浦和駅
| 浦和駅 | |
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東口(2008年8月17日)
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| うらわ - Urawa | |
| 所在地 | さいたま市浦和区高砂一丁目16-12 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 電報略号 | ウラ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
79,113人/日(降車客含まず) -2010年- |
| 開業年月日 | 1883年(明治16年)7月28日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■宇都宮線* (■高崎線直通含む) |
| キロ程 | 24.2km(東京起点) 上野から尾久経由で20.8km |
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◄赤羽 (11.0km)
(4.5km) さいたま新都心►
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| 所属路線 | ■京浜東北線* |
| キロ程 | 24.2km(東京起点) 大宮から6.1km |
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◄南浦和 (1.7km)
(1.8km) 北浦和►
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| 備考 | みどりの窓口 有 |
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* いずれも正式な線路名称は東北本線。
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浦和駅(うらわえき)は、埼玉県さいたま市浦和区高砂一丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅である。
目次 |
[編集] 概要
東京から東北、上越方面へ抜ける鉄道上に位置し、埼玉県庁やさいたま市役所などさいたま市の官庁街に隣接する駅である。1883年に上野と熊谷を結ぶ鉄道が開通したのと同時に開業し、さいたま市内で最も歴史のある駅である。
駅施設自体の規模は同じさいたま市内の大宮駅に比べて小さいが、埼玉県庁の最寄り駅であるため、JTBパブリッシングや交通新聞社(都道府県代表駅の記号がない「東京時刻表」を除く)の時刻表の索引地図において埼玉県の代表駅として記載されている。
駅周辺はさいたま市の都市計画の中で「県都の玄関口」として再開発が進められ、当駅も現在全面高架化の工事が進行中である(詳細は後述)。
かつてはほとんどの利用客が官庁街や商業地区のある駅西口を利用し、駅東側には近隣型の商業地区と住宅地が広がっていたが、駅東口の再開発による浦和パルコの開店や東口バスターミナルの整備により、近年では駅東口も賑わいを増して来ている。
[編集] 乗り入れ路線
乗り入れている路線は、線路名称上は東北本線の1路線のみである(詳細は路線記事および「鉄道路線の名称」を参照)が、当駅には電車線を走る京浜東北線電車及び中距離電車である宇都宮線(東北線)と高崎線の列車が停車し、旅客案内ではそれぞれ別路線として案内されている。なお、現在宇都宮線と高崎線は列車線で運行される上野駅発着列車のみが停車し、東北貨物線を走行する湘南新宿ラインは当駅に旅客ホームがないため通過しているが、2012年度末予定のホーム完成後に停車駅に追加される予定である。
[編集] 駅構造
以前は高架の貨物線に圧迫されるように地平ホームが所狭しと並ぶ駅であったが、浦和市(現:さいたま市)による駅周辺再開発事業の一環として隣接する建築物ぎりぎりまでの土地の拡張と全面高架化工事が行われており、周囲の大小の商業・業務ビルに挟まれた手狭な土地を最大限に利用しつつ、コンパクトにホームを配置した都心部の高架駅の様相を呈しつつある。
