近畿地方

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近畿地方のデータ
(三重県を除いた)2府4県の合計
面積 27,335.11km²
総人口 20,879'127
(2009年7月31日)
人口密度 765.40人/km²
(2005年3月31日)
位置
近畿地方の位置

近畿地方(きんきちほう)は、本州中西部に位置する日本の地域。かつての畿内とその周辺地域から構成される。関西(かんさい)とも呼ばれる。

飛鳥から平安京まで歴代の王城の地であり、明治維新の東京奠都まで名実ともに日本の中心であった。政治経済の中心が関東地方に移った現在も、西日本の中核として、また日本の伝統的な歴史文化の地として重要である。

目次

[編集] 範囲

近畿地方にどの府県を含めるかについては、次のような例がある。

2府5県 - 滋賀県、京都府、奈良県、三重県、和歌山県、大阪府、兵庫県
(国定教科書『小學地理』での順番)
  • 明治36年(1903年)国定教科書『小學地理』(「近畿地方」の用語が公的に使用された最初)
    • 国定教科書廃止後の現在の教科書でもこの範囲が一般的である。
  • 広辞苑などの国語辞典、百科事典でも多くはこの範囲を採用している。
Kinki-region-Kansai2Fu5Ken1 Small.png
2府4県 - 大阪府、兵庫県、京都府、滋賀県、奈良県、和歌山県
Kinki-region-Kansai2Fu4Ken Small.png
以下「2府4県」と記述する場合、この範囲を指す。
2府5県 - 2府4県+福井県
Kinki-region-Kansai2Fu5Ken2 Small.png
2府6県 - 2府4県+三重県+福井県
  • 近畿圏整備法(1963年)法第一章第二条に『「近畿圏」とは、福井県、三重県、滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県及び和歌山県の区域(政令で定める区域を除く。)』と定義されている。
Kinki-region-Kansai2Fu6Ken Small.png
2府7県 - 2府4県+三重県+福井県+徳島県
Kinki-region-Kansai2Fu7Ken Small.png
2府8県 - 2府4県+三重県+福井県+徳島県+鳥取県

※以下、特に断りのない場合は「2府4県」を近畿地方として扱う。三重県については東海地方の項を、福井県については北陸地方の項を参照のこと。

※三重県については、特に北中部(北勢中勢)が中京圏に含まれるため、「中部地方」「近畿地方」で分類する場合は「近畿地方」、「東海地方」「近畿(関西)地方」で分類する場合は「東海地方」で分けられる傾向がある[要出典]

※福井県については、嶺南地方が1876年から1881年の約4年6か月間滋賀県の一部であった。また現在若狭湾岸は関西電力の原発地帯となっている。

※他地方の類似例として、山梨県長野県静岡県中部地方首都圏関東地方)、新潟県中部地方東北地方関東地方)などがある。なお政府が公式に2つの地方に分類している都道府県は三重県と山梨県のみである。

※民間の企業や団体による近畿地方の定義は大抵2府4県が採用されているが、 中には福井県の競輪や競艇の区分や徳島県の日本マクドナルド社のクォーターパウンダーの販売当時の地域区分などに2府4県+(福井県)・(徳島県)の区分が見られる。 いずれも属すべき地方(北陸・四国)の区割りでは、自県以外にその事業が展開されていないがためにその区割りが成立しない場合である。

[編集] 地理

近畿地方の地形図
明石海峡
琵琶湖
天橋立
八剣山(八経ヶ岳)
気候
気候は大きく三つに分かれる。丹波高地中国山地以北は日本海側気候紀伊山地以南は太平洋側気候、その間に挟まれる地域は瀬戸内海式気候。近畿北部を中心に豪雪地帯が広がる。
地形
国立公園
国定公園

[編集] 人口

大阪城と大阪平野
神戸ウォーターフロント
清水寺と京都市街の夜景
ISO 3166-2 都道府県名 順位 人口 割合
JP-25 滋賀県 31 1,366,415 1.10%
JP-26 京都府 13 2,645,796 2.10%
JP-27 大阪府 2 8,831,177 6.90%
JP-28 兵庫県 8 5,588,268 4.40%
JP-29 奈良県 29 1,434,576 1.10%
JP-30 和歌山県 39 1,056,050 0.80%
20,922,282 16.40%

