広島駅
| 広島駅 | |
|---|---|
南口
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| ひろしま - Hiroshima | |
| 所在地 | 広島市南区松原町 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本・駅詳細) 広島電鉄(駅詳細) |
広島駅(ひろしまえき)は、広島県広島市南区松原町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅。
広島電鉄の電停名でもある(こちらは「駅」も正式電停名に入り広島駅電停(ひろしまえきでんてい)となる)。
目次 |
[編集] 概要
中国・四国地方で最も多くの人口をもつ広島市の中心駅である。山陽新幹線の全列車が停車し、在来線においては広島シティネットワークの中枢となるターミナル駅でもある。乗車人員数は中国・四国地方で第1位、JR西日本管内では神戸駅に次いで第8位[1]。なお運輸取扱収入では大阪駅、新大阪駅に次いで第3位である[2]。また、駅長が配置された直営駅であり、管理駅として山陽本線の天神川駅、芸備線の西三次駅 - 矢賀駅間各駅を管轄している。
紙屋町・八丁堀といった広島市中心部からは少し離れた位置にあるため、中心部に向かうには路面電車・バスなどに乗り換える必要があるが、近年は駅前再開発事業が進展し、2009年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が徒歩圏内に開場するなど、新都心機能が拡充している[3]。
駅ビルとして、地上7階・地下1階建ての商業施設ASSEがある。
[編集] 乗り入れ路線
JR西日本の広島駅は、山陽新幹線と、以下に挙げる在来線各線の接続駅となっている。
正式な線路名称上の乗り入れ路線は以上の2路線であるが、広島市内の山陽本線の駅から分岐する以下の2路線の列車も当駅に乗り入れている。
- 呉線 -- 海田市駅が線路名称上の終点であり、瀬戸内海沿いの呉駅・広駅方面へ通じている。海田市駅を通る全列車が当駅発着。
- 可部線 -- 横川駅を線路名称上の起点とし、広島市内の可部駅まで通じている。全列車とも当駅発着。
すなわち当駅からは合計5方面の在来線列車が発着している。また、特定都区市内制度における「広島市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。在来線はICOCAの広島・岡山エリアに含まれている。
広島電鉄の広島駅電停は広島電鉄本線の起点となっており、「M1・H1」の駅番号が付されている。運転系統上は1号線・2号線・5号線・6号線が乗り入れる。
[編集] 駅構造
[編集] JR西日本
| JR 広島駅 | |
|---|---|
新幹線口(在来線北口)
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| ひろしま - Hiroshima | |
| 所在地 | 広島市南区松原町2-37 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 電報略号 | ヒロ |
| 駅構造 | 高架駅(新幹線) 地上駅(在来線) |
| ホーム | 2面4線(新幹線) 4面8線(在来線) |
| 乗車人員 -統計年度- |
69,840人/日(降車客含まず) -2009年- |
| 開業年月日 | 1894年(明治27年)6月10日 |
| 乗入路線 5 路線 | |
| 所属路線 | ■山陽新幹線 |
| キロ程 | 341.6km(新大阪起点) 東京から894.2km |
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◄東広島 (31.8km)
(41.4km) 新岩国►
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| 所属路線 | ■山陽本線 (■呉線・■可部線直通含む) |
| キロ程 | 304.7km(神戸起点) 三原から呉線経由で93.4km |
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◄*天神川 (2.3km)
(3.0km) 横川►
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| 所属路線 | ■芸備線 |
| キロ程 | 159.1km(備中神代起点) 新見から165.5km |
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◄*矢賀 (2.2km)
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| 備考 | 直営駅(管理駅) みどりの窓口 有 |
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* 天神川・矢賀 - 当駅の間に広島貨物ターミナル駅有(当駅から1.6km先)
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新幹線が島式ホーム2面4線の高架ホーム、在来線が単式・島式4面8線の地上ホームを持つ。