前記したが、2011年時点では駅周辺の高架化工事(詳細は後述)が施行中であり、構造は以前と大きく変わっている。工事開始以前の当駅は島式ホーム2面4線を有する地上駅だった(貨物線は旅客線の斜め上を高架線で通過)。同年3月6日には京浜東北線に加えて東北旅客線(宇都宮線・高崎線上野発着列車)ホームの高架化が完了したので、高架線上に島式1面2線の京浜東北線ホームと島式1面2線の宇都宮線・高崎線(線路を共用)ホームが並ぶ2面4線構造となっている。各ホーム間は地下通路で連絡しているが、工事中のためかなり入り組んだ構造となっている。 1・2番線のホーム有効長は10両編成分、3・4番線は15両編成分である。ホーム高架化に合わせてエスカレーターとエレベーターが設置された。エレベーターは西口と乗り換え通路を結ぶものも設置されているが、西口駅舎解体後と同時に撤去される予定である。
なお、すでに高架化が完成している駅舎の東側は駅前広場に面する部分がエメラルドグリーンの全面ガラス張りとなっている。完成時はその下に仮設の東口改札が設けられていたが、同年8月28日に西口改札の移転と同時に改札も1ヶ所に統合された。また、駅前の地盤も掘り下げられて駅の地面からの高さが確保される予定である。西口にはまだ旧駅舎(2階建)が残り、駅舎機能の他、飲食店などが入居していたが、同年5月に駅構内キヨスクを除く商業施設が閉鎖・撤去された。
西口改札上を東北貨物線が走っているが、ホームは設置されていないため、同線を走行する湘南新宿ラインの列車は通過する。高架化工事完了時には湘南新宿ライン用のホームも設けられ、停車駅に追加される予定である。また、湘南新宿ラインの前身である宇都宮線・高崎線の池袋行及び池袋発宇都宮線・高崎線下り列車は湘南新宿ラインと同じ東北貨物線を走行し、当駅を通過していた。そのため、該当列車(115系など)の行先票には(浦和通過)という文言が入っていた(例:「池袋(浦和通過)」)。
宇都宮線・高崎線上り(3番線)は、ラッシュ時や3分前(特急発車後など)に上り電車が出発した際は当駅で2分程時間調整をすることがある。
改札統合前は、みどりの窓口とびゅうプラザが西口に、指定席券売機が西口・東口両方に設置されていたが、統合時に改札付近に移設された。また、西口駅舎南側にはホテルメッツ浦和があり、駅直結のビジネスホテルとして機能している。
駅構内店舗は、改札内にKIOSKが入居している。また、2011年5月まで西口駅舎改札内に無印良品が、西口駅舎改札外には飲食店が入居していたが、各ホーム上にはキヨスクなどの店舗がない。かつて京浜東北線ホームにKIOSKが2店あったが、高架化工事前に閉店した。
[編集] のりば
| 1 | ■京浜東北線 | 上野・東京・横浜・磯子方面 |
| 2 | ■京浜東北線 | 与野・大宮方面 |
| 3 | ■宇都宮線・高崎線 | 赤羽・尾久・上野方面 |
| 4 | ■宇都宮線 | 小山・宇都宮・黒磯方面 |
| ■高崎線 | 熊谷・高崎・前橋方面 |
- なお、浦和駅は西口の方が旧浦和宿に近く、乗降客も多いが、東口側が1番線である。
[編集] 発車メロディ
2007年10月1日から、1番線の発車メロディが地元のプロサッカークラブである浦和レッドダイヤモンズ(以下「浦和レッズ」と表記)の要請によりクラブ公式応援歌「Keep On Rising」に変更された[1]。2番線はさいたま市歌「希望(ゆめ)のまち」が使用されている。3・4番線はテイチク製の曲が使用されている。以前は1番線も「希望のまち」が使用されていたが、アレンジが違っていた。
[編集] 高架化工事及び湘南新宿ラインホーム新設
浦和の市街地は長い間線路によって東西に分断され、発展にばらつきが見られるようになって来たこともあり、線路の高架化と駅周辺再開発事業が実施されることになった。これは、さいたま市が事業主体となって周辺の道路整備や駅周辺市街地の一体化などを目的に工事が進められている。中でも、駅高架化工事は1線ずつ東側へずらす方法で、以下の順序によって行われている。
- 京浜東北線の東側に高架建設用の用地を確保。また、南側の東北列車線の上下線間の保守側線を撤去し、列車線と京浜東北線のホームと線路を西へ移設するための線路切り替え。東側に用地を捻出(2004年頃完了)。
