成田国際空港

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成田国際空港
Narita International Airport
Narita International Airport Terminal 1.JPG
Departure lobby of Tokyo Narita Airport.JPG
IATA:NRT-ICAO:RJAA
NRT/RJAAの位置(日本内)
NRT/RJAA
NRT/RJAA
成田国際空港の位置
概要
国・地域 日本の旗 日本
設置場所 千葉県成田市
空港種別 民間・商業
運営者 成田国際空港株式会社
運営時間 6:00 - 23:00(例外24:00)
標高 43 m・141 ft
位置 北緯35度45分50秒
東経140度23分30秒
座標: 北緯35度45分50秒 東経140度23分30秒
ウェブサイト
滑走路
方向 ILS 全長×全幅 (m) 表面
16R/34L IIIb 4,000×60 舗装
16L/34R I 2,500×60 舗装
リスト
空港の一覧
成田空港ターミナル夜景

成田国際空港(なりたこくさいくうこう、: Narita International Airport)は、千葉県成田市の南東部、三里塚地区にある国際空港である。首都圏に発着する国際線や、主要都市への国内線航空便が発着する、空港法4条で法定されている空港で、航空法上の混雑空港である。

かつての正式名称は「新東京国際空港」であったが、2004年4月1日成田国際空港株式会社法が施行され、空港を管理する新東京国際空港公団New Tokyo International Airport Authority, NAA)が、日本国政府による100%出資で設立された成田国際空港株式会社Narita International Airport Corporation, NAA)に改組し民営化(特殊会社化)されたことに伴い、改称された。「NAA」の略称は、旧公団時代から引き継がれたものである。

日本国内では、上記の改称以前から広く「成田空港」もしくは単に「成田」という呼び方が定着している。また、国際的な視点から見ると、日本国の首都である東京の国際空港として機能しているため、千葉県内に空港が所在しながらも便宜上「東京成田」(: Tokyo-Narita)あるいは単に「東京」とも言われることがあるが、東京国際空港(通称:羽田空港)と区別するため前者が用いられることが多い。

目次

概要[編集]

成田国際空港
1989年撮影の成田国際空港付近の空中写真。第二ターミナルおよびB滑走路は造成中。
(1989年撮影の20枚から合成作成)。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 開港:1978年5月20日
  • 航空機発着回数:208,704回(2012年)日本第2位(1位は東京国際空港(羽田)
  • 航空旅客数:32,793,596人(2012年)日本第2位(1位は東京国際空港(羽田)
    • 国内線 3,236,265人
    • 国際線 29,557,331人
      • うち日本人 16,455,065人
      • うち外国人 7,396,734人
      • うち通過客[1] 5,705,532人
  • 航空貨物取扱量:1,952,207トン(2012年)日本第1位
  • 空港敷地面積:940ha(計画1,080ha)
  • 滑走路
    • A滑走路:16R/34L, 4000×60m(16R・34LともILSを装備 16RはCatⅢb)
      • 着陸帯 ‐ 4120×300m
    • B滑走路:16L/34R, 暫定2500×60m(16L・34RともILSを装備)
      • 着陸帯 ‐ 2620×150m(暫定。当初計画 2620×300m)
  • 誘導路:延長 約25.5km 幅30m(一部23m、暫定計画を含む。計画延長は約34.2 km、計画幅は30m)
  • 航空保安無線施設
    • ILS 4式 (計画 ILS 6式)
    • VOR/DME 2式
  • エプロン:面積 約218ha (計画面積は約260ha)
  • スポット:137スポット(工事により一部閉鎖中のものを含む) (計画は143スポット)
  • 運用時間:24時間
  • 利用時間:6:00 - 23:00 (例外24:00)(人間の生活時間帯に制限)
  • 誘導路の延長・エプロンの面積の推移は「誘導路の延長とエプロンの面積の推移」参照

空港機能[編集]

全体計画図(詳細は成田空港レイアウト)

日本を代表する空の玄関口(ハブ空港)の一つであるが、歴史的経緯成田空港問題)により、開港後35年以上経過した2014年現在も、建設計画自体が完了していない。開港後の拡張工事も進まず、騒音問題から23時〜6時(JST)の離着陸禁止や[2][3][4]東京都区部からのアクセス時間の長さ、国内線乗り入れ便数の極端な少なさなどの問題もあり、羽田空港の再拡張や再国際化や24時間運用が進められた。これに対し、成田空港も京成成田空港線の開業によるアクセス向上や、発着枠の拡大、23時~24時の例外的離着陸容認などで、競争力を高めようとしている[4]

1992年の第2ターミナル完成に伴い、管制塔からの航空機視認性が悪化するため新たな管制塔が造られた。従来の管制塔はランプタワーとして地上管制業務の一部を行い、新たな管制塔は航空管制業務を行う施設となっている。

A滑走路[編集]

A滑走路(第1滑走路)は、関西国際空港の第2滑走路(06L/24R)と並び、日本国内では最長の4,000m滑走路を有している。 しかし、開港以降も、A滑走路南端から約800mの位置に反対派の「団結小屋」が建つ未買収地が234残っていたため、アプローチ帯を建設できず、本来そこにあるべき進入灯をA滑走路南側内に750mにわたって設置せざるを得ず、南側から着陸する場合は実質3,250mの滑走路としてしか利用できなかった。その後、当該範囲の土地取得により、2009年度(平成21年度)から、A滑走路南側内にある進入灯をアプローチ帯へ移設する工事を行い、2012年平成24年12月13日に4,000mの滑走路として完全運用を開始した[5]

B滑走路[編集]

B滑走路(第2滑走路)は、2002年5月に開かれた日韓ワールドカップに間に合うよう、同年4月18日に、当初計画の長さより短い2,180mの平行滑走路として暫定的に供用開始された。これは滑走路の用地買収が進まず、反対派住民の住居などを避けるため、B滑走路の一部を計画時より北西側に延伸させたためである。 延長が短いためB滑走路の離着陸には制約が設けられ、重量の大きなボーイング747以上の大型機と貨物を含む長距離国際線には使用できず、中小型機と国内線・近距離国際線のみに使用された。

本来の長さである2,500mへの延伸は、反対派の敷地を避けるため、条件派の土地を収用して空地となった北西方向へ320m延長する案が提示された。2006年8月開催の公聴会意見を踏まえて同年9月11日に当時の国土交通大臣北側一雄がこの案を認可し、2009年10月22日から2,500mでの供用が開始された(方角と大臣姓双方の語句から俗に北側延長と言われている)。供用開始時期は当初2010年3月としていたが、2009年3月23日に発生したフェデックス80便着陸失敗事故の影響を受け、成田国際空港会社と国土交通省が協議をした結果、前倒しでの実施となった。詳細は「歴史」の節を参照。B滑走路では2,500m化に伴い、重量が大きく長い離着陸滑走距離が必要になる(エアバスA380を除いた)大型機の着陸が可能となった。また、長距離国際線ではアメリカ西海岸地域やモスクワへ向かう直行便が離陸できるようになった。

しかしB滑走路に並行する西側誘導路の一部が、空港反対派民家とその所有地を避けるため滑走路側に向かって「への字」に湾曲していた。このため、この部分を走行する航空機は離着陸機の滑走に合わせて一時待機を余儀なくされていた。これを解消するため、成田空港会社はすでに用地収得済みの「への字」部分についてカーブを緩やかにする改修工事を2010年11月末までに完成させ、2011年3月10日より一時待機は廃止された。これにより滑走路との安全距離が確保され、誘導路上での一時待機が無くなり発着効率が大きく向上した。

2009年7月30日には、B滑走路東側に新誘導路が供用開始され、東側誘導路は「離陸(出発)機専用」・西側誘導路は「着陸(到着)機専用」となり、誘導路の使い分けにより離陸までの時間短縮が可能になった。これにより、第2旅客ビル北側において着陸機がある時に行っていたB滑走路へ入るホールド(待機)は廃止され、ホールドスポットも廃止された。また2012年度末に新たにB滑走路西側誘導路と第2旅客ビル地区とを結ぶ誘導路増設工事を進めていたが、2013年3月7日より約720メートル延長された新誘導路と横堀地区エプロンを供用開始した[6][7][8]。新西誘導路の供用開始により、第2旅客ターミナルビルのサテライトから出発した航空機がB滑走路南端から離陸する場合従来の東側誘導路を通るより走行距離が約1800m短縮され、所要時間も約220秒短縮されたことにより、2本の滑走路の発着数が1時間当たり58回から64回に増え、年間発着枠も25万回から27万回に拡大された[6][7][8]

C滑走路[編集]

C滑走路(第3滑走路)は、長さ3,200m・幅60mで主に横風用滑走路[9]として計画されているが、建設工事は凍結中でC滑走路用地はC誘導路として使用されている。

横風用滑走路が整備された場合、強い北風・南風の際の着陸が容易になり、離着陸の遅れの減少、発着の効率性の向上・発着枠の増大が期待できる。しかし、空港反対派の熱田派はC滑走路用地内から撤退したものの、C滑走路用地内に別の空港反対派の所有地や、空港反対派支援者・協力者の一坪運動共有地が多数存在しており、またC滑走路南側部分の航空機整備施設区域に接している所には、駐機スポットが7スポット(512番、511番、510番、509番、508番、507番、506番)増設されている。誘導路を滑走路として再整備を行う際は、これらの7駐機スポットを撤去し代替の駐機スポットの用地が改めて必要となる。またC滑走路南側延長線上の山武市富里市および北側延長線上の成田市大栄地区 (旧大栄町)が飛行コース下になることから、新たな騒音問題が発生する可能性がある[10]

2009年9月17日、成田国際空港会社はC滑走路上の6件の一坪共有地について訴訟を起こし、2013年4月25日、2件54人の地主に対して最高裁が持ち分売却を命ずる判決を下し、一連の裁判は4ヵ所で空港会社の勝訴、2ヵ所が和解で終結した[11][12][13]

運用・環境面の問題[編集]

成田国際空港会社は、B滑走路2,500m化の2010年以降年間発着回数を現在の1.5倍にあたる年間30万回にする試算を成田国際空港都市づくり推進会議に提示している。 その実現に向けては課題が山積している[14]ものの、平行同時離陸を容認することなどでそう遠くない将来実現するものと思われる[15]。 この構想には国際拠点空港としての地位低下防止と競争力強化、容量不足緩和のねらいも含まれている。また、国土交通省と成田国際空港会社で25万回に増やす検討がされているという報道もある[16]

2010年10月13日に開催された成田空港に関する四者協議会で、成田空港の容量拡大(30万回)に係る確認書が締結された[17]。空港会社は、年間発着能力を、最速で2011年度中に25万回、2012年度中に27万回、2014年度中に30万回に拡大させる方針である[18]。 なお、周辺地域住民への環境配慮も必要で、成田空港では開港以来、住宅などの防音工事に400億円超、電波障害対策に200億円超など、合計3,200億円超の環境対策事業を実施しており、今後も実施され続ける予定である。

2010年3月28日より、基本的にA滑走路を離陸専用、B滑走路を着陸専用とする使い分けが行われていた。2011年10月20日より同時離着陸方式が導入され、両滑走路とも離着陸併用となった[19]。2012年10月現在では、運航ダイヤがピークとなる午前、午後の合計約2 - 3時間程度、同時離着陸が行われている。ただし、管制官の目視によって航空機の状況を確認するため、雨天など悪天候時には同方式での運用は停止される。しかし、2012年度中には航空機の監視装置が導入され、悪天候時でも同時離着陸運用が可能となる[20]。なお、エアバスA380、An-124An-225等の大型機はA滑走路への着陸となる。 また、6時以前、23時以降の離着陸を禁止する「夜間離着陸制限」が開港以来設定されてきたが、2013年3月31日に“門限”を悪天候などの場合に限り午前0時まで延長する、と緩和された[4][21]

警備・検問・入場制限[編集]

日本国内空港では唯一で首都空港としても稀である検問制度が実施されており、外国人を含む空港施設への入場者全員に「セキュリティチェック」と称して検問所での身分証明書の提示が課せられている。さらに専門の警察機動隊である「千葉県警察成田国際空港警備隊」(空港警備隊 千葉県警察の部内呼称は「空警隊」)が検問所とターミナル内に常駐、巡回しており、世界的に見ても異例の厳重警備が敷かれ[22]、“戒厳令空港”と呼ばれることもある。

これは、政府が空港建設を強行した開港までの歴史的経緯(三里塚闘争成田空港管制塔占拠事件など)より、新左翼過激派によるゲリラ活動を抑止することが目的だった。その後の成田空港手荷物爆発事件アメリカ同時多発テロの発生により、主な目的は不特定多数が集まるターミナル施設でのテロ警戒に変化している。

