近畿地方
| 近畿地方のデータ | |
|---|---|
| (三重県を除いた)2府4県の合計 | |
| 国 | |
| 面積 | 27,335.11km² |
| 総人口 | 20,862,137人 (2010年9月1日) |
| 人口密度 | 763.2人/km² (2010年9月1日) |
| 位置 | |
近畿地方(きんきちほう)は、本州中西部に位置する日本の地域である。
近畿地方の範囲について法律上の明確な定義はないが[1]、全国八地方区分としての近畿地方では京都府・大阪府・兵庫県・滋賀県・奈良県・和歌山県・三重県の2府5県を指す(構成府県については範囲節参照)。
目次 |
概要 [編集]
かつての畿内とその周辺地域から構成される。飛鳥から平安京までの王城の地で、現在は関東地方に次ぐ日本第二の都市圏・経済圏であり、西日本の中核である。「近畿地方」という名称と範囲が初めて公的に示されたのは、1903年(明治36年)の国定教科書『小學地理』である。
名称 [編集]
「近畿」は古代律令制における広域行政区画「畿内」に由来する語で、「都(=畿)とその近隣地域」という語義を持っている。その為、範囲は畿内とその近接地域を含む県となっている。同じような意味の語として、「首都圏」や「京畿」などが挙げられる。歴史・文化用語でよく用いられる「上方」も、「皇居のある方角」という似た語義を持つ。
現在、関東地方と対置して「関西」が「近畿」の類義語として多用される。しかし「関西」の定義は時代によって変化しており、必ずしも「近畿」と「関西」は一致しない(関西を参照)。行政機関や気象情報など公的な場面では特に「近畿」が使われる頻度が高い。近畿圏の住民の中には、「近畿」の方が由緒ある呼称であると捉え、「関西」という呼称に抵抗を感じる者もいる。
- 「近畿」を称するもの - 近畿で始まる記事の一覧、キンキホーム、Kinki Kids、競馬キンキ、近畿日本鉄道など
- 「関西」を称するもの - 関西で始まる記事の一覧、ラジオ関西、NTTドコモ関西、スルッとKANSAIなど
範囲 [編集]
近畿地方は、『小學地理』でその範囲が初めて公的に示されて以来、前述の2府5県を指すのが通常であるが[2]、現在では場面によって範囲が変わることがある。特に三重県は、名古屋市との経済的結びつきが強くなったため、東海地方に含むことが一般的となっている。ただ、三重県でも淀川(木津川)水系に属し、京阪神との結びつきが強い伊賀地方は、現在でも暗に近畿地方に含むことが多い。
福井県や鳥取県、徳島県など、近畿地方と結びつきの強い周辺の県を「近畿地方」に含むこともある。福井県や徳島県に関しては、民間の企業や団体が行う事業の地域区分で、本来の区分(北陸・四国)のなかで1県しか事業展開されていないために、近畿地方のブロックに含まれる場合がある(福井県の競輪や競艇の区分や、徳島県の日本マクドナルド社のクォーターパウンダー販売当時の地域区分など)。近畿地方にどの府県を含むかについての具体例は、以下のとおり。
- 三重県・福井県・鳥取県・徳島県を含む例
-
- 近畿ブロック知事会 - 鳥取県が加入したのは2008年6月以降。
- 近畿2府8県議会議長会
- 近畿高等学校総合文化祭
- 関西広域連合 - 「関西」を称するが、連携団体である三重県・福井県・奈良県の3県(知事がオブザーバー参加)を含めれば近畿2府8県の枠組みと同じ。関西広域連合の発足で近畿ブロック知事会を見直す動きもある。
※以下、場合によって三重県を除く2府4県を近畿地方として扱うため、三重県については東海地方の項も参照のこと。福井県については北陸地方の項を、徳島県については四国地方および中国・四国地方の項を、そして鳥取県については中国地方および中国・四国地方の項を参照のこと。
地理 [編集]
- 地形
-
- 海:瀬戸内海(紀伊水道、和歌山湾、紀淡海峡、鳴門海峡、大阪湾、明石海峡、播磨灘、相生湾)、太平洋(伊勢湾、熊野灘)、日本海(舞鶴湾、若狭湾)