- 京浜東北線の東側に高架線路とホームを建設し、京浜東北線南行(1番線)を新設の高架線に移設(2007年1月14日完了)。
- 旧南行線上に高架線路を建設し、北行(2番線)を新設の高架線に移設。これにより京浜東北線高架ホームが完成(2008年5月18日完了)。
- 旧北行線上に高架線路とホームを建設し、東北旅客線(宇都宮線)上り(3番線)を新設の高架線に移設(2009年12月20日完了)。
- 旧上り線上に高架線路を建設し、下り(4番線)を新設の高架線に移設。これにより東北旅客線高架ホームが完成(2011年3月6日完了)[2]。
- 旧下り線上に高架線路とホームを建設し、東北貨物線南行を新設の高架線に移設し、東北貨物線(湘南新宿ライン)の5・6番線ホームが完成(施工中〈2011年4月中旬施工開始〉・2012年度完了予定)。
完成後は、京浜東北線の10両編成対応ホーム1面2線と宇都宮線・高崎線の15両編成対応ホーム2面4線の計3面6線を有する高架駅となり、貨物線を走行する湘南新宿ラインも停車駅に追加される予定である。湘南新宿ライン部分まで完成すると、大宮駅や赤羽駅と同様に横浜方面へのアクセスが既存の京浜東北線と湘南新宿ラインと選択できるようになり、現在の赤羽駅での乗り換えが解消される。また、さいたま市内の京浜東北線沿線では初の全面高架駅となる。各ホームにはエスカレーターやエレベーターも設置され、長年の懸案であったバリアフリー化に関しても改善される。なお、同一ホーム上で東北列車線と東北貨物線が乗り換えが可能な構造とはならない予定である。
高架下には幅員25m・長さ約50mの東西自由通路を設け、駅の東西を結び改札を駅中央に集約する他、現状幅員約4mの仲町地下道を10mに拡幅させる他、地下道も2ヶ所新設される[2]。駅南側で鉄道と交差する都市計画道路田島大牧線も幅員が25mに拡幅され、歩行者や自動車にとって東西の交通が円滑になることが期待されている。また、東口駅前に関しては駅前広場の地盤を現在よりも下げることで田島大牧線との土地の高低差を緩和し、併せて高架下の高さを確保する予定である。
当初は高架工事完了が2008年度、貨物線ホーム設置が2009年頃の予定であったが、2006年2月20日のさいたま市議会において、用地買収の遅れと乗客の安全確保の観点から、既存ホームの高架化が2010年度(2011年3月完成済み)、東北貨物線(湘南新宿ライン)ホーム完成が2012年度にそれぞれずれ込む見通しであることが明らかになった。
2011年3月6日に4番線の高架化が完了した。当駅の3・4番線には宇都宮線・高崎線の列車が共に発着するが、京浜東北線の1・2番線に比べても列車発着数が多いだけでなく、特に下り列車では列車が来ても乗車せずに他方面への列車を待つ乗客が出るといった特性もあるにも拘らずホーム幅が狭く、また改札や京浜東北線ホームとを結ぶ連絡通路へ降りる階段も狭かったが、今回のホーム高架化に伴って3・4番線ホームが大幅に拡幅された。また同期して改札内コンコースも一新し、トイレも移設された。高架化されたホームにはコンコースとホームを結ぶエスカレーターとエレベーターが設置されているが、西口と乗り換え通路を結ぶエレベーターは当面設置が継続される。そして、同年8月28日に現在の西口と東口の間に仮設自由通路が開通し、改札口が1ヶ所に集約された[3]。但し、これまで改札内だった南側連絡通路を活用した通路のため、コの字形に移動する形になっているが、高架化完了に合わせて正式な自由通路が設置される予定となっている。
[編集] 利用状況
2010年度の一日平均乗車人員は79,113人である。JR東日本の埼玉県内の単独の駅では、2009年度まで大宮駅、川口駅に次いで第3位であったが、2010年度に川口駅を抜いて第2位となった。また、東北本線上野駅 - 盛岡駅間・高崎線全線の列車停車駅では仙台駅を抜き上野駅、大宮駅、赤羽駅に次ぐ第4位、京浜東北線の駅では第19位である(根岸線区間除く)。南隣の南浦和駅に宇都宮線・高崎線の列車が停車しないため、当駅で京浜東北線から宇都宮・高崎線の列車に乗り換える乗客もいる。ちなみに、同社の駅での順位は51位である。
[編集] 駅周辺
