫線により、乗り換えが解消されると共に、同区間の乗車率も180%程度に抑えられると試算されている。

[編集] 駅周辺

周辺の施設などへ立ち寄る際、便利な出口毎に記載する。ただし、大まかな位置を示すのみのため、利用の際は各自調べられたい。

上野」も参照

[編集] 広小路口(JR)・4 - 6番出口(東京メトロ)

JR・広小路口(2006年3月26日撮影)
JR・入谷口(2007年7月撮影)
JR・公園口(2007年8月4日撮影)
JR・パンダ橋口(2007年8月4日撮影)

[編集] 浅草口・東上野口(JR)、1 - 3番出口(東京メトロ)

[編集] 入谷口(JR)

[編集] 公園口(JR)

[編集] 不忍口(JR)・京成線連絡通路(東京メトロ)

[編集] バス路線

[編集] 上野駅前(都営)、上野駅(京成〈深夜急行〉)、京成上野駅(京成〈高速〉)(浅草口・東上野口)

都営バス京成バス
  • 1番乗り場
    • [ 草39 ] 金町駅(浅草寿町・青戸車庫前経由)(都営) ※平日昼間のみ
  • 2番乗り場
    • [ 上23 ] 平井駅前(浅草寿町・押上・東墨田三丁目経由)(都営)
  • 3番乗り場
    • [ 上46 ] 南千住駅東口・南千住車庫(浅草寿町・吉原大門・南千住駅入口経由)(都営)
    • [ 深夜急行 ] 五香駅(金町駅・松戸本町・新松戸駅・常盤平駅経由)(京成) ※平日深夜のみ
    • [ 高速夜行「夕陽号」 ] 酒田(鶴岡経由)(国際興業庄内交通
    • [ 高速夜行 ] 近鉄奈良駅(天理駅・JR奈良駅経由)(京成、奈良交通
    • [ 高速夜行 ] 京都駅八条口(大津駅・山科駅・三条京阪経由)(京成)
  • 4番乗り場
    • [ 学01 ] 東大構内(東大病院経由)(都営)
  • 5番乗り場
    • [ 上23・46、草39 ] 上野松坂屋前(都営) ※草39は平日昼間のみ
    • [ S-1 ] 東京駅丸の内北口(須田町or万世橋、日本橋三越に停車)(都営)

[編集] 上野駅浅草口

はとバス

[編集] 上野駅(浅草口浅草通り沿い)

台東区循環バス「めぐりん」(日立自動車交通

[編集] 上野駅前(東上野口昭和通り沿い)

弘南バス
  • [ 高速昼行「青森上野号」 ] 青森(弘前バスターミナル経由)(弘南)
  • [ 高速夜行「パンダ号」 ] 青森(弘前バスターミナル経由)(弘南)
東北急行バス

[編集] 上野公園山下(都営)、上野駅(東武)(不忍口・京成上野駅前)

都営バス・東武バスイースト・東武バスセントラル
  • 6番乗り場
    • [ S-1 ] 都営両国駅(菊屋橋、浅草雷門、両国駅に停車)(都営)
    • [ 草39 ] 金町駅(浅草寿町・青戸車庫前経由)(都営) ※平日昼間のみ
    • [ 上23 ] 平井駅前(浅草寿町・押上・東墨田三丁目経由)(都営)
    • [ 上46 ] 南千住駅東口・南千住車庫(浅草寿町・吉原大門・南千住駅入口経由)(都営)
    • [ 深夜急行 ] 東急柏ビレジ第2(三郷駅北口・流山駅前・柏駅西口経由)(東武バスイースト) ※平日深夜のみ
    • [ 深夜急行 ] 春日部駅西口(草加駅・新越谷駅・越谷駅・せんげん台駅西口経由)(東武バスセントラル) ※平日深夜のみ
    • [ 深夜急行 ] 久喜駅東口(北春日部駅・姫宮駅入口・東武動物公園駅・和戸駅入口経由)(東武バスセントラル) ※平日深夜のみ
  • 7番乗り場
    • [ 上23・46、草39 ] 上野松坂屋前(都営) ※草39は平日昼間のみ

[編集] 京成上野駅(不忍口・京成上野駅前)

台東区循環バス「めぐりん」(日立自動車交通)

[編集] 上野駅入谷口

台東区循環バス「めぐりん」(日立自動車交通)

[編集] 上野駅(入谷口)

JRバス関東西日本JRバス

[編集] 上野公園(公園口)

台東区循環バス「めぐりん」(日立自動車交通)
  • [ 東西めぐりん ] つくばエクスプレス浅草駅・浅草駅方面

[編集] 歴史

落成式当日の新上野駅舎(1932年(昭和7年)4月3日

日本鉄道は上野 - 熊谷間の開業に先立ち、1882年11月に寛永寺子院跡約29,800(約98,512m²)を東京府より借り受け、上野駅の用地とした。1883年7月28日には同線の仮開業に伴い上野駅を開設し、同年8月より貨物、10月より郵便物の取り扱いが始まっている。1884年6月28日には仮駅舎で開業式が行なわれ、翌1885年煉瓦造りの237坪(約783m²)の本駅舎が竣工した。この初代駅舎は三村周が設計、毛利重輔が監督を行ない、中央の平屋部分に出札広場とコンコース、両翼に待合室を設置したH型平面の構造で、当時の汐留駅横浜駅を踏襲した形となっている[4]

