和光市

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わこうし
和光市
Riken HQ Main Gate.jpg
Flag of Wako Saitama.JPG
和光市旗
Wako Saitama chapter.JPG
和光市章
1970年10月31日制定
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
団体コード 11229-1
面積 11.04km²
総人口 82,578
推計人口、2014年11月1日)
人口密度 7,480人/km²
隣接自治体 朝霞市戸田市
東京都板橋区練馬区
市の木 イチョウ
市の花 サツキ
他のシンボル -
和光市役所
所在地 351-0192
埼玉県和光市広沢1番5号
北緯35度46分52.4秒東経139度36分20.5秒
和光市役所
外部リンク 和光市公式ホームページ

和光市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

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和光市(わこうし)は、埼玉県南部にある人口約8万2千人のである。東京都特別区部への通勤率は51.4%(平成22年国勢調査)。

概況[編集]

戦後、急速に東京ベッドタウンとして人口が増え、本田技研工業の工場建設(現在は工場は廃止)によって工業都市として発展。本田技研工業の和光本社、国立病院機構埼玉病院独立行政法人 理化学研究所のほか、近年では司法研修所税務大学校裁判所職員総合研修所などのや民間の研究・研修施設の立地が進んでいる。

人口増加率は、1995年平成7年)から2005年(平成17年)までの10年間で21%であり、埼玉県の市町村では1位である。全国ではトップ10に入っている。また生産年齢人口の割合も75%に上り、全国トップ10に入っている。このため、東京都内に比べて児童数が多く全体に若い雰囲気の街とも言える。

近年急速に住宅地として発展している街であるが、東京23区に隣接しているにもかかわらず雑木林や畑が点在し、湧水もあり、まだ武蔵野の自然が残っていて、県営和光樹林公園などの公園もあり、全体的に緑の多い街である。

地理[編集]

  • 埼玉県の南側、東京都と接する位置にある。
  • 地形的には武蔵野台地上にあり、市の東側・東京都板橋区との境に沿うように白子川が、市の北端には荒川新河岸川が流れている。
  • 東武東上線を境に南側は大規模に開発されており、国・民間の研究機関・本社や団地が立ち並び、近年急速に商業集積が進んだ。北側は小規模開発の住宅地と畑が混在しており、区画整理が実施されている地域もあるが、和光市駅北口駅前はまだ開発が進展していない。
  • 東京外環自動車道笹目通りが市内を縦断、国道254号川越街道)が市内を横断しており、市内から至近距離に関越自動車道首都高速道路の入口がある。和光市駅は東武東上線と地下鉄有楽町線地下鉄副都心線が利用可能。また、市内の居住エリアによっては、都営三田線都営大江戸線西武池袋線も利用できるので様々な場所にアクセスしやすく、当市は交通の要衝となっている。
  • 周辺は湧水が多い地域で現在でも井戸がある。旧川越街道沿いの富沢病院駐車場では今も湧水が豊富である。近年病院側(地主)が駐車場整備のため一部閉鎖してしまったが、敷地には柵もないため道路からは湧水が確認できる。

歴史[編集]

近世まで[編集]

市役所正面
  • 白子川沿いの台地には縄文期の遺跡が発見されている。隣接する成増地区にも同様に遺跡があり、台地上に集落が築かれていたと思われる。現在、その集落跡には寺社が建てられているケースが多い。
  • 古墳時代から奈良時代にかけて、帰化人の移住があったとされる。その理由として白子(シラコ)は新羅(シラギ)の、新倉は新座(すなわち新羅)の転化とする説や、百済王子の住んだとされる牛房城伝説があるが、考古学的には何ら実証されていない。ただ江戸時代中期までは新倉は「新座」と表記されており(読みは同じ”にいくら”)、志木市新座市にも同様の伝説があることから、単なる伝説ではないと考えられている。新座郡の項も参照されたい。
  • いずれにせよ、かなり古い時代から白子台地には集落が築かれており、現に寺社も多く、その中心地は現在バス停に名をとどめているだけだが「市場」辺りだったらしい。
  • 戦国期には白子台地上で上杉勢と北条勢の争い「白子の戦い」があった。
  • 江戸期には川越街道の宿場として白子宿が栄えた。当時の街並みはほとんど残っていないが、当時の中心地だった熊野神社周辺には旧家が残っている。中でも花火を稼業とした富沢家は中心的役割を占めており、現在も富沢姓の旧家が多い。また、江戸時代には新河岸川を通る水運も盛んであり、新倉には河岸が設けられていた。
  • 鉄道が敷かれ、川越街道のルートが変更されると、白子宿や新倉の河岸は寂れた。白子宿周辺では豊富な清水を利用して魚の養殖、水車営業も行われたが、市の中心地は駅周辺に移って行った。以前の白子には湧水が盛んに沸き出ており、明治9年(1876年)には白子村の熊野神社境内に日本最初の養魚場ができ、明治23年(1890年)に養魚場は閉鎖された。又、近くには、以前湧き水が流れ落ちていたため、滝坂と呼ばれる坂が現在でもある。
  • 川越街道は、15世紀江戸城川越城を築いた太田道灌が部分的にあった古道をつないだものが起源と考えられており、元々は近世の川越街道(現在の旧川越街道、埼玉県道109号新座和光線)の東を蛇行していた。近世の川越街道の完成は松平信綱が川越城に入った寛永16年(1639年)以後のことである。

