飛騨市

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本来の表記は「飛驒市」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
ひだし
飛騨市
Flag of Hida, Gifu.svg
飛騨市旗
Hida Gifu chapter.JPG
飛騨市章
2004年平成16年)2月1日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
団体コード 21217-2
面積 792.31km²
総人口 25,006
推計人口、2014年11月1日)
人口密度 31.6人/km²
隣接自治体 高山市大野郡白川村
富山県富山市南砺市
市の木 ブナ
市の花 ミズバショウ
飛騨市役所
所在地 509-4292
岐阜県飛騨市古川町本町2番22号
北緯36度14分17.3秒東経137度11分10.4秒
飛騨市役所.JPG
外部リンク 飛騨市

飛騨市位置図

― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
古川の町並み
神岡城より望む神岡の町並み
冬の旧神岡鉄道漆山駅

飛騨市(ひだし)は、岐阜県の最北端に位置する。この市名については、旧飛騨国の中心部を占める高山市との激しい対立があった。

なお、正式名称は飛「騨」のつくり上部がツではなくロがふたつ( = 「単」の旧漢字(飛驒))であるが、従来のJIS漢字に含まれておらず一般的なパソコン等の一部コンピュータ環境で表示できないため、総務省から俗字として「騨」が認められている。

地理[編集]

飛騨高地の北部に位置する。地勢的には、神通川水系高原川流域に当たる東部と、同水系宮川流域に当たる西部に分かれ、両者の間を山地が分かつ。宮川沿いの盆地と、高原川沿いの河岸段丘に人口が密集する。

面積の大半は山林である。市の境界と内部に標高1,000m以上の山々が数多く連なる。飛騨山脈にかかる北東端だけが2,000mを越える。

日本海側気候内陸性気候を併せ持ち、古川町は豪雪地帯で冬季雪が多く、神岡町・旧河合村・旧宮川村は特別豪雪地帯で冬季雪が非常に多い。

  • 山:黒部五郎岳、北ノ俣岳、寺地山、桑崎山、天蓋山、漆山岳、流葉山、高山、猪臥山、尾崎山、御前山、水無山、蕎麦角山、白木峰
  • 河川:宮川、小鳥川、高原川
  • ダム:下小鳥ダム

隣接する自治体[編集]

歴史[編集]

沿革[編集]

人口[編集]

Demography21217.svg
飛騨市と全国の年齢別人口分布(2005年) 飛騨市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 飛騨市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
飛騨市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 40,965人
1975年 38,384人
1980年 36,100人
1985年 34,641人
1990年 32,690人
1995年 31,247人
2000年 30,421人
2005年 28,902人
2010年 26,738人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

公共機関[編集]

国・県の機関[編集]

  • 国土交通省
    • 中部地方整備局高山国道事務所神岡維持出張所
    • 東茂住除雪センター
    • 数河除雪センター
    • 古川除雪センター

医療機関[編集]

経済[編集]

産業[編集]

清酒[編集]

古川地区には、飛騨地方を代表する清酒「蓬莱」、「白真弓」などの蔵元がある。神岡地区には 飛騨地方を代表する清酒「飛騨娘」などの蔵元がある。

和ろうそく[編集]

和蝋燭 三嶋屋(古川)

古川地区では和ろうそくの生産が盛んである。

朝の連続テレビ小説さくら」の舞台となり、その放映時にはドラマのモデルとなった和ろうそく店に注文が殺到し、観光客も増加した。

教育[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

  • 飛騨市立古川中学校
  • 飛騨市立神岡中学校
閉校した中学校
  • 飛騨市立河合中学校(2011年3月31日閉校・古川中学校に統合)
  • 飛騨市立宮川中学校(2011年3月31日閉校・古川中学校に統合)

小学校[編集]

  • 飛騨市立古川小学校
  • 飛騨市立古川西小学校
  • 飛騨市立河合小学校
  • 飛騨市立宮川小学校
  • 飛騨市立神岡小学校

小中併設校[編集]

交通[編集]

飛騨古川地区周辺の空中写真。1977年撮影。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

鉄道路線[編集]

道路[編集]

高速道路
国道
県道
道の駅

名所・旧跡・観光スポット[編集]

古川町の白壁土蔵街
カミオカンデ模型

出身者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 地理学研究会 編(1975)"尾留川正平先生略歴・著作目録"東京教育大学地理学研究報告.XIX:1-10.(1ページより)
  2. ^ 山本正三(1978)"尾留川正平先生の逝去を悼む"地理学評論日本地理学会).51(11):832-833.

関連項目[編集]

外部リンク[編集]