- 島:淡路島、沼島、家島諸島、紀伊大島、友ヶ島、沖島、答志島、賢島
- 岬:経ヶ岬、田倉崎、日ノ御埼、潮岬
- 半島:紀伊半島、志摩半島、丹後半島
- 平野:大阪平野、播磨平野、和歌山平野、洲本平野、三原平野、伊勢平野
- 盆地:京都盆地、奈良盆地、亀岡盆地、篠山盆地、豊岡盆地、近江盆地、山科盆地、上野盆地
- 山地:伊吹山地、生駒山地、六甲山地、紀伊山地、布引山地、鈴鹿山脈、和泉山脈
- 山:氷ノ山、伊吹山、比叡山、生駒山、八剣山(八経ヶ岳)、大江山、高野山、金剛山、那智山、諭鶴羽山、笠取山、高見山、御在所岳
- 河川:北川、由良川、淀川(宇治川、瀬田川)、桂川、木津川、大和川、円山川、武庫川、加古川、市川、夢前川、揖保川、千種川、紀の川、熊野川、雲出川、宮川、櫛田川、鈴鹿川、五十鈴川
- 谷:瀞峡(瀞八丁、奥瀞)、保津峡、るり渓、瀞川渓谷、蓬莱峡、立雲峡、音水渓谷、天滝渓谷、御手洗渓谷、奇絶峡、玉川峡、香落渓、石水渓、宇賀渓
- 湖:琵琶湖、余呉湖、阿蘇海
- 温泉:有馬温泉、南紀白浜温泉、南紀勝浦温泉、城崎温泉、湯村温泉、龍神温泉、洲本温泉、榊原温泉、湯の山温泉、湯の花温泉
- 滝:那智滝、箕面滝、原不動滝、猿尾滝、布引の滝、赤目四十八滝
- 国定公園
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- 琵琶湖国定公園(1950年7月24日指定)
- 若狭湾国定公園(1955年6月1日指定)
- 金剛生駒紀泉国定公園(1958年4月10日指定、1996年10月2日改定)
- 高野竜神国定公園(1967年3月23日指定)
- 明治の森箕面国定公園(1967年12月11日指定)
- 鈴鹿国定公園(1968年7月22日指定)
- 氷ノ山後山那岐山国定公園(1969年4月10日指定)
- 室生赤目青山国定公園(1970年12月28日指定)
- 大和青垣国定公園(1970年12月28日指定)
- 丹後天橋立大江山国定公園(2002年8月3日若狭湾国定公園より独立)
人口 [編集]
| ISO 3166-2 | 都道府県名 | 順位 | 人口 | 割合 |
|---|---|---|---|---|
| JP-25 | 滋賀県 | 31 | 1,366,415 | 1.10% |
| JP-26 | 京都府 | 13 | 2,645,796 | 2.10% |
| JP-27 | 大阪府 | 3 | 8,831,177 | 6.90% |
| JP-28 | 兵庫県 | 8 | 5,588,268 | 4.40% |
| JP-29 | 奈良県 | 29 | 1,434,576 | 1.10% |
| JP-30 | 和歌山県 | 39 | 1,056,050 | 0.80% |
| 20,922,282 | 16.40% |
※順位・人口・割合は2008年3月1日のデータによる。なお、2005年3月31日現在の「住民基本台帳に基づく人口調査結果」(総務省)では、初めて人口が減少に転じ、京都府・大阪府・兵庫府・奈良県の4県を合わせた人口が2004年より0.004%減となっている。
※2006年5月に神奈川県の人口が大阪府の人口を超え、大阪府の人口は第3位となった。
主要都市 [編集]
近畿二府五県の主要都市を掲載する。
- 姫路市(536,333人)・東大阪市(507,709人)・西宮市(485,399人)・尼崎市(450,224人)・豊中市(391,978人)・和歌山市(367,471人)・奈良市(364,125人)・高槻市(355,498人)・大津市(340,728人)
- 枚方市(406,959人)・吹田市(360,718人)・四日市市(307,382人)・明石市(290,677人)・茨木市(277,474人)・八尾市(270,095人)・加古川市(268,431人)・寝屋川市(238,761人)・宝塚市(228,406人)・岸和田市(198,082人)
- 上記以外の県庁所在地
