広島駅

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広島駅
南口
南口
ひろしま - Hiroshima
所在地 広島市南区松原町
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本・駅詳細
広島電鉄駅詳細

広島駅(ひろしまえき)は、広島県広島市南区松原町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・広島電鉄である。

広島電鉄は「駅」も正式電停名に入り、広島駅電停(ひろしまえきでんてい)となる。

概要[編集]

中国・四国地方最大の都市・広島市の中心駅。新幹線の全営業列車が停車し、在来線についても広島シティネットワークの中枢となるターミナル駅である。乗車人員数は中国・四国地方で第1位、JR西日本管内では大阪環状線鶴橋駅に次いで第7位[1]。なお運輸取扱収入では大阪駅に次いで第2位である[1]

紙屋町・八丁堀といった広島市中心部からは少し離れた位置にあるため、路面電車バスに乗り換える必要があるが、近年は駅前再開発事業が進展し、2009年にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が徒歩圏内に開場するなど、新都心機能が拡充している[2]

駅ビルとして、地上7階・地下1階建ての商業施設ASSEがある。

乗り入れ路線[編集]

JR西日本の広島駅は、山陽新幹線と、以下に挙げる在来線各線の接続駅となっている。

正式な線路名称上の乗り入れ路線は以上の2路線であるが、山陽本線の駅から分岐する以下の2路線の列車も当駅に乗り入れている。

  • 呉線 -- 海田市駅が線路名称上の終点であり、瀬戸内海沿いの呉駅広駅方面へ通じている。海田市駅に発着する全列車が当駅まで直通する。当駅より西の山陽本線宮島口・岩国方面および可部線に乗り入れる列車も存在する。
  • 可部線 -- 横川駅を線路名称上の起点とし、広島市内の可部駅まで通じている。全列車が当駅まで直通する。当駅より東の山陽本線西条方面および呉線に乗り入れる列車も存在する。

すなわち当駅からは合計5方面の在来線列車が発着している。また、特定都区市内制度における「広島市内」の駅であり、運賃計算の中心駅となる。在来線はICOCAの岡山・広島エリアに含まれている。

広島電鉄の広島駅電停は広島電鉄本線の起点となっており、「M1・H1」の駅番号が付されている。運転系統上は1号線・2号線・5号線・6号線が乗り入れる。

駅の立地と歴史[編集]

駅の立地[編集]

1880年の廣島市の地図。
1880年廣島市の地図。
1930年頃(昭和初頭)の廣島市の地図。
1930年頃(昭和初頭)の廣島市の地図。
1945年アメリカ軍作成の広島市地図。
1945年アメリカ軍作成の広島市地図。
1988年の広島駅南周辺。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。
1988年の広島駅南周辺。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

広島駅は南区松原町にある。新幹線口(北口)側は隣接する二葉通りを境に東区になる。

北側には側近に二葉山が有り、南側には側近に猿猴川太田川水系)が流れ、比較的駅周辺の平地部分が長細い形になっている。また、開業時点では牛田村矢賀村などが独立した村だったので、広島市の北側に位置していた。開業当時の地図を参照すると、府中村(現在の府中町)を通過後は、その当時の広島市内を抜ける線路のルートを取っている。また太田川水系手前に位置し、開業当時広島市の中心だった中区中島町から離れ、現在の中心部である中区紙屋町・八丁堀からも離れた位置にある。市中心部とのアクセスは、1912年(大正元年)に広島電気軌道(現在の広島電鉄)駅前と御幸橋間の路線が出来たことで結ばれた。

2015年3月に開業した新白島駅が完成するまで、中区には山陽鉄道・国鉄時代を含めJRの駅が存在しなかった[4]。広島駅を通過した後は当時の広島城の外堀(現在の城北通りあたり)を回避した白島地区を通っている。

江戸時代は西国街道(山陽道)が近くを通り、街道沿いの愛宕(現在の「東区愛宕町」)には宿場町があり、他の国の人は広島城下に宿泊することが出来なかったので、宿泊することが出来る一番近い宿場町だった。現在でも地名として残り、愛宕踏切で街道と山陽線が交差している。駅の北側には、1890年(明治23年)に開設された東練兵場が広がり第二次世界大戦終戦まで存在した。東練兵場が出来る前までは田畑が広がっていた[補足 1]

また、江戸時代からある猿猴橋から広島東照宮まで、桜並木(現在の松原町あたりは松並木で途中から桜並木に変わる)があり天明年間(1795年頃)の地図にも記載があり[5]、第二次世界大戦終戦まで存在していた。

その他、現在も残る広島城主と縁のある広島東照宮・尾長天満宮国前寺などが近くにある。

駅の開業は1894年(明治27年)6月で、開業時点では山陽鉄道の終点だった。その当時の地図では広島駅通過後、京橋川の近くまで線路が延びていた[6]。翌月には日清戦争が開戦し、国家的な要望で開業が急がれた。前記したとおり、市の中心部から離れた位置にあり、その理由について街道沿いの住民が鉄道を敬遠したのか、用地の買収が困難だったかどうかは不明である[7]。ただ、軍部の意向によりルート変更してはいけないとする強い意向があったのは事実である[8]。同様の理由で山陽鉄道では例外的な急勾配区間瀬野八も誕生している[補足 2][9]。開業時には、前年に宇品港(現在の広島港)が開業し、兵隊が集合することが出来る広い土地(練兵場)が近くにあった事より、兵士出兵の最前線として重要な駅だった。さらに広島駅と宇品港を結ぶ宇品線が同年8月に開業している(詳細は該当記事参照)。

広島駅の南口側は、第二次世界大戦後には闇市が広がっていた。その闇市は、2013年まで営業された愛友市場(荒神市場)や、現在はエールエールA館がある地にあった1952年(昭和27年)に開業した「廣島百貨店」など吸収された。またスーパーマーケットのイズミや、ヨンドシーホールディングスアスティフジ)も、その闇市での屋台をルーツに持っている。1969年(昭和44年)には、これまで貨物駅を兼ねていた広島駅を分離する形で、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)が開業した。山陽新幹線開業直前には「ホテルニューヒロデン」が開業した。「廣島百貨店」は1990年代まで営業していたが、広島商圏での市場占有率は低下。エールエールA館の建設で消滅したが、現在も引き続き営業している店舗も存在する。1999年には、エールエールA館に福屋広島駅前店が開業。広島駅の民衆駅化で設置された広島ステーションホテルが1999年(平成11年)に閉鎖されたが、2004年(平成16年)にJR系のホテルHOTELヴィアイン広島が開業した。 現在、南口側の再開発計画(エールエールB館、広島駅再開発Cブロック)が進められている(詳細はエールエール参照)。 2009年(平成21年)には、東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)貨物ヤード跡地にMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島が開設。現在、商業施設の建設計画が進められている。

