出家

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出家(しゅっけ、pravrajyaa、प्रव्रज्या (sanskrit)) とは、世俗を離れ、家庭生活を捨てて仏門に入ることである。落飾(らくしょく)ともいう。

[編集] 概要

仏教徒は、在家・出家に大別できる。在家者には不殺生戒不偸盗戒不邪淫戒不妄語戒不飲酒戒(ふおんじゅかい)の五戒が授けられる。それに対し出家者には具足戒が授けられる。具足戒の条項は数が多くかつ具体的であり、比丘は約250戒、比丘尼は約350戒にものぼる。釈尊を師とし出家修行を行うことはすなわちこの戒を守った修行スタイルを維持することに他ならない。戒を授かった修行者には目に見えない力である戒体が備わるとされる。具足戒やサンガの運営方法は、仏典の律蔵に収められており、釈尊が制定したこれらは弟子が勝手に変更することはできない。[1]。教派や地域によって若干の違いはあるものの、基本的な内容は大乗仏教でも上座部仏教でも変わることなく現在まで受け継がれている。

例外は日本の伝統仏教である。天台宗を伝えた最澄は、具足戒小乗の戒として軽蔑し、独自の大乗戒壇を提唱した。日本の天台宗や、そこから派生した日蓮宗などの宗派は、当初から他国のようなサンガとしての伝統をもたない。他の宗派でも戒律は概して重視されず、現在では具足戒を継承する寺院は存在しない。

仏教教団において剃髪(ていはつ)して袈裟を被い、受戒(じゅかい)し、沙弥沙弥尼となることを言うが、具足戒を受けた比丘比丘尼を呼ぶ場合にも使う。在家(ざいけ)と対比される。インドでは、紀元前5世紀頃、バラモン教の伝統的権威を認めない沙門(しゃもん)と呼ばれる修行者が現れ、解脱(げだつ)への道を求めて禅定や苦行などの修行にいそしんだ。有力な沙門の下には多くの弟子が集まり、出家者集団を形成したが、釈迦もその沙門の1人であった。仏教における出家の伝統はこれに由来する。剃髪した僧侶が多いとされるが、中には剃髪せず、ごく一般的な髪型をしている者も数多く存在する。

仏教では、出家者は在家者を教え導き、在家者は出家者を経済的に資助する者とされ、出家の精神的優位が説かれたが、紀元前1世紀頃に始まった大乗仏教においては、菩薩(ぼさつ)による衆生済度(しゅじょうさいど)の観点から、在家の意義も積極的に認めた。

中国では、仏教の出家主義は儒教の側から「」などの社会規範を乱すものとしてしばしば非難を受けた。また唐代以降は、国家経済的見地から出家行為自体を統制し、出家者数を国家的に管理する度僧制度が整えられた。

[編集] 脚注

  1. ^ 『オウムという悪夢』(別冊宝島229) P206 橋爪大三郎

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