成田市

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成田市
なりたし
日章旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
団体コード 12211-4
面積 213.84km²
総人口 127,182
推計人口、2009年6月1日)
人口密度 595人/km²
隣接自治体 富里市香取市
印旛郡-酒々井町栄町本埜村印旛村
香取郡- 多古町神崎町
山武郡-芝山町
茨城県稲敷郡-河内町
市の木 ウメ
市の花 アジサイ
市民の日
市キャッチフレーズ
3月27日
空港(そら)交流(ふれあい)
希望(ゆめ)創造都市成田
成田市役所
所在地 〒286-8585 千葉県
成田市花崎町760
成田市役所
電話番号 0476-22-1111
外部リンク 成田市

成田市位置図(千葉県)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
特記事項:
成田市 市章(2006年4月29日制定)
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成田市(なりたし)は、関東地方の東部、千葉県の北部中央の北総台地に位置する商業都市成田国際空港成田山新勝寺などで知られているほか、東京衛星都市でもある。業務核都市に指定されている。

目次

[編集] 概要

成田山新勝寺、宗吾霊堂の二大霊場を有する門前町として栄えた。明治期には宮内庁下総御料牧場が置かれるなど、1950年代まで観光農業の振興を二大施策とした田園都市であった。1960年代に入ると市の南東部に「新東京国際空港」(現・成田国際空港)の建設が決定され、1978年の空港開港と高度経済成長とともに、市域の経済産業構造に多大な変化がもたらされる事になる。

かつては純農村であったが、現在では農業人口は減少し都市近郊農業型へと転換している。その反面、空港関連のサービス業など第三次産業が生まれ、新たな雇用が創出された。また観光面ではかつて程の活況は無くなりつつあるが、成田山新勝寺では現在も正月三が日だけで270万人以上、年間約1000万人もの参拝客で賑わう、全国屈指の霊場の町である。

空港は市街地から離れた丘陵部に位置しているため、騒音被害をほとんど受けない地域も多い。空港用地の一部がかかる山武郡芝山町などの被害は見過ごされがちである。空港用地の大部分は成田市に属するため、関連の税収は成田市に入ることが多く、財政の豊かさは全国有数である。しかし、騒音被害を受けるのは空港周辺と航路直下であるため、利益を独り占めしているという批判もある。なお2008年に開港30周年を迎えたが、現在も空港の完全開港はなされていない。現在、地域と共生する空港づくり掲げ、航空需要の増大に従う騒音問題などに向き合っている。

1986年には一極集中の回避を目的とする業務核都市に指定され、千葉県からは千葉新産業三角構想の中核都市として位置付けられている。国の構造改革特別区域法に基づき2003年4月21日国際空港特区、同年5月23日には国際教育推進特区に認定された。2006年(平成18年)3月27日香取郡下総町大栄町を編入した。

[編集] 地理

成田山新勝寺及びその門前町を中心に展開している。東京から50km圏内、(成田国際空港は都心から65km圏内)千葉市から30km圏内に位置する。面積は213.84km²で、県土の4.1%。市の南西部に門前町(旧市街地)とニュータウンが、南東部の丘陵地帯に成田国際空港がある。これらの地域を除くと殆どが農村地帯。市の西部にある印旛沼、北辺の茨城県との県境を流れる利根川から農業用水の取り込みを行っている。利根川は市民にとって重要な水源でもある。

[編集] 地形

千葉県北部中央の北総台地に位置する。標高は1m(安西地先)~42m(南三里塚地先)となっている。市域の5分の3は海抜10~40m の丘陵部で、関東ローム層が地表を覆う高燥な台地となっている。残りは印旛沼や根木名川水系から入る浸食谷によって複雑な地形と低湿地帯と対照的な地形で、土地利用も全く異なる。

台地部では山林と畑が混在し野菜畑や落花生畑、牧草地などに、低地部は豊かな水に恵まれ水田に利用されてきた。現在も美しい田園風景が広がっている。また、下総台地の崖下に市街地が広がっており、「急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律」に該当する急傾斜崩壊危険区域が市内に68箇所ある。成田層(固結した砂層)が雨水によって侵食され、固結粘土層との間にすべりを生じ関東ローム層とともに崩壊する事例が台風などによる大雨により発生する事が度々あり、擁壁工などの整備が進められている。

市域
広ぼう:東西20.1km 南北19.9km
自然
一級河川利根川、大須賀川、根木名川派川根木名川尾羽根川、荒海川、小橋川、取香川、十日川、派川十日川、竜台川
池沼:北印旛沼、坂田ケ池、弁天池、バタ池(羽田池)、西池、浅間池

[編集] 気候

年間の平均気温は約15℃、年間降水量は約1,400mm。千葉県の中では寒冷な地域といえる。春から夏にかけて南西の風が強く吹く事が多く、夜間に放射が発生する割合が高い。霧が発生し易い理由として内陸性気候で気温の日較差が激しく、周辺の利根川、印旛沼、中小河川、耕地や水田などが多湿な状況を作り出している事が挙げられる。

  • 成田市における過去10年間の平均月別気温と平均降水量(平成17年)
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
気温 (℃) 4.0 6.6 8.3 14.9 18.3 22.1 26.9 26.2 23.9 16.2 13.6 8.0
降水量 (mm) 9.0 20.0 101.0 71.5 144.0 147.0 33.5 106.5 253.0 559.5 103.5 64.0

[編集] 隣接する自治体

※成田市内に香取郡多古町一鍬田の飛地が存在する。

[編集] 歴史

[編集] 地名の由来

成田(なりた)の地名の由来には諸説あり

  • 昔から雷が多い為、雷の良く鳴る田「鳴田(なるた)」→「成田」とされる説。
  • 稲の出来が良い土地の為「熟田(なりた)」→「成田」とされる説。
  • 最近の研究では、開墾を行い、なりわい(なりわい業)の田「業田(なりた)」→「成田」

などの説がある。

成田市の歴史と、旧下総町大栄町の歴史とは別項目にわける事とする。

[編集] 成田市

成田付近には旧石器時代の約3万年前から人間が居住していた事が、空港建設に伴う発掘調査(新東京国際空港No.55遺跡(古込))によって判明し、発掘された楕円形石斧は千葉県内最古の遺物として位置づけられている。縄文時代の南羽鳥中岫第1遺跡では、人頭形土製品などが出土し、国の重要文化財に指定されている。また関東地方最後の大貝塚である荒海貝塚などがあり、縄文時代最後の土器とされる「荒海式土器」が発掘され、国立歴史民俗博物館(佐倉市)の調査では稲作の可能性が明らかにされている。西暦3世紀終わり頃の古墳時代、市内には多くの古墳が出現した。近隣の竜角寺古墳群や日吉倉古墳群を含め、約340基の古墳が存在する。成田市は、水運に恵まれ、大和王権にとっては、重要なルート上に位置し、政治・軍事・経済上重要な地域だったとされる。市域では、成田ニュータウンに位置する船塚古墳が全国的に有名であり、周堀と土堤をめぐらした完全な姿は偉容である。また、古墳用の埴輪を焼いた登り窯(公津原埴輪窯跡)が古墳のすぐ近くで発見されたが、成田ニュータウンの造成により消滅した。県内には他にもう1ヵ所、木更津市畑沢に畑沢埴輪窯跡が発掘されたのみで、貴重な遺跡であった。古文書に成田市域の地名が出るのは755年『万葉集』に「印波郡丈部直大歳、埴生郡大伴部麻与佐」の歌が見える。成田の文字が確認されるのは、1408年(応永15年)成田村安養寺の聖観音菩薩坐像胎内に「成田郷 応永十五年」の銘がみえる。940年(天慶3年)承平天慶の乱(平将門の乱)が平定され、新勝寺が創建されたと同寺縁起にみえる。

江戸時代中期、成田は門前町としての色を濃くして行った。参拝者の増加と共に、飯屋や居酒屋などが次第に専業化していった。記録によると、1701年(元禄14年)には旅篭が1件も無い農村であったが、1843年(天保14年)には旅篭32軒となっている。当時の農村とはしては珍しく、煙草、刀剣の研、髪結、提灯、蝋燭、傘、下駄屋などがあり、江戸との間を結ぶ成田街道をはじめ、利根川の木下河岸(印西市)、常陸国を結ぶ滑川河川、香取・佐原・芝山・九十九里などを結ぶ道などが集中する交通の要衝として栄え、参拝者以外の旅人でも賑わった。

1871年(明治4年)に旧成田市域は印旛県に属し、1873年(明治6年)千葉県に統合された。1876年(明治9年)の大区小区制では、第10区11-16小区に属す。明治11年、埴生郡下埴生郡と改称。印旛郡公津新田が八生村に、下埴生郡成木新田が公津村に編入され、1897年(明治30年)下埴生郡が印旛郡へと編入され、旧市域はすべて印旛郡となる。

江戸時代に佐倉七牧と呼ばれた馬の放牧地があり、明治時代に入るとその内の一牧「取香牧」(現・成田市取香・三里塚付近)に牧羊場が開場した。以後、宮内庁管轄となり「下総御料牧場」となる。この頃から下総台地の佐倉牧や小金牧などで開墾が行われ始め、成田の「十余三」はその13番目の開墾地名である。

明治以後は観光の振興に力を入れ、交通の整備が急速に進んだ。それ以前は東京から成田まで片道二日の行程が普通であったが、乗合馬車の整備により半日で到達可能になった。また鉄道敷設の気運が高まり、1901年(明治34年)成田鉄道(初代)により成田~我孫子(現・成田線)が開通、日本鉄道(現・常磐線)と接続し上野駅に直結させた。1910年(明治43年)には、成宗電気軌道(現千葉交通の前身)により成田門前~成田駅に県下初の電気軌道が運行を開始する。大正末期には、成田駅の乗降客数は千葉駅に次ぐ県内2位まで増加した。

明治期の成田は成田山参詣の恩恵を受け、特に活気に満ちていた。しかし急速に交通網が整備されたため、参詣客が増加する反面日帰り客の増加を招き、旅館業者の宿泊客が奪われ、転業するものが増えた。最も産業自体は活気に満ちており、この頃登場し、現在でも成田名物として有名な「栗ようかん」など、薬、酒、たばこ、飲食、料理、土産物屋などが参道に店を連ねた。町の発展に伴い、千葉郡にあった物産陳列館も成田町に移され、町立千葉県物産館が開館した。また成田町には佐倉警察署成田分署、佐倉裁判所成田出張所、成田郵便局、大日銀行、九十八銀行、各保険会社の代理店などが置かれ、現市域の中枢としての機能を有していた。

大正時代に入り、第一次世界大戦によってもたらされた活況や、その反動により起こった恐慌にも成田の参詣客数には関係なく、宿泊客数も増加した。この頃から、成田瓦斯会社(後に成宗電気軌道に合併)によって、市内にガス灯が灯るようになる、しかし、成宗電気軌道による電灯用電気供給により、以後ガス灯を圧倒していった。成田の経済を象徴する物として、この頃成田銀行が一時経営不振に陥るが、その後川崎銀行の元で経営を再建、市内の中小銀行を併合し「総武銀行」、「千葉合同銀行」と改称、後に現在の「千葉銀行」となる。大正期、成田は第二次世界大戦前のピークを形作る。

戦時中、『江戸時代、成田山の仁王門再建工事をしていた大工"辰五郎"が誤って高い足場から転落したが、成田山の焼印を押したお守りが二つに割れ、お不動様の霊験により怪我ひとつなく助かった』という地域内の言われから、出兵兵士達の間で成田山の「身代わり札」が流行した。太平洋戦争末期、戦争の長期化により物資の不足が深刻化すると、成田山公園に設置されていた銅像やようかんの看板、不要不急線として成田鉄道(2代)の鉄道線(多古線)、次いで軌道線(旧成田電気軌道[成宗電気軌道])が廃線となり国に供出された。また、市内に直接的な空襲被害は無かったが、1945年(昭和20年)2月、八生国民学校校舎に米軍機が撃墜され墜落。校舎が全焼する事件が起き、米兵の引渡し騒動など一部混乱はおきたが特に害は無かった。1945年(昭和20年)8月15日、終戦を迎えたが市民の生活は相次ぐ凶作や急激な物価高騰の影響を受けて戦時下より一層生活困窮に陥った。また、消息不明未帰還者が相次ぐなど、市内にも戦争の残した爪跡は決して少ない物では無かった。

