富山県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
とやまけん
富山県
呉羽丘陵から望む立山連峰と富山市街
呉羽丘陵から望む立山連峰と富山市街
富山県旗
富山県旗
(1988年12月27日制定)
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
団体コード 16000-8
ISO 3166-2:JP JP-16
面積 4,247.62km²
(境界未定部分あり)
総人口 1,070,850
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 252人/km²
隣接都道府県 新潟県長野県岐阜県石川県
県の木 タテヤマスギ
県の花 チューリップ
県の鳥 ライチョウ
他のシンボル 県の獣:ニホンカモシカ
県の魚:ブリシロエビホタルイカ
県の歌:富山県民の歌
富山県庁
知事 石井隆一
所在地 930-8501
富山県富山市新総曲輪1番7号
北緯36度41分43.1秒東経137度12分40.7秒
富山県庁
外部リンク 富山県
富山県の位置

富山県行政区画図

― 市 / ― 町 / ― 村

ウィキポータル 日本の都道府県/富山県
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト

富山県(とやまけん)は、日本の一つ。北陸地方に属し、日本海に面する。令制国越中国に相当する。県庁所在地富山市

概要[編集]

富山県は、四方を海と山脈で区切られた越中国と領域を同じくする。

東の新潟県との県境は難所親不知として知られる。

西部は倶利伽羅峠を挟んで石川県と接しており、戦国末期には両国の前田利長佐々成政が争った。その後、羽柴秀吉(豊臣秀吉)によって越中は前田利長に与えられ、江戸時代の越中は加賀藩とその支藩である富山藩に統治されていた。廃藩置県では一時的に新川県が成立するも、人口が過小と見なされたことと歴史的経緯により、石川県に併合されてしまう。しかし、石川県議会では越中の水害復旧が放置されるなど、越中軽視の姿勢が目立ったことから分県運動が起こり[1]、全越中が分離独立する形で富山県が成立した。

南には飛騨山脈(日本アルプス)が控え、山間部には「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産に登録されている五箇山立山信仰などの山岳信仰で有名な立山連峰、山岳観光ルートの立山黒部アルペンルートなどがあり、日本で唯一氷河が現存する[2]。隣接する岐阜県飛騨地方は、山々に遮られる形で太平洋側との交通の便が悪く、富山県南部との経済的・文化的な結び付きが強い。そのため、越中と飛騨をまとめて飛越地方とも呼ばれる[3]

北は富山湾日本海)に面している。国際拠点港湾伏木富山港は、北陸工業地域や環日本海貿易の拠点として発達した伏木港、富山港、富山新港の総称である。また、魚津滑川氷見などでは豊富な海産物が水揚げされる。うち、魚津から滑川にかけてはホタルイカの群遊海面、蜃気楼の見える海岸で有名である。

加賀藩の支配を脱した明治から産業の発展が続き、北陸工業地帯を形成。YKK三協立山アルミなど発祥の地として知られる。北陸銀行北陸電力などの本拠地でもある。

2009年現在、「近世高岡の文化遺産群」と「立山黒部 〜防災大国日本のモデル -信仰砂防発電- 〜」を世界遺産(文化遺産)に登録することを目指している。もし登録が実現すれば、1つの県に3つの世界遺産を保有する県となる。また、立山連峰黒部峡谷などを自然遺産に登録することを目指す動きもあるが、同地域の文化的側面と合わせて複合遺産としての登録を目指す可能性もある。

方言としては富山弁があり、地域によって呉東方言、呉西方言、魚津弁などに分かれる。富山弁は北陸方言に属し、特に能登弁と類似性がある。「新鮮」を意味する「きときと」をはじめ、『広辞苑』に収められている言葉もある。

前述の「きときと」と表現される魚介類に加え、名水百選平成の名水百選にそれぞれ県内から4か所が選ばれるなど、名水の産地として知名度が高い。

富山県全域、新潟県上越地方(特に上越市以西)および岐阜県飛騨地方(特に北部)では、「富山」の地名を「やま」ではなく「とやま」と平板に発音する。また、石川県(特に加賀地方)では「とま」と発音する。

