スイス航空
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| 設立日 | 1931年 | |||
| ハブ空港 | チューリッヒ空港 ジュネーヴ・コアントラン国際空港 |
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| マイレージサービス | Qualiflyer | |||
| 会員ラウンジ | Swissair Lounge | |||
| 同盟 | クオリフライヤー | |||
| 保有機材数 | 76機(倒産時) | |||
| 就航地 | 157都市(倒産時) | |||
| 本拠地 | ||||
| 代表者 | Mario Corti (倒産時のCEO) | |||
スイス航空(スイスこうくう、ドイツ語: Swissair AG)とは、かつてスイスを拠点として活動していた航空会社。同国のフラッグ・キャリアであった。
目次 |
[編集] 歴史
1931年にスイスの国営航空会社として設立し、以来、その堅実な経営で、「空飛ぶ銀行」とまで言われた。1990年代後半にはクロスエア、バルエアを傘下に置いたり、ホテル事業を始めるなどSAirグループを形成した。さらにサベナ・ベルギー航空と資本提携してクオリフライヤーという航空連合を結成、AOMフランス航空、LOTポーランド航空、TAPポルトガル航空などヨーロッパの中小エアラインへも資本参加し、スイス航空はクオリフライヤーグループの盟主となった。
しかし、1990年代末頃から傘下におさめたフランスの航空会社やサベナ・ベルギー航空の業績が急速に悪化し、それはスイス航空の経営にも悪影響を及ぼし始めた。ネスレなどから経営者を招聘して建て直しを図ったが上手くいかず、そこへ2001年のアメリカ同時多発テロ事件で航空需要が落ち込むと、まず慢性的に赤字だったサベナが倒産し、業績が悪化していたスイス航空もサベナと共倒れになる形で2002年に倒産してしまった。
現在、スイス航空の子会社だったクロスエアが、スイス政府やスイスの州政府の援助により、スイス航空の資産を受け継いで、スイスインターナショナルエアラインズとスイスヨーロピアンエアラインズの 2 つの航空会社を運営している。
なお、中華民国(台湾)へは他のヨーロッパの航空会社と同様、"Swissair asia" と別会社を装って就航していた。通常の垂直尾翼はスイス国旗をイメージしたものだが、"Swissair asia" はスイスを示す漢字の「瑞」が描かれていた。
[編集] 使用していた主な機材
- ダグラスDC-3
- ダグラスDC-4
- ダグラスDC-6
- ダグラスDC-7
- ダグラスDC-8
- ダグラスDC-9
- マクドネル・ダグラスMD-81/MD-82/MD-83
- マクドネル・ダグラスDC-10
- マクドネル・ダグラスMD-11
- コンベア440メトロポリタン
- コンベア880
- コンベア990コロナード
- フォッカー F27フレンドシップ
- フォッカー 100
- ボーイング747
- ボーイング727
- シュド・カラベル
- BAC 1-11
- エアバスA310(ローンチカスタマー)
- エアバスA320シリーズ
- エアバスA330
- エアバスA340(計画のみ)
[編集] 航空事故
- スイス航空306便墜落事故 1963年9月
- スイス航空330便爆破事件 1970年2月
- スイス航空111便墜落事故 1998年9月
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 賀集章『消えたエアライン』(2003年 山海堂)