北部九州

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北部九州のデータ
5県の合計
面積 25,256.75 km²
総人口 10,360,560
(2010年3月1日)
人口密度 410.20人/km²
(2010年3月1日)

北部九州(ほくぶきゅうしゅう)とは、九州のうち北部に位置する地域の呼称である。

古くは「北九州(きたきゅうしゅう)」と言ったが、1963年に誕生した北九州市と紛らわしいため、徐々に言い換えが進んだ。ただし、現在でも域外の住人を中心に、「北部九州」の意味で「北九州」という表現を用いることがある。

北部九州の地域区分[編集]

九州を南北に分割する区分はしばしば用いられ、二分する場合は北九州(北部九州、九州北部)南九州(南部九州、九州南部)、三分する場合はこれに中九州(中部九州、九州中部)が加わる。ただし、地域区分の境界が明確ではないことも多い。

一般的には、二分する場合は福岡県佐賀県長崎県熊本県大分県の5県を、三分する場合は福岡県・佐賀県・長崎県の3県を指す。

その他の範囲[編集]

  • 地方制度調査会による「道州制のあり方に関する答申」の13道州案[1]国土交通省による日本の14地域区分[2]では、熊本県を除いた4県で北九州としている。
  • 天気予報の気象区分では中国地方に該当する山口県を含む。
  • 行政管轄区域および民間企業の業務担当エリアでは、福岡県、佐賀県、長崎県で1つの管轄区域とし、熊本県や大分県は宮崎県鹿児島県と同じ管轄区域とされている場合や、福岡県、佐賀県、長崎県、大分県で1つの管轄区域とし、熊本県のみ宮崎県・鹿児島県と同じ管轄区域とされている場合がある。
  • 地質学などにおいては臼杵-八代構造線(中央構造線)より北側の領域を指す。
  • 考古学などにおいては九州の南北で文化的な違いがみられる場合にその北側の領域を指す場合に用いられる。

なお、熊本県や大分県だけでなく、福岡県大牟田市や長崎県島原半島についても中九州と呼んだり、佐賀県・長崎県を西九州と呼んだり、福岡県北九州地方の瀬戸内海沿岸地域や大分県を宮崎県などとともに東九州と呼んだりすることも多い。

また、福岡のテレビ局のうち、RKBFBSKBCなどは、法律上の放送区域は福岡県域であるものの、実際の視聴可能エリアと取材エリアは福岡・佐賀の両県にまたがるため、地域ニュースを扱う時に「北部九州」或いは「九州北部地方」という言葉を使うことが多い。

歴史[編集]

背景[編集]

古くからアジア大陸との窓口として盛えた地方で、特に中国朝鮮半島からの文化を輸入する窓口となった。稲作が伝来した地とも言われ、金印吉野ヶ里遺跡大宰府鴻臚館(こうろかん)や元寇防塁跡など、大陸と日本の接点を示す遺跡が多い。邪馬台国の所在地も、北部九州説と畿内説の二説が存在し、未だ決着が着いていない。

現在は中枢都市で、黒田氏のお膝元だった福岡は、鴻臚館の時代から安土桃山時代まで貿易港(博多)として盛えた都市で、今でも九州第一の都市としてなっている。又、江戸時代には長崎が、大陸文化を摂取する港町として九州をリードした。

変遷[編集]

古代
ヤマト王権誕生以前の時代においては、大和(近畿)、出雲(山陰)と並ぶ有力な地域であった。
磐井などの豪族や、伊都国糸島市付近)や末盧国唐津市付近)などの小国家が存在した。
律令時代
畿内政権は、北部九州を外交・防衛の中枢として位置付けた。その中枢都市が大宰府太宰府市)であり、外港として博多福岡市)が機能した。大宰府は「遠の朝廷」(とおのみかど)とも呼ばれ、外港たる博多には迎賓館に当たる「鴻臚館」が置かれ、大宰府は南日本第一の都市となった。
室町時代
大内氏山口を本拠地として、周防国から豊前筑前までを統治下に置いた。
戦国時代から江戸時代まで
長崎平戸府内大分市)をはじめとして、南蛮貿易キリスト教布教の地盤となった。又、商人の自治都市が造られるようになり、その中で博多は商人町となって九州の要衝となり、伴天連追放令の舞台ともなった。
江戸時代
鎖国体制下で、長崎が本土では唯一[3]の貿易港として盛えた。主な藩や天領としては、黒田氏福岡藩小笠原氏小倉藩鍋島氏佐賀藩細川氏熊本藩日田天領などが置かれた。
明治時代以後
明治時代になると、北部九州や山陽地方は経済や軍事の要衝となった。特に北九州筑豊一帯には、筑豊炭田八幡製鉄所などが立地し製工業の中心地ともなった。また、有明海沿岸の三池炭鉱なども隆盛を極めた。この時代は、高度経済成長期まで続いた。

自然地理[編集]

玄界灘沿岸の福岡県・佐賀県の北部は日本海側に位置し、山陰北陸地方よりは降雪日数は少ないが、は北西からの季節風の影響を受けやすいため曇りの日が多く、が降ることもある。福岡市の降雪日数は約17日(1971年 - 2000年の平年値)。ただ、積雪は英彦山などが属する筑紫山地のような山地では見られるものの、平野部や都市部では多くはない。

瀬戸内側である福岡県北九州地方から大分県北・中部にかけての地域は瀬戸内海気候に属し、温暖で梅雨台風を除いて降水量は少なく、日本海側とは対照的に晴天が多い気候である。また、長崎県・佐賀県南部から福岡県筑後地方、熊本県にかけての有明海沿岸地域も似たような気候傾向がある。

真夏日になる日も多く、熊本市日田市などの盆地では最高気温が摂氏35度以上の猛暑日になることも少なくない。また、晩夏から秋にかけては南九州ほどではないが台風の影響を受けやすい。

経済[編集]

太平洋ベルトの西端に当たる。洞海湾から周防灘にかけての地域には北九州工業地帯が形成されており、ここは日本の工業地帯の先駆けとなった地域でもある。現在では第二次産業では自動車工業造船業が盛ん。

交通[編集]

交通拠点としては、北九州下関本州と九州の接点として、鳥栖が九州の東西軸(長崎佐世保大分)と南北軸(福岡熊本鹿児島宮崎)が交差する十字路として機能している。

鉄道[編集]

山陽新幹線東海道山陽新幹線系統も)が博多駅を終点とする。また、2011年3月12日に全通した九州新幹線は、博多駅を起点、鹿児島中央駅を終点とする。

主な鉄道路線[編集]

西日本旅客鉄道(JR西日本)
九州旅客鉄道(JR九州)
西日本鉄道(西鉄)
松浦鉄道
平成筑豊鉄道

主な道路[編集]

主な空港[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「道州制のあり方に関する答申」の参考資料 (PDF)
  2. ^ 用語集”. 国土交通省. 2013年6月1日閲覧。
  3. ^ 他に対馬の府中(現在の厳原