※順位・人口・割合は2008年3月1日のデータによる。なお、2005年3月31日現在の「住民基本台帳に基づく人口調査結果」(総務省)では、初めて人口が減少に転じ、京都府・大阪府・兵庫府・奈良県の4県を合わせた人口が2004年より0.004%減となっている。

※2006年5月に神奈川県の人口が大阪府の人口を超え、大阪府の人口は第3位となった(ただし、大阪府は面積が狭いため、人口密度を見ると大阪府が依然として全国2位である)。

[編集] 主要都市

近畿二府五県の主要都市を掲載する。

大阪市(2,661,556人)・神戸市(1,536,685人)・京都市(1,465,816人)・堺市(837,756人)
姫路市(536,446人)・東大阪市(505,507人)・西宮市(480,980人)・尼崎市(462,561人)・和歌山市(369,958人)・奈良市(365,470人)・高槻市(353,916人)・大津市(332,519人)
枚方市(406,838人)・豊中市(388,534人)・吹田市(355,084人)・四日市市(307,397人)・明石市(293,299人)・茨木市(273,744人)・八尾市(271,490人)・加古川市(268,266人)・寝屋川市(238,550人)・宝塚市(224,714人)・岸和田市(199,568人)
津市(287,647人)

[編集] 年齢構成

次のグラフは滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県の人口を合計した。

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 G50.pngG01.png 963
5 - 9 G50.pngG03.png 992
10 - 14 G50.pngG03.png 994
15 - 19 G50.pngG05.pngG01.pngG01.png 1084
20 - 24 G50.pngG10.pngG05.pngG03.png 1282
25 - 29 G50.pngG10.pngG10.pngG05.pngG03.pngG01.png 1488
30 - 34 G50.pngG30.pngG05.pngG03.pngG01.png 1682
35 - 39 G50.pngG10.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 1453
40 - 44 G50.pngG10.pngG05.pngG03.png 1272
45 - 49 G50.pngG10.pngG03.pngG01.png 1202
50 - 54 G50.pngG10.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 1455
55 - 59 G50.pngG30.pngG05.pngG01.pngG01.png 1633
60 - 64 G50.pngG30.png 1506
65 - 69 G50.pngG10.pngG03.pngG01.png 1214
70 - 74 G50.pngG03.pngG01.png 1019
75 - 79 G30.pngG10.pngG01.png 768
80歳以上 G30.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 886

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
493 G10.pngG10.pngG05.pngG01.png 0 - 4歳 R10.pngR10.pngR05.png 470
508 G10.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 5 - 9 R10.pngR10.pngR05.png 484
505 G10.pngG10.pngG05.pngG01.pngG01.png 10 - 14 R10.pngR10.pngR05.pngR01.png 489
549 G10.pngG10.pngG05.pngG03.pngG01.png 15 - 19 R10.pngR10.pngR05.pngR03.png 535
643 G30.pngG03.pngG01.png 20 - 24 R30.pngR03.pngR01.png 639
740 G30.pngG05.pngG03.pngG01.png 25 - 29 R30.pngR10.png 748
830 G30.pngG10.pngG03.pngG01.png 30 - 34 R30.pngR10.pngR05.png 852
715 G30.pngG05.pngG03.png 35 - 39 R30.pngR05.pngR03.pngR01.png 738
626 G30.pngG03.png 40 - 44 R30.pngR03.pngR01.png 646
592 G30.pngG01.png 45 - 49 R30.pngR01.pngR01.png 610
712 G30.pngG05.pngG03.png 50 - 54 R30.pngR05.pngR03.pngR01.png 743
795 G30.pngG10.pngG01.pngG01.png 55 - 59 R30.pngR10.pngR03.pngR01.png 838
729 G30.pngG05.pngG03.pngG01.png 60 - 64 R30.pngR10.pngR01.png 777
582 G30.pngG01.png 65 - 69 R30.pngR03.png 632
468 G10.pngG10.pngG05.png 70 - 74 R10.pngR10.pngR05.pngR03.pngR01.png 551
328 G10.pngG05.pngG01.pngG01.png 75 - 79 R10.pngR10.pngR03.png 440
272 G10.pngG03.pngG01.png 80歳以上 R30.pngR01.pngR01.png 614

