浦和区
| うらわく 浦和区 |
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|---|---|
| 国 | |
| 地方 | 関東地方 |
| 都道府県 | 埼玉県 |
| 市 | さいたま市 |
| 団体コード | 11107-4 |
| 面積 | 11.51km² |
| 総人口 | 145,601人 (推計人口、2012年2月1日) |
| 人口密度 | 12,650人/km² |
| 隣接自治体 隣接行政区 |
さいたま市(大宮区、見沼区、中央区、南区、緑区) |
| 区の花 | ニチニチソウ |
| 区の色 | ■あか |
| 浦和区役所 | |
| 所在地 | 〒330-9586 埼玉県さいたま市浦和区常盤6丁目4番4号 |
| 外部リンク | さいたま市浦和区役所 |
| 特記事項 | 世帯数:60,425世帯(2006年1月1日) NTT市外局番:048(区内全域) 番号区画コード:254 経度・緯度は世界測地系 |
| ウィキプロジェクト | |
浦和区(うらわく)は、埼玉県さいたま市を構成する10区の1つである。
目次 |
[編集] 沿革
さいたま市の中央よりやや南、旧浦和市の中心部・北部にあたり、埼玉県およびさいたま市の行政機関が集まる行政の中心かつ市内有数の商業業務の集積地であり、さいたま市の都市計画における「都心地区」の一つとなっている。
江戸時代には中山道の宿場町・浦和宿がおかれており、近代に入ると埼玉県の県庁所在地となった。1923年(大正12年)に関東大震災が発生すると、比較的震災の被害が少なく、首都東京近傍でかつ大宮台地(北足立台地)上にあるという立地条件もあって東京都などから人口が流入し、住宅都市として発展した。また当時は「鎌倉文士に浦和画家」と言われたように数多くの文化人が移り住んだことでも有名であり、県の教育機関が集積していたこともあって浦和は「文教都市」のイメージを持たれるようになる(これは今でも特に旧浦和市内における不動産広告などにおいてよく見られる)。
2001年(平成13年)に3つの市の合併によりさいたま市が発足、2003年(平成15年)には政令指定都市への移行に伴い市を構成する9区(現在は岩槻区を加え10区)のうちの1つとして浦和区が発足し、現在に至る。近年では浦和駅周辺地区を中心に再開発が行われ、中心部の街並みが大きく変わりつつある。平成19年に浦和駅の東口付近にパルコが開店したり、道路の再整備などが行われている。また浦和駅西口南地区の再開発も一部進んでいる。
区の色は浦和をホームタウンとするJリーグのクラブ・浦和レッドダイヤモンズのチームカラーに因んだ[1]赤。
[編集] 歴史
- 1889年(明治22年) - 町村制施行、浦和町発足。
- 1934年(昭和9年) - 旧浦和市が市制施行。
- 2001年(平成13年) - 浦和市・大宮市・与野市の3市が合併し、さいたま市発足。
- 2003年(平成15年) - 政令指定都市移行に伴い、浦和区発足。
詳細は浦和市を参照
[編集] 地域
以下は区内の住所である。
- 皇山町
- 駒場
- 神明
- 瀬ヶ崎
- 高砂
- 大東
- 常盤
- 仲町
- 針ヶ谷
- 東岸町
- 東高砂町
- 東仲町
- 前地
- 三崎
- 元町
- 本太
- 領家
北浦和、高砂、常盤、針ヶ谷、前地、本太は区画整理前にはすべて「町」がついた。
[編集] 旧町名
中山道浦和宿時代には北から「上町」、「仲町」、「下町」といった。 明治に入ってから岸村も合併により浦和宿となり、上町、仲町、下町、岸村はそれぞれ「常盤区」、「仲区」、「高砂区」、「岸区」と改称された。地区内部にはこのような町名が存在した。
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常盤区(→常盤町→現常盤1~10丁目)
本石町は丁目で細分化された。 仲区(→現仲町1~4丁目、東仲町)