2つの出入口があり、北側が新幹線口、南側が南口と呼ばれる。ただし呼び名については、新幹線口は1975年の山陽新幹線開業までは北口と呼ばれていたため、今日でもなお、地元住民の会話や新聞の見出し、不動産広告などで、北口の名称が使われることもあり、新幹線口近くの広島銀行の支店名は「広島駅北口支店」のままである。また、在来線の改札口の名称は「北口改札」である。
広島市の都市整備の一環として1999年に南口駅舎を改装し、「ASSE(ひろしま駅ビル)」となった。但し、駅ビルの商業施設部分とコンコース内の改装に留まっており、ホームは従来どおりとなっている。また、2006年12月にASSE内部を再び改装した。
2009年3月には広島市民球場(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)の開業に合わせ、南口自動改札の増設も行われた。当初は、天神川~広島間の上り線に球場利用者の利便性を図る目的で新駅を設置する案があった(下り線は設置案はない様子。乗降客の分散化目的でもある)。この案に対して、JR西日本広島支社は地元自治体の協力があればすぐにでも動くと明言したものの、改札増設に留まっている。
南口、新幹線口共にJR西日本系列のホテルが整備され、南口はHOTELヴィアイン広島が、新幹線口はホテルグランヴィア広島がある。
[編集] 駅舎
南口(在来線)の駅舎は、地下1階・地上7階建てコンクリート地上駅舎。1965年12月に落成し、1999年4月に全面改装した。通りに面する、表側は面目を一新したが、裏側は完成当初の姿を残している。南口駅舎コンコース内には、以下のものなどがある。
- 在来線改札口2箇所(南口改札)
- 中央改札(1F)
- 地下改札(地下1F)
- ASSE利用客用改札(2F)
- みどりの窓口
- Tis(日本旅行(旧JR西日本旅行センター))
- キヨスク
- ASSE(駅ビルデパート・旧ひろしま駅ビル)(地下1階・1F東部分・2F - 7F)
- コンコースに隣接する一階テナント店舗はICOCA電子マネー取扱店である。
- ATMコーナー(広島銀行、もみじ銀行、広島信用金庫、イオン銀行)
新幹線口の駅舎は、地上3階建てコンクリート高架駅舎である。1975年3月に落成した。新幹線口コンコースには、以下のものなどがある。
- みどりの窓口(1F)
- 在来線改札口(1F・2F)(北口改札)
- 南口と同様ICOCAに対応している。
- 新幹線改札口(2F)
[編集] のりば
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 在来線ホーム(地上ホーム) | ||||
| 1・2 | ■山陽本線 | 下り | 宮島口・岩国・徳山方面 | |
| ■可部線 | - | 緑井・可部方面 | 昼間時以外 | |
| 3・4 | ■呉線 | - | 呉・竹原方面 | 日中は主に安芸路ライナー発着ホーム |
| ■可部線 | - | 緑井・可部方面 | ||
| ■山陽本線 | 下り | 宮島口・岩国・徳山方面 | 平日朝のみ | |
| 上り | 西条・三原・岡山方面 | 夜間のみ | ||
| 5・7 | ■山陽本線 | 上り | 西条・三原・岡山方面 | |
| ■呉線 | - | 呉・竹原方面 | ||
| 8・9 | ■芸備線 | - | 志和口・三次方面 | 8番線から発車は朝1便のみ |
| 新幹線ホーム(高架ホーム) | ||||
| 11・12 | 下り | 博多・鹿児島中央方面 | ||
| 13・14 | 上り | 新大阪・東京方面 | 13番線は当駅始発ののぞみが使用 | |
1番のりばが単式、2・3番のりば、4・5番のりば、7・8・9番のりばが島式である。8番のりばは、9番のりば東端を切り欠いた切欠ホームとなっている。構造上は、山陽本線上り列車(呉線列車を含む)は3・4・5・7番線、山陽本線下り列車(可部線列車を含む)は1・2・3・4番線から出発可能であり、芸備線列車は7・8・9番線から出発可能である。6番線はホームのない中線で、機関車の付替や列車の入換などのために使われることがある。9番線は当駅ホーム西端から先に、途中7番線や山陽本線上り線からの渡り線を計3箇所合流しつつ西側(横川駅方面)に伸び、山陽新幹線の高架と交差する手前辺りで第3種車止めが設置され行き止まりとなっている。かつてこの線路からは、後述する旧10番線荷物取扱ホームなど在来線ホーム北側に位置していた線路群が分岐しており、9番線に到着する客車列車の機関車入れ替えの他に、それらの線路群の引き上げ線としての役割も持っていた。
現在ではそれぞれ山陽本線(西条方面)は5番のりば、山陽本線(岩国方面)は1番のりば、呉線は3・7番のりば、可部線は4番のりばから発車する場合が多い。芸備線では9番のりばが出発・到着いずれにも使用される為、8番のりばから出発する列車はごくわずかである(朝夕を問わず回送列車が到着する際に使用されることが多い)。2番のりばについても同様で昼間や夕方の一部の山陽本線(岩国方面)や可部線が発着するほかは貨物列車が通過する程度。大半は当駅終着後、広島運転所に回送する列車の降車用として使用される。貨物列車などの通過列車は基本的に、上りが4・5番のりば、下りが2番のりばを使用する。