入場に際しては、空港会社の警備員パスポートなど身分証明書を確認する。旅客の場合は、航空券の提示を求められる場合もある。空港内店舗の職員は社員証が必要(関係者専用の検問レーンがある)。情勢によっては抜き打ちでカバンなど手荷物を開梱して、荷物検査をされる場合がある。 また、反対派による集会が空港周辺で行われることが予想される場合は、従業員と旅客以外(送迎・空港見学・店舗利用など)の空港施設への立ち入りが原則として禁止される。その場合は、対象者以外は検問所で引き返す(旅客が外国人であったり、介添えを要するなど特段の事情がある場合の送迎入場は許可される)。 日程が判明し次第、検問所への黄色い立て看板の設置と公式ウェブサイトの「トップページ」上、新聞の「政府広報」広告、首都圏のJR及び京成電鉄の各駅券売所で告知が為される。2000年代以降は反対派勢力が少数派となっているため、年数回に留まっているが、反対派敷地を空港会社へ明け渡しを求める絡みの裁判(審議・判決)が行われた直後に行われる傾向がある。2010年を最後に、反対派による集会等が行われていても、入場規制は行われていない。

空港第2ビル駅出口の検問所

検問所は、鉄道駅(成田空港駅空港第2ビル駅東成田駅)の出口改札(駅を出た時点で空港敷地内にいることになるため)と、空港施設に入る全ての道路上(新空港インターチェンジ出口に隣接する「第1ゲート」、国道295号沿いの「第2ゲート」他)に設置されている。路線バスやリムジンバスと一部のホテル送迎バス・スカイライナーなどでは車内放送で空港到着前に「身分証の提示をお願いします」あるいは「空港での検問があります」とアナウンスされている。 鉄道駅では旅客機搭乗時の保安検査場と同様のレーン(列)式のものであり、荷物検査が伴わなければ身分証提示のみの短時間で完了する。空港従業員とそれ以外の一般にレーンが区別されている。 自動車では、空港の制限区域入口の道路上に有料道路料金所と同等の施設がある。全ての車(マイカータクシーホテルや私設駐車場の送迎車・リムジンバスを含む路線バス貸切バス・貨物トラックなどの事業用車)が一時停車しなければならない。運転者は警備員に運転免許証やパスポート・職員証などを提示し、他に同行者や乗客がいる場合は一人ずつ警備員が身分証を目視で確認する。バスの場合は警備員が車内に乗り込んで確認を行う。自家用車やタクシー・トラックの場合は、鏡で車体の底面を検査されたり、トランクや荷室を開けるよう要求される場合がある。このため、敷地への乗り入れが多く混雑している際や、バスでの全員の確認には3 - 10分程度の停車時間を要する。

空港周辺をパトロールする機動隊車両

なお、道路上の検問所(ゲート)では、自動車が制止を振り切り、ゲートのバーを突破(破壊)した上で施設内に不法侵入する事件が幾度か発生している。

  • 2005年11月、侵入後に施設外へそのまま車で逃走した当時30歳代の男(単独犯)をパトカーが追跡、佐倉市内で追い付いて職務質問を行おうとした警察官2名を男が刺し、警察官の1名が殉職した。開港後の警察官の殉職はこれが唯一である。男は「飛行機の写真を撮るつもりだった」と供述しており、2006年9月に千葉地方裁判所無期懲役判決が下された。(→#年表
  • 2010年9月には、侵入後に車を乗り捨て、行方を眩ませる事件(逮捕に至らず)も発生している。

また、芝山鉄道線の区間では常に空港警備隊所属の制服警察官複数人が往復乗車し、車内警戒にあたっている(当該項目参照)。警備情勢によっては京成成田空港線のアクセス特急などの路線にも千葉県警察の制服警察官が空港駅と途中駅の間を往復乗車し、同様の警戒にあたることがある。

警備体制の見直し[編集]

前述の警察による空港警備隊とは別に、NAAでも警備組織を子会社に置いて施設警備にあたっている。その人件費は2005年(平成17年)で94億円など、年間100億円近くになる。こうした警備費は空港経営に深刻な影響を及ぼしている。 2000年代後半には、検問警備維持費の負担に苦慮していることや改札検問による旅客流動の遅滞化、車両検問による渋滞発生などの事例が問題視されていた[22]京成成田空港線が開通する2010年平成22年)7月を目処に監視カメラの活用など警備の機械化を推進して改札検問を廃止し[23]、他の検問についても順次縮小か廃止の方向を検討していた[23]が、正式に決定されておらず、2012年10月時点でも従来通りの状態となっている。 2012年平成24年9月27日、NAAは定例記者会見で、現在の警備体制の見直しについて「速やかに関係機関と協議したい」と前向きに取り組む方針を表明し、既に警備当局と事務レベルの協議を始めたことを明らかにした[24]。 この背景には、2012年夏以降にジェットスター・ジャパンエアアジア・ジャパンなどの格安航空会社が就航したり、羽田空港の再国際化による競争激化などが挙げられている[25]

千葉県警本部長は、科学技術の高度化などを例に挙げ、現行と同様な警戒体制を持つ機械警備の導入を行なえば検問体制の見直しに前向きな姿勢をとり[26]、そして「ノンストップゲート」化に備えた警備システムの導入で2015年3月までの全面廃止が決まった[27][28]


このように厳重な警備体制が敷かれている成田空港であるが、過激派の武装闘争がほぼ沈静化された現在、空港ターミナル内で発見される「不審な荷物」の大半は置き忘れや所有者の都合で置きっ放しにされる物であり、年間100件近く出動する爆発物処理班の出動も徒労に終わるケースが多い。このため、空港警備隊は「空港内では荷物から決して離れないで」と旅行者に注意を促している[29]

貿易港としての機能[編集]

成田空港の2004年(平成16年)度の輸出額は10兆6572億円、輸入額は10兆2978億円と、金額で国内第1位の貿易港である。輸出入品目としては、コンピュータなどの事務用機器、半導体など軽量で付加価値の高い機械機器等が中心となっている。

  • 主な輸出品目(平成16年度):半導体等電子部品(17.4%)、科学光学機器(9.4%)、映像機器(8.2%)、事務用機器(6.8%)、音響・映像機器の部分品(4.0%)
  • 主な輸入品目(平成16年度):事務用機器(15.6%)、半導体等電子部品(14.5%)、科学光学機器(7.9%)、音響・映像機器(含む部品)(4.3%)、医薬品(3.6%)

また、成田空港には、マグロなど魚介類の輸入通関が多く(平成23年度3万7916トン)、成田漁港の別名がある[30]

サービス施設使用料[編集]

国際線で出発する旅客に対し、旅客サービス施設使用料(PSFC)、旅客保安サービス料(PSSC)を、航空券の発券の際に徴収している[31]

  • 旅客サービス施設使用料(PSFC) 出発客: 大人2,090円 小人1,050円
  • 旅客サービス施設使用料(PSFC) 乗継客: 大人1,050円 小人520円
  • 旅客保安サービス料(PSSC):520円

2014年9月現在、国内線旅客に対しては無料であるが、徴収を検討していることが明らかとなった[32]

歴史[編集]

新空港建設の検討[編集]

1960年代になると、大型ジェット旅客機の増加に加え高度経済成長により年々増大する国際輸送における航空機の重要性が高まったため、滑走路の拡充による発着能力の向上が望まれた。加えて、1960年代中に就航すると予想され日本航空も発注した超音速旅客機の就航による滑走路の長大化も求められた[33]。そのため、羽田空港の再拡張により航空需要に対応しようと検討が開始されたが、

  • 羽田空港の沖合に拡張した場合、東京港の港湾計画との調整が極めて難しい。
  • 当時の港湾土木技術では不可能であった。
  • アメリカ空軍管制区域(横田飛行場上空の「横田ラプコン」)などとの兼ね合いから、航空機の離着陸経路の設定が著しい制約を受ける。
  • 仮に拡張できたとしても、空港の処理能力は20% - 30%程度の増加に留まる。

などの理由から[34]、羽田空港の拡張のみでは長期的航空機輸送需要に対応できないことが判明した。

新空港建設と反対運動[編集]

このため、1962年より新たな東京国際空港の候補地についての調査が開始され、当時の運輸省1965年6月1日に成立した「新東京国際空港公団法案」をもとに、「新東京国際空港」として新東京国際空港公団を中心に新空港を建設するための候補地の検討に入った。候補地としては、千葉県東葛飾郡浦安町(現・浦安市)沖の埋め立て地や印旛郡富里村(現・富里市)、茨城県霞ケ浦横浜市金沢区の金沢八景沖の埋め立て地などがあげられた後で[35]、最終的に佐藤栄作内閣中村寅太運輸大臣)は、建設予定地を同県成田市三里塚に変更することを1966年7月4日閣議決定した。これは、国有地である宮内庁下総御料牧場や県有林、またその周辺の土地は開拓農民(その多くは満州からの引き揚げ者)の物であったため、用地買収は容易に進むと考えたからである[36]

しかし、地元農民の一部は買収に伴う移転や騒音問題から空港建設に猛烈に反発し、「三里塚芝山連合空港反対同盟」を結成し反対活動を開始した。更に日本の新左翼が支援を開始し激しい実力行使やゲリラ闘争が行われた(三里塚闘争)。用地買収は停滞したため、政府は土地収用法に基づき行政代執行1971年に2回行い、1期工事の用地を取得した。この際、警備の警察官3名が反対派による襲撃を受け殉職した(東峰十字路事件)。また、反対派は鉄塔を建てて対抗したが、1977年5月6日に撤去された。これに抗議する集会で反対派と機動隊が激突し、反対派支援者1名が死亡した(東山事件)。また反対派によって芝山町長宅前臨時派出所が襲撃され、警察官1人が殉職した(芝山町長宅前臨時派出所襲撃事件)。

開港4日前にあたる1978年3月26日、成田空港に反対派ゲリラが管制塔に乱入し管制塔内の機器を破壊した(成田空港管制塔占拠事件)ため、開港が5月20日まで延期となった。関連して1978年5月5日には京成電鉄の特急「スカイライナー」用車両が宗吾車庫で放火され、1両が焼失したほか、数編成が被害(後に復旧)を受けダイヤに支障をきたした(京成スカイライナー放火事件)。開港後も過激派の活動が続き、警察は厳重な警備を敷いた。

福田赳夫内閣は「この暴挙が単なる農民の反対運動とは異なる異質の法と秩序の破壊、民主主義体制への挑戦であり、徹底的検挙、取締りのため断固たる措置をとる」と声明を出し、「新東京国際空港の開港と安全確保対策要綱」を制定した。この管制塔襲撃事件を契機に、空港の安全確保のため、千葉県警察本部警備部に新東京国際空港警備隊が発足し、現在の成田国際空港警備隊に至っている。

開港後[編集]

1978年5月20日に開港したものの、それ以後も反対派によるテロ・ゲリラ事件などが多発し、特に1985年(昭和60年)10月20日には千葉県成田市の三里塚交差点で極左グループと警視庁機動隊が衝突した事件が発生した(「10.20成田現地闘争」)。これらの事件により正常な運営、あるいは2期工事の着工もおぼつかなかったが、1991年11月から隅谷三喜男東京大学名誉教授のほか4名の学識経験者(隅谷調査団)主宰のもと成田空港問題シンポジウムが15回にわたって開催され、引き続き1993年9月から12回にわたって開催された「成田空港問題円卓会議」で今後の成田空港の整備を民主的手続きで進めていくことが確認された。

円卓会議の結論を受け、最終的には1995年に当時の内閣総理大臣村山富市が謝罪、これを地元が受け入れ、その後2期工事への用地買収に応じる地主が出てきた。懸案の2期工事のうち平行滑走路については、1996年には未買収地を避ける形で暫定滑走路を建設する案が計画され、2002年に暫定供用開始した。隅谷三喜男団長を始めとする中立委員の努力や政府の謝罪などもあって反対派住民の態度もしだいに軟化した。その結果、反対運動に乗じて単に違法かつ過激な反政府活動を行っていただけであった反対派は逆に完全孤立化し、事態は収束に至っている。

ドイツミュンヘン国際空港はこのような紛争を避けるため、徹底して成田空港の事例を研究し、反対派を十分に説得した上で建設されている。日本でも、成田での経験をもとに、後に建設された関西国際空港中部国際空港などの大規模空港は、騒音問題などが発生しにくい郊外の海上に造られるようになった[37]

年表[編集]

空港開設まで[編集]