現在の新幹線口側は、開業当初は駅舎はなかった。代わりに東練兵場の正面に凱旋門が存在していた[10]。第二次世界大戦後の1947年(昭和22年)に初めての駅舎が作られた。当時の駅舎は、木造平屋の小規模な物で北口と呼ばれた。1975年(昭和50年)の山陽新幹線開業で現在の駅舎に建て替えられ、北口または新幹線口と呼ばれる様になった。

駅舎の歴史[編集]

画像外部リンク
アメリカ国立公文書記録管理局が所有する米軍撮影写真。
Hiroshima aerial A3414 比治山方面から撮影。左上に駅舎が見える。

開業当時の広島駅は南口のみの木造の簡易的な駅で、利用者の増加に伴い後年に木造の本格的な駅舎で建て替えられた。1922年(大正11年)に先代の鉄筋コンクリートの駅になった。先代駅舎の当初の設計者は渡辺節で、当時の京都駅を模した形状だった。後に久能にかわった。駅舎の建て面積は9,800m2、延べ床面積は26,400m2だったが、構造が頑強だったために拡張は困難だった。また、広島駅を模した形で、後年岡山駅の建て替えも行われた。原爆投下前の1941年(昭和16年)に正面玄関寄せ前に2階を張り出させる形で駅舎の拡張が行われた[11]

広島市への原子爆弾投下での直接の爆風、さらには延焼による火災で駅舎は大破した[12]。戦後は、貨車を駅長室代わりに業務を再開[13]1945年(昭和20年)末までには、雨をしのげるレベルでの仮復旧を行った[14]1948年(昭和23年)の昭和天皇行幸時には、通路の化粧直しが計画されたが間に合わず、紅白の幕で対応[15]1949年(昭和24年)より本格的な復旧が行われた。同年7月までに駅舎正面に張出の出札室を整備された[16]

現在の民衆駅は、1964年(昭和39年)5月22日に起工式を行い[17]1965年(昭和40年)12月に完成した。建築時点で、全国で39番目に設置される民衆駅でかつ、東京駅八重洲口・博多駅新宿駅天王寺駅池袋駅に次ぐ規模の駅舎になった[18]

年表[編集]

JR西日本[編集]

  • 1894年明治27年)
  • 1897年(明治30年)
    • 5月1日 - 山陽鉄道が陸軍省から広島駅 - 宇品駅間を借入れて同区間の一般営業を開始。
    • 9月25日 - 山陽鉄道線が徳山駅まで延伸し、途中駅となる。
  • 1901年(明治34年)9月1日 - 山陽鉄道線 広島駅 - 宇品駅間休止。
  • 1902年(明治35年)12月29日 - 山陽鉄道線 広島駅 - 宇品駅間再開。
  • 1906年(明治39年)12月1日 - 山陽鉄道の国有化により国有鉄道の駅となる。
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。ただし、広島駅 - 宇品駅間は宇品線となる。
  • 1920年大正9年)7月15日 - 芸備鉄道線(現在の芸備線)が貨物線として乗り入れ。
  • 1926年(大正15年)1月21日 - 芸備鉄道広島駅が旅客営業開始。
  • 1937年(昭和12年)7月1日 - 芸備鉄道国有化、国有鉄道芸備線となる。
  • 1945年昭和20年)8月6日 - 原爆投下により鉄骨鉄筋構造の本屋駅舎が大破。
  • 1947年(昭和22年) - 北口(新幹線口)開設
  • 1965年(昭和40年)
  • 1969年(昭和44年)3月1日 - 貨物取扱業務を新設の東広島駅(現在の広島貨物ターミナル駅)に移管し廃止(旅客駅となる)。
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 宇品線廃止。
  • 1974年(昭和49年) - 新跨線橋(至2014年)・旅客地下道延伸同日開通[19]
  • 1975年(昭和50年)3月10日 - 山陽新幹線が岡山駅 - 博多駅間開業により乗り入れ。駅北口を新幹線口に名称変更。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 1999年平成11年)4月8日 - 南口を全面改装。駅ビルテナントが「ASSE」に名称変更。
  • 2005年(平成17年)2月27日 - 広島駅新幹線改札口に自動改札機を導入。
  • 2007年(平成19年)
    • 4月14日 - 広島駅北口改札口にIC乗車券に対応した自動改札機を導入。以後、4月末までに広島駅の全ての改札口へ設置。
    • 9月1日 - ICカード乗車券ICOCA使用開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 5月14日 - 財務省中国財務局、広島県、広島市、西日本旅客鉄道株式会社、独立行政法人都市再生機構で「二葉の里地区の整備に関する基本協定」を締結。広島駅自由通路、新幹線口ペデストリアンデッキ及び新幹線口広場の一体的な整備も含まれている。[20]
    • 11月28日 - 1階南口と地下改札口にIC専用改札機を設置。
  • 2012年(平成24年)
    • 5月 - 広島駅改良工事(橋上化・自由通路・商業施設拡張)起工。在来線ホームの列車停止位置などが西条寄りに変更。岩国寄りのホームなどが工事の為利用客は立ち入り禁止に。
    • 7月下旬 - 新幹線改札口とホームの列車案内LED表示機をフルカラータイプに更新。同時期に新神戸駅でも同型に更新された。
  • 2014年(平成26年)
    • 3月 - 広島駅改良工事(新幹線口ペデストリアンデッキ新設)起工[21]。同時に新幹線口広場内の配置も変更される。
    • 6月12日 - 広島駅改良工事(新幹線口ペデストリアンデッキ新設)に伴う新幹線口バス乗降場配置変更[22]
    • 9月2日 - 広島市が「広島駅南口広場の再整備等に係る基本方針」を決定し公表[23](詳細後述)。
    • 10月20日 - 「JR広島駅の跨線橋の切り替えにあわせた記念企画」[24]による「広島駅の歴史展(写真展)」を跨線橋で開始した。供用最終日まで展示。
    • 10月29日 - 広島駅の新跨線橋供用に伴い、南口のみどりの窓口と総合案内所、新幹線口の案内所が移設。
    • 11月1日 - 「JR広島駅の跨線橋の切り替えにあわせた記念企画」[24]による記念台紙付き入場券を当日1000枚限定販売。跨線橋供用最終日。南口出口改札を入口改札の隣に移設。1番ホーム地下階段の西側を先行供用再開。
    • 11月2日 - 広島駅の新しい跨線橋(連絡コンコース)の供用開始。新しい跨線橋内にはコンビニ、飲食店が開業。旧跨線橋の解体後、中央改札口・自由通路などを整備する[25]。在来線ホームの列車停止位置などが岩国寄りに変更。西条寄りのホームなどが工事の為、利用客は立ち入り禁止に。同様に地下通路の西側を供用再開と同時に東側を工事用に封鎖。ASSEの3階改札口も西側に移設。