- 津市(282,998人)
年齢構成 [編集]
次のグラフは滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県の人口を合計した。
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]
データ出典:第10表/都道府県, 年齢(5歳階級), 男女別人口-総人口(総務省統計局)
経済 [編集]
近畿地方(2府4県)の府県内総生産 (GDP) は2004年度で約80兆2990億円で、関東地方に次いで日本で第二の経済圏を構成するが、関東地方(1都6県)のGDPとは約2.5倍の差があり、この差はますます拡大する傾向にある。製造業の多くは大阪府・兵庫県南部(阪神工業地帯)・京都府南部に集中し、その他の地域では農林水産業が盛んである。
2004年度 近畿の府県内総生産 (GDP) (単位:10億円)
| 都道府県名 | 府県内総生産 | 構成比 | 全国比 |
|---|---|---|---|
| 滋賀県 | 5,894 | 7.34% | 1.16% |
| 京都府 | 9,831 | 12.24% | 1.93% |
| 大阪府 | 38,680 | 48.16% | 7.61% |
| 兵庫県 | 18,709 | 23.30% | 3.68% |
| 奈良県 | 3,775 | 4.70% | 0.74% |
| 和歌山県 | 3,411 | 4.25% | 0.67% |
| 2府4県総計 | 80,299 | 100.00% | 15.79% |
| 全国 | 508,411 | - | 100.00% |
※データ出典:内閣府「平成16年度県民経済計算年報」
地域区分 [編集]
気象予報・経済情勢・交通体系などにおいては、大まかに北部(日本海側)、中部、南部(太平洋側)と3分割されることが多い。明確な境界線はないものの、兵庫県の中国山地から京都府の丹波山地を経て滋賀県の鈴鹿山脈北部に至るラインと、中央構造線と言われる和歌山県の紀ノ川河口付近から奈良県の紀伊山地北部を経て三重県の志摩半島に至るラインにより区分される。
- 北部(日本海側):兵庫県北部・京都府北部・滋賀県北部
- 中部:大阪府・兵庫県南部・京都府南部・滋賀県南部・奈良県北部・和歌山県北部
- 南部(太平洋側):奈良県南部・和歌山県南部
観光や地域経済では「京阪神」「北近畿」「南紀」という地域区分がされることがある。これは一般的な北部・中部・南部の概念とは異なり、またそのエリアは限定されておらず使用状況によって変化する。また「畿央」という区分が使われることもある。
- 京阪神(近畿圏):大阪府・兵庫県南部・京都府南部。滋賀県南部・奈良県北部・和歌山県北部・三重県伊賀地方を含めることもある。
- 北近畿:兵庫県北部・京都府北部。福井県南部(嶺南)・滋賀県北部を含めることもある。
- 南紀:和歌山県南部。三重県南部や奈良県南部を含めることもある。
- 気象情報における地域区分
- 北部(日本海側):京都府北部・兵庫県北部・滋賀県北部※(寒候期は北部、暖候期は中部)
- 中部(太平洋側):京都府南部・兵庫県南部・滋賀県南部・大阪府・奈良県北部・和歌山県北部
- 南部(太平洋側):奈良県南部・和歌山県南部
歴史 [編集]
「京阪神#歴史」、「奈良県#歴史」、「京都府#歴史」、「大阪府#歴史」、「兵庫県#歴史」、「滋賀県#歴史」、「和歌山県#歴史」、および「三重県#歴史」も参照
近畿地方は古くからの日本の中心地及び先進地として、日本史の中で大きなウエイトを占めていた。江戸時代になり、政治・経済・文化の主導的勢力は近畿地方から関東地方へと移行していった。
先史時代 [編集]
弥生時代前期の畿内には、目立った政治勢力はまだそれほど成立していなかったと考えられている。当時の畿内に特徴的なのが、方形に区画するように溝を掘って作られた方形周溝墓である。