地理・地域[編集]

地形図

県の中部には、概ね複数の河川が形作った沖積平野富山平野があり、山麓部には複数の川の扇状地が重なり合ってできた「複合扇状地」が見られる。

自然公園[編集]

剱岳(中部山岳国立公園)
ジオパーク
国立公園
国定公園
県立自然公園

気候[編集]

日本海側気候であり、県内全域が豪雪地帯(一部地域は特別豪雪地帯)に指定されている[4]。夏はフェーン現象の影響で気温が上がり、高温多湿。標高の高い南部の山岳地帯は亜寒帯湿潤気候に属し寒さが厳しい。特に立山連峰は世界有数の豪雪地帯であり、立山および剱岳周辺には、日本では唯一の現存する氷河が確認されている。

富山県内各地の平年値(統計期間:1971年 - 2000年、出典:気象庁・気象統計情報
平年値
(月単位)
沿岸部 内陸部
氷見 高岡市
伏木
富山 魚津 朝日町
富山市
秋ケ島
上市 富山市
八尾
砺波 南砺市
南砺高宮
平均
気温
(°C)
最暖月 25.4
(8月)
26.3
(8月)
26.1
(8月)
25.5
(8月)
26.1
(8月)
23.9
(8月)
25.6
(8月)
25.4
(8月)
25.0
(8月)
最寒月 2.1
(2月)
2.6
(2月)
2.5
(1,2月)
2.4
(2月)
3.0
(2月)
0.2
(2月)
1.8
(2月)
1.8
(2月)
1.6
(2月)
降水量
(mm)
最多月 245.3
(12月)
249.4
(12月)
255.4
(1月)
265.8
(7月)
295.5
(11月)
330.9
(7月)
304.7
(1月)
265.8
(1月)
302.3
(1月)
最少月 111.1
(4月)
115.7
(4月)
122.5
(4月)
145.5
(4月)
141.2
(4月)
181.7
(4月)
127.4
(4月)
115.6
(4月)
126.6
(5月)

地域区分[編集]

伝統的に富山平野の中央部にある呉羽丘陵を境に東を呉東(ごとう)、西を呉西(ごせい)と呼んでいた。現在では市町村界によって区切った県東部・県西部という名称も使われている。おおむね呉東・呉西に一致するが、富山市呉羽地区は呉西でありながら県東部に属する。また、富山市婦負地区(旧婦負郡)は、かつて気象庁の地方区分では県西部(西部婦負)に属していたが、行政区分との統一を図るため2006年3月1日より同市他地区と同じ県東部(東部南)へ管轄変更となった。

さらに、県東部を富山地区・新川地区、県西部を高岡地区・砺波地区に細分することがある。

  • 以下の10市2郡4町1村がある(平成の大合併以前は9市18町8村)。町の読みは「ちょう」ではなくどれも「まち」。しかし、地元の人々の中で「ちょう」と読む人が多くいる。ちなみに自治体の数は日本で一番少ない。

自治体[編集]

市町村の数は15であり、これは都道府県の中で一番少ない。

富山県東部(呉東)[編集]

富山地区
新川地区

富山県西部(呉西)[編集]

高岡地区
砺波地区

歴史[編集]

先史・古代[編集]