広島電鉄[編集]

  • 1912年大正元年)11月23日 - 広島駅前電停として開業。
  • 1920年ごろ - 本駅前電停に改称。
  • 1945年8月6日 - 原爆により休止[26]
  • 1945年10月11日 - 本線の全線運行再開に伴い、営業再開[27]
  • 1945年12月 - 本線が複線での運行を再開[27]
  • 1960年(昭和35年)3月30日 - 広島駅前電停に改称。
  • 1987年(昭和62年) - 皆実線経由宇品行(5号線)の乗り場を新設、着発線が2線から3線となる。(翌年に上屋完成)
  • 2001年(平成13年)11月1日 - 広島駅電停に改称。
  • 2008年(平成20年)11月25日 - 発車メロディを導入。

駅構造[編集]

JR西日本[編集]

JR 広島駅
新幹線口
新幹線口
ひろしま - Hiroshima
所在地 広島市南区松原町2-37
所属事業者 JR logo (west).svg西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 ヒロ
駅構造 高架駅(新幹線)
地上駅(在来線)
ホーム 2面4線(新幹線)
4面8線(在来線)
乗車人員
-統計年度-
72,928人/日(降車客含まず)
-2013年-
開業年月日 1894年明治27年)6月10日
乗入路線 5 路線
所属路線 山陽新幹線
キロ程 341.6km(新大阪起点)
東京から894.2km
東広島 (31.8km)
(41.4km) 新岩国
所属路線  G   R  山陽本線
 Y  呉線 B  可部線直通含む)
キロ程 304.7km(神戸起点)
*天神川 (2.3km)
(1.7km) 新白島
所属路線  P  芸備線
キロ程 159.1km(備中神代起点)
◄*矢賀 (2.2km)
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
広 広島市内駅(中心駅)
* 天神川・矢賀 - 当駅の間に広島貨物ターミナル駅有り(当駅から1.6km先)。

単式・島式4面8線の地上ホームを持つ在来線の北側に島式ホーム2面4線の高架ホームを有する山陽新幹線が並ぶ。

駅の南側に「南口」、北側に「新幹線口」がある。前述のとおり南口は在来線側の入口になるため「在来線口」と称することもある。また1975年の山陽新幹線開業までは北側出入口がそのまま「北口」と呼ばれていたため、今日でも地元住民の会話や新聞の見出し、不動産広告で「北口」の名称が使われることもあり、新幹線口近くの広島銀行の支店名も「広島駅北口支店」のままである。新幹線専用の改札は新幹線口(北側)にのみ設置されているため、駅南側から新幹線を利用する場合には在来線の改札とコンコースを経由するか、地下自由通路を利用して新幹線口に抜けることとなる。

南口、新幹線口共にJR西日本系列のホテルが整備され、南口はHOTELヴィアイン広島が、新幹線口はホテルグランヴィア広島がある。

また、駅長が配置された直営駅であり、管理駅として山陽本線の天神川駅、芸備線の西三次駅 - 矢賀駅間各駅を管轄している。

ホーム[編集]

のりば 路線 方向 行先 備考
1・2  R  山陽本線 下り 宮島口岩国方面  
 B  可部線 - 緑井可部方面 昼間時以外
3・4  Y  呉線 - 方面 日中は主に安芸路ライナー発着ホーム
 B  可部線 - 緑井・可部方面  
 R  山陽本線 下り 宮島口・岩国方面 平日朝のみ
 G  山陽本線 上り 西条三原方面 夜間のみ
5・7  G  山陽本線 上り 西条・三原方面
 Y  呉線 - 呉・広方面  
8・9  P  芸備線 - 下深川三次方面 8番線から発車は朝1便のみ
11・12 ■ 山陽新幹線 下り 博多鹿児島中央方面  
13・14 ■ 山陽新幹線 上り 新大阪東京方面 13番線は当駅始発ののぞみが使用

在来線は1番のりばが単式、それ以外が島式である。8番のりばは9番のりばの東端を切り欠いた切欠ホームとなっており、7・8・9番ホームは同じ面にある。6番線はホームのない中線で、機関車の付替や列車の入換などのために使われることがある。9番線は当駅ホーム西端から先に、途中7番線や山陽本線上り線からの渡り線を計3箇所合流しつつ西側(横川駅方面)に伸び、山陽新幹線の高架と交差する手前辺りで第3種車止めが設置され行き止まりとなっている。かつてこの線路からは、後述する旧10番線荷物取扱ホームなど在来線ホーム北側に位置していた線路群が分岐しており、9番線に到着する客車列車の機関車入れ替えの他に、それらの線路群の引き上げ線としての役割も持っていた。

構造上は、山陽本線上り(呉線直通を含む)は3・4・5・7番線、山陽本線下り(可部線直通を含む)は1・2・3・4番線から出発可能であり、芸備線は7・8・9番線から出発可能である。現在では山陽本線下りが1番のりば、山陽本線上りが5番のりば、呉線が3・7番のりば、可部線は4番のりば、芸備線は9番のりばから発車する場合が多く、これらのホームの一部の駅名標は2015年から本格導入されるラインカラーを用いたものに置き換えられている。8番のりばから出発する列車はごくわずか(朝夕を問わず回送列車が到着する際に使用されることが多い)で、2番のりばも昼間や夕方の一部の山陽本線下りや可部線が発着するほかは貨物列車が通過する程度。大半は当駅終着後、広島運転所に回送する列車の降車用として使用される。貨物列車などの通過列車は基本的に、上りが4・5番のりば、下りが2番のりばを使用する。芸備線の列車は現在は8・9番のりばのみを使用しているが、かつては急行列車客車列車を中心に7番のりばも使用していた。