成田空港 空と大地の歴史館
  • 1962年昭和37年)11月16日:新空港建設の方針を閣議決定。
  • 1963年(昭和38年)
    • 6月10日:運輸省航空局が検討資料「新東京国際空港」を発行。4000 m滑走路2本、3600 m滑走路1本、2500 m滑走路2本の巨大空港案が計画される。立地箇所については特定はされていない。
    • 8月27日:富里案および霞ヶ浦案を運輸相が提示。富里・八街反対同盟が結成される。
  • 1965年(昭和40年)11月19日:閣僚会議懇談会が開かれ、富里案に内定する。
  • 1966年(昭和41年)
  • 1967年(昭和42年)8月1日:「公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律」が公布、施行。
  • 1968年(昭和43年)2月26日:三里塚芝山連合空港反対同盟と機動隊が衝突。
  • 1971年(昭和46年)
    • 2月22日:建設予定地で第1次行政代執行。反対同盟と機動隊が衝突。
    • 9月16日東峰十字路事件。建設予定地で第2次強制代執行。反対派の鉄塔が倒される。千葉県へ応援派遣されていた神奈川県警察特別機動隊員30名が東峰十字路付近で過激派数百人に襲撃され、そのうち3名が殉職した。
  • 1977年(昭和52年)
    • 5月6日:4,000m滑走路の南側延長上に反対派によって建設された、高さ約30mおよび、約60mの鉄塔2基が航空法第49条違反の物件であるとして、空港公団は千葉地方裁判所に妨害物除去仮処分命令申請書を提出。千葉地裁の仮処分決定を受け、2基の鉄塔が除去される。
    • 5月7日:運輸省航空局のYS-11型機によって、航空保安施設のフライト・チェック(飛行検査)が実施される。
    • 8月22日:進入表面等の制限表面の上に出る立木の伐採が完了。
    • 11月11日:銚子市上空の飛行に関する合意を同市から得る。
    • 11月26日:飛行場および航空保安施設の完成検査に合格。空港公団は新空港の供用開始日を運輸大臣に提出。
    • 11月28日:運輸大臣が開港日を昭和53年3月30日と告示。
    • 12月3日:ICAO(国際民間航空機関)および関係50ヵ国に対し新空港開港に関わるノータム(航空情報)を発出し、新空港開港を宣言する。
アルファベットで「成田」と書かれている。成田国際空港A滑走路中心付近

成田空港の開港[編集]

1980年代[編集]

  • 1980年(昭和55年)10月18日:過激派が京成電鉄高砂検車区、京成上野駅、京成電鉄宗吾検車区に停車中のスカイライナーに時限発火装置を仕掛け、一部炎上させる。
  • 1981年(昭和56年)
    • 3月16日:鹿島港から土屋燃料中継基地に向かっていた燃料輸送列車が、千葉県神崎町内で過激派に襲撃、放火される。幸いジェット燃料には着火しなかった。
    • 5月11日茨城県鹿島町(現・鹿嶋市)内で鹿島線の橋桁(第2宮中架道橋)が溶接機で切り取られているのが見つかる。
  • 1982年(昭和57年)3月13日:中核派によって、国鉄鹿島線、国鉄成田線、国鉄総武本線などの信号ケーブルが切断される。また、国鉄西船橋変電所が時限発火装置によって爆破され、空港用航空燃料輸送列車の運行停止を招く。そのため、県内の列車運行に大きな乱れが生じた。
  • 1983年(昭和58年)
    • 6月:過激派が空港建設に携わる企業の作業員宿舎を放火。民間人の作業員2名が焼死。
    • 8月8日:航空燃料B系パイプライン供用開始(航空燃料暫定輸送終了)。
  • 1984年(昭和59年)
    • 6月23日:開港以来の国際旅客5,000万人達成。
    • 8月1日:航空燃料A系パイプライン供用開始。(1日あたり2万2,000 kl、年間最大800万 kl)
    • 11月14日:燃料パイプライン1本が、過激派の襲撃によって停止する。
  • 1985年(昭和60年)
  • 1986年(昭和61年)11月26日:第2期工事に着工。
  • 1988年(昭和63年)
    • 3月19日:開港以来の国際旅客1億人達成。
    • 9月21日:成田空港の土地問題を担当する千葉県収用委員会会長が千葉市内の帰宅中に武装した数人の男に襲撃され、瀕死の重傷を負う。事件後中核派が犯行を自認する(千葉県収用委員会会長襲撃事件)。
    • 10月24日:千葉県収用委員会会長以下全委員が辞表を提出。千葉県収用委員会の機能は事実上停止に陥る。以後、機能停止状態が続いていたが、2004年(平成16年)12月8日、16年ぶりに機能回復した。ただし成田空港に対しては、土地収用法の適用は現段階では対象外としている。
  • 1989年平成元年)2月28日:第1旅客ターミナルビル南ウイング附属棟完成。

1990年代[編集]

第2ターミナルに駐機するイラン航空、アメリカン航空、チャイナエアライン、中国国際航空、日本航空の各機材
空港第2ビル駅
  • 1991年(平成3年)
    • 1月18日:開港以来の航空貨物取扱量1000万トン達成。
    • 3月19日:成田線成田駅 - 成田空港駅間、京成本線京成成田駅 - 成田空港駅間が開業。
    • 8月1日:2期区域エプロン一部供用開始。
    • 11月21日:第1回成田空港問題シンポジウム開催(以後15回開催)。
  • 1992年(平成4年)
    • 2月20日:情報通信センター、北オペレーションセンター供用開始。
    • 12月3日:第2旅客ターミナルビル地下駅「空港第2ビル駅」供用開始。
    • 12月6日:第2旅客ターミナルビル供用開始、第1旅客ターミナルビル北ウイング、第1および第2サテライト閉鎖。
  • 1993年(平成5年)
    • 2月2日:新管制塔供用開始(全高92.3m)。
    • 2月5日:開港以来の国際旅客2億人達成。
    • 5月24日:第15回成田空港問題シンポジウム開催(終了)。
    • 9月20日:第1回成田空港問題円卓会議開催(以後12回開催)。
  • 1994年(平成6年)
    • 9月15日:A滑走路16(北側)進入方式フルカテゴリーII運用開始。
    • 10月11日:成田空港問題解決のための第12回成田空港問題円卓会議で、国と反対派が学識経験者による調停案を受入れ(円卓会議終了)。
  • 1995年(平成7年)4月8日:開港以来の国際旅客2億5,000万人達成、第2サテライト供用開始、第1旅客ターミナル改修開始。
  • 1996年(平成8年)
    • 3月28日:ILSカテゴリーIIIa運用開始、およびストップ・バーシステム供用開始。
    • 7月1日:新東京国際空港公団 (NAA) 本社が成田空港内に移転。
  • 1997年(平成9年)
    • 4月3日:開港以来の国際旅客3億人達成。
    • 10月13日:開港以来の航空貨物取扱量2,000万トン達成。
  • 1998年(平成10年)
    • 1月22日:芝山鉄道線建設工事起工。
    • 2月1日:第1旅客ターミナルビル第1サテライトの供用開始。
    • 2月2日:空港へ迫撃弾2発と金属弾1発が打ち込まれ、貨物地区の作業員1名が迫撃弾の破片に被弾。救急車で近くの病院に搬送される。迫撃弾のうち1発は近くで破裂、金属弾1発は不発だった。
    • 4月25日:1日の発着枠を360回から370回へと改定。
    • 5月27日:「エコ・エアポート基本構想」を発表。
    • 7月15日:「地域と共生する空港づくり大綱」発表。
    • 11月10日:NAAとアメリカの「ニューヨーク・ニュージャージー港湾公社」の間で初の姉妹空港の締結を調印。
    • 11月18日:成田空港 - 羽田空港間直通列車運転開始。
    • 12月23日:開港以来の航空機発着回数200万回達成。
第1ターミナル北ウィングに駐機するアリタリア航空とノースウエスト航空の機材
  • 1999年(平成11年)
    • 3月16日:第1旅客ターミナルビル北ウイング・中央ビル新館供用開始(南ウイング閉鎖)。
    • 4月27日:新消音施設(ノイズリダクションハンガー)竣工。
    • 5月10日:平行滑走路2000年度完成目標断念を発表。
    • 9月3日:平行滑走路等の整備に関する工事実施計画の変更認可申請。
    • 9月12日太陽光発電システム運用開始。
    • 12月3日:平行滑走路工事着工。
    • 12月26日:17時23分頃、京成上野発の特急電車が成田空港駅到着直後に2両目座席下から発火。西馬込発東成田行急行電車においても東成田駅到着前に座席下から出火。17時30分頃にもJR成田線久里浜発成田空港行快速電車がJR成田駅を発車した直後に連結部から発火。3件の事件全ての焼け跡から時限発火装置が見つかる。JRでは運休や延遅などにより約1万人に影響が出た。

2000年代[編集]

毎朝、ヨーロッパ線の乗客を乗せたシャトルバスが殺到する。
到着ゲートの「おかえりなさい」の看板
毎年5月に展示される五月人形(第1ターミナル北ウィング)
  • 2000年(平成12年)
  • 2001年(平成13年)10月31日:暫定平行滑走路の完成。
  • 2002年(平成14年)
    • 2月21日:暫定平行滑走路(B滑走路)の供用開始日に関するノータム(航空情報)を発出する。
    • 4月12日:成田空港駅に停車中の京成電鉄の特急列車の車内に時限発火装置が仕掛けられ、連結部分より発火。
    • 4月18日:2本目の滑走路・暫定平行滑走路の供用開始。これにより台湾のチャイナエアライン(中華航空)とエバー航空(長榮航空)が羽田から成田へ移管、中国国際航空など中国のエアラインと翼を並べることとなる。
    • 5月13日:回転翼航空機(ヘリコプター)の受け入れ条件を一部緩和。
    • 5月27日:第2旅客ターミナルビル出発ロビー北側増築部(Wカウンター・Yカウンター)の供用開始。
    • 9月25日:第2旅客ターミナルビルスイングゲートの供用開始。
    • 10月16日:空港南口ゲートの供用開始。
    • 10月27日芝山鉄道の供用開始。
    • 12月16日:第1旅客ターミナル第3サテライトの供用開始。
  • 2003年(平成15年)
    • 1月20日:公団、新東京国際空港の改称「成田国際空港」および新会社「成田国際空港株式会社」の名称について扇国土交通大臣へ要望書を提出。
    • 1月27日全日本空輸908便(ボーイング767-300)が、B滑走路を約70mオーバーランし草地に突っ込み、誘導路灯や滑走路末端補助灯を倒し停止した。このため開港後初めて事故により滑走路が閉鎖された。
    • 4月17日:第2旅客ターミナルビル北側および地上通路沿いのスポットの供用開始。
    • 5月29日:開港以来の航空貨物取扱量3,000万トン達成。
    • 11月17日:航空燃料輸送量1億kl達成。
  • 2004年(平成16年)
    • 4月1日:新東京国際空港公団が民営化され「成田国際空港株式会社」に改組し、同時に空港の正式名称も新東京国際空港から「成田国際空港」に改称、第2給油センター供用開始。
    • 10月19日:第1ターミナルの第1サテライトと第2サテライトを結ぶ連絡通路が開通。
    • 11月25日:第1旅客ターミナルビルの第4サテライトが開業。
  • 2005年(平成17年)
    • 6月8日:開港以来の離着陸回数が300万回達成。
    • 7月15日:暫定平行滑走路を本来の計画とは逆の北側延伸で、国交相と成田国際航空会社・社長が同意。
    • 11月:元過激派16人が国などから1978年の管制塔襲撃事件の損害賠償として約1億300万円の支払いを求められ、2005年になって給料を差し押さえられた。
    • 11月8日:第2ゲートの検問を突破した男を千葉県警察の警察官が追跡中、同県佐倉市直弥の路上で男にナイフで刺され、1人(成田国際空港警察署)は右脇腹を刺され死亡、もう1人(佐倉警察署)は左腕に軽傷を負う。男は他の警察官に殺人未遂などで現行犯逮捕
    • 11月18日:旧新東京国際空港公団発注の成田空港電気設備工事で、空港公団主導による受注調整など官製談合の疑いが浮上、関わった電機企業各社と成田国際空港会社が東京地検の捜索を受ける。
  • 2006年(平成18年)
    • 1月15日:空港反対同盟熱田派元代表・熱田一(派閥に本人の姓が冠されている)が、空港敷地内にある自宅敷地と、所有権を持つ「横堀墓地」を売却することを表明。「若者が世界へ飛び立ち、帰ってくることによって日本の将来に役立つと考えた」とコメントし、反対運動から完全に身を引く。
    • 4月13日:ILSカテゴリーIIIb運用開始。
    • 6月2日:航空会社再配置、第1旅客ターミナル南ウイング(第5サテライト)・第4 - 第5サテライト連絡地下通路が供用開始。
    • 7月10日:成田国際空港会社、国に対し平行滑走路の北伸2500 m化に伴う飛行場変更申請[38]
  • 2007年(平成19年)
    • 11月18日:開港以来の航空貨物取扱量4,000万トン達成。
    • 12月26日:第1旅客ターミナル中央エリアおよび北ウイングの供用開始。
開港30周年記念塗装が施された日本航空のボーイング747-400型機
  • 2008年(平成20年)
    • 3月6日:成田市南三里塚の雑木林で迫撃砲2門が発見される。翌7日、成田国際空港会社空港技術センター(芝山町岩山)で迫撃弾が発見される。革命軍を名乗る組織から「1日午前6時45分に滑走路に撃ち込んだ」との犯行声明文が報道機関に送られる。
    • 3月16日:15日午後5時すぎから4時間近くにわたり、北朝鮮から発射された電波により成田空港の管制システムで混信が発生する。業務に支障は起きなかったが、総務省国際電気通信連合 (ITU) の無線通信規則に定める識別信号の送出を行っていないと認められたため、国際電気通信連合に通報した。
    • 4月1日:緊急地震速報を運用導入。
    • 5月20日:開港30周年を迎え記念式典が催され、これを記念して日本航空のボーイング747-400型機に特別塗装が施された。
    • 9月12日:旧NAA本社ビル跡地に第5駐車場 (P5) がオープン。
    • 9月25日:当時国土交通大臣であった中山成彬の成田空港建設の反対闘争に関する発言が問題となる。この際の他の発言とともに問題視されたが、中山大臣は反対闘争に対する発言の責任を取る形でその後辞任した。
    • 10月4日:第2ターミナル サテライト到着コンコース和的整備がグッドデザイン賞を受賞する。
    • 10月16日:第7貨物ビルおよび貨物地区トラック待機場の供用開始。
  • 2009年(平成21年)
    • 3月23日フェデックスマクドネルダグラスMD-11Fが着陸失敗し大破炎上、乗員2名死亡。開港以来初の全損及び死者の出た事故である。
    • 4月:前項の事故を受け、B滑走路2500m供用開始時期を「2010年3月から2009年10月に前倒しする」方向で成田国際空港会社と国土交通省が協議に入る[39]
    • 5月20日:成田国際空港会社と国土交通省の協議の結果、B滑走路2500 m供用開始日を「2009年10月22日」に正式決定。成田市の小泉一成市長は、同日、空港会社によるB滑走路供用開始日が決定したことに伴い「航空機の発着時の安全性がより確保されるとのことで一定の理解をする」としたうえで、「空港会社に対して、騒音の影響を受ける地域への丁寧な説明を要請している」と述べる。
    • 7月30日:B滑走路東側誘導路、供用開始[40]
    • 9月17日:空港会社は、空港反対派らが持つ「一坪運動共有地」と「土地」を空港会社へ売却を求める訴訟を起こす。
    • 10月22日:B滑走路、2500 m化供用開始[41]
    • 12月15日:成田空港周辺の9市町長(成田空港圏自治体連絡協議会)は夜間の離着陸禁止の規制を緩和し、運航時間を延長する案を成田国際空港会社側に示す。