弥生時代後期になると、奈良盆地東南部に大規模な集落が出現した(纏向遺跡)。この遺跡からは、日本列島各地から流通してきたと思われる土器が非常に多数発見されており、また王宮跡と見られる大規模な遺構も見つかっていることから、弥生時代後期の倭の中心的な都市の一つだったと考えられている。魏志倭人伝に登場する邪馬台国の有力な候補地ともされている。
近畿地方中部にはヤマト王権が3世紀中葉に成立し、古墳時代が始まると、ヤマト王権は倭国を代表する政治勢力として成長していった。ヤマト王権の王(大王)は代々奈良盆地や河内平野に王宮を営み、また同地には王族や豪族たちの古墳が多数築かれた。和泉国の大山古墳(堺市)は仁徳天皇の墓と伝承されており、世界最大の規模を誇る。
古代 [編集]
古墳時代が終わる6世紀中期頃から、王宮が奈良盆地南部の飛鳥に代々営まれるようになった。そのため古墳時代に続く時代区分を飛鳥時代という。古墳時代後期から中国大陸や百済などからの渡来人が多数来朝しており、その多くは飛鳥時代に奈良盆地や河内平野など畿内近国に定着して帰化した。
645年に乙巳の変で蘇我入鹿が宮中で暗殺されると、孝徳天皇により大化の改新が行われ、飛鳥から難波長柄豊埼宮(大阪市)への遷都が実施された。その後、天智天皇が政権を握ると、667年に大津京(大津市)への遷都が行われた。
672年には天智天皇の後継者争いから壬申の乱が勃発した。この古代最大の内乱は畿内を舞台に行われ、これに勝利した大海人皇子(天武天皇)は飛鳥浄御原宮(明日香村)に遷都し、中央集権的な国家造りに取り組んだ。天武後継の持統天皇が奈良盆地南部に営んだ藤原京は、日本史上最初の都城である。
701年に大宝律令が施行され、律令制が本格的に導入され始めた。律令制の地域区分である五畿七道によれば、大和国・山城国・摂津国・河内国・和泉国の5国が五畿(畿内)とされたほか、丹波国・丹後国・但馬国が山陰道に、播磨国が山陽道に、紀伊国・淡路国が南海道に、伊賀国、伊勢国、志摩国が東海道に、近江国が東山道にそれぞれ区分されていた。
710年には平城京(奈良市)への遷都が行われ、以後を奈良時代という。平城京には10万人が在住したと推定されており、突如として出現した日本最初の大都市であった。
8世紀後期になると、桓武天皇によって長岡京そして平安京(京都市)への遷都が相次いで実施された。この平安遷都(794年)から1192年までを平安時代という。平安後期には平清盛が福原京(神戸市)を計画した。
平安時代を通じて、畿内近国は朝廷の統治が比較的及びやすい地域だった。例えば、9世紀後期には諸官庁の経費をまかなうための官田が畿内に4000町設定されたほか、他の地域で次第に実施されなくなった班田が畿内諸国では10世紀まで継続した。平安中期に名田制が登場すると、名田の面積を均等化した均等名が多く見られた。平安後期の荘園公領制の形成過程では、他地域よりも荘園の増加がいち早く進行した。
中世 [編集]
鎌倉時代には武士による荘園・公領への侵出が著しくなったが、多くの権門(有力貴族や有力寺社)の権利が複雑に入り組む荘園・公領が汎在する畿内近国では、武士の侵出は他地域ほどとはならなかった。収入の増加を目論む権門は中国由来の農業技術や新たな農業技術の導入に努め、畿内は農業技術の先進地域となった。例えば、畿内では鎌倉時代までに早くも二毛作が実施されていた。
また一方では、商人・職人らが商業上・生産上の特権を得るために、有力寺社の神人となったり、天皇に奉仕する供御人となる動きが顕著に見られた。こうした神人・供御人らは獲得した特権を背景として座とよばれる同盟を結成し、畿内のみならず他地域に渡る広範な交易活動を展開した。
農業生産の向上と交易活動の広域化は鎌倉中期ごろから進展していき、畿内を中心に流通の活発化、銭貨の普及、そして社会の流動化をもたらすこととなった。従来の荘園領主・武士層とは異なる階層が急速に経済力・政治力を持ち始め、彼らは悪党と呼ばれた。後醍醐天皇の倒幕運動に呼応した楠木正成も悪党の一人だったと考えられている。
