緑園都市駅

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緑園都市駅
出入口(2007年9月20日)
出入口(2007年9月20日)
りょくえんとし - Ryokuen-toshi
南万騎が原 (1.5km)
(1.8km) 弥生台
所在地 横浜市泉区緑園3-1-1
所属事業者 相模鉄道
所属路線 いずみ野線
キロ程 3.1km(二俣川起点)
13.6km(横浜起点)
駅構造 高架駅
ホーム 相対式 2面2線
乗降人員
-統計年度-
25,953人/日
-2011年-
開業年月日 1976年昭和51年)4月8日

緑園都市駅(りょくえんとしえき)は、神奈川県横浜市泉区緑園二丁目にある相模鉄道いずみ野線である。

目次

駅構造 [編集]

相対式ホーム2面2線を有する高架駅2004年に各ホーム中央部とコンコースを連絡するエレベーターが基設置された。

将来的には島式ホーム2面4線の待避設備を持つ駅となるように設計されており、そのための用地も確保されている。この場所をキョウチクトウなどの樹木が植えられている庭園のほか、一部が展望台や保線用機器の待機場所として活用している。夏には赤や白の花弁を有するキョウチクトウが開花してホームを彩る。

のりば [編集]

1 相鉄いずみ野線 いずみ野湘南台方面
2 相鉄いずみ野線 二俣川横浜大和海老名方面


利用状況 [編集]

1日あたり乗車人員の推移

2011年度の1日平均乗降人員は25,953人である[1]。いずみ野線単独の駅では最も乗降人員が多い。当駅から旭区善部町、柏町、泉区新橋町や戸塚区名瀬町へのバス便があるため、該当地域からの利用者も多い。

近年の1日平均乗車人員推移は下記のとおり。

年度 1日平均
乗車人員[2]
1998年 11,222
1999年 11,810
2000年 12,072
2001年 12,645
2002年 12,789
2003年 13,000
2004年 13,111
2005年 13,311
2006年 13,246
2007年 13,339
2008年 13,513
2009年 13,510
2010年 13,398
2011年

駅周辺 [編集]

東口ロータリー(2009年6月14日)

いずみ野線沿線のニュータウンの中心地域として開発された。駅の立地する場所が周辺一帯で最も標高が低く、駅を挟んで東側・西側はともに斜面となっている。東側には高層マンション風の団地サン・ステージが、西側は一戸建を中心に開発されている。大学の誘致にも成功したほか、1990年には原広司設計による相模鉄道の美術館、相鉄ギャラリーが開設されジャンルを問わない展示が行われている。他にも奇抜な外観の建物として、駅周辺には山本理顕により設計されたコンクリートを露出させた独特の外観を有する建物がいくつかある(下記アムニスなど)。

駅の西側、池の谷地区には横浜市の最終処分場の一つである神明台処分場があり、駅開業前の1973年より埋め立てが行われている。埋め立ての終わった敷地のうちの一部はグラウンドとして市民に開放されている。

バス路線 [編集]

最寄り停留所は、駅東側にあるロータリ上にある緑園都市駅である。以下の路線が乗り入れ、神奈川中央交通横浜神奈交バス相鉄バスにより運行されている。相鉄バスの運行路線は本数が極端に少ない。

歴史 [編集]

  • 1976年昭和51年)4月8日 - 開業。
  • 1997年平成9年) - 関東の駅百選に選出される。選出理由は「一般からのアイデアで展望台、ギャラリー、庭園などを設置したおしゃれな駅」。
  • 1999年(平成11年)2月27日 - 快速の運転が開始され、当駅が停車駅となる。

駅名の由来 [編集]

緑あふれる快適な街をイメージして、「緑園都市」と名付けられる。

駅開業後に造成工事が始まり、1986年(昭和61年)には戸塚区(当時)岡津町の一部が駅名を採って緑園一丁目 - 七丁目となる。

ドラマの撮影 [編集]

その他 [編集]

1987年から、日本初のブラウン管ディスプレイを採用したタッチパネル式の自動券売機が設置されていたことがある。[3]現行のタッチパネル式自動券売機とは大幅に仕様が異なるもので、本格実用化は見送られている。

隣の駅 [編集]

相模鉄道
いずみ野線
快速・各駅停車
南万騎が原駅 - 緑園都市駅 - 弥生台駅

脚注 [編集]

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  1. ^ 相鉄グループHP「相鉄乗降人員」
  2. ^ 横浜市統計ポータル http://www.city.yokohama.lg.jp/ex/stat/index2.html#3
  3. ^ 人文社「駅の旅物語 関東の駅百選」

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]