2010年代[編集]

マーシャラーの誘導を受けるヴァージン・アトランティック機
  • 2010年(平成22年)
    • 2月25日:空港用地内B誘導路付近にある“反対派最後の聖域”とも言われていた団結小屋「天神峰現地闘争本部」を撤去し土地をNAAへ明け渡すようにNAAが提訴した裁判で、千葉地裁は撤去を命じる判決。反対派は控訴。
    • 3月28日:A滑走路を離陸専用、B滑走路を着陸専用に使い分け開始。
    • 7月17日京成電鉄の新路線として成田スカイアクセス線が開業。空港第2ビル駅 - 日暮里駅間が最速36分とアクセスが改善された。
    • 9月17日:利用者のさらなる利便性を図るための取り組みとして、第2ターミナルにおいて、成田国際空港株式会社とJTBグローバルマーケティング&トラベルによる成田空港プレミアムコンシェルジュサービスの共同実証実験が期間限定(同年11月16日まで)で開始する。
  • 2011年(平成23年)
  • 2012年(平成24年)
    • 1月25日:最高裁判所は反対派の上告を棄却、反対派の敗訴が確定。
    • 11月28日:4月の東京高裁判決(C滑走路用地内の地権者に対する訴訟)に基づく仮執行により、千葉地裁が「横堀団結小屋」を強制撤去[42]
    • 12月13日:A滑走路を、4000mの全面運用を開始[5]
  • 2013年(平成25年)
    • 3月7日:B滑走路の西側誘導路の約720メートル延長と横堀地区エプロンの供用開始[6][7][8]。これによりA滑走路、B滑走路、2本の滑走路の発着数が1時間当たり58回から64回に増え、年間発着枠も25万回から27万回に拡大された[6][7][8]
    • 3月31日オープンスカイ(航空自由化)開始[43]。悪天候などやむを得ない場合に限り離着陸を午前0時まで延長[4][21]
    • 4月1日:国際線の着陸料を平均5.5%値下げ[44][45]。値下げは2005年以来となる[44]
    • 4月25日2009年9月17日に空港会社が空港反対派らが持つ横風用滑走路(C滑走路)予定地上の「一坪運動共有地」を空港会社への売却を求めおこした訴訟について最高裁は2件について地権者54人の上告を却下する決定をし、買収に応じるよう命じた一、二審判決が確定した[11][12][13]。これにより空港会社が2009年におこした6件の訴訟は4ヶ所で空港会社の勝訴、2ヶ所で和解して終結した[12][13]。今後、訴訟になっていない数カ所について交渉を続け、取得を目指すとしている[12]
    • 5月20日:空港開港から35年となる。未だに建設計画自体が終了せず。
    • 7月3日京成バスが東京駅~成田空港間で格安高速バス「東京シャトル」を運行開始。
    • 9月27日:第2ターミナルビルとサテライトを結ぶ新たな連絡通路の供用を開始し、シャトルシステムの運行を終了[46]
  • 2014年(平成26年)
    • 第3旅客ターミナル(LCC専用ターミナル)が、第2ターミナルの北側に完成し、2015年(平成27年)4月8日より供用を開始することを発表。

主な航空機事故[編集]

施設[編集]

さくらの山公園からの成田国際空港の眺望。ちば眺望100選にも選ばれている。
第1と第2ターミナルを結ぶシャトルバス
第1ターミナル
第一ターミナル南ウィング出発ロビー
第1ターミナル第5サテライト

2棟の旅客ターミナルビルと複数の貨物用施設が点在している。2棟の旅客ターミナルビルの間は無料のターミナル間連絡バスなどの交通機関によって結ばれている[48]。両ターミナル間は連絡バスで約10-15分。

複数ターミナルを持つ大規模空港に多く見られるように、ターミナル間の距離が離れているため、ターミナルを間違えると移動に時間がかかる。特に、1990年代から増加している他社とのコードシェア便(共同運航便)では注意が必要であり、実際に機材を運航する航空会社が使用するターミナルに向かう必要がある。

開港から14年半余り経過した1992年12月に第2ターミナルが開業した。日本航空グループと全日本空輸グループが第2ターミナルへ移転され、第1ターミナルは海外航空会社が主に利用した。しかし、真新しい第2ターミナルへの各種サービスの偏重、混雑時間の集中やコードシェア便の増加によるターミナル分散は、利用者にとって不便だった。

キャパシティに余裕のある第2ターミナルが開業すると、入れ替わりに第1ターミナル北ウイングが閉鎖され、第1ターミナルの大規模なリニューアル工事が着手された。サテライトの段階的な改築・増築を経て、1998年末にレストランや飲食店などのテナントが集結する中央ビル新館が竣工、1999年3月に北ウイングが再開業した。その入れ替わりで南ウィングが閉鎖され、工事が進められた。

南ウイングの再開業に当たっては、航空会社を航空アライアンスごとにまとめ、同じターミナルに集約することによって混雑解消を目指し、乗り継ぎの利便性を高めた。20社が段階的にターミナル毎に集約・移転された。現在、主要な航空会社は主な3つの国際航空連合にまとまっており、ワンワールド加盟社の多くは第2ターミナル、スターアライアンス加盟社の多くは第1ターミナル南ウイング、スカイチーム加盟社の多くが第1ターミナル北ウイングを使用している[49]。また、格安航空会社専用ターミナルとして、第2ターミナルに隣接した第5貨物地区に建設することが決まった。[50]

なお、貨物用施設は、貨物ターミナル地区、整備地区貨物上屋、天浪地区貨物上屋、南部貨物地区などに点在しておかれており、貨物取扱量の増加から現在も拡張工事が続けられている。

旅客ターミナル[編集]

第1ターミナル[編集]

1978年の開港当時から使用されており、供用当時は北ウィングを日本航空やブリティッシュ・エアウェイズなどが、南ウィングをパンアメリカン航空キャセイパシフィック航空などが使用していた。その後第2ターミナルの完成を受けて日本航空や全日空などが移動するなど使用航空会社が変更されたほか、改築と増床を重ね、現在は中央ビル並びに南北ウイングと第1 - 第5サテライトに分かれている。出発ロビーは4階、到着ロビーは1階である。第1、第2サテライトは主にスカイチーム加盟各社のチェックイン・カウンターがある北ウイングに、第3 - 5サテライトは主にスターアライアンス加盟各社と、全日空ハンドリング各社のチェックイン・カウンターがある南ウイングに接続している。

  • 中央ビル 主に店舗などがある。
  • 北ウイング
    • 第1サテライト 11 - 18ゲート(11番はバスゲート兼用[51]13番は欠番、15番はエアバスA380対応)
    • 第2サテライト 21 - 29ゲート(26番はエアバスA380対応、28番(出発)と29番(到着)はバスゲート[51]
  • 南ウイング
    • 第3サテライト 31 - 38ゲート(32番はバスゲート[51]
    • 第4サテライト 41 - 47ゲート(45番・46番はエアバスA380対応)
    • 第5サテライト 51 - 59ゲート(59番はバスゲート)

施設の老朽化を受けて中央ビルと北ウィングが最初に大幅な改築を受け、新たなチェックインカウンターの設置や店舗の改装、ラウンジの増設などが施されて1999年3月16日に新装開業した。2006年6月2日に新装開業した南ウイングの改築完成時に、日本初のインライン・スクリーニングやカーブサイド・チェックインなどのサービスが導入された。また、この前後にはエールフランスや全日空の新ラウンジもオープンした。なお、南ウイングから発着する一部を除くスターアライアンス加盟各社は、搭乗手続きのチェックインカウンターを航空会社別で行わず、マイレージ上級会員や搭乗クラスによってカウンターを分けた「ゾーン・チェックイン」スタイルで行われている。

第2ターミナル[編集]

第2ターミナル
第2ターミナル国際線出発ロビー
第2ターミナル「サクララウンジ
第2ターミナル「ナリタ5番街」
第2ターミナルサテライト連絡シャトル

1992年12月6日に供用開始され、当時は単一ターミナルビルとしては世界最大級の規模だった。出発ロビーは3階、到着は1階で、本館とサテライトに分かれる。両館の連絡は動く歩道を併設した連絡通路(本館に向かって、右(北東)側は出発、左(南西)側は到着の一方通行。)を利用する[46][52]。現在はワンワールド加盟各社が使用しているほか、日本航空がハンドリングする各航空会社や一部のスカイチームの加盟航空会社も使用している[53]

  • 本館
    • 60ゲート (到着バスゲート[51]
    • 61 - 67ゲート(66番は、エアバスA380対応)
    • 71 - 77ゲート
    • 70A - 70M(出発バスゲート[51]
  • サテライト
    • 81 - 88ゲート
    • 91 - 99ゲート

なお、63・64・65の各ゲートは国内・国際線の共用ゲートであり、国内線で運用した飛行機をその後国際線で運用する際にこのゲートを使用する場合が多い。そのため、待合室は国内線、国際線利用者が利用できる時間帯が決まっている。また、66・67ゲートには、コミューター機対応の国内線専用ゲートがある。

2007年に大規模な改装が行われ、チェックインカウンターの増設やカウンター周辺の改装とあわせて、日本初となる自動出入国管理ゲートやインライン・スクリーニングなどの新サービスが導入されたほか、成田国際空港初のペットホテルやキッズルームも設けられた[54]。同時に各航空会社のラウンジの改装・新設も行われ、日本航空が日本最大の約4,000 m²の面積を持つラウンジをオープンした(なお、日本航空は第2ターミナルに5つのラウンジを擁し、その面積は合計約7,400 m²である[55])他、同じワンワールド加盟航空会社のアメリカン航空[56]やキャセイパシフィック航空、カンタス航空[57]が新しいラウンジをオープンした。また、チャイナエアラインも[58]新しいラウンジをオープンした。