終戦後、1953年(昭和28年)に町村合併促進法が制定され、翌年の1954年(昭和29年)3月31日、成田町、公津村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村の1町6村が合併し、(旧)成田市が誕生する。成田は田園観光都市として、農業を中心とした都市形態であったが、1966年(昭和41年)の新東京国際空港建設に伴う国の閣議決定によって町は一変する事になる。空港建設の決定に伴い、市議会は即時空港建設反対の決議をしたものの、翌月には決議を白紙に戻し、空港建設を積極的に協力する姿勢を打ち出した。しかし、地元住民からは意見を無視し国家権力を振りかざした空港建設だとして、激しい憤りの声があがった。市民は空港建設に対して賛否がわかれ、閣議決定に前後し、地元の約1千戸、3千人の農民によって三里塚・芝山連合空港反対同盟が結成。

1968年(昭和43年)2月26日成田市営グランドで行われた空港反対派によるデモ。後方は旧成田市役所。

1968年(昭和43年)には、反日共系全学連などと共に決起集会を共催。反対闘争は強化され、ついには死者を出すなど、深刻な社会問題と発展し、現代史に残る成田闘争となる。相次ぐ流血の惨事に成田市では「暴力行為の排除と信仰の町成田の平和と繁栄の為に市民の協力を願う」との主の声明を出す。こうした混乱の中、1978年(昭和53年)5月20日、全国から約13,000人の機動隊員が動員され、厳戒態勢の中、新東京国際空港が開港した。その後、空港関連事業として内陸工業団地、成田ニュータウンが千葉県北総開発局(現・千葉県企業庁)によって造成され、現在ではベッドタウン化が進んでおり、人口も増加傾向にある。また、近年では百貨店や大型ショッピングセンターが市内に立地し、北総地域の商業都市としての一面もある。しかし、成田空港は開港から30年以上経つ今日でも完全開港が成されておらず、成田市をはじめとする周辺市町村からは、アジアや世界に置ける日本の国際空港の地位低下を危惧する声も挙がり始めている。また、未だ収束を見ない反対運動に伴う土地収用問題や、空港近隣住民の航空機による騒音問題など、成田市にとって空港の完全開港化と地域と空港の共生が重要課題となっている。

[編集] 沿革

  • 940年天慶3年) 成田山新勝寺開山(成田山縁起による)正式名称 成田山明王院新護新勝寺。
  • 1408年応永15年) 成田村安養寺の聖観音菩薩坐像胎内に「成田郷 応永十五年」の銘が見える。(成田の地名の初見。安養寺の火災により聖観音菩薩は寺台の永興寺に移される。)
  • 1889年明治22年)4月1日 町村制施行により成田町、八生村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村(下埴生郡)、公津村(印旛郡)の7ヶ町村が誕生。
  • 1897年(明治30年)1月19日 成田鉄道の佐倉~成田が開通。12月29日には成田~滑川も開通。
    4月1日 下埴生郡が印旛郡に編入され、成田町以下6町村が印旛郡に属する。
  • 1900年(明治33年) 内務省より、長沼の沼地無償払い下げが認可される(長沼事件)。
  • 1901年(明治34年)4月1日 成田鉄道の成田~我孫子が開通。
  • 1910年(明治43年)8月 利根川が大洪水となり、流域に甚大な被害を及ぼす。
    9月 宗吾門前で火災発生、宗吾霊堂の諸堂、門前の民家73戸を焼失する。
    12月11日 成宗電気軌道の成田山門前~成田駅前間開通。成宗電気軌道の火力発電所から一般家庭に電灯用電力の供給が開始される。県下で2番目の電力供給。
  • 1911年(明治44年)7月1日 千葉県営鉄道多古線の成田~三里塚間が開通。10月5日には三里塚~多古間が開通。
  • 1914年大正3年)5月18日 千葉県営鉄道八街線の三里塚~八街間が開通する。
  • 1920年(大正9年)9月1日 成田鉄道が国有化され、成田線と呼称。
  • 1926年(大正15年)12月24日 京成電気軌道(現・京成電鉄)酒々井~花咲町(仮駅)間が開通。
  • 1930年昭和5年)4月25日 京成電気軌道、花咲町~京成成田間開業。
  • 1938年(昭和13年)3月28日 成田山開基一千年祭記念開帳が始まる。
  • 1945年(昭和20年)2月 八生国民学校が米軍機の撃墜に伴う火災により全焼。
    5月9日 花咲町で火災発生、被災世帯184世帯。
  • 1954年(昭和29年)3月31日 成田町、公津村、八生村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村が合併し、成田市が誕生。
  • 1955年(昭和30年)10月11日 台風25号により根木名川が氾濫。流失家屋3戸、床上浸水33戸、床下浸水99戸、その他耕地への冠水被害を出す。
  • 1958年(昭和33年)9月27日 台風22号(狩野川台風)により根木名川が氾濫。床上浸水17戸。その他耕地への冠水被害を出す。
    10月31日 成田市役所新庁舎落成(それまでは旧成田町役場の物を使用)。
  • 1965年(昭和40年)6月18日 成田山新勝寺の第一額堂(1821年(文政4年)建立)が放火により焼失。
  • 1966年(昭和41年)6月22日 佐藤栄作総理大臣(当時)から友納武人県知事(当時)へ、国・県有地を中心に極力民有地の面積を抑えて三里塚に新空港を建設したいとの協力要請がされる。
    6月25日 県知事から藤倉武雄成田市長(当時)に三里塚に新空港を建設したいと正式に協力を要請。同日、三里塚小学校にて新空港説明会を実施。大混乱となる。
    7月4日 三里塚空港建設促進決議案が閣議で可決。新東京国際空港の建設予定地が千葉県成田市三里塚宮内庁下総御料牧場周辺に決定する。(賛成17・反対5・白票3)
    7月12日 県は空港建設に伴う移転や、土地売買に関する相談を受け付ける「千葉県国際空港相談所」を開設する。
    7月20日 成田市議会は新空港反対決議を採択。
    8月2日 成田市議会、新空港反対決議を白紙撤回。
  • 1967年(昭和42年)6月27日 大橋武夫運輸大臣(当時)が成田入り、反対派が国鉄成田駅を占拠する。
  • 1968年(昭和43年)3月26日 国鉄千葉~成田間が電化
    2月26日 三里塚・芝山連合空港反対同盟と反日共系全学連が決起集会を行う、機動隊と衝突。
  • 1969年(昭和44年)3月 印旛沼開発事業竣工。
    8月18日 新東京国際空港建設に伴い下総御料牧場閉場。以降空港建設反対運動が激化する。
  • 1971年(昭和46年)2月22日3月6日 土地収用法に基づく第一次強制代執行。負傷者841名(うち重傷者43名)、逮捕者461名。
    8月21日押畑に市総合運動場の第1期施設工事として大谷津運動公園野球場が開場。6万7000m² を造成して建設された。
    9月16日9月20日 第二次強制代執行。この時機動隊側に3名の殉職者が出る。(東峰十字路事件
  • 1972年(昭和47年)4月1日 成田ニュータウンへの入居が始まる。
    8月19日 新空港自動車道(現・東関東自動車道) 富里IC - 成田IC間供用開始。
    12月21日 成田用水事業が国営事業として水資源開発公団により始まる。
  • 1973年(昭和48年)10月14日 成田ニュータウンに中台運動公園がオープン。中台運動公園野球場が開場。
    10月15日10月18日 第28回国民体育大会(若潮国体秋季大会)の軟式野球(一般軟式)会場(大谷津運動公園野球場、中台運動公園野球場、成田高等学校野球場、西中学校野球場、中台中学校グラウンド)となる。
  • 1974年(昭和49年)10月28日 成田市は、空港関連事業の予算見通しが立たなくなり、財政困難に陥る。「非常事態宣言」を発令し財政再建対策委員会を設置。(成田空港開港と共に解消。以後好転に向かう。)
  • 1975年(昭和50年)3月28日 市制20周年記念事業として、成田国際文化会館が開館。
  • 1978年(昭和53年)5月12日 成田新法成立
    5月20日 新東京国際空港開港、翌日より運行開始。
    5月21日 京成スカイライナーが成田空港駅(現東成田駅)乗り入れ。
    5月21日 新空港自動車道 成田IC - 新空港IC間供用開始。
  • 1980年(昭和55年)5月1日 成田用水の幹線がほぼ完成。暫定通水開始。翌年本格通水。
  • 1981年(昭和56年)2月 国道51号の成田橋が全面開通。
  • 1983年(昭和58年)6月 千葉県は「千葉新産業三角構想」を策定し、成田市、千葉市、木更津市、の3市を核都市とした。
  • 1984年(昭和59年)10月27日 市制30周年記念事業として、成田ニュータウン赤坂地区に市立図書館が開館。
  • 1985年(昭和60年)2月27日 東関東自動車道成田IC - 大栄IC間供用開始。
  • 1986年(昭和61年)2月24日 国鉄成田線、佐倉 - 成田間が複線化。
    3月24日 成田市、佐倉市、栄町、芝山町が国の国際観光モデル地区に指定。
    4月6日 国鉄成田駅西口広場が供用開始。
    6月 「第4次首都圏基本計画」において、成田広域連携拠点として業務核都市に指定される。
  • 1987年(昭和62年)12月17日 千葉県東方沖地震 (M6.7) 発生。市内に被害が出る。
  • 1988年(昭和63年)3月18日 東京都東部地震 (M6.0) 発生。市内の高速道路、河川堤防に亀裂が生ずる被害が出る。
  • 1988年(昭和63年)4月28日 成田山開基1050年祭記念開帳が始まる。
    11月7日 成田市役所新庁舎落成。業務開始。(現庁舎。)
  • 1991年平成3年)3月19日 成田空港駅までJR・京成電鉄が開通。
  • 1992年(平成4年)12月6日 成田空港第2旅客ターミナルビルが開業。
    7月23日 京成成田駅と京成成田駅東口広場結ぶ京成成田駅東口地下道が完成。
  • 1994年(平成6年)10月11日 成田空港問題円卓会議が終了。
  • 2000年(平成12年)5月24日 成田市を含む26市町村に降による被害が出る。市内では、負傷者1名、建物一部損壊103棟、床上浸水2棟、床下浸水6棟。
  • 2002年(平成14年)3月21日 佐野地先で林野火災が発生。山林3haが焼失する。
    4月14日 成田空港暫定平行滑走路供用開始。
  • 2003年(平成15年)10月13日 成田市・茨城県神栖町(現・神栖市)でダウンバーストによる突風被害が発生。赤荻地区、宗吾地区などで、物置の倒壊、屋根瓦が飛ばされる被害が出る。規模は藤田スケールF1と推測される。
  • 2004年(平成16年)11月13日 成田市制施行50周年記念式典が成田国際文化会館で執り行われる。
  • 2005年(平成17年)11月18日 人口が10万人に達する。
  • 2006年(平成18年)3月27日 下総町大栄町を編入合併。
    3月29日 環境マネジメントシステムの国際規格「ISO14001」を認証取得。
    12月2日 成田市長の小林攻が清掃工場の管理業務委託を巡り、業者より1千万円の賄賂を受け取ったとして、賄賂を送った会社の元社長・副社長と共に収賄容疑で逮捕された。4日、小林攻市長は市議会に辞職願を提出。市議会は同日午後、臨時本会議を開き全会一致で辞職願に同意した。
  • 2008年(平成20年)9月27日 成田山新勝寺表参道の道案内となるモニュメント「時空の舞(ときのまい)」が完成。除幕式が行われる。
    • 成田国際空港関連の詳しい歴史に関しては成田空港の歴史の項目を参照のこと。
    • 成田空港開港直後の1980年の成田市の人口は68,418人であり、2007年までに3万人程度増加している。その殆どが市外からの転入者であり、当時の関係者の高齢化と供に成田空港問題を知らない住民が増えた事が成田空港問題の風化を早めていると言う指摘がある。1995年に誕生した第4代小川国彦・市長はその象徴であり、元社会党国会議員・一坪運動の地権者の一人(=用地収容反対運動)として登記された人物である。
    • 成田空港建設に伴い、成田空港反対運動(三里塚闘争)などの犠牲者として警察官4人が殉職、民間人6名が死亡している。当初、農民が農地を守る事から始まった運動だったが、極左暴力集団(過激派)などの介入で過激化、長期化し、現在でも過激派による空港や空港関連機関、空港関係者に対するテロゲリラ事件が問題となっている。こうした中、成田市議会では平成9年11月、市内で起きた芝山鉄道専務宅で発生した爆破事件をきっかけに、同年12月10日「過激派暴力集団の排除等に関する決議」を決議し、極左暴力集団の一掃と根絶を図る事を要望した。また、成田市議会の他に、県内27市議会、千葉県議会、芝山町議会他51町村議会、山武郡市町村会及び JFEスチール千葉協力会など203団体が同じく「極左暴力集団排除決議」を決議している。