  • 富山県では旧石器時代遺跡は140以上も確認されている。それらの大半は3万年前までの後期旧石器時代のものである。そして、約2万2000年前頃までの前半期には東日本に分布する立つ野ヶ原型ナイフ形石器と呼ばれる石器群が、後半期には国府型ナイフ形石器と呼ばれる瀬戸内系石器群が出土している。本県では、東西の石器文化の影響を受けたことが分かる。また、これらの石器の材料は本県の西部の頁岩系石材とともに、瀬戸内系安山岩であり、当時の人々の広範囲な活動や交流が認められる。
  • 縄文時代 氷見市の大境洞窟で新石器時代の遺物発見
  • 大和時代 五畿七道のうち北陸道の一つとして存在する
  • 北陸地方は、越国(高志国)であったが、645年 大化の改新の後、越前(こしのみちのくち)、越中(こしのみちのなか)、越後(こしのみちのしり)に三分割され、大宝二 (702) 年越中国となり、ほぼ今の富山県域と一致し、時により加減はあったが砺波(となみ)・射水(いみつ)・婦負(ねひ)・新川(にひかわ)の四群から構成された
  • 701年 越中国の国司である佐伯有若の子、佐伯有頼によって立山が開山し、雄山神社が開かれる

律令時代[編集]

  • 725年 僧侶行基によって国内最大の石仏である不動明王像が彫られ、真言密宗大岩山日石寺を開く
  • 741年 能登国を越中国に併合する
  • 746年 越中国の国司として、歌人でもある大伴家持が赴任する。後に大伴家持が中心となり編纂した万葉集には富山県の風景や伝説を詠んだ歌が全4536首のうち337首収められている。
  • 757年 越中国より能登国を分離する
  • 810年 越中国に滞在した渤海国使首領である高多仏により、習語生等に対する渤海語の修習が行われる
  • 863年 越中、越後で大地震が発生する(三代実録)

鎌倉時代 - 室町時代[編集]

戦国時代[編集]

江戸時代[編集]

明治時代(置県以前)[編集]

明治時代(置県以後)[編集]

大正 - 第二次世界大戦前[編集]

第二次世界大戦後[編集]

平成[編集]

人口[編集]

Demography16000.svg
富山県と全国の年齢別人口分布(2005年) 富山県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 富山県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
富山県(に該当する地域)の人口の推移
1970年 1,029,695人
1975年 1,070,791人
1980年 1,103,459人
1985年 1,118,369人
1990年 1,120,161人
1995年 1,123,125人
2000年 1,120,851人
2005年 1,111,729人
2010年 1,093,365人
総務省統計局 国勢調査より

政治・行政[編集]

富山県庁

行政機構[編集]

歴代知事(公選)[編集]

  • 初代 館哲二(1947年4月19日~1947年11月15日、1期)
  • 2代 高辻武邦(1948年11月23日~1956年9月30日、2期)
  • 3代 吉田実(1956年9月30日~1969年12月1日、4期)
  • 4代 中田幸吉(1969年12月30日~1980年9月18日、3期)
  • 5代 中沖豊(1980年11月11日~2004年11月8日、6期)
  • 6代 石井隆一(2004年11月9日~、2期目)

県議会[編集]

財政[編集]

平成19年度[編集]

平成18年度[編集]

  • 財政力指数 0.4159
  • 標準財政規模 2647億円
  • 普通会計歳入 5206億円
  • 経常収支比率 94.5%
  • 人口一人当たり地方債残高 89万6267円 普通会計分のみ
  • 実質公債費比率 16.3%
  • ラスパイレス指数 96.3

地方債等の残高

  • 1普通会計分の地方債 9954億円
  • 2上記以外の特別会計分の地方債 902億円
  • 3第3セクター等の債務保証等にかかわる債務 264億円

地方債等の合計 1兆1120億円 (連結会計)

平成17年度[編集]

  • 財政力指数 0.37

広域行政[編集]

富山県内における広域行政の主な形態は以下の通り。

東部
  • 富山地区広域圏事務組合(富山市・滑川市・上市町・立山町・舟橋村) - ごみ処理
  • 中新川広域行政事務組合(上市町・立山町・舟橋村) - 下水道・介護保険
  • 新川広域圏事務組合(魚津市・黒部市・入善町・朝日町) - ごみ処理・し尿処理・斎場ケーブルテレビ
西部
  • 砺波広域圏事務組合(砺波市・南砺市) - ごみ処理・救急医療・上水道・ケーブルテレビ事業(ケーブルテレビ事業に限り小矢部市も含む)
  • 砺波地区消防組合(砺波市・南砺市・小矢部市) - 広域消防
  • 高岡地区広域圏事務組合(高岡市・小矢部市・氷見市) - ごみ処理・ソフト事業(広域観光等)