仲町は丁目で細分化された。 |
高砂区(→高砂町→現高砂1~4丁目、東高砂町)
日出町、本町、鹿島町は丁目で細分化された。 岸区(→現岸町1~7丁目、東岸町) |
これらの町名は昭和初期の地図には確認できるが現在ではほとんど使われることはない。 NTTの電信柱に設置された管理プレートには「林町」、「弥生」、「本町」、「旭町」といった表示があり、電線の名称としては現在も残っているようである。また「日の出通り」という道路名としても旧町名が確認できる。 同様に現存しないが、稲荷丸や鯛ヶ窪といった小字も存在した。仲町や高砂の西部の住宅街は通称鹿島台と呼ばれた。
[編集] 住宅団地
- UR北浦和団地 (北浦和 市街地住宅, 1959年11月 現存 譲渡返還 旧日本住宅公団関東支所
- UR領家立野団地 (領家, 1958年12月 現存 全面建て替え 旧日本住宅公団関東支所
- UR浦和仲町団地 (仲町 市街地住宅, 1961年8月 現存 譲渡返還 旧日本住宅公団関東支所
- UR浦和領家団地 (領家 市街地住宅, 1962年10月 現存 譲渡返還 旧日本住宅公団関東支所
- UR上木崎団地 (上木崎, 1958年11月 現存 全面建て替え 旧日本住宅公団関東支所
- URみそのウイングシティ
- 浦和高層住宅 (針ヶ谷)
- 浦和常盤住宅 (常盤)
- 浦和瀬ヶ崎住宅 (瀬ヶ崎)
- 浦和北浦和住宅 (北浦和)
- 浦和領家立野住宅 (領家)
[編集] 主要施設
- 埼玉県国際交流協会
- 埼玉りそな銀行本部、さいたま営業部(旧埼玉銀行本店)
- NHKさいたま放送局
- テレビ埼玉
- エフエム浦和(レッズウェーブ)
- 埼玉会館
- さいたま市民会館うらわ(旧浦和市民会館)
- 浦和岸町コミュニティセンター
- 浦和ふれあい館
- 浦和おもちゃの病院
- うらわ美術館
- 埼玉県立近代美術館
- 伊勢丹浦和店
- コルソ
- 浦和PARCO
- 須原屋書店(本店・コルソ店)
- レッドボルテージ(浦和レッズのオフィシャルショップ)
- ホテルメッツ浦和
- 浦和ロイヤルパインズホテル
- 浦和ワシントンホテル
- 調神社
- 埼玉県立浦和図書館
- さいたま市立中央図書館 / 北浦和図書館
- さいたま市青少年宇宙科学館
体育施設
公園
- 埼玉県立北浦和公園
- さいたま市立浦和北公園
- 常盤公園
- 駒場運動公園
[編集] 行政・司法等
- ハローワーク浦和(浦和公共職業安定所)
- 浦和税務署
日本年金機構
- 北関東・信越ブロック本部
- 浦和年金事務所
[編集] 学校
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[編集] 交通
[編集] 鉄道
[編集] バス
- 東急系の中仙道乗合自動車が中山道を中心に運行。一方、京王電軌系の鳩ヶ谷自動車が鳩ヶ谷~浦和~志木間を中心に運行していたが、1944年に京王電軌から東急系になった東都乗合自動車が統合。
- 1946年東都乗合自動車は国際興業に買収され、1951年に国際興業に吸収合併。区内の大部分を運行する。
- 大宮からの乗り入れ路線。東武鉄道から承継。
[編集] 道路
- 国道17号
- 国道463号
- 埼玉県道35号川口上尾線(産業道路)
- 埼玉県道40号さいたま東村山線(県庁通り)
- 埼玉県道57号さいたま鴻巣線(新六間道路)
- 埼玉県道65号さいたま幸手線(旧中山道・浦高通り)
- 埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線(旧中山道)
[編集] 名物
鰻の蒲焼が古くから名物で老舗が多い。旧浦和市はウナギ消費量が日本一といわれていた。そして鰻の蒲焼の発祥の地。
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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