2009年9月にはサテライトエリアの改修も行われ、レストランの拡張をはじめとした各種設備の充実が行われた[59]ほか、サテライトエリアにある日本航空のラウンジの大規模な改修と拡張も行われた。

店舗[編集]

両旅客ターミナルの非制限エリアと制限エリア(セキュリティチェックを済ませた人のみが利用できるエリア)には、飲食店書店みやげ物屋などの各種売店がテナントとして入っている。後述の公共機関を除いたサービス施設として、診療所などの医療機関日本医科大学成田国際空港クリニック、ビジネスセンター、ドコモワールドカウンター等の国際ローミング対応の携帯電話のレンタル・販売ショップや、有料のエアポートラウンジ(指定されたクレジットカード会員の発着便利用時は無料)などがある。

食料品や日用品等の販売店として、両ターミナル内の非制限エリアに空港会社によるコンビニエンスストア型売店が数カ所ある[60]。また、空港第2ビル駅ではそれぞれ駅売店京成ストアKIOSK)もある。

銀行窓口[編集]

銀行支店窓口として、第1ターミナルビル内に三菱東京UFJ銀行成田空港支店が、第2ターミナル内に千葉銀行成田空港支店が入居している。この他、りそな銀行などの外貨両替専門の出張所窓口、入国時税関での関税出納納税)に業務が限られるみずほ銀行の派出所扱いの窓口が税関検査場内に置かれている[61]

ATM[編集]

ターミナルビル内の複数箇所で、三菱東京UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行・千葉銀行・京葉銀行ゆうちょ銀行新生銀行東京スター銀行セブン銀行(看板は「SEVEN BANK」表記)・シティバンク銀行イオン銀行ATMが置かれている。また、JRの空港第2ビル駅・成田空港駅のコンコースではビューカードATMが置かれている。このうち、日本国外発行のATMカードクレジットカードによる現金引き出し・残高照会利用は、ゆうちょ銀行ATMとセブン銀行、シティバンク銀行、イオン銀行のATMのみ対応している(中国銀聯カードのみ、三菱東京UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行でも取扱い可能)。

郵便関係[編集]

郵便局は第1ターミナルビル内に成田空港内郵便局、第2ターミナルビル内に成田空港内第二郵便局がそれぞれ設けられていた。これとは別に郵便事業会社成田国際空港支店の分室も両ターミナルビルに設置され、国際スピード郵便ゆうパックを含めた郵便物の差し出しがゆうゆう窓口と同等に可能であった。

2012年3月16日をもって成田空港内郵便局・成田空港内第二郵便局は閉局となった。ただし、両ターミナルビル内の分室ならびにゆうちょ銀行ATM(双方共に閉局となった郵便局とは別の場所に設置されている)はこれまで通り営業が継続されている。

その後、2012年10月の郵便事業株式会社と郵便局株式会社の統合により、「成田国際空港郵便局第1旅客ビル内分室」並びに「成田国際空港郵便局第2旅客ビル内分室」として郵便局の名称が復活した。取扱業務は旧郵便事業会社時代と同じくゆうゆう窓口のみである。

2013年07月01日、成田国際空港郵便局の廃局に伴い、管轄が成田郵便局へ移管された。

制限エリア・免税店[編集]
JAL-DFS(第2ターミナル)

出国審査東京入国管理局成田空港支局)後は搭乗客や航空会社、店舗の関係者などしか入れない制限区域である。2005年以降の改装により、第1、第2ターミナルともにさながら街中のショッピングモールのような国内外のファッションブランドのブティックや、DFSなどによる免税店街が広がっている。日本の租税が課される酒税)・煙草たばこ税)・物品に課される消費税が、出発の制限エリアでは免税されるため、大勢の買い物客で賑わっている。また、化粧室や有料のリフレッシュルーム(仮眠室・シャワールーム)、キッズルーム(第2ターミナルのみ)といった各種サービス施設も置かれている。搭乗口付近には各航空会社のラウンジが置かれている。また、他の国内空港と同様にキヨスク風の小型売店とイートインスタンドを兼ね備えたゲートラウンジ店舗(BLUE SKYANA FESTAなど)もあり、搭乗直前まで利用ができる。

第1ターミナル南ウィングの改装に合わせて、出国後の制限エリア(北ウィングの旅客も利用できる)に免税店モール「narita nakamise」[62]がオープンした。2007年には、第2ターミナルの出国後の制限エリアに、「narita nakamise」よりも約1.4倍広い5,000 m²の店舗面積を持つ免税店モール「ナリタ5番街」[63]がオープンした。なお、第2ターミナルは本館だけでなくサテライトにも免税店やファッションブランドのブティック、書店やレストランなどの店舗や外貨両替専門の出張所窓口、航空会社のラウンジがある。

2009年9月17日からは、セブン銀行により出国後の制限区域内においては国内初となるATMが設置されている。空港およびセブン-イレブン店内といった市中に置かれている機種と提携金融機関などの条件は同一で、日本円での引出が可能であるが、外為法の抵触(100万円相当額以上の現金を持ち出す場合は税関で携行品申告をする必要がある)を避ける意図から、1回の操作では3万円までしか引出ができない。

カジノ計画[編集]

2010年3月に森田健作・千葉県知事は、乗客のさらなる誘致と羽田空港との差別化、地元の雇用増加効果などを狙って、旅客ターミナルの制限エリア内に外国人専用のカジノ施設を設けることを検討していることを発表した。設置場所などについては検討を進める予定[64]

ビジネスジェット専用ターミナル[編集]

首都圏初のビジネスジェット専用ターミナルが、2012年3月31日に運用を開始した[65]

貨物ターミナル[編集]

さくらの山公園。もともとは機動隊が24時間常駐して監視する防音提だった。
JALカーゴの貨物上屋前に駐車する警備車両

2007年現在、成田国際空港の国際航空貨物の取扱量は香港国際空港仁川国際空港に次いで世界3位の地位を占める。開港当時は第1ターミナル北ウイング横に集中して貨物ビルが置かれていたが、航空貨物需要の増加に対応して五月雨式に拡張を続けたために、第一貨物地区と第四貨物上屋と第七貨物上屋、第五貨物上屋、空南貨物地区、整備地区暫定貨物上屋などに、ANAカーゴ、JALカーゴ、日本貨物航空、各フォワーダーなどの貨物ビルが点在している。貨物地区内には勤務者やドライバーの為にコンビニエンスストア(サンクス)も設置(第一貨物地区第2貨物ビル内)され、第七貨物前トラック待機場にもコンビニエンスストアが設置されている他、ガソリンスタンドも設置されている。

施設規模をすべて合わせると20.2万平方メートルの規模を持ち、相次ぐ拡張の結果、年間240万トンの取り扱いが可能となったが、暫定滑走路の延伸工事の完成に臨み、さらに取扱量を増やすために現在も拡張工事が行われている。 「貨物管理ビル」の日本貨物航空事務所は2011年中に全て退去し、現在はNCA整備ハンガー付属棟に移転している。

駅サービス施設[編集]

両旅客ターミナルに接続した成田空港駅空港第2ビル駅の改札外には「京成たびるーむ(京成トラベルサービス)」と「みどりの窓口指定席券売機JR東日本)」がそれぞれある。たびるーむでは海外旅行保険の加入やトラベレックスによる外貨両替サービスが受けられる。みどりの窓口では通常の切符類の購入に加え、訪日外国人が海外で購入可能な『ジャパンレールパス』類の実券引き替えや『Suica & NE'X』の発売を行っている。

駐車場[編集]

空港内の駐車場[編集]

P1・P2・P3・P5および貨物地区駐車場といった有料駐車場が設けられている。また、オートバイ用の駐車スペースも確保されている。

一部の駐車場は事前にインターネットで申し込むことが可能で、割引も適用される。なお、第2ターミナルに隣接しているP2は、第2ターミナルと連絡通路で直結しており、雨天でも雨に濡れることなくターミナルにアクセスすることができる唯一の駐車場である。

周辺の駐車場[編集]

国道51号国道295号(空港通り)と立体交差する寺台インターチェンジから空港へ向かうと、空港の数キロ手前から空港内駐車場よりも廉価な料金で営業している駐車場業者が多数存在する。ターミナル前のカーブサイド(車両乗降場)での車両受け渡し(いわゆるバレーパーキング)は空港の規則で禁止されているため、ホテルと同様に無料送迎サービスを実施して便宜を図っている。 一日当たりの駐車料金を提示している店舗が多いが、実際には一日単位での駐車は断る店舗が多い。

ホテル[編集]

空港内[編集]

成田エアポートレストハウス

空港敷地内の唯一の宿泊施設として、第1ターミナル横に機内食製造大手のティエフケーが運営する「成田エアポートレストハウス」がある。第1ターミナル北ウイングとは徒歩で5分ほどの距離にあり、各ターミナルとはシャトルバスで結ばれている。ホテル利用者向けの専用駐車場も用意されている。 また、2014年7月20日には、第2ターミナル内(実際はターミナル前の駐車場棟)地下に、24時間利用可能なカプセルホテルが開業する。

空港近辺[編集]

国道295号成田インターチェンジ沿いを中心とした空港周辺の山林丘陵部には、空港利用者需要を見込んだ日本や諸外国のホテルチェーンによる200 - 300室以上の大規模なシティホテルが複数運営されている。これらのホテルは開港当時の空港アクセスが不便で、出発前日・到着後の宿泊(前後泊)需要が旺盛であった(旧)成田空港駅の時代に開業しているが、鉄道駅のターミナル直結が実現し、東京駅京成上野駅までが特急で1時間程度になると、自宅と空港間の直行直帰が時間的に容易となったことから前後泊需要が縮小し、1990年代末以降の失われた10年とされた時代に大半の施設が不採算に陥った。そしてホテルチェーン経営会社の判断から不動産投資ファンド投資銀行系の特定目的会社へ売却され、外資系を中心とする他ホテルチェーンの看板へ鞍替えされて営業を継続しているものが多い。また、航空会社の乗務員の利用も多い。

これらのホテルでは、空港ターミナル間との送迎バスが定期運行されており宿泊客の利便性を図っている。空港ターミナルビルまでの直線距離は殆どが半径4 km以内であるものの、空港内の道路がターミナル施設等を大回りして国道295号に入るため、乗車時間は概ね10分 - 20分程度要する。宿泊すると1 - 2週間程度までは駐車料を無料とするサービスを用意している場合もある。また、少数ではあるが、個人経営のペンション民宿も存在する。

成田市街地[編集]

空港から離れた京成成田駅・JR成田駅周辺といった市街地では、元々成田山新勝寺という観光名所があるため、古くから地場系の中規模ホテルや民宿が点在している。2005年以降は京成成田駅東口(成田市役所側)の区画整理事業の進捗により、駅前にチェーン系の宿泊特化型ビジネスホテルの開業が相次いだ。

なお、施設についての詳細は空港周辺ホテル予約 | 成田国際空港公式WEBサイトを参照のこと。

本拠空港・ハブ空港(拠点空港)としている航空会社[編集]

7社がこの空港を本拠空港もしくはハブ空港(拠点空港)としている。

就航路線[編集]

就航会社[編集]

旅客便(国際線)の発着便数は、日本航空グループが最大で、全日本空輸グループデルタ航空ユナイテッド航空がそれに次ぐ。デルタ航空やユナイテッド航空は以遠権を基に、アメリカ線のみならずアジア線も運航している。そして東京国際空港(羽田空港)にも乗り入れる大韓航空中国国際航空が続く形となっている。旅客便(国内線)の発着便数は、ジェットスター・ジャパンを最大に、全日本空輸、日本航空と続いている[66]

貨物便では、成田国際空港を本拠地として使用している日本貨物航空、続いてフェデラルエクスプレス全日本空輸ユナイテッド・パーセル・サービスが上位を占めている[66]

上記の通り旅客ターミナルはアライアンス別に分かれていて、基本的に第1ターミナル北ウイングにスカイチーム加盟各社、第1ターミナル南ウイングにスターアライアンス加盟各社、第2ターミナルにワンワールド加盟各社が発着している。ただし2014年10月26日現在の時点で、スカイチーム所属だが第2ターミナル発着の中国東方航空チャイナエアラインなど、いくつかの例外もある。

