杉戸町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

杉戸町
すぎとまち
日章旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北葛飾郡
団体コード 11464-2
面積 30.00km²
総人口 46,869
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 1,560人/km²
隣接自治体 春日部市久喜市幸手市
南埼玉郡宮代町千葉県野田市
町の木
町の花
杉戸町役場
所在地 〒345-0025 埼玉県
北葛飾郡杉戸町清地二丁目9番29号
電話番号 0480-33-1111
外部リンク 杉戸町公式ページ

杉戸町位置図(埼玉県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
特記事項:
市外局番:0480(町内全域・久喜MA)
テンプレート(ノート・解説・ウィキプロジェクト)

杉戸町(すぎとまち)は、埼玉県の東部にある人口約4万7千人の。かつての日光街道宿場町で知られる。県内では白岡町に次いで2番目に人口の多い町である。

目次

[編集] 地理

[編集] 歴史

  • 古代から中世までは下総国葛飾郡に属す。
  • 1876年明治9年) - 上木津内村と下木津内村が合併して木津内村となる。
  • 1877年(明治10年) - 安戸村・上戸村・大島新田が合併して戸島村となる。安戸村字二本木・二本木裏・二本木前・庄兵衛・浮張・内土腐・大島新田字北天神・弁天・中水尾・南天神・六八・稲荷は現在大字本島となり、それ以外の区域は幸手市大字戸島となっている。
  • 1889年(明治22年)4月1日
    • 北葛飾郡杉戸宿・清地村・倉松村が合併し、北葛飾郡杉戸町となる。
    • 北葛飾郡遠野村・広戸沼村・佐左ヱ門村・並塚村・才羽村・北蓮沼村・大塚村が合併し北葛飾郡田宮村となる。
    • 北葛飾郡堤根村・本郷村が合併し北葛飾郡堤郷村となる。
    • 北葛飾郡下高野村・下野村・大島村・茨島村が合併し北葛飾郡高野村となる。
    • 北葛飾郡戸島村・吉野村・平須賀村・長間村・中野村・平野村・神扇村・天神島村が合併して北葛飾郡八代村となる。(戸島の一部・吉野・平須賀・長間・中野・平野・神扇・天神島は現在幸手市)
    • 中葛飾郡木崎村・芦橋村・倉常村・屏風村・深輪村・椿村・細野村が合併して中葛飾郡桜井村となる。(木崎・芦橋・倉常は現在春日部市、細野は現在幸手市)
    • 中葛飾郡目沼村・木津内村・宮前村・鷲巣村・木野川村・中島村・花島村・槙野地村が合併して中葛飾郡豊岡村となる。(中島・花島・槙野地は現在幸手市)
  • 1896年(明治29年)3月29日 - 中葛飾郡が北葛飾郡に編入する。
  • 1900年(明治33年)10月14日 - 杉戸銀行が設立される。  
  • 1917年大正6年) - 北葛飾郡桜井村大字細野を北葛飾郡吉田村に編入する。
  • 1955年昭和30年)
    • 2月11日 - 北葛飾郡杉戸町・田宮村・堤郷村・高野村が合併し、杉戸町となる。
    • 4月1日
      • 北葛飾郡桜井村と豊岡村の一部(目沼・木津内・宮前・鷲巣・木野川)が合併して北葛飾郡泉村となる。
      • 北葛飾郡八代村・豊岡村の残り(中島・花島・槙野地・西関宿)が北葛飾郡幸手町と合併する。
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月1日 - 北葛飾郡幸手町大字戸島字弁天、北天神、中水尾、南天神、六八、稲荷、浮張、内土腐、二本木、庄兵衛、二本木前及二本木裏の区域を編入し、大字本島を設置する。
    • 9月1日 - 北葛飾郡幸手町大字戸島字戍高入の区域を大字本島に編入する。
  • 1957年(昭和32年)7月17日 - 北葛飾郡泉村を編入する。
  • 1960年(昭和35年)11月3日 - 大字木崎、芦橋、倉常が杉戸町から分離し、北葛飾郡庄和村(現・春日部市)に編入される。

[編集] 大字(町)の個数

杉戸町
杉戸 高野 堤郷 田宮 桜井 豊岡
昭和30年代後半 4大字 4大字 2大字 7大字 3大字 5大字
平成19年 4大字22町 4大字13町 2大字 7大字 3大字 5大字

[編集] 人口

杉戸町と全国の年齢別人口分布図(比較) 杉戸町の年齢・男女別人口分布図
紫色は杉戸町
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 34,546人
1985年 37,005人
1990年 40,419人
1995年 45,056人
2000年 47,336人
2005年 46,646人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 行政

[編集] 消防

[編集] 警察

[編集] 県の機関

[編集] 経済

[編集] 産業

  • 主な産業
  • 産業人口

[編集] 姉妹都市

[編集] 地域

[編集] 健康

  • 平均年齢:40.7歳(男 = 40.0歳、女 = 41.4歳)

[編集] 教育

小学校
  • 杉戸町立杉戸小学校
  • 杉戸町立杉戸第二小学校
  • 杉戸町立杉戸第三小学校
  • 杉戸町立泉小学校
  • 杉戸町立高野台小学校
  • 杉戸町立西小学校
中学校
  • 杉戸町立杉戸中学校
  • 杉戸町立東中学校
  • 杉戸町立広島中学校
高等学校
専修学校
  • 彰華学園総合専門学校