折り返し専用の発着信号機は山陽本線(岩国方面)と可部線は4番のりば、山陽本線(西条方面)と呉線は3番のりばのみに設置されており、到着後に回送せず同方面に折り返す列車は、全て上述ののりばに停車する。

広島駅では東海道型に似た詳細放送が採用されている。CTC連動型で接近時と到着時、発車時に行われるほか停車中にも案内放送が流れる。接近時には放送の後に後述の4つのメロディが各ホームで流れる。島式ホームである2番~9番乗り場では2つのホームで同じスピーカーでの放送となっているため被る場合は接近放送や発車放送が優先的に行われる。

  • 到着時には駅名連呼(2回)と新幹線口案内と乗換案内が行われる。快速列車の場合は停車駅も案内される。
  • なお英語による案内放送は行われていない。この放送よりも後の2003年に広島支社管内主要駅(三原、西条、天神川、五日市、宮島口、岩国、新山口、新下関)で導入された新詳細型放送では英語放送を導入している。
  • 2015年3月上旬に山陽本線の案内が「山陽本線〇〇方面」から「山陽線〇〇方面」に言い回しが変更された。
  • 広島駅では次の接近メロディが使用されている。
    • 1番・5番乗り場メロディ「砂の鏡」…現在では広島駅のみだが2012年のJR西日本新標準接近放送導入前までは呉線下りや大町駅下り、前空駅(アレンジ)でも採用。
    • 2・7番乗り場メロディ(曲名不明)…広島駅のほか広島支社管内山陽本線本郷以西各駅下り(下関方)や呉線各駅下り(海田市方)、可部線各駅下り(可部方)でも採用。広島地区新詳細型放送採用駅(西条、五日市、宮島口、岩国等)では改良版が採用。
    • 3・8番乗り場メロディ(曲名不明)…広島駅のみ使用。新標準接近放送導入前までは大町駅上りや呉線上り(広・三原方)で採用。
    • 4・9番乗り場メロディ(曲名不明)…広島駅のほか広島支社管内山陽本線本郷以西各駅上り(三原方)と呉線上り(広・三原方)、可部線各駅上り(横川方)でも採用。2・7番乗り場メロディ同様広島地区新詳細型放送採用駅では改良版が採用。
広島駅にかつて有った宇品線用0番ホームの痕跡(2014年3月)

かつては、1番線ホーム東寄りの向かい側を切り欠いた頭端式ホームがあり、「0番ホーム」として宇品線専用ホームとして使用されていたが、同線廃止に伴い廃止となった。現在は埋め立てられ、駐車場になっていたが後に駐車場は廃止になり、立ち入りできなくなっているが、ホームのコンクリート面と白線が残されている。

2番ホーム西側の閉鎖中切欠ホーム
(2014年11月)

また、2番ホームの西側先端にも切欠ホームが存在するが、現在はフェンスで囲われており使用されていない。

9番線ホームの北西側には、荷物取扱専用の「10番ホーム」が存在し、カートレイン自動車積み降ろしなどが行われていたが、荷物列車の廃止と新幹線口駅舎の周辺整備に伴い撤去された。小規模の待避線や引き込み線を有する扇型のホームで、当初より跨線橋や地下通路は接続されず、各種案内表示も取り付けられていなかった。このため駅改札口から入ることはできず、利用する場合は、広島駅西側高架道路下、新幹線駅舎と在来線線路の間にあった専用出入口を使用していた。

なお、新幹線開業前の優等列車の号車案内が在来線ホームにいくつか残っている。

新幹線ホームは、16両編成対応(ホーム長410m)の島式ホーム2面4線を有する高架ホームである[28]。なお、現在の11・14番のりばのそれぞれ外側に1面1線ずつホーム・線路を増設して4面6線まで拡張可能な構造としている[29]。JR化当初まで、上り新大阪・東京方面の一部の列車が12番のりばを使用して折り返していた。その名残で、JR時刻表巻頭の当駅構内図には、現在も「12番:東海道・山陽新幹線 下り・上り」と記載されている(2010年2月号より)。新幹線ホームには転落防止用の柵が取り付けられている。

南口駅舎[編集]

現在の南口の建物が出来た当初の壁が残っている

南口駅舎は地下1階・地上7階建てコンクリート造で、1階の東側の区画と1階以外のフロアをASSEが占める。建物そのものは1965年12月に落成し、「ひろしま駅ビル」と称していたが、1999年4月にASSEとしてリニューアルした。ただしこのときの改装範囲は駅正面の外観と駅ビルの商業施設ブロックおよびコンコース内の改装のみで、駅舎裏側は完成当初の姿を残している。2006年12月ににはASSEが再び改装された。

改札口は1階の「南改札」と地下1階の「地下道南改札」、跨線橋正面でASSEの3階に直結する「ASSE改札」の3箇所。いずれもICOCA対応の自動改札で、南改札は入場改札と出場改札で分かれている。2009年3月にはMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島の開業に合わせ、南口で自動改札機の増設も行われた。

みどりの窓口、Tis(日本旅行)はいずれも1階コンコースにあり、東西にATMコーナー(広島銀行もみじ銀行広島信用金庫イオン銀行)を置く。駅舎内テナントはICOCA電子マネー対応。

新幹線口駅舎[編集]

地上3階建てコンクリート造高架駅舎1975年3月に落成した。1階にみどりの窓口と在来線用の「地下道北改札」、中国SC開発の運営する商業施設「広島新幹線名店街」、2階に「新幹線改札」と在来線用の「2階北改札」、新幹線と在来線間の乗換用に「のりかえ改札」を有する。

ペデストリアンデッキ設置に向けて駅舎が増築中である。詳細は改良工事項目を参照。

橋上駅舎(建設中)[編集]

南口と新幹線口の間の線路上空に橋上駅舎(後述)を建設中であり、2014年11月2日に、改札内の連絡跨線橋部分までが完成し供用中。連絡跨線橋内にはコンビニ、飲食店が有る。通路幅は従来通りの10メートルだが、天井までは6.7メートルあり天井近くの窓からの採光で日中は照明不要になっている[30]。詳細は改良工事項目を参照。