  • 臨時便、不定期便、チャーター便のみの就航会社を除く
  • 太字は、成田をハブ空港にしている航空会社
  • 「*」は、相手の機材・乗務員で共同運航している航空会社
  • ( )内の記号は最初が、航空会社の2レターコード(国際線)又は3レターコード(国内線)、2つ目が、航空連合(アライアンス)の意味
    • 2つ目の( )がない航空会社はアライアンスに加盟していない航空会社となっている
    • (ST)は、スカイチーム、(SA)は、スターアライアンス、(OW)は、ワンワールドにそれぞれ所属している航空会社
      • 既にアライアンスへの加盟手続きを行った航空会社については加盟予定と記述

第1ターミナル 北ウイング[編集]

航空会社 目的地
アメリカ合衆国の旗 デルタ航空 (DL) (ST) (北米) ジョン・F・ケネディ国際空港(ニューヨーク)、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港(アトランタ)、デトロイト・メトロポリタン・ウェイン・カウンティ空港(デトロイト)、ミネアポリス・セントポール国際空港(ミネアポリス)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)、ポートランド国際空港(ポートランド)、シアトル・タコマ国際空港(シアトル)、ソルトレイクシティ国際空港(ソルトレイクシティ)(夏季運航便)

(太平洋) ホノルル国際空港(ホノルル)、 サイパン国際空港(サイパン)、グアム国際空港(グアム)、パラオ国際空港(コロール)

(アジア) 上海浦東国際空港(上海)、台湾桃園国際空港(台北)、ニノイ・アキノ国際空港(マニラ)、スワンナプーム国際空港(バンコク)、シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)

ロシアの旗 アエロフロート・ロシア航空 (SU) (ST) シェレメーチエヴォ国際空港(モスクワ)、ロンドン・ヒースロー空港(ロンドン)、シャルル・ド・ゴール国際空港(パリ)、フィウミチーノ空港(ローマ)
ロシアの旗 オーロラ (HZ) ウラジオストク空港(ウラジオストク)
メキシコの旗 アエロメヒコ航空 (AM) (ST) メキシコ・シティ国際空港(メキシコシティ)
イタリアの旗 アリタリア-イタリア航空 (AZ) (ST) フィウミチーノ空港(ローマ)、ミラノ・マルペンサ国際空港(ミラノ)、ヴェネツィア・テッセラ空港(ヴェネツィア)
フランスの旗 エールフランス (AF) (ST) シャルル・ド・ゴール国際空港(パリ)
オランダの旗 KLMオランダ航空 (KL) (ST) スキポール空港(アムステルダム)
韓国の旗 大韓航空 (KE) (ST) 仁川国際空港ソウル)、金海国際空港(釜山)、済州国際空港(済州)、ホノルル国際空港(ホノルル)
中華人民共和国の旗 中国南方航空 (CZ) (ST) 大連周水子国際空港(大連)、広州白雲国際空港(広州)、長春龍嘉国際空港(長春)、瀋陽桃仙国際空港(瀋陽)
イギリスの旗 ヴァージン・アトランティック航空 (VS) ロンドン・ヒースロー空港(ロンドン)(2015年2月1日をもって運休予定)
ニューカレドニアの旗 エア・カレドニア・インターナショナル (SB) ヌメア国際空港(ヌメア)
ベトナムの旗 ベトナム航空 (VN) (ST) ノイバイ国際空港(ハノイ)、タンソンニャット国際空港(ホーチミンシティ)、ダナン国際空港(ダナン)
インドネシアの旗 ガルーダ・インドネシア航空 (GA) (ST) スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ)、ングラ・ライ国際空港(デンパサール)

第1ターミナル 南ウイング[編集]

航空会社 目的地
日本の旗 全日本空輸 (NH) (SA) (東アジア) 北京首都国際空港(北京)、上海浦東国際空港(上海)、瀋陽桃仙国際空港(瀋陽)、杭州蕭山国際空港(杭州)、成都双流国際空港(成都)、廈門高崎国際空港(廈門)

(東南アジア・南アジア) ニノイ・アキノ国際空港(マニラ)、スワンナプーム国際空港(バンコク)、シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)、スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ)、ヤンゴン国際空港(ヤンゴン)、インディラ・ガンディー国際空港(デリー)、チャットラパティー・シヴァージー国際空港(ムンバイ)

(ヨーロッパ) シャルル・ド・ゴール国際空港(パリ)、デュッセルドルフ国際空港(デュッセルドルフ)

(北米) ジョン・F・ケネディ国際空港(ニューヨーク)、ワシントン・ダレス国際空港(ワシントンD.C.)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)、サンフランシスコ国際空港(サンフランシスコ)、シアトル・タコマ国際空港(シアトル)、ノーマン・Y・ミネタ・サンノゼ国際空港(サンノゼ)

日本の旗 エアージャパン(ほぼ全てを全日本空輸便として運航)(NQ) (SA) 大連周水子国際空港(大連)、青島流亭国際空港(青島)、広州白雲国際空港(広州)、 香港国際空港(香港)、台湾桃園国際空港(台北)、タンソンニャット国際空港(ホーチミンシティ)、ホノルル国際空港(ホノルル)
中華人民共和国の旗 中国国際航空 (CA) (SA) 北京首都国際空港(北京)、上海浦東国際空港(上海)、大連周水子国際空港(大連)、成都双流国際空港(成都)、重慶江北国際空港(重慶)、深圳宝安国際空港(深圳)、杭州蕭山国際空港(杭州)
韓国の旗 アシアナ航空 (OZ) (SA) 仁川国際空港(ソウル)
韓国の旗 エアプサン (BX) 金海国際空港(釜山)
カナダの旗 エア・カナダ (AC) (SA) バンクーバー国際空港(バンクーバー)、カルガリー国際空港(カルガリー)
オーストリアの旗 オーストリア航空 (OS) (SA) ウィーン国際空港(ウィーン)
シンガポールの旗 シンガポール航空 (SQ) (SA) シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)
スイスの旗 スイスインターナショナルエアラインズ (LX) (SA) チューリッヒ空港(チューリッヒ)
ノルウェーの旗デンマークの旗スウェーデンの旗 スカンジナビア航空 (SK) (SA) コペンハーゲン国際空港(コペンハーゲン)
タイ王国の旗 タイ国際航空 (TG) (SA) スワンナプーム国際空港(バンコク)
トルコの旗 ターキッシュ エアラインズ (TK) (SA) アタテュルク国際空港(イスタンブール)
アメリカ合衆国の旗 ユナイテッド航空 (UA) (SA) (北米) ニューアーク・リバティー国際空港(ニューヨーク)、ワシントン・ダレス国際空港(ワシントンD.C.)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、デンバー国際空港(デンバー)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)、サンフランシスコ国際空港(サンフランシスコ)、ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港(ヒューストン)

(太平洋) ホノルル国際空港(ホノルル)、グアム国際空港(グアム)

(アジア) 仁川国際空港(ソウル)、シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)

ドイツの旗 ルフトハンザドイツ航空 (LH) (SA) フランクフルト国際空港(フランクフルト)
ニュージーランドの旗 ニュージーランド航空 (NZ) (SA) オークランド国際空港(オークランド)、クライストチャーチ国際空港(クライストチャーチ)
ウズベキスタンの旗 ウズベキスタン航空 (HY) タシュケント国際空港(タシュケント)
アラブ首長国連邦の旗 エティハド航空 (EY) アブダビ国際空港(アブダビ)
中華民国の旗 エバー航空 (BR) (SA) 台湾桃園国際空港(台北)、高雄国際空港(高雄)
モンゴル国の旗 MIATモンゴル航空 (OM) チンギスハーン国際空港(ウランバートル)

第2ターミナル[編集]

航空会社 目的地
日本の旗 日本航空 (JL) (OW) (東アジア) 北京首都国際空港(北京)、上海浦東国際空港(上海)、大連周水子国際空港(大連)、広州白雲国際空港(広州)、仁川国際空港(ソウル)、金海国際空港(釜山)、香港国際空港(香港)、台湾桃園国際空港(台北)、高雄国際空港(高雄)

(東南アジア・南アジア) ニノイ・アキノ国際空港(マニラ)、スワンナプーム国際空港(バンコク)、シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)、ノイバイ国際空港(ハノイ)、タンソンニャット国際空港(ホーチミンシティ)、クアラルンプール国際空港(クアラルンプール)、スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ)、インディラ・ガンディー国際空港(デリー)

(ヨーロッパ) ドモジェドヴォ空港(モスクワ)、シャルル・ド・ゴール国際空港(パリ)、フランクフルト国際空港(フランクフルト)、 ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(ヘルシンキ)

(太平洋・オセアニア) ホノルル国際空港(ホノルル)、グアム国際空港(グアム)、シドニー国際空港(シドニー)

(北米) ジョン・F・ケネディ国際空港(ニューヨーク)、ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港(ボストン)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)、バンクーバー国際空港(バンクーバー)、サンディエゴ国際空港(サンディエゴ)

日本の旗 バニラ・エア (JW) 仁川国際空港(ソウル)、台湾桃園国際空港(台北)、香港国際空港(香港)、高雄国際空港(高雄)(2015年2月1日から就航開始予定)
中華人民共和国の旗 中国東方航空 (MU) (ST) 北京首都国際空港(北京)、上海浦東国際空港(上海)、南京禄口国際空港(南京)、西安咸陽国際空港(西安)、青島流亭国際空港(青島)
香港の旗 キャセイパシフィック航空 (CX) (OW) 香港国際空港(香港)、台湾桃園国際空港(台北)
台湾の旗 トランスアジア航空 (GE) 台湾桃園国際空港(台北)
オーストラリアの旗 カンタス航空 (QF) (OW) シドニー国際空港(シドニー)
オーストラリアの旗 ジェットスター航空 (JQ) ケアンズ国際空港(ケアンズ)、ゴールドコースト空港(ゴールドコースト)、メルボルン空港(メルボルン)
ロシアの旗 S7航空 (S7) (OW) ウラジオストク空港(ウラジオストク)、ハバロフスク空港(ハバロフスク)
シンガポールの旗 スクート (TZ) 台湾桃園国際空港(台北)、シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)(台北経由便)
スリランカの旗 スリランカ航空 (UL) (OW) バンダラナイケ国際空港(コロンボ)
アメリカ合衆国の旗 アメリカン航空 (AA) (OW) ダラス・フォートワース国際空港(ダラス)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)
韓国の旗 チェジュ航空 (7C) 仁川国際空港(ソウル)
韓国の旗 イースター航空 (ZE) 仁川国際空港(ソウル)
フィンランドの旗 フィンエアー (AY) (OW) ヘルシンキ・ヴァンター国際空港(ヘルシンキ)
イギリスの旗 ブリティッシュ・エアウェイズ (BA) (OW) ロンドン・ヒースロー空港(ロンドン)
マレーシアの旗 マレーシア航空 (MH) (OW) クアラルンプール国際空港(クアラルンプール)、コタキナバル国際空港(コタキナバル)
マレーシアの旗 エアアジア X (D7) クアラルンプール国際空港(クアラルンプール)
インドの旗 エア・インディア (AI) (SA加盟予定) インディラ・ガンディー国際空港(デリー)
中華民国の旗 チャイナエアライン (CI) (ST) 台湾桃園国際空港(台北)、高雄国際空港(高雄)、ホノルル国際空港(ホノルル)
フランス領ポリネシアの旗 エア タヒチ ヌイ (TN) パペーテ・タヒチ国際空港(パペーテ)
アラブ首長国連邦の旗 エミレーツ航空 (EK) ドバイ国際空港(ドバイ)
カタールの旗 カタール航空 (QR) (OW) ハマド国際空港(ドーハ)
パプアニューギニアの旗 ニューギニア航空 (PX) ポートモレスビー・ジャクソン国際空港(ポートモレスビー)
パキスタンの旗 パキスタン国際航空 (PK) ベナジル・ブット国際空港(イスラマバード)、アッラーマ・イクバール国際空港(ラホール)、北京首都国際空港(北京)
フィリピンの旗 フィリピン航空 (PR) ニノイ・アキノ国際空港(マニラ)、マクタン・セブ国際空港(セブ)
フィリピンの旗 セブパシフィック航空 (5J) ニノイ・アキノ国際空港(マニラ)
マカオの旗 マカオ航空 (NX) マカオ国際空港(マカオ)
タイ王国の旗 タイ・エアアジア X (XJ) ドンムアン空港 (バンコク)
タイ王国の旗 ジェットアジア・エアウェイズ (JF) スワンナプーム国際空港 (バンコク)

貨物航空会社[編集]

航空会社 目的地
日本の旗 ANAカーゴ (NH) (国内線) 関西国際空港(大阪)、中部国際空港(名古屋)、那覇空港(沖縄)

(東・東南アジア) 仁川国際空港(ソウル)、上海浦東国際空港(上海)、大連周水子国際空港(大連)、西安咸陽国際空港(西安)、香港国際空港(香港)、台湾桃園国際空港(台北)、スワンナプーム国際空港(バンコク)