[編集] 平成の大合併

2002年から、富里市、下総町、大栄町、多古町、芝山町、栄町、神崎町、栗源町、横芝町、松尾町、蓮沼村の2市9町1村での広域合併と特例市を目指したが、合併における争点の一つは成田空港関連の収入をほぼ独占している成田市と、騒音問題を抱えているにもかかわらず空港収入が少ない周辺市町村との温度差であった。合併の枠組みは、松尾町が山武地区の合併協議会へ参加したため離脱し、2市8町1村による議論になったが、2003年3月5日に成田市議会が空港関連収入の取り分が少なくなる事を嫌って11市町村での法定協議会設置を否決、市長の小川国彦(当時)が辞任し合併協議は振り出しに戻った。

その後成田市は「成田市への編入合併」を前提に富里市香取郡下総町大栄町多古町及び芝山町に対し合併協議参加を呼びかけたが、富里市・多古町・芝山町は「新設合併」を主張し不参加。結果、2006年3月27日に下総町と大栄町を編入することが決まった。成田市が富里市との新設合併を拒否した理由として財政展望が明るくないことに加え、成田空港建設当時、富里・八街地区への空港建設案があり、両町村が激しい空港建設反対運動を展開したため成田市への建設が閣議決定された経緯がある。

  • 2004年(平成16年)
    • 3月1日 成田市・下総町・大栄町合併協議会設置。
    • 5月27日 千葉県知事が合併重点支援地域に指定。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月15日 合併協定調印。
    • 3月16日 成田市、下総町の議会で合併申請議案可決。
    • 3月18日 大栄町の議会で合併申請議案可決。
    • 3月25日 県へ合併申請。
    • 4月6日 臨時県議会で議決。
    • 4月12日 県で合併決定。
    • 5月13日 総務大臣による官報告示。
  • 2006年(平成18年)
    • 3月27日 下総町・大栄町が成田市に編入合併。

平成の大合併後の動き

  • 2007年3月、千葉県により、市町村合併第2ステージ「千葉県市町村合併構想」が発表され、成田空港圏自治体連絡協議会や地域振興連絡協議会に参加した神崎町、栄町を含む、成田市、富里市、多古町、芝山町の2市4町案が提案される。
  • 2007年11月より、成田市を除く、富里市、栄町、神崎町、多古町、芝山町の1市4町の首長による合併懇談会が開かれる。
  • 2008年8月5日、富里市、栄町、神崎町、多古町、芝山町の1市4町の首長が成田市役所を訪れ、小泉一成市長に「千葉県市町村合併推進構想」に示された、成田市、富里市、栄町、神崎町、多古町、芝山町の2市4町による合併協議の申し入れを提出する。
  • 2008年9月2日、成田市、富里市、栄町、神崎町、多古町、芝山町の2市4町の経済団体代表者らが成田市役所を訪れ、小泉一成市長に「2市4町による合併実現に関する要望書」を提出する。
  • 2008年9月29日、富里市、栄町、神崎町、多古町、芝山町の1市4町の首長へ「合併協議申入れに関する回答書」で、新たな合併に取り組むよりも、当面の成田市の諸課題に全力を傾けていきたい旨を回答する。

[編集] 行政

[編集] 行政区域変遷

年月日 現成田市市域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年)4月1日 明治憲法下による市町村制の実施により、下埴生郡51村、印旛郡10村から1町6村が発足。
  • 下埴生郡(1町5村)成田町、八生村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村、
  • 印旛郡(1村)公津村
1897年(明治30年)4月1日 下埴生郡を印旛郡に編入。成田町、八生村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村が印旛郡となる。
1932年(昭和7年)7月1日 印旛郡富里村大字日吉倉の一部(論田、苅分、申新田、中弘、向山、大田、橇田)が成田町に編入される。(現、不動ヶ岡)
1954年(昭和29年)3月30日 印旛郡安食町に印旛郡豊住村の一部(興津)が編入される。
1954年(昭和29年)3月31日 成田町、公津村、八生村、中郷村、久住村、豊住村、遠山村が合併し、人口44,724人の成田市が誕生する。(千葉県内で11番目の市制施行)
2006年(平成18年)3月27日 香取郡下総町・大栄町を編入合併。人口120,237人となる。

[編集] 政策

[編集] 都市宣言

  • 世界連邦平和都市宣言 昭和33年10月31日宣言
  • 公明選挙都市宣言 昭和39年12月21日宣言
  • 交通安全都市宣言 昭和41年9月22日宣言
  • 非核平和都市宣言 平成7年2月21日宣言
  • スポーツ健康都市宣言 平成16年11月7日宣言

[編集] 成田市民憲章(昭和46年11月3日制定)

信仰のまち、世界に通ずるまち成田は、わたくしたちのふるさとです。ゆたかな自然と文化にめぐまれてきたわたくしたち成田市民は、大きな希望と誇りをもって世界に伸びようとしています。わたくしたちは、成田のかがやかしい発展とおたがいのしあわせをねがい、市民憲章をさだめます。

  • 1, 親切な心で 平和な成田を つくりましょう。
  • 1, よろこんで働き 豊かな成田を つくりましょう。
  • 1, きまりをまもり 住みよい成田を つくりましょう。
  • 1, 自然と文化を大切にし 美しい成田を つくりましょう。
  • 1, 若い力をそだて 明るい成田を つくりましょう。

[編集] 成田・千葉ニュータウン業務核都市基本構想

[1]東京圏の都市問題解決を図るため、業務機能をはじめとする諸機能の適正配置の受け皿として地域の広域中心都市となるべき都市が業務核都市に指定された。千葉県では、千葉市を中心とする区域、木更津市を中心とする区域、成田市を中心とする区域及び千葉ニュータウンの中央部・東部の区域、柏市を中心とする4つの区域が業務核都市として位置付けられている。

県は、多極分散型国土形成促進法に基づく、成田・千葉ニュータウン業務核都市基本構想[2]を策定し2004年3月23日主務大臣(国土交通省、総務省経済産業省、厚生労働省)の承認を得て、同年4月6日県報に告示した。今後は、本基本構想に基づき、成田地域(成田市、富里市(一部))と千葉ニュータウンの中央部・東部の地域(印西市、白井市(一部)、印旛村、本埜村(一部))を一体の業務核都市として国、県、地元市町村等と連携を図りながら、積極的に育成整備を推進していくことになる。

  • 成田地域の業務施設集積地区の区域
地区名 位置(町名・字名等) 面積
成田空港周辺地区 成田市 駒井野(一部)、取香(一部)、天浪(一部)、

駒込(一部)、三里塚(一部)、小菅(一部)、
木の根(一部)、成田新高速鉄道用地

約200ha
成田都心地区 成田市 土屋(一部)、寺台(一部)、郷部(一部)、

成田、幸町、仲町、田町、本町、上町、新町、
馬橋、東町、囲護台1丁目、2丁目、3丁目(その他一部)
加良部3丁目、中台5丁目、花崎町(一部)、
不動ヶ岡(一部)、南平台(一部)
富里市 日吉台1丁目(一部)、2丁目(一部)
成田新高速鉄道用地

約435ha

[編集] 千葉県の本市における産業政策

千葉県では、昭和58年6月に「千葉新産業三角構想」を策定した。これは県内陸部への先端技術産業導入推進による工業構造の高度化と均衝のとれた地域構造の実現を目指すものとして推進されてきた。その後、平成6年に「ちば新産業ビジョン」を策定し、県内の国際産業母都市化を目指し一定の成果を収めてきたが、国際化の進展・人口減少社会への移行等の課題に対応し、新たな県の産業振興の戦略・指針として「千葉新産業振興戦略」平成18年6月に策定した。

  • 千葉新産業三角構想
県では、「幕張新都心構想」、「かずさアカデミアパーク構想」、「成田国際空港都市構想」の3つ構想を軸とした。成田市が含まれる、成田国際空港都市構想では、空港が持つ国際物流機能を生かしつつ
  • 国際物流機能の集積
  • 先端技術産業を中心とした臨空工業団地の整備
を基本に、国際交流拠点として高次の都市機能を備えた国際空港都市の形成をめざすとされている。現在、「成田国際物流複合基地」の事業が進められている。また、近隣の臨空工業団地では、現在100を越える企業が立地し、拠点性が高まっている。
  • 千葉新産業振興戦略
県では、7地域の潜在力・可能性戦略として、東葛地域、京葉臨海地域、かずさ地域、千葉地域、長生・山武地域、安房周辺地域、成田周辺地域を核として産業振興をはかるとしている。成田市が含まれる、成田周辺地域では、物流産業の集積と首都圏の食糧生産供給の効率化の推進として空港関連産業・国際物流・新ロジスティック産業が集積するほか、首都圏の食料供給基地としての役割を担うとされている。具体的な政策として、物流施設立地促進のためのインフラ整備・規制緩和、効率的な物流システムの構築が進められている。

[編集] 財政

歳入のうち市税が全体の55.3%を占める。その中でも固定資産税の比重が高く、固定資産税全体の64.4%にも及び、成田国際空港や関連機関の法人などからの税収が多い事が起因しており増加傾向にある。しかし住民税は景気低迷とその対策として実施された大規模な特別減税や恒久的減税の影響が大きく、減少している。固定資産税は増加傾向にあるものの、評価替え及び、大規模償却資産に対する県課税が発生した事に伴い減少している。また、市税全体の推移を見ると平成10年に落ち込み、以後微増傾向にあったが、平成14年度以降減少傾向である。

財政力指数
地方公共団体の基盤の強弱を示す財政力指数は、平成16年度1.635と全国でも群を抜いている。この数値が大きいほど財政力が大きく、「1」以上の場合極めて健全な財政とされ、地方交付税は交付されない。
経常収支比率
経常収支比率は、収入に対し人件費や扶助費など毎年出て行くお金の割合を表した物で、その平均値は80%とされている。成田市は平成16年度78.3%となっており、県内平均は80%を大きく超える91.4%となっている。年々増加する社会福祉費や生活保護費などにより上昇傾向にある。
ラスパイレス指数
全国市町村職員の給与水準を示すラスパイレス指数(国を100としたもの)では、平成17年度101.4と県内8位の高さとなっている。また、成田市と合併した下総町は103.2、大栄町は100.4となっており、下総町に関しては、東京都調布市福岡県水巻町と並ぶ全国1位の高さであった。
  • 平成16年度一般会計決算額
    • 歳入439億8,964万円(うち市税242億1,131万円)
    • 歳出425億1,481万円
    • 差し引き14億7,483万円(※翌年度繰り越し財源3億7,033万円が含まれる為、実質収支額は11億0,450万円。)
  • 特別会計決算額
    • 歳入166億1,274万円
    • 歳出162億7,227万円
  • 平成18年度一般会計当初予算額
    • 763億円7,251万円
  • 特別会計当初予算額
    • 235億8,990万円

[編集] 歴代市長

  • 初代 石原貞三 (いしはら ていぞう)
    1954年(昭和29年)4月27日 - 1956年9月24日
  • 2~5代 藤倉武男 (ふじくら たけお)
    1956年(昭和31年)11月10日 - 1971年4月30日
  • 6~11代 長谷川録太郎 (はせがわ ろくたろう)
    1971年(昭和46年)5月30日 - 1995年5月29日
  • 12・13代 小川国彦 (おがわ くにひこ)
    1995年(平成7年)5月30日 - 2003年3月24日
  • 14代 小林攻 (こばやし おさむ)
    2003年(平成15年)4月28日 - 2006年12月4日 (2006年12月2日、収賄容疑で逮捕。)
  • 15代 小泉一成 (こいずみ かずなり)
    2007年(平成19年)1月22日 - 現職。

[編集] 市議会

市議会議員定数は30名。市議会議長は石渡孝春、副議長は村嶋照等となっている。(平成19年5月30日現在)

[編集] 会派構成

会派名 議席数 会派会長
政友クラブ 14 岩澤 衛
明成会 3 越川 富治
公明党 3 内山 健
リベラル成田 3 伊藤 竹夫
周政会 3 青野 勝行
日本共産党 2 馬込 勝未
無所属市民の会 1 足立 満智子
蒼成会 1 雨宮 真吾

