山車

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日本三大曳山の一つ(秩父夜祭の山車)
日本三大曳山の一つ(高山祭の屋台)
日本三大曳山の一つ(祇園祭の長刀鉾)
本来の「山」の意味が残る山あげ祭の大山(2006年/当番町:泉町)

山車(だし)・祭屋台とはの際に使われる出し物。豪華な装飾が施されていることが多い。神幸祭などの行事では、この山車が町の中をねり歩き行列となる事もある。

目次

山車の別名 [編集]

地方によって様々な呼ばれ方をする。

  • 山のつくもの・・・やま(山、山車、軕)、ひきやま(曳山、曳き山)、かきやま(舁き山'、担ぎ山)、やまほこ(山鉾)。

  やまかさ山笠)(北部九州地方)。

  • 車のつくもの(上記を除く)・・・だんじり地車、台尻、壇尻、車楽、段尻[1]))(主に関西地方)。

 さいしゃ祭車)(三重県桑名市地方)。  おくるま(御車)(知多地方、尾張地方)。

  • 笠のつくもの(上記を除く)・・・かさぼこ(笠鉾)、(秩父地方など)。

山車(だし)の語源は、神殿境内の外に出す出し物であるからとする説と依り代である髯籠(ひげこ)を出していたからだとする説などがある。山車は「出し物」全般を指すが、車の字がついていることから曳き山を指すことが多い。

山(山車の原型) [編集]

(やま)は自然の山岳を模して造られた依り代で、祭礼などで用いられる。山車の原型。

古来の民間信仰では、神は山岳や山頂の岩や木を依り代として天から降臨するという考えがあり、山上や山麓に斎場を設け祭祀が行われていた。これらは山岳信仰として、或いは山岳を神体とする神社として残っている。代表的な例では大神神社(三輪山)などがあり、小さな神社でも山麓にあるものは山頂に磐座や神木を持つことが多い。

村落が発達すると平野部においても祭祀が行われるようになり、臨時の斎場が設けられた。このときにも降臨を仰ぐために依り代を立てており、これが恒久化して現在の神社のような施設ができる。この依り代の1つに、山岳を模して造られた(やま、造り山・飾り山)がある。恒久的である神殿内部の依り代と並行して、この山は神の降臨を表現する、或いは、再確認する臨時の依り代として祭礼などで用いられるようになる。

記録に残っている最初の山は『古事記』の垂仁天皇の条にある「青葉山」で、出雲国造の祖である岐比佐都美が葦原色男(大国主)を祀る庭として青葉で飾った山を造ったとある。体形的な祭礼の物では、『続日本後紀天長10年(833年)11月戌申条、仁明天皇大嘗会に曳きたてられた「標山(しるしのやま・ひょうのやま・しめやま)」がある。標山には移動神座のような役割があり、山車の原型であるといわれている。大嘗会には中断された時期があり、このときに標山は廃止されたようである。

民間の祭礼にも同じようなものが登場し、形態は山との関連と運行形態から一時的に祭壇のような築山を設ける「置き山」、引く形式の「曳き山」、担ぐ形式の「舁き山」などと呼ばれ、また「だし」とも呼ばれるが、その漢字には山車が使われた。現在の祭礼では、巡行されない置き山は数が少なく、巡行される山車がほとんどである。

本来の意味の残る希有な例として、栃木県那須烏山市の国指定重要無形民俗文化財、「烏山の山あげ行事」(通称「山あげ祭」)がある。この祭では元来築山を街に作り奉納していたが、経済の隆盛とともに地元特産の和紙(程村紙)を使って木材と竹で作った枠に貼付け「山をあげる」ようになった。その大きさは最大で幅は道幅一杯の7m、高さは10m以上に及ぶ。現在は奥行き100mに渡って複数の「山」と舞台装置を組み合わせ、余興(所作狂言、神楽など)が奉納されている。また、これらの「山」は他所の曳山などと同様、町中を巡行する。全て手作りの幅7m、高さ10m以上、奥行き100mの山と舞台装置一式を毎回組み立てて、余興を催し、解体、移動を一日最大6回、3日間の祭礼で最大16回に渡ってくり返し、移動総延長は20kmにも及ぶ。6町年番制で町ごとに全て舞台装置は異なるが、全ての「山」には滝が描かれ、全ての町にあまねく山の恵みが行き渡るように、との願いが込められている。

山車 [編集]

山車には、曳き山、舁き山などが含まれ、読みの意味から考えると山(置き山)なども含まれる。最も一般的なものは車輪の付いた曳き山で、その他にはかき棒のついた舁き山などがある。呼称は冒頭であげたようなものがあるが、同じものでも地域によって呼称が異なっていたり、異なったものに同じ呼称が用いられていることもあり、非常に複雑である。

山車は風流として練りだされたものが増え、全国各地で様々なものが存在する。依り代としての役割が薄れたものが多いが、稚児人形が乗っていたり、依り代として用いられるものが装飾に施されているなどの名残がある。

曳き山(ひきやま) [編集]

曳き山の山車の中には非常に凝ったからくりを持つものもあり、また大きさも普通の神輿サイズからその10倍以上の大きさ(重量で数トン程度)のものまで様々である。中でも、石川県七尾市の青柏祭の曳山(でか山)は重量約20トンであり、日本最大とされる。大きな物が生まれた理由として、引くという形式から巨大なものが運行可能であるということ、依り代としてより目立つ背の高いものが用いられた名残、氏子同士の風流としての競い合いの結果などがあげられる。

台車の形状は地域や地区によって、車輪が台車の内についているものや外についているもの、車輪が木製のものや金属製のもの、車輪の大きさ、台車本体の木材の組み方などの違いがあり、数多くの種類がある。

車輪の数としては四輪が一般的であり、それに補助の車輪がついているものもある。ほかには滋賀県大津市大津祭での曳山や三重県北部の石取祭に使われる山車が三輪であり、静岡県森町から磐田市にかけての遠州中東部で引き回される二輪屋台浜崎祇園山笠のように六輪あるものもある。また、それに伴って運行方法、運行形態も異なるものになっている。小城祇園においては、旧来は車輪がついていない山の下に丸太を次々に敷き挽いて運行するという珍しいものだったが、現在は普通に車輪のついた曳き山となっている。

多くの場合、山車は人力で引いて動かすが、中にはエンジンやハンドルがついており自動車のように運転できるものもある。

重要有形民俗文化財に指定された山車 [編集]

現在全国の祭礼(行事)の内、5件(66基)が国の重要有形民俗文化財に指定されており、いずれも重要無形民俗文化財の指定も受けている。


インド [編集]

インドでは、神様の山車に轢かれ死ぬと、天国にいけるという宗教行為がある。(ジャガンナート

ギャラリー [編集]

関連項目 [編集]

重要無形民俗文化財に指定された山車祭り
東北
関東
中部
近畿
九州

脚註 [編集]

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  1. ^ 牧村史陽・編『大阪ことば事典』講談社(講談社文庫)1998年、415,416頁。