当駅周辺でも、特に駅西側は埼玉県やさいたま市の行政機関、主要政党の埼玉県支部、裁判所などが集まる埼玉県政、さいたま市政の中枢であるとともに、さいたま市内・埼玉県内有数の商業地区でもある。また、そのような中で駅から徒歩圏内に狛犬ならぬコマウサギで有名な調神社や枝垂桜で有名な玉蔵院などの古社寺が点在し、特に調神社境内の森は当駅のすぐ南で電車の車窓からも望むことができる。また、旧中山道沿いに駅から少し離れると老舗の菓子屋などの店舗も残り、近世以来の宿場町の名残りを今に伝えている。
西口側では1963年8月に浦和都市計画街路が決定した後、1967年に駅前の再開発事業に着手した[4]。1981年3月に繁華街の再開発が完成して、支店中1位(但し現在は同じ会社の店舗である三越を除く)の売上高[5]を誇る伊勢丹浦和店、浦和コルソといった大型商業施設が同年に開店した他、浦和駅西口バスターミナル、旧浦和駅前停車場線を整備したさくら草通り、旧中山道、玉蔵院通り周辺などが整備されている。なお、この頃の再開発は、例えばさくら草通りは自動車も通行する道路から歩行者専用道路になるなど、道路を歩くことの楽しさにも配慮していた。
その後1990年代末期には旧中山道と市役所通の交差点に当たる旧浦和宿本陣近く、浦和市役所旧庁舎跡地(浦和市役所移転後は駐車場になっていた)に浦和ロイヤルパインズホテルなどが入居する浦和センチュリーシティーが完成し、浦和駅周辺では初の超高層ビルになった。
そして、2000年代に入ってからは東口でも再開発工事が進められ、パルコ、大丸、ユナイテッド・シネマ(シネマコンプレックス)、メガロス(スポーツクラブ)、COMUNALE、地下公共駐車場などの商業施設と公共施設が入居する複合型再開発ビル「ストリーム」が完成しており、2011年時点でも駅前交通広場を整備中である。なお、駅舎前のスペースは最終的に浦和駅周辺の高架化(前述)に伴う東西自由通路開設(これにより西口との一体化が図られる)とともに地盤の掘り下げなどを行う予定であるため、整備はなされていない。2007年にオープンした浦和パルコは関東店舗グループ中では調布パルコに次ぐ第2位(全店舗中では第6位)の売り上げを誇り、都心店舗グループとされている札幌パルコを上回る売り上げとなっている[6]。
さらに西口南地区でも再開発が進められ、既に駅南側を横断する田島大牧線より南側の開発が終了している。また、同道路よりも北側の駅前一等地についても2012年度の完成を目標として駅前広場の拡張や西口のシンボルとなるような7階建ての商業・業務ビル2棟と20 - 30階建て程度の住宅棟の建設、6階建ての立体駐車場の整備、各施設のデッキでの連絡などの再開発が計画されているが、予定地には比較的規模の大きな商店街があるため、表立った反対運動はないものの用地買収はあまり進んでいない(2011年現在)。
これらの再開発に伴い、駅周辺の景観は大きく変化している。
なお、2008年5月には旧浦和市の伝統産業であり、大宮の盆栽や岩槻の人形とともに、さいたま市の伝統産業に指定されている浦和のうなぎを記念して、漫画家のやなせたかしのデザインによる浦和うなこちゃん像が駅西口に設置された。
また、2007年に制定された「さいたま市路上喫煙及び空き缶等のポイ捨ての防止に関する条例(→路上喫煙禁止条例)」により、周辺では西側の旧中山道から東側の高砂仲町線までの区域で喫煙所以外での路上喫煙や空き缶などのポイ捨てが取り締まり対象となっている。
駅西口の台地上には、まず南北に走る旧中山道やこれを東西に横切る県庁通を軸とする商業地区が広がり、その西側、谷を挟んだ反対側の丘(鹿島台)の上に埼玉県庁や埼玉県警察本部などの県の行政施設、さいたま地方裁判所やさいたま地方検察庁などの国の行政施設が集中している。その西の縁を国道17号線が走っており、沿道を中心にさいたま市役所、さいたま商工会議所、各種メディアの支局などが集まっている。国道17号を北に進むと市役所の北に埼玉りそな銀行本店(旧:埼玉銀行本店)が鎮座している。その北側には埼玉大学旧キャンパス跡地を利用した北浦和公園が現れ、北浦和駅周辺の商業地区へとつながる。
これら駅西口の行政・商業機能の集積地を古くからの閑静な住宅街が取り囲み、県内有数の高級住宅地として名高い。但し、最近はこの地域でもマンションの建設が増加しており、雰囲気は変わりつつある。さらに南西に離れると住宅地は丘を降りるとともに徐々に新しい住宅街へと移りつつ、別所沼や白幡沼などかつての浦和の姿を今に伝える湖沼を利用した公園が現れ、埼京線や武蔵野線の沿線に発達した新興住宅地へと移行する。
