緑園都市駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
緑園都市駅
出入口(2007年9月20日)
出入口(2007年9月20日)
りょくえんとし - Ryokuen-toshi
SO31 南万騎が原 (1.5km)
(1.8km) 弥生台 SO33
所在地 横浜市泉区緑園3-1-1
駅番号 SO32
所属事業者 相模鉄道
所属路線 いずみ野線
キロ程 3.1km(二俣川起点)
13.6km(横浜起点)
駅構造 高架駅
ホーム 相対式 2面2線
乗車人員
-統計年度-
4,886,716人/日(降車客含まず)
-2013年-
乗降人員
-統計年度-
9,705,715人/日
-2013年-
開業年月日 1976年昭和51年)4月8日

緑園都市駅(りょくえんとしえき)は、神奈川県横浜市泉区緑園二丁目にある相模鉄道いずみ野線である。駅番号はSO32

年表[編集]

  • 1976年昭和51年)4月8日 - 開業。
  • 1997年平成9年) - 関東の駅百選に選出される。選出理由は「一般からのアイデアで展望台、ギャラリー、庭園などを設置したおしゃれな駅」。
  • 1999年(平成11年)2月27日 - 快速の運転が開始され、当駅が停車駅となる。
  • 2014年(平成26年)4月27日 -ダイヤ改正により特急が運用開始。当駅は通過駅となる。

駅構造[編集]

相対式ホーム2面2線を有する高架駅2004年に各ホーム中央部とコンコースを連絡するエレベーターが基設置された。

将来的には島式ホーム2面4線の待避設備を持つ駅となるように設計されており、そのための用地も確保されている。この場所をキョウチクトウなどの樹木が植えられている庭園のほか、一部が展望台や保線用機器の待機場所として活用している。夏には赤や白の花弁を有するキョウチクトウが開花してホームを彩る。

のりば[編集]

1 いずみ野線 いずみ野湘南台方面
2 いずみ野線 二俣川横浜大和海老名方面


利用状況[編集]

1日あたり乗車人員の推移

2012年度の1日平均乗降人員は26,114人である[1]

近年の1日平均乗降人員および乗車人員推移は下記のとおり。

年度 1日平均
乗降人員
1日平均
乗車人員[2]
1998年 11,222
1999年 11,810
2000年 12,072
2001年 12,645
2002年 25,903 12,789
2003年 26,123 13,000
2004年 26,310 13,111
2005年 26,498 13,311
2006年 26,288 13,246
2007年 26,488 13,339
2008年 26,874 13,513
2009年 26,853 13,510
2010年 26,671 13,398
2011年 25,953 13,047
2012年 26,114 13,128

駅周辺[編集]

東口ロータリー(2009年6月14日)

いずみ野線沿線のニュータウンの中心地域として開発された。駅の立地する場所が周辺一帯で最も標高が低く、駅を挟んで東側・西側はともに斜面となっている。基幹道路(都市計画道路)の「中田さちが丘線」が街を南北に貫いており、駅前広場を中心として機能的に主要道路を配置している。また、幹線道路および準幹線道路では電線の地中化を実施している[3]

東側は高層マンションのサン・ステージ緑園都市、西側は一戸建を中心に開発されている。大学の誘致にも成功しているほか、1990年(平成2年)には原広司設計による相模鉄道の美術館「相鉄ギャラリー」が開設されジャンルを問わない展示が行われていたが、2014年(平成26年)3月30日閉館となった[4][5]。他にも奇抜な外観の建物として、駅周辺には山本理顕により設計されたコンクリートを露出させた独特の外観を有する建物がいくつかある(下記のアムニスなど)。

駅の西側、池の谷地区には横浜市の最終処分場の一つである神明台処分場があり、駅開業前の1973年(昭和48年)より埋め立てが行われている。埋め立ての終わった敷地のうちの一部はグラウンドとして市民に開放されている。

バス路線[編集]

最寄り停留所は、駅東側にあるロータリ上にある緑園都市駅である。以下の路線が乗り入れ、神奈川中央交通横浜神奈交バス相鉄バスにより運行されている。相鉄バスの運行路線は本数が極端に少ない。

  • 旭18系統:希望ヶ丘駅行(相鉄) 平日・土曜各1本のみ
  • 旭19系統:二俣川駅南口行(相鉄) 平日・土曜各1本のみ
  • 東10系統:東戸塚駅東口行(神奈中)
  • 戸09系統:戸塚駅東口行(神奈中、横浜神奈交)
  • 弥01系統:弥生台駅行(神奈中)

駅名の由来[編集]

緑あふれる快適な街をイメージして、「緑園都市」と名付けられている。

駅開業後に街の造成工事が始まり、1986年(昭和61年)には戸塚区(当時)岡津町の一部が駅名を採って緑園一丁目 - 七丁目となった。

なお、計画時における仮称は「子易」であった[6]

ドラマの撮影[編集]

その他[編集]

隣の駅[編集]

相模鉄道
いずみ野線
特急
通過
快速・各駅停車
南万騎が原駅(SO31) - 緑園都市駅(SO32) - 弥生台駅(SO33)

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 相鉄グループHP「相鉄乗降人員」
  2. ^ 横浜市統計ポータル:鉄道・バス・タクシー
  3. ^ 緑園都市住宅地について (PDF) (緑園都市コミュニティ協会)
  4. ^ 相鉄ギャラリー閉館のお知らせ(相鉄グループ:相鉄ギャラリー公式ページ)
  5. ^ 相鉄ギャラリー閉館のお知らせ (PDF) (相鉄ギャラリー 2014年2月21日)
  6. ^ 鉄道ピクトリアル1973年11月号
  7. ^ 人文社「駅の旅物語 関東の駅百選」
  8. ^ 関東の駅百選「貼りつぶし」:緑園都市(相模鉄道いずみ野線)(ゲイムマンのダイスステーション 2002年3月30日掲出)
  9. ^ 相鉄線のページ:駅、車両施設(フフフのページ)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]