折り返し専用の発着信号機は山陽本線(岩国方面)と可部線は4番のりば、山陽本線(西条方面)と呉線は3番のりばのみに設置されており、到着後に回送せず同方面に折り返す列車は、全て上述ののりばに停車する。
芸備線の列車は現在は8・9番のりばのみを使用しているが、かつては急行列車や客車列車を中心に7番のりばも使用していた。
旧0番のりばは、1番線ホーム東寄りの向かい側を切り欠いた頭端式ホームで宇品線専用ホームとして使用されていたが、同線廃止に伴い廃止となった。現在は埋め立てられ駐車場になっている。しかしホームの白線が残されており、ここがホームであったことが現在でも分かる。
旧10番のりばは、荷物取扱専用で、カートレインの自動車積み降ろしなどが行われていたが、荷物列車の廃止と新幹線口駅舎の周辺整備に伴い撤去された。9番線ホームの北西側に位置し、小規模の待避線や引き込み線を有する扇型のホームで、当初より跨線橋や地下通路は接続されず、各種案内表示も取り付けられていなかった。このため駅改札口から入ることはできず、利用する場合は、広島駅西側高架道路下、新幹線駅舎と在来線線路の間にあった専用出入口を使用していた。
新幹線は、JR化当初まで、上り新大阪・東京方面の一部の列車が12番のりばを使用して折り返していた。その名残で、JR時刻表巻頭の当駅構内図には、現在も「12番:東海道・山陽新幹線 下り・上り」と記載されている(2010年2月号より)。新幹線ホームには転落防止用の柵が取り付けられている。
なお、新幹線開業前の優等列車の号車案内が在来線ホームにいくつか残っている。
[編集] 駅舎の歴史
開業当時の広島駅は南口のみの木造の簡易的な駅で、利用者の増加に伴い後年に木造の本格的な駅舎で建て替えられた。1922年(大正11年)に先代の鉄筋コンクリートの駅になった。先代駅舎の当初の設計者は渡辺節で、当時の京都駅を模した形状だった。後に久能にかわった。駅舎の建て面積は9,800m2、延べ床面積は26,400m2だったが、構造が頑強だったために拡張は困難だった。また、広島駅を模した形で、後年岡山駅の建て替えも行われた。原爆投下前の1941年(昭和16年)に正面玄関寄せ前に2階を張り出させる形で駅舎の拡張が行われた[5]。
広島市への原子爆弾投下での直接の爆風、さらには延焼による火災で駅舎は大破した[6]。戦後は、貨車を駅長室代わりに業務を再開[7]。1945年(昭和20年)末までには、雨をしのげるレベルでの仮復旧を行った[8]。1948年(昭和23年)の昭和天皇の来広時には、通路の化粧直しが計画されたが間に合わず、紅白の幕で対応[9]。1949年(昭和24年)より本格的な復旧が行われた。同年7月までに駅舎正面に張出の出札室を整備された[10]。
現在の民衆駅は、1964年(昭和39年)5月22日に起工式を行い[11]、1965年(昭和40年)12月に完成した。建築時点で、全国で39番目に設置される民衆駅でかつ、東京駅八重洲口・博多駅・新宿駅・天王寺駅・池袋駅に次ぐ規模の駅舎になった[12]。
[編集] 広島電鉄
| 広島電鉄 広島駅電停 | |
|---|---|
広電広島駅(2007年10月)
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| ひろしまえき - Hiroshima Station | |
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(0.2km) 猿猴橋町 M2・H2►
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| 所在地 | 広島市南区松原町 |
| 駅番号 | M1・H1 |
| 所属事業者 | 広島電鉄 |
| 所属路線 | 本線 |
| キロ程 | 0.0km(広島駅起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| 開業年月日 | 1912年(大正元年)11月23日 |
停留場(電停)は南口広場にあり、乗車ホーム2面、降車ホーム3面を持つ。乗車ホームは、JR改札口を出て直線の位置にある5号線が使用する比治山線(皆実線)専用ホームと、さらに左側の奥まった場所から発車する中心部を経由する系統が使用するホームに分かれている。観光地のある中心部方面に向かう系統のホームが奥まったところにあるため誤乗車が絶えず注意が必要となっている。 多客時には係員が乗車ホームに出て案内をする。又、降車専用ホームでは、6~21時までは駅整理員(略称:駅セ)が可搬式の運賃箱を使い、運賃収受・集札業務を行う。これにより、1つの列車の片側全てのドアから、「入口」「出口」に関係なく滑らかに降りることが出来る。なお、「出口」から降りるときは運転手、車掌に運賃を支払い、「入口」から降りるときはホームの駅整理員に運賃を支払う。
広島電鉄の各電停並びに各駅はバリアフリー化が進められており、ホーム屋根、路線案内図、時刻表及び電車接近表示器などが装備されている。
[編集] 運行路線
□0号線 紙屋町東経由日赤病院前ゆき 広電前ゆき
■1号線 紙屋町東経由広島港(宇品)ゆき
■2号線 広電宮島口ゆき 西広島(己斐)ゆき
■5号線 比治山下経由広島港(宇品)ゆき 宇品二丁目ゆき 皆実町六丁目ゆき
■6号線 江波ゆき
[編集] 駅弁