[編集] 西口
[編集] 官公庁
- 埼玉県庁
- さいたま法務総合庁舎(法務省・裁判所)
- さいたま拘置支所・さいたま少年鑑別所
- 関東信越国税局 浦和税務署
- 埼玉会館
- 埼玉県立浦和図書館
- 埼玉県警察 浦和警察署
- さいたま市役所
- さいたま市浦和区役所
- さいたま市消防局
[編集] 駅前再開発地区(西口)
- 伊勢丹 浦和店
- 浦和コルソ - 浦和西口再開発により開業した複合商業施設で、伊勢丹と連絡している。市街地を分断しないために、伊勢丹との間及び浦和駅側とさくら草通りの間の1階に通路があり、深夜を除き、自由に往来できる。
- 伊勢丹前にはJリーグ・浦和レッズの歴代監督・選手のフットレリーフや獲得タイトルの記念プレートなどが設置されている。
- 浦和駅西口バスターミナル
- 「浦和うなこちゃん」石像
- ホテルメッツ浦和
- 浦和ワシントンホテル
- エフエム浦和(REDS WAVE)
- エイペックスタワー浦和
- コスタタワー(マンション)
[編集] その他(西口)
- 浦和中郵便局
- 埼玉りそな銀行 浦和中央支店 - 埼玉銀行時代には本店だったこともある。
- 三菱東京UFJ銀行 浦和支店
- イトーヨーカドー 浦和店
- センチュリーシティ・浦和ロイヤルパインズホテル
- 市民会館うらわ
- レッドボルテージ(浦和レッズオフィシャルショップ)
- 須原屋書店 本店
- 埼玉県信用金庫 浦和支店
- 国道463号(旧中山道・県庁通)
- 国道17号(中山道)
- さくら草通り
- 裏門通り
- 埼玉県立浦和第一女子高等学校
- さいたま市立高砂小学校
- さいたま市立浦和中央保育園
- 調神社
- 玉蔵院・中央公園
- 常盤公園
- 仲町公園(浦和宿本陣跡)
- 名店センター(浦和商工ビル)
[編集] 東口
- 浦和駅東口再開発複合施設ビル「ストリーム」
- 前地通り商店街
- 東仲町商店街
- 浦和ビジネスホテル
- 小松原女子高等学校
- 浦和競馬場 - 徒歩で約15分だが、浦和駅から競馬場へ向かうバスはない。無料バスは南浦和駅東口より運行されている。
- 浦和東高砂郵便局
- 浦和本太郵便局
[編集] 閉店
[編集] バス
当駅を発着するバス路線は、国際興業バスと東武バスウエストが運行している。埼京線や埼玉高速鉄道線の開通などに伴いバス利用者が減少し、バス路線の統合が行われている。
2008年3月30日より、これまで西口より発着していた浦01・浦08・浦09など本太坂上・原山・浅間下・浦和美園駅・東川口駅・駒場運動公園・さいたま市立病院方面・国道463号(越谷街道)、463号バイパス(見沼バイパス・見沼大橋経由)方面行のバスが東口駅前広場の整備及び都市計画道路高砂仲町線の開通により西口発着から東口発着に変更になった。また、東口発着への経路変更によって旧中山道への運行がなくなり、本太二丁目停留所は廃止となった。なお、この代替として浦和駅東口 - 本太小学校入口間に新しく東仲町停留所が新設された。これに伴い西口発着路線でも一部で乗り場が変更された。その後、さいたま市からの補助により2009年5月31日より1日5本に限り西口を発着し、国道463号を経由して浦和美園駅に向かうバスが期間限定で復活している。運行期間は2012年度の全面高架化と東西連絡通路完成までの予定となっている。なお、2011年8月28日に改札口が1ヶ所に統合され、現在の西口と東口の間に現在の改札内南側連絡通路を活用した仮設の自由通路が開通したが、同路線は正式な東西自由通路が完成するまで当面運行される予定である。
- 変更点
- 浦01・浦08・浦09など 本太坂下・原山・尾間木・三室・浦和美園駅・東川口駅・さいたま市立病院方面(国道463号(越谷街道)・越谷浦和バイパス(見沼パイパス、新見沼大橋経由)方面)行…西口1番のりば→東口2・3番のりばに変更
- 浦04・浦05など 浦和駅西口発着太田窪・明花・東浦和駅方面 西口2番のりば→西口1番のりばに変更(経路変更なし)
- 浦10 県庁前・中浦和駅・西浦和駅入口経由 田島団地行 西口4番のりば→西口2番のりばに変更(経路変更なし)