近代以降[編集]

市名(町名)の由来[編集]

  • 町制施行時に、町名に関してもめた為、「大いなる和」で一つになると言う意味から「大和町」と名付けられた。
  • 市制施行時に、神奈川県大和市やほぼ同時期に市制施行する東京都東大和市と区別する為に新市名を一般公募し、「和光市」と名付けられた。地元にはこのような地名は無く、大和町と同じくいわゆる瑞祥地名である。

市制施行記念の文鎮[編集]

市制施行記念の文鎮(表)
市制施行記念の文鎮(裏)

1970年の市制施行時に当市では市章を模った記念の文鎮を制作して市内小学校の児童に配布した。文鎮の底面には「市制施行記念、昭和45年10月31日、和光市」と記されている。鋳鉄製、大きさ=縦65mm、横80mm、厚7mm。

合併の状況[編集]

長らく関係の深い朝霞市志木市新座市との合併を目指す運動がしばしみられる。

1960年代には、当時の朝霞町・足立町・大和町・新座町4町で合併し市制施行を目指す動きがあったが、話がまとまらないうちに1967年(昭和42年)に朝霞町が単独で市制施行し、合併はついえた。また、市制施行の人口要件が3万人に下げられたことから、大和町も含めた他の3町も単独で市制施行した。

平成の大合併の最中、2001年(平成13年)4月に「朝霞市・志木市・和光市・新座市合併協議会」が設置された。しかし、2003年(平成15年)4月13日に4市で実施された、合併の是非を決める住民投票が実施された際、当市では投票の77%が反対という圧倒的な結果で合併は否決され(朝霞市、志木市は賛成多数、新座市はわずかに賛成多数)、合併は取りやめとなった。

いずれの動きにも、当市の住民は合併に否定的な傾向を見せている。これには、1986年から2010年まで[2]、20年以上に渡って地方交付税不交付団体であったなど、当市が財政的に恵まれていること(他の3市に比べ収支が圧倒的に黒字である)や、東京都に隣接しているという地理的な影響があったものと思われる。

人口[編集]

Demography11229.svg
和光市と全国の年齢別人口分布(2005年) 和光市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 和光市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
和光市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 39,512人
1975年 46,505人
1980年 49,713人
1985年 55,212人
1990年 56,890人
1995年 62,588人
2000年 70,170人
2005年 76,688人
2010年 80,741人
総務省統計局 国勢調査より
  • 平均年齢は38.8歳2006年(平成18年)度)で、埼玉県内では2番目に若い。 

産業[編集]

本田技研工業和光ビル(和光本社)
かつて市内に本社を置いた企業
  • 株式会社深澤(牛丼チェーンの牛丼太郎
  • ベスタ・フーズ株式会社(カラオケチェーンの祭一丁)※2009年(平成21年)11月に埼玉県富士見市へ移転
など。

和光市駅南口は近年、区画整理が完了したことに伴い、多くの商業ビル、銀行などが立ち並ぶようになった。今後は北口地区の区画整理が実行される。

駅周辺は、当市の中心地であるが都内に近いこともあって、駅前への商業集積はそれほど多くないと言える。しかし、当市にある研究機関や会社で働く人が多いためか、居酒屋が多いのが特徴的である。駅前通り、旧川越街道にはマンションが建ち並び、昔ながらの商店は姿を消しつつあるが、現在も少なからず残っている。笹目通り沿いには近年発展した住宅街と、かつてからあるセメント会社や倉庫が点在している。新倉・白子近辺はかつて宿場町であったため、銭湯や小売店などが今でも存在する。又、荒川付近には産業廃棄物の集積場などがある。

かつて、戦前は陸軍施設があったため軍需工場が立ち並んでおり、戦後は米軍施設(キャンプ・ドレイク)があったため、旧川越街道沿いには、朝霞市を中心に米軍相手の商店があった。また戦後から本田技研工業が市内を拠点にしているが、これはかつて白子にあった荒川テストコースを東京進出への足ががりにしたことによる。

東京に接しているが農地も比較的残っており、大消費地への近さを生かした近郊農業が行われている。なお、当市で採れた野菜は農協などで買うことができる。かつては豊富な湧水を生かした「酒造り」も行われ、2大銘柄として下新倉浅久保に「秀峰」、本村に「長泉(ながいずみ)」があったが、現在は2銘柄とも廃業している。

行政[編集]

市長:松本武洋

  • 歴代市長
    • 柳下潔(在任 1970年 - 1989年)
    • 田中茂(在任 1989年 - 2001年)
    • 野木実(在任 2001年 - 2009年)
    • 松本武洋(在任 2009年 - 現職)

