瑞龍寺 (高岡市)

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瑞龍寺
瑞龍寺
所在地 富山県高岡市関本町35
位置 北緯36度44分08秒 東経137度00分38秒 / 北緯36.735595度 東経137.010504度 / 36.735595; 137.010504座標: 北緯36度44分08秒 東経137度00分38秒 / 北緯36.735595度 東経137.010504度 / 36.735595; 137.010504
山号 高岡山
宗旨 曹洞宗
本尊 釈迦如来
創建年 慶長19年(1614年
開山 広山恕陽(こうざんじょよう)
開基 前田利常
文化財 仏殿、法堂、山門(国宝)
総門、禅堂、大茶堂、高廊下、北回廊、南東回廊、南西回廊、紙本墨書後陽成院宸翰御消息(重要文化財)
木造烏蒭沙魔明王立像、紙本墨書近衛信尋筆懐紙、前田家寄進の宝物(富山県指定有形文化財)
石廟(富山県指定史跡)
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瑞龍寺(ずいりゅうじ)は、富山県高岡市にある曹洞宗仏教寺院山号は高岡山。本尊は釈迦如来。開基は前田利常、開山は広山恕陽。仏殿、法堂、山門の3棟が近世禅宗様建築の代表作として、平成9年(1997年)に国宝に指定されている。これは富山県下における初の国宝指定であり、平成26年(2014年)現在も富山県唯一の国宝である。

歴史[編集]

加賀藩2代藩主前田利長(1562年 - 1614年)が、織田信長信忠らの追善のため、文禄3年(1594年金沢に創建した宝円寺(後に法円寺と改称)が瑞龍寺の前身である。利長は慶長10年(1605年)、44歳の若さで家督を異母弟の利常(1594年 - 1658年)に譲り、自らは隠居した。利長には実子がなかったため、30歳以上年下の異母弟で、当時まだ少年であった利常を養嗣子としたのである。隠居後の利長は金沢から富山に移転するが、富山城の炎上を機に高岡に移り、ここに新たに高岡城を築いた。前述の法円寺は、利長死去の前年である慶長18年(1613年)、高岡に移された。

前田利長は慶長19年(1614年)没し、後を継いだ3代藩主前田利常は、法円寺を利長の菩提寺とし、利長の法名瑞龍院に因んで寺名を瑞龍院と改めた(後、さらに瑞龍寺に改称)。

前田利常は承応3年(1654年)から瑞龍院の伽藍の本格的整備に着手した(伽藍整備の開始は、利長の三十三回忌にあたる正保3年(1646年)からとする説もある)。建築工事は、加賀藩お抱えの大工頭・山上善右衛門嘉広(代々「善右衛門」を名乗る)が棟梁となって進められた。山門、仏殿、法堂が一直線に並び、左右に回廊をめぐらして諸堂を対称的に配置する伽藍配置は中国の径山万寿寺にならったものといい、伽藍整備が完成したのは利長の五十回忌にあたる寛文3年(1663年)頃であった。

瑞龍寺は近世を通じて前田家の手厚い保護を受け、寺領三百石を有する大寺であった。延享3年(1746年)の火災で山門を含む伽藍の前半部分が焼失し、山門が再建されたのはそれから約70年後の文政3年(1820年)であった。

江戸時代には七間浄頭(東司)と浴室もあり、七堂伽藍がそろっていたが、明治時代に入り加賀藩の庇護を受けられなくなり困窮し、部材を売るため解体された。

昭和60年(1985年)から大規模な修理が行なわれ、約10年かけて完了し、その後、平成9年(1997年)12月3日に国宝に指定されている。

伽藍[編集]