データ出典:第10表/都道府県, 年齢(5歳階級), 男女別人口-総人口(総務省統計局)

[編集] 経済

現存する世界最古の企業 金剛組
任天堂本社

近畿地方(2府4県)の府県内総生産 (GDP) は2004年度で約80兆2990億円で、関東地方に次いで日本で第二の経済圏を構成するが、関東地方(1都6県)のGDPとは約2.5倍の差があり、この差はますます拡大する傾向にある。製造業の多くは大阪府・兵庫県南部(阪神工業地帯)・京都府南部に集中し、その他の地域では農林水産業が盛んである。

2004年度 近畿の府県内総生産 (GDP) (単位:10億円)

都道府県名 府県内総生産 構成比 全国比
滋賀県 5,894 7.34% 1.16%
京都府 9,831 12.24% 1.93%
大阪府 38,680 48.16% 7.61%
兵庫県 18,709 23.30% 3.68%
奈良県 3,775 4.70% 0.74%
和歌山県 3,411 4.25% 0.67%
2府4県総計 80,299 100.00% 15.79%
全国 508,411 - 100.00%

※データ出典:内閣府「平成16年度県民経済計算年報」

[編集] 地域区分

気象予報・経済情勢・交通体系などにおいては、大まかに北部(日本海側)、中部、南部(太平洋側)と3分割されることが多い。明確な境界線はないものの、兵庫県の中国山地から京都府の丹波山地を経て滋賀県の鈴鹿山脈北部に至るラインと、中央構造線と言われる和歌山県の紀ノ川河口付近から奈良県の紀伊山地北部を経て三重県の志摩半島に至るラインにより区分される。

  • 北部(日本海側):兵庫県北部、京都府北部、滋賀県北部
  • 中部:大阪府、兵庫県南部、京都府南部、滋賀県南部、奈良県北部、和歌山県北部
  • 南部(太平洋側):奈良県南部、和歌山県南部

観光や地域経済では京阪神」「北近畿」「南紀」という表現がある。[要出典]これは一般的な北部・中部・南部の概念とは異なり、またそのエリアは限定されておらず使用状況によって変化する。

  • 京阪神(近畿圏):大阪府(大阪市・北摂・河内)、兵庫県南部(神戸市・阪神)、京都府南部(京都市・山城・南丹)
  • 北近畿:兵庫県北部、京都府北部。福井県南部(嶺南)を含めることもある。
  • 南紀:和歌山県南部、三重県南部。[要出典]
気象情報における地域区分
  • 北部(日本海側):京都府北部、兵庫県北部、滋賀県北部(寒候期は北部、暖候期は中部)
  • 中部(太平洋側):京都府南部、兵庫県南部、滋賀県南部、大阪府、奈良県北部、和歌山県北部
  • 南部(太平洋側):奈良県南部、和歌山県南部
一次細分区域二次細分区域)気象庁

[編集] 名称

近畿地方を指す言葉としては、「近畿」のほかに「上方」「関西」などがある。

「近畿」とは「都に近い地域」すなわち「首都圏」という語義を持つ。よく似た語として韓国の「京畿」が挙げられる。初めて「近畿」の語が公的に用いられたのは明治36(1903)年の国定教科書『小學地理』からである。古代律令制における広域行政区画「畿内」に由来し、そのルーツは大化改新難波長柄豊崎宮(現在の大阪市)に遷都があった際に都の圏域を「内畿国」(うちつくに)と呼んだことに求められる。そのため狭義の「近畿」としては畿内のみを指すと言えるが、それとは逆に畿内を除いた範囲を指すとする学者もいる。