自由通路完成時には中央改札になる2・3番ホーム階段と4・5番ホーム階段間の広場にはマツダが新型車を展示している。以前は新幹線口駅舎で展示してあったものである。この車両は入れ替えの度に新幹線口階段に板を置いてスロープを設置し、手動式ウインチで階段上のスロープを引き上げて移動させているという[31]

広島電鉄[編集]

広島電鉄 広島駅電停
広電広島駅(2007年10月)
広電広島駅(2007年10月)
ひろしまえき - Hiroshima Station
(0.2km) 猿猴橋町 M2・H2►
所在地 広島市南区松原町
駅番号 M1・H1
所属事業者 広島電鉄
所属路線 本線
キロ程 0.0km(広島駅起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1912年大正元年)11月23日

広島電鉄本線の広島駅電停はJR広島駅南口の東側、城北通り・大洲通り(県道広島三次線)に並行した場所にあり、変則頭端式4面3線のホームを持つ。旅客への案内ではホーム番号は用いられていない。

乗車ホームは南口駅舎に近い最も北側の1面を使う。東寄りを0・1・2・6号線(八丁堀・紙屋町方面)のりばとし、西寄りを5号線(比治山線)専用のりばとしている[32]。0・1・2・6号線のりば前には、案内所(広島電鉄広島駅定期券センター)や、1日乗車券の自動販売機、PASPYチャージ機などが設置されており、多客時には係員が乗車ホームに出て案内をする。降車ホーム3面は、折り返し5号線となる便がもっともJR広島駅寄りを使うほかは到着順で使い分ける。

6時から21時までの間、「入口」ドアから降りるときは降車ホームで電停整理員が可搬式のカードリーダー付き運賃箱を使い、運賃収受・集札業務を行う。(その他の時間帯では他の電停と同様、車内の運賃箱で支払う。)また、係員によって電車の案内や自動放送、発車メロディを流している。

運行系統
1号線2号線6号線のりば 0号線 紙屋町東経由)日赤病院前ゆき・広電前ゆき
1号線 (紙屋町東経由)広島港(宇品)ゆき
2号線 広電宮島口ゆき・広電西広島(己斐)ゆき
6号線 江波ゆき
5号線のりば 5号線 比治山下経由広島港(宇品)ゆき・宇品二丁目ゆき・皆実町六丁目ゆき

改良工事[編集]

JR駅橋上駅化[編集]

今までは、通路のみの古い地下道しか無かったJR駅の南北自由通路の整備が計画されており、それに合わせ改札口などの駅機能を在来線線路をまたぐ人工地盤上に移し、駅と自由通路と店舗を一体で橋上駅舎として整備する広島駅の橋上駅化工事が進行中である。自由通路東側に隣接する店舗エリアには約4千平方メートルの商業スペースを新設する。商業スペースの拡大は、新幹線口駅舎の増築も合わせて最大で約1万平方メートルとなる見通しで衣料品や飲食などの専門店を誘致する予定。運営はJR西日本の子会社、中国SC開発が行う。

橋上駅舎の南口と新幹線口との連絡跨線橋の部分が先行完成し、2014年11月2日に供用開始された[25]。この新しい跨線橋の東側で引き続き工事を行う。南北自由通路含む橋上駅舎の完成は2017年度の予定[23]

新幹線口ペデストリアンデッキ[編集]

新幹線口も自由通路整備に合わせてペデストリアンデッキを新設し、既存の「アクティブインターシティ広島」ペデストリアンデッキとも接続する。また同時に新幹線口の3階建て駅舎の1階と2階を広場側に増築して商業スペース拡大も行う。ペデストリアンデッキはその増築部に隣接で広場に設置される。新幹線口広場はバス・タクシー乗降場やマイカー乗降場など全体のレイアウトが変更される。駅舎の大規模改修は1975年の山陽新幹線の開通以来初めてで、2016年度末完成予定。

南口駅ビルASSE建て替え[編集]

広島市が2014年9月2日に公表した「広島駅南口広場の再整備等に係る基本方針」[23]では、橋上駅化完了後に平成30年代半ばの完成を目指して、広島電鉄本線を稲荷町電停から駅前大橋を通るルートに変更した上でASSE駅ビルに高架で乗り入れる路線変更と同時に、駅ビル内に電停(広島駅電停)を設置する為に建て替えと駅南口広場の再整備を行う計画がされている。

利用状況[編集]

JR西日本
  • 以下の情報は、広島市統計書及び広島市勢要覧に基づいたデータである。
年度 1日平均
乗車人員
1日平均
降車人員
1947年(昭和22年) 35,362[33] -
1948年(昭和23年) 36,781[33][34] -
1949年(昭和24年) 31,469[33][34] -
1950年(昭和25年) 29,402[34] -
1951年(昭和26年) 27,631[34] 24,513[34]
年度 1日平均
乗車人員
年度毎
乗客数
年度毎
降車数
年度毎
発送貨物(t)
年度毎
到着貨物(t)
1952年(昭和27年) 27,379.7 9,993,604[35][36] - - -
1953年(昭和28年) 23,947.6 8,740,872[36] - - -
1954年(昭和29年) 24,090.3 8,792,949[37] - - -
1955年(昭和30年) 25,497.0 9,331,895[37] - - -
1956年(昭和31年) 25,407.0 9,273,561[37] - - -
1957年(昭和32年) 25,693.3 9,378,065[37] - 270,911[37] 588,313[37]
1958年(昭和33年) 25,796.1 9,415,575[37] - 239,019[37] 583,364[37]
1959年(昭和34年) 25,297.5 9,258,888[38] 9,058,238[38] 264,985[39] 631,205[39]
1960年(昭和35年) 25,918.2 9,460,144[38] 9,229,792[38] 274,940[39] 702,868[39]
1961年(昭和36年) 25,563.8 9,330,779[38] 9,228,369[38] 271,329[39] 735,128[39]
1962年(昭和37年) 27,717.4 10,116,852[38] 10,074,752[38] 304,680[39] 737,622[39]

1952年から1962年の1日平均乗車人員は、年度毎乗客数を365(閏年が関係する1955・1959年は366)で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にした物である。