[編集] 公共施設

広域利用(図書館ほかの各市町の施設)の相互利用により、当町が指定する施設を下記の住民も利用が可能である。

  • 東部中央都市連絡協議会(春日部市、蓮田市、南埼玉郡宮代町、南埼玉郡白岡町、北葛飾郡杉戸町)の住民。
  • 田園都市づくり協議会(久喜市、蓮田市、幸手市、南埼玉郡宮代町、南埼玉郡白岡町、南埼玉郡菖蒲町、北葛飾郡栗橋町、北葛飾郡鷲宮町、北葛飾郡杉戸町)の住民。

周辺自治体広域運営事業

  • 埼葛組合斎場(所在地は春日部市。春日部市・蓮田市・北葛飾郡杉戸町・南埼玉郡白岡町が運営。春日部市が管理。)

[編集] 電話番号

市外局番は町内全域が「0480」。同一市外局番の地域との通話は市内通話料金で利用可能(久喜MA)。収容局は杉戸別館局、杉戸椿局。

[編集] 郵便番号

郵便番号は、町内全域が「345-00xx」(郵便事業杉戸支店)である。

[編集] 交通

[編集] 鉄道路線

[編集] 路線バス

すべて朝日自動車境営業所が運行。すべての系統バス共通カード利用可。概ね主要停留所の記す。

  • 東武動物公園駅東口〜杉戸中学校前〜八代小学校〜遠野〜中野〜吉羽〜吉田橋〜下吉羽〜上宇和田〜三田〜関宿橋西詰〜関宿橋東詰〜江戸町〜関宿台町〜境町役場入口〜新吉町〜境町〜境小学校前〜境中央名店街〜 松岡町〜松岡町北〜中学校入口〜境車庫
  • 東武動物公園駅東口〜駅入口〜清地一丁目〜清地二丁目〜西倉松〜倉松〜第二小学校〜豊後〜宮内〜藤搦〜並塚〜田宮農協〜田宮〜船戸橋〜中学校前〜中椿〜御文殊前〜上椿〜屏風〜宮井橋〜宮前〜鷲の巣〜堀口〜木野川〜西親野井〜塚崎入口〜 大凧会館前〜関宿中央ターミナル
  • 杉戸高野台駅〜幸手団地〜栄第二小学校〜東武団地〜緑台一丁目〜大堰橋〜東二丁目〜幸手市役所入口〜駅入口〜幸手駅

[編集] タクシー

タクシーの営業区域県南東部交通圏で、春日部市草加市越谷市久喜市八潮市などと同じエリアとなっている。

[編集] 道路

一般国道
国道4号
新4号国道春日部古河バイパス
主要地方道
埼玉県道26号境杉戸線
埼玉県道・千葉県道42号松伏春日部関宿線
埼玉県道65号さいたま幸手線
一般県道
千葉県道・埼玉県道154号蓮田杉戸線
千葉県道・埼玉県道183号次木杉戸線
埼玉県道318号並塚幸手線
埼玉県道319号惣新田春日部線
埼玉県道372号下高野杉戸線
埼玉県道373号堤根杉戸線
埼玉県道375号西宝珠花屏風線
埼玉県道408号東武動物公園停車場線

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集] 出身有名人

[編集] その他

Vリーグ
春日部市・宮代町との合併
  • 春日部市南埼玉郡宮代町、北葛飾郡杉戸町、北葛飾郡庄和町は、2003年4月1日に法定合併協議会を設置し、2005年3月31日に新設合併により新たに「春日部市」となる予定であった。しかし2004年7月11日に、1市3町で行われた住民投票の結果、春日部市と杉戸町、庄和町では賛成多数となったものの、宮代町のみ反対が上回った。これによりで1市3町での合併は白紙となり、2004年9月30日には合併協議会も廃止された。
  • 結果を受けて宮代町は単独を決め、杉戸町では宮代町を除いた1市2町の合併を春日部側から求められたが、宮代町との配慮からこれを拒否し、共に単独となった。春日部市と庄和町は、2005年10月に“春日部市”として合併した。
  • 2007年の杉戸町長選挙で春日部市との合併を推進する候補が、当時の現職や他の市との合併を推進する候補を破って当選された。これにより合併事業が進むかのように思われたが、4ヶ月後の2007年8月26日に行われた“春日部市と合併することについて町民の意思を問う住民投票”において、反対が賛成を上回り合併事業は当面休止となった。
  • その後宮代町では2008年9月29日に町民が“春日部市・杉戸町の枠組みでの合併”の請願を、賛成多数で可決し合併に向けて再び動き始めていた。その後春日部市と杉戸町、宮代町の1市2町で研究会を設置し、2010年3月31日までに編入合併により「春日部市」となる予定であった。しかし2009年5月17日に杉戸町で行われた“杉戸町が春日部市及び宮代町と合併することの是非に関する住民投票 ”において前回に次いで反対が賛成を上回り、1市2町の合併は事実上不可能となった。当面は引き続き単独で行うこととなる。2009年6月5日に現職の町長は、この結果の責任をもって退職することを発表した。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


このページはウィキプロジェクト 日本の市町村のテンプレートを使用しています。

他の言語