「関西」とは「関東」と対置する語で、昨今のように大阪を中心とする地域を「関西」と呼ぶようになったのは江戸時代以降、とりわけ近代からのことである(詳しくは関西#日本を参照)。現在の「関西」の用法は江戸・東京視点から生まれたものであり、近畿地方の住民には「関西」を好まない者もいる[要出典]

傾向としては、行政機関では「近畿」、メディアなど民間の業界では「関西」の名称を使うことが多い。また英語圏ではKinkiが“Kinky”(よじれた、異常な、変態の、などの意)と間違われる恐れがあるため、国外向けにはKansaiの使用が好まれる。

[編集] 歴史

京阪神#歴史」、「奈良県#歴史」、「京都府#歴史」、「大阪府#歴史」、「兵庫県#歴史」、「滋賀県#歴史」、および「和歌山県#歴史」も参照

古くからの日本の中心地及び先進地として、近畿地方は日本史の中で大きなウエイトを占める。

[編集] 先史時代

大仙陵古墳

弥生時代前期の畿内には、目立った政治勢力はまだそれほど成立していなかったと考えられている。当時の畿内に特徴的なのが、方形に区画するように溝を掘って作られた方形周溝墓である。

弥生時代後期になると、奈良盆地東南部に大規模な集落が出現した(纏向遺跡)。この遺跡からは、日本列島各地から流通してきたと思われる土器が非常に多数発見されており、また王宮跡と見られる大規模な遺構も見つかっていることから、弥生時代後期のの中心的な都市の一つだったと考えられている。魏志倭人伝に登場する邪馬台国の有力な候補地ともされている。

近畿地方中部にはヤマト王権が3世紀中葉に成立し、古墳時代が始まると、ヤマト王権は倭国を代表する政治勢力として成長していった。ヤマト王権の王(大王)は代々奈良盆地河内平野に王宮を営み、また同地には王族や豪族たちの古墳が多数築かれた。和泉国大山古墳堺市)は仁徳天皇の墓と伝承されており、世界最大の規模を誇る。

[編集] 古代

平安後期には熊野詣が流行した
鹿苑寺金閣

古墳時代が終わる6世紀中期頃から、王宮が奈良盆地南部の飛鳥に代々営まれるようになった。そのため古墳時代に続く時代区分を飛鳥時代という。古墳時代後期から中国大陸や百済などからの渡来人が多数来朝しており、その多くは飛鳥時代に奈良盆地や河内平野など畿内近国に定着して帰化した。

645年乙巳の変蘇我入鹿が宮中で暗殺されると、孝徳天皇により大化の改新が行われ、飛鳥から難波長柄豊埼宮大阪市)への遷都が実施された。その後、天智天皇が政権を握ると、667年大津京大津市)への遷都が行われた。

672年には天智天皇の後継者争いから壬申の乱が勃発した。この古代最大の内乱は畿内を舞台に行われ、これに勝利した大海人皇子(天武天皇)は飛鳥浄御原宮明日香村)に遷都し、中央集権的な国家造りに取り組んだ。天武後継の持統天皇が奈良盆地南部に営んだ藤原京は、日本史上最初の都城である。

701年大宝律令が施行され、律令制が本格的に導入され始めた。律令制の地域区分である五畿七道によれば、大和国山城国摂津国河内国和泉国の5国が五畿(畿内)とされたほか、丹波国丹後国但馬国山陰道に、播磨国山陽道に、紀伊国淡路国南海道に、伊賀国伊勢国東海道に、近江国東山道にそれぞれ区分されていた。

710年には平城京奈良市)への遷都が行われ、以後を奈良時代という。平城京には10万人が在住したと推定されており、突如として出現した日本最初の大都市であった。

8世紀後期になると、桓武天皇によって長岡京そして平安京京都市)への遷都が相次いで実施された。この平安遷都(794年)から1192年までを平安時代という。平安後期には平清盛福原京神戸市)を計画した。

平安時代を通じて、畿内近国は朝廷の統治が比較的及びやすい地域だった。例えば、9世紀後期には諸官庁の経費をまかなうための官田が畿内に4000町設定されたほか、他の地域で次第に実施されなくなった班田が畿内諸国では10世紀まで継続した。平安中期に名田制が登場すると、名田の面積を均等化した均等名が多く見られた。平安後期の荘園公領制の形成過程では、他地域よりも荘園の増加がいち早く進行した。