悪党の台頭は社会構造の流動化を加速させ、従来は荘園領主・国衙・武士に支配されるのみであった村落が、自検断権を持ち領主と対等に交渉しうる惣村へと発達した。室町時代当時、惣村だけではなく、神人・供御人として広範な商業活動を行っていた土倉・馬借らや、在地武士層である国人らも高い自立性を有していた。その帰結の一つとして、15世紀前期から土一揆・徳政一揆・惣国一揆が発生した。こうした自立性・自主性の高さから、戦国時代になっても他地域のように戦国大名による一円的な支配は行われず、織田信長・豊臣秀吉の出現を待つことになる。
南北朝以降勘合貿易や南蛮貿易の拠点であった堺は、会合衆と呼ばれた有力商人らによる自治都市として栄え、「東洋のベニス」とも称された。しかし織田信長・豊臣秀吉の支配下で都市は解体され、商人の多くは大坂へ移住させられた。
近世 [編集]
江戸時代になると政治の中心は江戸へ移ったものの、京と大坂を中心とする「上方」は依然文化・経済の先進地域として繁栄した。西廻り航路を通じて日本海沿岸から瀬戸内海沿岸の物資が集積する大坂は「天下の台所」と呼ばれる日本最大の商都に成長し、その経済力を背景に元禄文化が開花する。井原西鶴や近松門左衛門、坂田藤十郎などがその代表的人物である。また伊勢国と近江国からは有能な商人が輩出され、「伊勢商人」「近江商人」として名を馳せた。
江戸中期になると文化・経済の重心が次第に江戸へ移り始める。江戸町人と上方町人との間で文化対立意識が生じるようになり、ステレオタイプな「関西人」(当時の呼称は「上方者」)像が形成され始める。また大坂を中心とする地域が「関西」と呼ばれるようになるのもこの頃からである。
近畿地方における有力な藩としては、徳川御三家の紀州藩(紀州徳川家、56万石)や彦根藩(井伊家、35万石)や姫路藩(池田家、52万石)や津藩(藤堂家、32万石)などがあった。紀州藩は西日本の鎮として睨みを利かせ、彦根藩は中山道沿線を領地として京都に対する備えとして、姫路藩は瀬戸内海に面する山陽道沿いを領地とし西国に対する備えとして、配置されていた。3藩とも幕府にとって重要な存在であったため、居城の和歌山城と彦根城と姫路城は大きな規模を誇っている。
光格天皇によって行われた朝廷権威の復権の取り組みを経て、幕藩体制が揺らいだ幕末には朝廷の地位が向上し、京都が一時的に政治的拠点としての機能を持った。幕府最後の将軍である徳川慶喜は一度も江戸に居住せず、二条城で大政奉還が行われた。
近現代 [編集]
明治維新を迎えると、天皇は京都御所を出て江戸に移ることとなった(東京行幸・東京奠都)。江戸は東京と改名され、国家機関も東京に置かれた。人材・産業の流出など畿内では衰亡の危機も危惧されたが、1897年の京都帝国大学(現京都大学)の創立を初めとして、文化の拠点として復興が行われた。大阪に改称された大坂は、一時は大名貸しの破綻による経済後退もあったが、引き続き日本経済の中心地となり、やがて「東洋のマンチェスター」と呼ばれる一大工業拠点にもなった。幕末に海軍操練所が置かれて維新直前に開港した神戸は明治20年代末には東洋最大の港湾都市へと発展する。
廃藩置県では、一時堺県・大阪府に統合された奈良県が1887年に再分割された時点で、現在の大阪府、京都府、兵庫県、和歌山県、奈良県、滋賀県、三重県の枠組みが形成された。1876年8月から1881年2月まで嶺南地方(現在の福井県南部)が滋賀県に編入されたこともあった。
交通面では、近畿地方各地を結ぶ鉄道が官民両者によって建設されるが、京阪神の都市間では電鉄会社が中心となって鉄道整備や多角化事業を活発に競い合い、近畿地方は長年「私鉄王国」と呼ばれることとなった。軍事面では、日本海沿岸の舞鶴に海軍の拠点(舞鶴鎮守府)が置かれた。
明治20年代末以降は京阪神に富裕層が集まり、関東大震災による東京の一時的な衰退もあって、昭和初期まで東京に並ぶ日本の文化・経済の拠点として多くの文化人・経済人を輩出した(阪神間モダニズム)。しかし東京は短期間に復興し、特に昭和10年代に戦時体制がとられてからは有力企業や資本家の東京への移動が始まる。