[編集] 議会の組織

議会運営委員会の他、常任委員会が4つ、議会だより編集委員会が設置されている。

  • 議会運営委員会
  • 常任委員会
    • 総務
    • 教育民生
    • 経済環境
    • 建設水道
  • 議会だより編集委員会

[編集] 行政組織

[編集] 行政組織図

市職員数は1224人(平成19年4月1日)。

  • 会計管理者 - 会計室 (6)
  • 副市長
    • 企画政務部 (121) - 企画課・秘書課・広報課・人事課・下総支所・大栄支所
    • 総務部 (100) - 総務課・情報推進課・財政課・税務課・資産税課・管財課・工事検査課
    • 空港対策部 (15) - 地域振興課・空港対策課
    • 生活安全部 (23) - 防災対策課・交通防犯課
    • 市民部 (69) - 市民課・保険年金課・市民支援課
    • 環境部 (53) - 環境計画課・環境対策課・クリーン推進課・環境衛生課
    • 保健福祉部 (228) - 社会福祉課・高齢者福祉課・障がい者福祉課・児童家庭課・介護保険課・健康増進課
    • 経済部 (44) - 商工観光課・農政課・卸売市場
    • 土木部 (62) - 土木課・道路維持課・用地課・営繕課・下水道課
    • 都市部 (50) - 都市計画課・建築指導課・再開発課・公園緑地課・街路課・区画整理課
  • 水道部 (24) - 業務課・公務課・簡易水道課
  • 議会 (8) - 事務局
  • 監査委員 (3) - 事務局
  • 農業委員会 (10) - 事務局
  • 選挙管理委員会 (2) - 事務局
  • 教育委員会 - 教育長
    • 教育総務部 (95) - 教育総務課・学校施設課・学務課・教育指導課・学校給食センター・小学校・中学校
    • 生涯学習部 (77) - 生涯学習課・生涯スポーツ課・公民館・図書館
  • 消防 (232) - 消防長
    • 消防本部 - 総務課・予防課・警防課・通信指令課
    • 署 - 成田消防署・赤坂消防署・三里塚消防署・大栄消防署

[編集] 役所

  • 成田市役所(本庁舎)成田市花崎町760番地
    • 成田市下総支所(旧下総町役場)成田市猿山1080番地
    • 成田市大栄支所(旧大栄町役場)成田市松子366番地

[編集] 警察

[編集] 消防

  • 成田市消防本部
    • 成田消防署
      • 飯岡分署
    • 三里塚消防署
      • 空港分署
    • 赤坂消防署
      • 公津分署
    • 大栄消防署
      • 下総分署
  • 消防団(12分団97ヶ部)
  • 第1分団 成田地区 9ケ部
  • 第2分団 公津地区 11ケ部
  • 第3分団 八生地区 8ケ部
  • 第4分団 中郷地区 8ケ部
  • 第4分団 久住地区 11ケ部
  • 第6分団 豊住地区 7ケ部
  • 第7分団 遠山地区 12ケ部
  • 第8分団 滑川・小御門 6ケ部
  • 第9分団 高岡・名木 5ヶ部
  • 第10分団 大須賀・桜田 6ヶ部
  • 第11分団 津富浦 7ヶ部
  • 第12分団 前林・川上 7ヶ部


[編集] 裁判所

  • 当市には裁判所は所在しない。近隣の佐倉市にある、千葉地方裁判所佐倉支部、千葉家庭裁判所佐倉支部、佐倉簡易裁判所を利用する。

[編集] 広域行政

県議会
成田市単独で千葉県議会の選挙区(成田市選挙区、定数2)を構成する。千葉県#議会も参照。
衆議院小選挙区
千葉県第10区に属する。
印旛郡市広域市町村圏事務組合
  • 佐倉市、四街道市、印西市、白井市八街市、富里市、酒々井町、栄町、印旛村、本埜村及び本市の7市2町2村で構成されている。
香取広域市町村圏事務組合
  • 香取市、神崎町、多古町、東庄町及び本市の2市3町で構成されている。なお、計画中の新焼却場完成に合わせて、組合からの離脱を検討する。
印旛利根川水防事務組合
八富成田斎場
  • 八街市、富里市及び本市で管理運営されている。

[編集] 国の機関

  • 国税庁東京国税局成田税務署
  • 法務省千葉地方法務局佐倉支局成田出張所
  • 厚生労働省千葉労働局成田労働基準監督署
  • 厚生労働省千葉労働局成田公共職業安定所(ハローワーク成田)
  • 厚生労働省千葉労働局成田パートサテライト

[編集] 空港関連機関

[編集] 県の機関

  • 千葉県企業庁内陸北部建設事務所
  • 千葉県水道局成田給水場
  • 千葉県水道局千葉ニュータウン営業所成田支所
  • 千葉県印旛沼西部下水道事務所
  • 千葉県土整備政策課印旛地域整備センター成田整備事務所
  • 千葉県土整備政策課北千葉道路建設事務所
  • 財団法人千葉県まちづくり公社 北総事務所成田分室
  • 財団法人千葉県教育振興財団 東部調査事務所
  • 印旛健康福祉センター成田支所(保健所

[編集] 経済

[編集] 第一次産業

かつては農業が盛んであり、近郊農業の中心地の一つであったが、1960年代以降農業従事者は減少している。

  • 産業別人口(カッコ内は構成比。2000年国勢調査。以下同様)
  1. 農業 1,734人 (3.46%)
  2. 漁業 10人 (0.02%)
  3. 林業 2人 (0.00%)
  • 計 1,746人 (3.48%)

[編集] 第二次産業

製造基地としては、成田空港周辺の工業団地群があり、成田市には3つの工業団地と1つの物流団地がある。これらの工場は成田空港と密接に関連している。製造品出荷額では県内17位である(平成18年度)。

  • 産業別人口
  1. 製造業 4,921人 (9.81%)
  2. 建設業 3,013人 (6.00%)
  3. 鉱業 21人 (0.04%)
  • 計 7,955人 (15.85%)

従業者4人以上の事業所(製造業)[3]

区分 平成17年 平成18年 前年比増減率(%)
事業所数(事業所) 81 117 92.1
従業者数(人) 3,457 4,987 100.5
製造品出荷額(万円) 14,387,888 17,966,703 93.9
付加価値額(万円) 7,965,771 8,449,524 86.0

[編集] 第三次産業

成田市で最も多いのが、三次産業への従事者であり、成田空港関連事業の大半がこれに含まれる。

  • 産業別人口
  1. サービス業 14,639人 (29.17%)
  2. 卸売・小売業・飲食業 11,567人 (23.04%)
  3. 運輸・通信業 8,029人 (15.99%)
  4. 公務 3,394人 (6.76%)
  5. 金融・保険業 1,128人 (2.25%)
  6. 不動産業 463人 (0.92%)
  7. 電気・ガス・熱供給・水道業 272人 (0.54%)
  • 計 39,492人 (78.67%)

[編集] 商圏

北総地域の商業は成田市を中心として成田商圏が形成されている。千葉県の平成18年度消費者購買動向調査[4] (1968年度から3―5年ごとに実施。前回調査は平成13年。)では、成田市の人口122,776人に対し、商圏地域市町村数9市7町2村。商圏人口892,487人。消費吸引人口272,359人。消費吸引人口率221.8%となっており、県内で最高消費吸引人口率となっている。また周辺の市町村にもその効果が波及し、最近では大型店舗の立地も進み、その拠点性を高めている。その一方で、競争の激化などから平成13年にダイエー成田店(所在地は富里市内)、オリンピック成田店が、平成18年にジャスコ成田店が撤退するなどしている。

  • 商圏構造と成田市の吸引状況
項目 平成10年度 平成13年度 平成18年度
成田市の人口(人) 94,064 96,149 122,776
地元購買率(%) 83.1 89.3 87.6※
商圏地域市町村数 5市13町2村 6市16町3村 9市7町2村
商圏人口(人) 537,630 765,049 892,487
消費吸引人口(人) 189,480 233,364 272,359
消費吸引人口(%) 201.4 242.7 221.8※

※合併による行政人口が増加したため、結果として前回調査時より低下している。

[編集] 主な企業

[編集] 金融

  • 千葉銀行 成田支店(成田空港出張所)、成田西支店、成田空港支店
  • 京葉銀行 成田支店、成田西支店、成田空港第二出張所
  • 千葉興業銀行 成田支店、成田西支店
  • みずほ銀行 成田支店
  • 三菱東京UFJ銀行 成田空港支店(成田国際空港出張所、成田空港第2ビル出張所、成田国際空港第三出張所、成田国際空港第二出張所)
  • りそな銀行 成田支店(成田空港出張所、成田空港第2出張所)
  • 三井住友銀行 成田空港第1旅客タ-ミナルビル出張所、成田空港第2旅客ターミナルビル出張所、※成田出張所(※所在地は隣接する富里市日吉台)
  • 佐原信用金庫 成田支店、下総支店、大栄支店
  • 千葉信用金庫 成田支店、赤坂支店、三里塚支店
  • 中央労働金庫 成田支店

[編集] 物流

成田空港の貨物取扱量は約224万トンで世界3位(2006年:ICAO)と世界有数であり、成田市や近隣市町村(芝山町・多古町・横芝光町)には多くの物流基地が進出している。現在、千葉県の成田国際空港都市構想の一環として成田国際物流複合基地の整備が進行している。しかし、ここ数年の貨物取扱量はほぼ横ばい状態が続いている。[6]

[編集] 主な宿泊施設

主に成田空港利用者や、航空会社クルー向けのホテルが多い。成田駅周辺には、成田山への観光客を主要客としてきた旅館やホテルなどが多く、近年外国人観光客の宿泊客も増加傾向にある。

[編集] 伝統産業

下総鬼瓦
かつては工芸品の下総鬼瓦も重要な産業の一つだったが、今では県下唯一の鬼瓦工場がこの町に残るのみとなり、千葉県の伝統的工芸品に指定されている。

[編集] 国際交流

外国人登録者数は約2,400人であるが、海外からの観光客や空港関係者も多く、市内の街中では様々な言語が飛び交う。また、市内の外国人登録数は年々増加傾向にある。

  • 外国人登録数:総数2,448人(平成17年12月末)

内訳:(単位:人)

国籍別(上位) 人数
ペルー ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 521(22.0%)
フィリピン ファイル:g10.pngファイル:g05.png 360(15.0%)
中国 ファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 345(14.0%)
韓国朝鮮 ファイル:g10.pngファイル:g03.png 327(13.0%)
タイ ファイル:g05.pngファイル:g03.png 202(8.0%)
ブラジル ファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 175(7.0%)
スリランカ ファイル:g03.png 76(3.0%)
アメリカ ファイル:g01.pngファイル:g01.png 46(2.0%)
インド ファイル:g01.png 15(1.0%)
バングラデシュ 6(0.7%)

[編集] 友好都市

[編集] 地域

[編集] 人口

1954年の市制施行当時の人口は44,724人であった。その後の空港建設に伴い、成田ニュータウンの造成、内陸工業団地の造成など、大規模な空港関連事業が進められた。1978年の空港開港からは、空港関連企業によって新たな雇用が生み出され、人口移入が増え続け、2005年には人口が10万人を突破した。2006年に下総町、大栄町を併合し人口12万人を超え、現在も増加傾向にある。総世帯数は50,342戸(2007年3月1日)

[編集] 人口推移

総数 [単位: 人]

各年10月1日現在(2005年までは旧・下総町及び大栄町の人口を含まず。)[7]

1920年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g03.png 28,415
1925年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 29,621
1930年 ファイル:g30.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 34,054
1935年 ファイル:g30.pngファイル:g03.png 33,529
1940年 ファイル:g30.png 30,857
1947年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 44,068
1950年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 44,724
1955年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g05.png 44,969
1960年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g03.png 43,149
1965年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 42,407
1970年 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 42,514
1975年 ファイル:g50.pngファイル:g01.png 50,915 (5万人突破)
1980年 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g03.png 68,418
1985年 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 77,181
1990年 ファイル:g50.pngファイル:g30.pngファイル:g05.pngファイル:g01.png 86,708
1995年 ファイル:g50.pngファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g01.png 91,470
2000年 ファイル:g50.pngファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g05.png 95,704
2005年 ファイル:g50.pngファイル:g50.png 100,717 (10万人突破)