パブリックコメント(意見募集手続き):当市ではパブリックコメントを実施している。2003年(平成15年)度から開始され現在でも続いている。

行政機関等[編集]

市の機関・施設[編集]

  • 和光市役所
    • 駅出張所
    • 牛房(ごぼう)出張所
    • 吹上出張所
    • 坂下出張所
  • 和光市民文化センター サンアゼリア
  • 中央公民館
  • 坂下公民館
  • 南公民館
  • 白子コミュニティセンター
  • 新倉コミュニティセンター
  • 牛房コミュニティセンター
  • 吹上コミュニティセンター
  • 本町地域センター
  • 白子宿地域センター
  • 新倉北地域センター
  • 南地域センター
  • 向山地域センター
  • 城山地域センター
  • 勤労青少年ホーム
  • みなみ子育て支援センター
  • しらこ子育て支援センター
  • キッズエイド和光子育て支援センター
  • ひろさわミニ子育て支援センター
  • しもにいくらミニ子育て支援センター
  • ゆめの木子育て支援センター
  • おやこ広場もくれんハウス
  • 総合児童センター
  • 下新倉児童センター
  • 新倉児童館
  • 南児童館
  • 和光市図書館
  • 和光市総合体育館
  • 保健センター
  • 新倉高齢者福祉センター
  • 総合福祉会館(「ゆめあい和光」)
和光市役所に隣接するコンサートホール サンアゼリア

国の機関等[編集]

県の施設[編集]

  • 県営和光樹林公園
  • 彩湖(道満グリーンパーク隣接)
  • 荒川右岸下水道事務所
  • 埼玉県下水道公社荒川右岸支社

消防[編集]

警察[編集]

  • 警察は和光市全域を朝霞警察署が管轄している。
    • 和光市駅前交番
    • 和光交番(白子二丁目・東京都との境界近くにある)
    • 新倉交番
    • 西大和団地分駐所

広域行政[編集]

その他[編集]

姉妹都市・友好都市[編集]

国内
すべて友好都市
海外

郵便[編集]

郵便番号は、市内全域が「351-01xx」である。

  • 和光郵便局風景印あり) - 当市全域の集配を担当
    • 和光新倉郵便局(風景印あり)** 西大和郵便局(風景印あり)
    • 司法研修所内郵便局(風景印あり)
    • 和光白子南郵便局(風景印あり)
    • 和光白子郵便局(風景印あり)
  • ゆうちょ銀行和光市駅内出張所(ATMのみ)

教育[編集]

大学院
専門学校
特別支援学校(旧称養護学校)
高等学校
中学校
小学校

文化・史跡[編集]

新倉ふるさと民家園(旧冨岡家住宅)
冨岡家住宅は江戸中期頃に建築されたものと推定されており、長年解体保存されてきたが、2003年(平成15年)に市指定文化財として登録され、2006年(平成18年)に開園した。埼玉県下では最古の部類に入る民家といわれている[誰によって?]

交通[編集]

鉄道[編集]

和光市駅[編集]

和光市駅1934年昭和9年)2月1日完成。島式ホーム2面4線の駅。東京地下鉄の車庫・停留・折り返し設備である和光検車区がある。東京地下鉄としては埼玉県内唯一の駅である。1日の乗降人員は128,306人(平成19年度)で、東武東上線内では池袋駅朝霞台駅に次ぎ、川越駅とほぼ並んでいる。

都営三田線と東武東上線にかつて乗り入れ構想が存在しており、大和町駅(当時)から分岐するとされていたが頓挫した。詳細は都営地下鉄三田線#建設経緯を参照。

将来構想[編集]

都営大江戸線には光が丘駅 - 大泉学園町の延伸構想があり、土支田地区・大泉3丁目地区・大泉学園町地区と、当市から程近い場所に駅が建設される計画がある。詳細は大江戸線の項を参照。

バス[編集]


タクシー[編集]

タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、川越市所沢市東松山市飯能市などと同じエリアとなっている。

道路[編集]

出身人物[編集]

ゆかりの人物[編集]

その他[編集]

  • 市外局番:048(市内全域)
  • ニッポン全国鍋合戦
    2005年(平成17年)から始まった和光市商工会主催のイベント(「彩の国鍋合戦」から名称を変更)。日本最大級の鍋合戦でもある。市役所前の広場で毎年1月末に開催され、市内の料理店を含め全国各地の鍋料理の中から最優秀鍋「鍋奉行」を決めるというもの。参加者は年々増えている。
  • 当市の近くに東映東京撮影所練馬区)があるため、市内では和光市役所などでドラマ・映画の撮影がしばしば行われている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 図典 日本の市町村章 p77
  2. ^ 和光市ホームページ「広報わこう掲載 市長コラム>第14回 26年ぶりに「交付団体」に(2011年9月号掲載)」
  3. ^ a b 湯元進一選手・清水聡選手! 銅メダルおめでとうございます! 和光市ホームページ 2012年8月14日

外部リンク[編集]