大阪・神戸を中心に第二次世界大戦の戦災を受けるも、高度経済成長期には1963年7月に名神高速道路が開通、1964年10月に東海道新幹線が開通し、1970年に日本万国博覧会(大阪万博)が開かれ、1970年代に神戸港が世界一のコンテナ港となるなど復興を遂げた。しかし、昭和10年代からの東京一極集中の傾向は一層進み、さらに阪神・淡路大震災などの影響や中京圏の躍進などもあって、近畿地方の経済地位の衰退は続いている。
参考文献 [編集]
- 網野善彦、『日本社会の歴史(上)・(中)・(下)』、岩波新書
文化 [編集]
近畿地方は古くから日本文化の中心として活発な文化活動が行われ、現在も数多くの伝統芸能や文化財が継承されている。そのため、国宝・重要文化財の約6割、人間国宝の約3割、日本の世界文化遺産の12件中5件(法隆寺地域の仏教建造物・姫路城・古都京都の文化財・古都奈良の文化財・紀伊山地の霊場と参詣道)が国土面積7%の近畿地方に集中している。ことに京都や奈良は古都として名高く、国内外から多くの観光客を集める。
江戸時代の上方では、町人層の豊かな経済力を背景に元禄文化(上方文化)が花開いた。大衆演芸が活発に行われ、上方歌舞伎や文楽、上方落語などが発展した。近代には漫才が発達し、大阪はお笑いの一大拠点となった。町人主体の地域柄、大坂では合理主義的で実と本音を重んずる気風が育まれ、理想主義的で名と建前を重んずる武士主体の江戸の気風と比較された。現在でも大阪の気風や文化は東京側から特異なものとして誇張して捉えられることがあり、また関西全体がそうした大阪のイメージで一括りにされることもある。ステレオタイプな大阪・関西像についてはこちらも参照。
年中行事 [編集]
- 正月 - 雑煮は白味噌仕立てに丸餅が主流。初詣は例年伏見稲荷神社・住吉大社・生田神社が人気。
- 十日えびす(1月10日ごろ) - 西宮神社では「開門神事福男選び」が行われる。
- 若草山山焼き(1月中旬)
- 節分 - 豆撒き・節分お化けのほかに恵方巻の風習がある。
- 東大寺のお水取り(3月上旬) - 「お松明」とも。関西に春の訪れを告げる行事。
- 雛祭り - 古式に則り、男雛を右側に飾る。
- 十三詣り(4月13日)
- 納涼床(5月〜9月)
- 葵祭(5月)
- 祇園祭(7月)
- 教祖祭PL花火芸術(8月1日) - 世界最大級の花火大会。
- 大阪三大夏祭り - 愛染まつり・天神祭・住吉祭
- なら燈花会(8月上旬)
- 五山送り火(8月16日)
- 地蔵盆(8月下旬)
- 地車(だんじり)(9月ごろ)
- 時代祭(10月)
- 播州の秋祭り、灘のけんか祭り(10月14・15日)
- 鞍馬の火祭(10月22日)
- えびす講(10月下旬または11月下旬)
- 正倉院展(10月下旬~11月上旬)
- 大根焚き(12月上旬ごろ)
- 神戸ルミナリエ(12月中旬)
- 春日若宮おん祭(12月17・18日)
食文化 [編集]
「:Category:近畿地方の食文化」および「日本料理#関西の料理」も参照
近畿地方の伝統的な食文化は、ダシの旨みが好まれ、関東地方に比べて薄味なのが特徴である。北前船によって蝦夷地から大量にもたらされた昆布、播磨国龍野で考案されたうすくち醤油、白味噌が伝統的に多用される。盆地で新鮮な海産物に恵まれなかった京都では京野菜や乾物を活かした京料理が発達した。海運を通じて食材の集積地となった大阪では様々な食文化が花開き、「京の着倒れ、大阪の食い倒れ」という諺が生まれた。現代ではたこ焼きやお好み焼きなどのこなもんと呼ばれるB級グルメも有名である。
蕎麦対うどん、鰻の蒲焼の違い、江戸前握り寿司と関西寿司、桜餅の違い、飲食物の名称など、東京との食文化の違いがよく比較される。東西で名称が異なるものには「お造り」「関東煮」「フレッシュ」「サンライズ(神戸など)」「ぜんざい」「たぬき(大阪と京都でも違いがある)」「豚まん」「飛竜頭」「レーコー」「冷麺」「回転焼・太閤饅頭」などがある。また、意外なことであるが、名古屋めしの代表格とされる味噌かつや天むすは三重県津市が発祥の地である。