[編集] 人口構成

成田市と全国の年齢別人口分布図(比較) 成田市の年齢・男女別人口分布図
紫色は成田市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 85,897人
1985年 95,049人
1990年 105,855人
1995年 112,662人
2000年 116,898人
2005年 121,139人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 地区

成田市は大まかに成田山新勝寺の門前町(成田地区)、ニュータウン地区、空港地区(遠山地区)、農村地区、工業団地地区に分かれる。市内の地域区分は、市制施行以前の町村区分と平成の合併以前の町で地域区分されている。[8]



地区 大字
成田地区 成田(なりた)、田町(たまち)、東町(あずまちょう)、本町(ほんちょう)、仲町(なかまち)、幸町(さいわいちょう)、上町(かみちょう)、花崎町(はなざきちょう)、馬橋(まばし)、新町(しんまち)、南平台(なんぺいだい)、土屋(つちや)、寺台(てらだい)、郷部(ごうぶ)、不動ヶ岡(ふどうがおか)、ウイング土屋(ういんぐつちや)、囲護台(いごだい)、美郷台(みさとだい)
ニュータウン地区 赤坂(あかさか)、吾妻(あづま)、加良部(からべ)、橋賀台(はしかだい)、玉造(たまつくり)、中台(なかだい)
公津地区 八代(やつしろ)、船方(ふなかた)、北須賀(きたすか)、台方(だいかた)、下方(しもかた)、大袋(おおぶくろ)、江弁須(えべす)、飯田町(いいだちょう)、並木町(なみきちょう)、飯仲(いいなか)、宗吾(そうご)、公津の杜(こうづのもり)
八生地区 松崎(まんざき)、大竹(おおだけ)、上福田(かみふくだ)、下福田(しもふくだ)、宝田(たからだ)、押畑(おしはた)、山口(やまぐち)、米野(よねの)
中郷地区 野毛平(のげだいら)、東金山(ひがしかなやま)、関戸(せきど)、和田(わだ)、下金山(しもかなやま)、新妻(にっつま)、芦田(あしだ)、東和泉(ひがしいずみ)、西和泉(にしいずみ)、赤荻(あかおぎ)
久住地区 芝(しば)、大室(おおむろ)、土室(つちむろ)、小泉(こいずみ)、成毛(なるげ)、大生(おおう)、幡谷(はたや)、飯岡(いのおか)、荒海(あらうみ)、磯部(いそべ)、水掛(みずかけ)、新泉(しんいずみ)
豊住地区 北羽鳥(きたはどり)、長沼(ながぬま)、南羽鳥(みなみはどり)、佐野(さの)、竜台(たつだい)、安西(あんざい)、南部(なんぶ)、北部(ほくぶ)
遠山地区 小菅(こすげ)、大山(おおやま)、馬場(ばば)、久米(くめ)、久米野(くめの)、山之作(やまのさく)、吉倉(よしくら)、東和田(とうわだ)、川栗(かわぐり)、畑ヶ田(はたけだ)、大清水(おおしみず)、三里塚(さんりづか)、本三里塚(ほんさんりづか)、本城(ほんじょう)、南三里塚(みなみさんりづか)、東三里塚(ひがしさんりづか)、駒井野(こまいの)、取香(とっこう)、堀之内(ほりのうち)、新駒井野(しんこまいの)、長田(ながた)、十余三(とよみ)、天神峰(てんじんみね)、東峰(とうほう)、古込(ふるごめ)、木の根(きのね)、天浪(てんなみ)、三里塚光ヶ丘(さんりづかひかりがおか)、三里塚御料(さんりづかごりょう)、西三里塚(にしさんりづか)、御所の内(ごしょのうち)
下総地区 猿山(さるやま)、大菅(おおすげ)、滑川(なめがわ)、西大須賀(にしおおすか)、四谷(よつや)、名古屋(なごや)、高倉(たかくら)、成井(なるい)、地蔵原新田(じぞうはらしんでん)、青山(あおやま)、倉水(くらみず)、名木(なぎ)、冬父(とぶ)、中里(なかざと)、七沢(ななさわ)、高岡(たかおか)、大和田(おおわだ)、高(たか)、小野(おの)、小浮(こぶけ)、野馬込(のまごめ)、平川(ひらかわ)
大栄地区 伊能(いのう)、奈土(など)、柴田(しばた)、堀籠(ほうめ)、村田(むらた)、所(ところ)、桜田(さくらだ)、南敷(なじき)、馬乗里(まじょうり)、横山(よこやま)、浅間(せんげん)、東ノ台(ひがしのだい)、大沼(おおぬま)、久井崎(くいざき)、稲荷山(とうかやま)、中野(なかの)、津富浦(つぶうら)、松子(まつこ)、臼作(うすくり)、吉岡(きちおか)、新田(しんでん)、一坪田(ひとつぼた)、前林(まえばやし)、水の上(みずのかみ)、川上(かわかみ)、多良貝(たらがい)、大栄十余三(たいえいとよみ)、官林(かんりん)、一鍬田(ひとくわだ)

[編集] 新勝寺門前町

JR及び京成電鉄の成田駅から成田山新勝寺にかけての地区である。成田市の旧市街地にあたる地域で、地元では町中(まちなか)と呼ばれている。昔ながらの成田の住民が多い。週末や祝日は、成田山新勝寺の参拝客で賑わっている。大きな参道としては、表参道新参道電車道がある。

このうち、最も大きい参道が表参道であり、京成、JR成田駅から成田山新勝寺までの約1kmの道の両脇に成田名物の羊羹、地酒、鉄砲漬、川魚の佃煮、鰻屋、土産物屋や、登録有形文化財に登録されている大野屋旅館など約150店舗程の店が並ぶ。人の往来も激しく道幅が狭い為、車道は二輪車軽車両を除く片側一方通行となっている。2004年には表参道の電線地中化工事が終わり、商店のセットバックによる歩道幅の拡張やファザードの改築など、景観に配慮した街作りが行われている。また、2005年(平成17年)9月30日、表参道の一部でもある、成田市上町地区(約300m)が、国土交通省の平成17年度都市景観大賞「美しいまちなみ優秀賞」を受賞している。

新参道は、成田山新勝寺から国道51号線に掛けての参道であり、成田山交通安全祈祷殿や成田山新勝寺の参拝客用駐車場があり、マイカーで成田山新勝寺に訪れる参拝客用の参道となっている。また電車道は成田山新勝寺から京成成田駅方面に掛けての参道であり、かつて県内初の電気軌道「成宗電気軌道」(1910-1944) が路面電車を運営していた路線の名残である。現在でも明治時代に造られた赤煉瓦のトンネルなど、かつての面影が残っている。

これらの地区はJR成田線と京成本線に挟まれるような形になっており、他の地区から孤立した市街地になっている。

[編集] ニュータウン地区

成田ニュータウン
JR成田駅の西側に広がるのが成田ニュータウン地区である。当初、主に成田空港や空港関連企業で働く従業員向けに計画されたが、現在では成田から東京都心、千葉市をはじめとする千葉県北西部へ通勤する住民も多い。門前町と比較して、新しく成田市に引っ越してきた住民が多いのが特徴である。又、成田市の人口のうちで最も大きな割合を占める。現在では公共施設も移転しており、成田警察署・成田税務署・郵便局・総合運動場(中台運動公園)・ハローワーク・図書館・保健所・急病診療所等が成田ニュータウン地区に位置している。
公津の杜
面積117.3ha 計画人口11,740人
1986年から「成田市公津東土地区画整理組合」によって京成電鉄本線の新駅を中心に全体として複合的な都市開発を目指し区画整理された地区。1994年4月1日に京成電鉄・公津の杜駅を新設。その後、駅前商業エリアにユアエルム成田店が1999年12月にオープンした。人と人、人と街の「交流」を目指した「人間にやさしい街づくり」をテーマに、県下有数のグレードの高い街づくりに取り組んでいる。また、旧建設省から「ふるさとの顔づくりモデル土地区画整備事業」に指定されており、千葉県内では京成成田駅東口土地区画整理事業が最初で公津の杜は、この事業が2番目の指定となっている。
美郷台(郷部)地区
面積60.2ha 計画人口6,020人
1980年から「成田第一土地区画整理組合」によって区画整理された地区。成田第一と言うのは成田市で最初の組合施行による土地区画整理事業だった為。現在では中心通りに商業施設が並ぶ新興住宅街。法務局はこの地区内に移転した。
ウイング土屋地区
国道408号と根木名川にはさまれた面積37haの商業地域であり商圏は茨城南部まで及ぶ。商業地域であるため計画人口は僅か180人に留まる。農村地区と旧市街地との境界地に位置し、大型ショッピングセンターをはじめ映画館・飲食店・各種店舗が存在する。もとは、成田空港の旧資材輸送基地として提供され、その後ジェット燃料暫定輸送の燃料中継基地として活用された。その後、新東京国際空港公団所有地を含めた11haとその周辺の水田を造成してできた地区。接道の国道408号線を東へ向かうと成田空港に至り、ウイング土屋地区と成田ニュータウンの間に美郷台地区が位置する。また、同地区には、成田新高速鉄道の新駅「土屋駅(仮称)」用の駅前広場用地が用意されており、新駅設置に向けて署名活動や国や県、運行主体となる京成電鉄に要望(陳情)などを行っているが、未だ計画では何も触れられていないのが現状である。市では、近隣ショッピングセンターに車を駐車し、駅から電車で通勤する「パーク・アンド・ライド」構想をしている。
その他
現在事業施行中の土地区画整理事業として、「成田都市計画事業久住駅前特定土地区画整理事業(施行面積53.6ha、平成20年度事業完了予定)」「土屋房谷津土地区画整理事業(施行面積3.4ha、平成19年度事業完了予定)」「成田都市計画事業公津西特定土地区画整理事業(施行面積37.6ha、平成21年度事業完了予定)」などがある。なお、京成電鉄の車窓から成田市役所奥方に見える住宅地は、富里市日吉台地区。こちらも成田空港周辺ニュータウンという事では性格を同じくする。

[編集] 空港地区

現在の成田市の顔とも言える地区がこの空港地区である。空港通り、新空港道を挟んで宿泊施設の高層ビル群が建ち並び、空港を囲むように空港関連企業、物流団地、貸し駐車場、病院、公園などが位置する。一つの街を形成していると言っても過言では無い。成田空港と空港関連企業の従業員数を合わせると約46,000人もの雇用を生み出している他、空港周辺道路などのインフラも整備された。又メディアへの露出が高く、この地区が登場するドラマが放映されるたびに新しい観光スポットが生まれる状況である。未だに一部周辺住民の反発は根強いもののニュータウン地区と並んで拡大が続いている。

成田空港の見学・送迎は身分証明が必要であり、市民にとっては意外と足が遠い場所でもある。

[編集] 農村地区

上記3つの地区を囲むように存在しているのが農村地区である。三里塚闘争で一躍全国区になった三里塚も成田市内の農村の一つである。成田市の農村人口は1950年代から徐々に減っており、現在では昭和中期の 1/3 程度になっている。全国的な農業離れの他、ニュータウン地区と空港地区の拡大も大きな要因となっている。かつては首都圏の近郊農業の一翼を担っており、京成電鉄では行商列車を仕立てていたが、現在では朝の電車1本のうち1両だけが行商人専用に当てられているのみである。離農された農地はゴルフ場などに転換されているが、無人化した農地へのゴミや産業廃棄物の不法投棄が問題になっている。1996年には、成田市芦田地区で約30トンにも及ぶ感染性医療廃棄物の大量投棄が発覚し、マスコミを巻き込み社会的、行政的にも大問題となった。現在、市環境対策課の職員や、地区の監視員、警備会社などによる不法投棄パトロールや、移動式監視カメラなどで不法投棄・不法残土投棄などの警戒を強めている。

[編集] 工業団地

成田市には野毛平工業団地、豊住工業団地、大栄工業団地の3つの工業団地がある。地域格差の是正と空港の騒音下利用計画の一環として造成された。また、機械工業中心とした非公害型企業のみという珍しい工業団地でもある。成田空港を介して輸出入される製品を取り扱っている。従業員はほとんどが地元雇用者であり、こうした工業団地群は成田空港周辺市町村に多く見られる。

[編集] 健康と福祉

2000年の平均寿命は、男性が77.8歳、女性が84.3歳となっている。2004年度の高齢者人口は13,233人で、総人口比は13.5%である。うち高齢者単身世帯は819世帯。高齢者2人世帯は1,833世帯となっている。