広島駅では広島駅弁当株式会社が製造・販売を行っている。あなごめし弁当としゃもじかき飯が有名。 主な駅弁は下記の通り[13]
- 山のおべんとう
- もぐり寿司
- もみじ弁当
- 夫婦(みょうと)あなごめし
- 広島おまかせ寿司
- びっくりたこめし
- 幻霜ポークカツレツ弁当
- 活あなごめし
[編集] 利用状況
- JR広島駅
- 以下の情報は、広島市統計書及び広島市勢要覧に基づいたデータである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
1日平均 降車人員 |
|---|---|---|
| 1947年(昭和22年) | 35,362 | - |
| 1948年(昭和23年) | 36,781 | - |
| 1949年(昭和24年) | 31,469 | - |
| 1950年(昭和25年) | 29,402 | - |
| 1951年(昭和26年) | 27,631 | 24,513 |
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
年度毎 乗客数 |
年度毎 降車数 |
年度毎 発送貨物(t) |
年度毎 到着貨物(t) |
|---|---|---|---|---|---|
| 1952年(昭和27年) | 27,379.7 | 9,993,604 | - | - | - |
| 1953年(昭和28年) | 23,947.6 | 8,740,872 | - | - | - |
| 1954年(昭和29年) | 24,090.3 | 8,792,949 | - | - | - |
| 1955年(昭和30年) | 25,497.0 | 9,331,895 | - | - | - |
| 1956年(昭和31年) | 25,407.0 | 9,273,561 | - | - | - |
| 1957年(昭和32年) | 25,693.3 | 9,378,065 | - | 270,911 | 588,313 |
| 1958年(昭和33年) | 25,664.3 | 9,367,446 | 9,138,704 | 239,019 | 583,364 |
| 1959年(昭和34年) | 25,297.5 | 9,258,888 | 9,058,238 | 264,985 | 631,205 |
| 1960年(昭和35年) | 25,918.2 | 9,460,144 | 9,229,792 | 274,940 | 702,868 |
| 1961年(昭和36年) | 25,563.8 | 9,330,779 | 9,228,369 | 271,329 | 735,128 |
| 1962年(昭和37年) | 27,717.4 | 10,116,852 | 10,074,752 | 304,680 | 737,622 |
以上の1日平均乗車人員は、年度毎乗客数を365(閏年が関係する1955・1959年は366)で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にした物である。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
年度毎 総数 |
定期券 総数 |
普通券 総数 |
年度毎 発送貨物(t) |
年度毎 到着貨物(t) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1963年(昭和38年) | 29,893.4 | 21,881,998 | 13,737,800 | 8,144,198 | - | - |
| 1964年(昭和39年) | 30,569.1 | 22,315,449 | 13,734,810 | 6,580,639 | 369,227 | 713,945 |
| 1965年(昭和40年) | 32,397.0 | 23,649,821 | 14,313,036 | 9,336,785 | 281,935 | 481,346 |
| 1966年(昭和41年) | 32,921.3 | 24,032,523 | 14,235,906 | 9,796,617 | 309,068 | 519,993 |
| 1967年(昭和42年) | 34,495.1 | 25,250,381 | 14,948,816 | 10,301,565 | 374,397 | 713,875 |
| 1968年(昭和43年) | 32,088.4 | 23,424,522 | 12,245,572 | 11,178,950 | 廃止 | 廃止 |
| 1969年(昭和44年) | 31,220.4 | 22,790,862 | 11,224,216 | 11,566,646 | 廃止 | 廃止 |
| 1970年(昭和45年) | 33,121.3 | 24,178,534 | 11,210,494 | 12,968,040 | 廃止 | 廃止 |
| 1971年(昭和46年) | 35,772.3 | 26,185,291 | 11,828,442 | 14,356,849 | 廃止 | 廃止 |
| 1972年(昭和47年) | 40,193.7 | 29,341,412 | 13,245,748 | 16,095,664 | 廃止 | 廃止 |
