印旛郡

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千葉県印旛郡の位置(1.酒々井町 2.栄町。薄緑・水色:後に他郡から編入した区域 薄黄:後に他郡に編入された区域)

印旛郡(いんばぐん)は、千葉県下総国)の

人口42,277人、面積51.48km²、人口密度821人/km²。(2014年10月1日、推計人口

以下の2町を含む。

郡域[編集]

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、現在の行政区画では概ね以下の区域にあたる。

歴史[編集]

近代以降の沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での当郡域の支配は以下の通り。●は村内に寺社領が、○は寺社除地(領主から年貢免除の特権を与えられた土地)が存在。また、屋敷地である佐倉城下13町の一部、臼井台町、将門町は掲載されておらず、飯野町、井野町、岩富町は同名の村と一体で掲載されている模様。
知行 村数 村名
幕府領 幕府領 50村 軽井沢新田、中木戸新田、白井木戸新田、中村新田、八幡新田、発作新田、白幡新田、高西新田、浦幡新田、平塚村新田、浦辺村新田、宝田新田、新木村新田、日秀村新田、中里村新田、都部村新田、岡発戸村新田、高野山村新田、我孫子村新田、根戸村新田、松ヶ崎村新田、呼塚新田、柏堀之内新田、柏中村新田、戸張村新田、大井村新田、箕輪村新田、岩井村新田、鷲ヶ谷村新田、染井入新田、泉村新田、片山村新田、手賀村新田、布瀬村新田、松崎新田、和泉新田、鹿黒新田、大森新田、宗甫新田、西小林新田、小林新田、安食卜杭新田、公津飯田新田、篠山新田、今倉新田、中沢村、新橋村、戸山新田、関山新田、坪山新田
旗本領 17村 折立村、所沢村、野口村、冨ヶ沢村、法目村、長殿村、橋本村、名内村、神々廻村、白幡村、浦辺村、萩原村、勢田村、東吉田村、吉倉村、砂村、上砂村
幕府領・旗本領 6村 冨塚村、七次村、冨ヶ谷村、平塚村、清戸村、谷田村
藩領 下総佐倉藩 109村 師戸村、鎌刈村、大廻村、瀬戸村、平賀村、山田村、吉高村、北須賀村、柏木村、公津下方村、●下岩橋村、伊篠村、伊篠新田、尾上村、古沢村、墨村、下台村、酒々井村、中川村、●○大佐倉村、飯田村、岩名村、萩山新田、土浮村、飯野村、下根村、角来村、●臼井村、●臼井田村、上座村、小竹村、井野村、青菅村、●○先崎村、○保品村、神野村、上高野村、下市場村、上志津村、下志津村、畔田村、生ヶ谷村、飯重村、江原新田、田町、鏑木村、新町、山崎村、鍋山村、弥勒町、本町、●本佐倉村、大蛇村、高岡村、上代村、馬橋村、長熊村、高崎村、寒風村、八木村、直弥村、下勝田村、榎戸新田、高松村、文違村、雁丸新田、大関新田、瓜坪新田、天辺村、宮本村、木野子村、神門村、小篠塚村、六崎村、城村、石川村、寺崎村、太田村、大篠塚村、●物井村、亀崎村、羽鳥村、飯郷村、野田村、内黒田村、○宇那谷村、和良比村、鹿渡村、栗山村、長岡村、山梨村、和田村、上野村、小名木村、吉岡村、南波左間村、中台村、中野村、成山村、馬渡村、坂戸村、○内田村、飯塚村、宮内村、西御門村、根古屋村、大谷流村、稲葉村、小谷流村
遠江浜松藩 36村 今井新田、亀成新田、惣深新田、甚兵衛新田、和泉屋新田、下曾根新田、佐野屋新田、中根新田、松虫新田、松木新田、下井新田、長門屋新田、中田切新田、行徳新田、押付新田、萩原新田、布鎌酒直新田、布鎌脇川新田、布鎌四ヶ村新田、布鎌北新田、布鎌横須賀新田、布鎌押砂新田、布鎌長門谷新田、布鎌大森新田、布鎌押付新田、布鎌上曾根新田、布鎌南新田、布鎌西新田、布鎌太郎右衛門新田、布鎌利右衛門新田、布鎌源五左衛門新田、布鎌七右衛門新田、布鎌中谷新田、布鎌四谷新田、布鎌下和田新田、布鎌請方新田