[編集] 清掃・衛生施設

いずみ清掃工場(焼却場)
昭和52年完成。エハラdb式焼却炉を使用している。現在処理能力が限界に達しつつあり維持管理費の負担が大きい為、富里市との共同出資で平成22年度完成を目標に新清掃工場建設事業が進められている。ガス化溶融炉シャフト式が採用され、余熱利用施設や屋外多目的広場などが整備される予定。
成田市リサイクルプラザ
平成10年完成。カン・ビン、不燃性粗大ゴミや可燃物は混在した軟質性粗大ゴミから、資源を効率的に回収する施設。
成田クリーンパーク(最終処分場)
昭和63年完成。上記の施設から排出された不燃物を埋め立てる施設。平成23年程度まで埋め立てが可能と予測されている。しかし、成田空港B滑走路北側延伸工事によって移転する予定。

[編集] 上下水道

成田市は、3つの水道が供給されている。

  • 成田ニュータウン地区:千葉県営水道
  • 成田国際空港:千葉県営水道(専用水道)
  • 下総・大栄地区:成田市営簡易水道
  • その他の地区:成田市営水道

成田市営水道は市内15ヵ所に設置された井戸水と、利根川の表流水の2つを水源としており、井戸水と表流水を混合し供給している。また、同じ市内でも供給元の違いにより水道料金に格差が生じている。

成田市の汚水は印旛沼流域下水道を流れ、印旛沼流域の15市町村(成田国際空港)の汚水と共に花見川終末処理場と花見川第二終末処理場に集積、処理し、東京湾につながる河川に放流されている。また、成田市の雨水はそれぞれの地区の自然流下により、雨水幹線通り、根木名川、小橋川、江川及びその他河川へ自然放流されている。

  • 成田市の公共下水道普及率:69.1%(平成17年度末)[9]

旧下総町、大栄町の下水道が未着手であり、合併により、合併以前の普及率82.6%(平成16年度末)から大幅に普及率が低下した。

[編集] 治安・交通事故

成田市の治安状況は、平成17年刑法犯認知件数では2,954件と千葉、印旛エリアで人口17万6千の佐倉市(2,813件)を抜きワースト1位となっている。印旛エリア街頭犯罪8種(ひったくり、路上強盗、自動車盗、オートバイ盗、自転車盗、車上ねらい、部品ねらい、自販機ねらい)統計では佐倉市に次ぎ、特にオートバイ盗、自転車盗、部品ねらいに関しては最多である。人口千人あたりの犯罪件数は千葉市中央区41.5件、東金市29.6件に次ぐ29.5件と、高い確率で犯罪が発生している事がわかる。ちなみに県内平均は21.7件、印旛エリア平均は20.4件となっている。

こうした近年の治安悪化の煽りを受けて成田防犯連合会が組織され、犯罪の予防警戒、自主防犯活動、青少年非行防止及び健全育成のための活動などが行われている。また、成田市交通防犯課では防犯パトロールカー(白黒塗装)で市内を巡回し防犯を呼びかけるアナウンスを流している。

  • 成田市刑法犯認知件数の移数[10]
年度 発生件数
平成8年 ファイル:g10.pngファイル:g03.png 1,337
平成9年 ファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 1,904
平成10年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g01.png 2,158
平成11年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g03.png 2,349
平成12年 ファイル:g30.png 3,078
平成13年 ファイル:g30.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 3,412
平成14年 ファイル:g30.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 3,700
平成15年 ファイル:g30.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 3,243
平成16年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g03.png 2,908
平成17年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g03.png 2,954
平成18年 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 2,790
  • 交通事故
    • 成田市内の交通事故発生状況(平成18年)[11]

21件

区分 総数 前年比
発生件数 959件
死亡事故件数 5件
死者数 5人
傷者数 1,244人

[編集] 言語

成田の方言は俗に「べーべーことば」といわれるもので、千葉・茨城両県の利根川下流地域で使われる言葉である。「…しましょう」「…だろう」、或いは「…でしょう」など、話し手の意思を表すのに「べー」がよく使われる(例:遊んべー、行くべー)。この「べー」も場所により「だっぺ」や「だべー」と違いが見られる(茨城県では「だっぺ」や「ぺ」が使用されており、茨城寄りになるほど「ぺ」が使われる頻度が高まる)。また、単語にも地域の特性を持つ物や標準語に近い物がある。しかし、最近では方言を使う人は減り、使用されているのは一部地域のみである。

[編集] 教育施設

[編集] 学校教育施設

[編集] 高等学校


[編集] 中学校

市立中学校 ※は防音校舎


私立中学校

[編集] 小学校

市立小学校 ※は防音校舎

  • 成田小学校
  • 遠山小学校 ※
  • 三里塚小学校 ※
  • 東小学校 ※
  • 久住第一小学校 ※
  • 久住第二小学校 ※
  • 中郷小学校 ※
  • 豊住小学校
  • 八生小学校
  • 公津小学校
  • 向台小学校
  • 加良部小学校
  • 橋賀台小学校
  • 新山小学校
  • 吾妻小学校
  • 玉造小学校
  • 中台小学校
  • 神宮寺小学校
  • 平成小学校
  • 本城小学校 ※
  • 公津の杜小学校
  • 美郷台小学校
  • 滑河小学校 ※
  • 小御門小学校 ※
  • 名木小学校 ※
  • 高岡小学校
  • 大須賀小学校
  • 桜田小学校
  • 前林小学校 ※
  • 津富浦小学校 ※
  • 川上小学校 ※


私立小学校

[編集] 幼稚園

市立幼稚園

  • 大栄幼稚園

私立幼稚園

  • 成田幼稚園
  • 三里塚幼稚園
  • はぼたん幼稚園
  • 聖徳大学附属第三幼稚園
  • くすのき幼稚園
  • はしが台幼稚園
  • はくと幼稚園
  • 玉造幼稚園
  • 公津の杜幼稚園


[編集] 専修学校

[編集] 海外帰国子女・外国人子女・障害児等教育

各設置校の詳細については、成田市役所教育指導課へ。

  • 外国人子女等学級設置校
    • 三里塚小学校、橋賀台小学校、吾妻中学校、西中学校
  • 知的障害特殊学級設置校
    • 成田小学校、三里塚小学校、公津小学校、加良部小学校、吾妻小学校
    • 中台小学校、平成小学校、成田中学校、遠山中学校、西中学校
  • 言葉の教室設置校
    • 成田小学校、本城小学校、中台小学校
  • 情緒障害特殊学級設置校
    • 成田小学校、平成小学校、三里塚小学校、中台小学校、橋賀台小学校、吾妻中学校、西中学校

[編集] 児童福祉施設

[編集] 保育所

市立保育園

  • 加良部保育園
  • 橋賀台保育園
  • 中台保育園
  • 吾妻保育園
  • 中台第二保育園
  • 新山保育園
  • 玉造保育園
  • 赤荻保育園
  • 松崎保育園
  • 長沼保育園
  • 高岡保育園
  • 小御門保育園
  • 大栄保育園


私立保育園

  • 大室保育園
  • 成田保育園
  • つのぶえ保育園
  • 宗吾保育園
  • 公津の杜保育園
  • 三里塚保育園
  • 三里塚第二保育園
  • 月かげ保育園


[編集] 公共職業能力開発施設

[編集] 職業能力開発短期大学校

[編集] 生涯学習施設

成田国際文化会館は財団法人成田市教育文化振興財団が運営している。

[編集] ホール・コミュニティーセンター

  • 成田国際文化会館
    • 友好都市の咸陽市から、友好都市締結10周年を記念して秦始皇帝兵馬俑のレプリカが贈られ、成田国際文化会館のロビーに展示されている。
  • 三里塚コミュニティーセンター

[編集] 公民館・地区会館

  • 美郷台地区会館
  • 中央公民館
  • 公津公民館
  • 久住公民館
  • 橋賀台公民館
  • 玉造公民館
  • 豊住公民館
  • 成田公民館
  • 八生公民館
  • 中郷公民館
  • 加良部公民館
  • 遠山公民館
  • 下総公民館
  • 大栄公民館


[編集] 資料館・博物館

成田市下総歴史民俗博物館
1995年(平成7年)、旧下総町制施行40周年を記念して下総総合運動公園内に建設された。1972年(昭和47年)、猿山地区の砂採り場で発見されたナウマンゾウの頭骨化石(レプリカ、発掘された化石は国立科学博物館収蔵。)や町内の古墳から発見された遺物、文化財、民俗資料などが多数展示されている。
日本近代文学館 成田分館
日本近代文学館開館40周年記念事業として、成田市駒井野に2007年(平成19年)9月15日開館。成田市駒井野は、詩人水野葉舟がかつて移住し田園生活を送った駒井野小字大水野に隣接する地域。

[編集] 図書館

成田市立図書館は1984年(昭和59年)10月27日、市制30周年記念3大事業の一つとして開館した。開館当初、まだ珍しいコンピュータによる蔵書の管理を導入するなど、規模と設備において全国有数の規模と言われた。その後、各公民館の図書室は成田市立図書館の分館となった。詳しくは成田市立図書館公式ページを参照。(→外部リンク

[編集] 体育施設

  • 中台運動公園陸上競技場、軟式野球場、球技場、体育館、テニスコート、相撲場、プール)
  • 大谷津運動公園(硬式・軟式野球場、テニスコート、プール、多目的広場) 高校野球の地区大会の会場としても使用。
  • 印東体育館
  • 久住体育館
  • 大栄B&G海洋センター(体育館、屋内プール)
  • 久住テニスコート
  • 三里塚記念公園テニスコート
  • 大栄テニスコート
  • 北羽鳥多目的広場(多目的グラウンド、野球場)
  • スポーツ広場(成田、遠山、八生第1・第2、中郷、公津、久住第1・第2、豊住第1・第2)
  • 大栄工業団地久茂富第一公園(全天候テニスコート2面)
  • 外小代公園(全天候テニスコート2面)神宮寺公園(目的広場、全天候テニスコート1面)北羽鳥多目的広場(多目的広場、野球場)
  • 下総サイクリングコース(1周1.5km)

その他、学校教育施設開放などがある。成田市は2004年11月7日「スポーツ健康都市宣言」を宣言し、健康な心と体を育むスポーツを積極的に推進している。

[編集] 公園・市民の森

  • 総合公園
    • 坂田ヶ池総合公園(大竹)
  • 運動公園
    • 大谷津運動公園(押畑)
    • 中台運動公園(中台)
    • 下総運動公園(高岡)
  • 地区公園
    • 三里塚記念公園(三里塚御料)
    • 赤坂公園(赤坂)
    • 外小代公園(玉造)
  • 近隣公園
    • 栗山公園(花崎町)蒸気機関車D51やミニSLなどがある。
    • 三里塚第1公園(三里塚)
    • 神宮寺公園 (玉造)
    • 戸崎公園(玉造)
    • 加良部台公園(加良部)
    • 橋賀台公園(橋賀台)
    • 引地公園(吾妻)
    • 松ノ下公園 (中台)
    • 後谷津公園(中台)
    • 浅間公園(郷部)
    • 公津の杜公園(公津の杜)
    • グリーンウォーターパーク(多良貝)
  • 市民の森
    • 長沼市民の森
    • 成毛市民の森
  • 成田市さくらの山 - 飛行機が見える丘 -(駒井野)
  • 成田国際空港株式会社 (NAA) 三里塚さくらの丘
    • 長田地区里山遊歩道

[編集] 交通

[編集] 航空施設

[編集] 道路

[編集] 高速道路

[編集] 国道


[編集] 県道


※()内は千葉県道路愛称名

[編集] 市道及び農道

平成15年度末時点において、市道1,946路線681,727m、農道1,763路線440,843m が認定されている。

成田市の数字板設置交差点
市街中心部の交差点信号機に1~17の数字板が設置されている。これは、成田山新勝寺への初詣客や警備に当る県外からの応援警察官等への道案内用として設置された。全国的にも栃木県日光市鬼怒川川治温泉周辺しか無く、事例が少ない。

[編集] 成田ナンバー

国の規制緩和によりご当地ナンバーが認められ、2006年(平成18年)10月10日から「成田」ナンバーが導入された。対象地域は成田市、富里市、山武市、香取郡神崎町・多古町、山武郡芝山町・横芝光町である。なお旧ナンバーは「千葉」。当初、小林攻市長(当時)はローマ字での「NARITA」ナンバーの創設を要望したものの、「地域名は漢字二文字」という原則により2005年7月29日「成田」ナンバーと決定した。排気量125cc以下の二輪車についてはローマ字「NARITA」の併記が認められ、2006年3月27日の新市発足と同時に交付された。

