濱田水輝

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濱田 水輝 Football pictogram.svg
名前
カタカナ ハマダ ミズキ
ラテン文字 HAMADA Mizuki
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 1990年5月18日(23歳)[1]
出身地 アメリカ合衆国の旗 ニュージャージー州[2]
身長 185cm[1]
体重 80kg[1]
選手情報
在籍チーム 日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ
ポジション DF
背番号 12
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009-
2013
2014-
日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ
日本の旗 アルビレックス新潟(loan)
日本の旗 浦和レッドダイヤモンズ
28 (0)
代表歴2
2005
2006-07
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国U-15
日本の旗 日本U-17
1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月30日現在。
2. 2009年5月30日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

濱田 水輝(はまだ みずき、1990年5月18日 - )は、アメリカニュージャージー州出身のプロサッカー選手Jリーグ浦和レッドダイヤモンズ所属。ポジションDFセンターバック)、守備的MF埼玉県立和光国際高等学校卒業。

経歴[編集]

アメリカ、ニュージャージー州出身。小学校時代は日本で生活するが、小学5年時に再渡米。以後アメリカで5年間生活し、2005年にはU-15アメリカ代表にも選ばれている。

その後日本に帰国し、浦和レッズユースに入団。ユース時代はボランチとしてプレイ。2008年の高円宮杯U-18で優勝を飾っており、マスコミから山田直輝高橋峻希原口元気らと共に「ユース黄金世代」と称された[3]。また、サテライトでも2007年には4試合、2008年には2試合に出場。2006年、2007年にはU-16、U-17日本代表に選ばれている。2009年山田直輝高橋峻希永田拓也とともにトップに昇格[4]

2009年3月29日ナビスコカップ第2節、対横浜Fマリノス戦で後半41分に山田直輝と交代で途中出場。これがプロデビューとなった。また、4月29日の対清水エスパルス戦が、初のリーグ戦ベンチ入りとなった。Jリーグデビューは6月21日の対横浜Fマリノス戦。後半44分に鈴木啓太と交代で途中出場。7月15日のナビスコカップ準々決勝第1戦、対清水エスパルス戦でボランチとしてプロ初先発。

2010年、シーズン当初はベンチ入りすらままならなかった状態だったが、阿部勇樹レスター・シティFCへ移籍が決定、細貝萌が代表招集で不在、鈴木啓太が故障という中で行われた天皇杯2回戦、対東京国際大学戦で先発出場し今季初出場を記録した。その後は徐々に出場機会を増やしていき、12月4日Jリーグ第34節、対ヴィッセル神戸戦で出場停止の山田暢久に替わりセンターバックでプロ入り初のリーグ戦先発出場を果たした。しかし神戸の先制点に繋がるミス、2点目のPKに繋がるファウルを犯し、後半7分に堀之内聖と交代した。

2011年U-23日本代表では不動のレギュラーとして定着していた反面、クラブでは出場はおろか、ベンチ入りも出来ない時期が続いていたが、終盤戦になりようやくセンターバックとして先発出場する試合が増えていった。

その後、2013年アルビレックス新潟期限付き移籍[5]2014年は浦和に復帰する[6]

人物[編集]

  • かなり冷静で自身を客観的に見ることが出来ると評されるが、同時に現状を受け入れすぎてしまうとも評され、自身も「メンタルが課題」と語っている。[7]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2009 浦和 26 J1 1 0 4 0 0 0 5 0
2010 4 0 0 0 3 0 7 0
2011 4 0 3 0 3 0 10 0
2012 13 0 6 0 1 0 20 0
2013 新潟 5 6 0 6 1 1 0 13 1
2014 浦和
通算 日本 J1 28 0 19 1 8 0 55 1
総通算 28 0 19 1 8 0 55 1

代表歴[編集]

  • U-16、U-17日本代表(2006-2007)
  • U-22日本代表(ロンドン五輪最終予選)
  • U-23日本代表(ロンドン五輪代表候補メンバー)

脚注[編集]


関連項目[編集]

外部リンク[編集]