山城淀藩 7村 大森村、竹袋村、平岡村、小林村、物木村、松虫村、笠神村
佐倉藩・淀藩 1村 中根村
幕府領・藩領 幕府領・佐倉藩 34村 武西村、安養寺村、戸神村、多々羅田村、船尾村、松崎村、結縁寺村、吉田村、岩戸村、角田村、船形村、八代村、公津台方村、公津大袋村、公津飯仲村、公津江弁須村、公津新田、上岩橋村、日吉倉村、久能村、大和村、根木名村、高野村、立沢村、飯積村、米本村、村上村、○上勝田村、米戸村、上別所村、岩富村、塩子七曲村、塩子岡田村、用草村
幕府領・浜松藩 1村 将監新田
幕府領・淀藩 9村 小倉村、和泉村、鹿黒村、別所村、造谷村、滝村、竜腹寺村、荒野村、酒直卜杭新田
幕府領・旗本領・
下総高岡藩
1村 平塚村
その他 寺社除地 1村 下高野村
  • 慶応4年8月4日1868年9月19日) - 浜松藩領、幕府領などが下総知県事の管轄となる。
  • 明治初年に以下の変更が行われた。
    • 松崎新田、西小林村新田が、それぞれ松崎村、小林村に編入。
    • 柏中村新田(柏中新田とも)が柏中村下に改称。
    • 「公津」「塩子」の冠称を廃止。
  • 明治元年9月23日(1868年11月7日) - 遠江浜松藩が上総鶴舞藩転封
  • 明治2年1月13日1869年2月23日) - 下総知県事が葛飾県となる。
  • 明治4年
  • 明治5年
    • 下根村の一部より下根町が発足。
    • 内野牧より七栄村が、柳沢牧より八街村が、高野牧より十倉村が、小金・佐倉牧の開墾により十余一村が発足。
  • 1873年(明治6年)6月15日 - 印旛県が木更津県に統合して千葉県が発足。
  • 1874年(明治7年)
    • 安養寺村が武西村に編入。
    • 所沢村、野口村が合併して木村が発足。
    • 長殿村、法目村、富ヶ谷村、富ヶ沢村が合併して復村が発足。
    • 中村新田から平賀村、片山村が分村して中村が発足。
    • 飯郷村、野田村が合併して吉見村が発足。
    • このころ平塚村新田、鹿黒新田が、それぞれ平塚村、鹿黒村に編入。
    • このころ発作新田、白幡新田、八幡新田が合併して発作村が発足。
    • このころ亀成新田、宝田新田が合併して亀成村が発足。
  • 1875年(明治8年)
    • 白井木戸新田、中木戸新田、軽井沢新田、七次村が合併して根村が発足。
    • 布鎌北新田、布鎌横須賀新田、布鎌押砂新田が合併して北布鎌村が発足。
  • 1876年(明治9年) - 佐倉城外江原より江原町が発足。
  • 1878年(明治11年)
    • 11月2日 - 郡区町村編制法の千葉県での施行により、行政区画としての印旛郡が発足。「印旛下埴生南相馬郡役所」が佐倉新町[1]。に設置され、下埴生郡南相馬郡とともに管轄。
    • 染井入新田が南相馬郡に編入。
  • 1880年(明治13年) - 布鎌利右衛門新田、布鎌源五左衛門新田、布鎌七右衛門新田が合併して布鎌三和村が発足。
  • 1886年(明治19年) - 布鎌三和村が「布鎌」の冠称を廃止して三和村に改称。
  • 1887年(明治20年) - 根戸村新田、松ヶ崎村新田、呼塚新田が南相馬郡に、柏堀之内新田、戸張村新田が東葛飾郡に編入。所属郡未詳(「旧高旧領取調帳」では印旛郡)の柏中村下が東葛飾郡に編入。