1885年に途中大宮駅から宇都宮駅に至る区間(利根川渡河区間を除く)が開通すると、上野駅は東京側のターミナルとして繁盛するようになった。当初は1つの駅構内に旅客・貨物・車両基地の機能を併設しており、次第に鉄道輸送の需要が伸びてくると構内が手狭になってきた。また駅周辺の道路が狭隘で、ここに旅客を輸送する馬車鉄道や貨物を輸送する大八車が輻輳するようになったため、旅客と貨物の機能を分離することが計画された。1890年11月1日には南方に地上の貨物線を開通させ、新たに設置された秋葉原貨物取扱所(後の秋葉原駅)に貨物取扱を移転して、上野駅は旅客専用駅となった。1900年には日本鉄道が駅前広場に飲食店、喫茶店、雑貨販売店の入った上野待合店を建設している。これは110坪(約364m²)2階建ての建物で、後に理髪店なども入居したが、1922年に撤去された[5]

1905年4月1日常磐線三河島 - 日暮里間が開通し、それまで田端で折り返して運転していた常磐線の列車が直接上野駅へ乗り入れてくるようになった。同年には、新橋 - 上野間の高架旅客線の建設と、それに伴う上野駅の改築が決議されている。翌1906年には、日本鉄道の国有化に伴い上野駅も国有化され、1909年10月には秋葉原 - 上野 - 青森間が東北本線と定められた。同年12月16日には山手線の烏森(後の新橋) - 品川 - 新宿 - 池袋 - 田端 - 上野間で電車の運転が開始され、上野駅はその一方の端となった。

このような状況下で上野駅の利用者は増加を続け、1917年には構内に事務所が9棟、倉庫が10棟、その他売店などが44棟も立ち並び、スペースが限界に近づいていた[6]1923年9月1日関東大震災では初代駅舎が消失し、同月23日に仮駅舎で営業が再開されている。同年からは鉄道省東京改良事務所により上野駅周辺の改良工事が始まり、1925年3月1日には新橋駅との間の高架旅客線が開通して山手線の環状運転が始まり、東京の都市内交通である同線の電車と、東北・常磐・高崎といった長距離の幹線との接続する駅として機能するようになった。

1930年3月1日地鎮祭が行なわれて改築工事が始まり、1932年4月2日に2代目の駅舎が落成し、同月5日より営業が開始されている。この駅舎では利用者の安全に配慮した動線設計がなされ、乗車客は1階の車寄せから列車ホームに、降車客は地下1階の車寄せに出るようになった。外壁は多胡石小松石の砕石が入ったモルタル塗りで、臍壁には花崗岩が用いられている。また構造上の大きな特徴として、本屋の中央に設置した30×20.3×13.25mの広間空間が挙げられる。この空間は正面玄関の機能を持ち、2階部には業務エリアの移動のための回廊が設けられていた[7]。また、秋葉原の貨物取扱設備が高架上に移転したの受け、東西交通を遮断するなどの問題を引き起こしていた地上の貨物線は1932年7月1日に廃止されている。

[編集] 年表

[編集] 隣の駅

東日本旅客鉄道
東北・山形・秋田・上越・長野新幹線
東京駅 - 上野駅 - 大宮駅
宇都宮線・高崎線
快速ラビット・快速アーバン
上野駅 - 赤羽駅
通勤快速・普通
上野駅 - 尾久駅
常磐線
快速・特別快速
上野駅 - 日暮里駅
京浜東北線
快速
秋葉原駅 - 上野駅 - 田端駅
各駅停車
御徒町駅 - 上野駅 - 鶯谷駅
山手線
御徒町駅 - 上野駅 - 鶯谷駅
東京地下鉄
銀座線
上野広小路駅 (G 15) - 上野駅 (G 16) - 稲荷町駅 (G 17)
日比谷線
仲御徒町駅 (H 16) - 上野駅 (H 17) - 入谷駅 (H 18)

[編集] 参考文献

[編集] 脚注

  1. ^ 祖田(2006) 52頁
  2. ^ 祖田(2006) 57-58頁
  3. ^ 2006年度は秋葉原駅より下に、2007年度にはついに北千住駅や川崎駅より下に転落した。
  4. ^ 保坂秀人、他「停車場の変遷についての研究:その1.上野駅の成立」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.220、2001年
  5. ^ 高橋晃久、他「停車場の変遷についての研究:その4.上野駅の成立(3)構内店舗の変遷に関する一考察」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.631、2003年
  6. ^ 保坂秀人、他「停車場の変遷についての研究:その2.上野駅の成立」『学術講演梗概集.F-2, 建築歴史・意匠』社団法人日本建築学会、P.305、2002年
  7. ^ 町野東彦、他「停車場の変遷についての研究 (その3):上野駅本屋1号の広間空間について」『学術講演梗概集. 計画系 2002(F-2)』、社団法人日本建築学会、P.307、2002年

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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