日本の旗 日本貨物航空 (KZ) (国内線) 関西国際空港(大阪)、北九州空港(北九州)

(東・東南アジア) 仁川国際空港(ソウル)、北京首都国際空港(北京)、上海浦東国際空港(上海)、天津浜海国際空港(天津)、香港国際空港(香港)、スワンナプーム国際空港(バンコク)

(ヨーロッパ) スキポール空港(アムステルダム)、フランクフルト・ハーン空港(フランクフルト)、ミラノ・マルペンサ国際空港(ミラノ)

(北米) ジョン・F・ケネディ国際空港(ニューヨーク)、テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港(アンカレッジ)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、ロサンゼルス国際空港(ロサンゼルス)、サンフランシスコ国際空港(サンフランシスコ)、ダラス・フォートワース国際空港(ダラス)

韓国の旗 大韓航空カーゴ (KE) 仁川国際空港(ソウル)
韓国の旗 エア・インチョン (KJ) 仁川国際空港(ソウル)
中華人民共和国の旗 中国国際貨運航空 (CA) 上海浦東国際空港(上海)
中華人民共和国の旗 中国貨運航空 (CK) 上海浦東国際空港(上海)
香港の旗 キャセイパシフィック・カーゴ (CX) 香港国際空港(香港)
香港の旗 香港航空カーゴ (HX) 香港国際空港(香港)
香港の旗 エア・ホンコン (LD) 香港国際空港(香港)
中華民国の旗 チャイナエアライン・カーゴ (CI) 台湾桃園国際空港(台北)
タイ王国の旗 タイ国際航空カーゴ (TG) スワンナプーム国際空港(バンコク)、 台湾桃園国際空港(台北)
マレーシアの旗 MASカーゴ英語版 (MH) クアラルンプール国際空港(クアラルンプール)、ペナン国際空港(ペナン)、スナイ国際空港(ジョホールバル)
シンガポールの旗 シンガポール航空カーゴ (SQ) シンガポール・チャンギ国際空港(シンガポール)、スワンナプーム国際空港(バンコク)
インドネシアの旗 カーゴ・ガルーダ・インドネシア (GA) スカルノ・ハッタ国際空港(ジャカルタ)
アラブ首長国連邦の旗 エミレーツ・スカイカーゴ (EK) ドバイ国際空港(ドバイ) [67]
ロシアの旗 エアブリッジ・カーゴ (RU) シェレメーチエヴォ国際空港(モスクワ)、スキポール空港(アムステルダム)
フランスの旗 エールフランス・カーゴ (AF) シャルル・ド・ゴール国際空港(パリ)
オランダの旗 KLMオランダ航空カーゴ (KL) スキポール空港(アムステルダム)
ドイツの旗 ルフトハンザ・カーゴ (LH) フランクフルト国際空港(フランクフルト)
スイスの旗 スイス・ワールドカーゴ (LX) チューリッヒ空港(チューリッヒ)
アメリカ合衆国の旗 フェデラルエクスプレス (FX) テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港(アンカレッジ)、メンフィス国際空港(メンフィス)、オークランド国際空港(オークランド)、広州白雲国際空港(広州)
アメリカ合衆国の旗 ユナイテッド・パーセル・サービス (5X) ルイビル国際空港(ルイビル)、オンタリオ国際空港(オンタリオ)、上海浦東国際空港(上海)、クラーク国際空港(クラーク)
アメリカ合衆国の旗 サウザン・エア英語版 (9S) テッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港(アンカレッジ)、シカゴ・オヘア国際空港(シカゴ)、仁川国際空港(ソウル)

就航予定の航空会社と路線[編集]

増便・減便・運休 発表[編集]

過去に乗り入れていた航空会社[編集]

定期路線一覧[編集]

原則として到着都市名(リンク先は到着空港)のみを記述するが、同一都市圏に2つ以上の空港が存在もしくは空港名に到着都市名が含まれていないなどの場合は「都市名/空港名」の様式で記述する。

国際線[編集]

東アジア[編集]
東南アジア[編集]
南アジア[編集]
中央アジア[編集]
中近東[編集]
北米[編集]
中南米[編集]
ヨーロッパ[編集]
オセアニア・太平洋[編集]
アフリカ[編集]

運休・廃止路線(旅客便のみ)[編集]

アジア[編集]
ヨーロッパ[編集]
アフリカ[編集]
北米[編集]
中南米[編集]
オセアニア・太平洋[編集]

国内線[編集]

各路線ともに、乗継の便を考慮して午前中、または夕方成田着と夕方 - 夜間成田発を中心に運航されている。国際線の間合い運用として、国際線用の機材が用いられる便も多い。日本航空・全日本空輸運航便において大半が、同じアライアンスに所属する外国航空会社とのコードシェアを行っている。

第1ターミナル(南ウイング)使用[編集]
航空会社 目的地
日本の旗 全日本空輸 (ANA) [74] 新千歳空港仙台空港新潟空港中部国際空港大阪国際空港福岡空港那覇空港
日本の旗 ピーチ (APJ) 関西国際空港
日本の旗 IBEXエアラインズ (IBX) ・ 全日本空輸 (ANA) 小松空港広島空港
第2ターミナル(北側)使用[編集]
航空会社 目的地
日本の旗 バニラ・エア (VNL) 新千歳空港、奄美空港、那覇空港
日本の旗 春秋航空日本 (SJO) 高松空港、広島空港、佐賀空港
第2ターミナル(国内線エリア)使用[編集]
航空会社 目的地
日本の旗 日本航空 (JAL) [75] 新千歳空港、中部国際空港、大阪国際空港、福岡空港
日本の旗 ジェットスター・ジャパン (JJP)・カンタス航空・日本航空(国際線乗継の場合のみ) [76] 新千歳空港、関西国際空港、高松空港、松山空港福岡空港大分空港熊本空港鹿児島空港、那覇空港

地域別一覧[編集]

統計[編集]

(成田国際空港発)就航路線別旅客数/順位[77]
行き先 旅客数 国内線順位
新千歳空港 約118万人 上位17位
福岡空港 約91万人 上位27位
那覇空港 約73万人 上位36位
大阪国際空港 約48万人 上位50位

空港へのアクセス[編集]

成田空港への交通機関、また成田空港から東京国際空港(羽田空港)への交通機関の詳細については、成田空港公式ページ:空港アクセス情報を参照。

歴史[編集]

  • 鉄道
空港第2ビル駅(第2ターミナル)

東京都心までは50 - 60km程度あり、東京都心部への用務客は移動に要する時間が比較的長いために、当初は東京 - 成田空港間に成田新幹線を建設し結ぶ計画で、開港時には第1ターミナル地下に鉄道駅の施設がほぼ完成していた。しかし、騒音などの被害が出ることを嫌った沿線(特に東京都江戸川区千葉県東葛飾郡浦安町(現・浦安市))自治体や住民の反対運動が激しく中止となった。さらに空港自体の建設が難航したための余波を受け、千葉県内の道路鉄道などの公共事業の計画は大幅に狂った。空港建設時の様々な問題から千葉県では収用委員会が機能停止し、道路や鉄道建設の用地取得が進まなくなってしまったためである。

1978年の開港時には、京成電鉄が旧成田空港駅(現在の東成田駅)まで「スカイライナー」の運行を開始した。しかし、空港ターミナルへは空港敷地内の旧成田空港駅からバスへ乗り継ぐ必要があり、その不便さから利用客は増えなかった。空港アクセス鉄道問題解決への動きは進展せず、都心部と空港ターミナルを直結する軌道系交通機関が存在しなかった上、もう一つの主要アクセス手段である定期バスも渋滞にはまると移動時間が読めなかった。そのため、日本国外のガイドブックで「エラーポート」と評される[78]ほど、都心からの距離の遠さと所要時間の長さは、世界の主要空港との比較で見劣りした。

当初、成田新幹線計画が混迷したこともあって別の方法も模索され、1982年に新東京国際空港アクセス関連高速鉄道調査委員会が運輸省(当時)にA・B・Cの3案を答申し、1984年に運輸省はB案(北総線延伸)を採択し推進すると決定した[79]

1987年に、当時運輸大臣を務めていた石原慎太郎は、「不便な国際空港」と呼ばれていた状況を見て、建設途中で中止となった成田新幹線(東京駅 - 成田空港駅間)の路盤と駅などの設備の一部を活用して東日本旅客鉄道(JR東日本)と京成電鉄の路線をそれぞれ分岐・延伸の上、成田空港に乗り入れる案(成田空港高速鉄道)を指示した[79]。これらの路線は1991年に開業した。これにより、空港ターミナル(現第1ターミナル)直下に駅ができ、「成田エクスプレス」が東京駅までを最短53分で結ぶ[80]など利便性が向上した。また、京成電鉄では京成本線のそれまでの「成田空港駅」を「東成田駅」に改称し、新たに開業した成田空港高速鉄道との分岐地点である駒井野信号場 - 東成田駅間を京成東成田線として分離して支線扱いの路線とした。同線開業の翌年、第2ターミナル開業の際には、同時に空港第2ビル駅が設置された。

滞っていたB案も鉄道アクセスの充実のため、京成線の短絡線として北総線を経由する成田スカイアクセス(成田新高速鉄道)プロジェクトとして進められ、2010年7月17日に旅客営業を開始し、JR東日本山手線等の日暮里駅から成田空港への所要時間が最速36分と短縮された。

また、都心と時速300 kmのリニアモーターカーで結ぶ「羽田・成田リニア新線構想」を神奈川県松沢成文知事や千葉県森田健作知事[81]が提唱している。ルートは、両空港間以外にも、横浜から東京都内や千葉を経て成田空港に至るもので、新宿やさいたま新都心までの支線も整備も考えられている。この構想が実現すれば、両空港間のアクセスが約27分と短縮される。この構想について、国土交通省が2009年2月に総事業費3兆円と試算を示したが、財源など実現に向けての課題がある[82][リンク切れ]

  • バス
東京シティエアターミナル

1978年の開港時に、東京空港交通などの運航する定期バス「リムジンバス」が、空港ターミナルと東京シティエアターミナルや都内の主要ホテルなどの都内各地や千葉県内の主要駅、羽田空港との間を5分-60分に1本程度の頻度で運行された。1979年に運用を開始した横浜シティ・エア・ターミナルとの間も10分-60分に1本程度の頻度で運航が行われ、成田空港と都内、羽田空港、横浜を結ぶ主要な交通機関となった。

だが開港当時は首都高速湾岸線の多くが完成していなかったため、箱崎ジャンクション付近を中心として首都高速都心環状線とその放射線において渋滞が慢性的に起きていた。この渋滞にはまると、成田空港と都内、羽田空港、横浜方面との移動の時間が読めないことが問題となった。

しかしその後、1980年代に入り首都高速湾岸線の多くが完成したため、リムジンバスが箱崎ジャンクションの渋滞を避けて都内へ向かうことが可能となった上に、1983年に高速湾岸分岐線が開通したことから、定期バスにより成田空港と羽田空港、横浜方面を結ぶアクセスが改善した。さらに1997年東京湾アクアラインが開通したため、首都高速湾岸線や首都高速1号羽田線の渋滞時には、これを避けて羽田空港及び横浜方面へ向かうことが可能になった。

なお、東京シティエアターミナルでは、日本航空やユナイテッド航空、大韓航空などの主な航空会社の搭乗手続きや出国審査の手続きが可能だった。2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件の影響による各航空会社のセキュリティ強化および行政改革の一環として、2002年に搭乗手続き業務、出国審査業務ともに終了した。

2012年7月3日から、京成バスが東京駅~成田空港間で格安高速バス「東京シャトル」の運行を開始した。同区間を運行するリムジンバスの運賃の3分の1という運賃の安さにより利用者が急増している。また、同年8月10日からは平和交通も同区間で格安高速バス「THE アクセス成田」の運行を開始している。

鉄道[編集]

京成電鉄(成田スカイアクセス)のスカイライナー
京成電鉄のシティライナー
成田空港に到着した東京空港交通のリムジンバス

第1ターミナルの下に成田空港駅が、第2ターミナルの下に空港第2ビル駅があり、東日本旅客鉄道(JR東日本)と京成電鉄が乗り入れている。下記の両駅は両社同じ位置にあるが、改札口は別々である。

このほか、主に空港勤務者などが利用している京成東成田線芝山鉄道東成田駅利用でもアクセス可能(現在の成田空港駅開業前は、東成田駅が「成田空港駅」を名乗っていた)。各ターミナルまで無料ターミナル間連絡バスがある他、東成田駅改札の横から空港第2ビル駅を経由して第2ターミナルへ抜ける全長500mの地下通路が延びており、徒歩でも雨にぬれずに移動可能である。