[編集] 交通状況

成田山の初詣や、市内の大型ショッピングセンター、成田空港や関連企業、鹿島臨海工業地帯への大型車などの車の流入が多いのが特徴。

国道51号では「成田山入口交差点」が主な渋滞箇所。特に初詣期間中は断続的に数km から十数km の渋滞も見られる。また、国道51号の千葉区間では成田市の寺台地先が最も交通量が多い(平日24時間自動車交通量41,919台、平成17年)[12]

国道408号では大型車の通行できる並行道路が無く、成田ニュータウン、つくば方面、我孫子方面、成田空港方面などを結ぶ主要道路が交わる「土屋交差点」が主な渋滞箇所。近年、近隣の大型ショッピングセンターの開店に伴い休日の渋滞が増加したが、交差点改良工事により若干改善した。

[編集] 成田市に残る道路元標

  • 大正八年十一月十四日千葉県告示第二百九十五号/大正九年一月九日千葉県告示第一号[13]


旧町村名 番地先 目標物 状態
成田町 成田字上町496番地先 成田山薬師堂前 現存
公津村 下方字瓜作557番ノ1地先 宗吾霊堂駐車場(2008/12復元設置) 現存
豊住村 北羽鳥字下萱場2177番地先 豊住郵便局前 現存
久住村 飯岡字岩ノ作76番ノ2地先 不明 不明
八生村 松崎字辺田2058番ノ1地先 松崎街道沿い 現存
中郷村 新妻字台156番ノ1地先 県道161号線沿い→赤荻保育園へ移設 現存
遠山村 小菅字法華塚568番ノ1地先 小菅駐在所前 現存
滑河町 滑川字宿1093番ノ4地先 滑河観音前 現存
小御門村 名古屋字館ノ内892番ノ2・893番ノ2合併地先 小御門神社前 現存
高岡村 大和田字谷ツ151番ノ1地先 不明 不明
大須賀村 伊能字馬場先2108番地先 大須賀大神前 現存
本大須賀村 吉岡字宿並4番地先 八坂神社前 現存

[編集] 路線バス

千葉交通
成田に本社を置く京成グループの企業。主にJR・京成成田駅から、成田市内、周辺の富里市、栄町、香取市、芝山町、茨城県河内町などを結び運行している。また、成田空港からは空港内整備地区や周辺の芝山町、多古町方面を運行している。
成田空港交通
成田に本社を置く京成グループの企業。第1旅客ターミナルビルと第2旅客ターミナルビルとを結ぶターミナル連絡バス、空港と周辺市町村、ホテルなどを結ぶバスや高速バスの運行などをしている。
JRバス関東
JR成田駅と三里塚、多古、八日市場駅を結ぶバス(多古線)を主に運行している。多古線は、廃線となった成田鉄道の代行路線として開業した官営自動車が前身となっている。
Circle Bus 成田市内循環バス(通称200円バス)
成田ホテルバス連合会が運営する運賃200円均一バス。市内の主な商業施設と7ホテルを結ぶ循環バスを運行している。路線は2ルートあり、Aルートは成田空港交通、Bルートは千葉交通に委託されている。
成田市観光循環バス
2007年3月15日から運行を開始、市内の観光名所を巡る。Aルート(3便)Bルート(4便)の計7便で、主なルートは、JR成田駅 - 成田山新勝寺 - イオンモール成田 - 成田空港第2旅客ターミナル - 成田空港第1旅客ターミナルなど。運賃200円、一日乗車券は500円。バスのデザインはかつて成田駅前と成田山、宗吾霊堂間を走った「成宗電気軌道」をモチーフにレトロな外観となっており、車内のモニターには、日本語・英語・中国語・韓国語の4カ国語による案内や、成田のイベントや名物などが紹介される。運行は、千葉交通成田営業所に委託されている。
成田市観光循環バス(レトロバス)
成田市コミュニティバス
詳しくは、成田市コミュニティバスを参照のこと。

[編集] 高速バス

大阪なんば・京都駅八条口~浜松町・成田空港・銚子線
夜行高速バス。市内では、大栄、成田空港第2ターミナル、第1ターミナル、京成成田駅の各駅に停車する。千葉交通と南海バスによる共同運行。
松戸線(松戸駅~柏駅~千葉ニュータウン中央駅~日医大千葉北総病院~京成成田駅~成田空港)
松戸駅柏駅千葉ニュータウン中央駅日医大千葉北総病院と成田市とを結ぶ路線。京成成田駅から成田空港へは降車のみで、乗車は出来ない。成田空港交通による運行。
犬吠号・利根ライナー浜松町駅東京駅~大栄・高速赤坂台~東芝町(銚子駅入口)・犬吠埼京成ホテル千葉科学大学
浜松町駅東京駅銚子市とを結ぶ路線。市内では、大栄、高速赤坂台の各駅に停車する。京成バス千葉交通による共同運行。

その他、成田空港から各方面へ高速バスが運行されている。詳しくは成田空港のバスの項を閲覧の事。

[編集] 鉄道

[編集] 東日本旅客鉄道

[編集] 京成電鉄

[編集] 廃止路線

[編集] 未成線

[編集] その他

[編集] 成田空港アクセスの改良計画

[編集] 鉄道

  • 成田市は千葉県及び茨城県の10市町村(成田市、柏市、我孫子市、白井市印西市、栄町、印旛村、本埜村、利根町、河内町)で構成されている成田線複線化促進期成会(我孫子-成田)の会員であり、成田線の複線化、成田空港へのアクセス向上(成田新高速鉄道との交差部への新駅の設置)の早期実現に向けて活動している。

[編集] 道路

  • 成田新高速鉄道整備事業とあわせて、一般国道464号のバイパスとなる北千葉道路が計画されている。こちらも起点は印旛村岩萩地先(印旛日本医大前)、終点は成田市大山地先となっており、ほとんどの区間で線路と併走する。

[編集] 報道機関・出版・放送局

航空機によるテレビ受信障害を防ぐ為、1993年(平成5年)11月18日「成田テレビ中継放送局」が成田市大袋に開局された。このテレビ放送中継局は、東京タワーからの電波を受信して UHF電波として再送信している。受信できる範囲は、成田市を含む57,230世帯となっている。また、高さは200m と成田市で一番高い建物でもある。その他、「佐原テレビ中継放送局」(香取市、1995年1月20日開局)、「下総光テレビ中継放送局」(横芝光町、1995年3月16日開局)、「江戸崎テレビ中継放送局」(茨城県稲敷市、1995年2月28日開局)があり、全4施設で約8万世帯を対象としている。

2011年7月14日の地上デジタル放送への完全移行後は、航空機によるフラッターの影響は受けにくいという事から解体される予定であるが、天候や場所によっては地上デジタル放送を受信出来ない場合も有り、問題も残されている。

成田テレビ中継局の項も参照のこと。

[編集] 成田テレビ中継局送信設備

  • 「チャンネル」の欄は開局時のチャンネル番号2004年5月20日実施のアナアナ変換後現在のチャンネル番号
放送局名 チャンネル 空中線電力 ERP 放送対象地域 放送区域内世帯数 偏波面
NHK東京教育テレビジョン 2849 映像30W
/音声7.5W
映像290W
/音声72W
全国放送 57,230世帯 水平偏波
NHK東京総合テレビジョン 3051 関東広域圏
日本テレビ放送網(NTV) 2553
TBSテレビ(TBS) 2355
フジテレビジョン(CX) 2157
テレビ朝日(EX) 1959
テレビ東京(TX) 1761
千葉テレビ放送(CTC) 中継局未設置
  • 県域放送局である千葉テレビ放送は、当地に中継局を置いておらず、三山・千葉本局を受信している。

[編集] 放送局

  • NHK千葉放送局 成田報道室
  • フジテレビ 成田空港民放クラブ
  • テレビ朝日 成田支局第一ターミナル
  • 千葉テレビ放送 成田空港室
  • メディアポート成田(MENAC)- 成田空港内専用放送局

[編集] ケーブルテレビ局

[編集] FM局

  • Inter FM(76.1MHz):外国語FM放送局。県内では千葉市と成田国際空港内のみが放送対象地域
  • bayfm(78.0MHz):地元のFM放送局。成田空港第1旅客ターミナルビル5階にサテライトスタジオ「Narita Airport Studio “SKY GATE”」がある。スタジオはガラスで隔てられており、壁は大空をイメージした青色となっている。

[編集] 新聞社

[編集] フリーペーパー

[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集] 観光

成田市は周辺市町1市2町(佐倉市、栄町、芝山町)と成田国際観光モデル地区に指定され、また国際会議(コンベンション)推進を目的とする国際会議観光都市にも認定されている。平成15年度に成田市を訪れた観光客数1,293万人。そのうちの9割が成田山新勝寺や宗吾霊堂などの社寺参拝客、催物観光客であり、その他はゴルフ客などによるものである。2007年3月15日、市内の観光名所を巡る観光循環バスが運行を開始した。#路線バス参照。

  • 主な入込数と県内順位(平成19年度)[14]
    • 成田山新勝寺 1,083万人 県内2位
    • 宗吾霊堂 110万人 県内9位
    • ゴルフ場(11施設) 43万人 ゴルフ場入込数県内4位
成田山新勝寺(房総の魅力500選)
940年(天慶3年)、宇多天皇の孫にあたる寛朝[かんじょう]大僧正により開山され、以来一千年余の歴史を持つ全国有数の霊場。真言宗智山派の大本山。また、関東三大不動の一つ。23万m² の広大な境内には額堂、光明堂、釈迦堂、仁王門、三重塔(すべて重要文化財)が点在する。
成田山新勝寺への表参道
成田山公園
成田山の大本堂裏手の丘地に広がる165,000m² の庭園。1928年(昭和3年)竣工。1998年(平成10年)成田山開基1060年の記念事業として大改修を行った。園内中央にある一の池、二の池、三の池などの周辺には桜、梅、紅葉など、四季を通じて園内を艶やかに彩る。また、紅梅・白梅など約500本が植わり、梅の名所としても有名。2月上旬~3月上旬の開花期には、「梅祭り」が行われる。
成田山書道美術館
成田山公園内の一角に建つ書の総合専門美術館。面積3,900m² の館内には近代書道の名作の数々が展示され、作品の保存、研究、普及活動としての役割も果たしている。
成田霊光館
成田山大塔の裏手にあり1946年(昭和21年)に創立された博物館。主に成田山に関する資料を展示している。成田山の創建と隆興、成田もうでと門前町、成田山と市川団十郎、ゆかりの美術品など5つのコーナーに分けられ、豊富な資料と共に成田山のすべてがわかる。
成田観光館
成田の歴史、観光情報を紹介する“見て聴くおもしろ観光情報館”として1988年(昭和63年)にオープンした。館内には、毎年7月の祇園祭で引き回される2基の山車が展示されており、また、「成田詣で」の今昔や成田街道の今昔を、紹介、展示。その他成田山新勝寺の観光一般の紹介や案内がある。
宗吾霊堂(東勝寺)(房総の魅力500選)
現在「宗吾霊堂」として名高い東勝寺は、真言宗豊山派の古寺。義民佐倉宗吾一家の菩提寺であり、宗吾一家が磔刑にされた場所といわれている。桜の名所としても有名。また、女子マラソンの高橋尚子選手が宗吾霊堂のお守りを付けてシドニーオリンピック金メダルを取ったことでも有名。
千葉県立房総のむら(成田市・印旛郡栄町にまたがる。房総の魅力500選)
豊かな自然環境に囲まれた県立の大史跡公園。歴史情緒ある町並みから、映画やドラマのロケ地としても利用されている。
麻賀多神社 (房総の魅力500選)
印旛郡市内にある麻賀多神社十八社の惣社。古書の「延喜式」(平安時代)の全国各地の神社名を記載した「神名」という項目があり、香取神宮などに次いで4番目に記載されている歴史的にも由緒ある神社。神社本殿の左奥には樹齢千二百年という目通り幹廻り8m、高さ40m もある関東一の大杉がある。
千葉県花植木センター(房総の魅力500選)
5.7ha の敷地内に、約90科430種余、約55,000本余の草木が花壇や、石の庭、造形の庭、野草園、温室などに植えられており、鮮やかに咲き競う。また、家庭園芸の基礎知識や実技研修、園芸教室の開催や盆栽、植木の即売などが行われている。
三里塚御料牧場記念館(房総の魅力500選)
1969年(昭和44年)8月18日、成田空港建設計画に伴い「宮内庁下総御料牧場」が栃木県に移転。「三里塚御料牧場記念館」は、その跡地におよそ百年間にも及ぶ宮廷牧場としての歴史、皇室と御料牧場などの多数の資料や、日本の畜産振興の実績などの記録を残す為三里塚記念公園内に建てられた。記念館外観は、当時の御料牧場の事務所を復元したもの。3万m²の敷地にはマロニエ並木道や三里塚にゆかりのある水野葉舟、高村光太郎の文学碑や、日本獣医学発祥の地であり、獣医学実地教育創始記念碑等がある。
北印旛沼・甚兵衛渡し(房総の魅力500選)
直訴へと向かう惣五郎が通った「渡し」の跡。渡しの名は、禁を破って惣五郎を対岸に送り届け、捕われるよりと沼に身を投じたとされる仁陜の渡し守甚兵衛に由来する。現在では県立印旛手賀沼自然公園の一部となり、コイフナ、タナゴやブラックバスなど、釣りのメッカとしても有名。また、甚兵衛の森公園には、樹齢300年を越える松林があり、1983年5月には「日本の名松百選」に選定されている。
大慈恩寺 (房総の魅力500選)
761年(天平宝字5年)唐の鑑真大和尚が創建したとされる真言宗の寺。成田山新勝寺よりも80年早く、この地方では、印旛郡栄町の竜角寺と並んで最も古い寺院とされている。本尊には清涼寺様式の釈迦如来実像が安置されており、歴史の深い事から天皇家との関わりもあり、香取神宮に参詣する天皇の勅使だけが使用した勅使門や、数多くの歴史的資料が残されている。周囲の森林公園は 千葉県郷土環境保全地区となっている。
滑河観音(龍正院) (房総の魅力500選)
坂東三十三ヵ所観音霊場の第二十八番札所で、通称滑河観音と呼ばれている。国の重要文化財・仁王門をくぐると右手に夫婦松がある。元禄十一年(1698年)建立の本堂は入母屋造の五間堂。本尊は高さ約3.6cm の十一面観音で、後に造られた大観音像の胎内に納められている。延命、安産子育、災難消除の守り本尊として参拝者が跡をたたない。また、本堂は県有形文化財。
小御門神社 (房総の魅力500選)
旧別格官幣社小御門神社は、後醍醐天皇の忠臣贈太政大臣藤原師賢公を祀っている。「回復の神」「身代わりの神」として、世人の篤い崇敬を受けている。境内の森は県内最大規模の常緑針葉樹林で、千葉県指定天然記念物に指定されている。
成田ゆめ牧場
1987年、秋葉牧場の百周年を記念して開場した。ヒツジヤギなど色々な動物と触れ合いが出来る、自然を生かした体験型観光牧場。ペット同伴可。キャンプ場併設。また、乳製品関しては定評があり、中でも「超濃厚アイス」は北海道を上回る味と人気がある。