年度 1日平均
乗車人員
年度毎
総数
定期券
総数
普通券
総数
年度毎
発送貨物(t)
年度毎
到着貨物(t)
1963年(昭和38年) 29,893.4 21,881,998[40] 13,737,800[40] 8,144,198[40] 303,561[39] 782,492[39]
1964年(昭和39年) 30,569.1 22,315,449[40][41] 13,734,810[40][41] 6,580,639[40][41] 369,227[42] 713,945[42]
1965年(昭和40年) 32,397.0 23,649,821[40][41] 14,313,036[40][41] 9,336,785[40][41] 281,935[42] 481,346[42]
1966年(昭和41年) 32,921.3 24,032,523[40][41] 14,235,906[40][41] 9,796,617[40][41] 309,068[42] 519,993[42]
1967年(昭和42年) 34,495.1 25,250,381[40][41] 14,948,816[40][41] 10,301,565[40][41] 374,397[42] 713,875[42]
1968年(昭和43年) 32,088.4 23,424,522[41] 12,245,572[41] 11,178,950[41] 廃止 廃止
1969年(昭和44年) 31,220.4 22,790,862[43] 11,224,216[43] 11,566,646[43] 廃止 廃止
1970年(昭和45年) 33,121.3 24,178,534[43] 11,210,494[43] 12,968,040[43] 廃止 廃止
1971年(昭和46年) 35,772.3 26,185,291[43] 11,828,442[43] 14,356,849[43] 廃止 廃止
1972年(昭和47年) 40,193.7 29,341,412[43] 13,245,748[43] 16,095,664[43] 廃止 廃止
1973年(昭和48年) 43,755.5 31,941,549[43] 14,126,638[43] 17,814,911[43] 廃止 廃止
1974年(昭和49年) 46,925.6 34,255,337[44] 14,817,076[44] 19,438,261[44] 廃止 廃止
1975年(昭和50年) 54,793.1 40,108,572[44][45] 15,076,082[44][45] 25,032,490[44][45] 廃止 廃止
1976年(昭和51年) 55,843[46] 40,190,587[44][45] 16,002,096[44][45] 24,188,491[44][45] 廃止 廃止
1977年(昭和52年) 53,996[46] 39,147,101[44][45] 16,005,384[44][45] 23,141,717[44][45] 廃止 廃止
1978年(昭和53年) 54,413[46] 39,065,598[44][45] 16,146,398[44][45] 22,919,200[44][45] 廃止 廃止

1963年から1975年の1日平均乗車人員は、乗車数と降車数が同じであると仮定し、年度毎総数を365(閏年が関係する1963・1967・1971・1975年は366)で割った後で、さらに2で割った値を、小数点第二位で四捨五入。小数点一位の値にした物である。1981年に発行された広島市統計書から算出方法が変わっているため、1977年以降は1日平均乗車人員の値が発表されている。

年度 1日平均
乗車人員
1979年(昭和54年) 54,413[46]
1980年(昭和55年) 55,457[46][47]
1981年(昭和56年) 55,975[47]
1982年(昭和57年) 55,949[47]
1983年(昭和58年) 56,782[47]
1984年(昭和59年) 58,885[47]
1985年(昭和60年) 60,407[48]
1986年(昭和61年) 61,262[48]
1987年(昭和62年) 56,421[48]
1988年(昭和63年) 58,035[48]
1989年(平成元年) 67,896[48]
1990年(平成2年) 72,267[49]
1991年(平成3年) 75,013[49]
1992年(平成4年) 76,540[49]
1993年(平成5年) 77,742[49]
1994年(平成6年) 75,564[49]
1995年(平成7年) 75,578[50]
1996年(平成8年) 75,532[50]
1997年(平成9年) 73,208[51]
1998年(平成10年) 70,785[51]
1999年(平成11年) 72,560[52]
2000年(平成12年) 71,444[52]
2001年(平成13年) 70,980[53]
2002年(平成14年) 69,557[53]
2003年(平成15年) 70,072[54]
2004年(平成16年) 69,781[54]
2005年(平成17年) 69,796[55]
2006年(平成18年) 70,162[55]
2007年(平成19年) 70,574[56]
2008年(平成20年) 70,656[56]
2009年(平成21年) 69,840[57]
2010年(平成22年) 69,327[57]
2011年(平成23年) 70,384[58]
2012年(平成24年) 71,510[58]
2013年(平成25年) 72,928

乗車数グラフ Hiroshima sta graph.jpg


広島電鉄
  • 平成11年度、1日平均のJRとの乗換客数は約35,000人である[59]

駅周辺[編集]

南口側には、再開発ビルのエールエールA館(福屋広島駅前店)、ウインズ広島JRA場外馬券売場)、 フタバ図書GIGA広島駅前店(かつては、イズミ広島駅前店が入居していた。)、 広島フルフォーカスビル(かつては、ダイエー広島駅前店が入居していた。)などがある。電気店は、ベスト電器広島店(ひろしまMALL、旧:ベスト電器広島本店 → ビックカメラベスト広島店 → ベスト電器B・B広島店)のみが駅周辺に存在するが、駅前再開発によりビックカメラがBブロック[60]に、エディオンがCブロックに出店する[61]

駅の約1km東には広島東洋カープの本拠地であるMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島がある。球場周辺には会員制倉庫型ストアのコストコとスポーツクラブがあり、建設中のゲストハウス型の結婚式場やカープの屋内練習場やマンションと共にボールパークタウンを構成する予定である。

新幹線口側は、西にJR系のホテルホテルグランヴィア広島(開業当時は「広島ターミナルホテル」)が1987年(昭和62年)からあり、東には再開発ビルアクティブインターシティ広島の一つとして、シェラトンホテル広島2011年(平成23年)に開業した。道路を挟んだ北側にもアクティブインターシティ広島のマンション・商業棟が2010年(平成22年)に開業している。

かつてあったJR関連の施設は後述の施設を除いて多くが解体された。2014年現在は再開発計画が進められ、整地された土地が広がっている。その跡地に広島高速5号線広島駅北口出入口(仮称)、がんセンター、マンションなどの建設予定があり、多くが売却済となっている。地区内には南区京橋町から移転してきたスーパーマーケットイズミの本社ビルがあり、1階には「ゆめマート」二葉の里店が入居している。