- ※浦11・浦82は従来の4番のりば発着
2008シーズンから埼玉スタジアム2002や駒場スタジアムへのシャトルバス乗り場が西口から東口に変更になった。但し、スタジアムからの帰路は従来通り西口到着となる。
[編集] 西口発着路線(浦和駅西口)
- 1番のりば(浦和駅東口からも利用可能な路線)
- 2番のりば
- 3番のりば
- 4番のりば
- 浦11 中浦和駅・西堀経由 桜区役所行
- 5番のりば
- 浦12 常盤四丁目経由 桜区役所行
- 浦12-2 市役所経由 桜区役所行
- 浦13 常盤四丁目経由 大久保浄水場行
- 浦13-2 常盤四丁目経由 下大久保行(深夜バス)
- 浦桜13 常盤四丁目・桜区役所経由 大久保浄水場行
- 浦桜13-3 市役所・桜区役所経由 大久保浄水場行
- 6番のりば
- 7番のりば
- 8番のりば(東武バスウエスト)
- 浦31 北浦和駅・市営アパート経由 さいたま市立病院行
- 岩04 北浦和駅・東下木崎経由 宮下行
- 岩05 北浦和駅・東下木崎経由 東新井団地行
1981年に現在のバスターミナルが完成した。浦和駅とは地下道でつながっている。
なお、浦和コルソ1階(バスターミナルの反対側)には国際興業バス浦和駅西口案内所がある。
[編集] 東口発着路線(浦和駅東口)
- 1番のりば
- 浦50 二十三夜・上谷経由 南浦和駅西口行
- 浦50-2 二十三夜経由 二十三夜坂下行
- 浦51 グランド経由 北浦和駅東口行
- 浦51-3 グランド経由 北浦和ターミナルビル行
- 2番のりば
- 浦01 東川口駅北口行
- 浦02 浅間下・大門・浦和美園駅経由 さいたま東営業所行
- 浦02-2 浅間下・大門イオン浦和美園ショッピングセンター経由 浦和美園駅行
- 浦02-3 浅間下・大門・イオン浦和美園ショッピングセンター・浦和美園駅経由 埼玉スタジアム2002公園行
- 浦03 大崎園芸植物園行
- 浦06 緑区役所入口行
- 浦09 浅間下経由 東浦和駅行
- 浦90 花月・宮本経由 さいたま東営業所行
- 3番のりば
[編集] 浦和駅東口(東口通り)
- 0番のりば(臨時)
- J01(直通) 駒場スタジアム行
- J03(直通) 埼玉スタジアム(北門)行
- 7番のりば(西口発着便)
- 浦04 明花経由 東浦和駅行
- 浦04-2 明花・東浦和駅経由 馬場折返場行
- 浦04-3 明花・東浦和駅経由 さいたま東営業所行
- 浦05 明花行
- 8番のりば(西口発着便)
- 浦04・浦04-2・浦04-3・浦05 浦和駅西口行
- 浦04・浦04-2・浦04-3・浦05 浦和駅西口行
2007年11月1日にバスターミナルが設置され、それまで暫定的に東口通り停留所(現:7番のりば)から発着していた東口発着の路線バスがそちらに移動した。また、東口通り停留所は浦和駅東口に名称変更されたが、現在でも副称として残している。
0(臨時)・7番のりばは「東口通り」停留所時代から位置が変わっていないため、東口改札口から多少歩く。また、改札口から0(臨時)・7番のりばの間及びのりば部分には屋根がない。
[編集] 歴史
- 1883年(明治16年)7月28日 - 開業。日本鉄道が現在の東北本線・高崎線にあたる鉄道の一部である上野 - 熊谷間を開業した際に開設された。当時の駅は上野・王子・浦和・上尾・鴻巣・熊谷のみで、当駅は現在の東北本線の列車停車駅では上野駅などと並ぶ最も古い駅である。
- この際、いわゆる鉄道忌避伝説のためか、当駅は旧浦和宿の東南、宿場町の外に設けられた(本陣などの置かれていた旧宿場の中心は現在の浦和センチュリーシティがある交差点付近)。
- 開業から間もない頃は2面3線の地上駅であった(旧浦和市作成の浦和駅前再開発に関する広報に写真の掲載あり)。
- 1890年(明治23年)12月 - 東北本線赤羽 - 大宮間複線化。
- 1906年(明治39年)11月1日 - 買収により国有化される。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称が制定され、東北本線の駅となる。
- 1931年(昭和6年)12月1日 - 東北本線蕨 - 与野間の貨物線2線が増設され複々線化。貨物線は当駅にホームを設置しなかった。