町村制以降の沿革[編集]

1.川上村 2.弥富村 3.旭村 4.千代田村 5.志津村 6.阿蘇村 7.臼井町 8.内郷村 9.佐倉町 10.根郷村 11.和田村 12.酒々井町 13.八街村 14.公津村 15.六合村 16.宗像村 17.船穂村 18.白井村 19.大杜村 20.永治村 21.谷清村 22.木下町 23.本郷村 24.埜原村 25.布鎌村 26.富里村 31.安食町 32.豊住村 33.八生村 34.中郷村 35.久住村 36.成田町 37.遠山村(紫:佐倉市 赤:成田市 桃:印西市 下橙:八千代市 黄:白井市 緑:八街市 水色:四街道市 上橙:栄町 青:合併なし)
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、印旛郡に以下の4町と22村が成立する。(4町22村)
    • 川上村 ←大谷流村、吉倉村、東吉田村、上砂村、砂村、勢田村、用草村、根古谷村、小谷流村、岡田村(現八街市)
    • 弥富村 ←岩富町、岩富村、坂戸村、内田村、飯塚村、宮内村、西御門村、七曲村(現佐倉市)
    • 旭村 ←馬渡村(現佐倉市)、成山村、中台村、中野村、小名木村、和田村、上野村、南波左間村、和良比村、山梨村、鹿渡村、吉岡村(現四街道市)
    • 千代田村 ←羽鳥村、飯重村、吉見村、生ヶ谷村、畔田村(現佐倉市)、内黒田村、物井村、亀崎村、長岡村、栗山村、下志津村のうち下志津新田(現四街道市)
    • 志津村 ←井野村、井野町、先崎村、上座村、小竹村、青菅村、下志津村、上志津村(現佐倉市)
    • 阿蘇村 ←米本村、下市場村、村上村、神野村、保品村、下高野村、上高野村(現八千代市)
    • 臼井町 ←臼井村、臼井田町、臼井台町、江原町、江原新田、角来村(現佐倉市)
    • 内郷村 ←大佐倉村、岩名村、飯野村、飯野町、土浮村、山崎村、下根村、下根町、萩山新田、飯田村(現佐倉市)
    • 佐倉町 ←佐倉城下13町(新町、裏新町、最上町、中尾余町、並木町、藤沢町、野狐台町、樹木町、海隣寺町、田町、弥勒町、本町、宮小路町)、将門町、鏑木村、大蛇村、鍋山新田(現佐倉市)
    • 根郷村 ←六崎村、寺崎村、太田村、城村、石川村、大篠塚村、小篠塚村、神門村、木野子村(現佐倉市)
    • 和田村 ←上代村、高岡村、直弥村、八木村、高崎村、宮本村、米戸村、寒風村、上別所村、天辺村、上勝田村、下勝田村、瓜坪新田、坪山新田、長熊村(現佐倉市)
    • 酒々井町 ←酒々井町、下台村、馬橋村、墨村、飯積村、尾上村、中川村、上岩橋村、伊篠村、伊篠新田、篠山新田、今倉新田、下岩橋村、柏木村、本佐倉村、本佐倉町
    • 八街村 ←八街村、榎戸新田、大関新田、雁丸新田、文違村(現八街市)
    • 公津村 ←下方村、江弁須村、台方村、大袋村、飯田新田、北須賀村、船形村、八代村、飯仲村および下埴生郡成木新田(現成田市)
    • 六合村 ←瀬戸村、山田村、平賀村、吉高村、萩原村、松虫村(現印西市)
    • 宗像村 ←岩戸村、師戸村、鎌刈村、大廻村、造谷村、吉田村(現印西市)
    • 船穂村 ←船尾村、結縁寺村、多々羅田村、戸神村、武西村、松崎村、泉新田、惣深新田(飛地を除く)(現印西市)
    • 白井村 ←白井橋本村、神々廻村、復村、木村、名内村、富塚村、中村、折立村、今井新田(現白井市)、根村(旧軽井沢新田は現鎌ケ谷市、残りは現白井市)
    • 大杜村 ←大森村、鹿黒村、発作村、亀成村(現印西市)
    • 永治村 ←浦部村、小倉村、和泉村、白幡村、浦幡新田、浦部村新田、高西新田(現印西市)、平塚村(現白井市)
    • 谷清村 ←谷田村、清戸村、十余一村(現白井市)
    • 木下町 ←竹袋村、別所村、宗甫新田、平岡村、小林村(現印西市)
    • 本郷村 ←竜腹寺村、笠神村、中根村、滝村、物木村、荒野村、角田村、惣深新田飛地(現印西市)
    • 埜原村 ←下曽根新田、下井新田、松木新田、将監新田、中田切新田、長門屋新田、和泉屋新田、佐野屋新田、甚兵衛新田、中根新田、行徳新田、松虫新田、押付新田、萩原新田、安食卜杭新田の大部分、小林新田、酒直卜杭新田(旧本埜村→現印西市)
    • 布鎌村 ←布鎌酒直新田、布鎌下和田新田、布鎌四ッ谷新田、布鎌脇川新田、布鎌請方新田、布鎌長門谷新田、安食卜杭新田飛地、布鎌大森新田、布鎌押砂新田、布鎌上曽根新田、布鎌中谷新田、北布鎌村、布鎌四箇村新田、三和村、布鎌太郎右衛門新田、布鎌南新田、布鎌西新田(現栄町)