姉妹州省・提携州省、姉妹都道府県[編集]

経済・産業[編集]

産業[編集]

特筆すべき資源として、豊富な水資源とそれを利用した水力発電がある。そのため越中は古来より米所であった。富山県は明治から昭和にかけてこの電力を生かして第一次産業から第二次産業、つまり日本海側屈指の工業地域(北陸工業地域)へと産業転換を果たした。ただ第三次産業への転換は首都圏一極集中の流れから、遅れがちである。そのため情報処理業はインテックなど企業向けが中心である。一方で地方としては珍しいアニメスタジオ(ピーエーワークス)がある。

一次産業[編集]

農地は減少傾向にあるが、耕作地における水田率は全国1位 (95.9%)。砺波地区においては明治時代から続くチューリップの栽培が盛んであり、異彩を放っている。北部に占める富山湾の恩恵により、漁業も盛んであったが、近年定置網漁を除く、その他の漁業は衰退の傾向にある。しかし、国民のグルメ指向と輸送時間の短縮化により、従来は移送が不可能であったシロエビなど、今まで売れなかった商品が注目されている。

  • 農業:米、砺波のチューリップ、福光の干し柿、入善のジャンボ西瓜
  • 漁業 - 豊かな漁場である富山湾を有し発達している。他県に無い特色としては伝統的なブリ定置網漁、日本唯一の群泳海域を持つホタルイカ漁、保存技術の発達で可能になったシロエビ漁など
  • 林業 - 山の大半が国立公園のため、あまり盛んではない

二次産業[編集]

富山県は、日本海側最大の工業集積地であり、北陸工業地域の中核である。

立山連峰の豊富な水資源と水力発電を利用して産業が発達している。特に電気料金は北陸電力が日本で最も安い電気料金を実現しており[6]、多量の電気を必要とするアルミ精錬とその関連産業が栄えてきた。臨海部を中心として石油精製、重化学工業、各種電気製造が発達している。特定重要港湾伏木富山港では大量の原料の輸入と製品の輸出が行われている。

越中の薬売り」の伝統から医薬品の製造・販売が盛んである。製薬業は景気後退や高齢化の進行に強い。ジェネリックブームの恩恵もあり、平成不況の中にあって高い安定性を誇る。

三次産業[編集]

商業[編集]

県外への輸出は伝統的に富山の売薬やブリ街道が有名である。古くから北前船で知られる日本海側貿易の中継拠点であったが、現代ではさらに環日本海貿易の拠点として発達し、中古車などの取引拠点となっている。

県内商業としては伝統的には総曲輪周辺の中心市街地が栄えていた。近年では車社会化が進行し、幹線道路沿いの郊外店が主流となっている。それに伴い大型店舗化が進行している[7]。富山市と高岡市の商圏は県内のみならず岐阜の北部や新潟県上越地方をも収めるが、隣県の金沢市の商圏と競合関係にある。

その他産業[編集]

生活・交通[編集]

警察[編集]

消防[編集]

単独設置
組合設置

交通[編集]

空港[編集]

北陸新幹線が未開業のため、首都圏との行き来の中核をなしている。また、新潟空港松本空港と比べ利便性が高いため利用されやすい。

道路[編集]

道路整備率は75.7%(2006年)と全国で最高水準にある[8]。その一方で混雑率は大都市圏よりずっと低く(1,079台/124時間)[8]、全国で最も快適に自動車生活を送れる地域の一つである。

鉄道[編集]

全国の都道府県で唯一、県内全ての市町村に鉄道駅が存在するなど、地方としては鉄道網が発達していたが、モータリゼーションの進行で在来線が衰退傾向にある。その一方で、ライトレール専用路線が新設されるなど先進的な試みもなされている。また、北陸新幹線が2015年3月14日に開業予定である。