- この頃、当駅は西口と東口にそれぞれ木造の駅舎を構え、その間を地下通路でつなぐ現在に近い構造になっていた。西口改札を入ったところが開業時の本屋側ホーム跡であったが、ここを走る貨物線には列車が停車しないため、木製の柵が設けられていた。
- 1932年(昭和7年)9月1日 - 東北本線電車(現在の京浜東北線)が大宮駅まで延伸開業し、当駅を含む区間で運行を開始。この時から高崎線と東北本線の列車のほとんどが当駅を通過するようになった。1968年の東北本線6線化まで京浜東北線電車と東北本線の中・長距離列車が同じレール上を走っていた。また、当駅南西に貨物駅が併設されており、貨物駅の配線が西口駅舎ぎりぎりまで伸びてきていた。この場所は現在東北貨物線が高架で跨いでおり、そのガード下に保線区が設けられている。
- 1960年(昭和35年)1月15日 - 貨物取り扱いを廃止する。
- 1967年(昭和42年) - 東北本線赤羽 - 与野間6線化に備え、西口駅舎を改築、現在の西口駅舎が竣工する。
- 1968年(昭和43年)9月25日 - 東北本線赤羽 - 与野間に電車線2線が増設され6線化。京浜東北線と東北本線列車が初めて分離される。早くから市街化が進んでいた当駅周辺では新たな2線分の土地を確保できず、貨物駅のあった土地に高架の新設貨物線を通し、旧来貨物線として使われていたスペースに東北本線列車(高崎線列車含む)を通したため、地上を走る電車線、旅客線と西口駅舎背後を高架で走る貨物線という状況となった(いわゆる「通勤五方面作戦」の一環)。
- 1968年(昭和43年)10月1日 - 東北本線列車旅客線にホームを新設。朝夕ラッシュ時のみ中距離列車が停車を開始[7]。
- 1982年(昭和57年)11月15日 - 中距離列車の終日停車を開始。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR東日本の駅となる。
- 2001年(平成13年)11月18日 - ICカードSuica供用開始。
- 2004年(平成16年) - 高架化工事開始。
- 2007年(平成19年)1月14日 - 1番線高架化。
- 2008年(平成20年)5月18日 - 2番線高架化。
- 2009年(平成21年)12月20日 - 3番線高架化。
- 2011年(平成23年)3月6日 - 4番線高架化、高架化工事完了。
上述の通り、かつては貨物駅を併設しており、貨物扱いを行っていた。当時から浦和郵便局(現・浦和中郵便局)が当駅至近にあるのもその名残りである。
貨物扱いがなくなり、また今回の高架化工事を前に東北列車線ホーム南側にあった保線機械用の留置線が撤去されたことで、駅構内にポイントが一つも存在しない駅となった。
[編集] その他
[編集] 「浦和」が付く駅名
「浦和」の名に方角を冠する駅は、東西南北の全部が揃っている(東浦和駅・西浦和駅・南浦和駅・北浦和駅)。ちなみに、日本の鉄道駅で方角と地名のみの組み合わせで四方が揃っているのは浦和だけである。
地名以外の名称が含まれている事例を含めると、他に仙台(東仙台駅・西仙台ハイランド駅〈臨時駅〉・南仙台駅・北仙台駅)や富山(東富山駅・西富山駅・南富山駅・富山駅北駅)がある。
また、3方向の場合は、新宿(東新宿駅・西新宿駅・南新宿駅)、立川(立川北駅・立川南駅・西立川駅)、船橋(東船橋駅・西船橋駅・南船橋駅)、大宮(東大宮駅・西大宮駅・北大宮駅)、広島(西広島駅・東広島駅・北広島駅〈北海道〉)などがある。
浦和駅と中浦和駅・武蔵浦和駅・浦和美園駅を含めると、浦和の名が付く駅が8つ存在する一方で、旧浦和市域で浦和の名の付かない駅は与野駅のみであり、9駅中8駅に同じ地名を付している点で特徴的である。
これら「浦和」の付く8駅はすべて旧浦和市内にあったが、さいたま市発足後の浦和区内にあるのは浦和駅と北浦和駅のみで、他の6駅は浦和区外となっている(東浦和駅と浦和美園駅は緑区、西浦和駅は桜区、南浦和駅・中浦和駅・武蔵浦和駅は南区)。
埼京線開通後しばらくして、フジテレビ系のテレビ番組『タモリのスーパーボキャブラ天国』に山本リンダのヒット曲「狙いうち」をネタにした「…浦和は7つの駅がある」(当時開業していなかった浦和美園駅を除く7駅)という替え歌が投稿され、同番組のスペシャルで表彰されたことがある。また、「めおと楽団ジキジキ」がネタでこの替え歌を歌っている。