その他の近畿地方の食文化の特色としては、但馬牛(神戸牛)・松阪牛・近江牛といった和牛の産地を多く抱えて牛肉の消費量が多いこと、比較的洋食指向が強く大津市・京都市・神戸市を筆頭にパンや牛乳の消費が多いこと、一方で京都府や奈良県は日本茶の消費量が多いこと、灘五郷や伏見など日本酒の一大産地であることなどが挙げられる。
方言 [編集]
詳細は「近畿方言」を参照
中国方言に分類される但馬弁と丹後弁を除き、近畿地方の方言は近畿方言に分類される。近畿方言のうち、特に京阪神を中心に話されている方言は、俗に「関西弁」と呼ばれる。近畿方言は京言葉を中心に発展し、江戸時代に江戸言葉が台頭するまで事実上の共通語であった[5]。現代では京言葉に代わって大阪弁が近畿方言の中核的な位置を占め、漫才などを通じて全国的にも知名度が高い。近畿地方は方言主流社会であり、方言に対して強い愛着を持つ住民が多いが、他地方と同様、社会の変化と共通語の普及によって伝統的な方言は衰退が進んでいる[6]。また、近畿地方各地の様々な方言が関西共通語とも言うべきものに均質化する傾向もある。
教育 [編集]
スポーツ [編集]
- 日本プロ野球
- 日本高等学校野球連盟(高校野球)
- 選抜高等学校野球大会(春の甲子園大会)
- 全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園大会)
- 近畿学生野球連盟
- 関西学生野球連盟
- 関西六大学野球連盟
- 関西独立リーグ
- プロ野球マスターズリーグ
- 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
- 日本フットボールリーグ(JFL)
- 関西サッカーリーグ
- 関西学生サッカーリーグ
- 日本プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)
- 日本バスケットボールリーグ(JBL)
- V・プレミアリーグ
- サントリーサンバーズ(男子)
- パナソニック・パンサーズ(男子)
- 堺ブレイザーズ(男子)
- 東レ・アローズ(女子)
- JTマーヴェラス(女子)
- 久光製薬スプリングス(女子)
- 日本フットサルリーグ(Fリーグ)
- 主な競技場
- 阪神甲子園球場
- 大阪ドーム
- 神戸総合運動公園野球場
- 京都市西京極総合運動公園野球場
- 西京極競技場
- 万博記念競技場
- 大阪市長居陸上競技場
- 神戸総合運動公園ユニバー記念競技場
- 神戸市御崎公園球技場
- 近鉄花園ラグビー場
交通 [編集]
交通史 [編集]
畿内は、古代から日本の政治的中心であり続けた地域であり、律令時代には畿内を中心とした放射状交通網(東方の東海道、北東の東山道、北方の北陸道、北西の山陰道、西方の山陽道、南方の南海道)が整備された。江戸時代になると、京都を中心にして、東には東海道と中山道(途中、草津宿で分岐)が、西には西国街道が整備された。明治時代になると、大阪市(点)を中心にした放射状交通網が整備され、現在に至っている。
幹線交通網 [編集]
明治以後の近畿地方の交通網は、概ね大阪を中心にした放射状幹線が整備されている。幹線ルートは、東海道・中山道ルート、北陸道ルート、南紀ルート、四国ルート、山陽道ルート、山陰道ルートに大きく分けられる。
鉄道 [編集]
近畿地方の中心は平野が細長い地形であり、散在する各中心都市間を結ぶ性格も併せて、同じ方向に2つ以上の事業者の路線が並行したり、近接していることが多い。これらの都市間及び近郊からの通勤利用が多く、京阪神圏は東京圏に次ぐ運行本数・利用者数となっている。なお、京阪神圏では私鉄の通称として「〜線」ではなく「〜電車」が使われる(例:阪急電車、京阪電車)。