[編集] 中世

鎌倉時代には武士による荘園・公領への侵出が著しくなったが、多くの権門(有力貴族や有力寺社)の権利が複雑に入り組む荘園・公領が汎在する畿内近国では、武士の侵出は他地域ほどとはならなかった。収入の増加を目論む権門は中国由来の農業技術や新たな農業技術の導入に努め、畿内は農業技術の先進地域となった。例えば、畿内では鎌倉時代までに早くも二毛作が実施されていた。

また一方では、商人・職人らが商業上・生産上の特権を得るために、有力寺社の神人となったり、天皇に奉仕する供御人となる動きが顕著に見られた。こうした神人・供御人らは獲得した特権を背景としてとよばれる同盟を結成し、畿内のみならず他地域に渡る広範な交易活動を展開した。

農業生産の向上と交易活動の広域化は鎌倉中期ごろから進展していき、畿内を中心に流通の活発化、銭貨の普及、そして社会の流動化をもたらすこととなった。従来の荘園領主・武士層とは異なる階層が急速に経済力・政治力を持ち始め、彼らは悪党と呼ばれた。後醍醐天皇の倒幕運動に呼応した楠木正成も悪党の一人だったと考えられている。

悪党の台頭は社会構造の流動化を加速させ、従来は荘園領主・国衙・武士に支配されるのみであった村落が、自検断権を持ち領主と対等に交渉しうる惣村へと発達した。室町時代当時、惣村だけではなく、神人・供御人として広範な商業活動を行っていた土倉馬借らや、在地武士層である国人らも高い自立性を有していた。その帰結の一つとして、15世紀前期から土一揆徳政一揆惣国一揆が発生した。こうした自立性・自主性の高さから、戦国時代になっても他地域のように戦国大名による一円的な支配は行われず、織田信長豊臣秀吉の出現を待つことになる。

南北朝以降勘合貿易南蛮貿易の拠点であったは、会合衆と呼ばれた有力商人らによる自治都市として栄え、「東洋のベニス」とも称された。しかし織田信長・豊臣秀吉の支配下で都市は解体され、商人の多くは大坂へ移住させられた。

[編集] 近世

姫路城

江戸時代になり政治の中心は江戸へ移ったものの、京と大坂を中心とする「上方」は依然文化・経済の先進地域として繁栄した。西廻り航路を通じて日本海沿岸から瀬戸内海沿岸の物資が集積する大坂は「天下の台所」と呼ばれる日本最大の商都に成長し、その経済力を背景に元禄文化が開花する。井原西鶴近松門左衛門坂田藤十郎などがその代表的人物である。また伊勢国と近江国からは有能な商人が輩出され、「伊勢商人」「近江商人」として名を馳せた。

江戸中期になると文化・経済の重心が次第に江戸へ移り始める。江戸町人と上方町人との間で文化対立意識が生じるようになり、ステレオタイプな「関西人」(当時の呼称は「上方者」)像が形成され始める。また大坂を中心とする地域が「関西」と呼ばれるようになるのもこの頃からである。

近畿地方における有力なとしては、徳川御三家紀州藩紀州徳川家、56万石)や彦根藩井伊家、35万石)や姫路藩池田家、52万石)などがあった。紀州藩は西日本の鎮として睨みを利かせ、彦根藩は中山道沿線を領地として京都に対する備えとして、姫路藩は瀬戸内海に面する山陽道沿いを領地とし西国に対する備えとして、配置されていた。3藩とも幕府にとって重要な存在であったため、居城の和歌山城彦根城姫路城は大きな規模を誇っている。