港湾[編集]

富山湾に設けられた湾港群。古くより沿岸貿易路の中継拠点であった。現代では環日本海貿易の中経路として、そして北陸工業地帯と世界をアクセスする。

富山湾は黒潮親潮潮境が生み出す豊穣な漁場であるため、漁港としても重要である。

医療・福祉[編集]

災害拠点病院
保育所

教育[編集]

専修学校
特別支援学校
高等学校
中学校
小学校
幼稚園

マスメディア[編集]

新聞社[編集]

補足

放送局[編集]

テレビ
※富山県にはテレビ朝日系列の放送局がないため、区域外再放送北陸朝日放送 (5ch) を視聴できるケーブルテレビ局が多い。また、同系列の取材拠点として富山市テレビ朝日富山支局と北陸朝日放送富山支局が設置されている。
※高岡市、砺波市小矢部市など県西部では北陸朝日放送など石川県の放送局(魚津市でも受信可能)、朝日町など県東部では新潟テレビ21 (5ch) など新潟県の放送局を、南砺市五箇山地域と富山市の旧細入村地域(いずれも県境付近のごく限られた地域)ではメ~テレ (6ch) など中京広域圏の放送局と岐阜県の独立UHF局の岐阜放送(ぎふチャン。8ch)を受信している世帯がある。
※北日本放送 (KNB) において、テレビ朝日制作平日朝のワイドショー(『モーニングショー』→『スーパーモーニング』)が同時ネットされてきたが、KNB が2011年3月31日を以って、テレビ朝日制作平日朝のワイドショーを打ち切り、本来の系列番組で日本テレビ制作『スッキリ!!』の同時ネットに変更したことに伴い、KNB および富山の民放局からはテレビ朝日系番組の同時ネット番組は全廃され、富山県に所在する民放局3局でのテレビ朝日系番組の放送は全て時差ネットで放送されることとなった。
テレビ東京系列は富山県全域にて視聴不可である上、テレビ東京 (7ch)・テレビ大阪 (7ch)・テレビ愛知 (10ch) の区域外再放送は一切行われていない。
ラジオ
ケーブルテレビ

雑誌[編集]

文化・スポーツ[編集]

県民性[編集]

貯蓄率は高く、「越中の一つ残し」と言われるほどである。自分の家を持って一人前という風潮があり持ち家率は全国最高である[9]。次男以下が結婚すると家を建ててあげるのが当たり前になっている。さらに家の大きさ(延べ床面積)も全国一大きい[10]

子弟の教育にも熱心な傾向があり全国学力調査など教育関係の統計で、上位に位置することが多い[11]

大家族傾向がある[12]ため、世帯収入が全国最高水準である[13]。逆に生活保護家庭の割合は極端に低く、全国最低である[14]

乳幼児を祖父母等に預けることが比較的容易なこともあって共働き率が全国最高水準である[15]。石川の「嫁は越中から貰え」という格言は、富山の女性は働き者とされるところからきている。コロッケの消費が多いのも共働きが多いからとされる。

「サラリーマン小説」を得意にした富山市出身の源氏鶏太は「富山県人である宿命」(『わが文壇的自叙伝』集英社)に同窓会に出てみんな泥くさいとし「私自身、極めて泥くさい人間であることを知っているし、それが富山県人の特性であると信じている。ただし、あえて弁解すれば、泥くさいということは、軽薄でないということだ」と書いている。

富山で過ごしたことがある宮本輝天の夜曲 流転の海・第四部 』には主人公の友人・久保敏松が富山人というのは、地味ではあっても、進取の気概を内に秘めていて、粘り強く自分の仕事に工夫を凝らすという特質を持っているような気がする、という。

この勤倹克己を地で行くような県民性は、安田財閥安田講堂に名を残す安田善次郎浅野財閥浅野総一郎ホテルニューオータニ大谷米太郎のような経済的成功者を多く生み出してきた。