その他、新幹線口側には、広島市東区役所、 ハローワーク広島東、広島県瀬戸内高等学校広島桜が丘高等学校広島朝鮮初中高級学校などがある。

宿泊施設は前述したJR系(「ホテルグランヴィア広島」・「HOTELヴィアイン広島」)や「ホテルニューヒロデン」・「シェラトンホテル広島」以外に、「アークホテル広島」・「ホテルJALシティ広島」・「ホテルセンチュリー21広島」・「広島グランドインテリジェントホテル」などのシティホテル。またビジネスホテルや旅館などが多く立地している。


商業施設

娯楽施設

公共・教育施設

宿泊施設

再開発事業[編集]

広島駅南口
近年、周辺の再開発事業が活発化しており、駅前通り西側のAブロック(松原町)、駅前通り東側のBブロック(松原町・猿猴橋町)、広電北側(東側)のCブロック(猿猴橋町・荒神町)に分けて事業が検討されてきた。1999年にはその先陣を切る形で、Aブロックに再開発ビル(エールエールA館)が完成。地元百貨店の福屋が入店している。
Bブロックにおいては、過去に西武百貨店の出店やJALホテルズを中心とした再開発ビルが計画されていたが断念。その後住友不動産を事業再構築パートナーとして計画を練り直し地上54階建ての住宅棟と12階建ての商業棟を2012年度に着工すると発表。2011年3月にビックカメラと保留床(店舗部分の一部)の取得に関する覚書を締結したことにより、計画は大きく前進。2012年10月に権利変換計画が認可、11月から既存建物の解体工事が始まった。2013年3月からは建築工事に着手しており、2016年6月に中四国で最も高い52階建てタワーマンションとホテルや商業施設が竣工予定である。
Cブロックも、広島駅前Cブロック市街地再開発準備組合が開発業者を森ビルの子会社で再開発事業などを手掛ける森ビル都市企画に選んだと発表。46階建て高層マンションと11階建ての商業棟を建設し、総事業費は約270億円。当初は2012年度着工予定であったが、Bブロック同様に計画の進展が見られなかった。しかし2012年3月に再開発準備組合が組合設立を市へ認可申請、8月に認可され組合が発足した。商業棟にはエディオンとゼクシスが出店予定。2016年3月の完成を目指している。
広島駅新幹線口
2008年3月に駅東側の若草町地区の再開発に着手、大和システムが設立した特別目的会社「広島若草都市開発合同会社」が2010年4月に完成。名称は「アクティブインターシティ広島」で地上21階建てのシェラトンホテル広島、オフィス棟、地上9階建てのテラス住宅棟、地上33階建てのタワー住宅棟が建設された。テラス住宅棟にはマックスバリュエクスプレス広島駅北口店・広島銀行広島駅北口支店をはじめ、飲食店や医療機関が入居している。
駅北に位置する二葉の里国有地についても、2011年1月より土地区画整理事業が着工。2012年3月に区画整理の保留地を株式会社泉不動産が取得、地場大手のスーパーイズミ本社ビルが移転を発表。2013年度に完成し、1階にはスーパーマーケット「ゆめマート」も併設されている。さらに広島鉄道病院が現在地の東隣にある社有地への移転新築を発表。この社有地は二葉の里土地区画整理事業の4街区でもあり、2015年度診療開始を目指すとしている。2013年6月には二葉の里土地区画整理事業1~3街区に関する一般競争入札が行われ、1街区をマンション開発の日本アイコム、2街区を大型家具店を展開するイケア、3街区を広島県歯科医師会がそれぞれ落札した。イケアの開業は2015年以降の予定で、2014年春に開業予定の立川店に続く2か所目の都市型店舗とするとしている。今回の一般競争入札された街区には、1街区内に広島県広島東警察署が2018年度に移転予定、3街区内に県高精度放射線治療センター・地域医療センターが2015年度完成予定となっている。2014年5月に残りの5街区の入札が行われ、結果大和ハウス工業広島テレビ放送エネルギア・コミュニケーションズの3社共同で62億3千円で落札。5街区は3社がそれぞれ3棟を建設することとなり、オフィス、商業機能やホテル・高速バス乗り場を持つ『複合棟』を大和ハウス、テレビ放送機能とホールを備えた『メディア棟』を広島テレビ(現本社がある中区中町からの移転)、『データ通信棟』をエネルギア・コミュニケーションズが所有する。データ通信棟は2016年、複合棟、メディア棟は2019年の竣工予定である。これにより2019年までにはすべての街区の開発が終わる予定である。広島駅新幹線口から近くにインターチェンジが設置される広島高速5号線も工事中である。

広島駅に関連するJR関連の施設[編集]

新幹線口側には旧国鉄時代より、国鉄従業員の為の団地や国鉄バスの車両基地などが以前は多く存在した。現在でもJR関連の施設は西日本旅客鉄道広島支社(JR広島支社)や広島鉄道病院中国ジェイアールバス本社、広成建設などがある。

南口側は、旧・広島中央郵便局(現在の 広島東郵便局)があり、かつてはこの郵便局が広島地区最大の集配局だった。郵便局と駅のホームをつなぐ地下道が現在も残っていて、鉄道による郵便運送が行われていた時は使われていた。

その他駅周辺から離れる物の広島駅に関連した施設で、元々広島貨物ターミナル駅は広島駅の貨物部門を分割した物。広島運転所・広島機関区蟹屋派出が天神川駅の近くに。広島新幹線運転所広島車両所・広島駅弁当本社が矢賀駅の近くにある。このように、広島駅は運行上とても大切な駅である。

バス路線[編集]

隣の駅[編集]

西日本旅客鉄道
山陽新幹線
東広島駅 - 広島駅 - 新岩国駅
 G   R  山陽本線
西条 - 広島間快速「通勤ライナー」(到着列車のみ)
海田市駅広島駅
広島 - 岩国間快速「通勤ライナー」(到着列車のみ)
広島駅新白島駅
普通
天神川駅 - 広島駅 - 新白島駅
 Y  呉線(海田市駅までは山陽本線)
呉 - 広島間快速「通勤ライナー」
矢野駅 - 広島駅
呉 - 広島間快速「安芸路ライナー
海田市駅 - 広島駅
普通
天神川駅 - 広島駅
 B  可部線(横川駅までは山陽本線)
広島駅 - 新白島駅
 P  芸備線
快速「みよしライナー」・普通
矢賀駅 - 広島駅
  • 山陽本線天神川駅・芸備線矢賀駅と当駅の間に、貨物駅広島貨物ターミナル駅があり、書類上では同駅で両線は分岐する(線路名称上、広島貨物ターミナル駅 - 当駅は山陽本線・芸備線の二重戸籍扱い)。ただし実際には、芸備線から広島貨物ターミナル駅への出入りはできない。
  • 快速列車が当駅を境に快速運転区間外に乗り入れる場合は、その区間は普通列車としての運行となる(例として、西条-広島間快速の「通勤ライナー」は、当駅から岩国方が普通列車としての運転区間となる)。
広島電鉄
本線
1号線・2号線・5号線・6号線
広島駅電停 - 猿猴橋町電停