[編集] 祭り

春 3・4・5月

  • おどり花見 4月3日
  • 取香の三番叟 4月3日
  • 北羽鳥の獅子舞 4月の第1日曜日
  • 関東一の太鼓まつり〜感動成田劇場〜 4月第2土・日曜日
  • 大塔まつり(総踊り) 5月中旬
  • 奉納梅若 成田山薪能 5月第3日曜日の前日

夏 6・7・8月

  • 青葉まつり 6月上旬〜中旬
  • 成田祇園祭 7月第2金・土・日曜日
  • 三ノ宮神社(埴生神社)祭礼 7月17日
  • 麻賀多神社祭礼 7月31日
  • 慰霊流燈大法会 8月上旬
  • 成田ふるさとまつり 8月下旬
  • 成田山みまた祭 8月下旬

秋 9・10・11月

  • 御待夜祭 9月2日〜3日
  • 成田山菊花大会 10月中旬〜11月中旬
  • 御利生祭 〜成田弦まつり〜 10月中旬
  • 産業まつり 11月下旬
  • NARITA花火大会in印旛沼 10月中旬

冬 12・1・2月

  • 納め不動 12月28日
  • 初詣 1月1日
  • 節分会 2月3日
  • 梅まつり 2月中旬〜3月中旬

[編集] 文化財

番号 種別 名称 所在地 所有者又は管理者 指定年月日 備考
1 建造物 龍正院仁王門 滑川1093-1 龍正院 大正5年5月24日 室町時代
2 旧御子神家住宅 大竹1451 千葉県 昭和44年6月20日 房総風土記の丘へ移築復元、安永8年(1779年)建立
3 旧学習院初等科正堂 大竹1451 千葉県 昭和48年6月2日 房総風土記の丘へ移築復元、明治32年(1899年)建立
4 新勝寺
  • 光明堂
  • 釈迦堂
  • 三重塔
  • 仁王門
  • 額堂
成田1 新勝寺 昭和55年5月31日
5 彫刻 木造不動明王及二童子像 成田1 新勝寺 昭和39年5月28日 新勝寺の本尊
6 書跡 住吉物語 田町312 成田山仏教図書館 昭和43年4月25日 鎌倉時代中期の擬古物語
7 考古資料 南羽鳥中岫第1遺跡土壙出土遺物 栄町(千葉県立房総のむら、風土記の丘資料館にて展示) 成田市 平成15年5月29日 人頭形土製品をはじめ縄文時代前期の土器・耳飾り・垂飾品など
番号 種別 名称 所在地 所有者又は管理者 登録年月日 備考
1 建造物 長興院山門 伊能556 長興院 平成11年7月8日 江戸時代末期
2 石橋家住宅門 久井崎 個人 平成11年7月8日 明治時代 木造平屋建
3 石橋家住宅南の蔵 明治時代 土蔵造平屋建
4 石橋家住宅東の蔵 明治時代 土蔵造平屋建
5 石橋家住宅土蔵 明治時代 土蔵造平屋建
6 大野屋旅館 仲町368 個人 平成17年2月9日 昭和10年竣工 木造3階建 望楼付

[編集] 特産

  • 和菓子羊羹 - 明治15年、成田山新勝寺の精進料理の一つとして出されていた栗かんからヒントを得て、練り羊羹が考案され参詣客への土産物として売り出したところ大ヒット。現在までに品質改良を重ね、現在では多種多様物が売り出されている。また、まんじゅうや餅菓子等の和菓子が加わり、成田山の名物となっている。(米屋、米分、柳屋など)
  • 漬物 - 「の鉄砲漬」が代表的。瓜を鉄砲のようにくりぬいて、その中にシソの葉を巻いた青唐辛子を詰め、醤油みりんなどの調味料で漬け込んだもの。
  • - 千葉産の米と成田層から汲み上げる清冽な地下水を使用し仕込まれた酒は、酒通の間でも定評を得ている。(鍋店、滝沢本店など)
  • 佃煮 - 成田の佃煮は、明治20年頃、印旛沼で取れたハゼと小エビを加工する事で開始されたと言われている。印旛沼のフナワカサギなどの甘露煮、スズメ焼きなどが有名。
  • レンコン - 旧下総町の特産品で、国の減反政策がきっかけで栽培が始まった。現在ではハウス栽培、二年堀り、筋堀りなど多彩な栽培方法を組み合わせも、一年中市場へ出荷されており、その販売戦略などが高く評価され、平成12年、日本農業賞大賞(集団組織の部)を受賞している。
  • ベニアズマ - 旧大栄町の特産品で、サツマイモは祖生産額・作付面積と共に全国トップクラスで生産量は県内1位。その品質と味の良さについては最上級といわれ、東京市場に出荷されている。この様な中、新たなブランド品として「大栄愛娘(たいえいまなむすめ)」を作り、生産者が協定を結び、苗から出荷まで高品質に拘ったサツマイモを生産している。

[編集] 名誉市民

[編集] 出身有名人

[編集] 成田ゆかりの人物

[編集] 三里塚ゆかりの人物

[編集] 成田市を舞台にした作品

[編集] ドキュメンタリー

  • NHK ある人生「三里塚四十年」(1969年)
  • NHK特集「24時間定点ドキュメント 成田空港」(1979年)
  • NNNドキュメント「機影の下の闘い 40年目の成田闘争」(2006年)

[編集] 音楽

[編集] ラジオドラマ

[編集] 成田市がロケ地である作品

[編集] 映画・ドラマ

[編集] CM

  • 「ビールの先駆けを飲もう」キャンペーン(2007年:麒麟麦酒、旧学習院初等科正堂)

[編集] PV(プロモーションビデオ)

[編集] 市内で起こった主な事件・事故

[編集] その他

  • 総世帯数:51,531世帯(2007年12月末日現在)
  • 市外局番:2006年10月1日から市内全域が「0476」に統一された。また、旧大栄町の70局地域は49局へと変更された。
  • 郵便番号
    • 下記の地域を除く旧成田市全域 286
    • 下記の地域 282
      • 木の根 24、36、92
      • 駒井野 2071、2112、2121、2131、2159、2162
      • 三里塚 御料牧場1番地1、2
      • 天浪
      • 東三里塚 101番地1
      • 古込 1-1、93、124、133、141、151、154、164
    • 旧下総町全域 289
    • 旧大栄町全域 287
  • 明治期の文明開化の煽りを受けた頃、成田には煉瓦焼成に向いた粘土が身近に有り、成田には煉瓦建築が建並び、嘗ては、成田山に向かう表参道の仲町坂道も煉瓦舗装されていた。大正の関東大震災以降、煉瓦の弱点である耐震性が露呈し衰退していったが、現在でもその面影を市内で見る事が出来る。また、香取郡高岡村高田(現・成田市高岡)の粘土で作られた煉瓦は銚子市に建つ「犬吠埼燈台」建設の際、実に19万3千枚が使われた。約130年を経た現在でも建ち続ける灯台は、高度な設計と良質な煉瓦でこそ成しえた技である。
  • 東洋経済新報社による「安心度」「利便度」「快適度」「富裕度」の4つの観点から住みやすい都市を評価する「住みよさランキング」では、2009年度全国総合1位の評価を受けている。また、通勤圏を考慮した新方式では東京都稲城市に次いで2位の評価を受けている。[15]


[編集] 脚注

  1. ^ 国土交通省ホームページ 業務核都市基本構想(成田・千葉ニュータウン業務核都市)に係る同意についてより。
  2. ^ 千葉県総合企画部政策企画課「成田・千葉ニュータウン業務核都市基本構想について」 より。
  3. ^ 統計情報の広場(千葉県の統計情報)工業統計調査結果 より。
  4. ^ 千葉県商工労働部経営支援課千葉県の商圏について(平成18年度消費者購買動向調査結果) より。
  5. ^ 千葉県商工労働部経営支援課 大規模小売店舗立地法にかかる届出状況より。
  6. ^ 成田国際空港公式WEBサイト 開港以来の国際航空貨物取扱量実績(暦年)より 。
  7. ^ 成田市ホームページ 企画課 > 統計情報「国勢調査人口と世帯数の推移」より。
  8. ^ 広報なりた2006年4月1日号 新成田市10地区の町名・字名 より。
  9. ^ 財団法人 日本下水道協会発表 「下水道の普及率と実施状況」より。
  10. ^ 千葉県警察 事件・事故 / 犯罪統計「刑法犯認知件数の推移」より。
  11. ^ 成田市ホームページ交通防犯課「成田市内の交通事故発生状況(平成18年中)」 より。
  12. ^ 国土交通省関東地方整備局道路交通センサス(平成17年度一般交通量調査。箇所別基本表千葉県(千葉市を除く)) より。
  13. ^ 「歳月の忘れもの」発行成田市 平成6年11月発行より。
  14. ^ 平成19年 観光入込調査概要 千葉県商工労働部観光課
  15. ^ 住みよさランキング 2009年版速報 成田(千葉)が首位、通勤圏を考慮した新方式では稲城(東京)が首位に東洋経済新報社2009年3月5日 より。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 空中写真地図

下総滑川(南西) 下総滑川(南東) 佐原西部(南西) 佐原西部(南東)
成田市(北西) 成田市(北東) 成田市(南西) 成田市(南東)
新東京国際空港(北西) 新東京国際空港(北東) 新東京国際空港(南西) 新東京国際空港(南東)
多古(北西) 酒々井(北西)