[編集] 一部中・長距離列車が通過する県庁所在地駅
[編集] 長距離・優等列車
1908年に東北本線経由で上野と青森を結ぶ201・202急行列車が設定されて以来、戦前の浦和駅は東北本線の急行列車の停車駅であったが、1960~70年代に増発された東北方面への各特急列車は当駅を通過するようになり、1985年3月14日のダイヤ改正まで東北本線・信越本線・上越線の長距離列車や優等列車は急行「はるな」1往復が停車するだけであった。そのため、特急列車も停車せず、日本で特急列車が走っている県庁所在地駅で特急が停車しない駅の一つでもあった(他には大津駅が該当した)。しかし、ダイヤ改正により急行列車の格上げ列車が主体である「新特急」の一部が停車するようになってからはそれが解消され、現行ダイヤでは特急「草津」「水上」「あかぎ」の上野発着の列車の大半が停車する。
また、この他に特急列車ではないが特急車両を使用した座席定員制の下り列車として「ホームライナー鴻巣」と「ホームライナー古河」が夕方から夜間にかけて運転されている。両列車とも当駅は上野を出て最初の停車駅であるが、当駅は降車専用駅であるため、停車時には「乗車できません」というアナウンスがなされる。これらの列車は特急「あかぎ」が通過する深夜帯も当駅に停車する。
[編集] 中距離電車
当駅の中距離電車(普通列車)のホームは1968年10月1日に新設されたが、1982年11月15日のダイヤ改正以前の東北線・高崎線の線路容量が数多くの優等列車で極限まで逼迫していた時代には東北本線と高崎線の中距離電車は朝夕ラッシュ時のみの停車で、朝ラッシュ終了後に上りの急行列車(「ゆけむり」と「草津」の併結運転)が停車し、その次の普通列車からは夕方のラッシュ時まですべて通過していた。そのため、大宮・赤羽両駅の駅名標には「浦和」の文字はなかった。
その1982年のダイヤ改正ですべての普通列車が停車[8]するようになり、大宮・赤羽両駅の駅名標にも「浦和」の文字が表記された。その後1984年に貨物列車の削減が行われ、東北貨物線経由の赤羽駅発着列車(後に池袋駅→新宿駅まで延伸、現在の湘南新宿ラインの原型)が運行開始されると、東北貨物線にホームがないため通過とされ、湘南新宿ラインとなった現行ダイヤでもこの状態が続いている。但し、前記した高架化事業完成と同時に東北貨物線にホームが新設されるとこの現象が完全に解消される予定である。
[編集] 浦和駒場スタジアムの最寄り駅
当駅は、Jリーグ「浦和レッズ」の本拠地の一つであるさいたま市駒場スタジアムの最寄り駅でもある。同所でレッズの試合やサッカー日本代表の試合が行われる日は多数の乗客が乗降し、駅とスタジアムの間は直行臨時バスが延べ何十台も発車する。また、浦和レッズ戦以外を含めて埼玉スタジアム2002で試合が行われる日でも、当駅から埼玉スタジアム行の直行臨時バスが発車する。
[編集] 駅敷地内に存在していた銀行の支店
駅敷地(東口)にはみちのく銀行浦和支店が併設されていたが、2007年3月11日(最終営業日は同月9日)の統・廃合により閉鎖した。同支店が使用していたプレハブ建物には現在、浦和駅東口交番が入居している。
[編集] 隣の駅
- 東日本旅客鉄道
- ■宇都宮線・高崎線
- ■京浜東北線
[編集] 脚注
- ^ 日本経済新聞2007年9月26日40面(首都圏経済面・埼玉)
- ^ a b 4番線高架は3月6日16時43分発小金井行から利用開始。読売新聞2010年12月31日埼玉版27面。
- ^ JR浦和駅 来月28日 仮設の自由通路開通[リンク切れ] - 東京新聞、2011年7月21日
- ^ 「浦和市史 通史編IV」p299-301。
- ^ 財務データ - 三越伊勢丹「アニュアルレポート(2010年3月期)」より
- ^ 株式会社パルコ2010財務・経営報告。
- ^ 「浦和市史 通史編IV」p311-312。
- ^ 停車列車が誤って当駅を通過しないように北浦和 - 当駅間上り線に「浦和特注」という注意喚起の看板が設置され、現在も残っている。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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