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道
宇品線(廃止時点)
広島駅 - (大須口信号場) - 南段原駅

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ a b データで見るJR西日本 (Report). 西日本旅客鉄道. (2014). p. 84. http://www.westjr.co.jp/company/action/issue/data/. 
  2. ^ 広島市 (2011年3月). “広島都心ビジョン4-3地域特性別の取り組みの方針【別図3】新都心成長点(広島駅周辺地区)における回遊性向上のための取組イメージ (PDF)”. 2012年5月30日閲覧。
  3. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  4. ^ 広島市に新白島駅開業 - NHK 2015年3月14日
  5. ^ 新修広島市史 第五巻の地図「天明年間の広島城下絵図」参考
  6. ^ 新修広島市史 第五巻の地図「明治27年 広島市街地図」参考。その地図には宇品線及び帝国議会仮議院が存在することより9月以降と推定できる
  7. ^ 新修 広島市史 第三巻 P.433
  8. ^ 中国新聞 夕刊1972年7月26日 P.6
  9. ^ さらに別案として、熊野町を経由する案も存在していた 『広島駅七十年のあゆみ』4ページ
  10. ^ 『山陽鉄道物語』グラビア8,9ページ
  11. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』6ページ
  12. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』24・25ページ
  13. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』30ページ
  14. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』31ページ
  15. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』31ページ
  16. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』34ページ
  17. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』43ページ
  18. ^ 『広島駅七十年のあゆみ』44ページ
  19. ^ 広島駅の歴史展(写真展)より
  20. ^ 二葉の里地区及び広島駅自由通路等の整備について”. 広島市. 2014年6月7日閲覧。
  21. ^ 広島駅新幹線口ペデストリアンデッキの工事が本格化します”. 広島市. 2014年6月7日閲覧。
  22. ^ 広島駅新幹線口ペデストリアンデッキ等整備に伴うバス乗降場の変更のお知らせ”. 広島県バス協会. 2014年6月7日閲覧。
  23. ^ a b c “広島駅南口広場の再整備等に係る基本方針の決定について” (プレスリリース), 広島市, (2014年9月2日), http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1285563671308/index.html 
  24. ^ a b “JR広島駅の跨線橋(こせんきょう)の切り替えにあわせた記念企画の実施について” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2014年10月17日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2014/10/page_6314.html 
  25. ^ a b “JR広島駅構内の新跨線橋(こせんきょう)の供用開始について” (プレスリリース), 西日本旅客鉄道, (2014年9月5日), http://www.westjr.co.jp/press/article/2014/09/page_6128.html 
  26. ^ 『広島電鉄開業100年・創立70年史』431ページ
  27. ^ a b 『広島電鉄開業100年・創立70年史』124ページ
  28. ^ 国鉄新幹線建設局 『山陽新幹線岡山博多間工事誌』 社団法人日本鉄道施設協会、pp.404 - 405、1977年
  29. ^ 国鉄新幹線建設局 『山陽新幹線岡山博多間工事誌』 社団法人日本鉄道施設協会、p.407、1977年
  30. ^ 広島駅に新跨線橋完成 自由通路も29年度には”. 産経新聞 (2014年11月2日). 2014年11月3日閲覧。
  31. ^ 階段をのぼるアテンザ?!駅に展示された新型アテンザの秘密。”. マツダ公式ブログ (2013年2月21日). 2014年11月7日閲覧。
  32. ^ hiroshimastation - 広島電鉄
  33. ^ a b c 『広島市勢要覧(1949年版)』 101ページ
  34. ^ a b c d e 『広島市勢要覧(1951年版)』 135ページ
  35. ^ 『広島市勢要覧(1952年版)』 177ページ
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  47. ^ a b c d e 『広島市統計書(1985年版)』 110ページ
  48. ^ a b c d e 『広島市統計書(1990年版)』 108ページ
  49. ^ a b c d e 『広島市統計書(1995年版)』 122ページ
  50. ^ a b 『広島市統計書(1997年版)』 111ページ
  51. ^ a b 『広島市統計書(1999年版)』 111ページ
  52. ^ a b 『広島市統計書(2001年版)』 109ページ
  53. ^ a b 『広島市統計書(2003年版)』 109ページ
  54. ^ a b 『広島市統計書(2005年版)』 109ページ
  55. ^ a b 『広島市統計書(2007年版)』 105ページ
  56. ^ a b 『広島市統計書(2009年版)』 91ページ
  57. ^ a b 『広島市統計書(2011年版)』 91ページ
  58. ^ a b 『広島市統計書(2013年版)』 91ページ
  59. ^ 鉄道ピクトリアル 2000年7月号 【特集】 路面電車〜LRT p.35
  60. ^ ビックカメラがBブロックへ  - 広島のニュース - 都道府県別 - 47NEWS(よんななニュース)
  61. ^ Cブロックにエディオン意欲 – 中国新聞 | 家電ニュース

補足[編集]

  1. ^ 西にある広島城外堀に存在した練兵場に対して、東と付けられた。
  2. ^ 別案として現在の芸備線沿いを走る緩勾配案も存在していた。

関連項目[編集]

参考書籍[編集]

  • 新修広島市史第一巻(広島市編集)
  • 新修広島市史第二巻(広島市編集)
  • 新修広島市史第三巻(広島市編集)
  • 新修広島市史第四巻(広島市編集)
  • 新修広島市史第五巻(広島市編集)
  • 新修広島市史第五巻の地図(広島市編集)
  • 広島駅七十年のあゆみ(広島駅)
  • 長船友則『山陽鉄道物語』 JTBパブリッシング〈JTBキャンブックス〉 ISBN 978-4-533-07028-0
  • 各 広島市統計書
  • 各 広島市勢要覧

外部リンク[編集]