| 1973年(昭和48年) | 43,755.5 | 31,941,549 | 14,126,638 | 17,814,911 | 廃止 | 廃止 |
| 1974年(昭和49年) | 46,925.6 | 34,255,337 | 14,817,076 | 19,438,261 | 廃止 | 廃止 |
| 1975年(昭和50年) | 54,793.1 | 40,108,572 | 15,076,082 | 25,032,490 | 廃止 | 廃止 |
| 1976年(昭和51年) | 55,055.1 | 40,190,587 | 16,002,096 | 24,188,491 | 廃止 | 廃止 |
| 1977年(昭和52年) | 53,626.2 | 39,147,101 | 16,005,384 | 23,141,717 | 廃止 | 廃止 |
| 1978年(昭和53年) | 53,514.5 | 39,065,598 | 16,146,398 | 22,919,200 | 廃止 | 廃止 |
以上の1日平均乗車人員は、乗車数と降車数が同じであると仮定し、年度毎総数を365(閏年が関係する1963・1967・1971・1975年は366)で割った後で、さらに2で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にした物である。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 1979年(昭和54年) | 54,413 |
| 1980年(昭和55年) | 55,457 |
| 1981年(昭和56年) | 55,975 |
| 1982年(昭和57年) | 55,949 |
| 1983年(昭和58年) | 56,782 |
| 1984年(昭和59年) | 58,885 |
| 1985年(昭和60年) | 60,407 |
| 1986年(昭和61年) | 61,262 |
| 1987年(昭和62年) | 56,421 |
| 1988年(昭和63年) | 58,035 |
| 1989年(平成元年) | 67,896 |
| 1990年(平成2年) | 72,267 |
| 1991年(平成3年) | 75,013 |
| 1992年(平成4年) | 76,540 |
| 1993年(平成5年) | 77,742 |
| 1994年(平成6年) | 75,564 |
| 1995年(平成7年) | 75,578 |
| 1996年(平成8年) | 75,532 |
| 1997年(平成9年) | 73,208 |
| 1998年(平成10年) | 70,785 |
| 1999年(平成11年) | 72,560 |
| 2000年(平成12年) | 71,444 |
| 2001年(平成13年) | 70,980 |
| 2002年(平成14年) | 69,557 |
| 2003年(平成15年) | 70,072 |
| 2004年(平成16年) | 69,781 |
| 2005年(平成17年) | 69,796 |
| 2006年(平成18年) | 70,162 |
| 2007年(平成19年) | 70,574 |
| 2008年(平成20年) | 70,656 |
| 2009年(平成21年) | 69,840 |
- 広電広島駅の1日平均の乗降人数は33,793人である(平成11年度)。
[編集] 駅の立地と周辺
広島駅は南区松原町にある。新幹線口(北口)側は隣接する二葉通りを境に東区になる。
北側には側近に二葉山が有り、南側には側近に猿猴川(太田川水系)が流れ、比較的駅周辺の平地部分が長細い形になっている。また、開業時点では牛田村・矢賀村などが独立した村だったので、広島市の北側に位置していた。開業当時の地図を参照すると、府中村(現在の府中町)を通過後は、その当時の広島市内を抜ける線路のルートを取っている。また太田川水系手前に位置し、開業当時広島市の中心だった中区中島町から離れ、現在の中心部である中区紙屋町・八丁堀からも離れた位置にある。市中心部とのアクセスは、1912年(大正元年)に広島電気軌道(現在の広島電鉄)駅前と御幸橋間の路線が出来たことで結ばれた。
山陽鉄道による開業から、国鉄時代、JRになった現在でも中区にはJRの駅が存在したことはない(現在計画中の白島新駅が、初めて中区に設置される山陽本線の駅になる)。広島駅を通過した後は当時の広島城の外堀(現在の城北通りあたり)を回避した白島地区を通っている。
江戸時代は西国街道(山陽道)が近くを通り、街道沿いの愛宕(現在の「東区愛宕町」)には宿場町があり、他の国の人は広島城下に宿泊することが出来なかったので、宿泊することが出来る一番近い宿場町だった。現在でも地名として残り、愛宕踏切で街道と山陽線が交差している。駅の北側には、1890年(明治23年)に開設された東練兵場が広がり第二次世界大戦終戦まで存在した。東練兵場が出来る前までは田畑が広がっていた[14]。
また、江戸時代からある猿猴橋から広島東照宮まで、桜並木(現在の松原町あたりは松並木で途中から桜並木に変わる)があり天明年間(1795年頃)の地図にも記載があり[15]、第二次世界大戦終戦まで存在していた。
その他、現在も残る広島城主と縁のある広島東照宮・尾長天満宮・国前寺などが近くにある。