バス[編集]

高速バス・リムジンバス

東京空港交通成田空港交通京成バス千葉交通平和交通などが東京シティエアターミナルや主要ホテルなどの都内各地や千葉県内の主要駅、横浜シティ・エア・ターミナルや羽田空港などとの間を5分-60分に1本程度の頻度で運行。発着地により共同運行会社も乗り入れる。「行き先とのりば案内

  • 2012年7月3日から京成バスと成田空港交通が東京駅八重洲口、東雲車庫を結ぶ格安便「東京シャトル」の運行を開始した。
  • 2012年8月10日から平和交通が銀座駅、東京駅を結ぶ格安便「THE アクセス成田」の運行を開始した。(同時に開設した鎌取駅、誉田駅、土気駅、大網駅への路線は2013年4月に廃止)
  • 2012年12月3日から成田空港交通が有楽町駅、東京駅、西船橋駅からの深夜急行バスの運行を開始した(既存の深夜急行バスの延伸)。
  • 2012年12月13日から成田空港交通、千葉中央バスが誉田、鎌取地区を結ぶ高速バスの運行を開始した。(2014年3月31日限りで廃止)
一般路線バス

成田空港交通、千葉交通が運行している。

タクシー[編集]

ヘリコプター[編集]

  • 森ビルシティエアサービス「東京-成田 ヘリダイレクト」(運航はエクセル航空
    • 運航区間はアークヒルズヘリポート東京都港区)- 成田空港ヘリパット。以前は、佐倉ヘリポートまでヘリコプターで移動し、空港まではハイヤーに乗り継いでいた。
    • 港区・千代田区・中央区・渋谷区、新宿区のホテル等へハイヤーによる無料送迎がある。
    • 一部の航空会社は、ファーストクラスの乗客に対して成田空港 - 東京都区内間を無償で利用できるサービスを提供していた。

かつて1988年6月20日から1991年11月19日まで、羽田空港および横浜みなとみらい21との間でシティ・エアリンクの運航によるヘリコプター航路もあった。

自動車[編集]

第2ゲート

自動車で空港へアクセスする場合、以下3つのルートがある。どのルートでも空港敷地進入時にはゲートにて運転免許証などの身分証明書を提示し、乗用車バスはトランクのチェックを、トラックは荷室のチェックを受ける必要がある(貨物地区進入時へはもう1回チェックを受ける必要があり、入門証を常備しない車輌は臨時入門証の発行を受けなければならない)。

日本国外からの要人の訪日や反対派によるデモ、空港内における事件、事故などによって一時的にゲートが封鎖される場合がある。なお、ゲートにおける検問を廃止する計画があると発表された[83]

成田空港の今後[編集]

  • 2009年平成21年)9月17日、成田国際空港会社(NAA)は、未買収用地取得を進めるため、空港反対派らが持つ「一坪運動共有地」と「土地」を空港会社へ売却を求める訴訟を千葉地方裁判所に起こし、裁判は2013年平成25年4月25日最高裁判所第1小法廷でNAA側の1、2審判決を支持し、空港反対派らの上告を却下した[11][12][13]
  • 2009年平成21年10月13日鳩山政権前原誠司国土交通大臣(当時)は、定例記者会見にて「日本ハブ空港は、韓国仁川国際空港である」と発言し、東アジアで高まる国際航空路線の獲得競争に対抗するため、日本政府として今後は羽田空港に重点を置き、同空港のハブ空港化を進めていく方針を表明した[84]。これにより、従来までの「国内線は羽田・国際線は成田」という棲み分けが見直されることとなり、地元自治体・政治家・企業関係者などに波紋を与えた。しかし、翌日になって前原大臣は千葉県森田健作知事と対談し、従来通り羽田・成田の運用を基本的には崩さない趣旨を伝えた。
  • 地元産業界などからの強い要望もあり、NAAはB滑走路と第2旅客ターミナルビル地区を結ぶ第三誘導路の完成と、発着回数30万回化が見込まれる2013年平成25年)を目途に可能であれば南進、できなければB滑走路をさらに北進する形で、ボーイング747やエアバスA380などの大型機の発着に問題がなくなる3500メートル以上への延伸を検討している[85]
  • 2009年(平成21年)12月12日国土交通省は、アメリカ・ワシントンDCで開かれていた日米航空交渉で、『航空自由化(オープンスカイ)協定』で合意したと発表。成田・羽田の両空港については発着便数に余裕のない混雑空港として、これまで通り政府間の協議で便数を決定するとし、2010年3月に年2万回分の国際便が増枠される成田空港については、現在約3割のシェアを持つアメリカ発着枠の削減を目指す方向で日米が一致した。
  • 2010年平成22年10月31日には、羽田空港へ32年ぶりに国際線定期便が復活し、当空港の発着枠に余裕ができることから、NAAは国内線の増設、格安航空会社の誘致ならびに専用ターミナルの建設を行っている。

トランジットツアー[編集]

成田山

空港乗り継ぎ乗客を対象として、成田山新勝寺での護摩体験や酒蔵見学など、空港周辺で日本文化を体験するミニツアー(有料)や、イオンモール成田へのショッピングツアー(有料)を実施している。なお、ツアー案内は英語のみである。

周辺施設[編集]

  • 航空科学博物館 - 成田空港の南隣にある。
  • 三里塚記念公園 - 宮内庁下総御料牧場の歴史を後世に伝えるために、御料牧場旧跡地に開設された公園。中には三里塚御料牧場記念館があり、御料牧場百年余の歴史について解説されている。
  • 成田市さくらの山(成田市)、三里塚さくらの丘 (NAA) - 空港のすぐそばにあり、離着陸する飛行機がよく見える駐車場・公衆トイレなどが整備された公園。両方の公園に桜の名前が付くのは、空港建設で移転した宮内庁下総御料牧場が桜の名所として親しまれてきたため。
空港北側の「成田市さくらの山」 
空港南側の「三里塚さくらの丘」 

管理会社・成田国際空港株式会社[編集]

成田空港株式会社ビル

成田国際空港株式会社(なりたこくさいくうこう 英語: Narita International Airport Corporation :NAA)は2004年4月1日、成田国際空港株式会社法により成田国際空港の設置および管理を目的として設立された。新東京国際空港公団の業務を承継した特殊会社で、全株式を政府(国土交通大臣 90.01%、財務大臣 9.99%)が所有し、政府から資金の無利子貸付を受け、また当分の間出資や債務保証を受ける。一方、営業年度ごとの事業計画や新株発行、社債の募集、資金の借入については国土交通大臣の認可を要する。

会社の事業の範囲として、空港周辺における航空機の騒音などにより生じる障害の防止と損失補償のための諸事業が盛り込まれている。

なお、同社の略称であるNAAは、前身の新東京国際空港公団の英字略称 (New Tokyo International Airport Authority :NAA) を継承した形で使用している。

2005年11月18日に旧新東京国際空港公団発注の成田空港電気設備工事で、空港公団主導による受注調整など官製談合の疑いが浮上し、関わった電機企業各社と成田国際空港会社が東京地検特捜部の捜索を受けた。この官製談合疑惑では、成田国際空港の社員2人(懲戒解雇処分)が競売入札妨害の疑いで逮捕されるなど、一連の談合疑惑は官製談合事件へと発展しており、日本の空の玄関でこのような事件が起きたことに対し、非難の声が上がっている。今後、成田国際空港会社が談合体質から抜け出せるかどうか注目されている。

姉妹空港提携[編集]

空港用地内の地名と住所[編集]

成田国際空港用地においては地名変更や地番整理は実施されておらず、従前の地名と境界線がそのまま残されている。空港用地の大部分は千葉県成田市に属するが、一部は千葉県山武郡芝山町及び香取郡多古町にまたがっており、用地内にはこれら1市2町の計18の大字(おおあざ)が介在し、これらの境界線が複雑に入り組んでいる。空港内の主な施設の正式の住所は以下のとおりである。

第1・第2旅客ターミナル、貨物地区等がある空港中心部の地名は、成田市三里塚古込(ふるごめ)、駒井野木の根天浪(てんなみ)、取香(とっこう)、東三里塚に分かれている。このうち、三里塚、古込、駒井野、木の根は上掲のターミナルビルや公共施設等の住所として使われている。天浪は大部分がA滑走路の用地であるが、旅客第1ターミナルビルからA滑走路を隔てて反対側の動物検疫所小動物検疫舎の住所は天浪字西原である。取香は新空港インターチェンジ付近の地名で、貨物地区内に飛地がある。運送会社等が入居する「貨物管理ビル」(取香字天浪800)は、当該飛地内にある。東三里塚はA滑走路南方に位置し、空港用地南端の南部貨物ビルの住所は東三里塚字岩之台である。

B滑走路の敷地は大部分が成田市東峰(とうほう)、天神峰(てんじんみね)、十余三(とよみ)に属し、ごく一部が成田市吉岡(きちおか)及び堀之内に属する。A滑走路敷地の一部は成田市小菅に属する。

横風用C滑走路(未供用)用地には芝山町香山新田及び菱田の各一部が介在する。用地内の成田市と芝山町の境界は複雑に入り組んでおり、芝山町菱田の区域は旅客第1ターミナルビル付近まで食い込んでいる。空港南部の整備地区付近にも芝山町大里及び岩山に属する部分がある。また、新空港インターチェンジ付近には香取郡多古町一鍬田(ひとくわだ)の飛地が存在する。

発行物[編集]

  • 1978年5月20日、新東京国際空港開港記念の額面50円の切手が発行された。


「成田国際空港」が登場する作品[編集]

詳細は Category:成田国際空港を舞台にした作品 を参照

かつての改装前の旅客ターミナル(現・第1ターミナル)は4階出発ロビーから3階出国審査に降りる階段が中央にあり、セキュリティチェックも3階で行われていたため、この出国審査へと続く階段が数々の映画やドラマの「別れ」を印象付けるシーンで多用された。1983年公開の映画『探偵物語』では薬師丸ひろ子演じる恋人と別れた松田優作が立ち尽くす映像がエンドロールに2分近く使われた。

ドラマ
映画

脚注[編集]

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  1. ^ 乗継(トランジット)客のこと。
  2. ^ 成田国際空港供用規程, (PDF), 空港整備・運営 (成田国際空港株式会社), (2012年8月27日), http://www.naa.jp/jp/airport/pdf/kitei_01.pdf 2013年3月21日閲覧。 
  3. ^ 成田国際空港管理規程, (PDF), 空港整備・運営 (成田国際空港株式会社), (2009年9月30日), http://www.naa.jp/jp/airport/pdf/kitei_02.pdf 2013年3月21日閲覧。 
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  9. ^ 滑走路方向は南側「03」、北側「21」で予定。
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  75. ^ 日本トランスオーシャン航空JALエクスプレスの機材・乗務員で運航する便あり
  76. ^ [2] 7月3日ジェットスターが成田空港へ就航開始!
  77. ^ “平成25年度の航空輸送統計の概況について” (PDF) (プレスリリース), 国土交通省総合政策局, (2014年6月3日), http://www.mlit.go.jp/common/001041866.pdf 上位50位までを記載
  78. ^ 一例として Ian L. McQueen著『Japan: a budget travel guide』、講談社インターナショナル、1992年、210ページには「Narita "errport" (as it has been called) is Japan's contribution to the world's collection of vast projects started on half-vast ideas.」などとある。なお、本書はロンリープラネットより『Japan: A Travel Survival Kit』の題で販売されていたものの改訂版にあたる。現在のロンリープラネット社のガイドは別内容である。
  79. ^ a b どうなる、こうなる首都圏の鉄道網--(最終回)成田新線・新交通編 - 1 / 2 Business Media 誠 2008年11月7日
  80. ^ JR東日本
  81. ^ 森田健作マニフェスト (PDF)
  82. ^ 成田〜羽田リニア、事業費3兆円=国交省が試算 時事ドットコム(時事通信)2009年02月24日[リンク切れ]
  83. ^ MSNニュース(2009年12月2日時点のアーカイブ
  84. ^ “大臣会見 前原大臣会見要旨” (プレスリリース), 国土交通省, (2009年10月13日), http://www.mlit.go.jp/report/interview/daijin091013.html 2012年10月7日閲覧。 
  85. ^ 「成田B滑走路、さらに北伸もありうる」NAA社長 「Asahi.com(朝日新聞)」2009年10月23日(2009年10月25日時点のアーカイブ

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ FMスタジオ"SKY GATE" 成田国際空港公式WEBサイト

外部リンク[編集]

空中写真・地形図[編集]