幕末には京都が維新に向けた重要な舞台となり、二条城大政奉還が行われた。

[編集] 近現代

現代の大阪市

明治維新を迎えると、天皇は京都御所を出て江戸に移ることとなった(東京行幸東京奠都)。江戸は東京と改名され、国家機関も東京に置かれた。人材・産業の流出など畿内では衰亡の危機との危惧論も出されたが、1897年京都帝国大学(現京都大学)の創立を初めとして、文化の拠点として復興が行われた。大阪に改称された大坂は、一時は大名貸しの破綻による経済後退もあったが、引き続き経済と工業の中心地となった。幕末に海軍操練所が置かれて維新直前に開港した神戸は明治20年代末には東洋最大の港湾都市へと発展する。

廃藩置県では、一時堺県・大阪府に統合された奈良県が1887年に再分割された時点で、現在の大阪府京都府兵庫県和歌山県奈良県滋賀県三重県の枠組みが形成された。1876年8月から1881年2月まで嶺南地方(現在の福井県南部)が滋賀県に編入されたこともあった。

交通面では、近畿地方各地を結ぶ鉄道が官民両者によって建設されるが、京阪神の都市間では電鉄会社が中心となって鉄道整備や多角化事業を活発に競い合い、近畿地方は長年「私鉄王国」と呼ばれることとなった。軍事面では、日本海沿岸の舞鶴に海軍の拠点(舞鶴鎮守府)が置かれた。

明治20年代末以降は京阪神に富裕層が集まり、関東大震災による東京の衰退もあって、昭和初期まで東京に並ぶ日本の文化・経済の拠点として多くの文化人・経済人を輩出した(阪神間モダニズム)。しかし昭和10年代に戦時体制がとられてからは有力企業や資本家の東京への移動が始まる。

第二次世界大戦の戦災を受けるも、高度経済成長期には1963年7月に名神高速道路が開通、1964年10月に東海道新幹線が開通し、1970年日本万国博覧会(大阪万博)が開かれ、1970年代に神戸港が世界一のコンテナ港となるなど復興を遂げた。南関東に次ぐ日本第2の経済圏を形成するが、オイルショックバブル崩壊阪神・淡路大震災などの影響や近年顕著化している東京への一極集中などによって近畿地方の経済地位の地盤沈下が発生している。

[編集] 参考文献

  • 網野善彦、『日本社会の歴史(上)・(中)・(下)』、岩波新書

[編集] 文化

文楽
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近畿地方は日本文化の中心として古くから活発な文化活動が行われ、数多くの伝統芸能や文化財が継承されている。そのため、国宝重要文化財の約6割、人間国宝の約3割、日本の世界文化遺産の11件中5件(法隆寺地域の仏教建造物姫路城古都京都の文化財古都奈良の文化財紀伊山地の霊場と参詣道)が国土面積7%の近畿地方に集中している。ことに京都や奈良は古都として名高く、国内外から多くの観光客を集める。

江戸時代、上方は町人層を中心に発展し、豊かな経済力を背景に元禄文化上方文化)が花開いた。大衆演芸が活発に行われ、上方歌舞伎文楽上方落語などが生まれた。近代には漫才が発達し、大阪はお笑いの一大拠点となった。

町人主体の地域柄、大坂では合理主義的でイラチ(せっかち)で実と本音を重んじる気風が育まれた。これは理想主義的で名と建前を重んじる武士主体の江戸のそれとは対照的なものであった。そのため大阪の気風は江戸・東京側から特異なものとして誇張して捉えられ、また近畿地方全体がそうした大阪のイメージで一括りにされることがよくある。ステレオタイプな大阪・関西像についてはこちらも参照。

[編集] 年中行事

お松明
地蔵盆

[編集] 食文化

関西の夏の味覚、

:Category:近畿地方の食文化」および「日本料理#関西料理」も参照

近畿地方の伝統的な食文化の特徴は薄味が好まれることである。北前船によって蝦夷地から大量にもたらされた昆布播磨国龍野で考案されたうすくち醤油白味噌が伝統的に多用される。盆地で新鮮な海産物に恵まれなかった京都では京野菜や乾物を活かした京料理が発達し、また大阪は海運を通じて食材の集積地だったこともあり「大阪の食い倒れ」と称される。現在ではたこ焼きお好み焼きなどのこなもんと呼ばれるB級グルメも発達している。