駅の開業は1894年(明治27年)6月で、開業時点では山陽鉄道の終点だった。その当時の地図では広島駅通過後、京橋川の近くまで線路が延びていた[16]。翌月には日清戦争が開戦し、国家的な要望で開業が急がれた。前記したとおり、市の中心部から離れた位置にあり、その理由について街道沿いの住民が鉄道を敬遠したのか、用地の買収が困難だったかどうかは不明である[17]。ただ、軍部の意向によりルート変更してはいけないとする強い意向があったのは事実である[18]。同様の理由で山陽鉄道では例外的な急勾配区間瀬野八も誕生している[19][20]。開業時には、前年に宇品港(現在の広島港)が開業し、兵隊が集合することが出来る広い土地(練兵場)が近くにあった事より、兵士出兵の最前線として重要な駅だった。さらに広島駅と宇品港を結ぶ宇品線が同年8月に開業している(詳細は該当記事参照)。
広島駅の南口側は、第二次世界大戦後には闇市が広がっていた。その闇市は、現在も残る愛友市場(荒神市場)や、現在はエールエールA館がある地にあった1952年(昭和27年)に開業した「廣島百貨店」に吸収された。1960年代にはスーパーマーケットのイズミやダイエーが開店した。1969年(昭和44年)には、これまで貨物駅を兼ねていた広島駅を分離する形で、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)が開業した。
山陽新幹線開業直前には「ホテルニューヒロデン」が開業した。「廣島百貨店」は1990年代まで営業していたが、広島商圏での市場占有率は低下。エールエールA館の建て替えで消滅したが、店子については現在もエールエールA館で営業している店舗も存在する。1990年代にはエールエールA館に福屋広島駅前店が開業。2000年代に入るとイズミやダイエーは郊外志向への転換や、事業整理に伴い閉店した。また、広島駅の民衆駅化で設置された広島ステーションホテルが1999年(平成11年)に閉鎖されたが、2004年(平成16年)にJR系のホテルHOTELヴィアイン広島が設置された。
現在、南口側の再開発計画(エールエールB館、広島駅再開発Cブロック)が進められている(詳細はエールエール参照)。
2009年(平成21年)には、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)貨物ヤード跡地にMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が開設。現在、商業施設の建設計画が進められている。
その他南口側には、ウインズ広島(JRA場外馬券売場)、 フタバ図書GIGA広島駅前店(かつては、イズミ広島駅前店が入居していた。)、 広島フルフォーカスビル(かつては、ダイエー広島駅前店が入居していた。)、 鴎州塾 広島駅前本校 広島駅前校などがある。電気店は、ベスト電器B・B広島店(ひろしまMALL、旧:ベスト電器広島本店 → ビックカメラベスト広島店)のみが駅周辺に存在するが、駅前再開発によりビックカメラがBブロック[21]に、デオデオがCブロックに出店する話がある[22]。
現在の新幹線口側は、開業当初は駅舎はなかった。代わりに東練兵場の正面に凱旋門が存在していた[23]。第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に初めての駅舎が作られた。当時の駅舎は、木造平屋の小規模な物で北口と呼ばれた。1975年(昭和50年)の山陽新幹線開業で現在の駅舎に建て替えられ新幹線口と呼ばれる様になったが、2010年(平成22年)現在でも裏口と呼ばれている。
新幹線口側は、西にJR系のホテルホテルグランヴィア広島(開業当時は「広島ターミナルホテル」)が1987年(昭和62年)からあり、東には再開発ビルアクティブインターシティ広島の一つとして、シェラトンホテル広島が2011年(平成23年)に開業した。
道路を挟んだ北側にもアクティブインターシティ広島のマンション・商業棟が2010年(平成22年)に開業している。
以前あったJR関連の施設の多くは2000年頃には解体され、再開発計画が進められ、2010年現在整地された土地が広がっている。その跡地に広島高速5号線広島駅北口出入口(仮称)、がんセンター、マンションなどの建設予定があり、一部の土地は順次販売予定になっている。
その他新幹線口側には、 ハローワーク広島東、広島市東区役所、広島県瀬戸内高等学校、広島桜が丘高等学校、広島朝鮮初中高級学校などがある。
宿泊施設は前述したJR系(「ホテルグランヴィア広島」・「HOTELヴィアイン広島」)や「ホテルニューヒロデン」・「シェラトンホテル広島」以外に、「アークホテル広島」・「ホテルJALシティ広島」・「ホテルセンチュリー21広島」・「広島グランドインテリジェントホテル」などのシティホテル。またビジネスホテルや旅館などが多く立地している。
新幹線口側には、現在でもJR関連の施設が多い(詳細は後記)。
商業施設
娯楽施設
公共・教育施設
宿泊施設
[編集] 広島駅に関連するJR関連の施設
新幹線口側には旧国鉄時代より、国鉄従業員の為の団地や国鉄バスの車両基地などが以前は多く存在した。現在でもJR関連の施設は西日本旅客鉄道広島支社(JR広島支社)や広島鉄道病院、中国ジェイアールバス本社、広成建設などがある。