伽藍の配置
A:総門、B:山門、C:回廊、D:仏殿、E:法堂、F:禅堂、G:鐘楼、H:大庫裏
総門
総門
重要文化財。正保年間に竣工。正面幅三間の薬医門形式。
山門
山門
国宝。正保2年(1645年)竣工、万治年間に場所を移して建てかえられたが、延享3年(1746年)の火災で焼失後、長らく仮の門が建てられていた。現存する門は文政元年(1818年)に上棟、同3年(1820年)に竣工したものである。
二重門(2階建てで、上層と下層の境にも軒の出をつくるもの)で、屋根は入母屋造、杮(こけら)葺き。二重門では下層の屋根を上層よりも大きくつくることが多いが、この門では上層と下層の屋根の出があまり変わらない。これは積雪時に上層屋根から落下した雪が下層屋根に当たるのを防ぐためといわれる。
下層に金剛力士(仁王)像、上層内部には宝冠釈迦如来と十六羅漢像を安置する。
仏殿
仏殿
国宝。棟札により万治2年(1659年)の竣工とわかる。
入母屋造、一重裳階(もこし)付きの総造りで、屋根は当初杮(こけら)葺きであったが、現状は総重量約47トンの鉛瓦葺きとする。鉛製の瓦を用いる理由は、俗説では非常時に鉄砲の弾にするためともいうが、実際は冬季の積雪対策のためだという。内部を土間床とし、天井の構造材を見せて装飾としている点、組物(柱上にあり、軒や天井を支える構造材)を密に配する点などは禅宗様建築の特色であり、柱、扉、窓などの細部様式も典型的な禅宗様になる。
本尊の釈迦如来と、普賢菩薩文殊菩薩釈迦三尊像のほか、達磨座像、跋駄羅尊者像を安置する。
法堂
法堂
国宝。墨書から明暦元年(1655年)の建立とわかる。
総桧造りの入母屋造、銅板葺き。内部を土間床とする仏殿に対し、法堂は畳敷きで、横2列、縦3列の6部屋を配する方丈形式の間取りで建坪186坪である。手前の3部屋の前面には広縁(板間)があり、その前面は左右に細長い土間廊下とする。こうした平面形式は曹洞宗建築の特色を示す。二代藩主前田利長の位牌を建物中央奥に安置する。
かつて同寺にあった七間浄頭(東司)に祭られていた烏瑟沙摩明王立像を安置する。
禅堂(僧堂)
禅堂(僧堂)
重要文化財。延享3年(1746年)に焼失したが直後に再建された。
大庫裏
大庫裏
重要文化財(北回廊の一部として)。結露を防ぐために天井には漆喰が塗られ曲線になっている。
建物正面に韋駄天尊像が安置される。
大茶堂
重要文化財。防火建造物である土蔵造りの手法を用い、外壁を大壁とし、内部は土天井とするなど大変珍しいものである。
賓頭盧尊者像を安置する。

この他、北回廊に鐘楼があり、南西回廊の奥に前田利長、前田利家、織田信長、同室正覚院、織田信忠を祀る5つの石廟がある。

文化財[編集]

国宝
  • 仏殿
  • 法堂
  • 山門
重要文化財
  • 総門
  • 禅堂(僧堂)
  • 大茶堂
  • 高廊下
  • 北回廊
  • 南東回廊
  • 南西回廊
  • 紙本墨書後陽成院宸翰御消息
富山県指定有形文化財
  • 木造烏蒭沙魔明王(うすさまみょうおう)立像: 高さ117cm、同寺最古の仏像とされ、室町時代以前の制作とされる。植村花菜による楽曲のヒット以来「トイレの神様」として人気を得ている。
  • 紙本墨書近衛信尋筆懐紙
  • 前田家寄進の宝物
富山県指定史跡
  • 石廟

この他、絵画や墨蹟などの文化財を多数有する。

拝観[編集]

  • 拝観時間 9:00 - 16:30
  • 拝観料 500円
  • 年に何回かライトアップが行われ、夜間拝観が行われる。

アクセス[編集]

寺は北陸本線(あいの風とやま鉄道)・氷見線城端線高岡駅北陸新幹線新高岡駅に挟まれる場所に位置する。寺のすぐ西側を城端線が通るが、城端線に最寄駅はない。

  • 北陸本線(あいの風とやま鉄道)・氷見線・城端線高岡駅より徒歩10分
  • 北陸新幹線・城端線新高岡駅より徒歩15分
    • あいの風とやま鉄道は北陸新幹線の開業に伴う北陸本線の第三セクター化路線。北陸新幹線、あいの風とやま鉄道ともに2015年3月14日開業予定。

ギャラリー[編集]

前田利長墓所と八丁道[編集]

瑞龍寺から真っすぐに西に延びる、長さ八(約870m)の参道八丁道(はっちょうみち)の西端には、前田利長の墓所である前田利長墓所があり瑞龍寺と結んでいる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]