近畿地方外からの長距離需要としては主として、中部・関東方面を結ぶ東海道新幹線、中国・九州方面を結ぶ山陽新幹線、名古屋方面を結ぶ近畿日本鉄道の名阪特急などがある。
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- 東海旅客鉄道(JR東海)
- 中小私鉄
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智頭急行(スーパーはくと)
- 大阪市交通局南港ポートタウン線(ニュートラム、大阪市営地下鉄と運賃制度は一体)
- 大阪高速鉄道(大阪モノレール)
- 神戸新交通(ポートライナー・六甲ライナー)
道路 [編集]
「近畿地方の道路一覧」も参照
- 主な幹線道路
- 名神高速道路・新名神高速道路・京滋バイパス・伊勢湾岸自動車道・国道1号・国道21号
- 北陸自動車道・国道8号
- 琵琶湖西縦貫道路・国道161号
- 東名阪自動車道・名阪国道・西名阪自動車道・近畿自動車道・国道25号
- 阪和自動車道・紀勢自動車道・伊勢自動車道・国道26号・国道42号・国道23号
- 京奈和自動車道・国道24号
- 阪奈道路・第二阪奈道路・国道308号
- 阪神高速道路
- 神戸淡路鳴門自動車道・国道28号
- 第二神明道路・加古川バイパス・姫路バイパス・太子竜野バイパス・明姫幹線・国道2号・国道250号
- 中国自動車道・山陽自動車道
- 姫路西バイパス・中国横断自動車道姫路鳥取線・国道29号
- 京都縦貫自動車道・国道9号
- 舞鶴若狭自動車道・三木小野バイパス・国道27号・国道175号・国道176号
- 北近畿豊岡自動車道
- 五條新宮道路・国道168号
- 播但連絡道路・国道312号
- 国道171号
空港 [編集]
港湾 [編集]
マスメディア [編集]
「関西ローカル」も参照
新聞 [編集]
放送 [編集]
近畿2府4県では、在阪局による広域放送(近畿広域圏)のほか、県域放送局もあり、後者の多くは独立放送局である。
なお、三重県については在名放送局による広域放送(中京広域圏)の放送対象地域である。
ラジオ [編集]
- 中波放送 (AM)
- 超短波放送 (FM) (NHKは全て県域放送のため省略)
- 県域放送
- 外国語放送
- 関西インターメディア(FM COCOLO)(MegaNet)
テレビ [編集]
- 県域放送
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脚注 [編集]
- ^ 「そもそも『~地方』といわれる範囲に、法律上の明確な定義はない(総務省)」 首都圏と関東地方・山梨県を含むか含まないか 『日本経済新聞』 平成24年6月16日S3面
- ^ 『日本国語大辞典』、『広辞苑』、『大辞泉』、『大辞林』、『日本大百科全書』といった主要な国語辞典・百科事典も、2府5県を近畿地方の範囲として定義している。
- ^ 但し電力安全分野は関西電力の営業区域に準ずる
- ^ テレビ大阪(TVO)は本来大阪府内を公式なサービスエリアとしており、NHK大阪(※ラ・テ共通)は独自の規定により2府4県のブロックネットを締結している関係で、このケースには該当しない。また読売テレビ(ytv)は徳島県内に同じ日本テレビ系列の四国放送がある関係で徳島県にかかわる報道はほとんどされない。
- ^ 阪口篤義編 (1990)『日本語講座第六巻 日本語の歴史』(大修館書店)の徳川宗賢「東西のことば争い」
- ^ 井上文子「関西における方言と共通語」『月刊言語』456号、大修館書店、2009年。
関連項目 [編集]
近畿
- 近畿地方の難読地名一覧
- 近畿の史跡一覧
- 副首都構想(大阪国際空港を廃止し、その跡地に副首都を造る構想)
- 日本の道州制論議#近畿地方
関西
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