南口側は、旧・広島中央郵便局(現在の 広島東郵便局)があり、かつてはこの郵便局が広島地区最大の集配局だった。郵便局と駅のホームをつなぐ地下道が現在も残っていて、鉄道による郵便運送が行われていた時は使われていた。
新幹線口側には広島駅弁当の鉄道部がある。
その他駅周辺から離れる物の広島駅に関連した施設で、元々広島貨物ターミナル駅は広島駅の貨物部門を分割した物。広島運転所・広島機関区蟹屋派出が天神川駅の近くに。広島新幹線運転所・広島車両所・広島駅弁当本社が矢賀駅の近くにある。このように、広島駅は運行上とても大切な駅である。
[編集] 再開発事業
- 広島駅
- 2016年度完成予定で自由通路の整備が計画されているが、それに合わせ改札口などの駅機能を自由通路西側の橋上に移す事が決まった。また新幹線口の2階建て駅舎を増築し商業スペースを拡大、さらに自由通路整備に合わせ、通路東側の橋上に約4千平方メートルの商業スペースを新設する。商業スペースの拡大は、合わせて最大で約1万平方メートルとなる見通しで衣料品や飲食などの専門店を誘致する予定。運営はJR西日本の子会社、中国SC開発が行う。駅舎の大規模改修は1975年の山陽新幹線の開通以来初めてで、2016年度末完成予定。
- 広島駅南口
- 広島駅南口周辺は都心に位置付けられているにも関わらず、老朽家屋が密集し立地にふさわしい土地利用がされていない。しかし近年、周辺の再開発事業が活発化しており、駅前通り西側のAブロック(松原町)、駅前通り東側のBブロック(松原町・猿猴橋町)、広電北側(東側)のCブロック(猿猴橋町・荒神町)に分けて事業が検討されている。1999年にはその先陣を切る形で、Aブロックに再開発ビル(エールエールA館)が完成。地元百貨店の福屋が入店している。
「エールエール」も参照
- Bブロックに於いては、過去に西武百貨店の出店やJALホテルズを中心とした再開発ビルが計画されていたが断念。その後住友不動産を事業再構築パートナーとして計画を練り直し、地上54階建ての住宅棟と12階建ての商業棟を2012年度に着工すると発表している。2011年3月26日の中国新聞朝刊で、西棟へのビックカメラ出店が報道された。
- また計画が進まなかったCブロックも、広島駅前Cブロック市街地再開発準備組合が開発業者を森ビルの子会社で再開発事業などを手掛ける森ビル都市企画に選んだと発表しており、41階建て高層マンションと18階建て複合ビルの2棟を4階建ての商業施設でつなぐ複合施設を建設する構想となっている。2012年度着工予定。このエリアはマツダスタジアムのアプローチともなるため、スタジアム周辺の再開発との連携が検討されている。
- 広島駅北口
- 広島駅北口周辺も老朽化した市営住宅などが建ち並び立地にふさわしい土地利用がされていなかったが、2008年3月に駅東側の若草町地区の再開発に着手、大和システムが設立した特別目的会社「広島若草都市開発合同会社」が2010年4月に完成。名称は「アクティブインターシティ広島」で地上21階建てのホテル・オフィス棟、地上9階建てのテラス住宅棟、地上33階建てのタワー住宅棟が建設される。イメージキャラクターは水野美紀。
- 駅北に位置する二葉の里国有地についても、2010年度より工事に着工し、2013年度に完成を予定している。
それに合わせ、広島駅自由通路・新幹線口ペデストリアンデッキ・新幹線口広場整備工事が行われる。2010年度着工、完成は今のところ未定。
[編集] バス路線
「広島駅のバスのりば」を参照
[編集] 歴史
[編集] 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- 1894年(明治27年)
- 1897年(明治30年)
- 1901年(明治34年)9月1日 - 山陽鉄道線 広島駅 - 宇品駅間休止。
- 1902年(明治35年)12月29日 - 山陽鉄道線 広島駅 - 宇品駅間再開。
- 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。ただし、広島駅 - 宇品駅間は宇品線となる。
- 1920年(大正9年)7月15日 - 芸備鉄道線(現在の芸備線)が貨物線として乗り入れ。
- 1926年(大正15年)1月21日 - 芸備鉄道広島駅が旅客営業開始。
- 1937年(昭和12年)7月1日 - 芸備鉄道国有化、国有鉄道芸備線となる。
- 1945年(昭和20年)8月6日 - 原爆投下により鉄骨鉄筋構造の本屋駅舎が大破。
- 1947年(昭和22年) - 北口(現在の新幹線口)開設
- 1965年(昭和40年)
- 1969年(昭和44年)3月1日 - 貨物取扱業務を新設の東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)に移管し廃止(旅客駅となる)。
- 1972年(昭和47年)4月1日 - 宇品線廃止。
- 1975年(昭和50年)3月10日 - 山陽新幹線が岡山駅 - 博多駅間開業により乗り入れ。駅北口を新幹線口に名称変更。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 1999年(平成11年)4月8日 - 南口を全面改装。駅ビルテナントが「ASSE」に名称変更。