蕎麦うどん鰻の蒲焼の違い、江戸前握り寿司関西寿司桜餅の違い、飲食物の名称など、東京との食文化の違いがよく比較される。東西で名称が異なるものには「お造り」「関東煮」「フレッシュ」「サンライズ(神戸など)」「ぜんざい(西日本全域)」「たぬき(大阪と京都でも違いがある)」「豚まん」「飛竜頭」「レーコー」「冷麺」などがある。

そのほかの近畿地方の食文化の特色としては、但馬牛神戸牛近江牛松阪牛といった和牛の産地であり牛肉が好まれることや、灘五郷伏見など伝統的な日本酒の一大産地であること、京都市を筆頭にパンの消費が高いことなどが挙げられる。

また、意外なことであるが、中京圏の食文化の代表格である味噌かつ天むすは、三重県津市が発祥の地である。

[編集] 方言

詳細は「近畿方言」を参照

いわゆる「関西弁」は京言葉を中心に発展した。江戸時代に江戸言葉が台頭するまで事実上の共通語であった[1]。現在も共通語標準語)に次ぐ勢力を持ち、特に大阪弁は漫才を通じて知名度が高く、準共通語といっても過言ではない。しかし共通語の影響から伝統的な方言は衰退しつつあり、また近畿地方各地の様々な方言が関西共通語とも言うべきものに均質化する傾向がある。

[編集] 教育

この節は執筆の途中です この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています

[編集] スポーツ

第一回全国中等学校優勝野球大会始球式
野球
サッカー
バスケットボール
バレーボール
ラグビー
アメリカンフットボール
フットサル
主な競技場

[編集] 交通

[編集] 交通史

畿内は、古代から日本の政治的中心であり続けた地域であり、律令時代には畿内を中心とした放射状交通網(東方の東海道、北東の東山道、北方の北陸道、北西の山陰道、西方の山陽道、南方の南海道)が整備された。

江戸時代になると、京都を中心にして、東には東海道中山道(途中、草津宿で分岐)が、西には西国街道が整備された。

明治時代になると、大阪(点)を中心にした放射状交通網が整備され、現在に至っている。

[編集] 幹線交通網

明治以後の近畿地方の交通網は、概ね大阪を中心にした放射状幹線が整備されている。幹線ルートは、東海道中山道ルート、北陸道ルート、南紀ルート、四国ルート、山陽道ルート、山陰道ルートに大きく分けられる。

日本海側では、福知山市を中心として、京阪神を経由せずに北陸地方から山陰地方に抜けるルートが整備・計画されている。

[編集] 鉄道

JR西日本新快速

近畿地方の中心は平野が細長い地形であり、散在する各中心都市間を結ぶ性格も併せて、同じ方向に2つ以上の事業者の路線が並行したり、近接していることが多い。これらの都市間及び近郊からの通勤利用が多く、京阪神圏は東京圏に次ぐ運行本数・利用者数となっている。

近畿地方外からの長距離需要としては主として、中部・関東方面を結ぶ東海道新幹線、中国・九州方面を結ぶ山陽新幹線、名古屋方面を結ぶ近畿日本鉄道の名阪特急などがある。

東海旅客鉄道(JR東海)
西日本旅客鉄道(JR西日本)


近鉄電車
阪急電車
阪堺電車
北近畿タンゴ鉄道
大手私鉄
準大手私鉄
中小私鉄・第三セクター鉄道
大阪地下鉄開業時の車両
地下鉄
新交通システム

[編集] 道路

新名神高速道路

近畿地方の道路一覧」も参照

主な幹線道路

[編集] 空港

関西国際空港

[編集] 港湾

神戸港

[編集] マスメディア

関西ローカル」も参照

[編集] 新聞

[編集] 放送

広域放送の近畿広域圏とされており(三重県は中京広域圏)、加えて県域局と独立UHF放送局がある。

公共放送

[編集] ラジオ

中波放送
超短波放送

[編集] テレビ

[編集] 脚注

  1. ^ 阪口篤義編 (1990)『日本語講座第六巻 日本語の歴史』(大修館書店)の徳川宗賢「東西のことば争い」

[編集] 関連項目