海産物を好む食文化を持っており魚介類の消費額が全国一大きい[16]。特にコンブブリイカの消費額が群を抜いて大きい[17]

北陸地方は一向一揆で知られる浄土真宗が盛んで、越中の価値観にも強い影響を与えてきた。たとえば堕胎・間引きを忌んだことから、江戸時代から人口増加率が特に高く、全国に移住者を出していた[18]。関東での銭湯経営者も新潟と同様に富山出身社が多いが、これは厳しい仕事だからとされる。北海道開拓においても、富山県出身者が有意に多く[19]北方領土からの引揚者も北海道に次ぎ2番目に多い。富山を本社とする北陸銀行も小樽をはじめとして北海道に支店が多い。

県内全域から見られる立山連峰は、山岳信仰の舞台になっていて立山は富士山、白山と日本三霊山の一つである。

県民性に関する本の多くは真宗信者の勤勉さと家族の絆、富山の売薬によるパイオニア精神などを通して、勤勉でありながら、結婚式などでお金を蕩尽する部分に焦点を当てている。NHKなどの県民調査では石川県とのライバル意識が強いとされる。

食文化[編集]

郷土料理

伝統工芸[編集]

経済産業大臣指定伝統的工芸品
伝統工芸品

スポーツ[編集]

観光[編集]

国宝
  • 瑞龍寺 仏殿、法堂、山門(高岡市)
重要伝統的建造物群保存地区

観光PRマスコット[編集]

元気とやまマスコット 「きときと君

富山県を舞台とした作品[編集]

文学[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

漫画[編集]

アニメ[編集]

ゲーム[編集]

音楽[編集]

富山県出身の人物[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ http://www.t-hito.or.jp/kids/yumeoi/zoom/5-1.pdf 富山県の生みの親米沢紋三郎
  2. ^ 北アルプス立山連峰で発見の氷の塊が日本初の氷河の可能性高いと、立山カルデラ砂防博物館学芸員。 2010/11/30 17:05 共同通信配信
  3. ^ 飛越協議会「飛越地方とは」
  4. ^ 豪雪地帯の地域指定図 - 富山県(地域指定状況) - 国土交通省(2011年8月3日閲覧)
  5. ^ 誰か昭和を思わざる 大正ラプソディー (大正元年)
  6. ^ 電気料金(一般電気事業者間比較) (PDF) 電気事業便覧
  7. ^ 経済産業省 商業統計
  8. ^ a b 国土交通省 道路統計年報
  9. ^ 富山県83.9%、全国平均64.3%、東京都47.2%(2005年)統計局国勢調査調査開始以来全国1位
  10. ^ 富山県156.9m²、全国平均95.2m²、東京都65.9m²(2005年) 統計局国勢調査
  11. ^ 教育関係の統計一覧
  12. ^ 富山県3.01人、全国平均2.60人、東京都2.17人(2005年)統計局国勢調査 福井山形に次ぐ全国3位
  13. ^ 全国3位(2004年)消費実態調査結果より引用かつては1位であったが、低下傾向にある
  14. ^ 富山県0.59世帯、全国平均2.14世帯、大阪府4.35世帯(2005年)社会福祉行政業務報告の引用 100世帯あたりの生活保護世帯数
  15. ^ 富山県56.57%、全国平均44.43%、奈良県36.30%(2005年)統計局国勢調査の引用福井山形に次ぐ全国3位
  16. ^ 統計局家計調査
  17. ^ 統計局家計調査
  18. ^ 中川正「関東における北陸人集落の繁栄」『とやま経済月報』平成14年3月号
  19. ^ 明治25年至同29年府県別北海道移住者人員 道庁殖民部拓殖課『明治29年来住戸口表』富山県出身者が全体の1割以上を占めていたことが分かる

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

行政

観光

先代:
富山藩
行政区の変遷
1871年
(第1次富山県)
次代:
新川県
先代:
石川県の一部
越中国
行政区の変遷
1883年 -
(第2次富山県)
次代:
-----