- 2005年(平成17年)2月27日 - 広島駅新幹線改札口に自動改札機を導入。
- 2007年(平成19年)
- 2009年(平成21年)5月14日 - 財務省中国財務局、広島県、広島市、西日本旅客鉄道株式会社、独立行政法人都市再生機構で「二葉の里地区の整備に関する基本協定」を締結。広島駅自由通路、新幹線口ペデストリアンデッキ及び新幹線口広場の一体的な整備も含まれている。[24]
- 2009年(平成21年)11月28日 - 1階南口と地下改札口にIC専用改札機を設置。
[編集] 広島電鉄
- 1912年(大正元年)11月23日 - 本駅前電停として開業。
- 1960年(昭和35年)3月30日 - 広島駅前電停に改称。
- 2001年(平成13年)11月1日 - 広島駅電停に改称。
- 2008年(平成20年)11月25日 - 発車メロディを導入。
[編集] 隣の駅
- 西日本旅客鉄道
- ■山陽新幹線
- ■山陽本線
- ■呉線(海田市駅 - 広島駅間は山陽本線を走行)
- ■呉 - 広島間快速「通勤ライナー」
- 矢野駅 - 広島駅
- ■呉 - 広島間快速「安芸路ライナー」・■普通
- 天神川駅 - 広島駅
- ■呉 - 広島間快速「通勤ライナー」
- ■可部線(広島駅 - 横川駅間は山陽本線を走行)
- ■芸備線
- □快速「みよしライナー」・■普通
- 矢賀駅 - 広島駅
- 山陽本線天神川駅・芸備線矢賀駅と当駅の間に、貨物駅の広島貨物ターミナル駅があり、書類上では同駅で両線は分岐する(線路名称上、広島貨物ターミナル駅 - 当駅は山陽本線・芸備線の二重戸籍扱い)。ただし実際には、芸備線から広島貨物ターミナル駅への出入りはできない。
- 快速列車が当駅を境に快速運転区間外に乗り入れる場合は、その区間は普通列車としての運行となる(例として、西条-広島間快速の「通勤ライナー」は、当駅から岩国方が普通列車としての運転区間となる)。
- □快速「みよしライナー」・■普通
- 広島電鉄
- 本線
- ■1号線・■2号線・■5号線・■6号線
- 広島駅電停 - 猿猴橋町電停
- ■1号線・■2号線・■5号線・■6号線
[編集] かつて存在した路線
[編集] 脚注
- ^ データで見るJR西日本2009(p.74)、西日本旅客鉄道
- ^ 前掲データ p.75
- ^ 新都心成長点(広島駅周辺地区)における回遊性向上のための取組イメージ、広島市 (PDF)
- ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』6ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』24・25ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』30ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』31ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』31ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』34ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』43ページ
- ^ 『広島駅七十年のあゆみ』44ページ
- ^ JR時刻表2010年8月号(交通新聞社刊)265ページ
- ^ 西にある広島城外堀に存在した練兵場に対して、東と付けられた
- ^ 新修広島市史 第五巻の地図「天明年間の広島城下絵図」参考
- ^ 新修広島市史 第五巻の地図「明治27年 広島市街地図」参考。その地図には宇品線及び帝国議会仮議院が存在することより9月以降と推定できる
- ^ 新修 広島市史 第三巻 P.433
- ^ 中国新聞 夕刊1972年7月26日 P.6
- ^ 別案として現在の芸備線沿いを走る暖勾配案も存在していた
- ^ さらに別案として、熊野町を経由する案も存在していた 『広島駅七十年のあゆみ』4ページ
- ^ ビックカメラがBブロックへ - 広島のニュース - 都道府県別 - 47NEWS(よんななニュース)
- ^ Cブロックにエディオン意欲 – 中国新聞 | 家電ニュース
- ^ 『山陽鉄道物語』グラビア8,9ページ
- ^ 二葉の里地区及び広島駅自由通路等の整備について(広島市)
[編集] 関連項目
[編集] 参考書籍
- 新修広島市史第一巻(広島市編集)
- 新修広島市史第二巻(広島市編集)
- 新修広島市史第三巻(広島市編集)
- 新修広島市史第四巻(広島市編集)
- 新修広島市史第五巻(広島市編集)
- 新修広島市史第五巻の地図(広島市編集)
- 広島駅七十年のあゆみ(広島駅)
- 長船友則『山陽鉄道物語』 JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉 ISBN 978-4-533-07028-0
- 各 広島市統計書
- 各 広島市勢要覧
[編集] 外部リンク
- 広島駅|駅情報:JRおでかけネット - 西日本旅客鉄道
- ひろしま駅ビル アッセ
- JR広島駅西NKビル(ジェイアール西日本不動産開発より)
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