親不知

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親不知の天険断崖
国道8号の親不知区間の開始点(糸魚川市市振付近)

親不知(おやしらず)とは、新潟県糸魚川市の西端に位置する、が連なった地帯である。親不知と子不知に分かれるが、この二つを総称した名称も親不知である。

目次

[編集] 概要

飛騨山脈(北アルプス)の日本海側の端に当たる。新潟県糸魚川市、JR北陸本線青海駅から市振駅の間に位置する。断崖は飛騨山脈の北端が日本海によって侵食されたために生まれたものである。

親不知駅がある歌(うた)の集落を中心に、西の市振(いちぶり)地区までが親不知、東の勝山(かつやま)地区までが子不知(こしらず)と呼ばれており、合わせて親不知子不知とも呼ばれる。市振から勝山までは約15km程の距離である。

越後国越中国の間を往来する旅人は、この断崖を海岸線に沿って進まねばならず、古くから北陸道(越路)最大の難所として知られて来た。

難工事の末に国道8号北陸自動車道が開通し、当地における3代に亙る道路の変遷を見ることが出来る。北陸自動車道は親不知IC付近を海上高架橋により通過しており、難所におけるルート選定の苦労を偲ぶことができる。一方で、高速道から海岸美を堪能することも出来、景勝地となっている。

親不知から南には飛騨山脈が延びているが、親不知近辺は雷鳥の飛来地としても有名である。親不知・飛騨山脈を挟んで西側に位置する富山県と、飛騨山脈で富山県と向かい合う長野県が、県の鳥を雷鳥としている。

親不知と同様の断崖は、太平洋側にも存在し、静岡市清水区の由比地区にある薩埵峠と、静岡市と焼津市の境界に位置する大崩海岸がそれにあたる。旧由比町の薩埵峠を通過する国道1号東名高速道路も難工事の末に開通しており、この付近の東名高速道路も海上を通っている。

[編集] 名称の由来

「親不知」の名称の由来は幾つの説がある。一説では、断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道である事から、とされている。[1]また、以下のような伝承もある。

壇ノ浦の戦い後に助命された平頼盛越後国蒲原郡五百刈村(現在の新潟県長岡市)で落人として暮らしていた。このことを聞きつけた奥方は、京都から越後国を目指して、この難所に差し掛かった。しかし、難所を越える際に、連れていた子供が波にさらわれてしまった。その時、次の歌を詠んだ。
親知らず、子はこの浦の波枕、越路の磯の泡と消え行く
以後、その子供がさらわれた浦を「親不知」と呼ぶようになった。[1]

これらの伝承を元にしたものに、合唱曲『親しらず子しらず』(山本和夫作詞、岩河三郎作曲)がある。[2]

[編集] 脚注

[編集] 関連項目


座標: 北緯36度59分35秒 東経137度41分42秒 / 北緯36.99306度 東経137.695度 / 36.99306; 137.695

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