    • 富里村 ←根木名村、大和村、久能村、日吉倉村、七栄村、中沢村、新中沢村、新橋村、十倉村、高松村、立沢村、立沢新田、高野村
    • また、宇那谷村が千葉郡犢橋村に、公津新田が下埴生郡八生村に、新木村新田(新木村下、新木村下新田とも)、日秀村新田、中里村新田、都部村新田、岡発戸村新田、高野山村新田、我孫子村新田、大井村新田、箕輪村新田、岩井村新田、鷲ヶ谷村新田(鷲野谷村新田とも)、泉村新田、片山村新田、手賀村新田、布瀬村新田が南相馬郡に編入。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 郡制の施行のため、印旛郡・下埴生郡の区域をもって、改めて印旛郡が発足。安食町豊住村八生村中郷村久住村成田町遠山村が本郡の所属となる。(6町27村)
  • 1899年(明治32年)4月1日 - 豊住村のうち利根川北岸の田川が、同日千葉県香取郡から茨城県稲敷郡に移行した金江津村(現河内町)に編入。
  • 1913年大正2年)
    • 3月1日 - 大杜村が町制施行・改称して大森町となる。(7町26村)
    • 4月1日(7町24村)
      • 谷清村が永治村に編入。
      • 本郷村・埜原村が合併し、本埜村が発足。
  • 1919年(大正8年)1月1日 - 八街村が町制施行し八街町となる。(8町23村)
  • 1923年(大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1937年昭和12年)2月11日 - 佐倉町・内郷村が合併し、佐倉町が発足。(8町22村)
  • 1940年(昭和15年)12月23日 - 千代田村が町制施行し千代田町となる。(9町21村)
  • 1954年(昭和29年)
    • 3月30日 - 豊住村の一部が安食町に編入。
    • 3月31日(6町11村)
      • 佐倉町・臼井町・弥富村・志津村・根郷村・和田村が合併し、佐倉市が発足、郡より離脱。
      • 成田町・公津村・八生村・中郷村・久住村・遠山村・豊住村が合併し、成田市が発足、郡より離脱。
  • 1954年(昭和29年)
    • 9月1日 - 阿蘇村が千葉郡八千代町(現八千代市)に編入。(6町10村)
    • 11月1日 - 八街町・川上村が合併し、八街町が発足。(6町9村)
    • 12月1日 - 木下町・大森町・船穂村、永治村(平塚と旧谷清村を除く)が合併し、印西町が発足。永治村の残部は白井村に編入。(5町7村)
  • 1955年(昭和30年)3月10日(5町5村)
    • 千代田町が旭村の大半(馬渡を除く)と合併し、四街道町が発足。旭村の残部(馬渡)は佐倉市に編入。
    • 六合村・宗像村が合併し、印旛村が発足。
  • 1955年(昭和30年)12月1日 - 安食町・布鎌村が合併し、栄町が発足。(5町4村)
  • 1956年(昭和31年)1月1日 - 栄町が茨城県稲敷郡河内村の一部(生板鍋子新田・龍ケ崎町歩の各一部)を編入。
  • 1957年(昭和32年)1月1日 - 四街道町の一部(羽鳥、飯重、吉見、生ヶ谷、畔田)が佐倉市に編入。
  • 1959年(昭和34年)2月1日 - 四街道町の一部(大日の飛地)が千葉市(現花見川区)に編入。
  • 1964年(昭和39年)9月1日 - 白井村が町制施行し白井町となる。(6町3村)
  • 1981年(昭和56年)4月1日 - 四街道町が市制施行し、四街道市となり郡より離脱。(5町3村)
  • 1985年(昭和60年)4月1日 - 富里村が町制施行し富里町となる。(6町2村)
  • 1992年平成4年)4月1日 - 八街町が市制施行し、八街市となり郡より離脱。(5町2村)
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 印西町が市制施行し、印西市となり郡より離脱。(4町2村)
  • 2001年(平成13年)4月1日 - 白井町が市制施行し、白井市となり郡より離脱。(3町2村)
  • 2002年(平成14年)4月1日 - 富里町が市制施行し、富里市となり郡より離脱。(2町2村)
  • 2010年(平成22年)3月23日 - 印旛村と本埜村が印西市に編入。(2町)

変遷表[編集]

参考文献[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の佐倉市立美術館の駐車場の位置。『佐倉市の文化財』(佐倉市教育委員会公式サイト、2011年1月9日閲覧)

関連項目[編集]